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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター』2005年10号(転載)

二木立

発行日2005年06月01日

(出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・
転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見等をいただければ幸いです))


1.拙小論:医療の非営利性・公益性の議論は新たな段階へ

(「二木教授の医療時評(その12)」『文化連情報』2005年6月号(327号):28-29頁)

4月初旬、ある経営系大学院生から、「営利法人による医療機関経営に賛成」とのメールをもらいました。彼は医療法人病院の事務幹部をしている社会人院生なのですが、「現在の持分ありの医療法人に非常に疑問を感じて」おり、厚生労働省が創設を検討している「認定医療法人を非営利の極とし、間に持分なしの医療法人または財団の医療法人を置き、後はそこに入りたくない経営者は、『営利』で構わない」と考えているとのことです。

それに対して、私は以下のように答えました。「営利法人による医療機関経営に賛成か否かは、究極的には個人の価値判断の問題です。ただし、医療政策的にはこの問題は既存の医療機関の非営利性強化で決着がついていますので、いまさら改めて論じる現実的意味はありません。医療経済学的にも、アメリカにおける膨大な実証研究により、株式会社の病院が医療費増加を招くこと、および医療の質の向上にもつながらないことは、決着がついています」。

「医療政策的には…非営利性強化で決着がついてい」るとの私の判断を裏付ける2つの動きが、4月におきました。

1つは、「経済産業省が病院の経営改善支援に乗り出」し、「病院の院長や医療法人の理事長らの経営能力を高める人材育成事業を今月[4月]中に始める」ことです(「日本経済新聞」4月7日朝刊)。このことは、経済産業省が企業の病院経営解禁の実現可能性がないことをようやく理解し、既存の非営利病院の経営改善支援について厚生労働省と共同歩調をとるよう方針転換したことを意味します。

ただし、私は経済産業省は病院経営についてのノウハウをほとんど持っていないため、この研修事業にどのくらい実効性があるのかには疑問を持っています。ちなみに、ある経済産業省OBによると、「もはや、優秀な人間は皆経済産業省から辞めてしまい、残っているのは『ポスト』にしがみついている人ばかり」であり、「何とか存在感を出そうとヨソの省の権限に係る規制改革にちょっかいを出したりしている」のが実情とのことです。

もう1つは、厚生労働省が4月15日の医業経営の非営利性等に関する検討会に提出した「医療法人制度改革の基本的な方向性について(今後の議論のたたき台)」です。これは、既存の医療法人を拠出額限度医療法人(非営利性を徹底した新しい医療法人。「出資額限度法人」を名称変更)と認定医療法人(さらに公益性を高めた新しい医療法人)の2つの法人に整理し、現行の「社団・持ち分有り」の医療法人は廃止する方向性を打ち出しました。この大胆な改革案に対して、豊田委員(医療法人協会会長)は猛反発しましたが、三上委員(日本医師会常任理事)は「剰余金が医療法人に帰属するという考えは本来正しい。しかし、長年の事実が積み重なっており、工夫は必要」とコメントし、「激変緩和措置や1人医師医療法人を別扱いにするなどの条件を伏した上で、叩き台に同意する考えを明らかにした」そうです(『日本醫事新報』4月23日号、61頁)。

この「たたき台」は、営利法人による医療機関経営の解禁といった不毛な議論(「神学論争」)に終止符が打たれ、医療における非営利性・公益性の議論が新たな段階に達したことを意味します。石井暎禧氏(日本病院会常任理事)は、『日本病院会雑誌』5月号の「巻頭言」で、一連の改革の流れを明快に整理された上で、「これらの改革への医療界の一部での反発は、[医業経営の非営利性等に関する]検討会の認識から、ずいぶん遅れをとっており、問題の本質を理解していない」と断じており、私も同じ意見です。
ここで視点を変えると、厚生労働省は、営利法人による医療機関経営の解禁を主張する規制改革・民間開放推進会議等の圧力をうまく利用して、「守旧派」病院の抵抗を抑えながら、長年の懸案だった医療法人制度改革(非営利性・公益性と効率性の両方の強化)を実現しようとしていると言えますし、私もそれは妥当だと考えます。

ただし、私は、残念ながら、来年に予定されている第5次医療法改正に医療法人制度改革が盛り込まれる可能性は低い、と予測しています。なぜなら、この「たたき台」が病院団体・関係者の合意を短期間で得るのは困難であり、しかも国税庁が認定医療法人制度の前提とも言える軽減税率の適用をすんなり認めるとも考えにくいためです。なお、本誌4月号の「時評(その10)」で書きましたように、私は「2006年に第5次医療法改正が行われる可能性は低く、それの実施は早くとも2007年以降になる、と予測しています」。

2.2005年発表の興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(その2)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳+α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

"Health Affairs"誌24巻1号が「EBM(根拠に基づく医療)」の大特集(特集名は
Putting Evidence into Practice)

二木コメント-7~184頁が特集で、「歴史・文脈」(4論文)、「ケーススタディ」(4論文)、「根拠の評価」(7論文)、「根拠を生かす(implementing evidence)」(5論文)の4部構成で、各部に簡単な導入文が付けられています。医療経済・政策学関連では、「根拠、政策と技術進歩」(by Gelijns AC, et al.pp.29-40)、「根拠について論争があるときの政策形成」(by Atkins D, et al. pp.102-113)、「根拠に基づいた政策の根拠-給付決定の体系的レビューの政治学」(by Fox DM. pp.114-122)が特に参考になりそうです。なお、イギリスのBritish Medical Journal誌の昨年10月30日号(7473号)もEBM特集を行っています。また、日本の『日経メディカル』誌本年2月号(42-53頁)も「EBMが遺したもの」を特集(レポート)しています。「わが国の“EBMブーム"が、臨床医の間に根付かないまま去ろうとしている」という挑発的な文章で始まり、一読に値します。

「ケースマネジメントは病院の費用抑制にとって有効か?」(White KR, et al. Health Care Management Review 30(1):37-43)[量的研究]

「マネジメント研究のための根拠に基づくモデル」を用いて、病院へのケースマネジメント導入と期待される非臨床的アウトカム(1入院当たり費用と平均在院日数の短縮)との関連の有無を検討した。対象は全米の全コミュニティ病院のうち、1994年時点ではまだケースマネジメントを導入していなかった2674病院で、2000年までのデータを用いて、回帰分析を行った。その結果、ケースマネジメントの導入は、特定の患者層には有効かもしれないが、費用・平均在院日数の削減は生じていないことが明らかになった。

「クリティカルパスの[在院日数短縮]効果:質的比較分析を用いて、患者、入院医療、パスの特性の影響を評価する」(Sydney MD, et al. Health Services Research 40(2):499-516)[質的比較分析]

クリティカルパスの在院日数短縮効果に関連していると思われる、患者、入院医療、パスの特性を、質的比較分析[Raginが提唱したブール代数アプローチ。量的研究と質的研究を融合]により検討した。ジョン・ホプキンス病院の外科病棟で1990~1998年に導入された26のクリティカルパスの質的・後方視的コホート分析を行った。その結果、在院日数短縮に明らかに効果のあったのは7つのパスだけであった。しかもそれらは比較的軽症(集中治療の利用率と死亡率が低い)の患者用である傾向があった。以上の結果に基づいて、著者はクリティカルパス・プログラムの効果は限定的であり、しかも特定の条件下でしか効果を発揮しない可能性があると結論付けている。

「コンピューターを用いた根拠に基づく医療[ガイドライン]の提示は、喘息と閉塞性肺疾患の根拠に基づくマネジメントを改善するか?ーランダム化比較試験」(Tierney WM, et al. Health Services Research 40(2):477-497)[量的研究]

根拠に基づくガイドラインが日常診療にどの程度影響しているかについては議論がある。そこで、医師が電子カルテを用いて指示を出すときに、その画面に処方と患者モニタリングについてのガイドラインを示すと効果があるか否かを、ランダム化比較試験で検証した。対象はアメリカのインディアナ大学の大規模一般内科グループ診療に参加している医師246人と薬剤師20人、および彼らの喘息・閉塞性肺疾患患者706人で、患者は平均年5回外来受診した。カルテ記録と患者への電話調査により、救急外来受診と入院、健康関連QOL 、処方された薬の継続的服用、医療への満足度等を評価した。ガイドライン提示は1年間継続したが、これらの指標で見る限り、医師と薬剤師へのガイドラインの提示はまったく効果がなかった。他面、ガイドラインの提示を受けた医師の患者の総医療費は受けない医師の患者よりも高かった。

「急性期後医療の利用はその供給にどの程度影響を受けるか?」(Buntin MB, et al. Health Services Research 40(2):413-434)[量的研究]

アメリカのメディケアの1999年の全入院患者データを用いて、急性期病院を退院した高齢患者の急性期後医療施設(postacute care supply.スキルド・ナーシング・ホームまたはリハビリテーション病院。[日本の亜急性期医療施設に近い])への入院決定因子として、臨床的因子(併発疾患と合併症)と非臨床的因子(急性期後医療施設の利用しやすさ。患者の自宅と施設との距離で測定)のいずれが重要かを、多項ロジットモデルを用いて検討した。対象疾患は、脳卒中、大腿骨骨折、下肢の関節置換術を要する疾患に限定した。その結果、臨床的因子よりも急性期後医療施設の利用しやすさのほうが、重要であることが判明した。また、施設と患者の自宅との距離は、ナーシングホームとリハビリテーション病院の選択に強い関連があり、例えば患者の自宅近くにナーシングホームがあり、リハビリテーション施設は遠くにしかない場合には、患者はナーシングホームに入院する確率が高かった。さらに、急性期病院が系列の(related)亜急性期医療施設を持っている場合には、患者はその施設に入院する確率が高かった。

「ナーシングホームの閉鎖とケアの質」(Castle NG.Medical Care Research and Review 62(1):111-132)[量的研究]

ナーシングホームのケアの質と閉鎖確率との関係を検討した。調査に当たって、ケアの質の低いナーシングホームは質の高いホームに比べて閉鎖しやすいとの仮説を立てた。1992~1998年に開設されていた全米約12000のナーシングホームを調査対象とし、ケアの質の指標としては、身体拘束、尿道カテーテル、関節拘縮、褥創、向精神薬使用の出現率を用いて、クロスセクション(横断面)分析とロジスティック回帰分析を行った。上記期間に621のナーシングホームが閉鎖され、これらのホームでは褥創の出現率が有意に高かった。しかし、全体としてみると、ナーシングホームの閉鎖は稀であるため、ケアの質の低いホームでも閉鎖確率は低いと、著者は結論づけている。

「ナーシングホームが営利・非営利か(profit status)とケアの質-両者が関連しているとの証拠はあるか?」(Hilmer MP, et al. Medical Care Research and Review 62(2):139-166)[文献レビュー(メタアナリシス)]

1992~2000年の12年間に発表されたナーシングホームのケアの質を検討した全世界の約400の英語文献から、(1)量的研究で、(2)北米のナーシングホームを対象とし、(3)営利ホームと非営利ホームのケアの質を比較している37文献を選び出した。36文献はアメリカのナーシングホームを対象としていた。これらの文献を、ドナベディアンの医療の質の構造についての枠組みを用いて、体系的に検討し、その結果を統合した。それにより、営利のナーシングホームと非営利のナーシングホームとの間には明かな差があることが確認できた。前者は、医療の質のうちプロセスとアウトカム領域の重要な指標で、ケアの質が低かった。二木コメント-「アメリカの最近の一連の大規模で精緻な研究やメタアナリシスの大半は、営利病院を含めて、営利医療組織の医療の質が低いとする結果を得てい」ます(拙著『医療改革と病院』勁草書房,2004,136頁)。特に、ナーシングホームについては、営利施設のケアの質が低いことが繰り返し確認されています。本研究は、それの最新版と言えます。

「脳卒中リハビリテーション・サービスの経済的根拠の体系的レビュー」(Brady BK ,et al. International Journal of Technology Assessment in Health Care 21(1):15-21)[文献レビュー(メタアナリシス)]

脳卒中リハビリテーションは資源を大量に消費するため、サービス提供にあたっては、根拠に基づき、効率的に行う必要がある。そのために、脳卒中リハビリテーションの3種類の提供方式の相対費用と費用対効果を通常ケアと比較した15論文のメタアナリシスを行った。それらは、脳卒中病棟(3論文)、一般病棟での早期退院プログラム(8論文)、地域・在宅基盤のリハビリテーション(4論文)の3方式である。その結果、脳卒中病棟の1入院当たり平均費用は一般病棟とほぼ同レベル(高くはない)との多少(some)の根拠があった。一般病棟での早期退院プログラムの費用は、障害が軽度か中等度の患者では、わずかに安い(modestly lower)との中等度(moderate)の根拠があった。それに対して、地域基盤のリハビリテーションが通常ケアに比べて安いとの根拠は不十分(insufficient)であった。

「CTとMRIの普及の決定因子」(Oh E-H,今中雄一,et al. International Journal of Technology Assessment in Health Care 21(1):73-80)[量的研究]

CTとMRIの普及の決定因子を検討するために、「技術普及決定因子モデル」を作成し、OECD加盟30カ国の2000年データを用いて、重回帰分析を行った。このモデルでは、CTとMRIの普及率(人口100万対)の説明変数を、傾向因子(predisposing factors.患者ニーズと医師の需要)、強化因子(reinforcing factors.政府規制と支払い方式)、能力付与因子(enabling factors.購買力)の3つに分けた。その結果、1人当たり総医療費(各国の購買力を現す)と病院に対する柔軟な支払い方式(1日あたり包括払いまたは出来高払い)が各国のCTとMRIの普及率に有意に関連していた。これら2変数を含めた8説明変数全体の自由度調整済み決定係数は、CT普及率で0.477、MRI普及率では0.656であった。この回帰分析でもうひとつ注目すべきことは30カ国の中に外れ値がなかったことであり、著者は国別の医療技術普及率の違いは、多変量モデルによりに十分に説明できると主張している。

「非緊急手術の入院待ちへの対処-OECD12カ国の政策の比較研究」(Siciliani L, et al. Health Policy 72(2):201-215)[事例研究]

OECD加盟国のうち、主として公費負担医療制度を採用している12カ国が非緊急手術(elective surgery)の入院待ちにどのように対処しているかを、「入院待ちの決定因子モデル」に基づいて、比較検討した。それらは、オーストラリア、カナダ、デンマーク、フィンランド、アイルランド、イタリア、オランダ、ニュージーランド、ノルウェイ、スペイン、スウェーデン、イギリスの12カ国である。供給サイドの対策では、手術の生産性を上げるための設備と財政的インセンティブが重要な役割を果たすことが示唆された。需要サイドの対策では、手術適応の厳格化(a raising of clinical thresholds)は入院待ちを減らすかもしれないが、医師と政策担当者との緊張を増す可能性もある。さらに、民間保険の拡大で入院待ちが減る可能性も示唆された。

3.私の好きな名言・警句の紹介(その6)ー医療経済・政策研究者に必要な資質

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