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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻76号)』(転載)

二木立

発行日2010年11月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)。


目次


お知らせ

○75号「書評」の、若月俊一『信州の風の色』の出版社は旬報社です。本文中の八千代村は八千穂村の誤記です。

○『メディカル朝日』2010年11月号10-13頁(11月1日発行)に、私のインタビュー「編集長が聞く 医療経済・医療政策の視座で日本を見る」が掲載されます。


1.論文:混合診療原則解禁論はなぜゾンビのように復活するのか?

(「二木立教授の医療時評(その82)」『文化連情報』2010年月11月号(392号):18-23頁)

日本福祉大学大学院と佐久総合病院は毎年9月に「公開講座」を共催しています。今年は9月2日に第11回公開講座を開催し、私は「政権交代と民主党の医療政策」について講演しました。その時に、会場から「混合診療原則解禁論はなぜゾンビのように復活するのか?」との質問を受けました。実は、私自身も、6月11日に、日本の医療を守る市民の会で「民主党政権と混合診療原則(全面)解禁論」について講演した時、冒頭で「混合診療をめぐる論争は、小泉政権時代に政策的・政治的に決着済みであるにもかかわらず、民主党政権の一部でゾンビのように復活した」と述べていました[注1]。

そこで、今回は、この点を包括的に検討します。私は、その理由は3つあると考えます。1つは、現在、混合診療が禁止されているとの誤解が一般市民だけでく、政治家等にも根強く存在することです。第2は、混合診療の原則解禁論の論拠・信念が単一ではなく4つあり、それらが部分的には矛盾しつつも、相互に補強しあっていることです。第3は、民主党政権内および民主党の有力議員のなかに、混合診療原則解禁を含め、医療分野への市場原理導入を支持・容認する人々が少なくないからです。 以下、それぞれについて説明するとともに、私が2000年から主張している「医療・社会保障改革の3つのシナリオ」説が民主党政権下でも依然有効であることを指摘します。

混合診療が禁止されているとの誤解と真実

第1の理由は、本誌の読者には意外と思われるかもしれません。なぜなら、小泉政権時代の2004年12月の厚生労働大臣・規制改革担当大臣「基本的合意」により、「一定のルールの下に、保険診療と保険外診療との併用を認めるとともに、これに係る保険導入手続を制度化する」こととされたからです。これに基づき翌年成立した医療制度改革関連法(厳密には健康保険法改正)により、従来の特定療養費制度が「保険外併用療養制度」に再編され、「評価療養」(「先進医療」)の混合診療は部分的に、「選定療養」(アメニティーサービス)の混合診療はほぼ全面的に解禁されました。小泉首相は、2005年1月21日の通常国会開幕日の施政方針演説で、上記両大臣合意に言及し、「混合診療を解禁した」と自画自賛しました。

さらに2008年4月には、薬事法上の承認又は認証を受けていない医薬品・医療機器の使用を伴う医療技術と、承認または認証を受けている医薬品・医療機器の承認内容に含まれない目的での使用(いわゆる適用外使用)が、「高度医療」(先進医療の一部:「第3項先進医療」)とされました。

「先進医療」と「高度医療」は、混合診療の期間に「将来的な保険導入のための評価を行う」こととされ、安全性と有効性が十分に確認され、一定程度普及した段階で保険給付化されることになっています。私は、「評価療養」の優れた点は、保険給付化の判断基準に経済的基準を含んでいないことだと考えています。この点では、イギリスのNICEがNHS(国民保健サービス)の先進医療採用基準の目安として、1QALY(質を調整した生存年1年)当たり3万ポンド(約500万円)を設けているため、効果が確認された抗がん剤等の相当部分が給付対象から外されているのと対照的です。

しかし、このような事実が意外と知られておらず、そのために、混合診療が禁止されているとの誤解に基づいた素朴な解禁論が根強くあるのです。民主党の新人・若手議員(医系議員を除く)の中にも、同じように考えている方が少なくないと聞いています。

残念ながら、国民に真実を知らせるべきマスコミの一部はそのような誤解を助長しています。さすがに最近では、全国紙は、混合診療問題について報道するときは保険外併用療養費制度についても触れるようになりました。しかし、私の地元(愛知県)で最大部数を誇る「中日新聞」は本年7月6日朝刊に、保険外併用療養費制度についてまったく触れず、混合診療が「原則禁止」されているとして、「混合診療[解禁]に期待と懸念」が存在するとの大きな記事を掲載しました。しかも、この記事が「読者に誤解を与える」と私が指摘したにもかかわらず、訂正・補足記事は出しませんでした。

混合診療が原則禁止されているとの誤解を利用して、国民の8割が混合診療解禁を支持しているとした誘導的「世論調査」も行われています(日本医療政策機構「混合診療に関する世論調査」2008年1月。これの批判は、拙著『医療改革と財源選択』勁草書房、2009、83-86頁)。

混合診療原則解禁の4つの論拠・信念と内部矛盾

次に、第2の理由(混合診療原則解禁論は単一ではなく4つの論拠・信念がある)について述べます。

言うまでもなく、混合診療原則解禁論の原点は、医療分野への全面的市場原理導入論(新自由主義的医療改革論)であり、小泉政権時代に猛威をふるいました。これを信奉する人々は、医療保険給付を「最低水準」に限定して、それ以上の給付を混合診療化することを正面から主張しました[注2]。

代表的論者の主張は以下の通りです(それぞれの出所は『医療改革』勁草書房,2007,46-49頁)。まず「ミスター規制改革」と称された八代尚宏氏は、保険診療で「生命にかかわる基礎的な医療は平等に保障されたうえで、特定の人々だけが自費負担を加えることで良い医療サービスを受けられる」ようにすると主張しました。八代氏の共同研究者である鈴木玲子氏も、「基礎的な医療サービスは公的保険で確保するとともに」「高所得者がアメリカ並みに自由に医療サービスを購入するようになる」と主張しました。極めつけは、規制改革会・民間開放会議議長(当時)の宮内義彦氏で、「[混合診療は]国民がもっとさまざまな医療を受けたければ、『健康保険はここまでですよ』、後は『自分でお支払いください』という形です。金持ち優遇だと批判されますが、金持ちでなくとも、高度医療を受けたければ、家を売ってでも受けるという選択をする人もいるでしょう」とあけすけに語りました。

医療は患者ニーズに基づいて提供されるのが「公平」と考えている多くの医療関係者や一般市民には理解できないと思いますが、市場メカニズムに基づく資源配分を絶対化する新自由主義派の人々は、患者が支払い能力に応じて「自由に」医療サービスを受けることこそ「公平」と考えているのです。

しかし、混合診療原則解禁論はこれ一色ではなく、これ以外に次の3つの論拠・信念があります。第2の混合診療原則解禁論は、「公的保険制度の枠外の自由な市場」での医療の産業化」論で、経済産業省や同省系の研究者、財界人の一部が主張しています。第3は、患者の選択権・自己決定権を絶対化する原則解禁論であり、混合診療裁判の原告(清郷伸人氏)等、ごく一部の患者が主張しています。

第4は、保険診療の制約の排除論であり、自己・自院の診療技術に絶対的自信を持つ大学・大病院の一部エリート医師が主張しています(上昌広医師、亀田隆明医師、土屋了介医師等)。例えば、土屋了介医師は、現在の事前規制原則を廃止して、患者と医療者が「自己責任」に基づいて、「個々の契約に基づいて治療を行う」ことを主張し、それにより問題が生じた場合にも「国に責任はありません」と断言しています(「混合診療は『自己責任』を前提に解禁すべき」「日経メディカルオンライン」2010.6.3)。これら医師は厚生労働省「医系技官」嫌いでも共通しています。

なお、第3と第4の論者の一部は、混合診療禁止は財産権侵害であり違憲とも主張しており、これを第5の論拠とすることも可能です。しかし、これは法律論としては粗雑すぎ、しかも混合診療裁判判決(地裁・高裁とも)でもほとんど無視されているため、本稿では独立した論拠には含めないことにしました。

そして、これら4つの異質の混合診療原則解禁論は相互に補強しあっており、それだけに「打たれ強い」と言えます。医療経済学者のフュックス教授は、かつて「国民医療保険普及要因の再検討」を行ったとき、国民医療保険の普及要因は単一ではなく、さまざまな思想傾向の人々が「奇妙な連合を形成」しており、それだけに国民医療保険は強固であると指摘しました(江見康一・田中滋・二木立訳『保健医療の経済学』勁草書房,1990,72-73頁)。混合診療原則解禁論についても、同じことが言えると思います。私は、今まで混合診療原則解禁論を批判するときは、ほとんど第1の論拠に焦点をあててきましたが、今後は、もっと多面的な批判をする必要があると感じています。

ここで見落としてならないことがあります。それは、4つの混合診療原則解禁論の間には2つの「内部矛盾」があることです。1つは、新自由主義的医療改革論(第1の論拠)が保険給付を「最低水準」に限定することを主張するのに対して、第3・第4の論拠を主張する患者や医師はそれにはまったく触れていないことです。しかし、患者の権利や「医の倫理」に基づけば、「最低水準」説を容認できないことは明らかです。私の知る限り、経済産業省の諸文書でも「最低水準」説が主張されたことはありません。

もう1つは、第3・第4の論者間の内部矛盾です。混合診療裁判原告の清郷伸人氏は、混合診療解禁論は「有効性・安全性も含めて自主判断し、[患者が]自己決定する」、「民間療法の保険医版」であると主張しています(『混合診療を解禁せよ 違憲の医療制度』ごま書房,2006,54頁)。それに対して、亀田隆明医師は、「混合診療の原則自由化」を主張する一方で、「効果のエビデンスが認められていない」「民間療法(にんにく注射や自己多血小板血漿注入療法など)に対する規制」を主張しています(貝塚啓明・財務省財務総合政策研究所編著『医療制度改革の研究』中央経済社,2010,69頁)。私はこれは本質的対立だと思いますが、両者はなぜか混合診療原則解禁では「呉越同舟」しています。

民主党政権内の混合診療原則解禁論

最後に、第3の理由(民主党政権内および民主党議員のなかに、医療分野への市場原理導入を支持・容認する人々が少なくない)について述べます。

鳩山由紀夫前首相は、昨年10月26日に行った所信表明演説で「財政のみの視点から医療費や介護費をひたすら抑制してきたこれまでの方針を転換」することを表明しました。しかし、「これまでの方針」を推進してきた規制改革会議の廃止はもちろん、委員の差し替えも行いませんでした。それどころか、規制改革会議の後継組織として本年1月に発足した行政刷新会議の委員には、混合診療原則解禁論を主導してきた規制改革会議委員が多数含まれていました。そして、同会議の規制・制度改革に関する分科会ライフイノベーションワーキンググループ(WG)は、さっそく混合診療原則解禁に向けての議論を開始しました。さらに、本年6月に成立した菅直人内閣が6月18日に閣議決定した「新成長戦略」と「規制・制度改革に関する対処方針」には、「保険外併用療養の拡大」が盛り込まれました。

以上の経過は、民主党政権内および民主党の有力議員のなかに、混合診療原則解禁を志向する人々が根強く存在することを示しています。

日野秀逸氏(東北大学名誉教授)によると、これのルーツは、自由党と合併前の「旧民主党」(「オリジナル民主党」)が1998年4月の「統一大会」で決定した「基本政策」にまで遡ります(『民主党の医療政策は私たちのいのちを守れるか?』自治体研究所,2010,13頁)。この「基本方針」では、「官と民」との関係については、「官僚の基本的役割を事前調整から事後チェックへとシフトさせ」ること、「経済」政策については「自己責任と自由意思を前提とした市場原理を貫徹することにより、経済構造改革を行う」ことを主張すると共に、「社会保障」についても「医療・医療保険制度は、市場原理をも活用しながら、情報公開を徹底し、抜本的な制度改革を行う」と明記していました。このような「基本方針」は、思想的には、混合診療原則解禁論と親和性が高いと言えます。

よく知られているように、2006年に民主党代表となった小沢一郎氏は、このような「構造改革」路線から、「国民の生活第一」の「反構造改革路線」に一気に転換しました。しかし、それは小沢代表の鶴の一声で行われ、党内論議はほとんどなされませんでした。このような民主党政権の医療政策の底の浅さ、および民主党議員が新自由主義派を含む「寄り合い所帯」であることが、医療・社会保障費拡大の財源が政府予算の無駄の排除や「霞ヶ関埋蔵金」の発掘だけでは捻出できないことが明らかになるや、混合診療原則解禁論や「公的保険外の枠外の自由な市場」拡大論が簡単に復活する土壌になっていると私は判断しています。

民主党政権下でも「3つのシナリオ」説は有効

このような民主党政権(特に菅政権)の政策転換を捉えて、最近、一部の研究者からは、菅政権は「新自由主義的な構造改革の方向に向かって船出を遂げ」た、「新自由主義路線に急旋回しつつある」との厳しい批判もなされています(二宮厚美「民主党菅政権とこれからの社会保障」『文化連情報』9月号、伊藤周平「社会保障の機能不全とその克服に向けて」『いのちとくらし研究所報』32号)。しかし、私はそう断言するのは、早計かつ一面的だと考えています。その理由は3つあります。

第1は、伊藤氏が指摘するように、「民主党自体が、政策理念の違う議員の『寄り合い所帯』」で、「明確な政策理念・ビジョンが欠如しており、政策間の不整合が著しい」(『雇用崩壊と社会保障』平凡社新書,2010,223頁)ことを考えると、民主党(政権)全体が一気に「新自由主義路線に急旋回」するとは考えにくいからです。

第2に、「新成長戦略」の各論と「医療産業研究会報告書」の全体に「医療分野への市場原理導入」=新自由主義的改革が含まれているのは事実ですが、「新成長戦略」の総論は、「行き過ぎた市場原理主義」を批判し、社会保障の雇用創出・経済成長効果を強調しており、菅政権の政策全体を新自由主義とは決めつけられないからです。伊藤周平氏は上掲論文で、新自由主義を「社会保障を抑制し『小さな政府』を志向する政策思想」と定義していますが、菅首相は10月1日の臨時国会・所信表明演説で、小さな政府論を否定し、「負担をお願いしても安心できる社会を実現することが望ましい」と述べています。

第3に、民主党政権・有力議員の一部が推進しようとした混合診療原則解禁は、厚生労働省や日本医師会の強い反対にあい、先進医療のごく一部に限定した「保険外併用療養の範囲拡大」にとどまったからです(第2、第3の理由について詳しくは、「『新成長戦略』と『医療産業研究会報告書』を読む」『文化連情報』10月号参照)。

そのために、私は、民主党政権の医療・社会保障政策を分析する際にも、私が2000年以来提唱している「医療・社会保障改革の3つのシナリオ」説が有効と考えています。この分析枠組みの特徴は、政権・体制を一枚岩とみずに、その内部に深刻な路線・政策の対立が存在することに注目していることです(これについての包括的説明は、『医療経済・政策学の視点と研究方法』勁草書房,2006,第3章)。 

以下、混合診療原則解禁論に限定して、政権・体制内部での路線・政策の対立について、最近の動きを簡単に紹介します。まず厚生労働省は、自民党政権時代も、民主党政権になってからも、一貫して混合診療原則解禁に頑強に反対しています。

伊東光晴氏(経済学界の大御所。医療経済研究機構所長)も、新著『政権交代の政治経済学』(岩波書店,2010)で、菅政権の「新成長戦略」が「いかにいいかげんなもの」であるかの一例として、「医療ツーリズムの受入れ拡大」をあげ、それが「国民皆保険の上に立つ日本の医療制度を崩す可能性が大きい」、「営利を目的とする以外の何ものでもない」と厳しく批判するとともに、「こうした政策が医療政策を担う厚労省から出るはずがないし、出たものではないことに注意する必要がある」として、「この成長戦略は、経済産業省の他省の行政に、素人考えで手を伸ばしたものである」と指摘しています。この指摘は、混合診療原則解禁論にもそのまま当てはまります。

財務省も混合診療の部分拡大は求めていますが、最近は、原則解禁論は主張していません。なぜなら、財務省は、混合診療を原則解禁すると私的医療費だけでなく、公的医療費も膨張することを理解し始めたからです。この点については、最近、香取照幸厚生労働省政策統括官(明晰な頭脳と率直な発言で知られるエリート官僚)が「財務省も混合診療に反対なのはブーメランのようにコスト増に跳ね返り医療費が増えるからだ」と率直に指摘しています(『社会保険旬報』9月1日号:8頁)。 

それに対して財界・経済界では、一見、混合診療原則解禁論が主流のように見えます。例えば、日本経団連「豊かで活力ある国民生活を目指して」(本年4月)は、「保険診療と保険外診療の併用制度や自由診療など、サービス提供者による価格決定が可能な診療領域を拡大する必要がある」と主張しています(ただし、混合診療原則解禁までは主張していません)。 

しかし、医療政策の現実を熟知している長谷川閑日本製薬協会長(武田薬品工業株式会社社長)は、会長就任記者会見で、混合診療原則解禁論を以下のように痛烈に批判しています。「混合診療については観念的な議論が先走り、実態が十分に議論されていないと考える。今の医療制度の中ではエビデンスに基づいた治療であれば高額だからといって拒否する理由にはならない。混合診療を認めなければ解決できない問題は何なのか議論をし、現行制度で対応できないかを検証する必要がある。唯一、命にかかわる疾患の未承認薬・未承認適応の問題で承認までの間コンパッショネートユースで対応する等、策を講じる必要はある」(『日本製薬協ニューズレター』138号:13頁,2010年7月)。この発言は大変見識があり、私も大賛成です。

以上より、「医療・社会保障改革の3つのシナリオ」説が、自民党政権時代だけでなく、民主党政権下でも有効なことが例証できたと思います。私は、今後も、混合診療原則解禁論がゾンビのように何度も復活することは確実だが、一部の方が心配されているように混合診療が原則解禁されることはあり得ないと判断しています。と同時に、ゾンビが復活するたびに、「ゾンビ・バスター」としての役割を果たそうとも覚悟しました。

(追記-私は今までゾンビ映画は敬遠していましたが、こう決意してから、ゾンビ映画史上最大のヒット作と言われる「ゾンビランド」を観ることにしました。)

[注1]混合診療「全面解禁」から「原則解禁」への用語変更

規制改革会議(当時)およびその前身組織は、従来混合診療「全面解禁」を主張していましたが、規制改革会議「第二次答申」(2007年12月)では、突然「原則解禁」に用語が変更されました。この理由は説明されませんでしたが、これ以降、この用語が一般に用いられるようになりました。本稿でも、それを踏襲します。ただし、菅政権が6月18日に閣議決定した「規制・制度改革に係る対処方針」と「新成長戦略」では、「混合診療」という用語は消失し、「保険外併用療養の範囲拡大」が用いられました。

[注2]「最低水準」対「最適水準」

「最低水準」説と対立するのが「最適水準」説で、私はこの理念の対立が混合診療論争の本質だと理解しています(『医療改革』勁草書房,2007,46頁)。
「最適水準」説は、国内外の社会保障研究者の通説であるだけでなく、日本の歴代政府も公式に認めています。私が調べた範囲で一番古いものは、1984年の吉村仁保険局長(当時)の国会答弁です。吉村氏は、同年6月28日の衆議院社会労働委員会で、健康保険「抜本改革」により新設を予定していた特定療養費制度との関わりで、今後も「必要にして適正な医療というものを保険の中に取り入れていく」と答弁しました。意外なことに、小泉政権時代の閣議決定「医療保険制度体系及び診療報酬体系に関する基本方針」(2003年3月)も、「社会保障として必要かつ十分な医療を確保しつつ、患者の視点から質が高く最適の医療が効率的に提供される」と、「最適水準」説を(再)確認しました。

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2.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算59回.2010年分その7:6論文)

○ベルギーにおける死亡前6カ月間の医療利用と医療費のパターン:がん患者と非がん患者の年令階層別の違い
(Gielen B, et al: Patterns of health care use and expenditure during the last 6 months of life in Belgium: Differences between age categories in cancer and non-cancer patients. Health Policy 97(1):53-61,2010)[量的研究]

ベルギーの死亡患者の死亡場所、死亡前の施設間移動、死亡前6カ月間の医療利用と公的医療費が、年齢階層によって異なるか否かを分析した。ベルギー最大の非営利疾病金庫の2005年7月~2006年6月の40歳以上の死亡者40,794人のデータを用いて、回帰分析と分散分析を行った。その結果、いくつかの指標で、高齢死亡者、特に90歳以上の超高齢死亡者は非高齢者と異なっていた。高齢者は、非高齢者に比べ、ケアホームでの死亡が多く、施設間移動は少なく、病院の在院日数も短かった。他面、高齢死亡者は在宅サービスの利用と一般医の診察が多かった。このような年齢階層間の違いは、死亡前数週間に限っても、みられた。死亡前半年間の平均公的医療費は60-69歳の16,779ユーロがピークで、それ以上高齢になると低下し、90歳以上では10,758ユーロであった。がん患者では、公的医療費は41-59歳がピークで、高齢になると急速に減少していた。

二木コメント-高齢になるほど死亡前医療費が低下するのは、日本を含めた各国の先行研究と同じです。この傾向ががん患者では特に著しいことが示されているのが、本研究の特色と思います。残念ながら、死亡前医療費の総医療費に対する割合は示されていません。

○医療における質に応じた支払い(P4P)が[医療の質の]不平等に与える影響:体系的文献レビュー
(Alshamsan R, et al: Impact of pay for performance on inequalities in health care: systematic review. Journal of Health Services Research and Policy 15(3):178-184, 2010)[文献レビュー]

質に応じた支払いが、年齢、性、エスニシティ、社会経済的状態との関連における、医療の質の不平等に与える影響を評価するための体系的文献レビューを行った。メドライン等の英語文献データベースを用いて、金銭的誘因が医療の不平等に与える影響を定量的に評価した実験研究または観察研究を探索し、最終的に22論文を選択した。このうち20はイギリスのNHSでプライマリケア医を対象にして導入された質に応じた支払い(「質とアウトカム枠組み」)の影響を評価していた。アメリカの研究は1つだけだった。16論文は、患者レベルのデータではなく、医療施設レベルのデータを用いていた。いちばん多く検討されていたのは社会経済的状態であった。それにより、金銭的誘因が社会経済的集団間の、慢性疾患マネジメントの不平等を減らしているとの弱い根拠が得られていた。ただし、これが質に応じた支払いにより生じたか否かは不明であった。年齢、性、エスニシティ間では、この不平等は、金銭的誘因を導入しても変わらなかった。この結果に基づいて、著者は、質に応じた支払いプログラムをデザインする際には、医療の質の向上だけでなく、不平等の減少も考慮すべきと主張している。

二木コメント-質に応じた支払い(P4P)が医療の質の不平等に与える影響を評価した初めての文献レビューと思います。日本ではアメリカのP4P研究に注目が集まりがちですが、公的医療制度下のイギリスでもP4P研究が進んでいることがよく分かります。

○[アメリカにおける]慢性疾患治療率の近年の上昇を理解する:疾病が増えたのか、それとも発見が増えたのか?
(Howard DH, et al: Understanding recent increases in chronic disease treatment rates: more disease or more detection? Health Economics, Policy and Law 5(4):411-435,2010)[(一部)量的研究]

アメリカでは、1990年代以降、糖尿病、がん、精神疾患等の主要慢性疾患で治療を受ける国民の割合が急増している。本研究では、「治療過程モデル」を用いて、次の3つの可能性を多面的に検討した:疾病罹患率の増加、慢性疾患患者の生存期間の延長、疾病の早期発見の増加。肥満の増加が肥満関連疾患(糖尿病)の治療率増加の重要な要因であった。罹患率増加によっては説明できない治療率増加の一部は、「潜在疾病」( "subclinical" illness)患者の早期発見・早期治療の増加によってもたらされたことが示唆された。これらの要因としては、新しい治療技術、診断技術の変化、製薬企業のマーケティング、および「医療化」(medicalization)の4つが考えられた。

二木コメント-視点と分析枠組みはなかなか面白いのですが、分析手法は「叙述的」・間接的です。

○[アメリカにおける]高強度運動の経済学
(Meltzer DP, et al: The economics of intense exercise. Journal of Health Economics 29(3):347-352,2010)[量的研究]

運動が健康増進効果を持つことはよく知られているにもかかわらず、運動するには時間が必要であることが、運動実施率が低い主因となっていると、アメリカでは広く認識されている。運動強度を増すことにより、一定の運動量を達成するための時間を減らすことができるが、この点の経済分析はまだ行われていない。本研究では、まず、他の要因が一定であるなら、賃金水準が上昇して時間コストが高まると、運動強度が高まるとの簡単な運動行動モデルを示す。次に、アメリカの「全国健康・栄養調査」結果を用いた実証分析(記述統計と多変量解析)により、被調査者の所得水準と運動強度との間に有意の関連があることを示す。この結果は、運動の時間費用は運動パターンの重要な決定要因であること、および運動促進プログラムをデザインする場合には、運動強度を考慮すべきことを示唆している。

二木コメント-論文要旨だけを読むと非常にキレイな結果が得られているように見えますが、本文中の表をみると、記述統計でも多変量解析でも、所得水準が高くなるほど、平均運動強度が増えるだけでなく、平均運動時間も急増しています!?(記述統計では、年収2万ドル以下では10.8時間、同7.5万ドル以上では17.7時間)。論文要旨だけを読むと、騙される危険があることの好例と思います。

○[アメリカにおける]電話によるケアマネジメント戦略のランダム化試験
(Wennberg DE, et al: A randomized trial of a telephone care-management strategy. The New England Journal of Medicine 363(13):1245-1255,2010)[量的研究]

先行研究で、患者の自己管理スキルを促進し患者・医師間コミュニケーションを改善するようデザインされた電話による介入戦略は、患者満足度と予防サービス利用を増すことが示されているが、それが医療費に与える影響については論争が続いている。そこで、電話によるケアマネジメント戦略が医療費と資源利用に与える影響を、174,120人を対象にした層別ランダム化試験で評価した。ヘルスコーチが、特定の疾病を有し医療費が高額になると予測された患者に対して電話によるケアマネジメントを行ったが、支援強化群(以下、介入群)に対しては通常支援群(同、対照群)より、適格とする疾病の数を増やすか、将来医療費のカットオフポイントを低く設定して、ケアマネジメントの対象を増やした。アウトカムは開始1年後の医療費・薬剤費と入院回数とした。試験開始時には両群の医療費と病院入院回数は同じだった。介入群の10.4%、対照群の3.7%が電話によるケアマネジメントを受けていた。介入群の1月当たり平均医療費・薬剤費は、対照群より3.6%(7.96ドル)少なかった。これの主因は、介入群では入院回数が10.1%少なかったためであった。電話による介入費用は1人1月当たり2ドル以下であった。以上の結果から、対照を絞った(targeted)電話によるケアマネジメントプログラムにより医療費と入院を抑制できることが示された。

二木コメント-この介入試験で費用が節減できたのは、ケアマネジメントの対象を「絞った」ためだと思います。著者は、本研究を「ポピュレーション・スタディ」と称していますが、対象を地域住民全体の一部に絞っているため、そうは言えないと思います。

○[カナダの]普遍的医療保険とホームレスの人々の医療アクセス
(Hwang SW, et al: Universal health insurance and health access for homeless persons. American Journal of Public Health 100(8):1454-1461,2010)[量的研究]

全住民に対して無料医療を提供しているカナダの普遍的医療保険制度の下で、ホームレス者が「アンメット医療ニーズ」(満たされていない医療ニーズ)と医療機関受診のバリアをどの程度感じているかを調査した。オンタリオ州トロント市で、シェルターまたは食事サービスを利用しているホームレス者1169人を対象にして、過去12カ月間の「アンメット医療ニーズ」(医療機関受診が必要だと感じたが受診しなかった)の頻度を調査し、それに影響する要因を回帰分析で推計した。調査対象の17%がアンメット医療ニーズを感じたことがあると回答し、この割合はトロント市の一般市民の回答(年齢調整済み)より有意に高かった。両者の乖離は、未成年の児童を持つホームレス女性で特に大きかった。単短変量・多変量解析の結果、アンメット医療ニーズに関連している要因は、年齢の若さ、過去12年間に身体的攻撃を受けていたこと、精神的・身体的健康水準の低さであった。以上の結果から、普遍的医療保険制度の下でも、ホームレス者には医療受診のバリアがあることが明らかになった。

二木コメント-ホームレス大国のアメリカでは先行研究が少なくありませんが、普遍的医療保険制度を有するカナダでは初めての大規模調査です。

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3.私の好きな名言・警句の紹介(その71)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<祝・中日ドラゴンズ・セリーグリーグ優勝&日本シリーズ出場決定>

<その他>

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