総研いのちとくらし
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文献プロムナード(14)

「看護と福祉」

 野村拓

発行日2006年05月31日


社会福祉の原点は?

看護教育で使われている社会福祉の教科書は看護学生たちにとってピンと来ない場合が多い。看護というpractice にどうかかってくるのかがはっきりしないだけではなく、「社会福祉」なるものの系統性がつかみにくいからである。

『新社会福祉史』
☆Phyllis J. Day: A New History of Social Welfare.5版(2006) Allyn & Bacon.

が出された。これを読めば、社会福祉を系統的にとらえることができるかと思ったが、いささか期待はずれであった。改正救貧法(1834年)あたりまでイギリスを辿り、その後はアメリカという構成である。つまり、ヨーロッパにおける「社会政策ラウンド」(帝国主義段階)とビスマルクによる公的疾病保険など重要な事項が省略されており、「アメリカ社会福祉史」という書名ならば、これでいいだろうという本である。世界史的に社会福祉をとらえるのであれば「歴史書」を名乗った本よりも、

『福祉国家の歴史事典』
☆Bent Greve: Historical Dictionary of the Welfare State. (2006) Scarecrow Press.

のような「事典」の方が役に立つというのが社会福祉史の現在のレベルではないだろうか。

世界史的な社会福祉史ではなく、特定の国の社会福祉史であっても、社会科学的骨格のしっかりしたものでなければ困る。

例えばエリザベス救貧法(1601年)を取り上げる場合にも

『女王様の奴隷貿易商人』
☆Nick Hazlewood: The Queen’s Slave Trader.(2005) Harper Perenial.

というような視点、つまり救貧支出の財源に目を向けることも必要だろう。

Sick Poor に対して

また、救貧法の対象となる人たちの多くはSick Poor であり、したがって、その後の改正で救貧医(poor law doctor)がおかれるようになる。イギリスで出される本には、「医療と社会ケア」「看護と社会政策」というように看護的なものと福祉的なものとを「横並び」でとらえた書名が多いのは、このような歴史的経過を反映しているものと思われる。

しかし、アメリカの社会福祉史はSick Poorのうち、Sick の方はよくわからないから対象からはずし、Poor の方だけとりあげるきらいがある。そしてSick Poor は看護史の対象としてとりあげられている。

『アメリカにおける看護と在宅ケアの歴史』
☆Karen Buhler-Wilkerson: No Place Like Home-A History of Nursing and Home Care in the United States. (2001) The Johns Hopkins Univ. Press.

はSick Poor を対象とした訪問看護やセツルメント活動の歴史である。

『看護思想の歴史』
☆Linda C. Andist 他: A History of Nursing Ideas.(2006) Jones & Bartlett.

も、移民貧困者の健康問題ととりくんだヘンリーストリート・セツルメント(ニューヨーク)の看護婦たち、リリアン・ワルド、ラビニア・ドックなどの活動を重視している。また

『ホームケア-看護の実際』
☆Robyn Rice: Home CareNursing Practice.(2006) Mosby.

にも、ヘンリーストリート・セツルメントの看護婦たちが馬に乗って訪問看護に行く写真が紹介さられている。

ナイチンゲールをはじめ上流階級出身の看護婦たちはSick Poor を対象に活動するが、19世紀の看護婦たちは、どちらかといえば貧困階層の出身者が多かった。

『アイルランドの看護婦養成史』
☆Gerard M. Fealy: A History of Apprenticeship Nurse Training in Ireland. (2006) Routledge.

には、ダブリンのミース病院の看護婦たちの写真(1872年)が載っているが、いずれもみすぼらしい中高年婦人といった感じである。Poor な看護婦がSick の最前線で働けば、Sick とPoor の一体性が体験されることだろう。

Sick Poor の多い社会を「社会が病んでいる」ととらえた古典が

『病む社会』
☆A. J. I. Kraus: Sick Society (1929) Univ. of Chicago Press.

である。「病む社会」は歴史的には産業革命の所産とされているが、イギリス産業革命を豊富なイラスト、写真、文書資料で記述した本が出された。

『産業革命-ドキュメント史』
☆Laura L. Frader: The Industrial Revolution-A History in Documents. (2006) Oxford Univ. Press.

で、講義担当者にとっての必読(あるいは必見)文献といえる。

福祉と看護の分離

Sick Poor の多い「病む社会」の出現あたりが社会福祉的アクションの起点と考えられるが、社会福祉従事者には看護婦ほどの明確な職能性はなかった。また看護の対象としての「病み、傷つく」ことは社会生活においてよりも、例えば戦争のような「非日常」の場で露骨な形で現われる。だから、病む人、傷ついた人を対象とする看護は、クリミア戦争、南北戦争などを通じて形成され(ナイチンゲールの時代)、やがて「日常」の中に潜むSick Poor にも向けられにようになる。

しかし、先行的にSick Poor をとらえた看護も、医療技術革新のあおりを受けて、病院中心のSick対策看護に変り、Poor の方は、病院においては相談窓口程度の存在になってしまう。つまり、福祉的なものと看護・医療的なものとの分離が始まる。

イギリスのように救貧法という屋台骨のある国では『関連する経験医療と社会ケアから』
☆Caroline Malone 他編: Relating Experience- Stories from Health and Social Care. (2005) The Open Univ. Press.

『高齢者のための医療と社会ケアの統合』
☆Jenny Billings 他編: Integrating Health and SocialCare Services for Older Persons. (2005) Ashgate.

という書名に見られるように、看護・医療と社会ケアとの横並び、対等性がまだ維持されている。

しかし、アメリカのように、市場型医療に看護が引きずられていくと、公的サポートの弱い福祉分野はCharity に矮小化され、ケアラーなど福祉職種が看護の下働き職種に組みこまれる傾向が生まれている。多分に社会福祉施設的性格を持っていたナーシングホームがメディケア(1965)、メディケイド(1966)によって医療機関に組みこまれ、退院促進用の受け皿に使われると同時に、福祉系職員が看護婦の管理下におかれるようになったわけだが、このプロセスを研究するための参考書として

『貧困者の医療-メディケイドと1965年以来のチャリティ・ケア』
☆Jonathan Engel: Poor People’s Medicine-Medicaid and American Charity Care Since 1965.(2006) Duke Univ. Press

が出されている。

管理的看護婦と助手

このプロセスは看護職種にも少なからぬ影響を与えた。つまり正看護婦(RN)層は一方で医師の領域に踏み込む専門性を備えたNurse Practitioner(NP)と、管理的マネージャーとに分解する傾向が生まれたわけだが、NP自身も管理職的色彩を持つものであることを示したのが

『NPのための管理ガイドライン』(第6回で紹介)
☆Kathleen M. Pellitier Brown: Management Guidelines for Nurse Practitioner Working with Women. 2版. (2004) F. A. Davis.

『NPの業務と法的ガイド』
☆Carolyn Buppert: Nurse Practitioner’s Business Practice and Legal Guide. 2版. (2004) Jones & Bartlett.(第9回で紹介)

などである。また、看護書にManager, Managementをキーワードとするものがふえたのも最近の傾向といえる。

『看護・医療専門職の管理』
☆Alister Hewism: Management for Nurses and Health Professionals. (2004) Blackwell.

は看護師や医療専門職種にとっての管理(術)であり

『看護ケースマネージメント』
☆Elaine L. Cohen 他: Nursing Case Management.4版. (2005) Elsevier Mosby.(2版を第2回で紹介)

は看護師にとってのケースマネージメントである。さらに看護師の病院管理における中枢的役割を示
したものが

『看護マネージャーの医療財政管理』
☆Janne Dunham-Taylor 他: Health Care Financial Management for Nurse Managers. (2006) Jones & Bartlett.

で、ここではHome Health Aide の人件費の安さを重視している。他方、

『看護助手のスキル向上』
☆Francie Wolgin: Advanced Skills for Nursing Assistants (2005) Pearson Prentice Hall.

のように書名は「看護助手」であっても、本文中の主語はCaregiver(日本でいえば介護職)であり、福祉職としてのCaregiver イコール「看護助
手」という関係を示した本もある。

『看護助手の基本』
☆Mary E. Stassi : Basic Nursing Assisting.(2005) Elsevier Mosby.

などで紹介されている看護助手の業務内容はCaregiver にほゞイコールであるし、前掲の

『ホームケア-看護の実際』(p.70)

でも、ホームケアに従事する看護師の業務として、「Caregiver に対する教育、支援」があげられている。

公的支援なき福祉

もし、社会的弱者に対する公的支援制度が整っている国であれは、Caregiver は第一線でそれなりの経済的処遇を受けながら働けることだろう。Caregiver を福祉系職種と考えれば、それは公的支援があってはじめて十分な働きができる職種であり、また、ケースに応じて公的支援をひき出すことをその職能と考えるべきである。

しかし、公的医療保険さえ、国民の一部にしか適用されていない国の公的支援は貧弱なものであり、看護は市場型医療、利益追求型医療に包みこまれた形となっている。利益追求型の医療とは、 「金のとれる医療」を「なるべく金をかけずに行なう」ことであり、医師よりはNP、正看より准看、准看よりは助手という代替傾向が強く、公的支援なき福祉系職種やCaregiver は看護代替労働力として医療の外延部分に組みこまれやすい。

看護職種の資格試験問題集としては

『准看試験問題』
☆Mary E. McDonald 編: Review Guide for LPN LVN Pre-Entrance Exam. 2版(2004) NLN

『正看試験問題』
☆Mary E. McDonald 編: Review Guide for RN Pre-Entrance Exam. 2版、(2004) NLN

があるが、准看の数学の問題などは、最近、子どもの学力低下が指摘される日本でも、小学校4、5年程度の問題である。

プエルト・リコにはアメリカのための准看養成コースがあり「カリブ看護師」という言葉もある。その「准看」の下で、いわゆる「無資格流民」が 「助手」をつとめながら、同時に待遇、賃金面におけるbottom の相場づくりの役を果しているわけであり、第12回ではこれをthe bottom-line orientationとして紹介した。

Bottom と移民

それぞれの国(先進諸国)でのBottom の相場づくりに貢献しているのが移民であるが、労働力の国際流動が活発になれば、Bottom の相場もグローバルになり、医療・看護の下働きの処遇とかかわりを持つようになる。その意味では、あらためて「移民史」的な学習をしなければ、世界の現状はとらえられないのではないか、という気がする。

『アジアにおける移民と健康』
☆Santosh Jatrana 他編: Migration and Health in Asia. (2005) Routlege.

にはcommercial sex workers という言葉が登場するのでショックを受ける。とうとうsex work が対人サービス労働分野で市民権を持つようになったのか、という気がするからである。

移民とジェンダー、貧困とのからみをとりあげたのが

『ジェンダー、民族、階級そして健康』
☆Amy J. Schulz 他編: Gender, Race, Class and Health. (2006) Jossey-Bass.

『保健計画における貧困とジェンダー』
☆WHO: Integrating Poverty and Gender into Health Programmes. (2005) WHO.

である。また、移民が流入先で、どのような位置を占めているかを分析したものとしては

『彼等自身の場-20世紀における黒人の郊外化』
☆Andrew Wiese: Place of Their Own-African American Suburbanization in the Twentieth Century.(2005) Univ. of Chicago Press.

『新都市移民労働力』
☆Sarumachi Jayaraman 他編: The New Urban Immigrant Workforce. (2005) M. E. Sharp.

などがある。

移民は流入先の国においてBottom の相場づくりに貢献するだけではない。

『健康のための人的資源-危機の克服』
☆WHO: Human Resources for Health-Overcoming the Crises. (2004) WHO.

では、「移民の最大の問題は、貧乏国の高度医療職種が富裕国に流れること」という指摘がなされ
ている。これは国際的不平等を拡大するものといえる。

不平等に立ち向かえるか

国際的不平等の健康問題への投影をとりあげたものとしては

『健康の社会的決定因子』
☆Michael Marmot 他編: Social Determinants of Health. 2版. (2006) Oxford Univ. Press.

があり、不平等に対する闘いについては

『公的住宅政策-都市の不平等に対する黒人女性の闘い』
☆Ronda Y. Williams : The Politics of Public Housing-Black Women’s Struggles Against Urban Inequality. (2004) Oxford Univ. Press.

が出されいる。また保健統計の上で国際的不平等を示したものとしては

『グローバル保健統治』(第12回で紹介)
☆Obijiofor Aginam: Global Health Governance.(2005) Univ. of Toronto Press.

『社会正義-公衆衛生と医療政策の倫理的基礎』
☆Madison Powers他: Social Justice-The Moral Foundations of Public Health and Health Policy.(2006) Oxford Univ. Press.

などがある。

国際的不平等と国内的不平等とは密接な関係を持つが、主として国内的不平等の方を槍玉にあげたのが

『野蛮国-福祉資本主義と不平等』
☆Edward J. Martin 他: Savage State-Welfare Capitalism and Inequality. (2004) Rowman & Littlefield.

である。ここでいう福祉資本主義とは市場型医療の外延部分に低賃金・単純労働のヘルパーや介護職種を配置するシステムを指すのではないか。

『世界の分断-グローバル経済における社会的不平等』
☆Scott Serman : World Apart-Social Inequalities in a Global Economy. (2006) Pine Forge Press.

は世界の金持ち番付を紹介した上で、日本は一番「不平等度」が低い、と評価している。

アメリカに比べれば、公的医療保険や公的社会福祉システムを持つ日本ではあるが、いまや「野蛮国」の方に吸引されつつある。

入院日数短縮のために、療養型病床や介護保険を導入し、病院→療養型→在宅という流れを、逆流を防止しながら構築し(no return road)、在宅ケアのヘルパーの低賃金からbottom oriented な形で准看や正看の賃金水準を下にひきずりながら低診療報酬体系・入院日数短縮を誘導するというサイクルがまわりはじめている。そしてno return road とbottom oriented というサイクルができたところで、「療養型」を大幅に減らし、在宅ケアの条件をさらに厳しくしながら、さらなる悪循環サイクルをまわそうとしている。しかも、公的支援においてなされるべき障害者などのケアまでも、介護保険を通じてこのサイクルに組みこもうとしている。

看護職種も福祉職種も、この悪循環サイクルを断ち切るための「ふんばりどころ」を確認すべきときであるが、残念ながら、そのための社会科学的アプローチは稀薄である。特にアメリカの場合

『理論にもとづく看護実践』
☆Shirley Melat Ziegler 編: Theory-Directed Nursing Practice. 2版.(2005) Springer.

は没社会科学的であり

『農村看護』
☆Helen J. Lee 他編: Rural Nursing. 2版. (2006)Springer.

は没歴史的である。そして

『看護理論家とその業績』
☆Ann Marriner Tomey : Nursing Theorists and Their Work. (2006) Mosby.

も、概して没社会科学的であって、索引にはpoorという言葉もない。

看護職には社会科学的視点を喪失した看護書が出され、下働きに組みこまれた福祉系職種にはマニュアル本しか出されていない。「これでいいの
か看護と福祉」である。

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