総研いのちとくらし
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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻52号)』(転載)

二木立

発行日2008年12月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)。


目次


誤記の訂正

本「ニューズレター」51号に掲載した論文「高齢者医療制度-国民皆保険の理念に反する」の22行目(第6段落の冒頭)の「後期高齢者医療制度の復活を主張すると」は「後期高齢者医療制度の廃止を主張すると」の誤りです。「毎日新聞」10月12日朝刊「発言席」には訂正したものが掲載されたのですが、元ファイルを訂正するのを忘れていました。

お知らせ

2005~2008年=4年分の全「ニューズレター」(1~52号)に掲載した、「最近出版された医療経済・政策学関連図書(洋書)のうち一読に値すると思うものの紹介」(合計98冊)と「最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文」(合計273論文)の総目次を作成しました。御希望の方にはファイルをお送りしますのでご連絡下さい(申込締切は12月10日で、12月11日に配信)。各洋書・英語論文の紹介・抄訳の全文は、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページに転載されている該当「ニューズレター」をご覧下さい。


1.論文:社会保障国民会議「医療・介護費用のシミュレーション」を複眼的に読む

(「二木教授の医療時評(その61)」『文化連情報』2008年12月号(368号):14-17頁)

社会保障国民会議・サービス保障分科会は、10月23日、平成37年度(2025年度)を展望した「医療・介護費用のシミュレーション」(以下、「シミュレーション」)を発表しました。これは、6月19日に発表された同会議「中間報告」で予告されていた「将来費用の推計」であり、「本体資料」、「参考資料」、「解説資料」を合わせて153頁に及ぶ膨大なものです。

私は、本時評(その59)「医療・社会保障政策の部分的見直しが始まった」(本誌9月号)で述べたように、社会保障国民会議「中間報告」が、「社会保障の機能強化」を目標として、「医療・介護サービスのあるべき姿を具体的に示し」た上で、「それを実現し維持していくための費用はどの程度になるかを推計する」という手順を示したことは高く評価しており、今回の「シミュレーション」にも肯定的に評価できることが少なくありません。他面、費用推計面と医療のあるべき姿の両面で、重大な問題点が含まれていることも見落とせません。

以下、医療(費)に焦点を当て、小泉政権の絶頂期の2005年10月に発表された厚生労働省「医療制度構造改革試案」(以下、2005年「試案」)と比較しながら、「シミュレーション」を複眼的に検討します。

評価できる3点

医療費のシミュレーション面で特に評価できる点は、3点あります。もっとも評価できる点は、「中間報告」で示された「社会保障の機能の強化」、つまり小泉政権時代の異常な医療・社会保障費抑制政策からの転換を、費用推計面でも明確にしたことです。この点は、2005年「試案」中の医療費の将来推計と比べると明らかです。

2005年「試案」では2006年度には283兆円である医療給付費(国民医療費から患者負担分を除いたもの)が「現行制度」のままでは2025年度には56兆円(国民医療費は65兆円)に急増すると予測した上で、厚生労働省の提唱する改革を実施すれば49兆円(125%減)に抑制できる、さらに経済財政諮問会議民間議員提案のより厳しい改革を実施すれば42兆円(25%減)にまで抑制されるとの「医療費適正化の効果」を示しました。それに対して「シミュレーション」では、2025年の国民医療費は、「現状投影シナリオ」で66~67兆円(対GDP比84~85%)、3つの「改革シナリオ」では67~70兆円(同85%~89%)に増加するとされ、2005年「試案」と異なり、医療費総額を抑制するシナリオは示されていません。

ただし、「現状投影シナリオ」の数値には、1点不明なことがあります。それは、「現状投影シナリオ」の2025年の国民医療費66~67兆円は、2006年6月に成立した医療制度改革関連法による「改革実施」を前提にしているはずであるにもかかわらず、厚生労働省が2006年1月に発表した「改革実施」後の2025年の国民医療費の「将来見通し」56兆円(対GDP比75~82%)より実額で10兆円以上も低く、医療制度改革関連法による「改革実施前」の数値65兆円すらわずかながら上回ることです(栄畑潤『医療保険の構造改革』法研、2007、76頁)。このような数字の大きなズレの原因が、鳴り物入りで成立した医療制度改革関連法の医療費抑制効果を厚生労働省がコッソリ取り下げたためか、単なる計算間違いのためか、あるいは私の数字の読み違いなのかは、不明です。

評価できる第2点は、「あるべき姿」の実現を目指して、医療の効率化と改革を行っても、医療費総額の抑制はできず、逆に増加することを初めて公式に認めたことです。権丈善一氏(社会保障国民会議委員)が指摘しているように、「この10年間、改革と言えば(費用が)減ることだという認識が人々の間に出来上がってきた」(「医療介護CBニュース」10月24日)ことを考慮すると、そのような社会通念を明確に否定した「シミュレーション」の意義は大きいと思います。

私が、この点でもっとも注目したのは、1987年の厚生省「国民医療総合対策本部中間報告」以来、20年間も医療費抑制政策の切り札とされ、2005年「試案」でも「医療費適正化対策」の柱(2025年に医療給付費を4兆円削減)とされてきた「平均在院日数の短縮」に医療費抑制効果がないことを初めて認めたことです。実は、私は、1987年に「中間報告」を批判的に検討したとき以来、わが国の病院の平均在院日数が長い主因は病院のマンパワー不足と老人・障害者の入所施設の不足であり、これらを改善して平均在院日数を短縮すると、逆に「医療・福祉費は増加する」と指摘し続けてきました(「国民医療総合対策本部中間報告が狙う医療再編成の盲点」『社会保険旬報』1591号、1987。『リハビリテーション医療の社会経済学』勁草書房、1988所収)。「シミュレーション」により、20年を超える論争にようやく終止符が打たれたと言えます。

第3に評価できる点は、2005年「試案」が、医療費の将来推計と負担のあり方を検討する場合に不可欠な「国民医療費」概念を放棄し、それから患者負担分を除いた「医療給付費」のみを示し、しかも患者負担の大幅増加を予定していたのに対して、今回の「シミュレーション」では、「国民医療費」概念を復活させ、しかも国民医療費中の患者負担割合は現在の水準(14%)を維持することを前提にしていることです。当然のことながら、混合診療の大幅拡大・全面解禁も想定していません。理想を言えば、患者負担割合を他の先進国並みに引き下げるシナリオも示すべきだったと思いますが、それは現時点では高望みかもしれません。

2025年「試案」で「国民医療費」が「医療給付費」に置き換えられたのは、当時経済財政諮問会議民間議員だった吉川洋氏が、伸びを抑制しなければならないのは「公的給付費の部分だ。これからは公的給付費と国民医療費が乖離しうることをきちんと認め、公的給付の範囲を見定めていくべき」と強行に主張したからでした(「朝日新聞」2005年6月24日朝刊。詳しくは、『医療改革』勁草書房、2007、92頁)。わずか3年前には公的給付費(医療給付費)の抑制と患者負担の大幅引き上げ・混合診療の解禁を求めながら、今回は、社会保障国民会議議長として、まったく逆の主張をしている吉川洋氏の変わり身の早さには、改めて驚かされます。

3つの問題点

他面、「シミュレーション」には問題点も少なくありません。主な問題点は以下の3つです。第1の問題点は、「あるべき姿」を実現するための医療費水準が依然低いことです。「シミュレーション」は3つの「改革案シナリオ」を示していますが、そのなかで「一番ありそうと推論できる」シナリオとされているB2シナリオの2025年の国民医療費は67~69兆円とされ、「現状投影シナリオ」(Aシナリオ)の66~67兆円と比べてわずか1~2兆円(対GDP比で01~04%ポイント)多いにすぎません。

なお、「国民医療費」の対GDP比は、OECD基準の総医療費の対GDP比より16~17%ポイント低いことを考慮すると(前掲『医療改革』201頁)、2025年の日本のOECD基準総医療費の対GDP比は「現状投影シナリオ」で100~102%、B1シナリオで102~105%になると推計できます。これはアメリカと日本以外の主要先進5か国(G5)の2004年の平均値96%を多少上回っています。

ただし、今後20年間で他の諸国の医療費水準も相当高くなることを考慮すると、今回の「改革シナリオ」が実現した場合でも、日本の医療費水準が主要先進国中最低であり続ける可能性が高いと思います。「シミュレーション」は「サービス提供体制改革の基本的考え方」で、「欧米先進諸国の実情も参考にし、国際的にみても遜色ないレベルの医療・介護を目指す」という画期的目標を掲げています。しかし、上述した医療費水準でそれを達成するのは不可能です。

第2の問題点は、医療費推計の前提となっている「効率化・重点化要素」の中に、明らかに非現実的なものが少なくないことです。例えば、「一番ありそうと推論できる」B2シナリオに限定しても、現在一般病床の平均在院日数が20日であることを考えると、急性期病床全体の平均在院日数を10日にまで半減させると想定したり、入院・介護施設入所者を(現状投影シナリオから)50万人も減らし、代わりに特定施設とグループホーム、小規模多機能施設の利用者数を71~81万人も増やすと想定するのは、あまりに現実離れしています。

川渕孝一氏は、「シミュレーション」を評して、「国の考える医療・介護のあるべき姿が、病院の平均在院日数を短縮し、病床数を削減するだけでは寂しすぎる」(「日本経済新聞」10月24日朝刊)」と述べており、私も同感です。この点で私が恐れるのは、今後、医療費増加政策への明確な転換が行われないまま、「シミュレーション」に含まれた平均在院日数短縮や病床削減等の「数値目標」だけが一人歩きすることです。その場合、医療荒廃がさらに進み、大量の「患者難民」が発生する危険があります。

第3の問題点は、「財源構造についての粗いシュミレーション」で、公費負担の増加をすべて消費税で賄うことを前提にしていることです。厳密に言えば、「シミュレーション」そのものでは、公費負担増加の「消費税率換算」が示されているだけですが、吉川洋氏(社会保障国民会議議長・経済財政諮問会議民間議員)は10月31日の経済財政諮問会議第24回会議で、「社会保障の機能強化のための追加的所要額(試算)について」報告したとき、公費必要額をすべて消費税で賄うことを前提にして報告しています。私は、医療・社会保障拡充のための公費増加の財源に、消費税を含むことに反対ではありません(ただし、食料品等生活必需品の非課税・軽減税率化により、消費税の逆進性を緩和することが不可欠)。しかし、それ以外の公費財源(たばこ税や所得税・企業課税等の強化、および道路財源を中心とした歳出の無駄の削減等)の可能性を最初から排除して、消費税率の引き上げのみしか選択肢がないかのごとく主張することにはとても賛成できませんし、国民の理解も得られないと思います。

なお、全国紙各紙は、10月24日朝刊で、「シミュレーション」について報道した際、見出しで「消費増税、2025年試算」(「朝日新聞」)、「消費税最大155%必要」(「毎日新聞」等、医療・介護費の増加がすべて消費税で賄われるかのように報じましたが、これは読者に誤解を与えます。なぜなら、「シミュレーション」では、現在の財源構造がそのまま維持されると仮定されており、4つのシナリオとも、2025年の医療・介護費のうち、保険料負担の対GDP比は公費負担の対GDP比より高くなっています(Aシナリオで49%対45%。B2シナリオでは52%対49%。いずれの場合も、医療費のみの財源構造は示されず)。私はこの推計方法は妥当だと思います。

最後に一言。この「シミュレーション」の「経済前提」では、時間的制約のためか、本年9月以降深刻化した、世界的な金融危機と経済後退・不況の影響がまったく考慮されておらず、かなり高い名目経済成長率(2008年度28%、2009年度33%等)が用いられています。しかも、11月4日に発表された社会保障国民会議「最終報告」(注)でも、この「シミュレーション」がそのまま「関連資料」として添付されています。政府・厚生労働省には、経済情勢の激変に対応して、「経済前提」を変更した新しいシミュレーションをできるだけ早く公表することを求めます。

(注)社会保障国民会議「最終報告」は期待外れ

本稿執筆直後の11月4日に社会保障国民会議「最終報告」が発表されました。しかし、それは、6月19日に発表された「中間報告」に比べて新味に欠け、まったくの期待外れ(竜頭蛇尾)と言わざるを得ません。これは、麻生太郎政権発足後の社会保障国民会議の位置づけの低下を象徴していると言えます。

そもそも「最終報告」はわずか15頁にすぎず、「中間報告」の21頁より薄く、しかも最初の三分の一が「中間報告」の要旨です(それもレジュメ的なお座なり表現が多い)。それに続く、「3 中間報告後の議論」と「4 社会保障の機能強化に向けて」も、医療(改革)については、本稿で検討してきた「シミュレーション」の要旨とそれの「背景にある哲学」(基本的考え方)を紹介しているだけです。

敢えて1点新しさがあると言えば、「最終報告」では、医療・介護費用増加のために「追加的に必要となる公的財源」はすべて消費税率の引き上げで賄うことを鮮明にしたことです。これは年金財源についても同じです。これでは、社会保障国民会議は消費税率引き上げの隠れ蓑にされた(側面がある)と言わざるを得ません。

ただし、医療(改革)については、1つだけ「救い」があります。それは、6月に「中間報告」と一緒に発表された「第二分科会(サービス保障(医療・介護・福祉))中間とりまとめ」には、吉川洋座長の強い意向で、「保険免責制の導入や混合診療、民間保険の活用などについて…今後さらに具体的議論を深めることが必要である」との一文が挿入されていたのですが、「最終報告」の「中間報告後の議論」ではそれにまったく触れていないことです。

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2.論文:オバマ・アメリカ次期大統領の医療制度改革案を読む

(「二木教授の医療時評(その62)」『文化連情報』2008年12月号(368号):18-20頁)

11月4日に行われたアメリカの大統領選挙では、民主党のバラク・オバマ候補が、共和党のジョン・マケイン候補を大差で破って当選し、来年1月に第44代大統領に就任することになりました。

アメリカ大統領選挙に対する関心は日本でも非常に強く、アメリカの世論調査会社が今年3~4月に世界24か国の国民を対象に行った、アメリカ大統領選挙への関心についての世論調査では、日本人のなんと83%が「関心ある」と回答し、アメリカの80%(第2位)すら上回って世界一だったそうです(「中日新聞」10月4日朝刊「米大統領選と日本(下)」)。日本の医療関係者の間では、オバマ氏が4700万人に達する無保険者の存在など、日本よりさらに深刻な医療危機・医療荒廃に悩むアメリカの医療をどのように改革するかについての関心が、特に強いようです。

オバマ氏の医療政策の全貌は、少なくとも来年1月20日の大統領就任までは明らかにされないと思います。しかし、オバマ氏の医療政策の大枠を知ることができる最新文献があります。それは、大統領選挙投票日の1か月前に、『ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』(アメリカを代表する週刊医学・医療雑誌)10月9日号に掲載された、オバマ氏の論文「すべてのアメリカ国民に現代医療を」(Barack Obama: Modern health care for all Americans)です。同誌編集部は、オバマ候補とマケイン候補の両方に医療制度改革案を寄稿するよう依頼したそうです。

本稿では、この論文の要旨を紹介した上で、簡単にコメントを加えたいと思います。なお、この論文は同誌のホームページに全文掲載されています(http://content.nejm.org/cgi/content/full/NEJMp0807677)。

「すべてのアメリカ国民に現代医療を」の要旨

医師と医療従事者は、きわめて長時間働き、比類なき優れた能力を有している。しかし、現在の医療制度は、彼らの健全な医学的判断をますます邪魔するようになっている。私たちは、医療改革を今すぐ行う必要がある。すべてのアメリカ国民が良質で手頃な価格の(affordable)医療を受けられるべきである。改革で強調すべきは、疾病の予防、医療過誤と医療過誤紛争発生件数の減少、および実地診療が正当に報われるようにすることである。

私の医療改革案は3つの信条に基づいている。第1に、すべてのアメリカ国民が現代医療の恩恵を受けられるようにしなければならない。第2に、現行の医療制度に蔓延する無駄を排除しなければならない。それらは、無益な官僚主義、検査や手技の重複実施、医師が訴訟を恐れて行っている不必要な医療である。第3に、疾病予防と健康増進のために、医療制度と共同する公衆衛生の社会基盤が必要である。

私の改革案では、患者が現在加入している医療保険を好んでいる場合は、何の変更もなくその保険を継続でき、保険料負担のみが安くなる。現在無保険であるか、標準以下の医療保険に加入している場合は、手頃な保険料で(十分な給付が受けられる)医療保険を選択できるようにする。全国的な医療保険取引所(exchange)を通じて、保険を提供しない企業で働く人々も、大企業で提供されている保険と同等の保険料で保険に加入できるようにする。保険会社間の競争を促進するために、議員とその家族に付与されているのと同等の給付内容の新しい公的保険の選択肢も設ける。

すべての保険会社は、既往歴に関係なく加入希望者を受け入れなければならない。保険購入を拡大するために、保険料の税額控除を導入するとともに、保険加入契約の手続きを簡素化し、事務費用を削減する。メディケイドと州小児(児童)医療保険制度を直ちに拡大し、民間保険に加入していないすべての子どもをカバーする。改革のための財源は、医療制度の無駄を省くとともに、ブッシュ現大統領が実施した最富裕層対象の減税を中産階級の医療保険購入を援助するものに転換することで捻出する。企業が現在提供している医療保険に新たな税は課さない。

医療改革は、適切な医療提供制度を構築しない限り成功しない。私は、現行制度を現代にふさわしい効率的なものとするために、患者の転帰(outcomes)を改善するという目標を見据え抜本的な改革を実施する決意である。私の改革案では、情報技術に年間100億ドルを5年間投資する計画である。この予算配分の目的は、医療記録と会計の新しいシステムの構築である。この投資によって、医療過誤や検査の重複を減少させ、長期的には総医療費を削減できる。さらに、診療報酬支払方式を改革しなければならない。そのために、医療の連携、ケースマネジメント、革新的な医療提供モデルに適切な報酬を支払うようにする。診療報酬の改革は、患者の転帰を改善し、総医療費を削減するようなものでなければならない。対立候補(マケイン氏)と違い、私は医師報酬削減案には反対した。医師を罰することで医療改革を行うことはできない。

米国の医学教育は世界最高であるが、医師が職業生活の全期間、医療の進歩についての最良の情報を得られるようにしなければならない。医薬品、医療機器、治療法および手技の効果を評価すると共にその情報を発信する、独立した全国的研究機関を医学界と協力して設立する。ローン返済補助、研修補助金、および報酬増額により、若い医師がプライマリケアを志すように誘導する。
医療過誤に対する取り組みでは、医療ミスの予防を第一の目標とする。情報技術および意思決定補助技術に対する投資によって、医療ミスや過失の一部と、これらによる医療訴訟を減らすことができる。

予防医療も私の医療改革案で中心的な役割を担う。患者は禁煙、運動、正しい食生活による適正体重の維持などの努力を強めなければならない。雇用主は健康的な職場環境のための投資を行い、従業員が活動的かつ健康なライフスタイルを維持できるよう援助しなければならない。この点については、政府にも役割がある。私は、地域密着型プログラムの予算を組み、喫煙や肥満などの公衆衛生の重要課題に取り組む。

アメリカ国民の健康を守るため懸命に働いている医療関係者諸氏の助力と協力によって、医療制度改革が現実のものとなることを、私は確信している。

国民皆保険制度の実現は提案していない

オバマ氏の医療制度改革案は、特に医療提供制度と医師報酬について、非常に「医師に優しい」ものと言えます。ただし、この論文が医師向けの雑誌に掲載されたことを考慮すると、それをそのまま真に受けることはできず、医師への「リップサービス」を割り引く必要があると思います。

オバマ氏の医療制度改革案でもっとも注目すべきことは、強制加入の国民皆保険制度を提案していないことです。オバマ氏は、総論では「すべてのアメリカ国民が現代医療の恩恵を受けられるようにしなければならない」と何度も強調していますが、「国民皆保険」("universal coverage")という言葉は周到に避け、それに代えて選択("choice""option")を頻用しています。

オバマ氏の医療保険制度改革案のポイントは、民間医療保険による加入者選択の禁止と税制措置等による民間医療保険の加入促進、およびそれを補完する任意加入制の(おそらく対象を限定した)公的医療保険の創設により、無保険者数を着実に減らしていくことです。ただし、子どもに限っては、メディケイドと州小児医療保険制度を拡大して「小児皆保障」(cover all children)を実現するとしています。この限りでは、かなり漸進的・現実的改革と言えます。

なお、オバマ論文が掲載された翌週の『ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』(10月16日号)には、オバマ案は「対症療法にはなるが根治は無理」という論評が掲載されました。

実は、民主党の大統領候補を選ぶ予備選挙では、ヒラリー・クリントン氏やエドワード氏が強制加入の国民皆保険制度の実現を正面から主張したのに対して、オバマ氏は子ども以外の皆保険制度については明言せず、企業の従業員への医療保険提供義務についても小企業は除外すると主張し、特にクリントン氏との間で激しい論争になりました(The Economist 2007年9月22日号、12月8日号)。
しかし、マケイン氏との大統領選挙本番では、経済が最大の争点になり、医療政策は争点になりませんでした。CNNが実施した大統領選挙の出口調査でも、今回の選挙における最重要課題についての質問では、経済が62%で首位に立ち、医療問題はわずか9%にすぎませんでした(イラク政策も10%の低さ)。

11月5日の大統領選挙勝利演説でも、オバマ氏は「これから待ち受けている膨大な課題」として、「(イラクとアフガニスタンの)2つの戦争、危機に直面した地球、今世紀最悪の金融危機」の3つをあげましたが、医療改革についてはほとんど触れませんでした。この点では、1993年の大統領就任時に、国民皆保険制度の実現を最大の政策課題としたクリントン元大統領とはまったく異なります。日本の医師・医療関係者の中には、オバマ論文を読んで、「日本の国民皆保険を目標にしている」と解釈している方もいますが、それは誤解です。

私自身は、オバマ氏の知的能力と実行力を高く評価し、オバマ政権がブッシュ政権が8年間続けてきた市場原理主義的経済政策とアメリカ自身にとっても破壊的な結果をもたらした戦争政策を転換すること、および医療分野でもそれなりの改革を行なうことを期待しています。しかし、オバマ政権が、一期目の4年間は、経済の立て直しとイラク(とアフガニスタン)からの撤退に追われる可能性が高いことを考えると、国民皆保険制度の実現を含めた大きな医療制度改革は、少なくとも一期目は、残念ながら見送られると思っています。そのため、オバマ政権の医療改革が日本の医療改革への追い風になることは期待できません。

それだけに、日本の医療改革は、日本の医療団体と医師・医療従事者がイニシアティブをとって、日本医療の現実と歴史に立脚しつつ自主的に行う必要がある、と改めて思っています。

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算40回2008年分その8:7論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○年齢と手技が脳血管疾患患者の資源利用に与える影響 (Kuwabara K(桑原一彰), et al: The effect of age and procedure on resource use for patients with cerebrovascular disease. Journal of Health Services Research & Policy 13(1):26-32,2008)[量的研究]

人口高齢化が医療費に与える影響を検討した研究は多数あるが、個別の疾患を対象とし、しかも疾患の重症度と手技(procedure)使用を標準化して、この点を検討した研究はほとんどない。本研究では、日本のDPC適用病院(大学病院82、それ以外の一般病院92)に入院した脳血管疾患患者13,856人を対象にして、年齢と手技と資源利用(入院医療費)との関係を検討した。患者の年齢は65歳未満(37%)、65-74歳(30%)、75歳以上(33%)に3区分した。病型診断は脳梗塞69%、脳内出血23%、くも膜下出血9%であり、死亡退院率は6.3%であった。平均在院日数は24.0日で、高齢者ほど有意に長かった(65歳未満22.0日、65-74歳24.0日、75歳以上26.3日)。平均入院医療費は9065ドルで、高齢者ほど有意に低かった(それぞれ9789ドル、8828ドル、8460ドル)。内科的治療のみを受けた患者は81.4%、何らかの手技(経皮的血管内手術、血管再建術、ドレナージ、減圧開頭術、クリッピング・包埋術)を受けた患者が18.6%であった。手技実施率は高齢者ほど有意に低かった(64歳未満23.4%、65-74歳17.7%、75歳以上14.0%)。在院日数および入院医療費を被説明変数とする線形重回帰分析の結果、年齢は在院日数と有意に関連していたが、入院医療費とはまったく関連していなかった。それに対して、手技使用は、在院日数と入院医療費の両方と有意かつ強く関連していた。

二木コメント-大量のデータを用いて、個別疾患(脳血管疾患)レベルでも、患者の年齢は入院医療費に影響しない(逆に高齢患者ほど入院医療費が低くなる)ことを実証した、日本発の貴重な研究です。同じDPC研究グループ(桑原氏の他、松田晋哉、今中雄一、伏見清秀、橋本英樹、石川光一氏の各氏等)が、虚血性心疾患患者を対象にして同一の分析枠組みで検討した論文でも、同様の結果が得られています(Kuwabara K(桑原一彰), et al: Impact of age and procedure on resource use for patients with ischemic heart disease. Health Policy 85(2):196-206,2008.本「ニューズレター」45号で紹介)。今回初めて掲載論文を紹介する"Journal of Health Services Research & Policy" はイギリスの医療サービス研究雑誌で、毎号興味深い実証研究論文が掲載されています。

○選択[の拡大]は患者にどんな便益をもたらすか?文献レビューと含意の評価(Fotaki M, et al: What benefits will choice bring to patients? Lierature review and assessment of imlications. Journal of Health Services Research & Policy 13(3):178-184,2008)[文献レビュー]

医療における患者の選択拡大の需要と影響を評価するために、イギリス、EU、アメリカの10のデータベースを探索して、295文献を選択し検討し、以下の結果を得た。病院・診療所間の選択についての市民の優先順位は、医療サービスが劣悪な地域を除いては、低かった。患者は治療法を選択する際、信頼している医療従事者に依存する傾向が強かった。学歴が高くなるほど、たくさんの情報を利用し、医療を選択していた。最後に、選択の拡大自体が医療の効率と質を改善するという証拠はほとんどなかった。

二木コメント-最後の結果がもっとも重要と思います。

○根拠に基づいた医療と患者の選択[との対立]:[イギリスの]心不全医療の事例(Sanders T, et al: Evidence-based medicine and patient choice: The case of heart failure care. Journal of Health Services Research & Policy 13(2):103-108,2008)[質的研究]

医療の意思決定における患者参加を促進するために、根拠に基づいた医療と医療政策を実施することは、最近のイギリスの医療政策の根幹になっているが、根拠に基づいた医療と患者の選択は潜在的に対立する。この点を検討するために、イングランド北部で、心不全治療を行っている医療専門職(循環器科専門医8人と看護師10人)に対する質的半構造化面接を行うとともに、1病院の心不全外来で診療現場を観察した。その結果、臨床家は患者の希望と選好は治療の意思決定を行う際の重要な要素であるべきだと認識していた反面、医師に広く受け入れられている根拠に基づく心不全治療の臨床ガイドラインが診療の仕方に大きな影響を与えていた。著者は、この結果に基づいて、根拠に基づく医療は、専門職の権威を支えるために用いられており、患者中心の医療の実施に対する新たな障壁となっていると結論づけている。

二木コメント-質的調査により、根拠に基づく医療と患者の選択との対立を正面から検討した珍しい論文です。

○アメリカの高齢者の死亡場所-州の在宅・地域サービス支出は自宅死亡を促進するか?(Muramatsu N, et al: Place of death among older Americans - Does State spending on home- and community-based services promote home death? Medical Care 46(8):829-838,2008)[量的研究]

アメリカ人の自宅死亡率は4分の1にすぎないが、この比率は州間格差が大きい。死亡場所は主として個人的要因によって決まるが、医療政策が影響している可能性もある。そこで、「健康・退職調査」(対象は1923年以前に生まれ、1993~2002年に死亡した3362人)の個票を用いて、ロジスティック回帰分析により、州の在宅・地域サービス費用(HCBS。65歳以上人口1人当たり)が死亡場所に影響するか否かを検討した。その際、郡の医療資源と個人の家族的、社会人口学的、健康的要素を考慮した。その結果、HCBSの高い州の居住と終末期のナーシングホーム入所リスクの低さには有意の関連が認められ、この傾向は特にメディケイド受給者で顕著であった。しかし、HCBSは死亡場所とは直接関連しなかった。著者は、この結果に基づいて、HCBCの州間格差が自宅死亡率の州間格差の一部を説明している可能性があると結論づけている。

二木コメント-膨大なデータを用いて精密に分析した野心的研究です。ただし、結果は、公的在宅・地域サービスが自宅死亡を促進する効果は、少なくとも州レベルでは、ごくわずかであると解釈するのが妥当と思います。また、著者も認めているように、州の在宅・地域サービスは、日本の介護保険と同じく、終末期の医療ニーズに直接対応したものではないため、これを死亡場所と関連づけることには無理があると思います。

○上流における[根本原因に立ちむかう]解決策:[アメリカの]補足的所得給付プログラムは高齢者の障害を減らすか?
(Herd P, et al: Upstream solutions: Does the supplemental security income program reduce disability in the elderly? The Milbank Quarterly 86(1):5-45,2008)[量的研究]

社会経済的要因と住民の健康の間に頑健な関係があることは、社会的・経済的政策が住民の健康に相当の影響を与えることを示唆している。しかも、現在の保健政策の焦点となっている医療は住民の健康状態の主要な決定要因ではないことを示唆する実証研究もあり、所得保障政策は住民の健康状態を改善する有望な道かもしれない。そこで、アメリカ連邦政府が実施している低所得者に対する現金移転プログラム(補足的所得給付プログラム。SSI)が高齢者の障害に影響を与えているか否かを検討した。そのために、1990年と2000年の国勢調査中のデータ(65歳以上の高齢者はそれぞれ約74万人、約82万人)を用い、母数モデル(fixed-effect models)により、10年間の各州のSSI最高給付額の変化と高齢者の障害出現率の変化との関係を検討した。その結果、給付額が高くなるほど障害出現率が低下していた。具体的には、1月当たり最高給付額が100ドル高まるごとに、移動障害の出現率は0.46%ポイント低下していた。感受性分析を行っても、この関係は頑健であった。著者は、この結果に基づいて、所得保障政策は、住民、特に低所得者の健康状態を改善する新しいテコとなりうると主張している。

二木コメント-膨大なデータを用いて、社会経済的状態が健康状態の違いの「根本原因」であるとする学説(fundamental cause theory)の妥当性を検証した野心的研究です。従来の「根本原因説」の実証研究の大半が「静学的」であったのに対して、本研究は「動学的」であることが特徴です。

○[オランダの]施設入所リスクが高い高齢者の地域基盤の社会サービス利用の評価(van Bilsen PMA, et al: The use of community-based social services by elderly people at risk of institutionalization: An evaluation. Health Policy 87(3):285-295,2008)[量的研究]

オランダの2つの県で、客観的評価により施設入所のリスクが高いと判定されたが、本人の希望で在宅生活を継続している65歳以上の高齢者707人のうち、1年間の追跡調査に同意しかつ実際に1年後の調査に応じた134人を対象にして、構造化面接により、地域基盤の社会サービスの利用状況を調査した。社会サービスとは次の5種類のサービスである:(1)社会・文化的活動、(2)地域センター等での食事提供、(3)個人的情報アドバイザー、(4)電話サークル、(5)ボランティアの週1回の訪問。これらは通常の在宅ケアや、家族等によるインフォーマルケアに付加されていた。例えば、家事援助の利用率は9割、身体介護のそれは5割であった。社会サービスの利用率は、調査開始時点60.4%、1年後64.2%でほとんど変わらなかった。2種類以上のサービスの利用者は、対象全体の3割弱にとどまっていた。5種類のサービスのうち、利用率が高かったのは社会文化的活動(5割強)と食事提供(2割強)だけだった。1年間で対象の自律性は高まり、孤独感は減っていたが、これらの肯定的変化と社会サービス利用とは関連がなかった。

二木コメント-北欧諸国に次ぐ在宅ケア先進国のオランダで、社会サービスの利用は多くなく、しかもそれの明確な効果はないという、福祉関係者にとっては衝撃的結果です。ただし、本研究は著者も認めているように、脱落率が高く、しかも調査開始後1年間に施設入所した人々の分析は行われていないという限界があります。

○余命延長により生じる非関連医療費-それは医療介入の経済的評価に含めるべきか?(Rappange DR, et al: Unrelated medical costs in life-years gained - Should they be included in economic evaluations of healthcare interventions? PharmacoEconomics 26(10):815-830,2008)[総説]

医療介入の経済的評価では、どの費用と便益を含めるべきかについての論争が続いている。医療介入により余命が延長した場合に生じる、介入対象疾患に直接関連しない医療費(例:心不全患者が治療を受けて延命した後に、発症した大腿骨骨折の治療費。以下、非関連医療費)は重要な費用であるが、経済的評価を社会的レベルで行う場合も、医療の枠内で行う場合にも、通常は費用に含まれない。各国の薬剤経済学的研究に関するガイドラインでも、このやり方が是認されている。しかし、近年は非関連医療費を費用に含んだ研究が優勢となっている。本論文はこの論争についての文献レビューを行い、最適性という点からも、内的・外的一貫性という点からも、非関連医療費を含むことが望ましいことを示す。van Baal等が行った禁煙プログラムの種々の費用効用分析によると、介入による余命延長1年当たり費用は、直接介入医療費および余命延長後の介入対象疾患の関連医療費のみを含んだ場合に比べて、非関連医療費も含んだ場合の方がはるかに大きくなる。

二木コメント-非関連医療費の扱いについては、日本でもホットな論争があります。厚生労働省の禁煙治療に関する研究班は、喫煙関連の疾患の医療費のみに注目して、禁煙の生涯医療費削減効果(30歳で禁煙すると154万円節減)を試算しましたが、池田俊也氏(国際医療福祉大学)は「禁煙で余命が延びれば、禁煙関連以外の病気の医療費が増える」と指摘して、その結果に異論を唱えたそうです(「日本経済新聞」2008年8月26日夕刊)。なお、「喫煙の医療費」(Barendregt JJ, et al: The health care costs of smoking. New England Journal of Medicine 337:1052-1057,1997)は、厚生労働省研究班と同じく、医療費に喫煙関連の疾患の医療費しか含まずに生涯医療費のシミュレーションを行ったのですが、禁煙者の累積医療費は、禁煙開始15年後以降は、喫煙継続者のそれを上回るようになるという、厚生労働省研究班の推計結果と逆の結果を得ています。私は、『医療改革』(勁草書房,2006,31頁)で、この研究をアメリカの研究と紹介しましたが、それは誤りで、正しくはオランダの研究でした。本研究もオランダのものです


4.私の好きな名言・警句の紹介(その48)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<その他>

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