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民医連考

「理事長のページ」 研究所ニュース No.22掲載分

 角瀬保雄

発行日2008年05月10日


今年の第38回民医連総会は、当面する医療崩壊へのたたかいの方針とともに、21世紀を切り開く新綱領改定(草案)を提起しました。現綱領は1961 年制定ですから、半世紀近く経っており、さすがに時代を感じさせるものになっています。そこでかねてからその現代化が待望されていたところですが、ようやく21世紀バージョンが出来上がったことになります。そして2 年後の次の総会へ向けて討議が呼びかけられています。

私は「民医連とは何か」ということに常に関心を抱いてきました。非営利・協同組織の研究者として、民医連運動についての正しい認識をうるために、2000年以来、総会に参加し、その議論を傍聴し、また論文執筆や講師活動をつうじて、その運動に関心を払ってきました。しかし、日本の医療経済学界ではこの点についてはほとんど議論のないのは残念なことと思っています。

ところで私は、「友の会」の会員であり、医療生協の組合員です。したがって、民医連の「共同組織」の一員ともなっています。その関係からも民医連運動について無関心ではおれない立場にあります。私の民医連についての認識も、時の経過とともに発展してきています。そこでこの機会に改めて、私の考えを整理してみようと思います。

民医連の医療機関については、一般に民医連病院とか民主診療所などという呼称が使われています。また「赤い診療所」といわれることもあります。どれもTPOに応じて使い分けられてきた便利な呼称ではありますが、科学的に十分な概念規定になっていないように思います。内包と外延を含んだその総体が解明されないかぎり、十分とはいえないからです。明らかなのは戦前の無産者診療所運動の伝統を受け継いだ、働くものの医療機関を目指した運動体であるということ、「無差別・平等の医療」を理念としていることです。それと並んでよく知られた運動のシンボルに「差額ベッド代」をとらないというものがあります。これはわかりやすい「事業差別化」のスローガンとなっています。総研の機関誌上でも理論的に研究が深められる必要があるでしょう。

前置きはこれくらいにして、本論へと進みたいと思います。まずそのためには前提として現行の綱領・規約が問題になりますが、ストレートに新綱領改定(草案)の具体的な論点から入っていきたいと思います。綱領(草案)の前文で、「わたしたちは働くひとびとの医療機関」とあります。ここでいう「働くひとびと」とは医療の対象を指しております。続いて「わたしたちは、医療・福祉の専門職として、友の会会員や医療生協組合員など共同組織のなかまとともに、非営利・協同の事業をおこないます。」となっています。つまり、ここで主体が明確にされます。民医連は医療・福祉の専門職、医療従事者からなる組織と、対象としての「友の会」会員や医療生協組合員からなる「共同組織」との二重構造をとっているということがわかります(「民医連は医療機関の連合体です。医療機関は医師、看護師、技術者事務などの医療従事者(役職員)によって動いています。つまり、民医連運動は職員を中心的な担い手とする運動です。」『民医連綱領・規約・歴史のはなし』1997年改訂版、15ページ)。

民医連の事業組織は病院、診療所、薬局、老人施設等から構成されており、これら院所が民医連への加盟単位となっています。法人形態としては、医療法人、生協法人、民法法人、株式会社、有限会社、社会福祉法人などさまざまなものがありますが、これは創立の背景や事業上の便宜によるもので、法人そのものは加盟の単位とはなっていません。ここにはある種の矛盾が内包されているようにみられます。通常は目立った問題にはなりませんが、しかし、時にそれが顕在化することもありえます。いま問題をわかりやすくするため、法人を大きく代表的な医療法人と生協法人との二つに分けて対比してみます。

医療法人には社団と財団との二つがありますが、生協法人との違いを明確にするため、以下では社団についてのみ問題にします。社団医療法人も生協法人もともに非営利・協同の組織ですが、社団医療法人の主体としては社員が位置づけられ、社員総会により出資・経営の責任を担うメンバーが選ばれることになります。利用者は外部者にとどまります。そこから利用者を組織するために、ボランタリーな「友の会」というものが求められることになります。他方、生協法人では協同組合原則から利用者が組合員となり、主体、内部者となって、出資を行い、経営を担うことになります。ここには共に同じ目的をもちながらも、組織構造上では大きな違いが生まれてくるということになります。

こうして民医連では利用者が主体=内部者である生協組合員と外部者である「友の会」会員とに分かれることになり、ともに「共同組織」を構成するとされます。これは組織上の矛盾といえますが、平常は形式的なものにとどまります。つまり、医療生協の組合員は経営を担う理事者と一般組合員とに分かれるとともに、医療従事者も組合員になることによって、組合員による下からの統治も形式的なものにとどまっている実態にあるからです。医療生協の主体である組合員の立場は、医療法人の「友の会」会員とあまり変わらないものとなっているのが現実とみられるからです。

民医連副会長の大山美宏氏は近稿で、「共同組織が民医連運動の最大の優位点であり、不可欠の構成要素であるということ、民医連の組織や施設は共同組織の人々に支えられ存在する地域の共有財産である」(「『新綱領改定(草案)』の提案を受け止め、全職員・共同組織で旺盛な討論を」『民医連医療』no.429、36ページ)と述べています。こうして「共同組織」の内部では原理的には矛盾があっても、実践的には解決されているものと思われます。重要なのは「共同組織」のところで、単なるファンクラブから抜け出し、どれだけ実体化がなされているかでしょう。

ところで、民医連関係の文献において、しばしば「民医連・医療生協」という表現を目にすることがあります。医療法人をもって民医連を代表させ、医療生協と併記しているものと思われますが、私は運動上のネーミングである民医連と法人形態を表す医療生協という呼称とを並べて使うことは、かねがねおかしなことと思ってきました。民医連を構成する単位の院所としては、医療法人に属するものも、医療生協に属するものも、同じなのではないでしょうか。以上のような私の考え方は、拙著のブックレット『非営利・協同と民主的医療機関』(同時代社、2000年、50~51ページ)でも問題にしているところです。この機会に改めて繰返すことになります。こうした論点については、総研のブックレットNo.3『新しい社会のための非営利・協同』08年3月)も参考になるでしょう。

法人形態としての医療法人と医療生協にはそれぞれ一長一短があり、どちらの方が優れているということはいえません。資金形成や運営参加については生協法人が大衆参加という点で優れ、従事者の経営への参加では医療法人が優れています。したがって、ともに長所を生かし、短所を乗り越えることが必要になります。現実的にはそうした努力が払われているように思われます。しかし、矛盾は矛盾であって、それが無くなっているわけではありません。その根本的な解決には、法制度的には医療法人と医療生協がもつそれぞれの特徴を総合した新しい組織形態が必要になります。医療法人の「友の会」会員と医療生協の従事者の同質化を可能にするものです。

ところで近年、「友の会」組織の性格に若干の修正がみられます。これまで「友の会」は、院所に付属した応援団的な性格が強かったと思います。しかし、いつの頃からか個別の院所から自立した、広域的な地域の住民の運動体、その自主的な組織へと生まれ変わるところが目につくようになってきました。たとえば、「三多摩健康友の会」というようにです。この変化は当然、民医連の運動方針の発展によるものと思いますが、一斉にそうした転換が進められているのかというと、そうでもなさそうです。この問題は「友の会」の位置づけとして民医連の組織論にもかかわる意味を持っているはずですが、実践上の必要が先行し、どうもあまり深い議論がなされているようにも思えません。

欧米の研究者は近年マルチ・ステイクホルダーということを強調してきています。介護ヘルパーとサービス利用者との複合的協同組合の発展が背景になっているようです。日本における高齢者生協のようなものといえます。便利な言葉ですが、どこまでそれが実体化しているかは、個別、具体的に検討してみる必要があります。協同労働の協同組合の法制化も、ようやくそのための超党派の議員連盟が結成されるところまできました。しかし、法制化は到達点ではなく、入り口でしかありません。民主的な管理・運営の実践的な経験を積み重ね、磨き上げていくことが重要です。

民医連(=医療法人)を医療・福祉専門労働者による協同組合と考えると、海外の労働者協同組合が比較的近い存在といえますが、これも組織論的にはいろいろ吟味してみる必要があるようです。海外ではイギリスのドクターズ・コープやアメリカ、ブラジル、スペインの医療生協など、多種多様なものがあり、形式的な共通性とともに、実体的な異質性もかなりあるようです。世界の非営利・協同の運動にも大きな共通性と国ごとの多様性があります。したがって、概念的な整理が必要と思います。

以上のようにみてくると、民医連運動は世界的な非営利・協同の大きな流れのなかにあるとともに、日本の歴史的背景のなかで形成されてきた独自性をもったものであるといえるでしょう。

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