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並立する「日本医療経済学会」と「医療経済学会」

「理事長のページ」 研究所ニュース No.16 掲載分

角瀬保雄

発行日2006年10月30日


2006年4月の医療改悪の影響がさまざまなところで大きな問題になっています。地域医療の崩壊がテレビ、新聞などマスコミでも大きく報道されるようになっています。療養病床の介護保険型13万床の全廃、医療保険型25万床の15万床への大幅削減の影響は、施政者の「想定の範囲」以上のものとなっているようです。また地域中核病院としての自治体病院からの医師の退職、経営の民営化など公的医療保障の後退は、今年から来年にかけてその影響を顕在化させてくるものと思われます。それに代わって救急医療など公益性の高い医療の受け皿に予定されているのが新しく創られることになった社会医療法人ですが、市場化、営利の拡大とセットになっており、「社会」という形容詞の乱用といえます。

また4月の診療報酬改定では、看護師を手厚く配置すれば、より多くの報酬を受けられるようになったため、看護師の争奪戦が激しくなっています。改定で従来最高水準であった患者10 人より手厚い、患者7人の水準を新設、10人の場合より診療報酬(患者一人、一日あたり)を約三千円増やした結果、診療報酬全体が大幅に減るなか、大学病院などは年間億単位の収入増が見込まれると、看護師集めに拍車をかけているといわれます。大阪の民医連関係の看護学校にも東大病院から看護師集めに来ているということです。

看護の充実それ自体は良いことですが、こうしたメリットシステムは大病院と中小病院との二極分化を促進し、看護師を確保できない病院はバタバタつぶれていきます。その不足の穴を埋めるものが海を渡ってくる外国人看護師で、フィリッピンの看護師の85%(約30万人)は海外で働いているといわれています。途上国から先進国への医療スタッフの流入はすでにイギリスやアメリカで進んでいますが、いよいよ日本もその仲間入りをすることが現実の問題となりつつあります。これは看護師の賃金水準の引下げをもたらすことは明らかといえます。医療の分野での市場化はこうした形でのグローバル市場化となって進むことになります。

今回の介護保険の見直しでは、「要介護1」約130万人の7割程度が「要支援」に変わるといいます。NPO法人理事で政府の社会保障審議会の介護保険部会委員の小川泰子さんによれば、審議会での議論は、給付を抑える手法に集中していたといわれます。「だれでもどこでも公平に医療を受けられるという『国民皆保険』の理想が崩れ始めた」と、さすがにマスコミでも問題にするようになっている今日この頃です(『朝日新聞』06年9月19日付)。

ところで、日本医療経済学会の第30回研究大会が9月16日、東京の日本医療労働会館で開かれましたが、今年のシンポジウムの論題は「医療専門職養成・配置の実態と矛盾」という今日の医師不足、看護師不足にメスを入れるものとなりました。報告は藤崎和彦(岐阜大学)「医師の不足・偏在、コメディカル養成の現状と問題点」、高木和美(岐阜大学)「看護・介護職員の養成・配置の実態と矛盾」、松田亮三(立命館大学)「看護労働力の国際移動をめぐって」、井上 久(日本医労連)「看護・介護現場の現状と問題点」というもので、いずれも今日の医療の現場における矛盾を取り上げたものでした。

こうして日本医療経済学会が着実に研究を積み重ねている一方、新に06年の6月に「医療経済学会」という大変紛らわしい名称の新学会(西村周三会長)が発足しました。かねてから噂になっていたものですが、いよいよ医療経済の分野に競合学会の登場という新しい状況が生まれることになりました。事務局は日本医療経済学会が国民医療研究所に、医療経済学会が財団法人医療経済研究・社会保険福祉協会・医療経済研究機構となっています。今日、経済学の分野では大きく社会経済学と新古典派経済学が競い合っていますが、医療経済に関するものとしては研究領域、対象が同じですから、新学会の存在理由は方法論の違いと現実の医療政策へのスタンスの違いに求められることになるでしょう。新学会の登場は、日本医療経済学会にとっても大きな学問的な刺激になるものと思われます。ある種、学会の市場化ともいうことができ、学会間競争がこれから繰り広げられることになるものと思われます。医療の公共性と公益性、市場化と営利化をめぐっても議論が繰り広げられることになるでしょう。非営利・協同総合研究所もこうした学界状況のなかで、独自の役割を果たして行きたいものと思っています。

医療に関しては最近次々と注目される出版物が刊行されています。私が読む機会があったものに小松秀樹『医療崩壊』と内藤真弓『医療保険は入ってはいけない!』がありました。前者は医療の安全要求に関したもので、著者は虎ノ門病院泌尿器科部長ということで、内容は慈恵医大青戸病院事件に関連して検察に提出した意見書が元になっているということです。後者は個人の医療費問題に関するもので、著者は独立系フィナンシャルプランナー集団「生活設計塾クルー」のメンバーということです。日本でもアメリカのようにフナンシャルプランナーという独立職業が生まれるようになったのかという感慨をもちました。ともに増刷を重ねているようです。前者は興味深い内容のものですが、専門的な内容なので言及を遠慮しておきたいと思います。後者は一般大衆向けの啓蒙書で かねてから民間医療保険の横行に眉を顰めていた1 人として、大いに共感した次第です。

私の住んでいる東京の郊外都市にはAflacとMicrosoftの日本本社ビルがあり、外国人ビジネスマン・ビジネスウーマンの姿も日常よく目にするようになっています。ところで著者の立場は「公的医療保障を使い切って貯蓄した方が合理的です」というもので、「民間医療保険はあくまでも営利目的の商品です」とその問題点に鋭く切り込んでいます。しかし、貯蓄できない人はどうしたらいいのかというところにまでには踏み込んでいません。そして最後には「あなたにあった医療保険はコレ!」と医療保険を推奨する立場になっているのがフィナンシャルプランナーとしての著者の限界かと思われました。

ともあれ、グローバル市場化の視点が医療・介護の分野でも重要になってきていることを痛感する今日この頃です。

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