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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻95号)』(転載)

二木立

発行日2012年06月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


1.論文:医療保険の維持期リハビリテーションは2年後に廃止されるか?

(「二木教授の医療時評(その103)」『文化連情報』2012年6月号(411号):18-23頁)

医療保険での維持期のリハビリテーションは「2年後に全て介護保険へ移行する」、「次回の改定以降は認められない」。本年4月の診療報酬改定について、このような説明や批判が一部で行われています。私自身、ある有力なリハビリテーション関係者から、次のような趣旨の質問を受けました。「介護保険との絡みで、医療保険では、外来での維持期のリハビリテーションが次回改定でなくなることになりましたが、当事者の選択の自由を奪うことになります。私の働く病院の外来にも多くの患者さんが通っておられますが、彼らは自分のことを良く知る医師に診てもらい、自分のことを良く知る理学療法士・作業療法士に引き続き障害の維持・改善を促してもらいたいと思っています。先生はこのことについてどのような読み方をされていますか」。

私はこれらを読んで、6年前(2006年)の診療報酬改定で、突然、リハビリテーションに算定日数制限が設けられ、発症後180日を超えた脳卒中患者等が医療保険でのリハビリテーションを受けられなくなったことを思い出しました(1)。これにより「リハビリ難民」が生じ、大きな社会問題となった結果、1年後の「緊急改定」で「維持期のリハビリテーション」が新設されました。もしそれが本当に2年後に廃止されるとしたら大問題であると考え、厚生労働省の公式文書や中医協の議事録・資料等を精読するとともに、この問題に詳しい政府の各種委員会委員やリハビリテーション医・整形外科医等と情報・意見交換をしました。

本稿では、この作業の結果到達した、私の事実認識、「客観的」将来予測と価値判断を述べます。結論的に言えば、医療保険での維持期リハビリテーション給付の2年後の廃止は「原則」であり、まだ確定したわけではありませんし、それが2年後に廃止される可能性は低いと思います。さらに私自身は、リハビリテーション医療を切れ目なく提供するためには、急性期から維持期まですべて医療保険で給付する方が合理的だし、最低限医療保険と介護保険の併用を続けるべきと考えます。

2年後の廃止は「原則」で未確定

まず強調したいことは、医療保険での維持期リハビリテーション給付の2年後の廃止は、あくまで「原則」にすぎず、まだ確定したわけではないことです。

厚生労働省保険局医療課長の本年3月5日の通知「診療報酬の算定方法の一部改正に伴う実施上の留意事項について」の「脳血管疾患等リハビリテーション料」と「運動期リハビリテーション料」の項(各250,252頁)には、「標準的算定日数[発症後180日]を超えてリハビリテーションを継続する患者のうち、「介護保険法第62条に規定する要介護被保険者等については、原則として平成26年[2014年]4月1日以降は…対象とはならないものとする」と書かれています。同じ日に保険局医療課が公表した「平成24年度診療報酬改定の概要」の「維持期リハビリテーションの評価」の項(スライド77枚目)には、さらに踏み込んで、「要介護被保険者等に対する、維持期のリハビリテーションは原則として平成26年3月31日までとする。(次回改定時に介護サービスにおける充実状況等を確認する)」と書かれています(ゴチックはいずれも二木)。

これに先立ち2月10日に発表された中医協の「平成24年度診療報酬改定に係る答申書附帯意見」の第7項には、次のように書かれています。「維持期のリハビリテーションについては、介護サービスにおけるリハビリテーションの充実状況等を踏まえ、介護保険サービスとの重複が指摘される疾患別リハビリテーションに関する方針について確認を行うこと」。これは、介護保険の通所リハビリテーションが今後2年間で十分に「充実」しなかった場合には、維持期のリハビリテーションの医療保険での給付を継続することを求めていると読めます。上述した厚生労働省の通知と解説は、この「意見」を踏まえて作成されたと言えます。

しかも、これは中医協委員の一方的意見ではなく、厚生労働省の鈴木医療課長も、中医協総会での説明で、医療保険での維持期のリハビリテーション給付の2年後の廃止は、「原則とさせていただいて、その状況というものを確認させていただく」と何度も強調しています(本年1月27日等)。その後も、厚生労働省の担当者はリハビリテーション関係者に対する点数改定の説明会等で、「2年後に廃止することが決定しているわけではなく、2年後の整備状況をみてから決めていきます」ときわめて抑制的な説明をしているそうです。

実は、本年の診療報酬改定では、2年後の廃止が予定され、それまでは「経過措置」として従来通り算定できる項目は、維持期のリハビリテーション以外に3つあります(栄養管理体制。7対1入院基本料の平均在院日数・看護必要度基準。明細書無料発行義務)。しかし、これらはすべて2年後の廃止が断定形で書かれており、「原則として」という限定表現は使われていません。

以上から、医療保険での維持期のリハビリテーション給付の2年後の廃止はあくまで「原則」にすぎず、まだ確定していないと言えます。なお、2年後に廃止予定の維持期リハビリテーションは脳血管疾患等と運動器のリハビリテーションに限られ、大血管と呼吸器のリハビリテーションは、「維持期についても医療で見る」こととされています(この点については後述)。ただし、表1(PDFPDF)に示したように、大血管と呼吸器のリハビリテーション医療費(点数)の外来リハビリテーション医療費(点数)に対する割合は合わせても0.8%にすぎません。それに対して、脳血管疾患等と運動器のリハビリテーションの医療費は合わせて87.3%を占めています。

廃止は2年後にも先延ばしされる可能性

次に、医療保険での維持期リハビリテーション給付が2年後に実際に廃止されるか否かを考えます。

私は、今後2年間で、医療保険の維持期リハビリテーションの受け皿になる短時間・個別の通所リハビリテーションは、現在よりは相当普及すると思います。その最大の理由は、本年の診療報酬・介護報酬の同時改定で、医療保険での維持期リハビリテーションの点数が引き下げられた反面、介護保険での短時間・個別の通所リハビリテーションの単位数が大幅に引き上げられ、今までとは逆に、医療保険よりも高くなったからです(20分では、医療保険2180円、介護保険3500円。40分では、それぞれ3670円、4300円。(2))。これにより、現在は医療保険の維持期リハビリテーションのみを実施している病院(特に回復期リハビリテーション病棟を有する病院)の多くが、通所リハビリテーションの「みなし指定」を受けるようになると思います。

他面、2年間で、短時間・個別の通所リハビリテーションが、医療保険での維持期のリハビリテーションを廃止できるほど「充実」する可能性はごく低いと思います。その理由は2つあります。

第1の理由は、通所リハビリテーション事業所のリハビリテーション専門職の配置水準はきわめて低いため、短時間・個別リハビリテーションを行えている事業所はごく限られており、それが今後2年間に急増するとは考えにくいからです。昨年10月31日の社会保障審議会介護給付費分科会に提出された資料「リハビリテーションについて」によると、2011年現在、通所リハビリテーション事業所の「1事業所あたりPT・OT・ST常勤換算数」は1.9人にすぎません。そのためもあり、通所リハビリテーションを受けている利用者のうち「1時間以上2時間未満」の短期・個別リハビリテーションを受けている利用者はわずか1.3%にすぎません。

第2の理由は、現在、外来リハビリテーション(維持期だけでなく急性期・回復期も含む)のほぼ半分を担っている診療所のうち、通所リハビリテーションの「みなし指定」を受けている診療所はごくごくわずかであり、それが今後2年間で急増するとは考えにくいからです。表1(PDFPDF)の右端の2010年の外来リハビリテーションの項目別の診療所の点数シェアをみると、運動器リハビリテーションでは57.6%に達し、脳血管等リハビリテーションでも20.8%です。両リハビリテーション小計の診療所シェアは45.6%です[]。表には示しませんでしたが、診療所の運動器・脳血管疾患等リハビリテーション点数のうち、整形外科診療所が67.1%を占めています。整形外科診療所は、他科診療所に比べればリハビリテーションの体制が整っていますが、日本臨床整形外科学会の会員施設のうち、医療保険から移行した患者の受け皿になる短時間の通所リハビリテーションを手がける医療機関は3%にも満たず、同会の藤野理事長は「あと2年で本当に受け皿が整備できるのか」懸念しているそうです(2)。

それに対して、厚生労働省担当者は、現在外来リハビリテーションを実施している医療機関のほとんどが今後2年間で通所リハビリテーションの「みなし指定」を受けられると楽観的に考えているようです。しかし、少なくとも診療所、特に点数の低い運動器リハビリテーションのみを実施している無床診療所にとっては、病院と競合してリハビリテーション専門職を確保することが困難等、「みなし指定」の壁は相当厚いと思います。

その結果、2年後には、維持期リハビリテーションの「介護サービスにおける充実」がまだ不十分であると「確認」され、医療保険による維持期リハビリテーションの給付廃止がさらに先延ばしされる可能性が大きいと思います。少なくとも、まだ「充実」していない段階で、厚生労働省が廃止を強行することはありえません。それには、2つの理由があります。

第1は政治的理由で、厚生労働省は、廃止強行により「リハビリ難民」が再び生まれることだけは絶対に避けなければならないからです。実は、前回(2010年)の診療報酬改定時にも、2年後(つまり本年)には医療保険での維持期リハビリテーションの給付が廃止されるとの言説があったのですが、私はそれに対して次のようにコメントしました。2年前のこの判断は、さらに2年後にもほぼそのまま当てはまると思います。

<厚生労働省担当者の中には、2012年の診療報酬・介護報酬の同時改定で、維持期リハビリテーションを介護保険に純化すると公言している方もいると聞いていますが、私はそれは「主観的願望」にすぎず、不可能だと思います。なぜなら、介護保険の維持期リハビリテーションの普及が遅れているだけでなく、その質にもさまざまな問題点が指摘されているため、次回改定で維持期リハビリテーションの介護保険への純化=医療保険からの維持期リハビリテーション外しを強行すると、2006年診療報酬改定で社会問題になった「リハビリテーション難民」が再び発生する危険が強いからです。この問題は今でも厚生労働省担当者の「トラウマ」になっており、彼らがその「悪夢」が再現する危険を冒すとは考えられません。>(3)

第2は経済的理由で、外来リハビリテーションの医療費はごくわずかであり、医療費抑制という視点からも、優先順位は低いからです。表2に示したように、リハビリテーション医療費の医科診療費総額に対する割合は2006年の1.9%から2012年の2.6%へとかなり増加していますが、その主因は入院リハビリテーションの増加によるもので、外来リハビリテーションの外来医科診療費に対する割合は2006年1.1%、2010年1.0%にとどまっています。その結果、外来リハビリテーション医療費のリハビリテーション医療費総額に対する割合は、2006年の28.8%から2010年の18.3%へと、わずか6年間で10.5%ポイントも低下しています。

私は、仮に2年後に、医療保険による維持期リハビリテーション給付が「原則」廃止された場合にも、全廃されることはなく、最低限、脳血管疾患等や運動器疾患の患者のうち、障害が非常に重いか合併症・併発症があるために、医師が全身・リスク管理が必要と判断した患者に対する維持期リハビリテーションは引き続き医療保険で給付される可能性が高いと思います。その根拠は、鈴木医療課長の、昨年12月7日の中医協総会での次の発言です。「今まで余り明確ではありませんでしたけれども、心大血管と呼吸器のリハビリテーション、これはおそらく維持期になっても、介護で診るというのはなかなか難しいと思いますので、ここについては、維持期になってもやはり医療の中でやらせていただくのが一番合理的ではないかと」。これと同じロジックが、上記患者にも当てはまるからです。

ただし、2年後には、維持期リハビリテーションの医療保険給付継続と引き替えにその点数がさらに引き下げられる可能性は十分あります。それに加えて、外来リハビリテーションの関連項目として、特に診療所で広く行われている消炎鎮痛等処置(いわゆる物理療法)の点数引き下げや適応制限が行われる可能性もあります。ちなみに、外来での消炎鎮痛等処置医療費のうち診療所分は91.8%(33,774万点)を占めており、それは診療所外来での脳血管疾患等と運動器のリハビリテーション料点数(32,871万点)をわずかに上回っています(2010年6月審査分)。

リハビリテーションはすべて医療保険で給付するのが合理的

最後に、この問題についての私の価値判断を述べます。

はじめに述べたように、2006年の診療報酬改定では、突然、リハビリテーションの算定日数制限が設けられましたが、「リハビリテーション難民」が生じるなどして社会問題化した結果、1年後の「緊急改定」で「維持期のリハビリテーション」が新設されました。ただし、この時は、「リハビリテーション改定の方向性は正しかったが、一部に課題があることも明らかとなった」とされ、維持期リハビリテーションはあくまで「介護保険のサービスが対応するまでの当分の措置」とされました。当時の医療課長は「平成21年[2009年]の介護報酬改定の時まで」との見通しを示しました(『日本医事新報』4325号:7頁)。リハビリテーション関係5団体の「2012年診療報酬改定要望」も、「介護保険における生活期[維持期]リハの基盤が整備されるまでの期間限定で」の医療保険での維持期リハビリテーションの「継続」を求めました。今回の診療改定でも、維持期リハビリテーションにおける「医療と介護の役割分担を明確化する」こと、「介護保険への円滑な移行」が当然の前提とされています。

しかし、私は、リハビリテーションでもっとも重要なことは、急性期、回復期、維持期を通して切れ目なく連続して提供することであり、しかも維持期を含めてほとんどの医学的リハビリテーションが医療機関(病院・診療所)で、医師の指示の下にリハビリテーション専門職によって実施されていることを考えると、時期によってリハビリテーションを医療保険と介護保険で分断するのではなく、医療保険での給付に一本化するのが合理的と考えます。それがすぐに困難な場合でも、最低限、介護保険だけでなく、医療保険でのリハビリテーション給付を継続すべきです。そのため、私は斉藤正身医師の次の主張に賛成です。「シームレスなリハビリテーション・サービスの提供が望まれていることを考えれば、医療保険と介護保険の共存を念頭に置いた施策を打ち出す必要があるのではないだろうか」(4)。

そもそも「医学的には、高血圧や糖尿病等の慢性疾患患者が疾病の悪化予防のために医療機関を長期間受診するのと慢性期の脳血管疾患患者等が身体障害の悪化を予防するための外来リハビリテーションを続けるのは同等です。(中略)脳血管疾患患者の大半は高血圧、糖尿病等の基礎疾患を有しており、それの管理のために医療機関を受診しますので、リハビリテーションのみを介護保険対応にするのは二度手間になります。しかも、介護保険の通所リハビリテーションは医学的管理体制が極めて弱いために、多田富雄さん[2006年のリハビリテーションの算定制限反対運動をリードした医学者]のような、障害が重度で厳格なリスク管理を行う必要がある患者に対応することはできません」(1)。

これは2006年の私の判断です。医療機関が通所リハビリテーションの「みなし指定」を受けた場合には、これらの問題は軽減されますが、それでも介護保険と医療保険との二重の請求事務を行う必要が生じます。これは典型的な「ムダの制度化」(都留重人氏)です。

しかも、維持期リハビリテーションが介護保険に一本化された場合には、それの給付は要介護度別の支給限度額の枠内に限定され、他の介護サービスと競合するようになります。その上、ケアプランにリハビリテーションを含むか否かはケアマネジャーの裁量となり、実際に患者の診療を行っている医師やリハビリテーション専門職の判断が十分に考慮されなくなる危険性も大きいと思います。

なお、医療保険にせよ介護保険にせよ、リハビリテーション医療を実施する場合、それの適応と禁忌を明確にし、「根拠に基づいたリハビリテーション」を行うことは当然のことです。これは、今後も、リハビリテーション専門職種の重要な責務と言えます(3)。

[注]患者数では診療所のシェアは6割近い

表1と本文では医療費(点数)ベースの診療所シェアを示しました。それに対して、患者数(回数)ベースでは診療所のシェアはさらに高くなり、脳血管疾患等リハビリテーションと運動器リハビリテーションの小計で55.7%に達しています。

文献

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2.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足

○特集・[アメリカの]癌医療の論点:価値、費用と質
(Issues in cancer: Value, costs & quality. Health Affairs 31(4):667-796,2012)

癌医療の価値、費用と質を検討した多面的に15論文を掲載しています。中心は高額な癌治療(特に高額医薬品)ですが、いくつかの論文でアメリカの患者・国民は、癌治療に関しては、ごく短い延命効果に対しても、従来の医療の経済評価で想定されてきた額(質調整済み余命1年延長当たり5~10万ドル)よりも、相当高額の「支払い意志」があることが示されています(例:Lakdawalla DN, et al: How cancer patients value hope and the implications for cost-effectiveness assessments of high-cost cancer therapies. Health Affairs 31(4):676-682,2012)。ただし、どの論文も、高額医薬品の価格引き下げという選択肢はまったく検討していません。今後日本で医療技術や医薬品の経済評価(費用対効果)を行う際、参考になる特集と思います。

○アメリカの医療費のヨーロッパに比べた高さは癌医療では価値があるかについての分析
(Philipson T, et al: An analysis of whether higher health care spending in the United States versus Europe is "worth it" in the case of cancer. Health Affairs 31(4):667-675,2012)[量的研究]

アメリカの医療費は他の先進国よりも高いが、一部の論者はアメリカの患者はそれに見合う十分な便益を得ていないと主張している。そこで、アメリカとの癌医療費のヨーロッパ10か国に比べた高さが、癌患者の余命の長さの違いに見合う価値があるか否かを検討した。患者1人の余命1年当たり価値(便益)は、「統計的生命価値」法(仮想評価法等に基づいて、統計的死亡リスクを回避するための個人の支払い意思額を推計)により、15万ドルと仮定した。その結果、アメリカの患者はアメリカの癌医療費の高さを考慮しても、ヨーロッパの患者より余命延長による経済的便益を得ていることを見出した。1983~1999年のアメリカの癌患者総数の、ヨーロッパの患者に比べた追加的便益(純社会的価値)は5980億ドルに達していた。余命1年延長当たり便益がもっとも多いのは前立腺癌患者(6270億ドル)、次いで乳癌患者(1730億ドル)であった。

二木コメント-上記特集の巻頭論文です。「統計的生命価値」法自体は学問的な概念ですが、従来の伝統的な生命価値測定法(例:逸失利益の計算)に比べて、桁違いに高い額になるそうです(古川俊一・他「統計的生命価値と規制政策評価」『日本評価研究』4(1):53-65,2004)。このような仮想的・主観的評価法を用いて、国レベルでの「純社会的価値」を計算・比較することには疑問を感じます。しかも、アメリカ人の平均寿命が日本や大半のヨーロッパ諸国より短いことを考慮すると、全死亡で同じ計算をすると、アメリカの医療費の高さには「価値がない」という結果が出るのは確実です。本論文はこのように極めて粗雑ですが、日本でも、今後、「統計的生命価値」法を用いて、抗癌剤等の超高額薬価を正当化する主張がなされる可能性があると考え、敢えて紹介します。

○[カナダ]オンタリオ州の病院の医療費水準と死亡率・再入院率との関連
(Stukel TA, et al: Association of hospital spending intensity with mortality and readmission rates in Ontario hospitals. JAMA 307(10):1037-1045,2012)[量的研究]

普遍的医療制度で医療技術の導入が制約されている国で、入院医療費の高さが良質な医療や良好な患者アウトカムをどの程度生むかについては明らかにされていない。そこで、カナダのオンタリオ州の全急性期病院に1998-2008年に急性心筋梗塞、うっ血性心不全、大腿骨骨折、大腸癌で初回入院した18歳以上の全成人患者を対象にして、病院の医療費水準と死亡率(入院後30日・1年死亡率)と再入院率との関係を検討した。病院は「病院終末期医療費指数」(死亡患者が死亡前1年間に受けた調整済み平均入院医療費、救急医療費、医師診療費から算出)に基づいて、高医療費病院(上位三分の一)、中医療費病院、低医療費病院(下位三分の一)に三分した。その結果、性年齢別の30日死亡率は高医療費病院の方が低医療費病院よりも有意に低かった(例:うっ血性心不全ではそれぞれ10.2%、12.4%)。他の指標でも結果は同様だった。高医療費病院は、低医療費病院に比べて、看護配置水準が高く、患者は専門医の診療、介入治療、退院後の専門医とプライマリケア医との連携等をより多く受けていた。以上から、オンタリオ州の病院では、高額の入院医療は低い死亡率と再入院率と関連していた。

二木コメント-「入院」医療費ではなく、退院後医療費を含めた医療費の水準で病院を三分し、死亡率・再入院率との関連を検討し、しかも高医療費の要因にまで踏み込んで検討していることは画期的と思います。結果もキレイです。この論文についての「編集者論説(Editorial)」によると、アメリカでは従来、医療費の地域差研究に基づいて、医療費と医療の質・アウトカムとの間に関連はないとの言説が主流でしたが、最近(2009年以降)は本研究と同じように、高医療費病院の方が医療のアウトカムが高いとする報告が急増しているそうです(Joynt KE, et al: The relationship between cost and quality - No free lunch. JAMA 307(10):1082-1083,2012)。

○[デンマークにおける]患者の社会的人口学的プロフィルと病院効率:患者ミックスは病院のパフォーマンスに影響を与えるか?
(Gyrd-Hansen D, et al: Socio-demographic patient profiles and hospital efficiency: Does patient mix affect a hospital's ability to perform? Health Policy 104(2):136-145,2012)[量的研究]

個々の患者のプロフィルが病院のパフォーマンスに影響しているか否かを、2006年の「デンマーク入院患者登録」データと「デンマーク統計」(対象は全人口)を用いて検討した。パフォーマンスは25のDRG大分類別の医療資源利用と定義し、平均在院日数で代用した。患者データには、教育水準、家族所得、就業形態、社会給付受給の有無、家族形態、人種等を含んだ。その結果、病院間で患者の社会的人口学的特性は相当異なっており、患者特性のいくつか(高齢、短い教育年限、失業、社会給付受給)は、DRGスコアで予測されている標準的在院日数よりも長い入院日数と関連していた。これらの患者特性を調整しても、予測在院日数と実際の在院日数との差に基づいて作成した病院ランキングは大きくは変わらず、このことは病院の在院日数のバラツキの主因は、患者の社会的人口学的特性以外の要因であることを示唆している。それにもかかわらず、本研究は、現在のデンマークの入院医療費支払い方式は、高齢患者や社会的ネットワークが弱い患者を多数受け入れている病院に不利に働いていることを示している。このような病院は入院患者の回転率が低く、他の病院のように回転率を高めて収入を増やすことができにくい。

二木コメント-国民総背番号制度があるデンマークだからこそ可能な研究と思います。

この問題は、1入院当たり包括払いのDRG/PPSで生じるのであり、1日当たり包括払いの日本のDPC/PDPSではほぼ回避できると思います。

○入院サービスにおける症例数とアウトカムの関係の評価:[医療]サービスの集中化への含意
(Harrison A: Assessing the relationship between volume and outcome in hospital services: Implications for service centralization. Health Services Management Research 25(1):1-6,2012)[理論研究・文献レビュー]

医療サービスを特定の病院に集中するとの提案は、しばしば症例数とアウトカムとの間に関連があるとの研究を根拠にして行われる。しかし1990年代以降に行われた3つの体系的文献レビューでは症例数が多いほどアウトカムも良好との因果関係は証明されなかった。ヨーク大学の医療経済学チームが2010年に発表した最新の体系的文献レビューでも、以下の言説は証明されなかった:(1)推奨すべき症例数の最低水準がある。(2)症例数の多さと良好なアウトカムは相関している。(3)症例数とアウトカムの間には因果関係がある。本論文では、症例数とアウトカムの間には因果関係がない理由を検討し、病院サービスを特定の施設に集中するとの提案が支持されないことを示す。その上で、医療サービスの集中化を検討する上で留意すべき点を5つ述べる。

二木コメント-日本でも、症例数が多いほどアウトカムが良いことを前提にした病院ランキングが発表されていますが、本論文はそれが不適切であることを理論的かつ実証的に示しており、貴重と思います。

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3.私の好きな名言・警句の紹介(その90)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<その他>

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