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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻112号)』(転載)

二木立

発行日2013年11月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


おしらせ


1.論文:TPP参加が日本医療に与える影響-「今そこにある危機」と混合診療問題

(「二木学長の医療時評」(117)『文化連情報』2013年11月号(428号):6-13頁)

はじめに-私のTPP問題に対するスタンス

安倍晋三首相は本年3月、日本のTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉への参加表明を公式に行い、日米の首脳会談と事前交渉を経て、7月に交渉に正式参加しました。

菅直人首相(当時)が、2010年10月に突然、TPP交渉参加の意思表明を行ってから、現在に至るまで、3年近く、TPP交渉(参加)の是非をめぐって激しい論争が続いています。私自身も、2011年4月から、TPP参加反対の立場から、この問題について継続的に発言してきました(1-5)。その際私は、TPPは医療とは無関係とするTPP賛成派の「楽観シナリオ」を批判する一方、一部の医療団体・ジャーナリスト等が(当初)主張したTPPに参加すると混合診療が全面解禁され、国民皆保険制度が崩壊するとの「地獄のシナリオ」にも与せず、日本がTPPに参加した場合、アメリカ政府が日本医療に何を要求してくるか、それにより日本医療がどう変わるかについて、分析的な予測を行ってきました。その際、アメリカの要求がそのまま実現するわけではないことに注意を喚起しました。

本報告では、私が今までに発表した著書・論文をベースにしつつ、最新の動きを踏まえて、TPP参加が日本医療に与える影響について予測します。結論的に言えば、「今そこにある危機」は医薬品・医療機器価格規制の撤廃・緩和による医薬品・医療機器価格の上昇で、患者負担の増加と医療保険財政の悪化をもたらし、保険給付範囲の縮小(保険外併用療養費制度の拡大を含む)と診療報酬の抑制につながります。他面、混合診療の全面解禁は短期的にはもちろん、中長期的にも起きないと考えています。

1.TPP参加でアメリカは日本医療に何を要求し、何が実現するか?

私は、野田佳彦首相(当時)が2011年11月にTPPの交渉に参加する方針を表明したことを受けて、同年12月に、米韓FTA(自由貿易協定)等も参考にして、日本がTPPに参加した場合、アメリカは日本医療に何を要求してくるかを、次の3段階に分けて具体的に予測しました(2)

(1)2011年12月時点での予測と判断

第1段階:医療機器・医薬品価格規制の撤廃・緩和

第1段階は日本の医療機器・医薬品価格規制の撤廃・緩和要求です。これは米国通商代表部が毎年発表する「外国貿易障壁報告書」の定番です。2011年版では「医療機器・医薬品」の貿易障壁の指摘と是正要求は、保険、テレコミュニケーション(医療ITを含む)に次ぐ長さであり、医療機器については外国平均価格調整ルールの廃止または改正を、医薬品に関しては新薬創出加算制度の恒久化と加算率の上限撤廃、市場拡大再算定ルールの廃止または改正等(*)を列挙しています。

*【注】新薬創出加算制度:革新的な新薬の創出や適応外薬の開発等を目的に、後発品のない新薬で値引率の小さいものに一定率までの加算を行う。
市場拡大再算定ルール:薬価収載された新薬の年間販売額が当初予想の2倍以上かつ100億円超の場合、薬価を最大25%引き下げる。

私は、この予測を行う際の参考にしようと思い、2011年11月22日に韓国国会で強行可決された米韓FTAの「医療機器・医薬品」の妥結内容を調べたのですが、それがアメリカの日本への要求と瓜二つなことに驚きました。その上、米韓FTAでは、アメリカ企業は韓国政府の定めた医薬品・医療機器の償還価格に不満がある場合には、政府から独立した「再評価機構」(**)に異議申し立てできることすら定められました。これは決して対岸の火事ではなく、内閣官房等が2011年10月に発表した「TPP協定交渉の分野別状況」も、「物品市場アクセス」の項でこの事実を紹介し、「医薬品分野に関する規定が置かれる可能性はある」と認めました。

**【訂正】文献(2-4)では「医薬品・医療機器委員会」と記載したがこれは誤りで、正しくは「独立再評価機構」(independent review body)。「医薬品・医療機器委員会」は米韓両政府代表の公式協議組織。両組織により、韓国の医薬品・医療機器政策(価格設定を含む)はアメリカからの干渉を受けやすくなる。もし現行の医療機器・医薬品価格規制が撤廃・緩和された場合には、最新鋭医療機器や画期的(と言われる)新薬の価格が高騰し、患者負担増加と保険財政の悪化が生じることは確実です。さらにそれは保険給付範囲の縮小(保険外併用療養費制度の拡大を含む)と医療サービス価格(診療報酬)の強い引き下げ圧力ともなります。なぜなら、「診療報酬改定率=全体改定率-薬価引き下げ率(診療報酬換算)」という関係にあり、全体改定率が一定の場合、新薬の価格高騰による薬価引き下げ率の低下は、自動的に診療報酬改定率の圧縮・引き下げとなるからです。

第2段階:医療特区に限定した市場原理導入

アメリカの第2段階の要求は、医療特区(総合特区)に限定した株式会社の病院経営の解禁と混合診療の原則解禁(つまり市場原理導入)です。アメリカは建て前としては、医療特区に限定しない「市場開放」を要求していますが、それには日本の医療関連法規全体の改正が必要であり、短期的には実現しないことを理解しているからです。「外国貿易障壁白書」(2008~2010年版)の「医療サービス」の項にも、このことが以下のようにカッコ付きで示されていました。「米国政府は、日本政府に対し、医療市場を外国のサービス提供者にも開放し、営利法人が営利病院を運営し、すべてのサービスを提供できるようにする機会(経済特区を含む)を認めることを引き続き要求している」。

ここで注意すべきことは、この「営利法人」がアメリカ企業のみを意味しないことです。私は、もし医療特区での株式会社の病院経営が解禁された場合、アメリカ資本単独ではなく、日米合作で進められると予測します。この場合、「自費診療部分の補填=患者負担の軽減」を大義名分にして、アメリカの民間医療保険の参入がさらに拡大します。

第3段階:ISD条項と市場原理の全面的導入

ただし日本政府がこの第2段階の要求を受け入れても、それによる市場拡大はごく限られます。この場合、TPPに盛り込まれる可能性が高い「投資家と国家間の紛争解決手続き」(ISD条項またはISDS条項)に基づき、アメリカ企業が日本政府に損害賠償請求訴訟を起こす可能性があります。この裁判で企業が勝利した場合、アメリカ政府はそれをテコに、全国レベルでの株式会社の病院経営解禁と混合診療の原則解禁を求めてくることは確実です。この第3段階の要求が実現したら、国民皆保険制度の理念は変質し、給付も大幅に劣化します。

アメリカの要求がそのまま実現しない理由

しかし、アメリカの要求がそのまま実現するわけではありません。どの程度実現するかは医療への市場原理導入に反対する国会内外の運動がどの程度盛り上がり、しかも持続するかにかかっています。このことを前提にした上で、私は、第1段階は実現する可能性が高いし、第2段階の実現可能性も長期的には否定できないが、第3段階の実現可能性はごく低いと判断しています。

それには政治的理由と経済的理由があります。政治的理由は、野党や日本医師会等の追及により、TPPがバラ色ではなく、国民皆保険制度に悪影響を与えることがかなり知られてきたからです。経済的理由は、混合診療原則解禁や株式会社の医療機関経営解禁を行った場合、日米の個別企業の利益は増加するが、それにより総医療費・公的医療費とも(不必要に)増加するため、医療費抑制という政府の基本政策と矛盾するからです(この点は後述します)。

(2)現時点での第1段階・第2段階の要求への補足

以上は2011年12月(1年10か月前)の予測ですが、大枠では、現在でも通用すると思っています。

医薬品・医療機器価格の上昇は関係者の常識になった

手前味噌ですが、この予測発表後、TPP参加が医療に与える「今そこにある危機」は医薬品・医療機器価格規制の撤廃・緩和による医薬品・医療機器価格の上昇であることについては、TPPへの賛否を問わず、関係者の常識になりました。例えば、TPP参加賛成派の論客の松山幸弘氏は、以前は「医療制度をTPPの対象にすることは不可能である」と断言していましたが(6)、本年7月の雑誌座談会では、も、「薬価とか医療機器の価格が高止まりして、結果的に診療報酬に回る財源が不足してくる…ことは起こりうる」と軌道修正しました(7)

アメリカ政府自身も、最近は、当面の要求をこれに絞りこみました。上述したように、アメリカ通商代表部(USTR)は、かつては日本に混合診療の解禁や株式会社による医療機関経営の解禁を求めていましたが、2013年4月に発表した「2013年世界の貿易障壁に関する年次報告」)では、それを棚上げし、公定薬価制度の存続を前提にした上での、新薬創出加算制度の恒久化と市場拡大算定ルールの廃止の2つに絞った要求をしています。

私は市場拡大算定ルールの廃止はストレートに薬剤費の増加を招くため、日本もそう簡単に受け入れないと思います。しかし、新薬創出加算制度の恒久化は「日本再興戦略」中の医薬品産業振興の方針につながるという大義名分があり、しかも自民党の参議院議員選挙「総合政策集」にも含まれているので、TPP発足を待たずに、2014年4月の診療報酬・薬価改定時に実現する可能性もあると思います。厚生労働省城克文経済課長が7月24日の記者会見で、「新薬創出加算の恒久化に理解が得られるよう、製薬業界を支援したい」と明言したのは、それの露払いと言えるかも知れません(『社会保険旬報』8月11日号:33頁)。ただし、新薬創出加算制度発足後の「受益者」は大半が外資の製薬企業であり、それが内資の製薬企業の育成・強化につながる保証はありません。

TPP交渉についての最近の新聞報道によれば、アメリカ政府は各国の新薬・医療機器の価格決定手続きに米国企業が参加することを求めたり、新薬の特許期間を延長するよう要求しています(それぞれ、「日本経済新聞」6月21日朝刊、「読売新聞」7月26日朝刊)。アメリカの要求がそのままTPPの合意となるとは限りませんが、このことはTPPの「今そこにある危機」が、医薬品・医療機器価格規制の撤廃・緩和であることを改めて示しています。なお、日本は大手製薬企業を持つ一方、後発薬の普及も進めているため、特許期間延長については明確な立場を示していない模様です(「読売新聞」9月14日朝刊)。

「特区」は大規模なものに限定される

上述したように、私はアメリカの第2段階の要求の実現可能性も長期的には否定できないと考えています。しかし、日医総研の各種「特区」の詳細な検討結果を踏まえると、特に安倍内閣が重視している「国際戦略総合特区」は先端医療研究や先端的医療産業の振興に特化した大規模なものであり、数もごく限られるため、一般の医療に直接影響を与えることはほとんどないと思います(8)
ただし、たとえ特区に限定されるとは言え、医療分野に市場原理が導入された場合には、医療の非営利性の根本理念が崩れ、経済特区以外でも、一部の医師・医療機関の営利的行動が強まり、それが国民の医師・医療機関への信頼を低下させる危険があります。TPP参加が日本医療に与える影響で、私が一番心配しているのはこの点です。この点で、大阪府・市が9月[11日に]共同提案した「国際メディカル特区」は、[混合診療や株式会社の病院・診療所を含んでおり、]要注意と思います。([ ]は雑誌掲載時、字数制限のため削除)。

2.TPPに参加しても混合診療全面解禁はない

最近では、TPPに参加するとすぐに混合診療が全面解禁されるとの粗雑な主張をする論者はほとんどなくなりました。しかし、中長期的には、混合診療が全面解禁される、あるいは保険外併用療養費制度が大幅に拡大して、混合診療が実質解禁されると心配する論者は少なくありません。

特に本年7月、日本郵政がアメリカ保険大手のアメリカンファミリー生命保険(アフラック)とがん保険事業での提携に合意し、今秋から簡易郵便局を除く全国約2万の郵便局と、79のかんぽ生命直営店でアフラック商品を発売することを発表して以来、これをテコにして、民間保険の拡大と保険給付範囲の縮小、保険外併用療養費制度の拡大が進み、混合診療が実質解禁されるとの危惧が生まれています(9)。医療分野への市場原理導入を目指す人々(彼らはほぼ全員がTPP推進派です)も、安倍内閣の日本再生本部や規制改革会議等を足場にして、保険外併用療養費制度の大幅拡大や混合診療の将来的全面解禁を主張しています(10)。他面、「社会保障制度改革国民会議報告」には、混合診療解禁はもちろん、保険外併用療養費制度の拡大も盛り込まれませんでした(11)

私は、日本がTPPに参加した場合、アメリカと日本の新自由主義派による医療分野への市場原理導入や医療の営利産業化の執拗な要求が加速し、保険外併用療養費制度の対象が徐々に拡大することを危惧しています。しかし、それにもかかわらず国民皆保険制度の大枠は維持され、混合診療の法的全面解禁はもちろん、大幅な実質解禁も生じないとの「客観的」将来予測を行っています。その根拠は、以下の通りです。

(1)混合診療の全面解禁が挫折する政治的・経済的理由

混合診療全面解禁を含む医療への市場原理の全面的導入には、経済的・政治的に大きな壁があります。この点については、拙著『医療改革と財源選択』で、あの強大な小泉政権でさえ「新自由主義的医療改革の全面実施が挫折した理由」を書きました(12)。この理由は日本がTPPに参加した場合にもそのまま当てはまるので、その要旨を以下に紹介します。

新自由主義的医療改革の全面実施が挫折した理由は、大きく分けると2つあります。1つは経済的理由で、新自由主義的医療改革を行うと、個別企業の市場は拡大する反面、医療費(総医療費と公的医療費の両方)が急増し、医療費抑制という「国是」に反するからです。私はこれを「新自由主義的医療改革の本質的ジレンマ」と呼んでいます。

具体的には、高所得国における医療改革の経験と医療経済学の実証研究で、以下のことが確認されています。(1)営利病院は非営利病院に比べて総医療費を増加させ、しかも医療の質が低い。(2)混合診療を全面解禁するためには、私的医療保険を普及させることが不可欠ですが、私的医療保険は医療利用を誘発し、公的医療費・総医療費が増加します。(3)保険者機能の強化により医療保険の事務管理費は増加します。

私は、厚生労働省がこの間、新自由主義的医療改革に頑強に反対し続けた最大の理由は、この「新自由主義的医療改革の本質的ジレンマ」に気付いているからだと判断しています。逆に、新自由主義派の官僚(内閣府や経済産業省に多い)や研究者は、このような国際的常識を知らず、市場メカニズムの導入により医療費(最低限、医療価格)を引き下げることが可能と単純素朴に考えています。なお、財務省幹部も1990年代には混合診療全面解禁を主張しましたが、その後この「ジレンマ」に気づき、主張しなくなりました。

新自由主義的医療改革の全面実施が挫折した政治的理由は、以下の3つです。(1)どんな世論調査でも、平等な医療を支持する国民が圧倒的多数を占めており、混合診療の支持は1~2割に過ぎません。(2)日本では、医師会・病院団体を中心としたすべての医療団体が、新自由主義的医療改革に一致して反対しています。(3)2011年10月に最高裁が混合診療原則禁止(と保険外併用療養費制度による部分解禁)が適法との判決を下しました(これは『医療改革と財源選択』出版後に生じました)。その結果、混合診療を全面解禁するためには健保法等の改正が必要になりましたが、それは政治的に極めて困難です。

(2)保険外併用療養費制度の拡大と混合診療全面解禁とはまったく異なる

TPP参加により混合診療全面解禁が実現することに強い警戒心を持っている論者の中には、日本最強の官庁である「財務省が法律改正を伴うものであれ、伴わないものであれ、実質的な混合診療全面解禁を狙っている」と指摘される方もいます。

私も法改正を伴わない混合診療部分解禁の拡大(保険外併用療養費制度の拡大)は、残念ながら、今後進む可能性が高いと判断しています。しかし、法改正を伴う全面解禁とそれが伴わない部分解禁の拡大には天と地ほどの差があり、「実質的な混合診療全面解禁」と一括りにすることはできません。法改正を伴わない場合は、保険外併用療養費制度の拡大しかありませんが、同制度のうち、「特別の療養環境の提供」(差額ベッド)等の「選定療養」、つまりアメニティ部分の混合診療はすでに制度上はほぼ全面解禁されており、これ以上の大幅拡大は困難です。

それに対して「先進医療」を対象とする「評価療養」は、安全性と効果が確認され、しかも一定程度普及したと「評価」された段階で保険診療に移行することが公式のルールとなっているため、これをどんどん拡大すると中長期的には保険診療費が拡大し、財務省が目指している国庫負担の抑制にはなりません。筋金入りの新自由主義者である八代尚宏氏は早くからこの矛盾に気づいており、「公的保険の対象となる医療サービスの範囲を明確化し、それを超える医療部分には保険適用をしないという単純なルール」を適用する混合診療全面解禁のためには、「特定療養費制度[保険外併用療養費制度の前身]を廃止することが基本となる」と正確に主張していました(13)

(3)製薬企業は混合診療全面解禁を求めていない

混合診療の実質解禁を危惧する人々は、保険会社と製薬企業がそれを求めていると主張しています。例えば、毎日新聞は6月15日付の社説「混合診療 医療費の膨張を招く」で次のように主張しました。「製薬会社はあえて厳しい臨床試験を行わなくても高価格の自由診療を選ぶようになり、自由診療の比重が大きくなれば富裕層しか受けられない医療が増える。質の高い医療を受けるためには高額の保険に入らなければならず、米国の企業は従業員に民間保険を提供し、これが経営負担になっているといわれる」。

この社説だけでなく、民間保険会社と製薬企業が共に混合診療全面解禁を求めているとの言説が少なくありませんが、両社を一括して論じることは出来ません。私が知り得た範囲では、少なくとも日本の民間保険会社は保険外併用療養費制度の拡大を望んでいるが、混合診療の全面解禁までは望んでいません。なぜなら、その場合、完全な2階建て医療保険制度になり、それに対応して民間保険の責任分野が大幅に拡大するため、保険料が高騰し、顧客が減少する(あるいは伸び悩む)可能性が大きいからです。なお、アメリカンファミリー生命保険在日代表(当時)の大竹美喜氏は、2000年に、国民皆保険解体と混合診療解禁を正面から主張しましたが、これは氏自身が「筆者の勝手な『絵図』にすぎない」と認めた極論で、同社の公式見解ではありません(14)

さらに製薬企業は、内資・外資とも、混合診療全面解禁はもちろん、保険外併用療養費制度の大幅拡大も望んでいません(15)。なぜなら、混合診療全面解禁または保険外併用療養費制度の大幅拡大により、高額な新薬が混合診療の対象にされた場合、製薬企業は新薬の価格を自由に設定できる反面、全額自費の患者負担も非常に高額になるため販売量が伸び悩み、大きな利益を出せないからです。それに比べて、現行制度のように、高額な新薬が薬事法上の承認を受けたら速やかに保険適用されることになっている場合、公定価格(薬価)は自由価格時よりも多少抑制される反面、高額療養費制度により患者負担が大幅に低下し、販売量が激増するため、巨額の利益を得られるからです(価格×販売量)。

(4)混合診療でも高額な医薬品・医療機器の患者負担はあまり減らない

ここで見落としてならないことは、最近の、抗がん剤を中心とした画期的新薬はきわめて高額であり、しかもそれらは主として外来診療で用いられているため、それを保険外併用療養費制度(評価療養。合法的な混合診療)の対象にしただけでは患者負担はわずかしか減らないことです。この点を数値例で明快に示したのが関岡英之氏と出河雅彦氏です(16,17)

まず関岡英之氏は、「あるがん患者が[保険適用の]抗がん剤の点滴治療のため3日間入院」した実データを用いて、(1)すべての医療が医療保険の給付対象であった場合、(2)抗がん剤は未承認で自由診療だが、入院費と検査費は医療保険の給付対象とされた場合(混合診療)、(3)すべての医療が自由診療の場合の患者負担を計算しました(もちろん、(2)・(3)は仮定の計算です)。それによると、患者負担は(1)の8万に対して、(2)は39万円、(3)は59万円でした。混合診療(②)の患者負担は、自由診療((3))に比べればやや安いが、保険診療((1))の約4倍の高さです。この結果に基づいて、関岡氏は「抗がん剤や分子標的薬自体の価格が下がらない場合、混合診療を認めても、それを享受できるのは支払い余力のある層に限られ、所得による医療の格差が生まれてしまう」と結論づけました。

次に出河氏は、2008年に承認され、保険適用されている進行・再発大腸がん治療薬セツキシマブ(商品名・アービタックス)を対象にして、(1)混合診療が認められず全額自費の場合、(2)抗がん剤の混合診療が認められた場合(現行の保険外併用療養費制度)、(3)保険診療が認められた場合の、1月当たり患者負担額を比較しました。(1)と(2)は仮定の計算ですが、国立がん研究センター東病院の医師の協力を得た計算だそうです。その結果、(1)は75万円、(2)は68万円、(3)は8.5万円でした。この結果に基づいて、出河氏も、混合診療が認められても「もともと高価格の抗がん剤の場合、患者にとってさほど大きな負担減とはなら」ず、「恩恵を受けられるのは経済力がある人に限られそう」だと、関岡氏と同じ結論に達しました。

以上は医薬品についての試算ですが、高額医療機器についても事情は同じです。例えば、支援ロボット「ダヴィンチ」による前立腺がん手術は、保険外併用療養費制度の適用を経て、2012年4月に保険適用となったのですが、患者負担は、全額自費の場合140万円、保険併用療養費制度でも80万円であったのに対して、保険適用では8~10万円程度になりました(高額療養費制度の対象になるため)(18)

おわりに-日本郵政・アフラック提携が暗示するもの

最後に、本文でも述べた日本郵政・アフラック提携が、今後のTPP交渉に暗示するものを指摘します。両社や政府は公式にはこの提携がTPPと無関係と説明していますが、実際には、この提携がTPP交渉における日米2国間協議で農産物の聖域確保とのバーターに使われたとの疑義が出されています(19)。私は、これと同じ形で、医薬品・医療機器分野の「市場開放」が、TPPの全体交渉と並行して行われる日米2国間協議で合意される可能性が大きいと危惧しています。TPPは公式には「多国間交渉」と言われていますが、日米2国間の交渉の方がむしろ日本医療への影響が大きいと言えます。TPP交渉が始まる前には、従来の日米二国間協議より、TPPの多国間協議の方がアメリカの強い圧力をかわせるから日本に有利だとの主張が聞かれましたが、それはまったくの幻想・誤解であったと言えます。

[『腫瘍内科』12巻3号(2013年9月)に掲載した「TPPが医療に与える影響」に加筆し、10月13日に大阪経済大学で開催された社会政策学会 第127回秋季大会で発表しました。]

引用文献

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2.最近出版された医療経済・政策学関連図書(洋書)のうち一読に値すると思うものの紹介(その26):11冊

○『医療における非合理-我々が行うことおよびその理由について行動経済学が明らかにしたこと』
Hough DE: Irrationality in Health Care - What Behavioral Economics Reveals about What We Do and Why. Stanford University Press, 2013, 291 pages.[教科書的研究書]

標準的な新古典派医療経済学の手法の代替として行動経済学を用い、アメリカの医療と医療政策の病巣、医師・患者・国民の一見非合理なさまざまな行動について考察し、新古典派経済学では説明できない23の「変則」(anomalies)を解明しています。以下の7章で構成されています。①行動経済学とは何か、我々はなぜそれに関心を持つべきか?②たとえ嫌いでも我々は保有し続ける、③期待と行動を管理する、④扱いにくい無分別な患者を理解する、⑤扱いにくい無分別な消費者を理解する、⑥医師の意志決定プロセスを理解する、⑦個々の医師の意志決定の累積的インパクトを理解する。著書は、当初は新古典派医療経済学を学んだものの、医療経営コンサルタントとして医療の現実に触れる中でそれの有効性に疑問を抱いて、行動経済学に惹かれるようになり、その後、ジョンホプキンス大学准教授になり、大学院で「行動経済学と医療」コースを新設・担当するにいたったそうです。本書はそこでの講義をベースにした、医療の行動経済学の初めての教科書的研究書です。

○『医療における制度・複雑系ハンドブック』
Sturmberg JP, Martin CM (eds.): Handbook of Systems and Complexity in Health. Springer, 2013, 954 pages.[論文集(百科事典)]

医療のすべての領域における非線形・複雑系科学の理論的側面と実用的側面を包括的に論じた初めての著書だそうです。以下の7部構成です(2つの序論を含めて全53章)。第1部 複雑系の理論と方法、第2部 人間の健康のダイナミックス、第3部 健康の概念、第4部 [複雑系科学の]臨床応用、第5部 医療サービス、第6部 医療提供制度、第7部 医療の将来。

○『医療経済学-国際的視点[第3版]』
McPake B, Normand C, Smith S: Health Economics - An International Perspective Third Edition. Routledge, 2013, 294 pages)[中級教科書]

ロンドン大学衛生学・熱帯医学大学院所属の医療経済学者が執筆した定評ある教科書(初版2002年、第2版2008年=本「ニューズレター」48号(2008年3月)で紹介)の5年ぶりの改定です。以下の4部構成(全23章)です。第1部 医療経済学入門、第2部 経済的評価、第3部 市場と市場介入の経済学について[第1部]の補足、第4部 医療制度の経済学。医療経済学を医療関係者が日常の仕事に応用できることを目指して、平易に書かれています。アメリカの多くの医療経済学教科書には欠けているか小さくしか扱われていない「医療の経済的評価」が大きな柱(第2部)になっているのが特徴です。本書の初版は日本語訳も出版されています(大日康史・近藤正英訳『国際的視点から学ぶ医療経済学入門』東京大学出版会,2004,413頁)。第3版の翻訳が待たれます。

○『[サンテール]医療経済学-理論、洞察、および産業分析 第6版』
Santerre RE, Neun SP: Health Economics - Theory, Insights, and Industry Studies 6th Edition. South-Western, 2013, 552 pages.[中級教科書]

副題に示されているように、初版(1996年)以来一貫して、産業論的分析を重視しているのが特色のアメリカの医療経済学教科書の、3年ぶりの改定です。第5版と同じく、全4部全16章構成です。目玉と言える、第3部「産業分析」が、民間医療保険産業、医師サービス産業、病院サービス産業、製薬産業、長期ケア産業の5章構成なのも変わりません。アメリカの医療経済学教科書としては珍しく、初版から「費用便益分析」(費用効果分析を含む)を独立した章で扱っていることが、もう1つの特徴です(第1部第3章)。全体としてはマイナーチェインジですが、新しく論じられているのはオバマ政権の医療改革(最終の第16章)が中心のようです。

○『ゲノム医学の経済学-ワークショップの要旨』
Institute of Medicine of the National Academies: The Economics of Genomic Medicine - Workshop Summary. The National Academies Press, 2013, 107 pages.
[ワークショップ報告書]

2012年7月に開かれた全米アカデミー医学研究所主催の学際的ワークショップ「ゲノム研究を健康に転換する」の報告書です。以下の7つのトピックスについての報告・議論の要旨が紹介されています。(1)導入と概観、(2)ゲノム科学(Genomics)、国民の健康と技術、(3)ゲノム科学と医療経済学の交差、(4)妊娠前医療とシーケンス、(5)特発性深部静脈血栓症、(6)がん治療、(7)様々な利害関係者の視点。

○『体重と肥満の応用経済学』
Taylor MP (ed): The Applied Economics of Weight and Obesity. Routledge, 2013, 134 pages.[研究論文選]

"Applied Economics and Applied Economics Letter"誌に1997~2013年(大半は2010年以降)に掲載された、14本の体重と肥満の応用経済学研究が収録されています。主なトピックスは以下の通りです:小児肥満と不完全な食事との関係、思春期の体重増加とソーシャル・ネットワーク、肥満と幸福、ファストフードと肥満との関係、喫煙規制、人種差とジェンダー差、消費者の健康。

○『医療ツーリズムと国境を越えた医療』
Botterill D, Pennings G, Mainil T (eds): Medical Tourism and Transnational Health Care. Palgrave, 2013, 258 pages.[研究論文集]

医学とツーリズムは一般には別のものと理解されているが、これは18世紀以降の両者の結合を無視していると主張し、医療ツーリズムの全体像を明らかにするために、関連する医学、医療倫理、医療政策・マネジメント及びツーリズム研究の知見を紹介しています。以下の3部構成で15論文が収録されています。第1部 患者としての旅行者、第2部 旅行者としての患者、第3部 医療ツーリズムについての混乱:政策、マネジメントおよび企業の反応。編者の3人のうち2人はイギリスの、1人はオランダの大学の研究者です。

○『医療専門職の[国際]移動-医療制度、労働条件、医療労働者の移動パターン、そして政策作成者への含意』
Tjadens F, Weilandt C, Eckert J: Mobility of Health Professionals - Health Systems, Work Conditions, Patterns of Health Workers' Mobility and Implications for Policy Makers. Springer, 2013, 167 pages.[調査研究書]

ヨーロッパ連合(EU)の調査研究プロジェクト「医療専門職の[国際]移動」の成果で、EU内外25か国のこの分野の公開情報・データの収集・分析と利害関係者へのインタビュー調査の結果がコンパクトに紹介されています。次の7章構成です。第1章 序章、第2章 国際移動のプロセス、第3章 医療労働者の移動に寄与する要因、第4章 国、構造とシステム、第5章 ヨーロッパ的の視点からの検討、第6章 医療労働者の移動のマネジメント?第7章 結論、今後の課題と勧告。

○『医療の不正と疑わしい費用-調査選』
Stallone MN (ed): Health Care Fraud and Questionable Costs - Select Investigations. Nova Publishers, 2013, 103 pages.[調査報告書]

アメリカ政府会計検査院(Accountability Office)が実施した以下の2つの調査報告を掲載しています。第1章 医療不正:メディケア、メディケイド及び小児医療保険制度の不正事例に関わったサービス提供者のタイプ。第2章 メディケア:高額な画像診断サービスの自己紹介[self-refer:医師またはその家族が財政的に利害関係のある画像診断センター等への紹介]によるメディケア費用の高騰。

○『ヨーロッパにおける長期ケア政策の改革-制度的[・政治的]変化と社会的影響を調査する』
Ranci C, Pavolini E (eds): Reforms in Long-Term Care Policies in Europe - Investigating Institutional Change and Social Impacts. Springer, 2013, 317 pages.[国際比較研究]

ヨーロッパ10か国(スウェーデン、デンマーク、オランダ、ドイツ、フランス、オーストリア、イギリス、スペイン、イタリア、チェコ)の長期ケア政策の最新動向を紹介・分析し、それらが収斂しつつあると論じています。過去20年間、各国で年金、失業給付、医療分野では緊縮政策がとられてきたのと対照的に、長期ケアの公的費用は増加し、給付も拡大してきたそうで、この点は日本と同じです。全13章で構成されています(うち10章が10か国の分析)。

○『高齢者の[施設]ケア:イングランドと日本の比較研究』
Hayashi, Mayumi(林真由美): The Care of Older People: England and Japan, A Comparative Study. Pickering & Chatto, 2013, 291 pages.[研究書(博士論文)]

膨大な文献・歴史研究と詳細なフィールド調査(日本は岐阜県大垣市の高齢者施設)に基づいて、共に急速な人口高齢化に直面しているイギリスと日本の高齢者ケア、特に施設ケアの比較を行っています。それにより、日本などのアジア諸国では西側諸国に比べて、高齢者が尊敬され良いケアを受けているとの根深い信念を否定しているそうです。。

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算92回.2013年分その7:5論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○健康と医療の行動経済学
Rice T: The behavioral economics of health and health care. Annual Review of Public Health 34:431-447,2013.[総説]

人々は、医療においてしばしば、自己の最良の利益とはならない決定をする。例えば、加入資格のある医療保険に加入しないことや、健康に有害な行動をすることである。伝統的な新古典派経済理論は、健康行動を改善するのに有効な分析手法をごく僅かしか提供しないがその理由は、それが人々は合理的に意志決定を行い、膨大な量の情報や選択に対処する知的能力を備えており、しかも各人の嗜好は固定していて第三者は操作できないと仮定しているからである。経済学と心理学を統合することにより、行動経済学は人々がしばしば経済学的意味では非合理な行動をすることを認める。それは、人々の行動を理解し、影響を与える上で、伝統的な経済理論よりも、潜在的に豊かな分析手法を提供する。しかし、それが医療に応用され出したのはごく最近である。本論文は、行動経済学に固有の概念(保有効果/現状維持バイアス、損失回避等)を示した上で、それの健康・医療における意志決定へのいくつかの寄与(臓器贈与、政府提供医療保険への加入、医療保険における処方薬選択の簡素化、喫煙の削減、肥満)を概観する。最後に、それが今後医療における人々の意志決定と健康を改善するためにいかに用いられうるかを示す。

二木コメント-ライス教授はアメリカを代表する制度派医療経済学者で、私もUCLA公衆衛生大学院留学時(1992~1993年)に大変お世話になりました。行動経済学の日本語解説書・論文は多数ありますが、それを用いた健康・医療分析を鳥瞰したものはありません。本論文の英語・説明は明快で、大学院等の抄読会テキストとして最適と思います。

○[アメリカの]医療改革における協調と競争
Baicker K, et al: Coordination versus competition in health care reform. New England Journal of Medicine 369(9):789-791,2013.[評論]

アメリカの医療制度で提供される医療の価値を高める最近の多くの提案は、「[医療の質と費用に]責任を負う医療組織」(ACO)等、医療提供者間の協調に焦点を当てている。これらの努力は称賛に値するが、医療の価値を高めるために、医療市場における競争を促進するという別の戦略と対立する可能性がある。一般的に言えば、競争が減ると価格は高くなるのに対して、競争は価格を抑制しつつ、質を引き上げられる。医療の協調は医療提供者に統合(水平的・垂直的)のインセンティブを与え、それは競争を抑制する可能性がある。このように協調と競争にはトレードオフの関係がある。しかも、アメリカの2種類の支払い者は、医療改革に異なった戦略を採用している。大半のメディケア改革はACO等の協調を重視しているのに対して、民間医療保険は競争促進に焦点を当てている。しかし、同一の病院・医師は公私両方の保険者と対応しなければならず、混乱が生じている。これらの難問に対して医療政策担当者がなすべき3つの処方箋を示す。第1は競争と協調とのwin-winな関係をめざすことである。第2は、裁判所と規制当局は独占禁止法を適用するときに、上述したトレードオフを正しく認識することである。第3は、政策担当者もこのトレードオフを正しく認識することである。

二木コメント-日本の「社会保障制度改革国民会議報告書」が、医療提供者間の「競争よりも協調」に舵を切り、「医療専門職集団の自己規律」の重要性を強調しているのと対照的に、この論文は、未だに「競争と協調とのトレードオフ」という図式的理解にとどまり、しかも競争により質の向上と価格の抑制が実現しうるという幻想にとらわれています。ただし、アメリカにおける医療改革の2つの戦略の対立を知る上では便利な論文です。なお、ACOについては、本「ニューズレター」102号(2013年1月)で紹介した次の論文と英語版Wikipediaの説明が、もっとも分かりやすいと思います:Burns LR, et al: Accountable care organizations may have difficulty avoiding the failures of integrated delivery networks of the 1990s. Health Affairs 31(11):2407-2416,2002。

○[アメリカにおける]太りすぎの被用者の体重減少が健康、生産性および医療費に与える影響
Bilger M, et al: The effect of weight loss on health, productivity, and medical expenditures among overweight employees. Medical Care 51(6):471-477,2013.[量的研究]

体重過多または肥満のため体重減少プログラムに参加し、5%以上の体重減少を達成した被用者の医療費、アブセンティズム(無断欠勤・体調不良による欠勤)、プレゼンティズム(体調不良にもかかわらず出勤)が減少したか、健康関連QOLが改善したかを調査した。ノース・カロライナ州にある短期大学・大学の被用者で、12カ月間の体重減少プログラム(ウェブ使用。参加への金銭的インセンティブあり)に参加した1868人をプログラムにより5%以上の体重減少を達成した群と達成できなかった群(対照群)に分け、非線形・差の差モデルを用いて比較した。その結果、5%以上体重減少群は、対照群に比べてQOL(EQ-5D-3L指数)の低下は有意に少なく、アブセンティズムとプレゼンティズムも低い傾向にあった。保険給付医療費は、プログラム開始前1年間では5%体重減少群の方が対照群より有意に低かったが、プログラム期間中、およびプログラム終了後1年間では有意差がなかった。本研究では、体重減少プログラム投資による医療費抑制という利益は短期的には得られなかったが、長期的には得られるかもしれない。

二木コメント-職場での体重減少プログラムは、QOLには有意の効果があるが、医療費は減らせないという当然の結果です。最後の弁解文は余計と思います。5%以上体重減少群の方が、プログラム開始前の医療費が有意に低かったことを考慮すると、この群の医療費の伸び率は、対照群に比べて、有意に高かった可能性があります。しかも、本研究では「介入費用」が考慮されておらず、医療費に介入費用を加えた総費用を計算すれば、5%以上体重減少群の方が高かったことは確実です。

○日本の急性期病院における高齢者の入院期間の延長に関連した諸要因:大腿骨頸部骨折患者のマルチレベル分析
Motohashi T(本橋隆子), et al: Factors associated with prolonged length of hospital stay of elderly patients in acute care hospitals in Japan: A multilevel analysis of patients with femoral neck fracture. Health Policy 111(1):60-67,2013.[量的研究]

大腿骨骨折患者の入院期間延長に関連しうる要因-地域レベルでの長期ケア施設病床数、患者特性(性・年齢、看護必要度)、臨床的要因(合併症、手術法、入院後手術までの日数、入院中に受けたリハビリテーションの量)および病院の構造的特性(病院所在地、病床数、大腿骨骨折患者数、看護体制、病院の公私区分)-を検討した。日本全国の199の急性期病院(DPC病院)から得られた大腿骨骨折で入院し手術を受けた患者8318人を対象にしてマルチレベル分析を行い、在院日数と患者の退院先が、病院の所在する地域(二次医療圏)の長期入院・ケア施設の病床数・利用数と関連するか否かを検討した。患者特性、臨床的要因、および病院の構造的特性を調整すると、地域レベルでの長期入院・ケア施設病床の多さは、急性期病院の平均在院日数の短さ、および他施設への転院と有意に関連していた。

日本政府は、医療費削減のために急性期病院の在院日数短縮と長期ケア病床の削減を目指しているが、本研究の結果は、長期ケア病床の削減は必ずしも急性期病院の在院日数の減少をもたらさず、逆にそれを長くする可能性があることを示唆している。

二木コメント-詳細かつ緻密な分析で、しかも政策的意味合いが明確な研究と思います。

京都大学の今中雄一教授(大学院医学研究科医療経済学分野)グループの研究です。

○日本の脳卒中の入院患者数と死亡率・医療費との関連
Tsugawa Y(津川友介), et al: The association of hospital volume with mortality and costs of care for stroke in Japan. Medical Care 51(9):782-788,2013.[量的研究]

病院の入院患者数と患者アウトカムとの関連は脳卒中についてはまだ明確になっていないし、この関係が脳卒中病型により異なるか否かについてはほとんど知られていない。日本の796の急性期病院(DPC病院)に、2010年7~12月に脳卒中が主病名で入院した患者66,406人を対象とし、局所重み付き散布図平滑化法(locally weighted scatter-plot smoothing method)を用いて、病院ごとの脳卒中患者数と院内死亡率、医療費との関連を検討した。6カ月間の脳卒中入院患者数に基づいて、病院を3群に分けた(10-50人:患者数が少ない、51-100人、100人超:患者数が多い)。患者と病院特性を調整し多変量回帰モデルを用いて、患者数とアウトカムの関係を検討した。脳卒中病型別の分析も行った。患者数が多い病院に比べると、少ない病院の院内死亡率は有意に高かった(調整済みオッズ比1.45)。患者数の少ない病院の調整済み入院医療費は、患者数が多い病院より有意に低かった(8.0%)。院内死亡率と患者数の関係は、脳卒中のすべての病型で共通していた。くも膜下出血では、患者数の多い病院は入院医療費が高く、少ない病院は入院医療費が安かったが、脳梗塞と脳内出血ではこの関係は有意ではなかった。

二木コメント-脳卒中(特にくも膜下出血)では、入院患者数が多いと死亡率は低くなるが、入院医療費は高くなる、つまり「良かかろう、高かろう」であることを実証した貴重な研究と思います。


4.私の好きな名言・警句の紹介(その107)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の在り方>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<その他>

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