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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻102号)』(転載)

二木立

発行日2013年01月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


1.論文:今後の死亡急増で「死亡場所」はどう変わるか?

(『日本医事新報』「深層を読む・真相を解く(19)」2012年12月22日号(第4626号):26-27頁)

2030年に「その他」の死亡が47万人に?

今後、人口高齢化により死亡数が急増するのは確実です。国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成24年1月推計)」の「中位推計」によると、2010年に101.9万人だった死亡数は2030年には161.0万人へと、20年間で59.1万人も増加するとされています。これは過去20年間(1990~2010年)の死亡数増加23.5万人の2.5倍です。

それだけに、今後の「死亡場所」についての関心や懸念が強まっています。この点の「定番推計」は厚生労働省「死亡場所別、死亡者数の年次推移と将来推計」(以下、厚労省推計)で、2030年には、医療機関、介護施設、自宅での死亡を除いた「その他」が約47万人(約3割)に達するとされています。この推計に対しては、「死に場所がない人が47万人も出現する」と心配する人がいる一方で、サービス付き高齢者住宅(以下、サ高住)や有料老人ホームの需要が急増し、ビジネスチャンスが広がるとの期待の声も聞かれます。

両者のスタンスは正反対ですが、厚労省推計を絶対化している点で共通しています。今回は、この推計の信憑性を検討します。

過去20年間で病院死は34万人も増加

厚労省推計には、次の3つの「大胆な仮定」が置かれています。(1)今後病床数の増加はないので、医療機関での死亡数は現在と同じ。(2)介護施設は今後2倍に整備されるので、そこでの死亡も2倍になる、(3)在宅ケア施策の強化により、自宅死亡は1.5倍に増加する。

しかし、これらのうち仮定(1)は、過去の現実に反しており、不適切と思います。なぜなら、過去20年間(1990~2010年)に病院病床数は167.7万床から159.3万床へと8.3万床(5.0%)減少したにもかかわらず、病院内での死亡者数は58.7万人から93.2万人へと34.4万人(58.6%)も増加したからです表1(別ファイル)(PDFPDF)。その結果、1病床当たりの年間死亡者数は35.0人から58.5人へと66.9%も増加しました。これの主因は、平均在院日数が50.5日から32.5日へと35.6%も短縮したからです(病床利用率は83.6%から82.3%へと微減)。ちなみに、過去20年の病院内死亡数と平均在院日数との相関係数は実に-0.982に達します。

厚労省は今後病床数が一定とする一方、病院の平均在院日数は2025年には24日程度に低下するとしています(「医療提供体制について」中医協2011年11月25日提出資料)。

このことを考慮すると、今後20年で、過去20年と同水準(34万人)の病院内死亡数の増加は決して不可能とは言えないと思います。従来、必ずしも救急医療に熱心に取り組んでこなかった民間中小病院(一般病床と療養病床の両方)の中に、入院患者確保のために高齢者の救急医療に積極的に取り組み始めている病院が増えていることを考えると、これは十分に現実味があります。

サ高住での死亡は急増するか?

何事にも慎重な厚労省が、上述した大胆な推計を発表した狙いが、今後「その他」死亡の受け皿として、サ高住や有料老人ホームでの整備を促進することにあることは明らかです。この推計を最初に発表した鈴木康裕保険局医療課長(当時)は、次のように率直に述べています。「これ以上、病院で亡くなる方が増えるのは無理だと思います。一方、自宅で最後を迎える人が増えるかというと、在宅療養支援診療所などいろいろな支援はありますが、一人暮らしが増えたり、自宅といっても廊下が狭かったりということがあるので、なかなか難しいでしょう」(『社会保険旬報』2446号:41頁)。

私は自宅での看取りに過度に期待しないこの認識はリアルだと思います。事実、病院・診療所での死亡割合は2005年をピークにして漸減(ただし実数は増加)しつつありますが、自宅での死亡割合はほとんど一定だからです表2(別ファイル)(PDFPDF)。

ただし、今後、サ高住が急増したとしても、医療機能のバックアップが不十分なままでは、そこでの死亡が急増するとは考えにくいと思います。鈴木課長を含めて、最近、厚労省幹部が異口同音に、医療法人・医療機関のサ高住開設(私流に言えば、医療機関の「複合体化」)を奨励する発言を繰り返しているのはこのためだと言えます。

私はこの判断も妥当だと思います。ただし、サ高住は、月15~20万円という料金設定から、利用者は主として都市部の厚生年金受給者をに限られ、全国的に大きな死亡場所の受け皿にはなりにくいと思います。なお、「死亡診断書」の基準では、サ高住での死亡は「自宅」とみなされます。

それに対して、老人ホームと老人保健施設は今後、死亡場所の大きな受け皿になると思います。両者での死亡割合は2000年の2.4%から2011年の5.5%へと急増しているからです表2(別ファイル)(PDFPDF)。

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2.談話:医療・社会保障費抑制圧力は強まるが、新自由主義的改革の全面的復活は当面はない

私は、安倍自民党のタカ派的外交政策や改憲志向、原発再推進政策、日銀の独立性を否定するデフレ脱却政策等には強い懸念を抱いている。しかし当面は、医療・社会保障制度の大きな改革は行われないと思う。

その最大の理由は、自公両党のみで三分の二を越える議席を確保したので、日本維新の会の政権参加がなくなったことである。自公の議席が過半数に達しなかった場合は、日本維新の会が政権に参画し、国民皆保険制度の空洞化につながる医療分野への市場原理導入(混合診療の原則解禁や公定診療報酬の廃止等)を正面から主張する可能性があった。私自身はこれを一番心配していたので、この点については選挙結果に少し「安心」した。

国民会議の大半は"良識派"

しかも、選挙後も衆参の「ねじれ国会」が続くことを考えると、来年夏の参議院議員選挙までに実施可能な医療改革は、70~74歳の高齢患者の窓口自己負担2割化(これには法改正は不要)と生活保護費(特に医療扶助費)の削減等に限られる。ただし自民党が掲げる生活保護費の1割削減は乱暴すぎる。

私は、自民党主導で8月に成立した社会保障制度改革推進法に強い危機感を持っていた。しかし、同法に基づいて今後の改革案を議論する「社会保障制度改革国民会議」の委員の大半は、「社会保障の機能強化」を主張する良識派であり、しかも選挙後も委員の交代はないことを考慮すると、極端な医療・社会保障費抑制策が提案される可能性は少ない。同法には、小泉政権ですら2003年の閣議決定で認めた「国民皆保険制度を堅持する」との定番表現がなかったが、自公両党の公約には類似した表現が盛り込まれた。

参院選で自公が圧勝すればTPP参加も

ただし来年夏の参議院議員選挙でも自公両党が圧勝した場合は事情が変わる。その場合、その後3年間は国政選挙がないので、医療・社会保障分野に限らず、国民の反発を押し切って、相当強引な改革が行われる危険がある。

自公両党の公約を踏まえると、自公政権でTPP参加に向けた交渉がすぐに加速することはなく、参議院議員選挙までは農協票や医師会票に配慮してその議論は「封印」される可能性が強い。しかし、自公両党が参議院選挙で大勝するか、政権に日本維新の党が参画した場合には、政権はTPP参加に舵を切る可能性が強い。それには2つの理由がある。まず安倍氏は、中国との政治的対決に傾斜しており、TPPは対中包囲網とも置付けられているからである。さらに、安倍氏は祖父の岸元首相が締結した日米安全保障条約の経済協力促進条項に強い思い入れを持っているからである(『美しい国へ』文春新書,2006,21頁)。

最後に見落としてならないのは、自公両党とも医療技術の海外展開等、医療の産業化を重視していることで、これが今後の医療の「営利化産業化」の呼び水になる危険がある。しかし、「医療ツーリズム」をはじめ、民主党の菅・野田政権も進めてきたこの種の政策の大半は掛け声倒れに終わると思う。

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3.インタビュー: 参院選までは「安全運転内閣」か

(医療介護CBNews 2012年12月27日「重大ニュース・政権交代-どうなる?TPP交渉参加問題」。佐藤貴彦)http://www.cabrain.net/news/

「危機突破内閣」をうたう安倍新政権は今後、どのような政策を打っていくのか-。

医療政策に詳しい二木立・日本福祉大副学長は、当面は「安全運転」を続けるが、自民党が来年夏の参院選でも大勝した場合には、新政権が社会保障費の大幅抑制政策やTPP交渉参加にかじを切る可能性が高いと予測している。

「TPPは単なる経済協定ではなく、もともと米国の政治的な中国封じ込め政策という側面もある。安倍氏は中国との政治的対決に傾斜しているので、参加を決断する可能性が高いだろう。それに安倍氏は、祖父の岸信介元首相が締結した日米安全保障条約の経済協力促進条項に強い思い入れを持っている」。

二木氏は、TPPに参加した場合に米国からまず要求されるのは、医薬品や医療機器の価格規制の緩和・撤廃だと指摘する。「TPP参加というと、すぐに混合診療の全面解禁や、株式会社による病院経営の解禁が行われると心配する医療関係者も少なくない。確かに、それらの要求は確実だが、実現には大幅な法改正が必要だ。しかも、医師会・医療団体だけでなく、厚生労働省も強く反対している。簡単には実現しないだろう」。

ただ、参加すれば医薬品・医療機器の価格規制が緩和・撤廃される可能性が高く、医療経営への大きな影響は不可避だと二木氏は警鐘を鳴らす。「米国は、最新鋭医療機器や画期的新薬などを得意としており、価格規制が緩和・撤廃されれば、それらの価格が現在以上に高騰する。診療報酬本体の改定率は、全体の改定率が同じであれば、薬価が引き下がるほど上がる仕組みになっているから、高価格の新薬が薬価全体の価格を押し上げれば、本体の改定率が引き下げられることになる」。

一方で二木氏は、新政権がすぐTPP交渉に臨む可能性は低いとみている。「今回の選挙での自民党の得票率は、小選挙区で約4割、比例で3割弱だった。3年前に惨敗した総選挙と比べても、決して高くはなかったが、民意を反映しない選挙制度のため、結果としては多くの議席を獲得した。これについては安倍氏も、投票日翌日の会見で、国民の信任を得られた結果の勝利だとは考えていないと明言している。もし新政権がTPP交渉参加に動きだせば、来年夏の参院選では、農協や医師会の票が離れて、振り子が逆に動くことになる」。同じ理由で、法改正を必要とするような社会保障費の大規模な抑制策も、参院選までの間は導入が見送られると二木氏は予測する。

「自民党は『危機突破内閣』をうたっているが、しばらくは『安全運転内閣』になるだろう。ただ、参院選前にも、法改正を必要としない改革、具体的には70-74歳の患者の自己負担割合の2割への引き上げと、生活保護費・医療扶助費の大幅引き下げは、断行する可能性が高いと思う。さらに、参院選で自民党が大勝した場合は、その後3年間は選挙がないだろうから、国民が反対する改革もやりたい放題できるだろう」。

このほか、二木氏が注目すべきポイントとして挙げるのが、安倍氏が表明している、小泉政権時代に「社会保障の改悪・抑制の司令塔」(二木氏)だった経済財政諮問会議の復活だ。

「現在は、社会保障について議論する場として、社会保障制度改革国民会議(国民会議)が法的に位置付けられている。その委員の多くが、社会保障の機能を強化すべきと考える『良識派』で、政権が代わっても委員の交代がないことを考えれば、もし経済財政諮問会議が再び医療・社会保障の締め付けを目指しても、来年夏までは2つの会議がせめぎ合うことになるだろう。ただ、国民会議は来年8月に設置期限を迎える。夏の参院選でも自民党が大勝した場合は、経済財政諮問会議が医療・社会保障制度改革の主導権を握り、医療への市場原理導入を含む厳しい医療・社会保障制度改革が行われる危険がある。しかし、それにもかかわらず、長期的には医療・介護費が今後もGDP(国内総生産)の伸び率を上回って増え続けるのは確実だ。この意味で、医療・介護は『永遠の安定成長産業』と言える」。


4.インタビュー:二木立・日本福祉大学副学長に聞く

(m3.comニュース・医療維新 年末年始スペシャル2012-2013 「医師作家」が語る医療
2012年12月26・28日。聞き手・まとめ:星良孝(m3.com編集部))
http://www.m3.com/iryoIshin/article/163762/

7月までは「お試し内閣」◆Vol.1 (2012年12月26日)

自公政権の社会保障政策、「参院選が全て」

012年5月「TPPと医療の産業化」をまとめた日本福祉大学副学長の二木立氏に、自民党圧勝で終わった12月の衆院選後の医療と社会保障政策の展望をお聞きする。民主党政権で俎上に上がったTPP(環太平洋経済連携協定)、3党合意による社会保障・税一体改革などの懸案事項はいかに引き継がれていくのか。安倍政権の医療と社会保障政策の運用はどうか。二木氏は7月の参院選を「天王山」と指摘。日米の動向、小泉政権を含めた過去の政権の教訓も踏まえて、これからの医療と社会保障の政策を語る(2012年12月19日にインタビュー。計2回の連載)。

──衆院選では自公政権が325議席獲得して大勝しました。

まず重要なことは、今回の衆院選の特徴です。医療・社会保障の面で見た時に、今までの選挙と比べて、何が異なっていたかです。

──医療、社会保障分野では、TPPの問題が挙がることがありましたが…。

そんなことは本質的なことではありません。一番の特徴は、「医療、社会保障が一切争点にならなかったこと」です。

──確かに医療や社会保障が正面から争点として問われることがありませんでした。国民の関心がないかと言えば違うのです。

国民の関心はまず「雇用・景気対策」、次に「医療、社会保障」が来るのです。選挙後の12月19日の「中日新聞」朝刊に掲載された共同通信社の世論調査によると、「安倍政権が最も優先して取り組むべき課題」を国民に聞いたところ、1番は景気・雇用対策で55.3%、2番は年金制度改革などの社会保障で32.8%でした。選挙前も社会保障への関心は強かったのです。

争点から消えた医療と社会保障

振り返ると、2009年の衆院選では「医療の危機」「医療の崩壊」をどう克服するかが大きな争点になりました。民主党は医療費水準(GDPに占める割合)や医師数をOECD(経済協力開発機構)諸国平均まで大幅に引き上げる、社会保障費も上げると公約し、医療関係者の強い支持を獲得しました。

さらに民主党が大勝しし、2年後の政権交代につながった2007年の参院選では、年金改革が争点でした。「消えた年金」の問題があったのです。このように、過去2回の国政選挙では、医療・社会保障が大きな争点になっていました。

今回の総選挙でも、「社会保障・税一体改革」の是非を問われてしかるべきでした。(2009年の衆院選の)民主党のマニフェストには、消費税増税の記載はなかったのですから。

総選挙で審判を仰ぐという趣旨があったはずなのに、医療・社会保障も消費税も争点にならなかった。少なくとも主要政党は触れませんでした。マスコミの「消費増税賛成」という姿勢も関係した面はあったでしょう。

医療と社会保障が争点から消えたのです。本来は、国民の関心事なのに、です。

医療と社会保障で差がない自公と民主党

それだけならともかく、投開票日の翌日、自民党の安倍晋三総裁の記者会見では社会保障の「しゃ」の字も出ませんでした。

──「社会保障・税一体改革」が、民主党、自民党、公明党の3党合意に基づいて進んでいました。結果として、医療と社会保障で互いに違いがなかったわけですか。

自民党と民主党は3党合意の結果、違いを示せない側面は確かにありました。

個別に見てみると、自民党の政権公約である「自民党政策集」では、「保険給付の対象となる療養の範囲の適正化」と、法律と同じ表現を記載しています。公明党と民主党はこの枠でとどまっていました。

しかし、「自民党政策集」はさらに踏み込んで書いていました。私が調べた限りでは3つありました。

まず、医療上必要な場合を除いた「給食給付の原則自己負担化」です。今は医療保険では、材料費相当分に限って自己負担となっています。1食260円で、1日780円。それに対して、福祉施設は食事関係の費用は全額自己負担です。これが実施されると、入院患者の負担は大幅に増えます。

2番目は、「現行の保険外併用療養費を積極的に活用」と踏み込んで書いています。これは、3党合意の法案にも民主党、公明党の政権公約にも書いてありません。

3番目の特徴は、予防について、「予防医療総合プログラムや、検診を定期的に受診した場合に医療者の自己負担を軽減するなど誘導策を導入」といった、個人に干渉するようなことを書いています。三党の医療・社会保障政策は大枠では比較的に似ていても、そういう違いがあるのです。

日本の維新の会には警戒 「診療報酬点数を市場に委ねる」

──12政党が競い合い、注目はされていましたが。

政党のレベルで決定的に違いがあったのは、日本維新の会でした。なんと「公定価格に基づく診療報酬をやめる」とまで主張していました。日本維新の会は、もともと混合診療の解禁は主張していました。ところが、11月29日に発表した「日本を賢くする」という政権公約では、新たに「診療報酬点数の決定を市場に委ねる」とまで書きました。私が調べた範囲では、政党でこのような主張をしたのは初めてです。みんなの党も混合診療の解禁と言っていますが、国民皆保険を前提にしています。

診療報酬改定を市場に委ねることは、「競争力のある医師や医療機関は高い値付けをしても構いません」という意味になります。そうでない医師や医療機関は、低い値付けになりますよ、ということです。

これでは、貧富の差によらず平等な医療を受けられるという、国民皆保険の根本理念を否定することになります。だから「大変なことだ」と思いました。しかし、このことはマスコミではまったく報じられませんでした。

実は、私が今回の衆院選挙で一番心配していたのは、自民党と公明党が過半数を取れず、日本維新の会を加えた3党で連立することでした。その場合には、国民皆保険の空洞化につながる「医療分野への市場原理導入」「混合診療の全面解禁」「診療報酬への市場原理の導入」が、政策課題にあげられた可能性がありました。

結局、今回は日本維新の会は入りませんでした。今回の選挙結果は不愉快ではありましがたが、この限りでは「安心」しました。

──不愉快と言うのは。

要するに、小選挙区制度では自民党は4割の得票で、8割の議席を取ったのです。比例でも自民党の得票率は3割に満たず、前回よりも減りました。それにもかかわらず、自民党は単独でも三分の二近い議席を確保した。要するに、選挙結果(議席)に民意が反映されていないのです。

小泉首相の時のように圧倒的な人気で議席の多数を占めるのなら分かります。しかし、今回は、民意が反映されない選挙制度であることが改めて分かったのです。

安倍総裁自身が「自民党は信頼を取り戻していない」と言った。「敵失と分裂」による勝利でした。私は国会は民意を反映すべきだと言う立場です。この意味で、自民党の絶対多数は、現時点では、「張り子の虎」みたいに感じます。

──安倍総裁による政権をどう見通しますか。

小泉政権の時代には、圧倒的多数の議席を占めて、翌2006年、相当強引な医療制度改革の法律が成立しました。2012年の「厚生労働白書」ですら、当時の医療制度改革がその後の医療危機、医療荒廃を招いたと指摘していました。

今回、政権には日本維新の会は入りませんから、急に市場原理が導入されることはありません。しかも選挙が終わっても、衆議院と参議院のねじれが続きます。そのために、2013年の参院選までは「お試し内閣」あるいは「安全運転内閣」なのです。

新聞にも書いてある通り、夏まで力を入れるのは「デフレ脱却」でしょう。景気回復にほとんど注力するため、医療や社会保障の改革は小泉首相の「めちゃ勝ち」の時と違って争点にならないと思います。

もし参院選までに改革が行われるとしたら、可能性は2つあります。

一つは70歳から74歳までの窓口自己負担を法律通りに2割にする。これは法改正が要りません。政治判断ですぐにできます。それからもう一つは、生活保護バッシングの世論を背景に、生活保護費、医療扶助費の削減をいわば見せしめ的に行う可能性があります。これも法改正は不要です。

自民党の政権公約では、給付水準を1割削減と記載していますが、それはさすがに乱暴すぎて、すぐ実現するのは無理だと思います。

全面的な市場原理の導入、入院給食費の全額保険外しといった、法改正が必要な大規模な改革は2013年の参院選までは棚上げされると思います。

「参院選が全て」 国民皆保険を守る約束

──3党合意で成立した社会保障・税一体改革についての法律はどう運用されると見ていますか。

総論を示した社会保障制度改革推進法は、「国民皆保険の堅持」の言葉すらなくなり、文面を読むと恐ろしい法律と感じました。

しかし、法律に基づいて社会保障制度改革を検討するために発足した「社会保障制度改革国民会議」の委員を見ると、15人のうち大半は、福田・麻生政権か民主党政権の時に似たような委員会に入って、社会保障の機能の強化を推進した人たちです。

逆に言うと、小泉政権時代のような、医療と社会保障の分野への市場原理導入を正面から主張する可能性のある委員は、東京大学教授の伊藤元重氏だけです。彼は慶応大学の竹中平蔵氏と一緒に、かつて市場原理を主導した人です。ただし、伊藤氏は竹中さんのように強い信念を持っておらず、東京大学教授の吉川洋氏とも異なり、国民会議の中でリーダーシップを取って市場原理の導入を推進できるとは思いません。

そもそも国民会議の議長は慶応大学塾長の清家篤氏。彼はきわめて常識的な方で、市場原理の導入を提言するとは思えません。

しかも、自民党の政権公約では、3党合意法と異なって、「国民皆保険を守る」と約束しており、法よりもましであると見ています。2013年の参院選までは医療、社会保障制度改革はごくごく部分的にしかならないのは間違いないと思います。

もちろん、70歳から74歳の高齢者、生活保護受給者にとっては大きな影響があり、当事者は無視できないのは事実です。しかし、重要なのは国民全体に影響を及ぼすことはない点です。

参院選が全てなのです。

参院選までは改革は小規模◆Vol.2 (2012年12月28日)

TPP、「今そこにある危機」は薬と機械

──とにかく夏の参院選の動向が注目されるとのことです。

もし参院選で自公が大勝したら、あるいは参院選を機に日本維新の会が政権に参画したら、その後3年間、国政選挙がなくなる可能性が高いのです。その都度民意を聞かずに、改革を進められるようになり、相当強引な施策を行う可能性があります。

──TPP(環太平洋経済連携協定)の動向はかねて関心が高いようですが。

TPPの問題で大きかったのは、野田首相(当時)が選挙直前にTPP推進を選挙の争点にしようとして、頓挫したことです。初めはTPPに賛同しないと公認しないとまで言っていてくらいです。

それに対して自民党は「聖域なき関税撤廃を前提としたTPP参加交渉は反対」と主張していたので、選挙後、すぐの参加交渉入りは難しいと思います。

参院選までは農協の票に加えて、より少ないにせよ医師会票は意識せざるを得ません。今回の衆院選で自民党候補の中でもTPP反対の立場で当選した人も多くいました。参院選まではTPPの議論は封印となるでしょう。あっても水面下で交渉する形になると思います。

ただ、参院選で自公が大勝するか、日本維新の会が参画すれば、TPP参加に舵を取る可能性がかなりあると思います。

TPP参加可能性 米に「従属的」も

──安倍総裁は、衆院選の開票直後に米国訪問を即答していました。

TPPは経済の側面で語られる場合が多いですが、政治の側面からも私は見ています。米国から見ると、中国の封じ込め政策でもあります。

安倍総裁は国粋主義者ですから、中国との対決を重視します。経済的にではなく、政治的理由から参加を決断する可能性が一つあります。

もう一つは、安倍総裁は前の自民党総裁の時に書いた『美しい日本へ』(文春新書)で、彼の祖父、岸信介元首相への強い思いをつづっています。岸元首相は安保条約を強行成立させましたが、この条約には軍事だけではなく、経済的な安全保障として、「経済協力促進条項」を盛り込まれていました。安倍総裁はそれに強い思い入れを持っているのです。

米国との一体感を強める目的で、TPP参加をする可能性は十分あると思います。

厳しい言い方をすると、対米従属的な連携を強めようとしています。

──二木先生は、TPP参加の影響を3段階で説明しています。

1段階目は医薬品と医療機器の価格規制の撤廃・緩和です。2段階目で混合診療の部分解禁、3段階目で全面解禁へと進みます。どこまで進むかは別にして、医薬品と医療機器の価格規制撤廃を飛び越えて、一足飛びに混合診療の全面解禁には行きません。

米国は「外国貿易障壁報告書」で、医療機器では外国平均価格調整ルールの廃止または改正、医薬品では新薬創出・適応外薬解消等促進加算の恒久化と加算率の上限撤廃などの要求を挙げています。TPPにより医薬品と医療機器の価格規制の撤廃あるいは緩和が起きるのです。その結果、いわゆる画期的新薬や新しい医療機器は従来よりも確実に値段が上がります。危機は「技術料抑制」 医薬品と機器価格上昇で

危機は「技術料抑制」 医薬品と機器価格上昇で

その結果、今以上に医薬品比率が高くなると、何が起きますか。株式会社の医療機関経営参入、混合診療の全面解禁はよく言われますが、TPPで、「今そこにある危機」は医薬品と医療機器の価格が高騰して、その結果、医療機関に支払われる技術料が抑制されることなのです。

しかし、価格規制を撤廃した場合、利益を受ける製薬企業は外資ばかりだと思います。そのためもあり、大手製薬企業の団体である日本製薬工業協会ですらTPPへの賛意は表明していません。自民党は医薬産業を重視しています。価格撤廃で外資にますます支配されるとなれば、その観点からもTPPは一気には進まないと思います。

混合診療はそもそも部分解禁されています。医療の周辺部分の混合診療(差額ベッドや特別な食事)は全面解禁されていますし、医療の中核部分には、保険外併用療養費があります。自民党は政権公約で保険外併用療養費の活用と言っています。その範囲では進むかもしれません。TPPと無関係にそういう流れはあります。

──安倍総裁は小泉政権を支えた人でした。新自由主義的なところは強まりますか。

安倍氏と小泉氏との信条・発想は、かなり違います。小泉氏は個人主義の人で、新自由主義の「権化」みたいでした。それに対して、安倍氏は「右的な人」ですが、古い自民党的な側面が強く、「共同体」や「家族」を重視しています。同じ自助と言っても、小泉時代の自助は個人のみでした。それに対して安倍氏が強調している自助は個人と家族で、かなり色合いが違うのです。

純粋な新自由主義の人と比べると、安倍総裁は経済政策こそは新自由主義だけれども、伝統的な保守の面から地域と家族を大事にしたいとも思っており、乱暴な改革はできにくいのです。安倍前政権は2007年に約1年続きましたが、新しい改革は何もしていません。小泉政権の政策の行き過ぎを若干手直しはしたくらいでした。

──参院選までは分からないが、その後も極端な動きにはなりにくくなりますか。

参院選で自民党と公明党がどれくらいの議席を占めるか、日本維新の会がどうなるか。自民党と日本維新の会の組み合わせもあり得ます。だから何とも言えません。そもそも安倍首相がいつまで続くかもわかりません。持病の潰瘍性大腸炎の問題もありますから。

はっきりしているのは、新しい与党が絶対多数を握ったら3年間何でもできるという点です。何でもありの世界になるのです。

今後の医療と社会保障がどうなるかは、参院選の7月までと7月以後で変わってしまう。そこを一番強調したい。

7月で変わる 「何でもできる3年間に」

不確定事項として、安倍首相の記者会見から1点、大事なことを挙げましょう。

先ほど言ったように、医療や社会保障を一言も言わなかったのですが、「経済財政諮問会議を復活させる」と述べたところは重要です。民主党のミスで法改正しなかったため、たまたま休止していただけでした。廃止しなかったので、安倍政権発足とともに経済財政諮問会議も再発足できるのです。

ご承知のように、経済財政諮問会議は小泉政権で改革の推進役でした。逆に言うと、経済財政諮問会議の中に市場原理主義的な人が入ると話がややこしくなるわけです。

7月までは経済財政諮問会議と、社会保障制度改革国民会議とのせめぎ合いが起きます。経済財政諮問会議は市場原理的な方向に動く可能性があるが、社会保障制度国民会議は穏健なはずです。しかも、社会保障改革については、法的には社会保障制度国民会議が上になっています。

7月に参院選があり、8月末に法定期限が来て社会保障制度改革国民会議は解散します。7月に自公政権が圧勝すれば、9月以降に経済財政諮問会議のメンバー次第で医療分野への市場原理導入的な政策が出てくる可能性はあります。もっとも、同じ経済財政諮問会議も、小泉政権の時と比べて、安倍政権でトーンダウンし、福田・麻生政権でさらにトーンダウンしました。誰が首相になるかで変わります。今の段階では何とも言えないのです。

動きに注目 経済財政諮問会議

── 一方の社会保障制度改革国民会議は、政権交代で力を失いませんか。

これはそう簡単ではありません。今回の民主党が良い教訓です。民主党は政治主導で抜本的に変えると言っていました。しかし、良い悪いは別にして、少なくとも医療提供制度については何も変わりませんでした。

社会保障・税一体改革のシミュレーションを見ると、福田・麻生政権の時代の「社会保障国民会議」と、医療と社会保障、地域包括ケアを含めてほとんど同じです。社会保障制度改革推進法にも、医療提供制度の改革は一言も書いていません。自公民レベルでは合意があり、変わらないのです。

それに対して、医療保険制度は2009年の政権交代で大きく変わると言われていました。後期高齢者医療制度の廃止、医療保険の一元的運用などです。しかし、これらは民主党政権の発足直後に棚上げされてしまいました。今回、政権交代で正式に廃棄されます。

つまり、政権交代により、医療政策の大枠は変わりません。民主党政権の発足直後は、一部の有力議員は社会保障国民会議報告は全部否定すると豪語していましたが、野田政権の「社会保障・税一体改革」では、それがほぼ全面復活しました。。「政権交代で会議類が無力化するところはない」とまでは言わないけれども、医療制度、とりわけ医療提供制度については頑健と見られます。

──参院選の時点の情勢は全く予想できません。

一寸先は闇でしょう。

安倍総裁にとっては当時首相を務めていた2007年の参院選も、本来ならば圧勝できるはずでした。しかし結局、スキャンダルが連続して大敗しました。

その後、民主党は2009年の衆院選で3分の2の議席を取りました。ところが、2012年には民主党が「めちゃ負け」となりました。しかし、2009年の衆院選直後は、2010年の参院選でも民主党が大勝し、民主党政権が盤石になると思われていました。それを見越して、病院団体は民主党から候補を擁立しましたし、日本歯科医師会も民主党支持に回りました。

安倍総裁はトラウマを持っています。今度の参院選は盤石でやりたいと考えるのは自然です。失敗したら、今度こそ政治的に再起不能になります。そのために、参院選までは、経済政策、デフレ脱却一本やりでいくと思います。

──まずは7月までの動きが注目されます。

今回の衆院選で、医系議員が多く当選しましたが、ほとんどが新人です。大物は、鴨下一郎氏くらいでしょう。少なくとも医師会の幹部は、自民党議員にも日本維新の会議員にもいません。日本維新の会にも医系議員がいますが、彼らが、同党が国民皆保険の解体をしようとしていることを知っているのか、疑問に思います。

7月の参院選を注目しています。


5.インタビュー:社会保障-主財源 税金ではない」

(「中日新聞」2012年12月11日朝刊・知多版。「[衆院選]争点を読み解く-[愛知県知多]半島の専門家に聞く 上)

社会保障に関して見落とされがちな二つの事実があります。一つは、日本の医療費は他の先進国と比べ少ないということです。経済協力開発機構によると、二〇〇九年の国内総生産に対する医療費は日本が9.5%、米国が17.6%、ドイツ、フランスが11.6%です。日本は世界一の超高齢社会なのにです。このことは社会保障費全体でも同じ傾向です。

もう一つは、年金、介護、医療の社会保険の主な財源は保険料だということ。「消費税増税で社会保障費の増加分をまかなう」とイメージされがちですが、それは誤り。例えば、公的医療保険は、大ざっぱに言って、5割を保険料、3割5分を税金、1割5分を窓口負担でまかなっている。消費税はこの税金部分の主な財源にすぎません。

加えて、民主、自民、公明の三党合意で成立した社会保障制度改革推進法は「(社会保険料で基本的に賄う)社会保険制度を基本とする」としています。

今の時期に消費税率を上げることは、知多半島をはじめとする地域経済を冷やさないか心配です。ただ、私は増税に「絶対反対」でありません。消費税は社会保障のいろんな財源の一つで、基本は社会保険料の確保。消費税の比重を高くすることは、社会保険料の企業負担が減るということにもつながります。

今、非正規労働者が増えていますが、健康保険に入っている人はごく一部です。これは本人が不安定なだけではなく、社会保障の財源確保という点でも不安定と言えます。非正規労働者の「正規化」は、社会保障の財源確保という点でもすごく大事です。

今回の公約で一番驚いたのは、民主と自民の社会保障に関する記述が消費増税法と違うことです。法文では消費税を「成長戦略」にも使うと書いていましたが、両党とも「消費税の引き上げ分は全て社会保障に使う」と書いており、矛盾しています。

一番恐ろしいと思ったのは日本維新の会の公約です。維新は「国民皆保険制度を守る」とは言わず、「診療報酬点数の決定を市場にゆだねる制度へ」と書いている。これは、集客力のある医師や病院は高い料金をふっかけ、集客力のない医師や病院は安かろう悪かろうの医療を提供することにつながります。貧富の別なく平等な医療が受けられるという国民皆保険の理念を否定しているのには驚きました。

今回の衆院選ではさまざまな争点が提示されていますが、社会保障のあり方は国民にとって重要な選択の一つだと思います。(聞き手・山本真士)


6.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算85回.2012年分その10:7論文。1論文)

○日本の国民皆保険下の医療アクセスの水平的不平等;1986-2007年
(Watanabe R(渡辺亮), Hashimoto H(橋本英樹): Horizontal inequality in healthcare under the universal coverage in 1986-2007. Social Science & Medicine 75(8):1372-1378,2012)[量的研究]

普遍的医療保障はすべての人々が支払い可能な負担で適切な医療にアクセスできるようにすることを目的としている。1961年以来、日本の国民皆保険制度は外来、入院、歯科および医薬品給付を平等に給付している。高齢者の自己負担率は低く、他の福祉的プログラムも提供されている。しかし、特に不況により家族が貧困に直面する場合には、社会保険はすべての人々に医療を提供するための万能薬ではない可能性がある。そこで日本の全国代表標本調査(「国民生活基礎調査」)の1986~2006年の時系列・横断データを用いて、「平等なニーズに対する平等な治療」という意味での医療における不平等の程度を評価し、経済的条件の変化が人々の医療アクセスに与える影響を検討した。実際の医療利用の集中度指数(CM)、医療ニーズのマーカーとしての標準化健康状態を計算し、CMを医療の不平等に寄与する諸要因に分解した。その結果、医療アクセスの水平的不平等が、特に2000年以降拡大し、高所得層の低所得層と比べた医療利用は徐々に高まっていた。このような不平等は特に20~64歳で明らかであったが、65歳以上では強い水平的平等が維持されていた。CMを分解すると、所得と健康状態が不平等拡大の主要因であった。このことは調査期間中の家計の経済状態の変化と自己負担拡大が水平的平等の低下をもたらしていることを示唆している。本研究から得られる教訓は、普遍的医療保障だけでは必ずしも医療アクセスの平等性は達成されず、経済的・人口的条件が平等の程度に影響することである。

二木コメント-日本における、特に2000年以降「生産年齢人口」の医療アクセスの不平等の拡大とその要因を定量的に明らかにした貴重な研究と思います。

○EU加盟国におけるプライマリケア・レベルの慢性疾患管理のための診療ガイドライン実施戦略の効果の評価
(Brusamento S, et al: Assessing the effectiveness of strategies to implement clinical guidelines for the management of chronic disease at primary care level in EU member states: A systematic review. Health Policy 107(2-3):168-183,2012)[体系的文献レビュー]

Cochraneの厳格な基準により、EU加盟国におけるプライマリケア・レベルの慢性疾患管理のための診療ガイドライン実施の介入研究の体系的文献レビューを行った。EMBASE, MEDLINE等5つのデータベースを用いて、21論文を収集した。17論文がランダム化比較試験を実施していた。実施戦略が完全に有効と判定されたのは4論文(19%)にすぎず、部分的に有効が8論文(38%)、効果なしが9論文(43%)であった。介入が効果的である確率は、多面的戦略で単一戦略よりわずかに高かった。しかし、その差は論文間で一定せず、最も効果的な戦略を確定することはできなかった。患者の健康状態への影響を評価していたのは8論文にすぎず、すのうち有意の改善があったのは2論文だけだった。5論文ではプロセス指標が改善していたが、アウトカム指標の改善にはつながっていなかった。導入費用について多少とも報告していたのは4論文だけであり、費用効果分析を行った論文はなかった。1論文のみがガイドライン実施のバリア(診療ガイドラインについての認識と合意の欠如)について言及していた。

二木コメント-アメリカだけでなく、ヨーロッパ諸国でも慢性疾患管理のための診療ガイドラインが広く実施され、それについてのランダム化比較試験も多数行われていますが、医学的効果の証明は不十分であり、経済的効果は調査すらされていないようです。疾病管理や診療ガイドラインの研究者の必読と思います。

○[アメリカの]多くの効果比較研究が診療スタイルを変えることに失敗する5つの理由
(Timbie JW, et al: Five reasons that many comparative effectiveness studies fail to change patient care and clinical practice. Health Affairs 31(10):2168-2175,2012)[文献レビュー・評論]

効果比較研究への新しい投資の潜在的影響については大きな熱狂があるが、最近の歴史は科学的エビデンスが診療スタイルを変えるのには時間がかかることを示唆している。過去10年間の研究をふり返ることにより、多くの効果比較研究が診療を変えるのに失敗した5つの理由を同定できる。第1は出来高払い等の経済的誘因であり、それが新しい診療スタイルの導入を妨げる。第2は研究結果の曖昧さであり、それが意志決定の障害になる。第3は新しい情報を解釈する際の認知バイアスである。第4は最終利用者(臨床家と患者)のニーズに取り組む研究がないことである。第5は患者と臨床医の共同意志決定を支援するためのツールが十分に用いられていないことである。効果比較研究が本格的に行われる前に、目的・方法・エビデンスレベルについての合意を促進する政策、および患者と臨床家が資源を効率的に用いるための強い誘因を与える政策が、上述したバリアのいくつかを乗り越え、効果比較研究の結果が診療スタイルをより速く変える一助になるかもしれない。

二木コメント-最近行われた主な効果比較研究とその診療スタイル変更への影響の検証を踏まえて、科学的エビデンスだけでは診療スタイルを容易に変えられない「根本的理由」(root causes)を明快に説明しています。なお、"comparative effectiveness studies"は「比較効果研究」と直訳(?)されることもありますが、日本語の語順としては「効果比較研究」の方が適切と思います。例えば、"early 21st century"を「初期21世紀」ではなく「21世紀初頭」と訳すのと同じです。

○[アメリカの]「[医療の質と費用に]責任を負う医療組織」(ACO)は1990年代の「統合[医療]提供ネットワーク」(IDN)の失敗を避けるのが難しいかもしれない
(Burns LR, et al: Accountable care organizations may have difficulty avoiding the failures of integrated delivery networks of the 1990s. Health Affairs 31(11):2407-2416,2002)[評論]

「責任を負う医療組織」(以下、ACO)は、契約している利用者全体への医療の質の引き上げと費用節減を目的として、さまざまなメカニズム(疾病管理プログラム、医療連携、病院と医師の経済的誘因の調整等)を用いる医療提供者ネットワークである。医療提供者はこれらのメカニズムの一部を1990年代に「統合[医療]提供ネットワーク」(以下、IDN)を形成するときにも用いた。しかし、IDNの大半は失敗し、その原因としては病院が医師グループを買収する際の大きな財政負担や、IDN構成員の誘因を調整したり、

人頭払い契約を得たり、リスクマネジメントの基盤を開発する能力の欠如があげられている。ACOが現在用いているメカニズムは改善途上であり、それらが質と費用に影響を与えるか否か、与えるとしたらどのようにして与えるかについてはまだ不明である。しかし、医療連携と情報技術は当初予想されたより複雑かつ費用がかかることが明らかになりつつあり、医療提供者は上記メカニズムを導入する能力に欠けるかもしれないし、ACOで不可欠なプライマリケア医は供給不足である。1990年代と同じように、ACOの成功は、契約対象者を、医療連携の効果が大きい複数の慢性疾患を有している人々等に絞り込めるか否かにかかっている。

二木コメント-「歴史に学ぶ」好評論と思います。ACOは2006年に初めて提唱され、2010年にオバマ政権が成立させた「連邦患者保護・医療費負担適正化法」に組み込まれて以来、アメリカ医療界の「流行語」の1つになっています。2012年10月現在、全米で48州に318のACOがあり、そのうち161は民間医療保険とのみ契約しており、126は公的医療保険とのみ契約し、31は両方と契約しているそうです(同誌31巻11号の巻頭論文:2363頁)。なお、英語版Wikipediaには、ACOの大変分かりやすい解説が載っています。

○[オランダにおける急性期]病院の在院日数は患者満足度と相関しているか?
(Borghans I, et al: Is the length of stay in hospital correlated with patient satisfaction? International Journal for Quality in Health Care 24(5):443-451,2012[量的研究]

良質の医療は在院日数の短縮と患者満足度の向上をもたらすとの仮説を立てて、オランダの病院病棟単位の在院日数と患者満足度との相関を調査した。7種類の病棟(内科、循環器科、呼吸器科、神経内科、一般外科、整形外科、産婦人科)の2003-2010年の、標準化在院日数データ(188病棟)および標準化患者満足度データ(102,815人)を用い、ピアソンの相関係数を算出した。すべての在院日数データは既存の全国入院患者登録データから得られ、退院年、年齢、主診断名、手術の有無で標準化した。患者満足度は医療の6つの側面についての患者に対する質問紙調査から得、退院年、年齢、教育年限および健康状態で標準化した。7種類の病棟のうち6つでは、在院日数と患者満足度との間に有意な相関はなかった。呼吸器病棟でのみ、医療の質のいくつかの指標(入院受け付け、入院時の看護師による説明、看護師の熟練度等)に関して、在院日数が短いほど患者満足度が有意に高かった。

二木コメント-全国データを用いて、在院日数と患者満足度との相関をみたユニークな調査研究です。論文では、呼吸器病棟のみで相関があった理由が4つ示唆されていますが、説得力に欠けると思います。

○病院の標準化死亡率という誤謬:ナラティブ・レビュー
(van Gestel YRB, et al: The hospital standardized mortality ratio fallacy: A narrative review. Medical Care 50(8):662-667,2012)[文献レビュー]

病院の標準化死亡率(HSMRs)などのアウトカム指標は、医療の質を評価するために繁用されるようになっているが、それの妥当性については大きな疑問が呈せられている。

ナラティブ・レビューにより、医療の質評価におけるHSMRの現実のおよび潜在的弱点と害悪を検討するために、Medlineデータベース等を用いて、関連文献を検索した。その結果、ケースミックスに関わるデータの欠如または不十分さ、およびさまざまなコーディングのバラツキ(病院間、疾病重症度、患者の紹介元・紹介先、終末期医療、死亡場所)が存在し、現行のHSMRモデルはこれらの側面を適切に調整できないことが分かった。そのため病院(特に重症患者に専門的医療を行っている病院)間のHSMRsの比較は不可能であり、それの公表は医療の質の改善にはつながらず、病院と患者に害悪をもたらす。今後は、HSMRではなく、医療の質に関係するすべての要因を考慮すべきである。

二木コメントー「ナラティブ・レビュー」という用語は初見ですが、ていねいな文献レビューが行われています。執筆者は全員オランダの研究者です。

○[アメリカの]不況は[家計]所得と就労に影響したにもかかわらず、[家計所得に占める]医療費[自己]負担割合が高い人々の割合はほとんど変化していない
(Cunningham PJ: Despite the recession's effects on incomes and jobs, the share of people with high medical costs was mostly unchanged. Health Affairs 31(11):2563-2570,2012)[量的研究]

「高医療費負担」は医療費の自己負担が家計所得の10%以上と定義されている。2007~2009年の不況により家計所得は減少し、失業は増加したにもかかわらず、「医療費パネル調査」によると、65歳未満の国民では、高医療費負担の割合は2006~2009年に約19%でほとんど変わっていなかった。この結果は、2001~2006年にこの割合が14.4%から19.2%に増加したのと対照的だった。2006~2009年にこの割合が一定だった原因は、家計所得の減少が自己負担医療費の減少で相殺されていたからである。自己負担医療費減少のほとんどすべては、処方薬自己負担の減少により生じており、それは人々がブランド薬から安価なジェネリック薬に切り換えたためであった(2006~2007年に1人当たり年間自己負担総額は39ドル減少、処方薬の自己負担額は38ドル減少)。

二木コメント-最後の1文が強烈です。


7.私の好きな名言・警句の紹介(その97)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<その他>

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