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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻117号)』(転載)

二木立

発行日2014年04月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


少し気の早いお願い

来年度の「大学院『「入院』生のための論文の書き方・研究方法論等の私的推薦図書」(2015年度版,ver.16)に加えることを推薦される新刊書(既刊書の新版も含む)がありましたら、著者名・書名等と簡単な推薦理由をお知らせいただければ幸いです。

お知らせ

『安倍政権の医療・社会保障改革』を勁草書房から4月30日に出版します(2400円+税)。書名は、本「ニューズレター」115号(2014年2月)でお知らせした『2010年代の医療・社会保障改革』から変更しましたが、章立ては変わりません。


1. 論文:政府の7対1病床大幅削減方針は成功するか?

(「深層を読む・真相を解く(31)」『日本医事新報』2014年3月29日号(4692号):142-143頁)

2014年度診療報酬改定の最大の眼目の1つは、7対1入院基本料(以下、7対1病床)の算定要件の厳格化です。具体的改定内容は(1)従来の「看護必要度」に代えた「医療・看護必要度」の導入、(2)平均在院日数の計算方法の厳格化、(3)「自宅等退院患者割合」(75%)の新設-等です。7対1病床の算定要件は2008年と2012年にも見直されましたが、今回の見直しははるかに厳しく、厚生労働省の大幅削減の強い意志が表れていると言えます。

政府は、これにより現在36万床ある7対1病床を2年間で9万床削減する方針と報道されています。2025年までには18万床減らし、7対1病床を半減させる方針との報道もあります。ただし、厚生労働省は公式にはこのような数値目標は一切示しておらず、2年間で9万床削減と明示している政府の公式文書は、財務省資料「財政制度等審議会『平成26年度予算の編成等に関する建議』の反映状況」(本年1月28日)だけです。しかも、そこではその根拠は示されていません。

しかし、多くの医療関係者はこの数値目標を既定の事実と考えているようです。私自身、2月初旬に行った講演で、「7対1病床削減で余った看護師は、訪問看護等在宅に回るのか?」との気の早い質問を受けました。その際、私は7対1病床の大幅削減は困難との「客観的」将来予測を述べました。本稿では、私がこう判断する2つの理由を述べます。

「2025年モデル」オリジナル版と矛盾

第1の理由は、それが厚生労働省の掲げる医療の「2025年の姿」(以下、「2025年モデル」)と矛盾するからです。こう書くと、「厚生労働省は今改定を2025年に向けて、医療提供体制の再構築」を図るためと位置づけている?と疑問を持たれる方も多いと思います。

実は厚生労働省の「2025年モデル」にはオリジナル版と修正版の2つがあり、私が取り上げるのはオリジナル版です。オリジナル版は、まだ民主党政権だった2011年6月2日の「社会保障改革に関する集中検討会議(第10回)」に厚生労働省が提出した「医療・介護に係る長期推計」に含まれていた「医療・介護サービスの需要と供給(必要ベッド数)の見込み」中の「改革シナリオ」です。

このシナリオは、2008年の社会保障国民会議報告で示された「医療・介護費用のシミュレーション」の推計手法を踏襲しつつ、目標値を大幅に引きあげたもので、2011年の一般病床107万床(区分なし)を2025年には高度急性期18万床、一般急性期35万床、亜急性期等(亜急性期・回復期リハ)26万床、地域一般病床24万床に再編することを予定していました。その際、急性期医療に「医療資源の集中投入」を行い、平均在院日数を大幅に短縮するとしていました。そのために必要な各病床ごとの職員数増加と平均在院日数は、(1)高度急性期:2倍化、15~16日。(2)一般急性期:6割増、9日。(3)亜急性期等:3割増、60日-とされていました。

私は、一般急性期の平均在院日数を9日に短縮することは現実的ではないと疑問を持っていますが、平均在院日数短縮のために職員数増加が不可欠であるとの認識は妥当です。当然、このシミュレーションでは高度急性期と一般急性期では、看護配置基準を現行(7対1等)より大幅に引きあげることが想定されていると考えられます。

「2025年モデル」修正版では職員増が消失

ところが、保険局医療課は2011年11月25日の中医協(第208回)に「2025年モデル」の修正版(「現在の一般病棟入院基本料の病床数」)を提出しました。この図は、「2010年の病床数」を「一般病棟入院基本料」別の病床数分布(杯型)で図示し、それを2025年には「砲弾型」に変える「イメージ」を示したものです。ただし、2025年の4種類の病床の病床数は上記オリジナル版と同じでした。この図は、2010年の7対1病床が2025年の高度急性期に対応するように描いているため、現行の7対1病床は過剰で大幅に削減する必要があると認識・錯覚させる視覚的工夫(?)がなされていました。他面、オリジナル版に明示されていた、急性期医療への「医療資源の集中投入」は削除されました。

その後しばらく、厚生労働省はオリジナル版と修正版を併用していましたが、最近は修正版のみを示すようになり、「平成26年度診療報酬改定の概要」でも修正版のみが示されています。修正版を前提にすれば、7対1病床は高度急性期に限定され、一般急性期は10対1看護または13対1看護に引き下げられることになります。しかし、このような看護水準で一般急性期の平均在院日数を9日に短縮することは不可能です。逆に、7対1病床大幅削減と平均在院日数短縮の同時達成を目ざすと、看護職の労働強化→離職増加→看護・病院危機が再燃する危険があります。

民間病院の「活力」を無視

私が7対1病床の大幅削減が困難だと考えている第2の理由は、民間病院の多くは「危機に際して『生き延びる』という意味での強い活力」を持っており、厚生労働省の診療報酬操作による誘導策に必死に対応・抵抗する可能性が大きいからです。

私には、7対1病床の大幅削減方針は、2006年の医療制度改革関連法に含まれていた「療養病床の将来像(案)」とダブって見えます。当時、厚生労働省は、医療療養病床を25万床から15万床に10万床(4割)も削減する計画を立て、そのために同年の診療報酬改定で医療区分1の患者の報酬を大幅削減しました。しかし、この直後から、医療療養病床の大半は、医療区分1の患者中心から同2・3患者中心への「シフト」を行った結果、医療療養病床の倒産・閉鎖はほとんど生じず、厚生労働省の願望とは逆に、医療療養病床数は増加しました。

冒頭に述べたように、今回の7対1病床の算定要件はきわめて厳しく、私もそれが数万床減少すると思います。しかし、民間病院の上記「活力」を考えると、2年間で9万床の削減は困難、まして2025年までに18万床削減するのは不可能だと判断しています。

なお私は、診療報酬操作による医療機関誘導は万能ではなく、特定の医療サービスの点数を大幅に引き上げて、拡大を図るときには有効で、厚生労働省の当初の思惑を超えて拡大することも少なくないが、点数を下げたり施設基準を厳しくして、特定の医療サービスを減らそうとしても必ずしもうまくいかないとの「経験則」があると考えています。この「仮説」は今後、稿を改めて検証します。

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2. インタビュー:薬価引き下げ分の診療報酬への振り替えは「根拠」に基づく慣行である

(『国債医薬品情報』2014年3月24日号(通巻1006号):20-25頁)

過去の中医協建議と歴代の大臣・首相の答弁の持つ重み

― 今回の診療報酬改定では、通常改定分はマイナス1.3%と、6年ぶりのマイナス改定となりました。改定のプロセスを振り返ると、その理論的根拠は財務省・財政制度等審議会(以下、財政審)「平成26年度予算の編成等に関する建議」(2013年11月29日。以下、建議)です。建議の中では、「診療報酬の引上げによる追加的な公費負担や企業・家計の負担の発生は極力避けなければならない」と言っています。概算要求の段階での「自然増要求により、既に診療報酬対前年度比プラス3.2%に相当する要求がなされているとみなすことも可能」という論法です。この考えをどうみますか。

二木 財務省の建議が使った論法は全く逆だと。1997年に消費税率を3%から5%に引き上げたときには、医療機関の損税対策として診療報酬で1.7%引き上げた。その財源を確保するために、改定年ではないにもかかわらず薬価を1.32%引き下げて診療報酬に回している。財務省がいう概算要求の自然増に3.2%相当が組み込まれているという数字もかなり強引だ。

― 今回の改定で特に注目したいのは、薬価・材料の引き下げ財源を診療報酬本体に回さなかったことです。建議では薬価部分のマイナス改定は過大要求の時点修正に過ぎず、薬価のマイナス改定分の診療報酬本体部分への流用を「合理性が無い」、さらには「フィクション」とまで表現しています。過去の慣行との決別の時期にあるのでしょうか。

二木 薬価引き下げの診療報酬への振り替えを「フィクション」と全否定したのが、建議の議論・主張の主眼となっている。2001年以降のすべての財政審建議の該当箇所を読み直したが、このような論理が使われたのは今回が初めてだった。

そこで、慣行となっていた薬価引き下げ分の診療報酬への振り替えがどのように生まれたのか、その経緯を把握するために過去の国会会議録を調べた結果、この振り替えは1972年の中医協建議で初めて提案され、厚生大臣や首相も公式にそれを尊重し、慣行として2012年の前回改定まで踏襲されてきたこと、および財政審も13年5月まではそれを容認してきたことがわかった。

純理論的には、薬価改定と診療報酬は連動しない。実際に、中医協が発足した1950年から70年までは、両者は別々に行われていた。それに対して、中医協は72年1月22日の建議で初めて、診療報酬の賃金・物価スライド制を提起するとともに、「診療報酬体系の適正化との関連において、当分の間は薬価基準の引下げによって生じる余裕を技術料を中心に上積みすることとしたいと考えている」と提案する(『社会保険旬報』1030-31号:97頁) 。それを受けて、斎藤昇厚生大臣は「建議の内容を最高限に実現したい」、「実勢価格と薬価との差額は技術料に振り向けるよう、毎年薬価調査の結果が出たら診療報酬を改定すべきであると考える」と明言した。同大臣は、72年3~5月の国会答弁でも、少なくとも3回、中医協の建議を尊重すると繰り返している。

さらに政府レベルでも、1980年の草川昭三衆議院議員の質問に対する政府答弁書(鈴木善幸首相)が、「診療報酬及び薬価基準の適正化については、ご指摘の中央社会保険医療協議会の建議をも踏まえ、今後ともさらに努力してまいりたい」と述べている。

中医協の建議はあくまで意見に過ぎない。しかし、それを厚生大臣が認め、さらに厚生省の枠を超えて首相も認めた結果、医療行政における「慣行」になった。

診療報酬の引き上げに充てる財源が無いために次善の策として薬価切り下げ分を使うことにした、これは政策的妥協であって論理ではない。そして1972年建議には「当分の間」とある。「当分の間」とは、行政上は、次の決定が無い限りは続くということである。

しかしその後、現在に至るまで、中医協も、政府も、72年建議を否定する公式決定は行っていない。診療報酬の賃金・物価スライド制は81年改定時に廃止されたが、薬価引き下げ分の診療報酬への振り替えはその後も継続された。広井良典氏(当時・厚生省保険局)も、建議「以降、薬価調査の引き下げと診療報酬(技術料)の引き上げとは同時にセットで行われるようになった」と証言している(『医療の経済学』日本経済新聞社,1994,103頁) 。

薬価引き下げ分の診療報酬への振り替えは、97年の健康保険法等改正時の論戦でも議論になった。この時は72年の建議への言及はなかったものの、橋本龍太郎首相と安倍晋三議員(現・首相)は実質的に振り替えを容認した。橋本首相は97年2月10日の衆議院予算委員会で、次のように述べている。「私は、国民皆保険に移りましたときに、技術評価との絡みにおいて薬価の差益というものが医療機関の経営の柱の1つになることを是認した上で診療報酬体系の設計がされたときから、その意味での問題点は内蔵しておったと思います。(中略)いずれにいたしましても、薬価基準の見直しが不可欠であるということは御説のとおりでありますけれども、ただそれだけで私は問題が済むとは思っておりません。より深い、制度全体に係るチェックは必要であろうと思っております」。

橋本首相は97年5月7日の衆議院厚生委員会で、さらに踏み込んで次のように述べた。「…ドクターズ・フィーとホスピタル・フィーの分離を、私は実は日本医師会にも病院会にも病院協会等にも何回か申し上げたことがありますが、よい話だね、やれたらいいねというお返事は返ってきても、現実に、それでは体系をどうすればという専門家としての助言は得られませんでした。そして、今日も同じような状態が続いております。大蔵大臣在任中、私は主計局の諸君とこの問題を議論したことがあります。しかし、これをそのとおりに実行したとすると、今の薬価差というものを保障し得るだけの診療報酬体系となりますと、実は、その時点においての医療費は膨らむという性格を持っております。それだけに、私も、そこまで強引に進めるだけの、しかも、ほかに全く援軍の得られない中で、これを推し進めるだけの勇気を持つことができませんでした」。

安倍晋三議員は、97年4月9日の衆議院厚生委員会で次のように、ストレートに述べている。「この薬価差の一兆円がそのままお医者様の懐に入っているわけではなくて、その根底には、現在の診療報酬が果たして適正であるかどうかということにもなってくるのだと思います。その薬価差の一部は、例えば病院の修理の方にも回っているわけでありますし、そういう観点から、薬価差を適正にすると同時に、診療報酬における技術料を適正に評価するべきだという声も強くあるわけであります」。

財政審は、特に2001年の小泉純一郎内閣発足後、毎年の予算編成等に関する建議で、薬価の引き下げと診療報酬の「相当規模の引き下げ」を求めてきた(民主党政権時代の2012年度1月「建議」を除く)。しかし、今回の建議のように、薬価引き下げ分を「市場実勢価格を上回る過大要求の修正」であるとし、薬価引き下げ分の診療報酬への振り替え自体を否定することはなかった。

以上から、薬価引き下げ分の診療報酬への振り替えは決して「フィクション」ではなく、72年の中医協建議と歴代の大臣・首相の答弁という幾つもの「根拠に基づく」慣行であると言える。しかも財務省・財政審はほんの1年前まではそれを容認・黙認してきたことを考えると、今回の建議がこれまでの積み重ねに一切触れもせずに突然全否定したのは、あまりに乱暴に過ぎる。

診療報酬自体の別途見直しは正論だ

― 薬価差益は実質的に医療機関の経営原資となっています。さらに、市場実勢価格調査に基づく薬価の引き下げで捻出した財源が診療報酬に回るとすると、医療機関は薬価差で二重に恩恵を受けている、という見方もできます。薬価引き下げが医療関係者自身の報酬のためになされているのだと捉えられれば、医療費削減につながるという大義名分も立ちません。薬価差益は保険者から得る不当利益とも映ります。

また、医療の現場が疲弊しているのであれば、診療報酬そのものを別途見直すべきではないでしょうか。

二木 薬価差益が暴利を生みだしているなら問題だが、医療経済実態調査によれば、現在の民間病院の利益率は薬価差益を組み入れてもわすか数%に過ぎない。国公立病院では依然として赤字傾向が続いている。それでも道義的におかしいというなら、諸悪の根源である薬価差を、いったいどうやってなくすことができるのか。理論的には2つしかない。1つは公的な薬剤購入庁のような組織を作り、そこが製薬企業と交渉して医療機関に購入価格で提供する、いわゆる英国式。もう1つは、医療機関が製薬企業あるいは卸売企業から購入した価格を医療保険が償還する購入価格償還方式だ。

1970年には、医療社会化論を掲げていた日本社会党の沢田政治議員が「保険薬として採用する薬剤と注射は、競争入札や品質検査などによって、公共性のある機関で一括購入し、同一単位で供給できる制度を設けるべき」と求めている(1月27日参議院本会議)。しかし公的機関の役割を縮小させる現代にあって、薬剤購入庁を新設するなど非現実的だ。購入価格償還方式を採れば、値下げ交渉に労力を費やす医療機関などはなくなるだろう。市場メカニズムを否定するシステムの導入は、薬価を安く抑えるどころかむしろ高止まりにする可能性が高い。

診療報酬そのものを別途見直すべきだというのは正論だ。しかしそれをやると、97年に橋本首相が答弁した通り、かえって医療費が膨らむ結果になる。だからこそ、政治的・政策的判断によって、「当面の間」とされた振り替えの慣行が連綿と行われてきたのだ。

― 建議は、診療報酬改定を「公共料金の見直し」に準えています。

二木 診療報酬は公共料金であることをわざわざ強調して、それの引き上げが「企業収益や家計の可処分所得のマイナスを代償として、医療機関等に更なる収入増をもたらす」と主張する。新川浩嗣主計局主計官はよりストレートに、次のように述べた―「誤解を恐れず言えば、(診療報酬は)公共料金ですから利用者にとって安ければ安いほどいい。ただし適切なサービスが提供される、その水準は最低限確保する必要がある。議論に必要なのはこの2つだけであろうと思います」(2013年10月21日財政制度等審議会財政制度分科会議事録:3頁)。ちなみに、財政審の建議が「診療報酬が公共料金である」という自明のことをわざわざ主張するのも、少なくとも2001年以降は初めてだ。

しかし、この主張は次の2点を見落としている。第1に、公共料金の設定においては、「安ければ安いほどいい」といった単純な視点ではなく、商品・サービスの安定供給を保障するために事業者の安定的経営も考慮されること。具体的には、公共料金の伝統的価格算定基準(総括原価方式)では、事業の遂行に要する原価に適正な事業報酬を加えた総括原価を補償する収益を、料金収入の算定基準にしている(桑原秀史『公共料金の経済学』有斐閣,2009,34頁) 。

第2に、医療サービスの対価である診療報酬の「水準」は「最低限」ではなく、「社会保障として必要かつ十分な医療を確保しつつ、患者の視点から質が高く最適の医療が効率的に提供されるよう、必要な見直しを進める」と定めた、小泉政権時代の2003年3月の閣議決定「医療制度改革の基本方針」を見落としており、重大な閣議決定違反にあたる。

しかも、建議は、小泉政権時代の厳しい公的医療費・診療報酬抑制政策により医療荒廃・医療危機が生じ、その後の福田・麻生政権および民主党政権がその修復に追われたことには一言も触れていない。この点は、小泉政権時代に続けられた社会保障費自然増の機械的抑制(毎年2200億円削減のキャップ制)で、「副作用として非常にさまざまな問題が顕在化をした」、「機械的にこうしたキャップを掛けたことによって医療現場が痛んだという状況もなかったわけではございません」と率直に認めた安倍晋三首相の認識とも反する(それぞれ2013年4月16日衆議院予算委員会、同年3月27日参議院財政金融委員会)(「二木学長の医療時評」(120)『文化連情報』2014年3月号(432号) )。

7対1看護配置はけっして贅沢ではない

― 建議では、診療報酬の自然増部分についても、検証と合理化の必要性に言及しています。医療費の伸びの要因分析では、7対1入院基本料のミスマッチ(医療ニーズに沿わない形で算定取得病院が増加)を例に、医療の高度化について、医療資源の隠れたミスアロケーションによる高コスト化部分もあると指摘しています。

二木 今回の診療報酬改定は、2013年8月に提出された社会保障制度改革国民会議報告書がベースとなっていると言われている。この報告書は、民主党政権時代、実態的には自民党主導で成立した社会保障制度改革推進法(2012年8月成立)がベースであり、さらに社会保障制度改革推進法のベースは、社会保障・税の一体改革となる。これは現政権も否定していない。社会保障・税の一体改革は、事実上、社会保障の機能強化を謳った08年の福田・麻生政権時代の社会保障国民会議の報告書の延長上にある。

福田・麻生政権時代の社会保障国民会議のシミュレーションをアップデートしたのが、2011年6月2日開催の社会保障改革に関する集中検討会議(第十回)に厚生労働省が提出した「医療・介護に係る長期推計」に含まれていた「医療・介護サービスの需要と供給(必要ベッド数)の見込み」中の「改革シナリオ」である。

これが医療の「2025年モデル」のオリジナル版で、初めて、2011年の一般病床107万床(区分なし、平均在院日数19~20日)を、2025年には高度急性期18万床、一般急性期35万床、亜急性期26万床、地域一般病床24万床に再編するという目標値が示された。この数字は今も続いている。ただしこのシナリオは、医療資源の集中投入等による急性期医療の改革という方針だった。高度急性期に関しては今の一般病床の2倍増、一般急性期では6割増という人員の集中投入を前提に、濃厚な医療を提供することで、平均在院日数を高度急性期で15~16日、一般急性期は9日に短縮する。それによって回転が良くなり、今後の人口高齢化に伴う患者増をカバーできるという論理だった。高度急性期および一般急性期では、7対1病床が上限ではなく、5対1、さらには3対1も暗黙のうちに想定されていたと考えられる。

ところが保険局医療課は、2011年11月25日の中医協総会で、「2025年モデル」の修正版を提出する。2025年の4種類の病床の病床数は同じだが、2010年の病床数を一般病棟入院基本料別の病床数分布(杯型)で図示し、それを2025年には「砲弾型」に変える「イメージ」を示した。この図は、両者は本来別次元で議論されるべきにもかかわらず、2010年の7対1病床が2025年の高度急性期に対応するように描いているため、現行の7対1病床は過剰で大幅に削減する必要があると認識・錯覚させうる巧妙な視覚的工夫(?)がなされていた。他面、急性期医療への「医療資源の集中投入」は削除されていた。

福田・麻生政権時代の厚労省の公式資料および民主党政権時代の集中討議の公式資料においても、在院日数とベッド当たりの看護職員数は逆相関を示しており、在院日数を短縮するためには職員を増員しなければいけないということは確認されている。ところが近年厚労省は修正版のみを使うようになり、「平成26年度診療報酬改定の概要」でも修正版のみが示されている。修正版を前提にすれば、7対1病床は高度急性期に限定され、一般急性期は10対1看護または13対1看護に引き下げられることになる。しかし、このような看護水準で一般急性期の平均在院日数を9日に短縮することは不可能だ。逆に、7対1病床の大幅削減と平均在院日数短縮の同時達成を目指すと、看護職の労働強化→離職増加→看護・病院危機が再燃する危険がある。

1990年頃までの看護職は3K(きつい、汚い、危険)とも6Kとも形容され、今でいう介護職に相当するほどに大変厳しい労働環境に置かれ、高い離職率だった。それが92年の診療報酬改定を境に見直され、さらには診療報酬を大幅に引き下げた06年の診療報酬改定で7対1病床が導入され、改善されてきた。ただし楽になったと言えるものではなく、過重労働が少し緩和された、というのが適切だろう。ミスアロケーションの前提は7対1の看護配置が多過ぎるというものだが、こうした歴史を顧みれば、7対1は決して贅沢ではない。

― 診療報酬本体部分は高コスト構造ではないというご意見ですか。

二木 高コスト構造であるなら、OECD諸国の平均値と比べても日本の医療費は高いはずだが、実際は平均値以下である。日本の医療費の水準がOECDの平均、G7と比べて高いなどと言う者はほとんどなく、人口の高齢化が群を抜いていることを考慮に入れれば、日本はまだ低いというのが共通認識となる。

― 地域包括ケアや主治医機能を新設した今回の診療報酬改定によって、とくに中小病院を中心に7対1病床が大幅に減るとの予測も出ています。

二木 今回の7対1病床の算定要件は(1)従来の「看護必要度」に代えた「医療・看護必要度」の導入(2)平均在院日数の計算方法の厳格化(3)「自宅等退院患者割合」(75%)の新設等と極めて厳しく、厚労省の大幅削減の強い意志が表れている。私も、これにより必ずしも重症患者を受け入れていない病院の7対1病床は減ると思うが、それは7対1病床の一部にすぎない。

ここで思い起こすべきなのは、2006年の医療制度改革関連法に含まれていた「療養病床の将来像(案)」である。当時、厚労省は、医療療養病床を25万床から15万床に10万床(4割)も削減する計画を立て、そのために同年の診療報酬改定で医療区分1の患者の診療報酬を大幅に削減した。しかし、この直後から医療療養病床の大半は医療区分1の患者中心から医療区分2・3の患者中心への「シフト」を行った。結果、政府の目論見とは逆に、医療療養病床は倒産・閉鎖どころかかえって増加し、生き延びることに成功している。

民間病院の多くは、このような「危機に際して『生き延びる』という意味での強い活力」を持っており、厚労省の診療報酬操作による誘導策に必死に対応・抵抗する可能性が大きい。今回も、政策誘導があるとしても、7対1病床の多くは新基準に対応し、7対1或いは10対1で急性期医療の枠内に留まるだろう。

政府は現在36万床ある7対1病床を2年間で9万床削減する方針と報道されている。2025年までには18万床を減らし、7対1病床を半減させる方針との報道もある。ただし、2年間で9万床削減と明示している政府の公式文書は、財務省「財政制度等審議会『平成26年度予算の編成等に関する建議』の反映状況」(1月28日)だけであり、しかも、その根拠は示されていない。そもそも厚労省の公式文書には、9万床の削減などという記載はない。7対1看護配置で在院日数19日の一般急性期を10対1の看護で9日に短縮する難しさを理解しているからこそ、厚労省は敢えて公式文書には載せていないということは容易に推察できる。私も2年間で9万床の削減は困難、まして2025年までに18万床削減するのは不可能だと判断している。

― 国民会議報告書では医療提供体制の再構築のためには「診療報酬・介護報酬とは別の財政支援の手法が不可欠」としています。建議の中でも、地域ごとに求められる医療提供体制は異なるなかで、出来高払いの全国一律の診療報酬体系の限界を指摘し、「地域ごとの実情に応じた対応が可能な財政支援制度」として地域医療再生基金を例示しています。別途財政支援制度と合わせた診療報酬体系の抜本的な見直しは必要でしょうか。また、そのための財源は。

二木 そもそも社会保障制度改革国民会議では、「地域ごとの様々な実情に応じた医療・介護サービスの提供体制を再構築する」ための手段として基金方式を「診療報酬・介護報酬と適切に組み合わせる」ことを提案していた。全国一律の診療報酬に限界があることは事実だが、医療機関全体の経営を底支えする診療報酬を下げて経営基盤を脆くし、そのうえで改革には基金を活用するという建議の論理は、社会保障制度改革国民会議のそれとは異なる。しかも基金はよほど丁寧な運営がなされないと不透明で歪んだ使われ方をする。それは民主党政権時代、「地域医療再生基金」が公立病院偏重だったことでも明らかだ。利益誘導の恣意性を排除するには、擬似市場メカニズムを取り入れた診療報酬も活用するべきで、社会保障制度改革国民会議が示したように、診療報酬と基金の両方を組み合わせた改革が必要だ。

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算99回.2014年分その1:6論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。


○OECD加盟国における診療のバラツキの体系的文献レビュー
Corallo AN, et al: A systematic review of medical practice variation in OECD countries. Health Policy 114(1):5-14,2014.[文献レビュー]

診療の大きなバラツキは国際的にも実証されている。バラツキは医療の質と公平、および医療資源の配分と利用についての疑問を生んでいるし、医療と医療政策ついての重要な含意も持っている。そこでMEDLINEを用いて、2000~2011年に査読付き雑誌に掲載された、OECD加盟国における診療のバラツキについての研究論文を収集し、体系的レビューを行った。最終的に836論文を対象とした。地域、病院、診療所間での大きな診療のバラツキが、ほとんどすべての疾病と診療種類(procedure)で認められた。多くの論文は影響の大きい疾病に焦点を当てていたが、診療のバラツキの原因や結果を検討している論文はごくわずかで、理論的枠組みを明示して検討している論文も少なかった。

二木コメント-診療のバラツキの研究についての最新かつ最大の体系的文献レビューです。なお、Health Policyの本号(114巻1号)は、Wennbergらの記念碑的論文「医療提供における小地域間のバラツキ」(1972年)発表40年を記念した「医療における地理的バラツキ(Geographic variation in health care) 」特別号です。本論文を含めて、11論文を掲載しており、この分野の研究者必読と思います。Wennbergも回顧的巻頭論文を寄稿しています。

○[アメリカ・カリフォルニア州の急性期]病院の在院日数と再入院:初期調査
Carey K, et al: Hospital length of stay and readmission: An early investigation. Medical Care Research and Review 71(1):99-111,2014.[量的研究]

本論文では、急性期病院における在院日数と退院後30日以内の再入院との関係を調査する。一般化推計方程式を用いて、心筋梗塞と心不全の再入院確率モデルを推計し、それをアメリカ・カリフォルニア州の2008年の急性期病院の業務報告データに応用した。心筋梗塞の患者数は19,811人、平均在院日数は4.04日、平均再入院率は16.0%であった。心不全の患者数は47,563人、平均在院日数は4.18人、平均再入院率は12.0%であった。主な独立変数は第1回入院の在院日数である。その結果、在院日数と再入院確率の間には、特に心筋梗塞で、負の相関があった。シミュレーションにより、在院日数1日の延長は心筋梗塞患者と心不全患者の再入院率を、それぞれ7~18%、1~8%減らすと推計された。特定の患者を対象にした在院日数の延長は、退院後30日以内の再入院を減らすことにより、医療の質を改善する手段である可能性がある。

二木コメント-日本では在院日数の短縮が政策課題となっているのと逆に、アメリカでは過度の在院日数短縮の弊害が問題になっていることが分かります。日本的視点から見ると、アメリカの平均在院日数の短さだけでなく、再入院率の高さも「異様」です。

○[アメリカの]出来高払い制メディケア患者の急性期後リハビリテーション施設退院後30日以内の[急性期病院への]再入院
Ottenbacher KJ, et al: Thirty-day hospital readmission following discharge from postacute rehabilitation in fee-for-service Medicare patients. JAMA 311(6):604-614,2014.[量的研究]

メディケア・メディケイド・サービス・センターは最近、入院リハビリテーション施設(リハビリテーション病棟とリハビリテーション・センター)退院後30日以内の再入院を全国質指標に加えた。この患者群の再入院率と再入院に関連する要因を同定することが必要になっている2006~2011年に全国1365の入院リハビリテーション施設から地域(自宅、ケア付き住宅等)に退院した出来高払い制メディケア患者73万6536人(平均年齢78.0歳、女63%)を対象にして、主要6障害カテゴリー(脳卒中、下肢骨折、下肢関節置換術後、衰弱(debility)、神経疾患、脳損傷)別の退院後30日以内の急性期病院への再入院率を調査した。対象全体では平均在院日数は12.4日、平均再入院率は11.8%であった。再入院は下肢の関節置換術後で最も低く5.8%、消耗性神経疾患で最も高く18.8%であった。6カテゴリーとも、運動・知的機能が患者ほど再入院率が低かった。再入院した患者の50%は退院後11日以内に再入院していた。再入院の主な理由は、心不全、尿路感染、肺炎、敗血症、栄養・代謝異常、食道炎、胃腸炎、および消化器疾患であった。

二木コメント-「急性期後医療施設」(の1つ)である入院リハビリテーション施設ですら、在院日数が12.4日と短く、30日以内再入院率が1割を超えているのは驚きです。ウェブ上の本論文の紹介の中には、「急性期後」を「回復期」と紹介しているものが見られますが、日本の「回復期リハビリテーション病棟」とは全く異質です。

○[アメリカの]ノースカロライナ州における価値に基づく[医療]保険デザイン・プログラムは服薬遵守を改善したが費用中立的ではなかった
Maciejewski ML, et al: Value-based insurance design program in North Carolina increased medication adherence but was not cost neutral. Health Affairs 33(2):300-308,2014.[量的研究]

価値に基づく保険デザイン(VBID)は特定の医薬品の患者負担を減らすか無くすことで服薬遵守を改善するための有望な方法とされている。しかし、これをビジネスとして行うための論拠(business case)は明確ではない。VBIDでは、保険者が負担する医薬品費や管理費の上昇は、疾病管理の改善による医薬品以外の医療費の低下により相殺されると仮定している。本論文では、ノースカロライナ・ブルークロス・ブルーシールド(非営利民間医療保険)が2008年に試験的に開始したVBIDプログラムの結果を検証する。本プログラムはジェネリック医薬品の患者一部負担を無くすと共に、ブランド医薬品の一部負担も減らした。本プログラム実施後2年間に、患者の服薬遵守率は2.7-3.4%改善した。入院率はわずかに低下したが、救急部門受診率と総医療費には有意の変化はなかった。保険者の支払う医薬品費は640万ドル増加し、医薬品以外の総医療費は570万ドル低下した。この結果は、VBIDは特定の対象には費用中立的でありうるという考えを限定的にしか支持しない。

二木コメント-医療(保険)では、「良かかろう、安かろう」はほとんどないことの新たなエビデンスです。ただし、最後の一文は蛇足と思います。

○アメリカの病院におけるテレヘルス:州の償還方式と免許政策を含むいくつかの要因が導入に影響を与えている
Adler-Milstein, et al: Telehealth among US hospitals: Several factors, including State reimbursement and licensure policies, influence adoption. Health Affairs 33(2):207-215,2014.[量的研究]

テレヘルスは、医療へのアクセスを改善し、医療の価値を高める可能性を持っていると信じられている。なぜ一部の病院がテレヘルス技術を導入し、他の病院が導入しないかの理由を知ることは重要である。そこでアメリカの病院におけるテレヘルス導入に関連した要因を調査した。アメリカ病院協会の2012年急性期病院調査の情報技術補足調査から得られたデータによると、42%の病院がテレヘルスの装備(capabilities)を持っていた。テレヘルスの装備率が高い病院は教育病院、先端医療技術を有している病院、大規模病院システムに加入している病院、および非営利病院であった。病院のテレヘルス導入率の州間格差は大きく、それは州の政策に関連していた。導入率は民間医療保険のテレヘルス償還を促進する政策を持っている州では高く、州外の事業者がテレヘルス・サービスを提供するために特別の免許を求めている州では低い傾向が見られた。以上の知見は、州の政策決定者が病院のテレヘルス導入率を高めるための重要なステップを示唆している。

二木コメント-テレヘルスは非常に広い概念で、遠隔地の患者のモニタリングだけでなく、電子的ICU、ビデオを利用した診療等も含むそうです。なお、Health Affairsの今号(2014年2月号)は、「結合された医療(connected health。テレヘルスとほぼ同義)」の初期のエビデンスと将来展望」を特集しており、本論文を含め13論文を掲載しています。

○医療ツーリズム 国境のある医療 医療はなぜグローバル化に失敗したのか?
Medical tourism - Medecine avec frontieres - Why health care has failed to globalise? The Economist February 15th 2014,pp.53-54.[評論]

医療価格は国により大きく異なる。膝関節置換術についてみると、アメリカでは34000ドルもするのに対して、シンガポールでは19200ドル、タイでは11500ドル、コスタリカでは9500ドルである。21世紀00年代の半ばには、アメリカの保険会社は患者を海外の民間病院に送ることで費用を節約しようとした。2008年にはDeloitte(コンサルタント会社)は医療ツーリズムの「爆発的」ブームの到来を予測したが、それは生じなかった。その1つの原因はデータが信頼できないことである。Deloitteは2007年のアメリカの医療ツーリスト(海外で治療を受ける患者)は75万人と推計したが、マッキンゼーは最大1万人に過ぎないとした。医療ツーリストが増加しているのは確かだが、初期の期待には遠く及ばない。患者の関心も当初の予測を下回っており、大半の患者は外国ではなく自国で適切な医療を支払い可能な価格で受けることを選んでいる

Hannaford(アメリカのスーパーマーケットチェイン)は2008年に従業員に、膝関節置換術をシンガポールで受けた場合には旅費を含めた全費用を負担すると提案したが、誰も応じなかった。

保険会社も、信頼できる予測データがないため、医療ツーリズム投資に躊躇するようになっている。医療ツーリズムの市場規模がごく小さいという推計がそれへの期待に冷や水をかけている。Milstein(スタンフォード大学)は、海外でも受けられる非緊急手術の費用は、2009年にアメリカの保険会社が支払った医療費の2%にすぎないと推計している。医療ツーリズム実施のための手続き(海外の病院の選択と契約、帰国後の医療の手配等)も煩雑であり、アメリカのほとんどの保険会社は投資に値しないと結論づけている。

各国政府も医療ツーリズムには熱心ではなく、その理由は政府が医療ツーリズムを促進すると、自国の医療政策の失敗を認めたとみなされるからと思われる。ヨーロッパ全体で、公的医療費のうち国境を越えて用いられるのはわずか1%にすぎない。

ただし、医療ツーリズムのわずかな可能性が、当初予期せぬ形で生まれている。それは、患者や医療保険ではなく、アメリカ、シンガポール、インド等の一部の病院が患者獲得のために海外進出しつつあることである。それでも、アメリカの企業と保険会社のほとんどは、海外の病院との契約は考えていない。(アメリカの)医療ツーリズムの未来は、患者の海外への移動ではなく、州間移動にあると思われる。

二木コメント-ほんの10年前に海外で生じ、周回遅れで日本にも到達した医療ツーリズム・ブーム(バブル)がはじけたことを活写した好レポートです。御参考までに、The Economist誌の2008年8月16日号(=わずか6年前)には、下記のような医療ツーリズムについての超楽観的レポートが掲載されました。なお、Medecine avec frontieresはMedecins sans frontieres(国境なき医師団)のモジリと思います。

[参考]本「ニューズレター」50号(2008年8月)で紹介したThe Economist のレポート
○グローバリゼーションと医療[ツーリズム]-競争を輸入する (Globalisation and health - Importing competition. Economist August 16th, 2008, pp.10,70-73)[評論]

医療は先進各国で、長年、もっとも地域的な産業とみなされてきたが、水面下で、グローバリゼーションが進んでいる。カルテの保存や画像診断のアウトソーシングの市場規模はすでに数10億ドルに達している。発展途上国の医師や看護師の高所得国への吸引も一般化している。次の成長分野は、従来とは逆の方向の患者の流れであり、それは「メディカル・ツーリズム」と呼ばれている。アメリカでは近年、シンガポール、タイ、インド、フィリピン、メキシコ等の外国人向け病院で診療(主として非緊急手術)を受ける患者が急増している。本年7月に発表されたあるコンサルタント会社のレポートによると、そのような患者は昨年75万人に達し、2010年には600万人、2012年には1000万人に急増すると推計されている。メディカル・ツーリズムには賛否両論があるが、アメリカ人の患者はこれにより最大85%も医療費を節約できるため、4500万人を超える無保険者等の「医療難民」(medical refugees)には福音になりうる。アメリカ医師会は外国へのメディカル・トラベルのガイドラインを作成し、大手保険会社もそれを給付対象にしつつある。メディカル・ツーリズムはアメリカ医療に費用削減と質向上の競争を輸入することを通して、医療改革の触媒になるかもしれない。

二木コメント-メディカルツーリズムは今後日本でも急増すると主張する方もいますが、このレポートを読む限り、それは先進国で唯一国民皆保険制度がなく、しかも医療費が高騰し続けているアメリカに咲いた「あだ花」のように思えます。


4.私の好きな名言・警句の紹介(その112)-最近知った名言・警句

訂正とお詫び:前号(116号)本欄(25頁)の「松山松翠」は「松島松翠」の誤記です。

<研究と研究者のあり方>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<その他>

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