総研いのちとくらし
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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻44号)』(転載)

二木立

発行日2008年04月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)。


目次


「ニューズレター」43号の訂正

お願い

「大学院『入院』生のための論文の書き方・研究方法論等の私的推薦図書(2008年度版)」に含まれていないお薦めの図書がありましたら、お知らせ下さい。その際、推薦理由を簡単にお書きいただければ幸いです。掲載図書の新版・改訂版等が出ている場合も、お知らせ下さい。ご教示いただいた図書の現物をチェックした上で、適宜、2008年度の大学院講義・演習で紹介したり、上記図書リストの2009年度版に加えます。


1.論文:今後の医療制度改革とリハビリテーション医療

(『地域リハビリテーション』2008年3月号(3巻3号):234-242頁。ただし、注1・2は、本「ニューズレター」転載時に補足)

はじめに-私の2つのスタンスと本稿の構成

本稿は、私の専門とする医療経済・政策学の視点から、今後の医療制度改革とリハビリテーションについて検討します。私がもっとも強調したいことは、医療関係者は、目先の改革に目を奪われず、広い視野と中長期的視点から、現在・過去・未来の医療制度改革と医療経営を考える必要があることです。

本題に入る前に、私の研究と言論活動の2つのスタンスについて述べます(1:104-106)。1つは、医療改革の志を保ちつつ、リアリズムとヒューマニズムとの複眼的視点から検討すること。もう1つは事実認識と「客観的」将来予測と自己の価値判断の3つを峻別するとともに、それぞれの根拠を示して「反証可能性」を保つことです。ここで、「客観的」将来予測とは、私の価値判断は棚上げして、現在の政治・経済・社会的条件が継続すると仮定した場合、今後生じる可能性・確率がもっとも高いと私が判断していることです。

私は、このような2つのスタンスから、医療政策の光と影(積極面と否定面)を複眼的に分析しており、いたずらに危機意識をあおることは避けてきました。しかし、2006年からは、小泉政権が5年半実施した厳しい医療費抑制政策が臨界点を超え、このままでは日本医療は崩壊すると危機感を持つようになりました。と同時に、2007年からは、小泉政権時代にはほとんどみられなかった「よりよい医療制度」を目指した改革の「希望の芽」が生まれていることにも注目しています。そして、医療関係者がよりよい医療制度をめざした改革に立ち上がる一助になることを願って、2007年11月に『医療改革-危機から希望へ』(2)を出版しました。

本稿の本文は2つの柱からなります。第1の柱は「2006年医療制度改革関連法の位置づけと今後の医療制度改革の見通し」であり、第2の柱は「リハビリテーション診療報酬改定を中長期的視点から複眼的にみる」です。ただし、前者のうち、「今後の医療制度改革の見通しの『大枠』」については、『医療改革』第2章第4節で詳細に論じているので、ポイントを述べるにとどめます。後者では、厚生労働省が2008年の診療報酬改定で回復期リハビリテーション病棟に「試行的」に導入する「質に応じた評価」(成功報酬)が、国際的にみても無謀な試みであることを示します。最後に、リハビリテーション専門職・団体に課せられた2つの責務について問題提起を行います。

1.2006年医療制度改革関連法の位置づけと今後の医療制度改革の見通し

(1) 2006年医療制度改革関連法の位置づけ

2006年に成立した医療制度改革関連法は、医療法、健康保険法、老人保健法等、医療分野の大部分の法改正を含んでおり、1980年代前半に実施された「第一次保険・医療改革」(旧・厚生省の公式表現)以来、四半世紀ぶりの包括的改革です。ただし、個々の制度改革は従来の政策の延長上にあり、経済財政諮問会議民間議員や規制改革・民間開放推進会議(現・規制改革会議)が執拗に目指した新自由主義的医療改革(医療への市場原理導入)は含まれていないため、「抜本改革」と呼ぶのは不適切です。

医療制度改革関連法と「第一次保険・医療改革」との共通点は、医療費抑制(正確には医療費伸び率の抑制)のため、医療保険制度と医療提供制度の両面で、規制強化を進めることです。この点では、「歴史は繰り返す」と言えます。他面、医療制度改革関連法に規定された規制強化の手法には、四半世紀前にはなかった、次の3つの新しさがあります。

第1は、国による規制強化に加えて、都道府県・市町村による規制強化も加わったことです。第2は、詳細な「数値目標」設定とPDCA(Plan-Do-Check-Action)サイクルの導入です。英語ではこれを、「ソーシャル・エンジニアリング」、「ターゲット・カルチャー」(数値目標至上主義)と言います。第3は、規制強化が医療制度改革に限られず、介護保険制度改革にも導入されたことです。2007年のコムスン処分(在宅介護業界第2位のコムスンの解体)は、それの象徴と言えます。

医療制度改革関連法により、今後5~10年間の医療制度改革の「大枠」は明確になったと言えます。他面、それの「細部」はまだ決まっておらず、しかも今後の改革がすべて厚生労働省の思惑通りに進むとは限りません。私は、医療制度改革関連法に基づく「医療費適正化計画」の2本柱(特定健診・特定保健指導と長期入院の是正)は、政策的には、開始前からすでに「死に体」であると判断しています。なぜなら、2本柱による医療費抑制効果は、医療経済学的に否定されているか、控えめに言っても未証明だからです。

(2) 今後の医療制度改革の見通しの「大枠」

次に、医療制度改革関連法に基づく、今後の医療制度改革の見通しの「大枠」を6点述べます(詳しくは(2)第2章第4節参照)。医療制度改革は多岐にわたりますが、本誌の主な読者が医療関係者であるため、医療提供制度改革を中心に述べます。医療保険制度改革の理念・立法技術上の問題点については、堤修三氏が『社会保障改革の立法政策的批判』で詳細に検討しているので、それを参照してください(3)。

第1に、患者負担の大幅拡大と「特定療養費制度の再構成」(保険外併用療養費)により、医療・介護保障制度の公私2階建て化が加速されます。これにより、低所得層の受診機会は従来以上に抑制されることになります。他面、都市部の中・上所得層は負担増と引き替えに、現在よりも良質な医療・介護を享受可能になることも見落とせません。

第2に、「医療計画制度の見直し等を通じた医療機能の分化・連携」と医療機関の二極分化が進みます。ただし、これには2つの留保条件があります。1つは、一般の産業と異なり、医療機関の二極分化は緩やかに生じ、激変は生じないこと。もう1つは、急性期医療の(公的)大病院への集中もないことです。

第3に、厚生労働省が強調している「在宅医療の充実」は現在よりも進みますが、「在宅ターミナルケア」の急増はありません。実は、厚生労働省も本音では、在宅ターミナルケアの困難性を理解しています。そのために、厚生労働省は、2005年以降、「在宅」の中に、自宅だけでなく、「居住系サービス」(自宅以外の多様な居住の場)も含め、それの育成を図っています。居住系サービスは、具体的には、ケアハウス、有料老人ホーム、グループホーム等の地域密着型サービス、高齢者専用賃貸住宅等であり、大半が事実上の小規模施設です。

医療機関の複合体化の加速

第4に、医療機関の「保健・医療・福祉複合体(複合体)」化が加速します。複合体とは医療機関(病院・診療所)の開設者が同一法人または関連・系列法人とともに、保健・福祉施設のいくつかを開設して、保健・医療・福祉サービスを一体的に提供しているグループを指し、2000年の介護保険制度創設前後から急増しています(4)。

2006年の医療制度改革関連法(健康保険法等改正)では、医療保険と介護保険との役割分担により医療保険給付範囲が縮小される反面、保健・医療・福祉(介護)サービスの連携と統合が強調されています。これを実現する方法としては、医療機関の複合体化と独立した単機能の施設・事業者どおしのネットワーク形成の2つがあり、理論的には、両者に一長一短があります。しかし現実的には、制度改正の方向や日本の高齢患者の医療依存の強さを考慮すると、複合体の方がはるかに有利です。ただし、複合体がすべてのサービスを独占する地域はごく例外的にしか存在せず、大部分の地域では、さまざまな規模の複合体と単独機能の施設・事業者とが競争的に共存します。

リハビリテーション病院は、一般の病院に比べて複合体化がはるかに進んでいます。介護保険制度開始直前の1999年の段階ですら、日本リハビリテーション病院・施設協会加盟の私的病院のうち、老人保健施設または特別養護老人ホームを併設している病院の割合は40.5%、両施設を含めて何らかの保健・福祉施設またはサービスを有している病院の割合は66.4%にも達していました(5:64)。全国回復期リハビリテーション病棟連絡協議会編「回復期リハビリテーション病棟の現状と課題に関する調査報告書(2007年調査)」(6頁)では、複合体化がさらに進んでいることが明らかにされています。

第5に、医療制度改革関連法(医療法第5次改正)の医療法人制度改革により、医療機関の非営利性の徹底と透明で効率的な医療経営への要請が格段に強まります。具体的には、公益性の高い社会医療法人が創設されるとともに、今後新設される医療法人はすべて「持ち分なし」の基金拠出型法人とされ、現在多数を占めている出資持ち分のある医療法人は、法的には「経過措置」(水面下)に置かれることになりました。さらに、2008年税制改正(自由民主党「2008年度税制改革大綱」)により、社会医療法人の医療保健事業は非課税となりました(一般の医療法人の税率は30%)。

第6に、療養病床の再編・削減は厚生労働省の思惑通りには進みません。ここで注意していただきたいのは、医療制度改革関連法により決められたのは介護療養病床の2011年度末での廃止のみであり、医療療養病床を現在の25万床から15万床に削減することは厚生労働省の願望にすぎず、公式にはどこでも決められていないことです。現実的には、医療療養病床の大幅削減は困難であり、この数値目標は、「経済財政改革の基本方針2007」(2007年6月閣議決定)と『平成19年版厚生労働白書』から消失しています。

2.リハビリテーション診療報酬改定を中長期的視点から複眼的にみる

次に、リハビリテーション関連の診療報酬改定を中長期的視点(最大25年間)から複眼的に、プラス面とマイナス面に分けて、検討します。

(1) 厚生労働省のリハビリテーション診療報酬改定のプラス面

プラス面は、厚生労働省が、1980~1990年代(厳密に言えば1981~2000年)には、日本リハビリテーション医学会や日本リハビリテーション病院・施設協会の「根拠に基づく」提言、先進的医療機関の取り組みを評価し、リハビリテーション医療の質の引き上げに努めてきたことです。

厚生労働省は、この間、毎回の診療報酬改定で、高水準のリハビリテーションスタッフを擁する施設や発症後早期のリハビリテーションを行っている施設が有利となるような経済誘導を行ってきました。その際、かなり高い施設基準を設定することもありました(後述する、1992年改定のリハビリテーション総合承認施設や2000年改定の回復期リハビリテーション病棟)。しかし、先進的施設(特に民間リハビリテーション病院や民間病院のリハビリテーション部門)はそれに速やかに対応し、それにより良質のリハビリテーションサービスは急速に普及しました。これは、文字通りの「民間活力の発揮」と言えます。

回復期リハビリテーション病棟の実現

このようなプラス面の象徴は、2000年に回復期リハビリテーション病棟(入院料)が新設されたことです。これは、石川誠医師(当時近森リハビリテーション病院長)が最初に提唱し、その後1995~1996年に日本リハビリテーション病院・施設協会の公式要望となった後に、石川誠医師や同協会の粘り強いロビー活動により実現しました(6)。回復期リハビリテーション病棟は医療法上の規定ではありませんが、実態的には急性期と慢性期の中間の「亜急性期病床」の制度化と言えます。厚生労働省の公式発表の最新数値は2006年7月現在の36,057床ですが(厚生労働省「主な施設基準の届出状況」)、2007年7月には42,107床に達したとされています(7:31)。これは、一般病床・療養病床の合計126万床の約3%に相当します。

厚生労働省は、療養病床と一般病床の両方の削減を目指していますが、回復期リハビリテーション病棟だけはその例外として、今後の大幅増加を容認・奨励しています(一説では10万床まで容認)。実は、上述した療養病床の再編・削減計画では、当初、回復期リハビリテーション病棟である医療療養病床の扱いはあいまいだったのですが、現在では削減対象から除外されることとされています。この意味で、回復期リハビリテーション病棟は、リハビリテーション医療だけでなく、民間中小病院の「救世主」とも言えます。それだけに、これの生みの親である石川誠医師の功績はどんなに評価しても評価しすぎることはありません。

良質のリハビリテーションの評価

厚生労働省が、1980~1990年代に、厳しい医療費抑制政策の下でも、ほぼ毎回の診療報酬改定で、承認施設での急性期と回復期のリハビリテーション(理学療法と作業療法)の評価を引き上げ続けてきたこともプラス面と評価できます。具体的には、以下のような改定です。

まず、1981年の改定では、有資格の理学療法士・作業療法士を配置している「承認施設」の「複雑な」療法(運動療法と作業療法)の点数がそれまでの160点から、300点へと一気に87.5%も引き上げられました。他面、理学療法士のいない「非承認施設」の運動療法は「まるめ」により、実質20%近く削減されました(8:142-143)。これは、経済学的には、非承認施設から承認施設へのコストシフティングと言えますが、これにより質の高いリハビリテーション部門(承認施設)が初めて黒字化する条件が生まれ、これ以降承認施設が急増し始めました。1981年改定は、全体としては実質マイナス改定であり、1980年代の厳しい医療費抑制政策の出発点になったことを考えると、リハビリテーションの厚遇は突出しています。

次に、1987年6月に発表された厚生省「国民医療総合対策本部中間報告」は、厚生省の公式文書として初めて「発症後早期のリハビリテーション」の推進を打ち出しました。手前味噌ですが、これには、拙共著『脳卒中の早期リハビリテーション』が大いに参考にされたと聞いています(9)。そして「中間報告」を受けた1988年改定では、「急性発症した脳血管疾患の患者」に対する「早期運動療法加算」と「老人早期運動療法料」が新設されました。この改定により、「脳卒中患者の初期診療と早期リハビリテーションの一体化」を行えば、リハビリテーション部門・病棟は大幅な黒字を産み出すことも可能になりました(10:231-244)。

続く1990年改定では、承認施設の「複雑な」療法は、日本リハビリテーション医学会が同学会社会保険等委員会(三島博信委員長)の実施した「リハビリテーション部門の原価計算調査」結果に基づいて要望した通りの引き上げが実現しました(11)。この原価計算調査は、医学会が実施した初めての厳密な原価計算調査で、「根拠に基づく」診療報酬改定(要求)の先駆けと言えます。

一連の肯定的改定の最後として、1992年改定ではリハビリテーション施設基準の全面改正が行われ、リハビリテーション総合承認施設が新設されました。これにより、同承認施設の理学療法・作業療法の「複雑なもの」は、従来の345点から580点へと実に68.1%も上昇しました。一般の承認施設(理学療法・作業療法Ⅱ)でも、345点から480点へ39.1%も引き上げられました。これにより、承認施設の理学療法・作業療法は、医師以外の技術料としては飛び抜けた高水準となりました。このような高点数は、現在から振り返ると、石川誠医師が指摘しているように「リハビリテーションバブル」とも言え、21世紀に入ってその反動・見直しが進んだとも言えます(12)。

リハビリテーション総合承認施設でもう1つ注目すべきことは、施設基準に「看護基準の承認を受けていること」が初めて含まれたことです。現在では信じられないことですが、当時、民間リハビリテーション病院の多く(特に温泉病院)は基準看護を取得せず、患者の身の回りの世話の大半は、家族や患者が直接雇用する「付添看護婦」(無資格者)が行っていました。この施設基準改正は、リハビリテーション病院におけるリハビリテーション看護の確立と向上に大いに貢献しました。

質の評価・管理のための規制強化

単純にプラスとは言えないが、さりとて改悪と切り捨てることもできないものに、改定の度に、質の評価・管理を大義名分とした規制強化が進んだことがあります。

1990年改定では、施設基準が強化され、「当該専用の施設の広さは、100平方メートル以上」とする基準が加わりました。これは物理的規制ですが、続く1992年改定では、理学療法士・作業療法士の扱う人数制限が強化され、それまでの1人当たり15人から12人に減らされました。さらに、脳血管疾患発症後6か月を超えた患者に対する理学療法と作業療法の併用禁止も新たに導入されました(13)。これは、2002年と2006年の改定で導入された「制限診療」の先駆けと言えますが、2006年改定で一部緩和されました。

上述したように、1992年改定ではリハビリテーション総合承認施設が新設され、承認施設の「複雑な」療法の点数が大幅に引き上げられたにもかかわらず、人数制限と併用禁止により、リハビリテーションの医科診療費総額に対するシェアは、1992年の改定前後で、微増にとどまりました(政府管掌健康保険と国民健康保険の合計で、1991年1.14%、1992年1.20%、1993年1.17%。厚生省『社会医療診療行為別調査』)。

このような、質の評価・管理を大義名分にした規制強化は、これ以降も強まっています。例えば、2002年改定では、詳細な「リハビリテーション(総合)実施計画書」の作成が義務づけられ、しかもその中に、「心身機能・構造」・「活動」・「参加」等、2001年のWHO『国際生活機能分類』で初めて採用され、日本のリハビリテーション医学会・医療界ではまだほとんど普及していなかった用語が用いられました。

私は、医療の質の担保は、本来、各医師・医療機関や学会、専門職団体が自主的に行うべきものだが、わが国ではそれの土壌・条件が弱いため、厚生労働省が強権的にそれを「代行」したと判断しています(14:202-203)。次に述べる、2002年以降の厚生労働省の乱暴な施策の多くにも、リハビリテーション界の長年の弱点を突いている面があることを見落とせません。

(2) 厚生労働省のリハビリテーション診療報酬改定のマイナス面

以上述べてきたように、1980~1990年代のリハビリテーション診療報酬改定にはプラス面が多かったのですが、21世紀に入った最初の改定である2002年改定以降、恣意的で、充分に「根拠に基づく」ことのない改革が、他の医療分野に先だって、先行的・実験的に導入されるようになりました。

患者1人当たり合計回数の上限導入(2002年)

それの突破口になったのが、2002年改定で導入された、患者1人・1日当たりの3つの療法(理学療法・作業療法・言語聴覚療法)の合計回数への上限導入でした(原則として4単位、回復期リハビリテーション病棟等では例外的に6単位。1単位20分)。これは、1962年(つまりちょうど40年前)に日本医師会の強力な運動により撤廃された「制限診療」の復活と言えます。私は、当時、この「リハビリテーション回数の上限設定は、保険給付はこの上限以下に厳しく抑制する反面、上限を超えるリハビリテーションは全額自費で認めるという、リハビリテーション医療の2階建て医療(公私混合医療)化の布石」と判断しました(14:201)。私のこの危惧は的中し、2005年10月に混合診療の部分解禁が実施されたとき、制限回数を超えるリハビリテーションは混合診療化されました。

なお、2002年改定時、厚生労働省の担当者はリハビリテーションは「全体としては据え置きの改定」と説明し、私も二重の意味での「ゼロサム(差し引きゼロ)改定」と判断しました。具体的には、慢性期リハビリテーションの引き下げと早期の濃密なリハビリテーションの評価との「ゼロサム改定」、および理学療法・作業療法点数引き上げと言語聴覚療法の点数引き上げの「ゼロサム改定」です(14:198-200)。ただし、これは甘い判断で、現実には、リハビリテーションの医科診療費総額に対するシェアは2001年の1.56%から2002年の1.24%へと0.32%ポイントも激減しました(政府管掌健康保険・国民健康保険・組合管掌健康保険の合計)。

リハビリテーション算定日数上限の導入(2006年)

2002年改定は厚生労働省自身が「体系的な見直し」と称していたのですが、それからわずか4年後の2006年改定では、リハビリテーションの診療報酬と施設基準はまた全面改定が行われ、良質で総合的なリハビリテーション医療のいわば砦となっていたリハビリテーション総合承認施設が3種類の疾患群別の施設基準に解体されるとともに、これら3つの施設基準に対応した疾患群別の発症後期間に基づくリハビリテーション算定日数上限が導入されました(原則として、最大90~180日)。これは、2002年に導入された制限診療の強化であるとともに、医療保険の急性期・亜急性期医療保険への純化の先駆けと言えます。

なお、他の医療分野では、制度の根幹となる(施設・算定)基準の全面改正が短期間に繰り返されることはほとんどなく、厚生労働省はリハビリテーション施設・関係者を「なめている」とすら思えます。

他面、2006年改正では、2005年に解禁されたリハビリテーションの混合診療化が事実上棚上げされたことも見落とせません。なぜなら、急性期・回復期リハビリテーションの回数制限が従来の1日最大6単位(2時間)から最大9単位(3時間)に引き上げられた結果、保険の枠内で十分なリハビリテーションの実施が可能になるとともに、リハビリテーションの算定日数制限を超える慢性期・維持期の患者に対する保険診療でのリハビリテーションが禁止されたからです(2:81-82)。【注1】

2006年改定における制限診療の導入・強化の背景としては、2002年改定でリハビリテーションの単価を大幅に切り下げたにもかかわらず、2003年以降リハビリテーションの医科診療費総額に対するシェアが急増し続けたことがあげられます(2003年1.40%、2004年1.60%、2005年1.62%、2006年1.93%)。これは、2000年に新設された回復期リハビリテーション病棟の急増に伴い、それを有する病院のリハビリテーション部門の拡充が進んだためと思われます。

以上をまとめると、厚生労働省はリハビリテーション医療についても、2002年以降は、他の医療と同じく「ゼロサム改定」へ転換したが、それにもかかわらずリハビリテーション医療費のシェアは着実に増加している、と言えます。それだけに、今後、新たな厳しいリハビリテーションの抑制策が打ち出される可能性が大きいと言えます。

リハビリテーションに先行的・実験的に導入された3つの理由。

ここで、視点を変えて、制限診療等の厳しい抑制策が、他の医療に先行して、リハビリテーションにいわば実験的に導入された理由を考えてみます。私は理由は3つあると考えます。

第1は、リハビリテーション医療費が近年増加したとは言え、医科診療費全体の1~2%にすぎず、実験が失敗した場合にも、その影響が小さいからです。医療費シェアの大きな内科、外科等ではこのような実験は社会的影響が大きく困難です。

第2は、リハビリテーション関連団体の政治的発言力が既存の伝統ある学会・協会に比べてまだ非常に弱く、厚生労働省に対する「拮抗力」を持っていないからである。しかも、リハビリテーション関連団体の幹部には真面目だが従順な方が多いようです。

第3は、リハビリテーション関連団体(特に日本リハビリテーション病院・施設協会と全国回復期リハビリテーション病棟連絡協議会)の組織としての調査能力が非常に高く、厚生労働省の求めるデータを短期間に収集・解析・提出できるからです。厚生労働省は、診療報酬改定に際してこのデータをいわばつまみ食いすることにより、「勘と度胸だけ」の改定をする場合よりも、改革に伴うリスクを減らすことができます。

このことを以て、リハビリテーション関連団体がデータを厚生労働省に提出すべきではないとする意見もありますが、私は賛成できません。なぜなら、情報公開と医療の「可視化」は時代の要請であり、しかもリハビリテーション関連団体がデータを提出しないと、厚生労働省は100%「勘と度胸だけ」の乱暴な改定に踏み切る危険があるし、ましてや制度の改善は望めないからです。私が、2002年以降の改定を、「根拠に基づく」ことのない改定と断定せず、充分に「根拠に基づく」ことのない改定と、やや控えめに評してきたのはこのためです。

(3)回復期リハビリテーション病棟の「質に応じた評価」の「試行的」導入(2008年)

私は、恣意的で、充分に「根拠に基づく」ことのない実験的改定の最たるものが、2008年改定で回復期リハビリテーション病棟に導入される「質に応じた評価」(成功報酬)だと思っています。2008年改定には、2007年の特例的改定で導入された「疾患別リハビリテーション料の逓減制」の廃止や、2006年改定で廃止された言語聴覚療法の集団療法の事実上の復活(「集団コミュニケーション療法」)等の肯定的改定も含まれていますが、以下では、「質に応じた評価」に焦点を充てて問題点を検討します。

史上初の「質に応じた評価」(成功報酬)導入の経過

厚生労働省は、2007年11月28日の中医協診療報酬基本問題小委員会に提出した「リハビリテーションについて」で、突然、回復期リハビリテーション病棟の「論点」として、「日常生活機能が落ちた患者を一定以上受け入れ、機能回復を図っている点に着目し、病棟毎に質に応じた評価を行うことを検討してはどうか」と提起し、「具体的な評価」として次の3つを示しました。「(1)当該病棟から居宅等へ転院する患者が一定の割合以上いること、(2)重症な患者を受け入れていること、(3)重症な患者については退院時に日常生活機能が一定程度改善されていること」。ただし、「質の評価に用いる指標は試行的なものであり、その妥当性等については検討を行いつつ導入する」ともしていました。

この提案は、その後の中医協で充分に議論されることなく既成事実化し、2月1日の中医協総会で確認された「平成20年度診療報酬改定における主要改定項目について」の「回復期リハビリテーション病棟に対する質の評価の導入」の項では、上記(1)の基準は「退院患者のうち、他の保険医療機関へ転院した者等を除く者の割合が6割以上であること」、(2)の基準は「新規入院患者のうち、1割5分以上が重症の患者であること」、(3)の基準は「重症の患者の3割以上が退院時に日常生活機能が改善していること」とされました。そして、(1)と(2)が「回復期リハビリテーション病棟入院料1」(1690点)の算定要件とされ、(3)は「重症者回復加算」(50点)の算定要件とされました。これら(1)・(2)を満たさない病棟は、従来の回復期リハビリテーション病棟入院料(1680点)より85点(5.1%)も低い「回復期リハビリテーション病棟入院料2」(1595点)を算定することとされました。

日本の診療報酬の歴史で、(1)・(3)のような「成功報酬」(アウトカムに応じた評価)が導入されるのは初めてです。同じ文書の「医療療養病棟等の評価に係る見直し」では、「将来的に医療の質による評価を行うことを目的として、病棟単位で治療・ケアの質を反映できる事項について継続的に測定・評価することを義務づける」とされていますが、この義務化は点数とは連動していません。このことは、今回の回復期リハビリテーション病棟への成功報酬の「試行的」導入が、同病棟の医療費急増の抑制を目的としているだけでなく、次回(2010年)改定での医療療養病床への成功報酬導入の先行実験とも位置づけられていることを示しています。

しかし、厚生労働省自身が上記3基準は「試行的なもの」と認めているにもかかわらず、特定施設・地域でのモデル事業を飛ばして、一気に全国レベルで「社会実験」を行うのは余りに乱暴です。この点では、急性期病院へのDPC方式の導入が、まず2003年に大学病院等の特定機能病院に試行的に行われた後、質の担保された民間病院等を対象にして手挙げ方式で段階的に慎重に行われてきたことと対照的です。

「質に応じた評価」(P4P)導入の国際的経験

ここで、視点を変えて、「質に応じた評価」導入の国際的経験と学問的検討結果を簡単に紹介します(15,16)。なお、厚生労働省の言う「質に応じた評価」は、英語では"Pay for Performance"(略称はP4P)と呼ばれていますが、これの訳語は「医療の質に基づく支払い」、「成果に基づく(成果に応じた)支払い」、「成果主義」等一定していませんので、以下便宜的にP4Pを用います。

P4Pは、イギリス、アメリカを中心として、主として英語圏諸国で2000年前後から導入されています。日本では、それが「欧米の先進国」で導入されていると紹介している方もいますが、ヨーロッパ大陸諸国でそれを(本格的に)導入した国はないようです。英語圏諸国でも、国レベルで公的医療制度に本格的に導入しているのは、イギリスのNHS(国民保健サービス)のプライマリケアに対するP4Pだけです。アメリカでは民間保険で相当導入されていますが、それらの対象はほとんどプライマリケアを中心とした医師サービスです。それに対して、メディケアの入院医療では、急性期入院医療・手術対象のP4Pが、2003年度からモデル事業として始まったばかりです。

日本ではP4Pを「成功報酬」と理解している方が少なくありませんが、P4Pの指標の大半は「構造」や「プロセス」(医学的に適切とされる診療行為の実施)に関わるもので、「アウトカム」については、手術死亡率等がごく例外的に用いられているだけです。宇都宮啓氏(厚生労働省保険局企画官)が、P4Pは「質の評価というよりも、まさにパフォーマンスで、何をやったかというプロセスの評価…クリティカルパス等に近い」と述べているのは、卓見と思います(17:17)。

アメリカでは、2005年の財政赤字削減法により、2009年までにメディケアへのP4Pの包括的導入が予定されていますが、それの具体的方法を検討したアメリカ医学研究所(IOM)の2006年報告書では、P4Pのリハビリテーション病院への導入は「現時点では除外」すべき、スキルド・ナーシング・ホーム(亜急性期医療施設)への導入は「不適切」と勧告されています(18:110-112)。アメリカのナーシングホームではMDS(the Minimum Data Set)を用いた患者評価が義務化されているのですが、意外なことにそれはメディケアの給付対象である亜急性期患者のケアの質の評価には不適切と判断されています。

P4Pの医学的効果は未確定、医療費節減効果はない

次に、P4Pの効果を検討します。まず、P4Pの医療の質向上効果についてはいまだに論争が続いています。長谷川友紀氏が紹介している2つの文献レビュー(対象はそれぞれ17論文と15論文)でも、上記IOM報告書中の文献レビュー(対象は17論文)でも、結果はバラバラであり、長谷川氏も「P4Pの有効性について判断を下すことは時期尚早」と結論づけています(16:69)。なお、これら文献レビューの大半は2005年以前に発表されたものであり、対象は大半がプライマリケアであり、評価尺度の大半は「プロセス」に関するものです。

2006年以降は、メディケアのモデル事業の実績等に基づいた急性期入院医療のP4Pについての検証結果も報告されるようになっていますが、『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』『JAMA(アメリカ医師会雑誌)』というアメリカを代表する二大医学雑誌に掲載された2つの論文でも、結果は逆です(前者では効果あり、後者では否定的。両論文とも、大半の評価尺度は「プロセス」)(19,20.それらの要旨は16:59-60)。

なお、橋本英樹氏(東京大学大学院教授)によると、アメリカではP4Pの評価には政治的思惑が入りやすく、『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』にはそれを支持する論文が、『JAMA』にはそれに批判的な論文が掲載されることが多いそうです。

それに対して、P4Pの医療費抑制効果を検討した報告は、私の知り限りまだありません。そもそも上述したように、現在行われている大半のP4Pの評価基準は「プロセス」(医学的に適切とされる診療行為の実施)であり、しかも基準を満たした場合には追加報酬が支払われる反面、満たさない場合にもペナルティは課せられないため、医療費が抑制されることはないのです。特に、イギリスNHSのプライマリケアへのP4P導入は、ブレア政権が2000年以降実施した医療費大幅引き上げ政策(5年間で1.5倍化)の一環として行われたため、GP(一般医)への支払いは大幅に増加したそうです(21)。

日本では、規制改革会議等、医療分野への市場原理導入を目指すグループが、医療サービスの質向上と効率化(医療費抑制の意味)を同時に達成する手法としてP4Pに期待を寄せており、2007年12月に規制改革会議が福田首相に提出した「第2次答申」にも「質に基づく支払いの促進」が盛り込まれました。しかし、それはなんら「根拠に基づく」ことのない幻想です。

なお、2007年12月に出版された、医療の質に基づく支払い(P4P)研究会編『P4Pのすべて』は本邦初の包括的概説書で、一読に値します。本書は、全体としてはP4P推進の立場から書かれていますが、「あとがき」で「拙速な導入は大きな混乱を招く」ことを強調しています(16:229)。寄稿者の1人である厚生労働省の福田祐典氏も、P4Pは「諸刃の刃」と指摘した上で、「P4P導入の前に行われるべき条件整備」を強調しています(16:162,187)。

回復期リハビリテーション病棟への成功報酬導入は無謀

以上の国際的経験を踏まえると、今回厚生労働省が導入しようとしている回復期リハビリテーション病棟の「質に応じた評価」は、リハビリテーション医療(亜急性期医療)を対象としている点でも、「アウトカム」指標を用いている点でも、世界初の試みと言えます。ただし、これは決して誇るべきことではなく、評価尺度の決定に始まるP4P導入に不可欠な一連の条件整備をまったく欠いた「根拠に基づく」ことのない無謀な試みです。埴岡建一氏は、「悪いP4P」の条件として12項目をあげていますが、それらがすべて該当します(16:33)。

そのために、このままそれが導入されると、一部の病院は、経営を維持するために、「回復期リハビリテーション病棟入院料Ⅰ」や「重症者回復加算」の基準を取得するために、患者の選別を行うことが考えられます。具体的には、重症患者の受け入れは総数の1割5分を少し超える水準にコントロールしたり、回復力が限られている高齢患者の受け入れを抑制し、若い患者を中心に受け入れること等です。それにより、2006年のリハビリテーション算定日数の上限設定時と類似した、「リハビリ難民」が一部の地域で生じる危険があります。

私も、回復期リハビリテーション病棟に大きな格差があることはよく知っていますから、それの入院基本料を複線化することには賛成です。しかし、それは同病棟に配置される人員水準に応じて施設基準を2段階化するという、リハビリテーション医療関連5団体の要望に基づいて行うべきだったと考えます。人員水準が高いほどリハビリテーションの成績も良いことは「根拠に基づいている」からです。しかし、厚生労働省はこの要望を「こんなに手厚い人員基準では点数が高すぎて、とても財源をひねり出せないということで却下」したそうです(12:48)。「アウトカム」指標については、診療報酬改定とは切り離して、対象施設を限定したモデル事業により、「プロセス」指標や医療費との関連を学問的に検討すべきです。

以上、やや暗い話しを書いてきましたが、「希望」もあります。それは、2月1日の中医協総会で、厚生労働省の暴走に、多少なりとも歯止めがかけられたことです。総会では、遠藤久夫委員(医療経済学)が、大要、次のように見識ある問題提起をしました。「世界的にP4Pの動きは見られるが、パフォーマンスの指標の中心はプロセス評価でありアウトカム評価は少数であり、アウトカム評価は難しいというのが趨勢である。加えて、アウトカム評価はこれまでわが国の診療報酬支払いには無かった概念である。ゆえに、あくまでも『試行的』に実施されるのであって『検証』をしっかりやることを確認したい」。これを受けて、土田武史会長は、中医協として、患者選別につながらないことの方法の確認と、あくまで「試行」であり、検証を行いながら実施することの確認を行いました。【注2】

そのために、回復期リハビリテーション病棟の関係者および全国回復期リハビリテーション病棟連絡協議会は、「質に応じた評価」が「試行的」に導入された後も、基準の妥当性を厳格に検証し、それに基づいて基準の改善またはは廃止を厚生労働省に堂々と要求してゆくべきと考えます。

おわりに-リハビリテーション専門職・団体の2つの責務

以上、今後の医療制度改革とリハビリテーション医療について、リハビリテーション診療報酬改定の現在・過去・未来を中心として、概括的に検討してきました。

最後に、リハビリテーション専門職種・団体に課せられた2つの責務について問題提起して、本稿を終わります。1つは、リハビリテーション医療の適応と禁忌を明確化し、「根拠に基づく」リハビリテーション医療を確立することです。これをきちんと行えば、少なくとも、厚生労働省の「勘と度胸だけ」の改革は予防できます。逆にこれを行わないと、リハビリテーション医療費総額の高騰を理由にした、点数の一律引き下げや制限診療が強化される危険があります。

もう1つは、医療サービスと介護(保険)サービスの橋渡し役を果たし、患者・利用者に切れ目のないサービスを提供することです。本文でも述べたように、2006年の医療制度改革関連法では、医療保険と介護保険との役割分担により医療保険給付範囲が縮小される反面、保健・医療・福祉(介護)サービスの連携と統合が強調されています。リハビリテーション専門職は、連携と統合を促進する上で非常に有利な位置にあるので、一方で急性期医療と回復期リハビリテーションとの橋渡し役を、他方で回復期リハビリテーションと介護・福祉サービスとの橋渡し役を強めることにより、急性期医療関係者や介護・福祉関係者のリハビリテーションへの理解を深めることができます。それにより、患者・利用者に切れ目のないサービスを提供できるだけでなく、適正な患者数の確保も可能となり、病院経営も改善します。

大局的には、医療・福祉は永遠の「安定成長産業」であり、特に医療と福祉の接点にあるリハビリテーション医療はその最大の成長株です。そのために、これら2つの責務が実行されるなら、リハビリテーション医療の将来は明るいと言えます。なお、本稿では触れることができなかった、2007年以降生じている医療政策の「希望の芽」については、拙著『医療改革』第1章第3節をお読みください(2:15-22)。

[本稿は、2008年2月10日に名古屋市で開催された全国回復期リハビリテーション病棟連絡協議会第11回研究大会での同名の「基調講演Ⅱ」に加筆したものです。P4Pの貴重な情報・文献をご教示いただいた池田俊也国際医療福祉大学教授に感謝します。]

文献

注(本「ニューズレター」転載時に補足)

1)2008年改定でリハビリテーションの混合診療が復活

本年改定では、2006年改定で導入されたリハビリテーション算定回数の「上限」が、「標準的なリハビリテーション実施日数」に変更され、これを「超えたものについては、1か月当たり13単位まで算定可能」になりました。これ自体は改善と言えますが、合わせて「算定単位数上限を超えたものについては、選定療養として実施可能」とされ、2005年10月に導入されたリハビリテーションの混合診療が復活しました。

2)2008年改定の「付帯意見」にリハビリテーションの質の評価の効果の調査・検証

2月13日の中医協総会でまとめられた2008年診療報酬改定の答申には8項目の「附帯意見」が付けられました。それの第7項(3)では、本文で紹介した遠藤委員・土田会長の判断を踏まえて、「回復期リハビリテーション病棟入院料において導入された『質の評価』の効果」について「調査・検証を行うこと」とされました。

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2.大学院「入院」生のための論文の書き方・研究方法論等の私的推薦図書

(別ファイル:大学院「入院」生のための論文の書き方・研究方法論等の私的推薦図書(2008年度版,ver.10)

1999年度以来、入学式後の大学院合同オリエンテーションの「おみやげ」として配布しているものの最新版で、2007年度版に10冊追加しました(合計189冊。追加分の書名の後に●印)。今回追加した10冊とそれのコメントは以下の通りです(掲載順)。

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算33回.2008年分その1:6論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○先生、もっと[治療を]受けられませんか?がん病棟での誇大なレトリックと痛切な現実との落差("Please, sir, can I have some more? The gap between high-flown rhetoric and painful reality on the cancer ward" The Economist, January 12nd,2008.イギリス版)[評論]

イギリスのNHS(国民保健サービス)で治療を受けていたがん患者が、NHSの給付対象になっていない最新の医薬品を自己負担で使用した場合には、すべての治療費用を自己負担する「私費患者」(private patient)になると、保健省は決定している。患者の一部はこの方針を拒否しており、最近、2人のがん患者が、給付対象外の医薬品を私費で使用した場合にも、それ以外の治療はNHSで受ける権利を認めるよう、訴訟を起こした。

彼らが希望している抗がん剤Avastinそのものの費用は月4,000ポンドだが、NHSはそれの給付を認めていないため、彼らがこの治療を受けた場合にはがん治療の総費用(月10,000ポンド)を払わなければならないのである。賢い患者は、このような規制の網をくぐって混合診療(co-payment)を行っている専門医を捜し出している。そのような専門医は、一般的な治療はNHSで行い、NHSが認めていない抗がん剤はNHS外の施設または患者の自宅で投与している。「改革のための医師」という医師団体は、昨年、このような混合診療はすでに広く行われているとのレポートを発表した。

二木コメント-混合診療を全面禁止しているイギリスのNHSでも、日本とソックリの混合診療解禁論(裁判)が起こっていることを初めて知りました。なお、この記事はThe Economistのアジア版には掲載されていませんが、Googleで簡単に全文を入手できます。

私は、同誌アジア版1月26日号のLetters欄(13頁)に掲載されていた、Bradshaw保健大臣のこの記事に対する反論を読んで、この記事の存在に気づきました。なお、同大臣によると、「改革のための医師」という医師団体は、「私費診療を支持するので有名な圧力団体」だそうです。

○アメリカの[1987年から]2004年までの年齢[区分]別医療費(Hartman M, et al: U.S. health spending by age, selected years through 2004. Health Affairs 27(1):w1-w12,2008(Web版))[量的研究]

アメリカの1987~2004年の年齢区分別の対人医療費(以下、医療費)を推計するとともに、2050年までのそれを予測した。年齢は年少人口(0-18歳)、生産年齢人口(19-64歳)、老年人口(65歳以上)に三区分し、老年人口はさらに65-74歳、75-84歳、85歳以上に三分した。各年とも老年人口1人当たり医療費は年少人口・生産年齢人口のそれよりはるかに多かったが、老年人口1人当たり医療費と生産年齢人口1人当たり医療費の倍率は、この間微減し続けていた。この減少は特に85歳以上で著名で、1987年6.9倍、2004年5.7倍であった。アメリカでも今後人口高齢化が進み、老年人口の割合は2004年の12.2%から2050年の20.7%に上昇すると予測されている。そこで、2004~2050年の人口高齢化のみによる年平均医療費増加率を推計したところ、総医療費ベースでは0.4%、メディケア医療費でも0.1%にとどまり、総人口増加またはメディケア加入者増加による年平均医療費増加率(それぞれ0.6%、1.6%)よりはるかに小さかった。

二木コメント-アメリカでも人口高齢化(特にベビーブーマー世代の高齢化)により医療費が急騰すると主張されることがありますが、それがまったくの杞憂にすぎないことをこの論文は示しています。なお、本論文の表のデータを用いて、65歳以上の1人当たり医療費と65歳未満の1人当たり医療費の倍率(「老若比率」)を計算してみると、1987年は4.0倍、2004年は3.7倍です。2004年の日本の老若比率は4.3倍であり、アメリカより少し高いように見えますが、アメリカの対人医療費が急性期・亜急性期医療費しか含まないことを考慮すると、日米は実質的には同水準とみなすべきと思います。

○自己負担がメディケア医療保険のマンモグラフィ・スクリーニング[受診率]に与える影響(Trivedi AN, et al: Effect of cost sharing on screening mammography in Medicare health plans. New England Journal of Medicine 358(4):375-383,2008)[量的研究]

患者の自己負担の拡大が自由裁量の(discretionary:緊急を要しない)医療サービス利用を抑制することはよく知られているが、マンモグラフィ(乳房X線撮影)のような重要な予防サービスの利用も抑制するかもしれない。この点を、アメリカ・メディケアのマネジドケア保険174の加入者約55.0万人の2001-2004年の個人データを用いて検証した。これらのうち65-69歳の女性36.6万人のマンモグラフィ受診率(2年に1回)を、自己負担(10ドル以上または費用の1割以上)を課している保険加入者と無料で実施している保険加入者で比較した。合わせて、当初は無料だったが調査期間中に自己負担を課すようになった保険加入者の受診率の推移も検討した。

マンモグラフィに自己負担を課している保険は2001年には3(対象女性の0.5%)にすぎなかったが、2004年には21(同11.4%)に増加した。自己負担のある保険のマンモグラフィ受診率は、それのない保険の受診率より8.3%ポイント低かった。受診率格差は、低所得者や教育年限の短い住民の多い地区で特に大きかった。新たに自己負担を導入した保険では受診率は5.5%ポイント低下したが、無料の検診を続けた対照群の保険では逆に3.4%増加した(以上の数値はすべて統計的に有意)。この結果は、比較的少額の自己負担もマンモグラフィの受診率を引き下げることを示している。

二木コメント-マンモグラフィのような効果が確認されている検診では、利用者の自己負担を導入すべきでないことの根拠となる貴重な研究と思います。

○新しい神話:QALYの社会的価値 (Brouwer W, et al: The new myth - The social value of the QALY. PharmacoEconomics 26(1):1-4,2008)[評論]

歴史上さまざまな神話が生まれてきたが、医療経済学で「信者」が多いのは、QALY(質調整済み余命)の社会的価値を用いることにより医療資源の最適配分が可能になるという新しい神話である。しかし、第1に、QALYの社会的価値(余命の1年延長の価値の金銭表示)は国によって統一されておらず、そもそもそのような社会的価値は存在しない。第2に、すべての疾患に共通する「平等な健康」尺度は存在せず、人々は特定の健康状態をより好むことが明らかにされている。第3に、万人に共通する「平等な健康」も存在せず、人々は特定の人々(例:扶養家族のいる人々や雇用されている人々)の健康を優先する傾向がある。第4に、「社会的価値」と個々人の価値判断、あるいは健康人と患者の健康の価値判断(「支払い意志」で評価)は一致しない。そのために、普遍的QALYの普遍的な社会的価値を求めるのは、虹をつかまえようとするに等しい。

二木コメント-「QALYの社会的価値」やそれを用いた費用効用分析の限界や落とし穴を知るためには有用な論文と思います。

<医療満足度と医療事故、医師のバーンアウトとの関連>

○[自分の受けた]医療サービスの質が低いと報告した内科入院患者は有害事象や医療事故をより多く経験しているか?(Taylor BB, et al: Do medical inpatients who report poor service quality experience more adverse events and medical errors? Medical Care 46(2):224-228,2008)[量的研究]

医療サービスの質の欠陥は広く見られるが、医療サービスの質と有害事象や医療事故の出現率との関連はほとんど知られていない。そこで、自分の受けた医療サービスの質が低いと評価した入院患者は、有害事象や医療事故に遭った確率が高いとの仮説を立てて、アメリカのボストン地区の1教育病院の内科病棟に2003年1~4月に入院した患者228人(平均年齢63歳)を対象にして、検証した。これらの患者に対して入院中および退院後に、入院中に感じた問題についてインタビュー調査を行うと共に、入院カルテから有害事象や医療事故の有無を調査し、両者の関連を多変量ロジスティック回帰分析等により検討した。患者が感じたサービスの欠陥は以下のように分類した:処置等の遅れ、説明不足、療養環境やアメニティの欠陥、スタッフ間の連携の悪さ、接遇技能の低さと専門職としてあるまじき行動、患者のニーズや選好の尊重の欠如。有害事象・医療事故は、有害事象、事故一歩手前の事象(close calls)、軽微な事故に3分した。

患者があげたサービスの質の欠陥は合計183であった(欠陥をあげた患者数は未記載)。カルテから発見された有害事象等は合計52であった(患者の20.6%に発生)。サービスの質の欠陥をあげた患者の有害事象出現率のオッズ比は2.5であった(あげなかった患者の2.5倍)。特にスタッフ間の連携の悪さをあげた患者の有害事象出現率のオッズ比は4.4に達した。

二木コメント-医療の主観的評価と客観的評価との関連を定量的に検討した貴重な研究です。ただし、対象は1病院の少人数の患者であり、しかもデータ処理と結果の記述は甘く、一般の研究論文より格が落ちる"brief report"(研究ノート)とされています。

○医師のバーンアウトと患者のアウトカムを結びつける:医師と患者との2項関係の探究(Halbesleben JRB, et al: Linking physician burnout and patient outcomes: Exploring the dyadic relationship between physicians and patients. Health Care Management Review 33(1):29-39,2008)[量的研究]

入院患者のアウトカムは、患者満足度を中心に広く検討されているが、医療提供者(医師)のバーンアウトと患者のアウトカムを結びつけた研究はほとんどない。そこで、この点についての理論モデルを作成し、入院患者とその主治医の組み合わせ178組を対象としたパス解析を行った。アメリカ南部のある大規模大学の学生で、外傷等により入院した患者から、本研究への参加者を募った(平均年齢23.2歳)。患者のアウトカムは患者満足度と回復期間(退院後普通の生活をできるようになるまでの期間)とした。データ解析時に、患者と医師の性と年齢、患者の保険加入の有無、医師の1週当たり労働時間、および患者の入院期間(疾病の重症度の代理変数)を調整した。その結果、医師バーンアウトの個性喪失的側面(depersonalization dimension)は患者の満足度低さおよび長い回復期間と関連していることが示された。

二木コメント-対象(患者)が特殊でしかもサンプル数が少ない「予備的研究」(著者の自己評価)ですが、医師のバーンアウトと患者満足度との関連を初めて検討した野心的研究と思います。

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4.私の好きな名言・警句の紹介(その40)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<その他>

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