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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻23号)』(転載)

二木立

発行日2006年07月01日

(出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見等をいただければ幸いです)

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/ )


目次


1.拙論:医療経済学から見たリハビリテーション医療のあり方

(「二木教授の医療時評(その29)」『文化連情報』2006年7月号(340号):28-31頁)

はじめに-簡単な自己紹介

私は今から31年前の1975年から10年間、東京都心の中規模一般病院(代々木病院)で脳卒中の早期リハビリテーションに従事しました。当時は、リハビリテーションの設備・スタッフは現在とは桁違いに不足しており、それを効果的・効率的に行うため試行錯誤を続けました。その過程で、「稀少な資源の有効配分」という経済学の基本命題の重要性を実感し、それが一つの契機となって医療経済学の本格的研究を志し、1985年に日本福祉大学教授に転職しました。

それ以降、医療経済学の視点から、政策的意味合いが明確な実証研究を行うとともに、医療・介護政策の分析・批判・将来予測・提言の「二本立」の実証研究・言論活動を行ってきました。その一環として、効果的・効率的なリハビリテーション医療のあり方についても研究・発言してきました。

本稿は、「リハビリテーション医療と診療報酬制度」について検討する導入・序論として、医療経済学の視点から見た効果的・効率的なリハビリテーション医療のあり方について、最近の医療経済学的な知見も紹介しつつ、簡単に述べます。合わせて、本年の診療報酬改定全体の5つの特徴を指摘します。

医療効率の経済学的定義-医療費抑制とは別物

効果的・効率的なリハビリテーション医療のあり方について考える上での出発点は、効率の経済学的な定義を正確に理解することです[1,2]。政府・厚生労働省が打ち出す一連の医療制度改革では、医療効率化が医療費抑制とほとんど同じ意味で使われているためもあり、医療関係者には医療効率化を医療の質の向上や医療の公平性と対立するものと考えている方が少なくありません。しかしそれは経済学的には誤りであり、効率とは限られた「資源・費用」をもっとも有効に用いて最大の「効果」を引き出すこと(効果÷費用を最大化すること)であり、原理的には医療費抑制とは異なります。

現実的にも、医療の効率化で医療費総額が増加することが少なくありません。例えば、医療需要に比べて、医療供給が不足している分野では、医療効率化による在院日数の短縮により総医療費が増加します。その好例が、脳卒中の早期リハビリテーションです。早期リハビリテーションにより、廃用症候群の予防、機能障害やADLの改善等の医療効果が向上するだけでなく、平均在院日数も短縮されます。その結果、入院患者1人当たりの医療費は減少し、医療効率は向上しますが、平均在院日数の短縮に伴い、入院患者総数が増加することにより、総医療費は逆に増加するのです。

医療の効率化を考える場合の3つの留意点

この効率の定義は、医療に限らず一般の財やサービスの生産にも共通しますが、医療の効率化を考える場合には、以下の3点に留意することが必要である、と私は考えています[1,2]。

第1は、医療効率を考える前提として、国民・患者が最適な医療を受ける権利(公平)を保障することです。第2は、資源・費用の範囲を広く社会的次元で把握し、公的医療費以外の私的な医療費負担、金銭表示されない資源・費用も含むことです。第3は、効果を総合的、多面的、科学的に評価することです。

なお、言うまでもないことですが、医療効率を考える大前提は、当該医療技術・医療サービスの効果がなんらかの方法で証明されていることです。

偽りの効率化-政府の目指している医療・介護保険制度改革

逆にこれら3つの留意点を無視すると、偽りの効率化が生じますし、政府・厚生労働省が進めている医療・介護保険制度改革の大半は、医療経済学的には偽りの効率化です。

例えば、患者負担の増加や保険給付範囲の縮小による保険給付費の削減は、公的費用から私的費用への「コストシフティング」にすぎず、経済学的な意味での効率化ではありません。その上、このような改革により、特に低所得患者の医療受診が抑制される結果、医療の公平性が損なわれます。

また、家族介護やボランティアの経済評価を適正に行うと、在宅ケアの費用は、少なくとも重度者については、施設ケアの費用よりもむしろ高くなるため、在宅ケアが効率的であるとは言えません。この点は1980~90年代に欧米で行われた膨大な実証研究で明らかにされていたのですが、アメリカの最新の「メタアナリシス」で改めて確認されています[2,3]。

生産効率と配分効率の峻別

医療効率、特にリハビリテーション医療の効率を考える上で重要なことは、生産効率と配分効率を峻別することです[2]。生産効率とは、生産されるサービスがあらかじめ一つに決められており、それを生産するために必要な資源を最小化すること、配分効率は様々なサービスを(社会的に見て)最適に配分し、効果を最大化することです。介護保険制度下では、支給限度額の枠内で効果を最大化するよう諸サービスを配分することが求められています。本年の診療報酬・介護報酬改定を踏まえると、今後は医療保険と介護保険の両方のリハビリテーションの配分効率の向上が求められるようになります。

私のかつての主張・試算の修正-短期的視点と長期的視点との区別

次に、私のかつてのリハビリテーション医療の効率化についての主張・試算を一部修正します。私は、代々木病院での脳卒中早期リハビリテーションの経験に基づいて、脳卒中の早期リハビリテーションと施設間連携・ネットワーク形成を進めることにより、大きな医学的効果が得られるだけでなく、医療費も大幅に節減できる(つまり効率化が達成できる)と考え、その試算を行ったことがあります[4,5]。

短期的に見ればこれは今でも正しいと言えます。しかし、その後、長期的に見れば必ずしもこうは言えないことに気付きました。その理由は以下の通りです。早期リハビリテーションにより「寝たきり老人」は減らせるので、医療・福祉費は短期的には確実に減少し、余命の延長も期待できます。しかし、寝たきりを脱した患者にはさまざまな基礎疾患があり、しかもたとえ早期リハビリテーションを行っても、なんらかの障害が残ることが普通なので、延長した余命の期間に、脳卒中が再発したり「寝たきり」化する確率が高いため、累積医療費が増加する可能性が高いのです。

この点についての実証研究は私の知る限りまだありませんが、アメリカの禁煙プログラムの医療費節減効果のシミュレーション研究のロジックと計算結果は非常に示唆的です。それによると、禁煙プログラムの実施により、医療費は短期的には減少するが、喫煙を止めた人々の余命の延長とそれによる医療費増加のために、長期的には(15年後以降は)累積医療費は増加に転じるという結果が得られています[6]。

私は、このようなロジックと計算結果は、リハビリテーションに限らず、介護予防、生活習慣病対策にも当てはまると判断しています。昨年の介護保険制度改正時に、厚生労働省は介護予防(新予防給付)により要介護状態の発症・悪化を予防でき、その結果、介護給付費の伸び率を大幅に抑制できると主張し、その根拠となる「文献集」を公表しました。しかし、私がそれに含まれる全文献を個別に検討したところ、介護予防による長期的な健康増進効果と費用抑制効果はまだ証明されていないことが判明しました[7]。

そのために、私は、早期リハビリテーションや介護予防、生活習慣病対策はあくまでも患者・障害者のQOLの向上のために行うべきであり、医療制度改革関連法案や介護保険制度改革のように、それによる大幅な費用抑制を見込むのは危険であると判断しています。

2006年診療報酬改定全体の5つの特徴

最後に、今回の診療報酬改定全体の5つの特徴を今後の医療制度改革と関連づけながら、簡単に述べます[8]。

第1の特徴は、今回の改定がちょうど25年(四半世紀)ぶりの大幅改定なことです。具体的には、1980年代前半の医療費抑制政策の突破口となった1981年6月の診療報酬改定以来の大改革です。当時は、これに1982年の老人保健法制定、1984年の健康保険法抜本改革、1985年の医療法第一次改正が続き、これら一連の医療費抑制政策が強力に押し進められた結果、1980年代の10年間国民医療費の伸び率はGNP(国民総生産)の伸び率を下回ることになりました。今回の診療報酬改定も、現在通常国会で審議されている医療制度改革関連法案を先取りする大改革と言えます。

第2の特徴は、診療報酬改定の歴史上最大のマイナス改定(マイナス3.16%)なことです。名目の引き下げ率だけをみると、4年前の2002年改定の2.7%と一見大きく違わないように見えますが、デフレ(物価下落)が続いていた4年前と異なり、現在はデフレから物価上昇に転じつつあるため、今回の実質引き下げ幅は名目の引き下げ幅よりはるかに大きく、医療機関への打撃も大きいと言えます。

第3の特徴は、中医協(中央社会保険医療協議会)の権限が大幅に縮小された結果、完全な政府・厚生労働省ペースで改定が行われたことです。具体的には、診療報酬の改定幅は中医協ではなく政府(閣議)が決定することが明確にされただけでなく、改定の「基本方針」が中医協ではなく社会保障審議会医療保険部会・医療部会において決定されることになりました。そのため、中医協は実務委員会に事実上格下げされ、社会保険の当事者自治機能が大幅に低下してしまいました。医療制度改革の一環として中医協の委員構成の見直しが行われ、団体推薦規定が廃止された場合には、この傾向に拍車がかかる危険があります。

第4の特徴は、厚生労働省自身が今まで標榜していた「根拠に基づく」改定が否定され、「勘と度胸による」強引な改定手法が復活したことです。その最たるものが、急性期医療に係る各種加算の一方的な全廃と、慢性期医療(医療療養病床)の入院基本料の最大5割にも達する大幅引き下げです。私は、今回の改定の最大の問題点は、このような、従来の厚生労働省自身の方針を否定する強引な改定により、医療機関・医療従事者の厚生労働省に対する信頼が失われたことだと思っています。その結果、長期的には医療機関と医療従事者の活力とモラールが低下し、医療荒廃が生じることが危惧されます。

第5の特徴は、一昨年12月の混合診療部分拡大の政府決定にもかかわらず、特定療養費制度の拡大が見送られたことです。具体的には、厚生労働省が当初予定していた大病院の初診料の特定療養費の拡大やセカンドオピニオンの特定療養費化は中医協委員の見識ある発言により撤回されましたし、昨年10月にリハビリテーション分野に導入された制限回数を超えるリハビリテーションの混合診療化も事実上棚上げされました。逆に、心臓移植を含めた先端医療の保険診療化が認められました。このことは、厚生労働省が、内閣府規制改革・民間開放推進会議等が執拗に求めている混合診療の全面解禁に抵抗し続けていることの現れと言え、それなりに評価できます。

厚生労働省は、今回の改定に際して、「質の高い医療を効率的に提供する」ことを標榜しています。しかし、主要先進国(G7)中医療費水準(対GDP比)が最も低いわが国では、厳しい医療費抑制政策を転換し、公的医療費の総枠を拡大しない限り、少なくともマクロレベルでは「質の高い医療」の実現は困難だ、と私は考えます。

文献

[本稿は、第43回日本リハビリテーション医学会学術集会パネルディスカッション「リハビリテーション医療と診療報酬制度」(6月2日)での私の報告をまとめたものです。]

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2.拙論:リハビリテーションの算定日数制限の問題点と解決策

(「二木教授の医療時評(その30)」『文化連情報』2006年7月号(340号):32-33頁)

本年4月の診療報酬改定で、リハビリテーション医療は施設基準・診療報酬とも全面改定されました。その中で、医療機関だけでなく患者にも重大な影響と混乱を与えているのが、リハビリテーション算定日数の上限設定です。

今までリハビリテーションの実施期間は医療者の判断に任されていましたが、4月以降は、4種類の疾患別(正確には疾患群別)に上限が導入され、もっとも長い「脳血管疾患等リハビリテーション」でも、算定日数の上限は、原則として、「発症、手術又は急性増悪から180日」とされました。これには、失語症や高次脳機能障害等のいくつかの適用除外も設けられましたが、発症後180日を超えた脳血管疾患患者の大半は医療保険ではリハビリテーションを受けられないことになりました。

このような「制限診療」に対しては、医療機関だけでなく患者側からも強い抗議の声があげられました。その代表的なものが、著名な医学者で重度脳血管疾患患者の多田富雄さんが「朝日新聞」4月8日朝刊に寄稿した「診療報酬改定 リハビリ中止は死の宣告」です。

このような抗議を受けて、厚生労働省は、2つの手直し(解釈変更)を行ないました。1つは、3月までにリハビリテーションを受けていた患者については、算定期間の起算日を4月1日に「リセット」すること。もう1つは、「脳血管疾患により麻痺や後遺症を呈している患者であって、治療を継続することにより状態の改善が期待できると医学的に判断される場合であれば」、算定日数上限の適用除外となる「神経障害による麻痺及び後遺症に含まれる」としたことです。ただし、前者の通知が出されたのは改定直前の3月28日、後者に至っては改定後1カ月近く経った4月28日でした。しかもこれらの通知のうち、特に後者はまだ徹底されていないようです。

厚生労働省は、これにより対応は終了したとの立場ですが、「状態の改善」の判断基準は示していません。そのため、今後、厚生労働省や都道府県の審査支払機関が、「状態の改善」をきわめて狭く解釈し、機能の維持や低下の予防のためのリハビリテーションを一律認めない危険性もあります。

私は元リハビリテーション専門医でもあるため、6月に入ってからも、医療関係者だけでなく、新聞記者や政党関係者から、何度となくこの問題に対する見解と解決策を求められています。以下は、それらに対する私の回答です。

元リハビリテーション専門医としての私の認識と解決策

原則的に言えば、私は、リハビリテーションは、他の医療と同じように、個々の患者の特性に応じて個別的に行うものであり、機械的に算定日数の上限を設けることには反対です。

ただし、「高齢者リハビリテーション研究会報告(上田敏会長)」(2004年1月29日)が指摘していたように、「長期間にわたる効果のないリハビリテーションが行われている」、「リハビリテーションとケア[介護保険給付-二木]との境界が不明確である」のも事実です。私自身も、以前からこの点を指摘し、「リハビリテーション医療の適応と禁忌の明確化、『根拠に基づいた』リハビリテーション医療の確立」を提唱してきました(拙著『21世紀初頭の医療と介護』勁草書房,2001,164-171頁、『医療改革と病院』勁草書房,2004,198-203頁)。

そのために、入院患者に関しては、疾患群ごとに算定上限を設け、それを超える場合は、医師による判断で、リハビリテーションの継続による効果があると考えられる例に限り認めることは、「長期間にわたる効果のないリハビリテーション」を行わないためには、それなりに合理的と思います。

脳血管疾患を例にとると算定上限(180日)を超えて医学的リハビリテーションが必要な患者には、次の2種類があります。1つは身体障害(機能障害と能力低下)が重度だが長期間のリハビリテーションを受ければ、徐々に回復を続ける患者、もう1つは半年以内に身体障害は固定するが、その機能を保つ(廃用症候群の発生やADLの低下を予防する)ために、「維持的リハビリテーション」が必要な患者です。患者数から言えば前者はごく少数で、大半は後者です。後者のためのリハビリテーションは、外来で週1~2回行うだけで十分です。

そのために、私は、例えば月8日(16単位)までとの回数制限を設けた上で、医療保険でも、外来での維持期リハビリテーションを原則的に認めるのが合理的と思います。医学的には、高血圧や糖尿病等の慢性疾患患者が疾病の悪化予防のために医療機関を長期間受診するのと慢性期の脳血管疾患患者等が身体障害の悪化を予防するための外来リハビリテーションを続けるのは同等です。ただし、慢性期の患者に上記回数を超えて濃厚なリハビリテーションを行う場合には、医師の側に効果の(再)評価を義務づける必要があると思います。

厚生労働省は、急性期・回復期は医療保険で対応し、慢性期・維持期は介護保険で対応すると主張しています(4月13日の参議院厚生労働委員会での水田邦雄保険局長の答弁)。この方針は、一見合理的なように見えますが、医学的にも、現実的にも不合理で、机上の空論です。

まず、脳血管疾患患者の大半は高血圧、糖尿病等の基礎疾患を有しており、それの管理のために医療機関を受診しますので、リハビリテーションのみを介護保険対応にするのは二度手間になります。しかも、介護保険の通所リハビリテーションは医学的管理体制が極めて弱いために、多田富雄さんのような、障害が重度で厳格なリスク管理を行う必要がある患者に対応することはできません。

なお、才藤栄一藤田保健衛生大学教授の御論考「『総合リハビリテーション』の行方」(『総合リハビリテーション』2006年5月号巻頭言)は、今回のリハビリテーション改定全体の問題点を簡潔かつ包括的に検討していますので、一読をお薦めします。

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3.「2006年診療報酬改定の意味するもの」のお知らせ

上記の拙論を、『月刊/保険診療』7月号(7月10日発行)に掲載します。これは、本「ニューズレター」24号(8月1日配信予定)に転載しますが、早めに読みたい方は雑誌掲載論文をお読み下さい。医学部図書館や病院医事課の多くにあると思います。

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4.『日本病院会雑誌』7月号掲載のシンポジウム「国家財政と今後の医療政策)のお知らせ

「日本病院会雑誌」2006年7月号(7月1日発行)に、昨年8月11日に東京で開催された日本病院会病院長・幹部職員セミナーのシンポジウム「国家財政と今後の医療政策」の全記録が掲載されます。このシンポジウムは、私が村上信乃日本病院会副会長の依頼により、人選と司会を行ったもので、シンポジストは、報告順に以下の5人です:田中滋さん(慶應義塾大学)、向井治紀さん(財務省)、武田俊彦さん(社会保険庁)、三上裕司さん(日本医師会)、石井暎禧さん(医療法人石心会)。

3時間40分という長丁場のシンポジウムでしたが、5人のシンポジストとも、率直な報告と発言をされたため、討論は非常に盛り上がり、私自身も大変勉強になりました。特に、立場を異にする5人のシンポジスト間で、以下の5点について、認識・意見が基本的に一致したことは貴重と思います。(1)日本の現在の医療費水準(対GDP比)が欧米諸国に比べてまだ低いという事実認識、(2)医療費は長期的には、公的医療費に限定しても、GDPの伸び率を上回って伸びるという「客観的」将来予測、(3)医療費抑制の大前提は医療の質を保つことであり、医療水準を落とすような医療費抑制は選択肢から外すという価値判断、(4)混合診療の全面解禁には反対という価値判断、(5)医療費の主財源は社会保険料という政策判断。

このシンポジウム記録は日本病院会のホームページにも掲載されますので、ぜひお読み下さい。

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5.2006年発表の興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(その4)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○「[アメリカの]アルツハイマー病の高齢者に対するデイケアサービスがナーシングホーム入所までの期間に与える影響」 ※これのみ2005年発表(McCann JJ, et al: The effect of adult day care services on time to nursing home placement in older adults with Alzheimer's disease. The Gerontologist 45(6):754-763,20005)[量的研究]

本研究の目的は、アルツハイマー病の高齢者(65歳以上)がデイケアサービスを利用するとナーシングホーム入所を遅らせることができるか否かを明らかにすることである。そのために、治療群としてアメリカのある大都市圏にある16のデイケアセンターの218人の利用者を、対照群として連邦から補助金を受けているあるアルツハイマー診断センターのアルツハイマー病はあるがデイケアサービスを利用していない298人を選び、48カ月間追跡調査した。両群の年齢、性、人種、認知機能レベルの分布は同等である。Cox比例ハザードモデルを用いて、両群のナーシングホーム入所リスクの差を検討した。

その結果、当初の仮説とは逆に、ナーシングホーム入所リスクは1週当たりデイケア利用回数が多いほど高く、この傾向は特に男で顕著であった。対象の障害程度、入院歴、家族介護者の年齢と介護者の負担感は、独立したナーシングホーム入所リスクであったが、これらをモデルに加えても、結果は変わらなかった。

二木コメント-わが国では、デイケアが施設入所を減らせる(あるいは遅らせられる)との漠然とした期待があります。しかし、少なくとも認知症高齢者に関しては、本研究および本研究で引用されている先行研究により、そのような効果は否定されていると言えます。本研究はランダム化試験ではありませんが、研究方法論と先行研究の検討はしっかりしており、在宅・地域ケアの効果についての必読文献と言えます。

○「[アメリカの]成人のホスピス利用の趨勢:1991~1992年から1999~2000年へ」(Han B, et al: National trends in adult hospice use: 1991-1992 to 1999-2000. Health Affairs 25(3):792-799,2000.)[量的研究(叙述的研究)]

本研究は1990年代に行われたホスピス利用の5つの全国調査を統合することにより、成人のホスピス利用の趨勢を明らかにしている。以下、1991~1991年調査と1999~2000年調査を比較して述べる。

ホスピス利用者のうち65歳以上高齢者の割合は72.1%から80.0%へと漸増した。メディケア(老人・障害者医療保険)利用者の割合も62.9%から79.1%に漸増した。癌患者の割合は80.5%から62.9%へと漸減した。HIV/AIDS患者の割合も3.2%から1.5%へと減少した。それに対して認知症患者の割合は0.3%から1.5%へと微増した。

ホスピスケアを受けている場所をみると、在宅が84.9%から60.7%に減少し、入所施設(病院内ホスピスとナーシングホーム内ホスピス)が11.0%から35.2%へ急増した。この期間にホスピス利用者総数は3倍に増えたが、入所施設利用者は9倍も増えた。なお、入所施設利用者の多くはナーシングホームに入所している(データは示されていない)。ホスピス利用期間は短縮しており、7日以内の利用者割合が22.8%から36.9%へと増加した反面、91日以上の利用者割合は18.8%から13.3%に減少した。ただし、ナーシングホーム入所者に限定すると、91日以上の利用者割合は1996~1997年の36%から1998~1999年には43%に増加している。これは利用者の重度化のためとされている。

このようにアメリカでは1990年代にホスピス利用が急増したが、それでも死亡患者総数のうちホスピスで死亡した患者の割合は25%にとどまっている。メディケア加入の末期癌患者に限定しても、この割合は44%にすぎない。

二木コメント-私にとっては、在宅ホスピスの利用者割合が減少していること、およびナーシングホーム内ホスピス利用の長期化が、意外でした。この調査結果をみると、入院患者を末期癌患者に事実上限定している日本のホスピス(緩和ケア病棟)制度に改めて疑問を感じます。

○「プライマリケアにおけるフリーアクセスと患者の[一般医への]満足度-ヨーロッパ[18カ国]調査」( Kroneman MW, et al: Direct access in primary care and patient satisfaction: A Eurpean study. Health Policy 76(1):72-79,2006)[量的研究(相関分析)]

EU加盟18カ国を対象にして、医療サービス利用に対する一般医(以下GP)の門番機能とGPサービスに対する患者満足度の相関を調査した。

まず各国の専門家に、17の医療サービスについて患者のフリーアクセス(GPの紹介なしの利用)が保障されているか否かを調査し、その結果に基づいて「フリーアクセス指数」(direct accessibility scale)を作成した。17の医療サービスは、救急医療、歯科、小児科、産婦人科、病院所属の専門医、入院医療、在宅医療、リハビリテーション等である。次に、この結果とGPサービスに対する患者満足度調査(14カ国)との相関係数を算出した。フリーアクセス指数が一番低かったのはポルトガル(13%)、一番高かったのはギリシャとスウェーデン(76%)であった。イギリスは35%、ドイツとフランスは65%であった。

その結果、フリーアクセス指数が高い国ほど患者のGPサービスに対する満足度は高かった(ピアソンの相関係数r=0.54,p=0.05)。この指数とGPの組織的側面(organisational aspect.診察までの待ち日数や予約の必要の有無等)との相関は特に高かった(r=0.67,p=0.01)。それに対して、患者と医師とのコミュニケーションや医療の技術的内容についての患者満足度とこの指数との相関はやや弱かった(それぞれr=0.46,0.41でともに有意差なし)。

この結果は、フリーアクセスはGPサービスに対する患者満足度を高めるが、それは主としてGPサービスの組織的側面に関わっていることを示している。

二木コメント-本研究の新しさは、患者満足度を3つの側面に区別して、フリーアクセスとの相関を分析的に検討したことだと思います。

○「RUG-IIIを用いて、フィンランドのナーシングホームケアにおける職員配置レベルと費用効率との関連を探究する」(Laine J: RUG-III for exploring the association between staffing levels and cost-efficiency in nursing facility care in Finland. Health Care Management Review 31(1):73-77,2006.[量的研究]

フィンランド政府の最近の保健医療政策では、サービス生産における生産性と効率性の向上が強調されているが、ナーシングホームの職員側は病棟職員の増員を要求している。本研究では、RUG-IIIを用いて病棟職員配置レベルと費用効率との関係を統合的に検討した。分析単位は病棟であり、費用効率=(病棟在院患者延べ数×RUG-III/22÷総費用)と定義した。1病床当たり平均ケア職員数は0.63人である。その結果、各病棟の職員配置は入所者のケースミックスを反映していないこと、および費用効率と職員配置レベルとの関連は弱い(職員配置レベルが低いほど費用効率は高いが、この関連は弱い)ことが明らかになった。この結果に基づいて、著者は、RUG-IIIを用いて職員配置を変更すれば、既存の人員を今よりも公正かつ効果的に配置することにより、病棟間の費用効率の差を最小化できると主張している。

二木コメント-この研究の目的は職員の公正な(fair)再配置により、病棟間の費用効率のバラツキを最小化することであり、ケアの質の向上については検討されていません。また、 フィンランドのナーシングホームの1病床当たり平均職員数は0.63人で日本より相当多いことにも、注意すべきと思います。

○「ヨーロッパは経済的には硬直しているが、社会的流動性は高い。この奇妙な組み合わせの理由は?」(Anonym: Europe is economically inflexible but socially mobile. Whence this strange combination? The Economist May 27th, 2006,p50)[実証研究の紹介記事] 

Bratsberg等が行った社会的流動性指数等の国際比較研究により、ヨーロッパ(特に北欧諸国)では、意外なことに、所得階層間の社会的流動性がアメリカよりもはるかに高いことが明らかにされた。例えば、北欧諸国では、5段階の所得階層の最下層の家族の子供の四分の三が40歳代前半までにその階層から脱しているのに対して、アメリカではその割合は5割強に過ぎない。それに対して、中所得階層の社会的流動性はヨーロッパ諸国とアメリカで近似しており、これがアメリカ人がアメリカでは現実の流動性が低いにもかかわらず、それが高いと感じる理由かもしれない(しかも中流階級は政治的影響力が強い)。

北欧諸国で低所得階層の社会的流動性が高い理由としては、低所得家族の児童を対象にした高水準の福祉制度に加えて、すぐれた教育制度があげられる。OECDの学校教育比較システムでは北欧4カ国は高い評価を得ているからである。アメリカはヨーロッパの経験から学ぶことができよう。

二木コメント-リベラリズム(自由主義)を標榜するThe Economist誌が北欧諸国の福祉制度を高く評価する研究を肯定的に紹介するのはきわめて異例です。ここで紹介されているBratsbergの研究は医療経済・政策学の枠を超えますが、社会政策・社会福祉学領域で最近注目されている社会的包摂・排除研究の必読文献と思い紹介します。

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6.私の好きな名言・警句の紹介(その19)-最近知った名言・警句

前号の本コーナーの訂正:日野秀逸氏(10頁)の名言採取時の所属は、正しくは、大阪大学大学院生・医学部衛生学教室です。

<研究と研究者のあり方>

<その他>

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