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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻131号)』(転載)

二木立

発行日2015年06月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


1. 論文:財務省の社会保障改革提案の「基本的考え方」と医療制度改革を複眼的に読む
(「二木学長の医療時評」(131)『文化連情報』2015年6月号(447号):8-13頁)

はじめに

財務省主計局は、4月27日の財政制度等審議会財政制度分科会(分科会長=吉川洋東京大学大学院経済学研究科教授)に資料「社会保障」を提出しました。この資料(全86頁)は社会保障のほとんどすべての領域について、財務省が目指す改革を、総論(「当面の社会保障制度改革の基本的考え方」10頁)と各論(76頁)に分けて網羅的に述べています。各論の中心は「医療・介護等に関する制度改革・効率化の具体案」で、しかも医療制度改革がその大半を占めています。

財務省がこのような社会保障制度についての包括的な分析と改革メニューを示すのは、2013年10月21日に財政制度分科会に資料「社会保障(2)(平成26年度予算編成の課題等)」(全57頁)を提出して以来、1年半ぶりです。当時は、その1か月後に、これをベースにした財政制度等審議会「平成26年度予算の編成等に関する建議」がまとめられ、それに含まれていた薬価引き下げ分の診療報酬への振り替え否定論が、2014年度診療報酬改定で採用されました(1)。今回も、この「資料」をベースにして、財政制度等審議会「建議」がまとめられ、それが2016年度診療報酬改定に反映されることになると思います。そこで、本稿では、財務省「資料」の「総論」と医療制度改革部分を複眼的に検討します。

「改革の基本的考え方」には評価できる点も3つある

総論の中心は、社会保障関係費の伸びの大幅抑制です。具体的には「今後5年間[2015~2020年度]の社会保障関係費の伸びを、少なくとも高齢化による伸び(+2兆円強~2.5兆円)相当の範囲内としていく必要」があるとし、そのための「社会保障制度の改革の柱」を示しており、そのすべてが医療制度改革です(9頁)。安倍内閣は、基礎的財政収支(新たな借金をしないで政策経費を賄う指標)を2020年度までに黒字化する目標を掲げており、そのためには社会保障費の抑制が最大の課題と位置づけられているのです。

私は、一方で歳入減を招く大企業減税を行いつつ、他方で他分野の歳出の無駄に切り込まない「基本的考え方」、及び後述する医療制度改革の個々のメニューの多くには賛成できません。しかし、「基本的考え方」には注目・評価すべき点も3つあります。

第1は、高齢化に伴う伸びを「やむを得ない増」と認め、それと「消費税増収分を活用した社会保障の充実等(+1.5兆円程度)」を合わせた3兆円後半~4兆円程度の増加を予定していること、および社会保障費抑制の具体的数値目標は示していないことです。これは、小泉政権時代の社会保障費抑制の数値目標設定(毎年2200億円)とその断行が、医療危機・医療荒廃を招いたことについての「学習効果」が残っているためと思います。ただし、財政制度分科会では、委員から「高齢化による社会保障費の伸びにも切り込むべきだ」との意見も出されたとのことで、楽観はできません。

第2は、経済産業省や産業競争力会議、規制改革会議等の文書と異なり、医療・社会保障への市場原理導入提案が含まれていないことです。これは各論になりますが、医療制度改革では、混合診療の拡大・解禁にも、「患者申出療養」にも全く言及していません。これは、財務省が、2013年以降、医療分野に市場原理を導入すれば、私的医療費だけでなく公的医療費も増加することを理解したためと思います(その象徴は、新川主計局主計官(当時)の、2013年9月の医療経済フォーラム・ジャパンのシンポジウムでの「混合診療全面解禁には反対」発言です)。

厳密に言えば、各論の「[医療]保険給付の範囲の見直し(総括)」(14頁)の最後に、「公的保険給付の範囲の重点化は、保険給付費の伸びの抑制と同時に、雇用・成長分野としての医療介護市場の発展・育成に寄与することが出来る」とチラリと書いていますが、これは経済学的には、公費から私費へのコストシフティングにすぎず、経済成長とは無関係です。

第3は、「社会保障給付費の伸びを『少なくとも高齢化による伸び相当の範囲内』とできれば、名目3%の経済成長率の実現と相まって、後代への負担のつけ回し(中略)の拡散をギリギリ防ぐことが可能となり、制度の持続可能性確保につなげることができる」と言い切っていることです(10頁)。この点は、日本の社会保障・財政崩壊を必然視する論者(その多くは医療への市場原理導入論者)との決定的違いです。ただし私は、日本の近年の潜在成長力が1%を下回っていることを考えると、「名目3%の経済成長の実現」(アベノミクスの公式目標)の達成は困難とも考えています。

医療制度改革の焦点は薬価・調剤技術料の抑制

各論の医療制度改革部分は、「国民皆保険を維持するための制度改革」と「医療の効率化」の2本立てで、前者には保険給付範囲の縮小、サービス単価の抑制、および患者窓口負担や保険料の引き上げのメニューを網羅的に示しています。

「サービス単価の抑制(総括)」(26頁)では、「診療報酬・介護報酬についても、(中略)保険料等の国民負担の上昇を抑制する視点からマイナスとする必要」と断言しています。

しかも「総括」の最後では、「公的保険給付範囲の抜本的見直しができず、幅広く公的保険でカバーしていく場合は、皆保険制度を持続するためには公的な保険給付の総量の伸びを抑制せざるを得ず、2016~2018年度において、サービス単価(診療報酬本体・薬価、介護報酬)をさらに大幅に抑制することが必要」とまとめています。このような、保険給付範囲の縮小とサービス単価の抑制を二者択一で迫るいわば「悪魔の選択」は、2011年10月の財務省「資料」にはありませんでした。2014年の診療報酬改定で否定された、薬価引き下げ分を診療報酬本体に振り替える慣行は、今回もあっさりと否定されており、財務省としては「決着済み」という扱いです(「『薬価改定影響額』は、診療報酬改定の財源にはならない」29頁)。

医療制度改革部分でもっとも注目されることは、診療報酬引き下げよりも、薬価と(院外処方の)調剤技術料の引き下げに焦点が当てられていることです。特に後者については5頁が割かれ、「調剤技術料について抜本的な適正化が必要」と結論づけています(34頁)。医療制度改革部分で、「抜本的」という強い表現が用いられているのはここだけです。さらに、それに続いて、(参考1)として、大手調剤薬局4社の内部留保(利益剰余金)が2010年の263億円から2014年の577億円へとわずか4年間で2.2倍化したとするセンセーショナルな図も示されています(35頁)。ちなみに、2011年の財務省「資料」には、「大手調剤薬局(8社)の売上高の推移」が示されていただけであり、調剤技術料の抑制を目指す財務省の強い決意が感じられます。

医薬品費抑制の改革でもう1つ注目されるのは、長期収載品(特許切れ先発医薬品)の保険給付において、保険給付の基準額を超えた「先発薬を選択した患者の追加負担」が提案されていることです(17頁)。これは旧厚生省が2000年の「医療保険制度抜本改革」の柱として提案したものの、医師会等の医療団体、日米の製薬大企業、研究者等の強い反対にあって頓挫した「参照価格制度」の蒸し返しです。しかし、参照価格制度は、医薬品給付における混合診療解禁であり、今回もその実現可能性は低いと思います。そのために、この提案の隠れた狙い(落とし所)は、諸外国に比べて高止まりしている日本の長期収載品の薬価の大幅引き下げにあると判断します。

「受診時定額負担・保険免責制」の蒸し返し

以上、財務省提案を複眼的に検討してきましたが、最後に、それには医療保険そのものと現在の医療提供体制改革の理念・根本原則を覆す3つの重大な提案が含まれていることを指摘します(以下、提案順)。

第1は、「保険給付の範囲の見直し」として、「受診時定額負担・保険免責制の導入」をワンセットで提案していることです(19頁)。「保険免責制」は小泉政権時代の2005年に吉川洋氏が経済財政諮問会議で提案し、「受診時定額負担」は民主党政権時代の2011年に同じく吉川洋氏が社会保障改革に関する集中検討会議で提案し、それぞれの政権の医療制度改革の原案に盛り込まれました。しかし、医療保険給付の理念に反するとの与党内外の強い反対により、最終案では削除されました。このような歴史的経過を無視した両制度の蒸し返しはあまりに乱暴であり、実現可能性は低いと思います。

ただし、私には気になることが1つあります。それは、現在国会で審議されている医療保険制度改革関連法案に、紹介状なしの大病院受診に対する定額負担を「選定療養」として義務化することが盛り込まれていることです。私は、これは、患者の「選定」(嗜好・選択)に委ねられることを前提にして制度化された「選定療養」の不適切な拡大であると考えますが、それだけでなく、神奈川県保険医協会が鋭く指摘しているように「受診時定額負担」の一種とも言えます(2)。これの導入が「蟻の一穴」になって、将来的に「受診時定額負担」が全面的に導入される危険は小さくないと思います。

なお、吉川氏は、受診時定額負担・免責制が保険の原点と主張していますが、これは国民皆保険の理念を否定し、公的保険の特性を無視した主張であり、しかも両制度は民間保険にとっても自明の原理ではなく「保険金給付支払いの諸工夫」にすぎないことは、別に詳しく論じました(3)

医療提供体制改革のための診療報酬の引き下げと病床の転換命令

第2は、「医療提供体制改革(総括)」の「病床の機能分化・不合理な地域差解消に向けた枠組みの強化」の諸メニュー(51頁)の中に、「県の勧告等に従わない病院の報酬単価の減額」と「都道府県の権限強化・民間医療機関に対する他施設への転換命令等」が入っていることです。

現在、各都道府県では、昨年成立した医療介護総合確保推進法に基づく「地域医療構想」の策定作業が始まっていますが、厚生労働省担当者はこれが「医療機関の自主的取組」を基礎にした、当事者間の合意の下に進められることを繰り返し強調しています。しかし、財務省のこのような強権的提案は、当事者の信頼関係を破壊し、医療提供体制改革の妨げになります。言うまでもなく、法的にも都道府県知事に、個別病院の「診療報酬単価の減額」や「他施設への転換命令」を行う権限はありません。このような無理筋の提案を、しかも具体的説明なしに唐突に行う財務省の粗暴さ、驕りには驚かされます。

「保険料の傾斜設定」は社会保険の民間保険化

第3、そして私がもっとも重大だと思うことは、「医療の無駄排除、予防の推進等(総括)」の「医療保険者による予防の推進」として、「受診・投薬が少ない被保険者へのインセンティブ措置(ヘルスポイント、保険料の傾斜設定)の普及等」が含まれていることです(55頁。これについても具体的な説明なし)。

しかし、「保険料の傾斜設定」は、「『社会保険』は、人々の連帯により、リスクの高い人々はもちろん、全ての人々の生活のリスクをシェアするための仕組みであり、(中略)保険料は各自のリスクに見合ったものではなく、賃金等の負担能力に応じたもの」とされている社会保険の根本原則(『平成24年版厚生労働白書』41頁、「社会保険と民間保険の違いは?」)を否定し、社会保険の民間保険化(リスクに応じた保険料設定)をめざしたものと言えます。

実は、現在国会で審議されている医療保険制度改革関連法案(具体的には、健康保険法第150条の改正)では保険者が被保険者等の「自助努力についての支援」を行うこととされ、同法成立後は、国が策定するガイドラインに沿って「保険者が、加入者の予防・健康づくりに向けた取組に応じ、ヘルスケアポイント付与や保険料への支援等を実施」することが予定されています(4月14日産業競争力会議実行実現点検会合への厚生労働省提出資料)。

このうちの「保険料への支援」に対しては、昨年10月15日の社会保障審議会医療保険部会で、白川修二委員(健保連副会長)や松原謙二委員(日本医師会副会長)等が強い疑念・反対を表明したにもかかわらず、法案に盛り込まれました。

現時点では、「保険料への支援策」はごく限定的になる予定ですが、今後、財務省の圧力によりそれが拡大された場合には、「保険料の傾斜設定」に限りなく近づく危険があります。

白川健保連副会長の保険料の現金給付批判の見識ある発言

なお、上記医療保険部会での白川委員の保険料の現金給付批判の発言はきわめて見識と説得力があるので、少し長いですが、ここで紹介しておきます。

「閣議決定されました内容を見ますと、保険者とか事業主とか、そちらに対するインセンティブというのは理解できるのですけれども、個人のところが実態としては非常に難しいと思っております。健康増進に努める、あるいは疾病の早期発見等に努力される被保険者、加入者に対して一定程度インセンティブを与えるというのは、今でも保険者は一部でやっておりますけれども、これが現金給付とか、あるいは保険料の引き下げという話になりますと、これは非常に別の問題を引き起こしかねないと若干危惧しております。/例えば[資料2]27ページに個人に対するインセンティブの取り組み例が出ておりまして、左下にB国保における取り組み例というのがありまして、要件を満たせば1万円を支給する。まず、過去1年間、被保険者が保険診療を受けなかった世帯。これをやりますと、本当は病院に行かなければいけない人が診療を抑制するということにもなりかねないという懸念がどうしても生じます。/現金給付ということは、結局は保険料の還付みたいな話ですので、保険料の引き下げということになると思うのですけれども、保険料を一部健康な方あるいは健康増進に努めた方の保険料を下げるということは、それ以外の方々の保険料負担を理論的には増やすということになりますと、病気で苦しんでいらっしゃる方、生活習慣病ではなくて、いわゆる難病とかがんとか、こういったことで医療費の負担の多い方の保険料を上げろと、こういう話になりますので、これはなかなか加入者、被保険者の理解を得るのは相当難しい部分があると思っております。/多分選択性ということで保険者が健保組合でいいますと組合会等で議論をして、選択すれば実行してよいという形になるのだとは思いますけれども、保険料とか現金給付については慎重に考えるべきだと思います」(2014年10月15日第82回社会保障審議会医療保険部会・議事録12頁)。

おわりに

以上、財務省の社会保障制度改革提案の総論と医療制度改革について、複眼的・批判的に検討してきました。言うまでもありませんが、医療制度改革については、昨年成立した医療介護総合確保推進法と現在通常国会で審議されている医療保険制度改革関連法案により、政府の改革方針が明示されています。それにもかかわらず、それを大幅に超える「最大限要求」的提案を、しかも厚生労働省との調整を行うことなく一方的に発表する財務省の強引さには驚かされます。しかし、安倍内閣が今後、財政健全化を旗印にして、社会保障費の抑制に本格的に乗り出し、その中心に医療費抑制を据える可能性は高く、その場合は、今回の財務省の改革提案が「叩き台」にされると思います。

[本稿は、『日本医事新報』2015年5月16日号(4751号)掲載論文「財務省の社会保障制度改革案をどう読むか?」に大幅に加筆したものです。]

文献

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2. 最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算112回.2015年分その3:5論文)

○[アメリカでは]「医療情報交換(HIE)[システム]」が普及したにもかかわらず、それが医療の費用・利用・質にインパクトを与えたとのエビデンスはほとんどない
Rahurkar S, et al: Despite the spread of health information exchange, there is little evidence of its impact on cost, use, and quality of care. Health Affairs 34(3):477-483,2015.[文献レビュー]

アメリカでは、「医療情報交換システム」(HIE。検査結果、診療概要、処方箋等の電子的医療情報の異なる組織間の相互運用)が医療効率の向上、医療費削減、医療アウトカムの改善をもたらすと信じられている。連邦政府の補助金インセンティブにより、今や病院の約三分の二、医師診療所の半分近くが外部組織と相互運用する何らかのHIEを導入している。HIEがどのように医療の費用・利用・質の諸指標に影響するかを明らかにするために、27の学術論文を同定して、その結果を抽出・統合した。全体では、論文の57%がHIEには多少の便益があると報告していた。しかし、研究デザインに強い内的妥当性(ランダム化比較対照試験や擬似実験等)のある論文では、HIEが便益をもたらすとしているものは少なかった。強い内的妥当性のある6論文のうち、1論文はHIEには負の効果があった、3論文は効果がなかったと報告していた。2論文は便益があったと報告していたが、両論文は他の4論文と比べて、狭い領域(検査指示の減少)に焦点をあてていた。現時点では、HIEがもたらす便益についての一般化できるエビデンスはほとんど存在しない。

二木コメント-医療記録の電子化だけでなく、それの相互運用(HIE)についても、現時点では、効果についての厳密なエビデンスは示されていないことを明らかにした貴重な研究と思います。

○[アメリカにおける]地域要因と病院への再入院率
Herrin J, et al: Community factors and hospital readmission rates. Health Services Research 50(1):20-39,2015.[量的研究]

本研究の目的は地域要因と病院退院後30日以内のリスク調整済み再入院率(以下、再入院率)との関連を検討することである。分析単位は全米の全急性期病院4073で、2007年7月~2010年6月に退院した急性心筋梗塞、心不全、肺炎患者の再入院率と病院の所在する郡の人口学的データ等との関係を、階層的線形モデルを用いて検討した。その結果、全米の再入院率のバラツキの58%は病院がどの郡に所在するかによって説明できた。次に、多変量解析により郡の特性に関連した諸要因が独立して再入院率と関連していることが分かった。例えば、再入院率を高める地域要因は、居住者の未婚率の高さ、1000人当たりメディケア加入者数の多さ、低レベルの雇用の多さであった。郡の特性に関連した全要因は、再入院率の群間格差の約半分を説明していた。

二木コメント-新しいタイプの「医療・健康の社会経済的決定要因」の研究と言えますが、既存の全国データを用いて「腕力」で計算して、かなり強引に結論を導き出した研究とも思えます。

○[アメリカにおける]高額なガン治療を受けることと死亡率に影響する諸要因:白血病とリンパ腫に対する[造血]幹細胞移植から得られたエビデンス
Mitchell JM, et al: Factors affecting receipt of expensive cancer treatments and mortality: Evidence from stem cell transplantation for leukemia and lymphoma. Health Services Research 50(1):197-216,2015.[量的研究]

本研究の目的は、白血病またはリンパ腫と診断された患者が造血幹細胞移植(HSCT)を受けるか否か、およびそれを受けることが生存率の改善につながっているか否かを明らかにすることである。そのために、カリフォルニア州の2002-2003年の入院患者退院記録から白血病またリンパ腫患者(それぞれ5721人、9137人)の記録を抽出し、それを2002-2005年の人口動態統計の個票とリンクした。非ランダム選択に伴う観測不能要因を調整した上で、2変数プロビット治療効果モデルを用いて、患者が受けた治療と生存率の間系を検討した。その結果、民間保険に加入し、しかも高学歴者の多い郡に居住している患者は、HSCTを受ける確率が高かった。患者が高齢になるほど、および患者居住地ともっとも近い移植可能な病院との距離が遠くなるほど、この確率は低下した。HSCTを受けることは死亡率に有意に影響していた。HSCTを受けなかった白血病患者の死亡確率は受けた患者より4.3%ポイント高かった。HSCTを受けることは死亡確率を約50%下げていた。この数値はリンパ腫患者ではそれぞれ5%、70%であった。以上の結果は、悪性の血液疾患患者の高額だが非常に効果のある治療に対するアクセス格差についての懸念を強める。

二木コメント-「高額だが非常に効果のある治療」では、社会経済的要因が患者の死亡確率に大きな影響を与えることを実証した貴重な研究と思います。

○[アメリカの]無保険のガン患者に対する外来医療請求額は高額で、そのために治療を受けられなくなっている
Dusetzina SB, et al: For uninsured cancer patients, outpatient charges can be costly, putting treatments out of reach. Health Affairs 34(4):584-591,2015.[量的研究]

公的・私的医療保険の償還額情報は以前から入手可能だが、医療費請求の情報(医療提供者が医療保険との支払い契約前に患者に請求する額)についての情報は少なく、特に外来医療についてはきわめて少ない。新しく発表されるようになった「メディケア医療提供者利用・支払いデータ公的利用ファイル」等を用いて、医師の請求額、メディケアと大規模私保険の償還額を計算し、外来でのガン治療での患者負担額を推計した。2012年には、メディケアは平均してガン化学療法の請求費用の39.6%を償還していた。私保険ではこの割合は55.7%であった。無保険の患者は、ガン化学療法でメディケアが許容している額の2~43倍、私保険が許容している額の2~5倍の医療費を請求されていた。無保険の患者の外来化学療法と医師受診に対する請求額は、保険者が実際に償還した額よりも相当高く、これは病院の医療費請求額についての先行研究で確認されていた結果と一致していた。このような高額の外来医療費請求は、現行システムが支払い能力のもっとも低い患者に課している圧力を裏付けている。医療サービスの合理的・理性的な(rational)価格付けを促進することはすべての人々に医療アクセスを保障するための重要なステップになるであろう。

二木コメント-国民皆保険制度の下、全国一律の公定価格(診療報酬)がある日本では考えられない、アメリカ医療の医療費請求・償還面での「非合理な」(irrational)実態を定量的に明らかにした貴重な研究と思います。なお、"Health Affairs" 2015年4月号の特集は「ガン医療の費用と質」で、本論文を含め8論文を掲載しています。

○西ヨーロッパ諸国と比べたアメリカのガン治療の価値を再評価する新しい分析
Soneji S, et al: New analysis reexamines the value of cancer care in the United States compared Western Europe. Health Affairs 34(3):390-399,2015.[国際比較研究・量的研究]

アメリカでは1970年以降ガン治療費は日ヨーロッパ諸国に比べて急増しているにもかかわらず、アメリカのがん死亡率は少ししか低下していない。このことが、アメリカのガン治療の追加的医療費がもたらす追加的価値に対する疑問を産んでいる。そこで、12種類のガンについて、1982~2010年に西ヨーロッパ12か国の状況と比べての避けられたはずのアメリカのガン死亡数を計算した。合わせて、アメリカと西ヨーロッパでの、ガン治療によるQALY1年延長当たり追加費用を推計して、比較した。西ヨーロッパと比べると、アメリカでは医療費が高額である4種類のガンのうち、3種類(乳ガン、大腸ガン、前立腺ガン)では、調査期間中にそれぞれ6.7万人、26.5万人、6.0万人の死が避けられていたが、肺ガンでは逆に112.0万人の余分の死があった。QALY1年延長当たり追加費用は、乳ガンで40.2万ドル、大腸ガンで11.0万ドル、前立腺ガンで197.9万ドルであり、いずれも一般に受け入れられている費用効果的な医療の閾値[QALY1年延長当たり5~10万ドル-二木]を上回っていた。アメリカは、西ヨーロッパと比べて肺ガンに対してより多くの費用を使っているにもかかわらず、QALY1年延長当たりで1.9万ドルも追加的に失っていた。以上の結果は、アメリカは西ヨーロッパに比べてガン治療に多額の医療費をかけているが、それが死亡を減らしているとは必ずしも言えないこと、および死亡を減らしている場合はきわめて高額の費用がかかっており、治療の費用対効果は低いことを示唆している。

二木コメント-大胆で粗い推計ですが、核心は突いていると思います。

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3. 私の好きな名言・警句の紹介(その126)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<その他>

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