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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻51号)』(転載)

二木立

発行日2008年11月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)。


目次


お知らせ

私と石川誠氏、近藤克則氏との「鼎談:後期高齢者医療制度と診療報酬改定」が『総合リハビリテーション』誌11月号(医学書院。11月10日発行)に掲載されます。そのうち、医療の質に基づく支払い(P4P)について論議した部分(全体の1/3~1/4)は「週刊医学界新聞」11月10日号(2805号)にも掲載されます。


1.論文:高齢者医療制度-国民皆保険の理念に反する

(「毎日新聞」2008年10月12日朝刊「発言席」)

後期高齢者医療制度は4月の開始から混乱続きで、先の通常国会では野党4党の廃止法案が可決された。同法案は継続審議となったが、衆議院が解散されれば廃案となる。

私は、後期高齢者医療制度を廃止し、老人保健制度を復活することに賛成である。

その理由は2つある。第1の理由は、高齢者のみを一般の国民から切り離す制度は、国民連帯という国民皆保険の根本理念にも、リスクの高い加入者と低い加入者をプールして、リスクを社会的にプールするするという社会保険の原則にも反しているからである。これに比べると、高齢者を従来の医療保険制度に加入させたまま制度間の財政調整を行う老人保健制度の方が、理念上も、社会保険の設計技術上も、はるかに優れている。国際的に見ても、全国民対象の公的医療保障制度を有する国で、高齢者を別建てにした制度を有するのは日本だけである。

第2の理由は、後期高齢者医療制度の根拠法となっている「高齢者の医療の確保に関する法律」に、老人保健制度にはなかった厳しい医療費抑制策が組み込まれているからである。そもそも、同法は第1条の目的に「医療費の適正化を推進する」ことを掲げた、初めての法律である。

医療費適正化という名の医療費抑制策は4つある。中期的対策は2つある。1つは保険者がメタボリック症候群対策の目標を達成できなかった場合、ぺナルティを課せられること、および医療費適正化計画を達成できなかった都道府県は診療報酬点数の特例的引き下げの実施を求められることである。短期的対策は2つある。1つは従来1割負担だった70~74歳の自己負担割合を2割に引き上げること、もう1つは従来高齢者には禁止されていた保険料未納者に対する保険証の取り上げが導入されたことである。ただし、中期的対策は2つとも医療費抑制効果がなく、「ムダの制度化」と言える。

後期高齢者医療制度の復活を主張すると、「対案を示さなければ無責任」との批判を受ける。しかし欠陥だらけの同制度に代えて、相対的に優れている老人保健制度を復活することは立派な対案である。

後期高齢者医療制度に固執する人々の弁明は3つあるが、いずれも根拠に乏しい。第1は、同制度が「10年も議論した後に、ようやく成立した」との弁明だが、事実は逆である。10年議論しても成案がまとまらなかったにもかかわらず、2005年9月の郵政選挙の圧勝により、自民党内で独裁的権力を確立した小泉純一郎首相の鶴の一声で強引に成立したのである。この点は、本紙6月7日朝刊の「一から分かる後期高齢者医療制度」でも確認されている。

第2は後期高齢者には独自な医療が必要だという弁明だが、社会保障審議会「後期高齢者医療の診療報酬体系の骨子」は、「医療の基本的な内容は、74歳以下の者に対する医療と連続しているもので、75歳以上であることをもって大きく変わるものではない」と明言している。舛添厚生労働大臣も、6月に後期高齢者終末期相談支援料を凍結した際、終末期を「年齢で区切ることはやめたほうがよい」と述べている。

第3は後期高齢者医療制度を作らないと国民健康保険(国保)が破綻するという弁明だが、国保の財政が悪化したのは1984年の健康保険法改正時に、国保への国庫負担を大幅に切り下げたためであり、それを復活するのが先決である。

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2.最近出版された医療経済・政策学関連図書(洋書)のうち一読に値すると思うものの紹介(その13):5冊

書名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○『健康行動の経済学[論文選]』 (Cawley J, Kenkel DS (eds): The Economics of Health Behaviours, Volume 1-3, Edward Elgar Publishing, 2008, 588+621+648pages)[研究論文集(リーディングス)]

近年日本でも注目されるようになった医療分野の行動経済学(経済心理学)の重要論文85編(すべて英語論文)を収録した、全3巻の膨大な論文集で、医療系および経済系図書館の必置図書です。第1巻は第1部「健康行動研究の基礎」、第2部「健康の家庭内生産」、第3部「嗜好、情報および教育の役割」、第4部「合理的嗜癖モデルの実証研究」の4部構成(25論文)、第2巻は第1部「不健康な健康行動の予測と説明」、第2部「健康行動が賃金と人的資本に与える影響」の2部構成(27論文)、第3巻は第1部「健康諸行動間の相互作用」、第2部「公共政策と健康行動」の2部構成(33論文)です。理論研究を相当含む第1巻第1部を除いて、主に実証研究が収録されています。各部とも、論文の発表年順に掲載されており、大半の発表年は1990年以降です。

第1巻の冒頭に掲載された2人の編者による「序論」(11頁、全巻共通)は、健康行動の経済学研究の全体像を鳥瞰するとともに、各論文のポイントを簡潔に解説しており、一読に値します。驚くべきことに、アメリカの医療経済学者の50%は「個人の行動」を研究対象の1つにしているそうです(これの原著は、本「ニューズレター」49号(19頁)で紹介した論文「アメリカの医療経済学者:われわれは何者で何をしているのか」(Morrisey MA, et al: Health Economics 17(4):535-543,2008))。

○『喫煙と闘う国際的努力-喫煙抑制政策の経済学的評価』(Goel RK, Nelson MA: Global Efforts to Combat Smoking - An Economic Evaluation of Smoking Control Policies. Ashgate, 2008, 145pages)[研究書]

世界的に見て死因第2位と言われている喫煙と闘うための価格政策(租税等)と非価格政策(広告制限、販売制限、健康被害の警告等)の効果についての(計量)経済学研究の知見を統合し、それらの政策的含意を検討しています(全10章)。アメリカの研究が中心ですが、他国の研究(ただし英語論文)も幅広く用いられています。最後の第10章「政策的事項と今後の研究課題」(10頁)を読むだけでも、この分野の研究のエッセンスを知ることができ、便利です:たばこ税の引き上げは特に若年者の喫煙抑制に有効(タバコ需要の価格弾力性は成人では-0.4だが、若年者では-0.6)、非価格政策にも効果はあるが限定的でしかもそれの実証研究は始まったばかり等。

○『医療におけるインセンティブと選択』(Sloan FA, Kasper H (ed.): Incentives and Choice in Health Care. The MIT Press, 2008, 418pages)[研究論文集]

さまざまなインセンティブが医療の消費者、提供者双方の行動に影響を与えることは、膨大な実証研究により確認されています。本書では、アメリカの著名な医療経済学者が、自己の得意とするテーマについて、最新の重要知見をレビューするとともに、自己の最新の研究の紹介を行っています(全13章)。最後の第13章「要約」(19頁)に、(1)理論的事項、(2)実証研究、(3)公共政策の3本柱で、各章のエッセンスが簡潔に示されています。執筆者は全員が新古典派であるため、価格や競争の役割に焦点が当てられており、政府や公的医療保険の役割は明示的には検討されておらず、国民皆保険も公共政策の選択肢から除外されています。

○『アメリカの健康[と医療の]格差-社会階級、人種、エスニシティと健康』(Barr DA: Health Disparities in the United States - Social Class, Race, Ethnicity, and Health. The John Hopkins University Press, 2008, 289pages)[研究書]

世界最高水準の医療といわれる反面、それを享受できない人々が膨大に存在するアメリカにおける健康と医療の格差の実態、および所得や社会階級、人種・エスニシティと住民の健康、受けている医療との関連を包括的に検討しています(全10章)。著者は社会学者です。従来の研究よりも、一歩深まった「問いの設定」を行っているのが魅力です:第6章「人種・エスニシティ、社会経済的状態と健康:どれが最も健康状態に影響するか?」、第7章「他の条件が同じだと仮定したら、人種・エスニシティは医師の治療行動に影響するか?」等。他のアメリカの研究と同じく、社会経済的状態・社会階級よりも、人種・エスニシティが健康・医療格差の要因として重視されています。

○『医師を信頼すること-アメリカの医師の知的権威の低下』(Imber JB: Trusting Doctors - The Decline of Moral Authority in American Medicine. Princeton University Press, 2008, 275pages)[研究書]

アメリカでは、近年、医師への信頼が低下しており、それの原因について活発に議論されていますが、その多くが短期的視点から行われています。それに対して、本書は、100年を超える超長期的視点からこの問題を検討しています(全8章)。まず、第1部「医師への信頼の宗教的基礎」で、19世紀~20世紀前半に市民の医師への信頼が形成された背景を詳細に検討し、キリスト教(プロテスタントとカトリック)の倫理と聖職者が大きな役割を果たしたことことを明らかにし、第2部「医師への信頼の黄金時代を超えて」で医師への信頼が第二次大戦後徐々に低下した経過と理由-聖職者の影響力の低下と医療技術依存の増大、医師の専門分化、医療の営利化、患者の不安の増大、医療批判者の影響の増加等-を、社会学の視点から包括的に検討しています。医師への信頼回復についての著者の将来展望はかなり悲観的です。

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算39回.2008年分その7:5論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○質に応じた支払い(P4P)を超えて-[アメリカにおける]医療提供者への支払い方式改革の新しい諸モデル
(Rosenthal MB: Beyond pay for performance - Emerging models of provider-payment reform. New England Journal of Medicine 359(12):1197-1200,2008)[評論]

医療費の高騰とプライマリ医療と専門医療との乖離の拡大は医療費支払い方式の抜本的改革を求めている。この10年間、質に応じた支払い(P4P)が改革の中心になってきたが、医療費支払い側の経験からも、いくつかの大規模な実証研究からも、それの限界が明らかになっており、保険者や医師団体等はそれに代わる様々な新しい支払いモデルを提唱したり、そのモデル事業を実施し始めている。それらの主なものは、予防可能な合併症に対する支払い停止、プライマリ医療の支払い改革(慢性疾患患者に包括的プライマリ医療を提供する「メディカル・ホーム」への人頭払い等)、疾患単位の包括支払い、節減された医療費の医師グループへの分配等である。これら多様なアプローチには、以下の3つの共通点がある:(1)価値に基づいた支払い、(2)従来の人頭払い方式の欠点の是正、(3)支払い方式と医療提供組織の一体的改革。ただし、これらには本質的に「新しい」手法は含まれていない。経済理論および先行研究により、単一の支払い方式より諸方式の混合モデルの方がうまく機能する可能性が大きい。

二木コメント-アメリカにおける医療費支払い方式改革の最新の試行錯誤が鳥瞰できる便利な評論で、結論も妥当と思います。なお、「メディカル・ホーム(medical home)」は、最新の流行のようで、New England Journal of Medicine誌の同じ号に、この評論に続いて2つの評論が掲載されているだけでなく、Health Affairs誌最新号(27巻5号)も巻頭でこれの小特集を組み、4論文を掲載しています。ただし、かつて大流行した「管理医療(managed care)」と同じく、それの定義はきわめて多義的だそうです。

○[アメリカの]電子カルテを用いている病院はより良質の医療を提供するか?-3種類の疾患についての検討(Kazley AS, et al: Do hospitals with electoronic medical records (EMRs)provide higher quality care? An examination of three clinical conditions. Medical Care Research and Review 65(4):496-513,2008)[量的研究]

アメリカの非連邦立急性期病院4605病院のうち、医療の質についての信頼できるデータを報告している2969病院を対象にして、病院の電子カルテ利用が医療の質にどのように影響するかを検討した。これら病院のうち348病院(11.7%)が2004年に完全に自動化された電子カルテシステムを用いていた。線形回帰分析により、病院の電子カルテ利用と医療の質との関係を横断的に検討した。医療の質は3疾患(急性心筋梗塞、うっ血性心不全、肺炎)に関連した10の医療の質のプロセス指標(各疾患に対する標準的な薬物使用や検査実施の有無)で測定し、選択バイアスの影響は傾向スコア(propensity score)により調整した。その結果、10指標のうち4指標で、電子カルテ利用との間に有意な正の関連が認められたが、係数は小さかった。そのために、著者は、本研究では、病院の電子カルテ利用が医療の質を向上させるという確定的証拠は得られなかったと結論づけている。

二木コメント-データ処理は厳密で、結果の解釈も抑制的で妥当な、良質の研究と思います。

○[アメリカの]病院の費用非効率と健康アウトカム[との関係](McKay NL, et al: Cost inefficiency and hospital health outocomes. Health Economics 17(7):833-848,2008)[量的研究]

アメリカの急性期病院の1999~2001年の全国標本(3年間合計9910)を用いて、費用非効率と健康アウトカム(院内死亡率と合併症発生率)との関連を検討した。健康アウトカムを費用非効率の関数とみなし、SFA(stochastic Frontier Analysis. 確率変動するフロンティア分析)により、病院の非効率スコアを算出した。その結果、病院の費用非効率と健康アウトカムとの間にはどんな体系的パターンも見いだせなかった。ただし、両者の関係は地域によって相当異なる可能性も示された。本研究は、資源の効率的使用を反映する「
良い」費用と、浪費など資源の非効率的使用が産み出す「悪い」費用を峻別することの重要性を示している。費用非効率(「悪い」費用)の削減に焦点化した病院プログラムが院内死亡率や合併症発生率を悪化させることはないが、一律の費用削減は「悪い」費用と「良い」費用の両方を削減することにより、健康アウトカムを悪化させる可能性がある。

二木コメント-この分野の先行研究の多くが病院医療の費用効率のみを検討していたのと異なり、本研究は費用効率と医療の質(健康アウトカム)との関連を正面から検討し、しかも一律の費用削減の危険を指摘しており貴重と思います。

○ドイツの病院の費用効率と技術効率:開設主体は重要か?(Herr A: Cost and technical efficiency of German hospitals: Does ownership matter? Health Economics 17(9):1057-1071,2008)[量的研究]

ドイツで新たに利用可能になった病院の多面的管理データセットを用いて、SFA(stochastic Frontier Analysis. 確率変動するフロンティア分析)により、2001~2003年の全一般病院(各年1500以上)の技術効率と費用効率の両方を計算した。その際、病院効率が病院の開設主体や患者特性等、生産過程のインプットでもアウトプットでもない外的要因によって異なるか否かも検討した。その結果、平均値で見ると、私的病院(営利病院)と非営利病院の費用効率と技術効率は公立病院より低かった。個々の病院の推計効率スコアに基づくランキングは、平均在院日数と負の相関があった。平均在院日数は私的病院でもっとも長かった。

二木コメント-ドイツの全一般病院を対象に行われた初めての効率研究です。アメリカやイギリス等に続いて、ドイツでも、詳細な全国レベルの病院管理データが収集・公開され始めたことは注目に値します。

○医薬品部門において医療政策の目標と産業政策の目標をバランスさせること:オーストラリアの教訓(Morgan S, et al: Balancing health and industrial policy objectives in the pharmaceutical sector: Lessons from Australia. Health Policy 87(2):133-145,2008)[事例研究]

世界中の政策決定者は医薬品部門で医療政策の目標と産業政策の目標をバランスさせることに苦闘している。医療政策と産業政策の緊張は医薬品の価格付けと支払いをめぐって特に高まる。医療保険側が医薬品に対する平等なアクセスを維持するために必要だとみなすものを、製薬産業側は研究・開発と技術革新を阻害するものとみなす。オーストラリアはこの問題に長年取り組んでおり、「責任を果たし、かつ生存可能な医薬品産業を維持する」という目標を「全国医薬品政策」に統合してきたため、事例研究を行った。

本事例研究は関係者へのインタビュー調査と、電子化されたデータベース、灰色文献(grey literature)および1985~2007年に発表されたオーストラリア政府の諸刊行物を用いて行った。オーストラリアの医薬品の価格付けと支払いは医薬品価格を抑制し、利益を削減しているとの製薬企業側の主張は、政策を吟味した結果、的を射ていないことが判明した。オーストラリアはジェネリック薬に対しては比較的低い価格付けをする一方、画期的新薬に対しては国際的に競争可能な価格を支払ってきた。同時に、オーストラリアは、医薬品産業をターゲットにした様々な研究・開発促進政策を通して、国内の製薬投資に注力してきた。

二木コメント-カナダの研究者が、製薬企業にはきわめて評判の悪いオーストラリアの医薬政策をていねいにレビューして、それを高く評価しています。ジェネリック薬の薬価は引き下げる一方、革新的薬には国際的に競争可能な価格を設定するというオーストラリアの長年の医薬政策は、日本の最近の医薬政策とも共通しています。


4.私の好きな名言・警句の紹介(その47)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<その他>

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