総研いのちとくらし
ニュース | 調査・研究情報 | 出版情報 | 会員募集・会員専用ページ | サイトについて

『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター』2005年4号(転載)

二木立

発行日2005年01月08日

( 出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、無断引用は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見等をいただければ幸いです)


今回お送りするのは、『文化連情報』1月号に掲載した拙小論「『介護ビジネス進出の実務』を読む」です。
  その前に、本ニューズレター第1号のHealth Affairs誌23巻6号の紹介について補足します。同誌の主要論文にはそれに対する「コメント・批判論文」(Perspective)が付けられており、1号で紹介した4論文のうち、最初の2論文にはそれがあります。特に、2番目に紹介した論文「疾病管理(diesease management)は医療の質を高めて医療費を削減できるか?」のPerspective(pp76-78)では、Crosson FJ等が、この論文の意義を高く評価しつつ、費用節減(cost savings)の定義が一般に用いられているものよりもはるかに厳しい等の疑問・批判を呈しています。なお、この論文で検討されている4疾患とは、冠動脈疾患、心不全、糖尿病、気管支喘息です。

「二木教授の医療時評(その6)」『文化連情報』2005年1月号(322号):32-33頁.

『介護ビジネス進出の実務』を読む

大内俊一『中小建設業・工務店の強みを活かす介護ビジネス進出の実務』(日本実業出版社、2004年7月発行、2200円)は、来年度に予定されている介護保険制度改革の議論の盲点を衝く本で、サラリと一読に値します。

著者の大内俊一氏は、かつて全国社会福祉協議会に勤務したこともある、「福祉とビジネスの両方の現場を知る」異色の経営コンサルタントです。この本は、そんな著者が全国三百カ所(!)で開いた建設業向けの介護ビジネス進出セミナー(介護ビジネス創業支援セミナー)で出された受講者からの要望と、著者自身が創業した要介護者対応住宅改修工務店の経験を踏まえて書かれています。

本書は、以下の四章から構成されています。第一章(建設)業界に吹き荒れる逆風を順風に変える!、第二章大チャンスをもたらす厚労省の新たな方針、第三章「介護保険」は入札も談合も不要な公共事業、第四章サービス別の介護保険指定事業者になるための手続きはこうする。最後の第四章は全体の八割を占め、建設業者が介護保険指定事業者になるための実務が「申請書・添付書類の記載例」つきで詳細に書かれています。

医療関係者が一読に値するのは第一~三章で、これを読むと、著者や中小建設業界の介護保険に対する本音・期待、特に公共事業の削減にあえぐ中小建設業界にとって介護保険市場が救世主であること、がよく分かります。例えば、「『過剰知らず』の介護ビジネス」(19頁)、「介護保険は入札も談合も不要な公共事業」(51頁)、「利用者との相対取り引きに支払われる九割の『公金』」等です。また、中小建設業界が、来年度の介護保険法「改正」で制度化される予定の「新しい『住まい』」、「第三類型」を大変なビジネスチャンスととらえていることも、よく分かります(おわりに等)。これらの大前提として、著者は「介護保険は福祉ではない」と何度も繰り返しています。

私の専門とする医療経済学では、「供給者(医師・医療機関)誘発需要」がキーワードとされています。これは、一般の市場では消費者が商品・サービスの購買を決める「消費者主権」が存在しているのに対して、医師と患者の間に大きな「情報の非対称性」がある医療市場では、医師・医療機関が患者(消費者)に代わって需要の相当部分を誘発しているとするものです。

本書を読むと、この供給者誘発需要は、介護保険市場にもそのまま通用することがよく分かります。しかも、需要誘発に対して曲がりなりにも医療倫理による歯止めがある医師・医療機関と異なり、営利企業には歯止めがありません。そのために、厚生労働省や市町村がどんなに規制を加えても、今後、それらと事業者(特に営利事業者)との「いたちごっこ」が続き、介護保険給付費が今後も急騰し続けることは確実だ、と感じました。

実は、これの一端は「日医総研ワーキングペーパー」101号(2004年7月)の「介護サービス事業所の運営実態と拠点展開-『株式会社』を中心に」(前田由美子氏・他)でも示されています。具体的には、厚生労働省「平成一四年介護事業経営実態調査」によると、営利企業の訪問介護利用者一人一カ月当たり売り上げ単価は5.01万円で、他の開設者より相当高いのです(医療法人4.19万円、社会福祉法人3.43万円)。しかも、営利法人は、訪問介護一人一カ月当たり費用も高くなっています。この結果に基づいて、ワーキングぺーパーは、営利法人は「効率化によるコスト削減をする以前に、より高い単価の顧客をより多く獲得しようというインセンティブが働く場合もある」とコメントしており、私もこれは妥当と思います。

なお、建設業界の事情に詳しい友人によると、介護保険制度創設で一番喜んでいるのは国土交通省(旧建設省)であり、建設業界に対して「高齢者住宅をドンドン作れ。高齢者の世話は介護保険の責任だ」と、無責任な号令をかけているとのことです。

Home | 研究所の紹介 | サイトマップ | 連絡先 | 関連リンク | ©総研いのちとくらし