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農は国民の健康の本なり

「副理事長のページ」 研究所ニュース No.22掲載分

中川雄一郎

発行日2008年05月10日


駒場農学校(現東大農学部)で教鞭を執った農政学者の横井時敬は「農本主義者」と呼 ばれた。「農は国の本なり」と横井が主張したからである。40 年以上も前になるが、高校で勉強した「明治時代の歴史」を思い起こすと、明治政府は「富国強兵」政策に基づいて「殖産興業」を推進し、いわゆる「上からの資本主義」を成し遂げるために地租改正(1873 年)を行ない、新たな土地制度と課税制度を確立したものの、高額地租(地価の3%を金納)と永小作の剥奪に抗議した農民たちが茨城大一揆や三重・堺・愛知・岐阜の4地方にまたがった三重大一揆などを起こした、との記憶が蘇る。大久保利通を中心とした明治政府は、この大一揆に驚き、翌年税率を2.5%に引き下げた。国民は政府のこの政策を「竹槍でドンと突き出す二分五厘」と揶揄した。そして横井時敬も、これはまさに「農業を犠牲にして工業を優先させる」農業破壊政策だと憤怒した訳である。

高校で習った日本史にもう一つ「農本主義」が出てくる。この農本主義は昭和恐慌下で起こった「窮乏農村再建」の理念と実践の運動の総称である。この時期の農村では生糸・繭価の暴落、豊作による米価下落のいわゆる「豊作飢饉」(1930年)、東北大飢饉(1931年)などが発生し、農村の窮乏化は一層深刻化した。欠食児童や娘の身売りといった惨状が東北地方を中心に続出したことは今でも語り継がれている。この時期にはまた山東出兵に見られる軍部の台頭、血盟団による井上蔵相暗殺と犬養首相暗殺の五・一五事件(ともに1932年)、日満経済ブロック構想など政治・経済・社会に暗雲が漂い、ファシズムが浸透していった。この時の「農本主義」は五・一五事件にも関与した権藤成卿や橘孝三郎などが唱道し、やがて昭和ファシズムの母胎となる。農村の窮乏化・農業の崩壊がファシズムの母胎となったことをわれわれ日本人は決して忘れてはならない。

こうして日本の近・現代史の一、二コマを覗き見しても、「農本主義」という言葉は、それが「農業と農村の状況」に対して持つ意味をわれわれに考えさせ、われわれを慎重にさせる。しかしながら、農業と農村がわれわれの生活と労働にとって持つ意味は実は非常に大きいものであるにもかかわらず、日本人の多くは農業と農村の現況についてあまり気に掛けていないようである。「中国産毒入り冷凍餃子」問題が日本人にまったく偶然に「輸入食料・食品」を考える機会を与えてくれたけれども、しかし、そのことが日本の農業・農村が現に抱えているさまざまな問題にわれわれ日本人を立ち向かわせるまでに至っていないことを私は大いに問題であると思っている。「カロリー・ベースで自給率39%」という日本農業の現状は、本当は非常に恐ろしいことであって、われわれ日本人が常に「食料危機」・「飢饉」と隣り合わせに居ることへの「自然からの警告」であることを軽視しているかのようである。民主主義者の私は「現代版農本主義者」を時々名乗ることがあるが、それは、日本の「農業と農村の再生」、すなわち、食料自給率の他の先進国並みの向上と農村における地域コミュニティの再活性化という経済的、社会的それ環境的な目的の遂行に政府は逸早く取り組むべきだとの私のメッセージである。ある国のある社会は、「国民的食料」が十分に確保されることによってはじめて維持可能となることをわれわれは明確に認識しなければならない。その意味で私の「農本主義」は、正しくは「農は国民の生活の本なり」、というものである。

雑誌『世界』5月号(岩波書店)は「『食』と『農』の危機:冷凍食品事件からみえてきたもの」を特集し、私のそのような心配が現実のものであることを警告している。大野和興氏(農業ジャーナリスト)の「農と食の崩壊と再生:農の現場から道筋を見つけ出す」は1965 年と2005 年の「品目別食料自給率(魚介類を含む)」を比較して、この40年の間に多くの品目の食料自給率が大きく減少したことを示した。例えば、畜産物は47%から17%へ、油脂類は33%から3%へ、小麦は28%から13%へ、野菜は100%から76%へ、大豆は41%から24%へ、果実は86%から37%へ、と減少し、また魚介類にしても110%から57%に大幅に減少している。自給率が上昇したのは砂糖類だけで、しかも31%から34%への僅かな上昇である。大野氏はこのような状況を「自給率が下がってメタボが増える」と次のように断言している―この現象は日本人の食生活のあり方とも関わっている。「食事の内容も変わってきている。コメは一日1 人当たりの量を45%減らした。畜産物の摂取カロリーは2.5倍になった。油脂類は2.3 倍である。野菜は微増。魚介類、ダイズは1.3倍程度。自給率が減る一方で、肉や脂をとる量が増えている。いいかえれば、この列島の住民の食事はますますメタボ傾向を強め、そうなればなるほど輸入に傾斜する方向をたどっている。」

鈴木宣弘氏(東京大学大学院)の「日豪FTA で日本農業は崩壊する:食糧自給率一割台も空想次元ではない」は実に深刻な問題を提示している。オーストラリアとの自由貿易協定(FTA)がEU(ヨーロッパ連合)諸国とのFTA、そしてやがて中国とのFTA…ということになろうし、またなによりも日豪FTA で主要な重要品目がもしゼロ関税になる場合には、上で見たような日本農業の低自給率の農産物は間もなく壊滅的な打撃を受け、自給率12%に、すなわち、日本農業が崩壊することを農林水産省も推察しているのである。鈴木氏はまた、「我が国の食料市場が世界に閉鎖されているというのが誤りであることは、いまや、日本国民はよく理解している。先進国の中で、日本ほど開放された食料市場は他にはないといってもよい。我々の体のエネルギーの61%もが海外の食料に依存していることが何よりの証拠である。関税が高かったら、こんなに輸入食料が溢れるわけがない。我が国の農産物の平均関税率は12%であり、農産物輸出国であるEUの20%、タイの35%、アルゼンチンの33%よりもはるかに低い」と述べて、日本農政のあり方を強く批判している。

山本博史氏(農業農協問題研究所)の「『日本の台所』になったアジアの実情:工業化・自由化と農業・食糧への影響」は、「毒入り冷凍餃子事件」が端無くも明らかにした、生協の「安さ優先」の事業のあり方を次のように批判し、生協に反省を求めている。「1990年代に日本の生協主流はその商品政策を大きく転換させて、中国をはじめアジア各国からの『半値で売っても倍儲かる』といわれる輸入食品を重点的に取り扱うことによって、「価格破壊商戦」に積極的に参画してきた。その結果、『安全・安心』よりも『安さ』が優先される事業姿勢が、海外からの輸入品はもちろん国内生産者との関係でも強化されてきた。07年に起きたミートホープ事件はその事例の一つといえる。この『安さ』重視への姿勢転換は、商品政策にとどまらず、その後の日本生協連による『食料・農業政策提言』にも反映され、『高い関税は国内消費者が負担させられている』とする発想につながっており、日本の農林水産業を維持発展させる視点を失うに到っている。」

その他の論稿も興味深く、日本の農業、消費者行政、それにわれわれの食生活のあり方などに論及し、私は大いに勉強になった。日本の農業を守り、発展させていく政策とわれわれの食生活を改善し、食育を広げていくこととはコインの裏表であり、しっかり結びついているのであるから、時として「現代版農本主義者」を名乗る私は、「農は国民の生活の本なり」とともに「農は国民の健康の本なり」を言い続けようと思う。

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