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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻200号)』(転載)

二木立

発行日2021年03月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


お知らせ

論文「1月前半に突発した(民間)病院バッシング報道をどう読むか?」を『日本医事新報』2021年3月6日号に掲載します。本「ニューズレター」201号に転載する予定ですが、早く読みたい方は掲載誌をお読みください


1. 論文:「自助・共助・公助」と「自助・互助・共助・公助」の法令・行政での使われ方-探索的研究

(「二木教授の医療時評(188)」『文化連情報』2021年3月号(516号):20-30頁)

はじめに

前回の「医療時評」(187)で、全世代型社会保障検討会議「最終報告」の自助・共助・公助(以下、三助)の説明は、2006年以来の政府の公式説明と異なることを指摘しました(1)。具体的には、政府は従来「共助」を社会保険としていましたが、「最終報告」はそれを菅義偉首相が用いている「家族や地域」の意味で使っていました。この原稿を友人に送ったところ、地域包括ケアや地域共生社会づくりに積極的に関与している複数の友人から、「三助よりも、地域包括ケア研究会が提唱した『自助・互助・共助・公助』(以下、四助)の方がしっくりする」、「今まで四助を使っていたが、『最終報告』で互助がなくなったのはなぜか?」等の、ご意見・ご質問をいただきました。

実は、私は2012年に発表した論文「『自助・共助・公助』という表現の出自と意味の変遷」で、以下のように書きました。<ただし、「共助」を社会保険とすると、従来の「共助」=「地域社会が持つ福祉機能」(「21世紀福祉ビジョン」)の居場所がなくなってしまいます。この矛盾を解決しようとしたのが、「地域包括ケア研究会報告書」(2009年)で、「自助、共助、公助」という3分類に代えて、「自助、互助、共助、公助」という4分類を提唱しました。この場合、「互助」は「住民主体のサービスやボランティア活動」とされ、「共助」は介護保険サービスと医療保険サービスとされています。私は、この4分類はそれなりに合理的と思いますが、政府・厚生労働省の公式文書ではまったく用いられていません。>(2:160-161頁)

その後9年経ち、四助は地域包括ケア等では、広く使われているようになっています【注1】。そこで、四助と三助が法令・行政でどのように使われているかを探索しました。その結果、以下の3点が分かりました。①四助・三助とも法令や厚生労働省通知等では定義されていない。②各年版の『厚生労働白書』の「共助」についての説明は、「社会保険」の意味と、「互助」と同じ意味の両方が混在・共存している。③「地域包括ケア研究会報告書」の「共助」の説明も変化している。以下、順に説明し、最後に、四助・三助ではなく「社会保障」という用語を用いるべきと私が考える4つの理由を述べます。

四助・三助とも法令・行政上の定義はない

まず、社会保障・社会福祉関係の主な法律を調べたところ、四助を一括して用いた条文は皆無でした(以下、「一括して」は略す)。具体的には、社会保障制度改革推進法、持続可能な社会保障制度の確立を図るための改革の推進に関する法律、医療介護総合確保推進法、介護保険法、改正社会福祉法・現行社会福祉法、生活困窮者自立支援法の条文を個別に調べましたが、四助はまったく使われていませんでした。その後、法律に詳しい友人に依頼して、「e-Gov法令検索」(https://elaws.e-gov.go.jp)で全法令(法律・政省令・規則)の検索をしていただきましたが、やはり四助を使った法令はありませんでした。

それに対して、三助を用いた法律は2つありました。それらは、「社会保障制度改革推進法」(2012年)と「強くしなやかな国民生活の実現を図るための防災・減災等に資する国土強靱化基本法」(2013年)です。前者の第2条第1項には、以下のように書かれていました。「自助、共助及び公助が最も適切に組み合わされるよう留意しつつ、国民が自立した生活を営むことができるよう、家族相互及び国民相互の助け合いの仕組みを通じてその実現を支援していく」。ただし、両法とも「三助」の定義はしていません。なお、両法はいずれも議員立法で、内閣法制局の厳しい事前審査は受けておらず、用語の使用法はルーズだそうです。なお、「共助」を条文に含む法律は31本ありましたが、社会保障関連の法律は上述した社会保障制度改革推進法だけでした。

「厚生労働省法令等データベースサービス」(https://www.mhlw.go.jp/hourei/)により、四助または三助を使った厚生労働省の告示・通知・公示等を調べたところ、それぞれ1つ、2つありました。前者は「『福祉用具専門相談員について』の一部改正について」(平成26年12月12日)、後者は「災害時要援護者の避難支援対策の推進について」(平成19年12月18日)と「『避難支援プランの全体計画』のモデル計画について」(平成20年2月19日)です。

ただし、前者は通知「別紙」の指定講習の「内容の指針」の中で「自助・互助・共助・公助」と書いているだけでした。後者は、共に災害時の避難支援の通知であり、「自助・共助・公助」の「共助」は「地域(近隣)の共助」として使っていました。以上から、厚生労働省の告示・通知・公示等でも、社会保障で用いられている四助と三助の定義を示したものはないことが確認できました。

このように四助・三助の定義が法令や厚生労働省通知等でまったく示されていないことは、地域包括ケアの法的定義が「持続可能な社会保障制度の確立を図るための改革の推進に関する法律」(2013年。第4条第1項)でなされていることと全く異なります。なお、地域共生社会も法的定義はありませんが、閣議決定「ニッポン一億総活躍プラン」(2016年)の「地域共生社会の実現」の項(16頁)で、定義が示されています。このことは、四助・三助が厚生労働省担当者や政治家によって恣意的に使われうることを示しています。菅首相の三助の独自の使い方はその好例(?)と言えます(1)

なお、「ニッポン一億総活躍プラン」でも、四助・三助とも使われていませんでした。「共助」は2か所で使われていましたが、以下のように、共に伝統的な「互助」の意味でした。「一億総活躍社会を実現するためには、政府による環境整備の取組だけでは限界があり、多様な生活課題について住民参画の下に広く地域の中で受け止める共助の取組を進めることが期待される」(7頁)。「共助の活動への多様な担い手の参画と活動の活性化のために、寄附文化の醸成に向けた取組を推進する」(60頁の図「地域共生社会の実現」)。

四助は『厚生労働白書』でも使われていない

次に『厚生労働白書』(以下、白書)での四助・三助の使われ方を調べました。具体的には、官邸の社会保障の在り方に関する懇談会報告書「今後の社会保障の在り方について」(2006年。以下、「懇談会報告書」)が、共助を社会保険とする三助説を初めて提起して以降、平成18年版~令和2年版の14冊の白書の記述を調べました【注2】

白書は平成19年版以降、毎年地域包括ケアシステムについて記述していましたが、四助のまとまった説明は一度もしていませんでした。平成25年版白書(2013年)は、以下のように「共助」と「互助」を対比しましたが、公助には触れませんでした。「介護保険をはじめとする制度化された社会保障としての『共助』に加えて、近隣の助け合いやボランティアなど制度化されていないインフォーマルな相互扶助である『互助』や、自ら生活を支え健康を維持する『自助』の取組みは大変重要」(322頁)。平成26年版白書はこの表現をコピーしていました(403頁)。

直近の令和2年版白書(2020年)は、「住み慣れた地域で暮らしていくために必要なことへの対応」の図表で、対応の類型を「自助・互助的対応」、「共助・公助的対応」に2区分していますが、これは共助と公助を峻別した四助説の否定とも言えます(158頁)。

「はじめに」で述べたように、四助は地域包括ケア研究会が2009年に初めて提起しました。しかし、白書の本文で同研究会に言及したものはありませんでした。厳密に言えば、平成28年版白書(2016年)は、平成27年度地域包括ケア研究会報告書(2016年)が示した有名な地域包括ケアシステムの鉢植図の改訂版を示し、その出所(資料)として同報告書を明示すると共に、第1部の「参考文献」欄で2008~2014年度の4冊の報告書をあげていました(各150,226頁)。

三助は白書でも使われているが「共助」の用法は動揺

それに対して、三助は「懇談会報告書」発表と同じ年の平成18年版白書(2006年)が「懇談会報告書」を引用する形で使っていました(172頁)。ただし、その後の白書で、三助をストレートに使ったのは、平成20年版(2008年:6-7頁)、平成22年版(2010年:163頁)と平成23年版(2011年:125,128頁)だけです。平成22・23年版白書は、当時の民主党政権の「社会保障・税一体改革成案」(2011年7月閣議報告)の記述に基づいていました。

意外なことに、第二次安倍政権成立以降の白書で三助に言及したものはありませんでした。「互助」はほぼ毎年使われていましたが、「共助」の使用頻度は少なく、しかも同じ年度の白書で、社会保険という意味と、互助とほぼ同じ意味の両方が「共存」していました。例えば、平成27年版~令和2年版(令和元年版は欠号)の5冊の白書について「共助」の使用回数をみると、順に、5回、6回、2回、3回、4回で、そのうち、社会保険の意味で使っていたのは平成28年版の1回(81頁)、平成30年版の2回(211,212頁)、令和2年版の1回(158頁)だけで、残りは「互助」と同じ意味で使っていました。

直近の令和2年版白書では、上述した「共助・公助的対応」の「共助」は社会保険(介護保険)を意味しますが、「地域力を高め、地域全体で解決していくための『共助の基盤』」(162頁)、「共助の基盤づくりの実践」(163頁)、「住民による自助及び共助への支援の推進」(395頁)の3つの「共助」は明らかに「互助」(インフォーマルな相互扶助)を意味しており、これは、2006年の「懇談会報告書」前の白書の用法です。例えば、平成12年版白書(2004年)は「自助、共助、公助という言葉に代表される個人、家庭、地域社会、公的部門など社会を構成するもの」と書き、「共助」を「家庭、地域社会」の意味で用いていました(153頁)。実はこれは、「共助」の日常的用法でもあります【注3】

このような「共助」についての記述の不整合・動揺は、厚生労働省内で「共助」の使い方についての合意が得られていないことの現れと言えます。私は、介護保険を所管している老健局は「共助=社会保険」という説明を積極的に使うが、社会・援護局(や健康局)は伝統的に「共助」を「互助」とほぼ同じ意味で用いており、しかも主として租税による施策を所管しているので、「共助=社会保険」という用法に抵抗があるのだと推察します【注4】

なお、平成24年版白書(2012年)は社会保障論の優れた教科書にもなっている近年出色の白書ですが、「社会変化に対応した生活保障のあり方」の項で、自助・共助・公助という区分を用いず、「家族」「地域社会」「企業・市場」「政府」の役割を具体的・分析的に書いています。私は特に、「社会保障制度は、これら[家族、地域、企業・市場-二木]のつながりを公的な仕組みで代替・補完するものである」(203頁)と明言していることに注目しました(2:167頁)

地域包括ケア研究会の「共助」の説明も変化

冒頭で述べたように、地域包括ケア研究会は四助の区分を提起し、「共助」と「互助」を峻別しました【注5】。平成20年度~30年度の7回の報告書を読み直したところ、「共助」と「公助」の説明は微妙に変化していました。それに対して、「互助」の説明(「インフォーマルな相互扶助」等)は一貫しています。

まず平成20年度報告書(2009年)は、「共助:社会保険のような制度化された相互扶助」、「公助:自助・互助・共助では対応できない困窮等の状況に対し、所得や生活水準・家庭状況等の受給要件を定めた上で必要な生活保障を行う社会福祉等」と定義しました(3頁)。「公助」の定義で、生活保護と一般の社会福祉を「社会福祉等」と一括し、救貧的・選別的福祉を連想させる旧態依然たる説明をしていることには驚かされます。ただし、これは地域包括ケア研究会の独自の定義ではなく、「懇談会報告書」の表現を「参考にして…定義」しています(ほとんどコピーだが、「懇談会報告書」は「公的扶助や社会福祉など」と表記)。

それに対して平成24年度報告書(2013年)では、このような「公助」の古色蒼然たる定義はなくなりました。注目すべきは四助について「費用負担者による区分」を行い、介護保険を以下のように説明したことです。「介護保険は、費用の負担で見ると、『自助』である自己負担が費用の1割、残りの保険給付分の負担を『共助』である保険料と『公助』である税が折半しているが、全体としては、社会保険の仕組みをベースとする『共助』の仕組みと考えることができる」(4頁)。四助は「互いに排除しあう関係にあるわけではなく、互いに重複しあう」とも書いています(6頁)。

原勝則氏(元老健局長、現・国保中央会理事長)は2018年8月の講演で、おそらくこの報告書の記述に基づいて、「共助:・介護保険・医療保険制度による給付」、「公助:・介護保険・医療保険の公費(税金)部分/・自治体等が提供するサービス/・生活保護」と厳密に説明しています(3)

これらの説明は四助(理念)に個々の制度・政策・活動を1対1で対応させることはできないし、すべきでないことを示しています。

平成27年度報告書(2016年)は、有名な4つの丸の四助の模式図を初めて示し、共助は「介護保険に代表される社会保険制度及びサービス」、公助は「一般財源による高齢者福祉事業等、生活保護」と説明しました。この模式図はその後広く使われ、四助のそれぞれに個々の制度・政策・活動を紐付けて理解されるようになり、平成24年度報告書が示した「共助」の多面的意味は忘れられました。

平成28年度報告書(2017年)は、最後の<参考2>(2)の「『自助・互助・共助・公助』とは」(50-52頁)で、平成24年度報告書の説明を再掲しています。直近の平成30年度報告書(2019年)には、四助も、それの構成要素である自助、互助、共助、公助も全く使われていません。

おわりにー四助・三助ではなく「社会保障」を使うべき

「はじめに」の繰り返しになりますが、以上の探索結果は、以下の3点にまとめられます。①四助・三助とも、法令や通知等では定義されていない。②各年版の『厚生労働白書』の「共助」についての説明は、「社会保険」の意味と、「互助」と同じ意味の両方が混在・共存している。③「地域包括ケア研究会報告書」の「共助」の説明も変化している。

ここまでは「探索的研究」に徹し、私の価値判断は極力控えてきました。最後に、四助・三助についての私自身の価値判断を簡単に述べます。私は、「互助」を無視した三助に比べると、それを明示した四助の方がずっと分かりやすいし、そのことが地域包括ケアや地域共生社会づくりで四助が広く用いられている理由だと思います。しかし四助・三助とも、「共助」(=社会保険)と「公助」(=生活保護や社会福祉)を切り離し、後者の対象を低所得者のみに限定していることには強い違和感を持っています【注6】

私は、以下の4つの理由から、四助・三助という表現は止め、「共助」と「公助」を「社会保障」として一括し、それの費用負担方式には社会保険方式と公費(租税)負担方式の2つがあるが、両者に優劣はないと説明すべきと考えます。

①四助・三助という表現は簡潔でキャッチーですが、その意味が曖昧・多義的です。憲法学の泰斗・長谷部恭男氏(早稲田大学法務研究科教授)が警告するように、「簡単でないことを簡単であるかのように語るのは、詐欺の一種」であり、「簡単な問題ではあり得ないのに簡単な問題であるかのように取り扱ったりするのはやめるべきです」(4)

②法的にも行政的にも、社会福祉はもちろん、生活保護も「国民の権利」として確立しています-安倍前首相も昨年6月、国民には「文化的な生活を送るという権利」があり、生活保護を「是非ためらわずに申請していただきたい」と国会答弁しています(5)

③地域包括ケアや地域共生社会づくりの現場では、自助と互助と介護保険・医療保険等の給付、及び生活保護・社会福祉・自治体による公費サービスが全住民を対象にして一体的に提供されています。

④各国の医療保障制度の国際比較では、「医療保険制度」(ドイツなどのヨーロッパ大陸諸国)と「公費(租税)負担制度」(イギリス、北欧諸国など)にはそれぞれ一長一短があり、どちらが優れているとは言えないことが常識になっています。

日本で格差社会の進行に加えて、新型コロナウイルス感染症の蔓延による経済の低迷により、生活困難を抱えている人々が激増している現実を直視すると、生活保護・社会福祉と社会保険を峻別・対立させる四助・三助説は、低所得層と中間層間の社会的分断・対立を促進し、国民(広くは日本に居住する人々)全体の「社会連帯」を弱める危険があります。

私は、日本の社会保障政策の原点とも言える1950年の社会保障制度審議会「社会保障制度に関する勧告」(ウェブ上に公開)が高らかに宣言したように、「社会保障制度は社会保険、国家扶助、公衆衛生及び社会福祉の各行政が、相互の関連を保ちつつ総合一元的に運営されてこそはじめてその究極の目的を達することができる」と考えます。

【注1】厚生労働省のホームページ内の四助に言及したサイトの検索

厚生労働省のホームページの「サイト内検索」で、「自助・互助・共助・公助」を用いているサイトを検索したところ584件ヒットしました。「自助・共助・公助」では1240件ヒットしました(2021年1月8日検索)。

前者のうち最初に表示された50件をチェックしたところ、四助に触れていないものが2件あり、それらを除いた48件のうち41件が広義の地域包括ケアシステムに関わるものでした(うち介護予防4件。在宅医療拠点、ケアマネジメント、特定健診・特定保健指導、地域ケア会議、介護人材、各1件)。これらの大半は、地域包括ケア研究会報告書に言及していました。地域包括ケアシステムに言及していない7つのサイトのテーマは、地域共生社会3件の他、生活困窮者自立支援制度、スイッチOTC、国際的active aging、介護保険制度改正(給付範囲削減等)、各1件でした。これらも大半が地域包括ケア研究会報告書に言及していましたが、社会・援護局の3つのサイト(地域共生社会2件、生活困窮者自立支援制度1件)はそれに言及しておらず、四助を使う場合にも、老健局と社会・援護局では「温度差」があることがうかがえました。

【注2】社会保障の在り方に関する懇談会では「共助=社会保険」の本格的議論はなかった

私は「懇談会報告書」が「共助=社会保険」という、従来の厚生労働省の説明とは全く異なる「特異な新解釈」(里見賢治氏。【注6】参照)を示したプロセス・理由を知りたいと思い、懇談会の「議事要旨」(全18回)を検索しました。その結果、「共助=社会保険」説についての本格的議論はありませんでした。

具体的には、第2回会合(2004年9月10日)で、笹森清構成員(日本労働組合総連合会顧問・当時)が提出資料「社会保障制度の抜本改革に向けて」で、「公助、共助、自助のベストミックス」の三角形の図(公助が一番下、共助が分厚い中間で、自助が一番上)を示し、「公助が一番下支えの役割をしている。そして、共助の助け合いの部分が、これからもっと広げていかなければならない部分である」と主張したのに対して、座長の宮島洋氏(社会保障審議会年金部会長・当時)が以下のようにコメントしました。「公助、共助、自助、これは社会保障の中でのランクづけの話と社会保障に限らないすべての中でのランクづけという話がある。基本的にはきちんと働いて、所得を得て倹約をすることがまずベースにあって、その上に、社会保障というのが乗ると考えるべきだが、違いが出てくるのは社会保障のラストリゾートとして公助を考えるか、ベースとして考えるかという点にある。私はラストリゾートとして公助を位置づけるという考えである。つまり、ベースは共助の社会保険でやり、なおかつそこから外れたり、うまく行かない人を最終的に公助で救うという考えである」。それに対して、他の構成員から異論は出されませんでした。笹森構成員の三角図、および第3回以降の会合での各構成員の三助についての短い発言から、「共助=社会保険」については暗黙の了解があると解釈できました。

第4回会合以降は社会保障改革の各論の議論に入ったため、「共助」、三助についての発言はほとんどなされませんでした。第17回会合(2006年5月9日)では、事務局から「最終報告書」と同趣旨の「たたき台(未定稿)」が示されましたが、構成員から三助、共助の定義についての発言はありませんでした。

この「たたき台」には、「受給要件を限定した上で最低限度の救済をする『公助』を最後のよりどころとして位置付ける」とのストレートな表現がありましたが、最終的な「報告書」ではこの表現は「所得や生活水準・家庭状況などの受給要件を定めた上で必要な生活保障を行う公的扶助や社会福祉などを『公助』として位置づける」に代えられました。

【注3】『広辞苑』と『有斐閣法律用語辞典』での「共助」の説明

私は、「はじめに」で紹介した2012年の論文で、『広辞苑』各年版での「自助」・「共助」・「互助」・「公助」の記載を調べました(2:163頁)。その結果、「共助」は広辞苑の前身の『辞苑』(博文館,1935年)を含めて、すべての版に記載がありましたが、その意味は「(互いに)助けあうこと」とされていました。これは「互助」と同じ意味と言えます。

法律用語辞典として最も定評のある、『有斐閣法律用語辞典』(有斐閣)の初版(1993年)と最新の第5版(2020年12月)についても調べてみました(初版は内閣府法制局法令用語研究会編、第5版は法令用語研究会編)。その結果、初版、第5版とも「共助」は「相互に独立した同種又は類似の機関(外国の機関を含む)がその職務の遂行に関して相互に必要な協力、援助を行うこと。(以下略)」と説明され、「社会保険」という意味では使われていませんでした。両版とも、「互助」、「公助」はなく、「自助」は「国際法上、国家が自力で自己の権利を確保すること」とのみ説明されていました。

以上から、日常用語としてみても、法律用語としてみても、「共助」を社会保険とするのは、【注6】で紹介する里見賢治氏の論文が指摘したように「特異な新解釈」と言えます。

【注4】社会・援護局は2019年に「地域共生社会」文書で初めて四助を用いたが…

社会・援護局は(福祉領域の)「地域共生社会」を所管していますが、少なくとも2017年までは、四助・三助や「共助=社会保険」という表現を(おそらく意識的に)使っていませんでした。

「地域共生社会」に通じる「全世代・全対象型地域包括支援」を提起した「新たな時代に対応した福祉の提供ビジョン」(2015年9月。通称「新福祉ビジョン」)は、四助・三助とも使っていませんでした。「いわゆる互助・共助の取組」(1頁)という表現は1回使っていましたが、この「共助」は「社会保険」ではなく、互助と同義です。自助、公助は使っていませんでした。なお、この文書の作成主体は厚生労働省のプロジェクトチームですが、内容的には社会・援護局が中心になってとりまとめたと思います。

社会・援護局所管の「地域力強化検討会最終とりまとめ」(2017年9月)も、やはり四助・三助とも使っていませんでした。「共助の活動への多様な担い手の参画…」(46頁)という表現を1回使っていましたが、この「共助」も社会保険ではなく互助と同義です。やはり、自助、公助は使っていませんでした。

それに対して、社会・援護局所管の「地域共生社会推進検討会最終とりまとめ」(2019年12月)は、「共助=社会保険」という意味での四助を2回使いました(2,7頁)。ただし、「公・共・私の役割分担についても、『自助・互助・共助・公助』の組み合わせという従来の考え方も継承しつつ」(7頁)という限定条件を付けて、地域共生社会の「基盤の再構築を目指」すという、回りくどい「霞が関文学」的表現をしていました。しかも、「生活困窮者のための共助の基盤づくり事業」(20頁)と、「共助」を互助の意味でも使っていました。

【注1】で書いたように、現在では、四助を使っている社会・援護局のサイトもありますが、「地域共生社会の実現」の「前提として、社会保障は『自助』『互助』『共助』『公助』の4つで構成されています」と書いているのはいただけません(厚生労働省・採用特設サイト「地域共生社会の実現」2020年)。四助は広くは社会一般のあり方、狭くは地域包括ケアシステムや地域共生社会のあり方を示す言葉で、社会保障の範囲は「共助」と「公助」に限定すべきです。

【注5】四助を最初に提唱したのは故池田省三氏

故池田省三氏(龍谷大学教授・当時。2013年死去)は、平成20年度地域包括ケア研究会報告書(2009年)より9年も早く、介護保険制度が開始された2000年に四助を提起しました(6)

氏は、ヨーロッパで普遍的に承認されているとする「サブシディアリティ原則(補完性原則)」に依拠して、「社会保障制度においては、…自助-互助-共助-公助という支援の順序」があると主張しました。その際、氏は「共助」は「システム化された自治組織が支援する」・「行政とは区別された自治組織」であるとし、かつてヨーロッパでは「村落共同体」が大きな役割を果たしたが、近代化、都市化が進むなかでその機能が衰退し、「多くの国では社会保険という形態に収斂していった」と説明しました。

さらに、池田氏は「こうした補完性原則は、ヨーロッパ固有の考え方ではなく、わが国においても普通に見られる」と主張しました。ただし、氏も「わが国においては、国民健康保険、基礎年金等には、かなりの租税が投入され、所得再分配機能が付加されている財務構造になって」おり、「折衷型システムであって、共助と公助の区別が曖昧になっている」と認めました。

その上で、氏は「介護保険は、従来の措置制度の延長上にある制度ではない」「新たな共助システム」であると言い切りましたが、一方で介護保険は「現役の拠出と租税が投入され、世代間の所得再分配が行われているから、[共助と-二木]公助との折衷型ではある」とも認めました。

池田氏の主張は「『社会福祉』なる制度に…深い疑念をもって」いることに特徴があり、遺著となった『介護保険論』に「福祉の解体と再生」という挑発的副題を付けました(7)

2008年度に地域包括ケア研究会の座長となる田中滋氏(慶應義塾大学教授・当時。現・埼玉県立大学理事長)も2002年の講演で、医療についての四助論を述べましたが、池田氏のような「支援の順序」は主張せず、「すべてが必要である。こうしたものの組み合わせが重要である」と指摘しました(8)。地域包括ケア研究会が採用した四助論は、池田氏の四助論を踏まえたものと言われていますが、やはり「支援の順序」には触れず、本文で述べたように、「平成24年度報告書」は各要素が「重複しあう」ことを強調しています。

【注6】自助・共助・公助説に対する主な批判

自助・共助・公助説、特に「社会保険=共助」説に対する批判を最も早くから、しかも系統的に行ったのは里見賢治氏(仏教大学教授・当時)です。氏は「資料的決定版」と自負する2014年の長大論文で、この主張を「厚生労働省の特異な新解釈」)と呼び、その問題点として、次の2つをあげました(9)。「第1は、社会保険を共助とし、社会保障を共助と公助の2つに分割して相対化し、社会保障への公的責任を大きく縮小しようとしていることである」、「第2の問題点は、公助を救貧的・選別的制度と位置づけたことである。生活保護がその制度的性格上、救貧的・選別的性格を持たざるを得ないことはやむを得ないが、ここでは社会福祉をも救貧的・選別的としている点が特に問題となる」。

社会保障法研究の重鎮である堀勝洋氏(上智大学名誉教授)は、「社会保障制度改革国民会議報告書」が「社会保険=共助の仕組み+自助を共同化した仕組み」と位置づけたことを検討した2013年の論文で、「社会保険に自助と互助の要素があるとする考えは古くからある」と認めた上で、「社会保険は、自助と互助の要素を含む公助であると位置づけるべき」と主張しました(10)

増田雅暢氏(岡山県立大学教授・当時。現・東京通信大学教授)は、2013年に「自助・共助・公助」論の問題点として、以下の3つをあげました(11)。「ひとつは、『公助』すなわち生活保護制度や社会福祉制度が遠方に追いやられていることである」。「第二の問題は、(中略)社会保険に対する過大評価と現実とのギャップである。(中略)わが国の社会保険は、『共助』というよりは『公助』に近い」。「第3の問題は、(中略)わが国の社会保険の現実は、いつの間にか社会扶助的な運営になっているという点である」。その上で、増田氏は、「社会保険方式と社会扶助方式は、社会保障制度の目的・機能を達成するための手段であって、優劣をつけることができない相対的なものである」と主張しました。

最後に、増田氏は以下のように結論づけました。「仮に『自助・共助・公助』論を援用するとしても、これらの3者構成は『三段論法』ではなく、相互に補完し合うものである。公助があるからこそ、自助が成立するという視点が重要である」。これは、【注5】で紹介した、池田省三氏の補完性原則に依拠した「三段階論法」的な「社会保障制度における支援の順序」論の批判とも読めます。

武川正吾氏(東京大学教授・当時。現・明治学院大学教授)も、2012年に増田氏と同様なロジックで、自助と共助と公助との間の「補完性原理」が「適用可能となる前提を無視するのはよくない。自助第一ということではなく、自助=共助が可能となるような公助を設計すべき」と主張しています(12)。ただし、増田氏、武川氏とも、故池田氏の論文は引用していません。

増田雅暢氏は2014年に、「『共助=社会保険』論が登場した背景」・理由として、次の2つをあげました(13)。「1つは、『基礎年金の税方式論』への対抗である。(中略)厚生労働省…では、社会保険方式を擁護するために、理論武装を余儀なくされ」「税方式に対する社会保険方式の優位性を主張することになった」。「もうひとつは、そもそも論として、社会保険方式と税方式とを比較すると、社会保険方式は給付と負担の関係や被保険者の権利性が明確であり、優れているとの考え方が根底にあることである。(中略)[しかし-二木]税方式の弱点といわれる利用者の権利性については、制度の仕組み方に問題があるにすぎない。税方式でも利用者の権利を確保するための手続き等を整備することができる。(中略)社会保険方式の方が税方式よりも優位であるとする考え方自体が『世界的には通用しない』論理である」。

堤修三氏(長崎県立大学特任教授・当時)は、2018年出版の大著で、「自助や互助、共助、公助の定義を明確にしないままに議論しても不毛である」と言い切った上で、これらの語を「財源の観点から取り扱うことを提案」しました(14)。その上で氏は、「社会保険を『自助の共同化』と表現することはなんらおかしいことではない」と指摘する一方、「社会保障の構成要素の1つとして"自助"を置くことは問題である」、「住民同士の助け合い」を「社会保障の構成要素に加えるのは、社会保障の公的性格に対する無理解というべき」と批判しました。

上記5氏のうち、堀・増田・堤の3氏は厚生(労働)省OBであり、現役時代は社会保障関係法案の作成にも関与していました。3人の主張には違いもありますが、自己の経験を踏まえた「内在的批判」は重いと思います。

【校正時補足】三助は防災・災害支援でも使用

三助は、社会保障分野と並んで防災・災害支援分野でも広く使われています。しかも、社会保障分野と異なり、「共助」は「地域(近隣)の助け合い」の意味でのみ用いられています。
本文では、三助は防災・災害支援分野では1つの法律と2つの(厚生労働省)通知で使われていると紹介しました。「国会会議録検索システム」で調べたところ、三助は、防災・災害支援分野では2000年から使われ始め、社会保障分野では「21世紀福祉ビジョン」が発表された1994年から本格的に使われました(初めて使われたのは1989年)。

文献

[本稿は『日本医事新報』2021年2月6日号に掲載した「『自助・共助・公助』と『自助・互助・共助・公助』は法令・行政でどう使われているか?」に大幅に加筆したものです。]

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2.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(通算180回)(2020年分その12:10論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○COVID-19緊急事態へのイタリアの対応:30年間の医療改革を投げ捨てる?
Mauro M, et al: Italian responses to the COVID-19 emergency: Overthrowing 30 years of health reforms? Health Policy doi: 10.1016/j.healthpol.2020.12.015 (ウェブ上に全文公開)[緊急報告]

本論文はイタリア政府が2020年3-4月のCOVID-19第一波の緊急事態に直面して採用した政策について論じる。具体的には、1990年代に開始された医療の「マネジアリズム」に基づいた大改革の視点から、これらの政策を俎上にあげる。これらの改革は「ニュー・パブリック・マネジメント」の考えに触発されて、イタリア国民保健サービス(NHS)にマネジアリズム、地方化及び擬似市場を導入した。その結果、劇的な変化が公的医療に生じ、医療の権限は州に移譲され、多段階(multi-level)ガバナンス構造が導入された。

COVID-19緊急事態はこの手法の結果に疑問を投げかけた。新しい法令により、中央政府が医療制度のマネジメントに直接介入し、以前は削減されていた病院病床と医療従事者の増加を目指した特別の政策を導入した。本論文はCOVID-19緊急事態に直面して導入された新しい政策の主要な内容を記述し、イタリアにおけるマネジアリゼーション過程の鍵となる諸点がどのように問題されたかを考察する。COVID-19緊急事態はイタリア及び他のヨーロッパ諸国の医療改革の軌道を修正するであろう。

二木コメント-イタリアでは過去30年、「マネジアリズム」に基づいた医療改革(州への権限移譲、擬似市場化、公的医療費と病院病床・医療従事者の削減等)が行われてきましたが、COVID-19の感染爆発(死者は昨年11月までに4万人超)に直面して、それが中央政府主導で一気に見直されたことを活写しています。本論文は、「ニューズレター」前号(199号:25頁)で紹介した、Arca等論文(Health Economics 29(12):1500,2020)の続編とも読めます。

○医師のバーンアウトの個人的及び専門職としての結果:体系的文献レビュー
Williams ES, et al: The personal and professional consequences of physician burnout: A systematic review of the literature. Medical Care Research and Review 77(5):371-386,2020[文献レビュー]

医療労働力のウェルビーングは重大な関心事となると共に、医療の「3大目標」(患者の経験の改善、費用抑制およびポピュレーションヘルスの改善)を実現するための「第4の目標」になっている。医師のバーンアウト(燃え尽き)は、それが医師自身、患者、医療組織および社会に与える影響を考えると、重大問題である。資源保存理論を分析枠組みとして用いて、医師のバーンアウトと医師の個人的および専門職としてのアウトカムとの関係を実証的に検討した43論文の体系的文献レビューを行った。バーンアウトの9つのアウトカム(変数)から3段階の「喪失スパイラル・カテゴリー」(活動性の低下→苦痛(distress)→絶望(despair))を作成し、バーンアウトを、静的な最終状態と言うより、動的な喪失スパイラルとして描いた。感情的な消耗(emotional exhaustion)は探究されたアウトカムにもっとも大きな影響を与えていた半面、離人症(depersonalization)及び専門職としての達成感の欠如はバーンアウトとの関連が弱かった。この結果は、バーンアウトが複雑で動的な現象であり、時間と共に広がることを示唆している。

二木コメント-本論文の記述はやや思弁的・観念的ですが、医師のバーンアウトの個人的及び専門職としての結果についての実証研究の世界初の体系的文献レビューだそうで、この分野の研究者必読と思います。なお、本論文に続いて、同じ4人の執筆者(順番は違う)による「アメリカにおけるプライマリケア提供者のバーンアウトの予測とアウトカム:体系的文献レビュー」も掲載されています(Abraham CM, et al: Predictors and outcomes of burnout among primary care providers in the United States. Medical Care Research and Review 77(5):387-401,2020)。本論文が提起する4つの医療目標は新鮮です。

○質の改善は医療費問題への解決策となるか?[アメリカの]医療政策エキスパートと議論を呼ぶアイデアの売り込み
Lepont U: Improving quality as a solution to the health care cost problem? Health policy experts and the promotion of a controversial idea. Journal of Health Politics, Policy and Law 45(6):1083-1106,2020[歴史・政策研究(政治学)]

21世紀00年代後半に、医療提供の改革で医療の質が改善し、それによりアメリカの医療制度全体で費用増加を抑えることができるとする主張が、2008年の大統領選挙のすべての候補者の主要な医療費抑制戦略となった。本論文が提起する問いは、私が「質解決策」(the quality solution)と名付けるこのアイデアに対してはたくさんの批判(特に議会予算局による批判)がなされているにもかかわらず、現在まで政策立案者(以下、政治家)が関わるプログラムにおいて信頼できると見なされ続けているのはなぜか?である。この問いに答えるために、本論文は医療政策エキスパート-彼らは政治家が示す提案の信頼性と正統性をチェックすると期待されている-が、この「質解決策」を支持し普及していることを探究する。そのために、エビデンスを明示した実証研究と78人に対するインタビューを統合する。

本論文は、政策分析業界(community)において「質解決策」が生まれ、ますます注目されるようになっていることを説明する政治的要因に注意を喚起する。特に、1980年代以降の提供体制改革指向の研究への政治的支持と、著名な医療政策エキスパートの政治的計算・打算(calculations)の重要性を強調する。このような政治史は、政策分析の政治的側面を強調する研究に貢献する。

二木コメント-アメリカの1990年代以降の医療政策形成過程を、政治的要因に焦点を当てて描いている興味深い論文です。記述に皮肉が効いていると思ったら、執筆者は2015年にフランス政治学会博士号賞(PhD Prize)を受賞したフランスの若手政治学者でした。

○罹病期間圧縮概念の再訪と21世紀の健康格差
Lantz PM: Revisiting compression of morbidity and health disparity in the 21st century. Milbank Quarterly 98(3):664-667,2020[評論]

フライ医師が1980年に提起した「罹病期間圧縮」概念は、現在でも人口高齢化とポピュレーション・ヘルス(集団医学)研究における重要な構築物であり続けている(Fries JF: NEJM 303:30-35)。1990年に社会学者のハウス等が発表した論文「年齢、社会経済的地位及び健康」(House JS et al: Milbank Q 68(3):383-411)は次の2つの点でポピュレーション・ヘルス研究に重要な寄与をしている:①横断面データを用いて、初めて罹病期間圧縮の実証的検証を行った。②罹病期間圧縮についてのフライの理想の実現には重要な社会的要因が壁になっていることを示した。彼らは疾病発症と能力低下の死亡直前の数年間への圧縮は社会経済的に恵まれた階層で生じているか否かを検討した。彼らの研究上の問いは、年齢と健康との関係は一定かそれともさまざまな社会経済的階層で異なるかであり、彼らの研究結果は超過または予防可能な疾病の相当部分が下位の社会経済的階層に集中していることを明らかにした。

罹病期間圧縮については現在も論争が続いているが、現時点での研究はそれはアメリカの人口全体では生じていないことを示唆している。多くの研究は社会経済的地位で階層化した分析を行っていないが、ハウス等の2005年の時系列分析はこの点を考慮し、疾病の圧縮は所得と教育レベルが最も高い階層で有意に生じていることを示した。このようにフライの理想状態は現時点では実現していないが、ポピュレーション・ヘルスの究極の目標は人口全体での疾病の圧縮であるべきである。健康の社会的要因研究は爆発的に増加しているが、まだ重要なデータが不足している。

二木コメント-私は、日本を含めたほとんどの国で、平均寿命の延長が健康寿命の延長を上回り続けている事実により、フライの罹病期間圧縮概念(仮説)は否定されたと考えていましたが、そう考えるのは早計で、健康の社会経済的要因を加味した研究が必要なことを理解できました。3頁の短い論文で、このテーマに興味を持つ方に一読をお勧めします。なお、下記研究により、世界187か国の大半(概ね)で、1990-2010年の20年間、健康寿命の伸びは平均寿命の伸びを相当下回ったことが示されています:Salomon JA, et al: Healthy life expectancy for 187 countries, 1990-2010: a systematic analysis for the Global Burden Disease Study 2010. Lancet. 2012 Dec 15;380(9859):2144-62. doi: 10.1016/S0140-6736(12)61690-0.

○OECD加盟10か国でのプライマリケア[予約までの]待ち日数における社会経済的不平等
Martin S, et al: Socioeconomic inequalities in waiting times for primary care across ten OECD countries. Social Science & Medicine 263(2020)113230

医療の待ち日数はOECD加盟国全体で大きな政策的関心事である。待ち日数は公的財政の医療制度では一般的には許容されており、医療へのアクセスが患者の社会経済的地位で異なるのでなければ平等だと理解されている。最近、一部の国では患者の社会経済的地位は二次医療の待ち日数と負の関連があることを示す文献が増えているが、プライマリケアにおける待ち日数の不平等についてはほとんど知られていないため、本研究で検討する。Commonwealth財団の成人国際医療政策調査の2010,2013,2016年のデータを用いて、OECD加盟10か国(オーストラリア、カナダ、フランス、ドイツ、オランダ、ニュージーランド、ノルウェイ、スウェーデン、イギリス)の状況を分析した。

プライマリケアの待ち日数として、医師または看護師受診の予約をとるまでの日数を測定した。区間回帰分析により、国ごとに社会経済的地位(家計所得、教育年限)がプライマリケア予約の待ち日数と関連しているか否かを調査した。年齢、ジェンダー、慢性疾患の有無、及び私保険加入の有無で標準化した。受診予約を申し込んだその日に予約を取れた患者の割合が5割を超えていたのは、3回の調査年全体で、2か国だけだった(2010年調査:スイス85.75%、2013年調査:ドイツ65.69%)。カナダ、ドイツ、ノルウェイ、スウェーデンの4か国で、家計所得と待ち日数との間に負の関連(高所得の患者ほど待ち日数が有意に短い)があった。

二木コメント-waiting timeは「待ち時間」と訳されるのが普通ですが、本調査では日数単位で計測されているので「待ち日数」と訳しました。私は、待ち日数はイギリス等、税方式の国で長く、社会保険方式の国で短いと思っていましたが、必ずしもそうは言えないようです。

○[アイルランドでは]フォーマルな在宅ケアは入院患者の在院日数を減らすか?
Walsh B, et al: Does formal home care reduce inpatient length of stay? Health Economics 29(12):1620-1636,2020[量的研究]

フォーマルな在宅ケア(以下、在宅ケアと略す)は多くの高齢者の急性期入院医療を適切に代替する。しかし、在宅ケアの供給と入院医療利用との代替の程度についての実証的エビデンスは限られている。本研究は在宅ケア供給が多い地域の患者の在院日数が短いか否かを検証する。アイルランドの公立病院の2012-2015年の65歳以上の入院患者約30万人の行政データを地域別の公的在宅供給データとリンクさせた。患者全体の平均年齢は77.31歳、平均在院日数は10.16日であった。さらに、在院日数をモデリングする際、無条件分位点回帰分析を行い、在宅ケア供給の程度が在院日数が長い患者に特に強く影響しているか否かを推計した。

その結果、1人当たり在宅ケア供給が多い地域に居住している入院患者の平均在院日数は短かった。具体的には、10%の在宅ケア供給の増加は1.2-2.1%の在院日数短縮と関連していた。この結果は、在院日数が特に長い患者(退院遅延患者)のサブグループで特に強く、在院日数が最も長い10%の患者では、10%の在宅ケア供給の増加で、在院日数は丸半日短縮していた。疾患別に見ると、より強い関連が、脳卒中患者と大腿骨骨折患者(彼らは在宅ケアを受ける傾向がより強い)、及び在宅ケア供給の増加が通常より大きい地域に居住している患者で認められた。

二木コメント-予定調和的な結果です。ただし、患者1人当たり公的総費用(入院費用+公的在宅ケア費用)や、それにインフォーマルな在宅ケア(アイルランドではこれが主流)の費用を加えた総費用の検討は行っていません。

○長期ケア給付と入院医療との関係:ケア環境間の調整[・統合]についてのイタリアの教訓
Notarnicola E, et al: Long-term care coverage and its relationship with hospital care: Lessons from Italy on coordination among care-settings. Health Services Management Research 33(4):186-199,2020[混合研究法]

高齢者の長期ケアは全世界の福祉・医療制度のもっとも重要な課題の1つである。人口学的・疫学的趨勢は長期ケアの需要が今後増加し続けることを示しているが、公的制度への投資とこの問題に取り組む努力は十分ではない。1つの可能な戦略は異なったケア環境間の統合を強化し、波及効果を生むことである。本論文はイタリアの長期ケア制度に焦点を当て、市民の長期ケアニーズへの対応、及び長期ケアと入院医療との統合という点から、州レベルのパフォーマンスを分析し評価する。本研究では、全国の医療記録と州の長期ケアデータを用いて現物給付サービスの現状を評価すると共に、イタリアの長期ケア制度のパフォーマンスと弱点についてのケア提供者と政策立案者の解釈の質的フォーカス・グループ調査を行う。

調査結果は、市民のニーズに応えるサービス供給と能力について広範で重大な欠陥があるために、長期ケアと入院医療との統合は機能していないこと、及び長期ケア環境への投資後の代替効果も生じていないことを示す。本論文はこの現象の原因についてのさまざまな解釈を紹介し、政策立案者と管理者に実施可能な解決策を示唆する。

二木コメント-イタリアにおける、州が提供している長期ケアと国が提供している入院医療との統合の試みの「失敗の本質」についての詳細な事例研究です。この失敗も、コロナ禍でイタリアの「医療崩壊」が一気に生じた要因の1つかもれません。

○[アメリカの]ケア付き住宅居住者の在宅医療利用
Nazareno J, et al: Home health utilization in assisted living settings. Medical Care Research and Review 77(6):620-629,2020[量的研究]

在宅医療事業所は、ケア付き住宅でもっとも一般的に利用されている第3者供給者の1つである。ケア付き住宅が、障害が重度化した利用者のニーズに応える1つの方法は、在宅医療事業所が提供するサービスを補足することである。ケア付き住宅に入居しているメディケア加入者のうち在宅医療事業所のサービスを利用している人々(362,823人)と、他の居所で同種サービスを受けている人々(3,319,487人)との間の2012~2014年のサービス利用の伸びを比較した。両群の人口学的特性、認知機能や日常生活動作能力の違い、在宅医療事業所の特性等も比較した。その結果、ケア付き住宅群の方がサービス利用の伸び率は少し高かった。彼らは、対照群に比べて認知機能と日常生活動作レベルが低かった。本研究はケア付き住宅における在宅医療サービス利用についての初めての調査の1つである。

二木コメント-本論文の「売り」は上記要旨の最後の1文に尽きます。英文要旨でも書かれているように、両群の差は「少し」です。assisted livingはとりあえず「ケア付き住宅」と訳しましたが、アメリカのそれは全体として日本よりはるか大規模です。なお、本文の「はじめに」によると、アメリカのケア付き住宅の1人当たり年間利用料の全国中央値は45,000ドル(約450万円)で、ナーシングホームの個室利用の97,455ドル(約1000万円)の半額だそうです。

○[アメリカにおける病院と医師診療所との]垂直統合と[病院合併による]市場集中の[上昇が]入院医療の質に与える影響の重み付け
Short MN, et al: Weighing the effects of vertical integration versus market concentration on hospital quality. Medical Care Research and Review 77(6):538-548,2020[量的研究]

病院の医師診療所買収と医師組織の規模拡大により、医療提供組織はますます複雑化している。同時期に、医療保険者との交渉力を強化するための病院合併が進んでいる。メディケア・メディケイド・サービスセンターの2008~2015年の「病院比較データベース」に含まれる29の質評価尺度を分析して、病院と医師間の垂直統合と、病院の市場集中の上昇が患者アウトカムに影響するか否かを検証した。垂直統合は質評価尺度のごく一部でわずかの効果があった。しかし病院の市場集中の上昇(とそれに伴い市場競争の低下)は、危険率5%水準で10の患者満足のすべての尺度で質の低下と有意に関連しており(p<0.5)、そのうち6尺度ではBonferroni調整(多重比較)後のp値も、危険率0.5%で有意に関連していた。規制当局は病院合併の提案の精査を続け、病院間の競争を維持し、病院合併が参入障壁を高めることを減らすべきである。

二木コメント-病院合併が患者満足度面での医療の質を低下させるとの結果は重いと思います。ただし、米国の病院合併はほとんど民間医療保険との価格交渉力強化を目的として行われており、日本の地域医療構想で目指されている(主として公立病院の)病院統合とは目的が異なります。

○オランダにおける営利ナーシングホーム:どんな要因がその増加を説明するか?
Bos A, et al: For-profit nursing homes in the Netherlands: What factors explain their rise? International Journal of Health Services 50(4):431-443,2020[政策研究]

本論文は探索的混合研究法を用いて、オランダで成長しつつある営利ナーシングホーム産業の特性を分析し、その成長に寄与した相互に関連する諸要因(文脈、趨勢、部門の条件)を同定する。最近まで、オランダのナーシングホーム部門はほとんど非営利事業者に依存してきたが、2015年の長期ケア改革後、営利事業者が増加し、2019年現在、全国のナーシングホームのうち12.2%が営利となっている。ナーシングホームにおける利益の配当は現在も禁止されているが、営利ナーシングホーム部門は拡大しつつある。

本論文は非営利組織と混合形市場の理論を用いて、この拡大について考察する。その結果、規制枠組みの改革が営利ナーシングホーム部門の潜在力を解き放ち、営利ナーシングホームが営利禁止(配当禁止)規定を回避できるようになったことを見いだした。営利ナーシングホームの拡大は主として、増加し変容しつつある需要に対する非営利部門の対応の遅さによって生じた。営利事業者はこの隙間を埋めた。さらに彼らは市場で「クリームスキミング」を行い、ナーシングホーム部門外の専門職ケアに依存するなどして、労働費用を節減した。営利ナーシングホームが増加したもう一つの要因は、彼らが私的投資家(未公開株式投資会社)が提供する財務資本にアクセスできたことである。

二木コメント-日本ではほとんど知られていない、オランダの営利ナーシングホームの最新データを示し、その拡大要因を探索した掘り出し物的論文です。ただし、アメリカにおける同種研究では定番である、営利ナーシングホームと非営利ナーシングホームとのケアの質と費用の比較は行っていません。

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3.私の好きな名言・警句の紹介(その195)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割>

<その他>

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