総研いのちとくらし
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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻125号)』(転載)

二木立

発行日2014年12月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


ご挨拶とお知らせ

おかげさまで、本「ニューズレター」は、2005年1月4日に配信を始めてから今号で、丸10年となりました。

本年4月に出版した『安倍政権の医療・社会保障改革』(勁草書房)の「あとがき」で公約(?)したように、本「ニューズレター」の配信と『文化連情報』・『日本医事新報』の2連載は「少なくとも[日本福祉大学]学長任期中(2017年3月まで)は…継続しよう」と考えています。よろしくお願いします。

なお、「ニューズレター」の過去10年間(2005~2014年、1~125号)の(1)総目次(38頁)、(2)医療経済・政策学関連の洋書紹介の総目次(212冊。21頁)、(3)同英語論文の抄訳の総目次(699論文。78頁)も作成しましたが、「重い」ので配信はしません。ご希望の方は、ご希望の目次の種類(1~3)を明記して、私に直接お申し込み下さい。

お知らせの追加

論文「リハビリテーション科医に必要な医療経済・政策学の視点と基礎知識-効果的・効率的で公平なリハビリテーションのために」が"The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine"(『リハビリテーション医学』)51巻11号:738-748頁,2014に掲載されました。これは、6月6日の第51回日本リハビリテーション医学会学術集会で行った教育講演をまとめたもので、本「ニューズレター」120号(2014年7月)に掲載した「講演録」を圧縮したものです。


1.日本における混合診療解禁論争-全面解禁論の退場と「患者申出療養」(『月刊/保険診療』2014年11月号(69巻11号):40-44頁)

はじめに

日本と韓国の医療制度は、共に、全国民対象の公的医療保険制度と民間中心の医療提供体制を持つ点で、類似しています。医療保険給付に関しても、全国統一の診療報酬点数表に基づいた出来高払い方式を主とし、一部包括払い方式を採用している点で類似しています。しかし、保険診療と自由診療との併用(混合診療)が、韓国では医療保険制度発足以来、原則的に認められているのと異なり、それは日本では「原則禁止」されている点で大きく異なります[注1]。ただし、日本でも混合診療は「全面禁止」されているわけではなく、一定の条件下で部分的に認められています。これを混合診療の「部分解禁」と呼びます。

日本では2000年前後から現在に至るまで、医療への市場原理導入論の柱として、混合診療の「全面解禁」論が何度も提唱され、政権の内外で激しい論争が繰り広げられてきました。しかし、その度に、混合診療の全面解禁は否定され、部分解禁の拡大で妥協が成立してきました。それの最新版が、安倍晋三政権が本年6月に閣議決定した「患者申出療養」です。

本報告では、まず混合診療を「部分解禁」している日本の現行制度=「保険外併用療養制度」の概要と実態を紹介します。次に、日本で2000年前後以降、現在まで約15年間続いている、混合診療全面解禁論争の概略を紹介します。第3に、安倍政権が本年6月に閣議決定した「患者申出療養」について説明します。第4に、日本では混合診療の全面解禁が不可能である経済的・政治的理由について述べます。最後に、混合診療問題の枠を超えて、今後の日本の医療改革の見通しを簡単に述べます。

1.「保険外併用療養制度」の概要と実態-混合診療の部分解禁

日本では、現在、2006年の健康保険法等改正により制度化された「保険外併用療養制度」により、混合診療が部分解禁されています。ただし、日本で混合診療が部分解禁されたのはこれが初めてではなく、1984年の健康保険法等改正により新設された「特定療養費制度」によりすでに部分解禁されていました(より正確に言うと、差額ベッドは1927年の健康保険制度の施行時から行政的に容認されていました)(1)。保険外併用療養制度はこの特定療養費制度を拡大・再構成したものです。いずれの制度でも、患者は、混合診療のうち、保険で認められている診療部分については定率負担(1~3割)を行い、保険で認められない診療部分については全額自己負担を行います。

保険外併用療養は「選定療養」と「評価療養」の2つのカテゴリーに分けられます。

「選定療養」の中心は「差額ベッド」

選定療養とは、患者自身が選択する「アメニティ・サービス」(快適サービス。医療周辺サービス)であり、将来的な保険導入は前提としていません。現在は、次の10種類のサービスが含まれます。(1)特別の療養環境の提供(差額ベッド。大半は個室または2人部屋)、(2)歯科の金合金等、(3)金属床総義歯、(4)予約診療、(5)時間外診療、(6)200床以上の大病院の紹介状なしの初診、(7)同再診、(8)小児う触の指導管理、(9)入院期間が180日を超える入院、(10)制限回数を超える医療行為。

選定療養のうち、もっとも広く行われているのは、(1)の差額ベッドで、2013年では、総病床138.0万床のうち26.3万床(19.1%)が差額ベッドであり、1日当たり平均料金は5918円です(中医協「主な選定療養に係る報告状況」2014年9月10日)。

「評価療養」の中心は「先進医療」

評価療養は、まだ保険診療の対象とされていないが、一定の効果と安全性が確認された

診断治療サービス・医薬品・医療機器を対象として、「保険導入のための評価」を行います。現在は、次の7種類があります。(1)先進医療、(2)医薬品の治験に係る診療、(3)医療機器の治験に係る診療、(4)薬事法承認後で保険収載前の医薬品の使用、(5)薬事法承認後で保険収載前の医療機器の使用、(6)適用外の医薬品の使用、(7)適用外の医療機器の使用。

評価療養の中心・大半は(1)先進医療であり、2013年度では合計107の医療技術が認められています。金額的には、陽子線治療と重粒子線治療が群を抜いて多く、両者で総費用の55.1%を占めています。3番目に費用が多いのは、多焦点眼内レンズを用いた水晶体再建術(白内障治療)です(中医協「先進医療の実績報告について」2014年1月26日)。

混合診療の費用は保険診療費よりはるかに少ない

このように、選定療養、評価療養とも種類は多様で、しかもその価格・回数は徐々に増加しています。しかし、それらの総費用は、保険診療費に比べるとごくわずかです。選定療養のうちもっとも金額の多い差額ベッドの年間総費用は2013年度でも4614億円であり、「国民医療費」(ほぼ保険診療費。差額ベッド代は含まない)の1.2%にすぎません。評価療養のうち先進医療の年間総費用(保険診療分プラス自由診療分)は2013年度でも204億円(このうち70.6億円は保険診療から支払われる)で、国民医療費のわずか0.05%にすぎません[注2]

このように選定療養・先進医療の費用がごくごく少ない主な理由は、日本の医療保険制度では、効果と安全性が確認された技術・医薬品は比較的速やかに保険給付の対象となるからです。例えば、現在の日本の医療保険では、(1)臓器移植等の最先端かつ高額な医療技術も、(2)乳癌による乳房切除後の人工乳房を用いた乳房再建等の(一昔前なら「アメニティ」領域と見なされた)医療技術も、(3)かつては「予防」と見なされていた禁煙・禁酒薬も、保険適用されています。

しかも、日本では、理念的にも、「診療報酬の基本的な考え方」として、「少子高齢化や疾病構造の変化、医療技術の進歩等を踏まえ、社会保障として必要かつ十分な医療を確保しつつ、患者の視点から質が高く最適の医療が効率的に提供される」ことが公式に確認されています。やや意外なことに、この表現は、歴代政権の中でもっとも厳しい医療費抑制政策と医療分野への部分的市場原理導入を推進した小泉純一郎政権が2003年に閣議決定した「医療制度改革基本方針」に初めて盛り込まれ、その後の歴代政権でも踏襲されています。

2.2000年以降の混合診療解禁論争の概略

日本では2000年前後に、突然、医療分野への市場原理導入論が登場しました。当初、それは、(1)混合診療の全面解禁論、(2)株式会社による病院経営の解禁論、(3)保険者と医療機関の個別契約の解禁論の三本柱だったのですが、(2)と(3)は2000年代初頭に一時的に主張されただけで、現実の政策レベルではすぐに消失しました。

それに対して、混合診療全面解禁論だけは、2011年まで約10年間繰り返し、浮上しました。

政権レベルでの論争

上述した小泉政権時代(2001~2006年)の初期には、政府の審議会(経済財政諮問会議、規制改革民間開放推進会議等)や経済官庁が混合診療全面解禁論を、日本の医療政策史上初めて公式に主張しました。それに対して、日本医師会を中心とする医療団体はそれに絶対反対し、厚生労働省もそれに慎重な姿勢をとりました。その結果、政権の内外で、激しい混合診療解禁論争が繰り広げられました。しかし、最終的には、混合診療の全面解禁は否定され、上述した「保険外併用療養制度」による部分解禁の拡大で政治決着が図られました(2)。同制度は、2006年の健康保険法等改正で制度化されました。

その後の3代・3年間の自民党・公明党連立政権(安倍・福田・麻生首相)ではこの問題は沈静化しました。2009年に第二次大戦後初めてとも言える本格的な政権交代が生じ、民主党を中心とする政権(鳩山首相)が誕生しました。民主党は右派・市場原理派から中道左派までの寄せ集め政党であり、政権発足直後から、政権の一部で、混合診療全面解禁論が再燃し、翌年の閣議決定にも「保険外併用療養の拡大」=混合診療の部分解禁の拡大方針が盛り込まれました。ただし、最終的には、3代・3年間の民主党政権(鳩山・菅・野田首相)では、それは実施されませんでした(3)

2012年12月の総選挙で自民党は地滑り的に勝利し、第2次安倍政権(自民党・公明党の連立政権)が成立しました。安倍首相は2013年7月の参議院議員選挙でも大勝して、衆議院と参議院の両方で絶対多数を確保しました。それを背景にして、安倍首相は強権的政権運営を強めており、2014年6月の閣議決定で「保険外併用療養制度」の拡大=「患者申出療養制度」の新設を決定しました。この点については後述します。

混合診療裁判-最高裁が原則禁止を合法と認める

2007年に東京地方裁判所は、混合診療を原則禁止している厚生労働省の法運用には「理由がない」とする判決を言い渡しました。これは、腎臓がんに対するインターフェロン療法(保険診療)と活性化自己リンパ球移植療法(自由診療)との併用療法を混合診療として受けることを否定された患者が起こした裁判でした。実は、その18年前の1989年に、同じ東京地方裁判所は混合診療原則禁止を適法とするまったく逆の判決を出し、しかもそれが確定していたのですが、2007年の判決ではそのことはまったく考慮されませんでした。そのため、この新しい判決後、混合診療全面解禁論が一時的に再燃しました(4)

しかし、その2年後の2009年に東京高等裁判所は逆に混合診療原則禁止の適法性を認め、東京地裁判決を取り消して、国側の全面勝訴とする判決を言い渡しました(3:66頁)。さらにその2年後の2011年には、最高裁判所は、法解釈と政策の妥当性の両面で、混合診療原則禁止を適法と認めました。これにより、司法的には混合診療原則禁止が適法であることが確定し、これ以降、混合診療全面解禁が正面から主張されることはなくなりました(5)

TPP参加をめぐる論争と混合診療解禁論

日本では、2010年10月に、民主党の菅直人首相が突然、TPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加の意思表明を行ってから、TPP交渉(参加)の是非をめぐって激しい論争が生じました。自由民主党は、まだ野党だった2012年の総選挙ではTPP参加反対を公約に掲げていたのですが、安倍晋三首相は2013年3月に日本のTPP参加表明を公式に行い、同年7月から正式交渉が始まっています。

この論争では、当初、一部の医療団体・ジャーナリスト等は、TPPに参加すると、混合診療が全面解禁され、国民皆保険制度が崩壊するとの「地獄のシナリオ」を主張する一方、TPP賛成派はTPPは医療とは無関係とする「楽観シナリオ」を主張しました。私は、それら両シナリオを批判して、日本の「TPP参加で、アメリカは日本医療に何を要求し、何が実現するか?」について分析的に検討し、次の3段階予測=「第3のシナリオ」を提唱しました。

その上で、私は第1段階は実現可能性が高い「今そこにある危機」であり、第2段階も将来的に生じる可能性があるが、第3段階は将来的にも生じる可能性がないと予測しました(6,7)

この3段階予測は、その後、医療団体・関係者の間で広く受け入れられるようになりました。しかも、アメリカ政府の交渉担当者は、日本側の懸念に配慮してか、混合診療全面解禁は求めないことを繰り返し述べました。そのためもあり、上記「地獄のシナリオ」は最近ではほとんど主張されなくなりました。ただし、安倍政権が「アベノミクス」の成長戦略の重要な柱として位置づけている「国家戦略特区」のうち「東京圏」・「関西圏」では、現行保険外併用療養制度の「特例」措置の導入=混合診療の部分解禁の拡大が提案されています。これは、将来のTPP参加を想定し、その第2段階を先取りしていると言えるかも知れません。

他面、TPPの全体交渉も、日米間での個別交渉も、その後難航しており、現時点では2014年末までの合意は困難になっています。私は、2年前の第7回日韓定期シンポジウムで「日本のTPP参加が医療に与える影響についての論争」について報告したとき、最後にこう述べました(8)。「最後に強調したいことは、日本のTPP参加だけでなく、TPPの発足そのものさえ既定の事実ではなく、今後空中分解する可能性もあることです。(中略)TPPがこれ[WTO(世界貿易機関)の交渉決裂]の繰り返しになる可能性は決して小さくないと私は判断しています。TPPが発足するとしても当初予定よりも大幅に遅れ、しかも米韓FTAに比べ、合意水準は低くなる可能性が大きいと思います」。その後2年間、事態は私のこの予測通りに進んでいると言えます。

製薬企業は混合診療の全面解禁は求めていない

この項の最後に、大手製薬企業の混合診療に対する姿勢について触れます(7:86頁)。日本では、TPP参加による混合診療全面解禁を危惧する人々の中には、製薬企業が混合診療全面解禁を求めていると主張している方が少なくありません。しかし、これは事実誤認で、製薬企業は、内資・外資とも、混合診療全面解禁はもちろん、保険外併用療養制度の大幅拡大も望んでいません。

なぜなら、混合診療全面解禁または保険外併用療養制度の大幅拡大により、高額な新薬が混合診療の対象にされた場合、製薬企業は新薬の価格を自由に設定できる反面、全額自費の患者負担も非常に高額になるため販売量が伸び悩み、大きな利益を出せないからです。それに比べて、現行制度のように、高額な新薬が薬事法上の承認を受けたら速やかに保険適用されることになっている場合、公定価格(薬価)は自由価格時よりも多少抑制される反面、高額療養費制度により患者負担が大幅に低下し、販売量が激増するため、巨額の利益を得られるからです。

3.第二次安倍政権と「患者申出療養」

第二次安倍政権の「規制改革会議」は本年3月に、「選択療養制度の創設」案を発表しました。これは、「困難な病気と闘う」患者の選択権と医師の裁量権を尊重し、(1)患者が選択した医療については、安全性・有効性の確認も、医療機関の限定も、医療行為の限定も行うことなく、医療保険者への届出のみで混合診療を認めることにする、しかし(2)現行の「保険外併用療養制度」(先進医療等)とは異なり、それらの将来的な保険収載は約束しないという、混合診療全面解禁に通じる提案でした(ただし、提案者は「混合診療の全面解禁」ではないと主張しました)(9)

この提案に対しては、日本医師会、患者団体だけでなく、異例なことに、保険者団体も反対し、厚生労働省も慎重な姿勢を崩しませんでした。しかし、安倍首相の保険外併用療養制度拡大の強い指示があり、規制改革会議と厚生労働省側との間で折衝が行われた結果、6月に、現行の保険外併用療制度を拡大し、「選定療養」、「評価療養」に次ぐ第3のカテゴリーとして「患者申出療養」を新設することで妥協が成立しました。これは上述した「選択療養」とは次の3点で異なっています。(1)国の責任で、安全性・有効性を確認する。(2)実施する医療機関を限定する。(3)それで認められた医療の保険収載への道を確保する。(3)については、安倍首相自身が、「安全性や有効性が確立すれば、最終的には国民皆保険の下、保険の適用を行っていく」と明言しました。

この患者申出療養は2014年6月の閣議決定に盛り込まれ、2015年に必要な健康保険法等改正を行う方向で準備が進んでいます。ただし、識者の間では、これと既存の「評価療養」との違いはほとんどないとの理解が一般的です。私も、そのような「楽観シナリオ」の可能性が大きいと思いますが、安倍首相側の強い圧力と、インターネットの情報を鵜呑みにして自分が望む治療を求める患者の増加により、安全性・有効性の確認よりも、「患者申出療養」の対象拡大が優先され、医療事故が多発する「地獄のシナリオ」の可能性も否定できないと思っています。ただし、後者の場合ですら、それがストレートに混合診療全面解禁にはつながらないとも判断しています(10)

安倍政権は2014年6月の閣議決定「日本再興戦略(改定)」で医療を成長産業にすることを掲げており、患者申出療養がそれの起爆剤になると期待している向きもあります。しかし、既に述べたように、現行の先進医療の総費用が国民医療費の0.05%にすぎないことを考えると、それは幻想です。実は、「患者申出療養」制度を推進した規制改革会議の岡議長も、5月28日の記者会見で、新しい「制度によって、即、経済成長に、あるいは成長戦略につながるということにはならない」と明言しています。

そのために、私は「患者申出療養」は今後の医療改革の「脇役」にすぎず、「主役」は、2014年に成立した医療・介護総合確保法に示された医療提供体制改革と2015年の健康保険法等改正で予定されているさまざまな法定患者負担の拡大だと判断しています(10)

4.日本で混合診療全面解禁が不可能な経済的・政治的理由

以上述べてきたように、日本では、2000年前後以降、混合診療全面解禁論が繰り返し主張されてきましたが、本年の「選択療養制度」案を含めてすべて挫折し、混合診療の部分解禁の拡大で妥協が成立しました。

私は、混合診療全面解禁には、上述した司法の壁に加えて、経済的・政治的な大きな壁があると考えています。最後に、それについて簡単に述べます(11)

まず経済的壁とは、それを行うと、関連企業の市場は拡大する反面、医療費(総医療費と公的医療費の両方)が急増し、医療費抑制という「国是」に反することです。私は2004年にこれを「新自由主義的医療改革の本質的ジレンマ」と命名しました。

医療と医療政策の実態を知らない新自由主義派の研究者や企業家、経済官庁の行政官の中には、混合診療を全面解禁すれば、質の向上と費用抑制の両方が実現できるとナイーブに考えている方が少なくありません。しかし、現実は逆です。なぜなら、混合診療を全面解禁するためには、私的医療保険を普及させることが不可欠ですが、私的医療保険は過剰な医療利用を誘発し、公的医療費・総医療費が増加することが、国際的に確認されているからです。

私は、厚生労働省が混合診療の全面解禁に一貫して慎重なのは、この現実を知っているからだと判断しています。最近は、財務省(日本の最強官庁)もこの事実を理解し、混合診療の全面解禁に反対するようになっています。実は、1990年代末には、財務省の担当者(中川真主計局厚生第三係主査)は、医師の診察料、看護料、薬剤費等、「あらゆる診療を混合診療的なものに組み替えていく」こと、つまり混合診療の全面解禁論を主張していました(6:52頁)。しかし、2000年代に入ってからはこのような主張をしなくなり、逆に、20013年には現在の担当者(新川浩嗣主計局主計官)は「個人的には、混合診療の全面的な解禁には反対の立場をとっている」とストレートに発言するようになりました(7:89頁)

次に政治的壁は2つあります。1つは日本の国民意識の壁です。具体的には、日本国民は、医療については「平等意識」が非常に強く、所得・資産の違いにより受けられる医療が異なる「階層医療」に対する抵抗が非常に強いのです。もう1つの政治的壁は、日本医師会を中心とした医療団体が、国民皆保険制度堅持の視点から、医療への市場原理導入に頑強に反対していることです。日本医師会はこの視点から、日本のTPP参加にも反対しました。

おわりに-今後の日本における医療改革の見通し

最後に、混合診療問題の枠を超えて、今後の日本の医療改革の見通しを簡単に述べます(12)。私は、日本では今後、公的医療費・社会保障費の抑制政策が強まるが、それでも国民皆保険制度の大枠が維持されることは確実だと判断しています。他面、日本の支配層(与党の政治家、経済官庁の行政官や大企業経営者)には、混合診療解禁を含め、医療への市場原理導入の志向が根強く存在します。しかもこの傾向は現在の安倍政権の下で強まっています。特に、本年9月に安倍首相が行った内閣改造では、厚生労働大臣を含め、そのような志向の大臣や自民党役員が増えました。そのために、今後、国民皆保険制度の周辺部分で営利化・産業化が徐々に進む可能性が大きいと思います。しかも、それと公的医療費・社会保障費抑制の強化が「相乗効果」を発揮した場合には、小泉政権による過度な医療費抑制により社会問題化した「医療危機」・「医療荒廃」が再燃する可能性があると危惧しています。

[注1] 韓国の「非給付(保険外)診療費」は総医療費の3割

韓国には「混合診療」という概念・用語はなく、患者全額負担の「保険外診療費」は「非給付診療費」と呼ばれており、それには以下の費用が含まれます:選択診療費、室料差額、超音波、歯科補綴、一般売薬、看病費(付添看護費)、韓方調剤薬、個人検診等)。「非給付診療費」総額は2012年で23.9兆ウオンと推計され、同年の総医療費(施設・設備費と公衆衛生・保険行政費を除く)84.2兆ウオンの28.4%を占めています。法定患者負担はそれぞれ11.7兆ウオン、13.9%です。両者を合わせた患者負担総額は、総医療費の42.3%に達しています(丁炯先「韓国の非給付(保険外)診療:現状と対策」第9回日韓定期シンポジウム報告,2014年10月18日)。

[注2]差額ベッド代と「先進医療」の国民医療費に対する割合の計算方法

文献

[本稿は、2014年10月18日に韓国で開かれた、第9回日韓定期シンポジウム(日本福祉大学・延世大学共催)での報告です。注1はシンポジウム後補足しました]

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2.論文:大きいことは良いことか?-「メガ医療事業体」論の虚構

(「深層を読む・真相を解く(38)」『日本医事新報』2014年11月15日号(4725号):16-17頁)

同床異夢のホールディングカンパニー制度

安倍政権が本年6月に閣議決定した「日本再興戦略(改訂2014)」には、「医療・介護等を一体的に提供する非営利ホールディングカンパニー型法人制度(仮称。以下、ホールディングカンパニーと略)の創設」が盛り込まれました。それ以降、医療関係者から、この制度にどう対応すべきかについて質問されることが多くなりました。それに対して、私は、大要以下のように答えています。

<ホールディングカンパニーは、2013年8月の「社会保障制度改革国民会議報告書」でも提起されています。ただし、報告書では、「地域における医療・介護サービスのネットワーク化を図るためには、当事者間の競争よりも協調が必要であり、その際、医療法人等が容易に再編・統合できるよう制度の見直しを行うことが重要である」とされ、そのために「非営利性や公共性の堅持を前提としつつ、機能の分化・連携の促進に資する」制度改革の一例として、ホールディングカンパニーが示されています。

それに対して、「日本再興戦略」のベースになった「産業競争力会議医療・介護等分科会中間整理」(2013年12月26日)のホールディングカンパニーは、「アメリカにおけるIHN(Integrated Healthcare Network)のような規模を持ち、医療イノベーションや医療の国際展開を担う施設や研究機関」という巨大事業体まで含んでいます。これは社会保障制度改革国民会議が想定しているものとはまったく異なり、両者は同床異夢です。ホールディングカンパニーの具体化は、厚生労働省の「医療法人の事業展開等に関する検討会」で検討されていますが、そこでも議論は錯綜しています。同検討会は年末までに結論を出すことになっているので、医療機関はそれを待って対応を考えればよいでしょう。>

10月10日の上記検討会で、厚生労働省は、「地域包括ケアシステムを実現するためのマネジメントの受け皿となる法人」の「選択肢」として、「地域連携型医療法人」を提案しました。これは、国民会議報告書が提起したものの具体化と言えます。

しかし、医療関係者等の中には、産業競争力会議の松山幸弘氏(キャノングローバル戦略研究所研究主幹)が提唱している年商1兆円規模の「メガ医療事業体」の創設を政府の既定の方針と誤解し、「住民を囲い込み、グループ以外の医療機関等は淘汰される」、「米国のような病院チェーンが日本に参入する地ならしになる」等の「地獄のシナリオ」を語る方が少なくありません。

そこで、本稿では、日本では、「メガ医療事業体」の創設はありえないことを示します。ホールディングカンパニー全般については、上記検討会の報告がまとまった段階で、改めて検討する予定です。

「メガ医療事業体」論とそれへの批判

松山幸弘氏は、いろいろな場で、日本でも、アメリカの巨大IHNに比肩できる「メガ医療事業体」の創設が必要であることを、精力的に主張しています。例えば、厚生労働省の第3回上記検討会(2013年12月4日)で、大規模医療事業体は「医療の質向上とコスト節約を同時達成するための必須要件」として、「医療産業集積の核となりうるメガ非営利事業体(IHN)の創造」を提案し、それが「少なくとも2、3カ所できれば、海外[のIHN]と対抗できる」と主張しました。

さらに松山氏は、持分のある医療法人は営利事業体であり、それらが「複数集まりホールディングカンパニーを形成することは、ほぼありえない」と、国民会議報告書の提案を否定し、「ホールディングカンパニー機能を与えて改革するメインターゲットは、公的セクターの病院群である」として、「国立大学から附属病院を分離」し、「大学より大きな医療事業体を創る」ことを提唱しています。ただし、松山氏もこのような「Mayo ClinicやUPMC[共に年収1兆円規模]と競争できる大規模医療法人」は「2つないし3つあれば足りる」として、「地域包括ケアの中核事業体」としては、「担当医療圏人口約100万人、事業規模1千億円が標準」であり、「約100の中核事業体IHNを創る余地がある」とも主張しています(『Monthly IHEP』2014年3月号)。

日本の医療提供体制の現実も歴史的特徴も無視して、アメリカ型のメガ事業体の移植を主張する松山氏の壮大な(?)提言には驚かされます。しかし、上記第3回検討会では、松山氏の主張に賛同する委員は皆無であり、逆に、橋本英樹委員(東京大学大学院医学系研究科教授)から、次のような本質的批判を受けました。(1)松山氏の想定しているIHNはアメリカ国内の動きとしても「かなり古いタイプ」、(2)アメリカのメガIHNの主たる収入は「医療本体そのものよりは臨床治験、新薬開発のところで、オープンラボを動かして、企業からたくさん[委託研究費として]お金が入るようになっている」、(3)「[アメリカと日本では医療の]価格が全然違う」。松山氏自身も、(3)については、「確かにおっしゃるとおり」、「[日本と異なりアメリカでは]医療機関側が値段を決める」と認めました。そのため、その後の厚生労働省の検討会では、松山氏の提案は一顧だにされなくなりました。

なお、松山氏が「日本版[巨大]IHN」を最初に提唱したのは『人口半減日本経済の活路』(東洋経済,2002)であり、そのときには「最有力候補は九州大学のある福岡」と主張しました。実は、私は、1998~2000年に、「[日本の]複合体と[アメリカの]IDS(Integrated Delivery System。松山氏のIHNと同義)の日米比較研究」を行い、IDSは規模と機能の両面できわめて多様であることを明らかにしました(『21世紀初頭の医療と介護』勁草書房,2001,第V章)。この点から見ると、松山氏が紹介しているIHNは、アメリカ国内でも例外的な、超巨大例(「最高度統合システム」)です。

病院統合により医療費は増加する

私の日米比較研究では、アメリカでは、IDSが様々な経営的・経済的効果を持つと理念的・理論的に主張されていたが、それを実証した研究は皆無であることも明らかにしました。私はそれを「理論・事例研究と実証研究との乖離」と表現しました。 それだけに、松山氏がメガ医療事業体を「医療の質向上とコスト節約を同時達成するための必須要件」と主張していることに違和感を持ちました。そこで、改めて文献検索したところ、アメリカの有名なシンクタンク(Robert Wood Johnson Foundation)が2006年と2012年に発表した2つの体系的文献レビューにより、病院統合が医療費を増加させることが疑問の余地無く確認され、しかも医療の質の向上も実証されていないことを知りました。

2006年の研究では、1990年代~2000年代初頭に発表された費用についての実証研究13、効果についての実証研究10の結果が統合され、病院統合により病院側の原価は多少低下するが、医療機関に支払われる価格・医療費は5%増加する、質についての結果は一定しないが、厳密な研究では質の低下が示されたと結論づけられました(Williams CH, et al: How has hospital Consolidation affected the price and quality of hospital care? Web上に全文公開)。

2012年の「追試研究」では、2000年以降発表されたアメリカとイギリスの実証研究の結果が統合され、病院統合で医療機関に支払われる価格・医療費が増加することが再確認されました(Gaynor M, et al: The impact of hospital consolidation - Update)。この研究では、オバマ政権の医療保険改革法以降急増している医師と病院との統合についての実証研究の結果も統合され、それが医療の質の向上も医療費の低下ももたらさないと結論づけられました。

アメリカと異なり、日本では診療報酬は全国一律であるため、アメリカの結論がそのまま当てはまるとは言えません。しかし、私は、日本でも医療統合・ホールディングカンパニーにより、傘下の病院で提供される医療がより高額なものへシフトし、費用が増加する可能性が大きいと判断しています。

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算107回.2014年分その9:7論文)

○ドイツ、オランダ、イングランドでの統合ケアの経験とアウトカム
Busse R, et al: Integrated care experiences and outcomes in Germany, The Netherlands, and England. Health Affairs 33(9):1549-1558,2014. [国際比較研究・量的研究]

慢性疾患を有する人々に対するケアは先進工業国で重要性を増しつつある。本論文では、3か国で最近(2006~2011年以降に)開始されたケア・コーディネーションの試みで、すでに評価(対照群との比較)はされているがまだ既発表の体系的文献レビューには含まれていないものを検討する。最初はドイツの「キンズィグタル健康(Gesundes Kinzigtal)」プロジェクトで、これは南西ドイツのキンズィグタル地方で行われており、適応のあるすべての保健医療サービスをポピュレーションベースで組織的に提供している。2番目はオランダの、特定の慢性疾患患者対象の包括支払いプログラムである(ただし、疾病別にあらかじめ規定されたサービス以外のサービスは、別枠で支払われる)。3番目のイングランドの統合ケアパイロット事業は、合計22地域で行われており、各地域の住民に対して様々な種類のケア統合を行っている。

結果は一様ではなかった。一部の中間的臨床アウトカム、プロセス指標、およびケア提供者の満足度は向上した。患者満足度は一部の事業で向上したが、他の事業では変わらないか、悪化していた。いずれのイングランドのパイロット事業でも、救急入院は対照群に比べて有意に増加していたが(差の差法で検定)、計画的入院は減少していた。3つのプログラムの費用を同一の方法で測定したところ、ドイツとイングランドでは費用節減が認められた。しかし、疾病志向のオランダの方式では、費用は有意に増加していた。ドイツの方式では、費用節減が当事者間に分配されており、このやり方は他のヨーロッパ諸国やアメリカの参考になるかもしれない。なぜならそれは、大規模人口と様々な疾病を統合し、明快で単純な経済的インセンティブをケア提供者、マネジメント企業、および保険者に提供しているからである。

二木コメント-3か国で行われた大規模な統合ケア事業の貴重な国際比較研究です。結果は一様ではありませんが、日本でも最近紹介されることの多いオランダの統合ケアでは総費用が相当増加したことが注目されます。なお、3つの事業の評価はいずれもランダム化試験に基づくものではありません。非ランダム化試験の場合は効果が過大表示される傾向があるので、ドイツとイギリスの事業では費用節減が認められたという結果は割り引いて考える必要があると思います。

○移行期ケア介入は慢性疾患を有する成人の再入院を予防する
Verhaegh K, et al: Transitional care interventions prevent hospital readmissions for adults with chronic illness. Health Affairs 33(9):1531-1539,2014.[体系的文献レビュー(メタアナリシス)]

移行期ケア介入は、病院から自宅への移行期のケアを改善し、慢性疾患患者の再入院を減らすことを目的としている。本研究の目的は、これらの介入が再入院率の減少と関連しているか否かを、退院後短期(30日以内)、中期(31-181日)、長期(181-365日)別に検討することである。そのため、14の国と地域で実施された移行期ケア介入のランダム化比較試験で、1980年1月~2013年5月の間に報告された26論文を対象にして、体系的文献レビュー(メタアナリシス)を行った。その結果、移行期ケアは疾患を問わず、退院後中期と後期の再入院減少に効果があった。退院後短期の再入院減少に効果があるのは、高密度の介入のみのようであった。本研究は、退院後短期の再入院を減らすためには、移行期ケアは、看護職によるケア・コーディネーション、在宅ケア提供者と病院とのコミュニケーション、および退院後3日以内の家庭訪問を含む、高密度の介入でなければならないことを示唆している。

二木コメント-なかなか厳密な文献レビューであり、特に退院後短期の再入院を減らすためには高密度の介入が必要との知見は貴重と思います。ただし残念ながら、費用・経済的効果については分析されておらず、著者も論文の最後で、今後の課題として「これらの介入の費用対効果の情報」が必要だと述べています。多くの移行期ケア介入は、退院後の再入院減少による総費用の抑制をめざしていますが、現時点ではそれは証明されていないと言えます。

○8か国の病院管理費用の比較:アメリカの費用は他国よりはるかに高い
Himmelstein DU, et al: A comparison of hospital administrative costs in eight nations: US costs exceed all others by far. Health Affairs 33(9):1586-1594,2014.[国際比較・量的研究]

アメリカの病院の管理費用が巨額であることを示した研究はいくつかあるが、様々な種類の医療制度を有する複数の国を対象にして、これら費用を比較した研究は存在しない。我々は国際的医療政策専門家チームを結成して、以下の8か国の2010年の病院管理費用を分析した:カナダ、イングランド、スコットランド、ウェールズ、フランス、ドイツ、オランダ、アメリカ。その結果、アメリカでは管理費用は病院総費用の25.3%を占めており、しかもこの数字は増加傾向にあった。この割合が2番目に高いのはオランダ(19.8%)、3番目はイングランド(15.5%)であり、両国とも市場志向の支払い制度に移行しつつあった。スコットランドとカナダは、共に医療費支払い者が単一(国)であり、病院の経常費は年間予算制で、固定費は別途支払いであるが、管理費用割合は8か国中最も少なかった(それぞれ11.6%、12.4%)。フランス、ドイツ、ウェールズの数値はこれらの中間であった。アメリカの1人当たり管理費用をスコットランドとカナダ並みに引き下げれば、2011年で1500億ドル(15兆円)を節約可能である。本研究は、アメリカの管理費用の削減は、シンプルで非市場志向的支払い制度を用いることにより実現できることを示唆している。

二木コメント-この分野の初めての国際比較研究だそうです。HimmelsteinとWoolhandler等が、これまで精力的に行ってきたアメリカとカナダ対象の研究(NEJM 349(8):768-775,2003他)の拡張版と言えます。イギリス(連合王国)を構成するイングランド、ウェールズ、スコットランドを別々の国と扱うことに違和感がありますが、イングランドは、病院費用の対GDP比がスコットランドに比べて少し低い(それぞれ4.1%、4.4%)にもかかわらず、管理費用の病院総費用に対する割合がスコットランドより3.9%ポイントも高いのは驚きです。日本での同種調査が待たれます。

○カナダ、イギリス、アメリカでの人口高齢化と医療費についての議論の枠組みの検討
Gsumano MK, et al: Framing the issue of ageing and health care spending in Canada, the United Kingdom and the United States. Health Economics, Policy and Law 9(3):313-328,2014.[質的研究]

高所得国における医療制度の持続可能性(affordability)についての政治的議論では、しばしば人口高齢化がそれに対する脅威とされる。特にアメリカでは、世代間の不平等についての懸念が強調され、高齢者の医療消費は若年者のそれへの脅威と見なされる。本研究では、医療費問題がカナダ、イギリス、アメリカでどのように定義されているかを比較するために、2005~2010年に主要新聞(カナダ3紙、アメリカ4紙、イギリス4紙)が医療費について論じた記事のテキスト分析(content analysis)を行う。人口高齢化は3か国すべてで医療費増加の重要な原因と見なされていたが、カナダでは他の2か国と比べて、それの頻度は低かった。世代間の平等に直接言及したものは今回コード化した記事には少なかったが、アメリカの新聞は他の2か国の新聞に比べると、高齢者の高医療費消費が若年者の資源を奪っているとの記事を多く掲載していた。カナダでは、他の2か国に比べて、高医療費が政府の他の財政支出を圧迫していると主張する記事が多かった。最後に、アメリカでは人口高齢化が医療費増加をもたらすとの見解に挑戦する記事はほとんど無かったが、カナダとイギリスでは、常に少数の記事が人口高齢化が医療費増加の主因だとする考えに挑戦していた。

二木コメント-医療経済学の実証研究では、人口高齢化は医療費増加の主因ではないことが繰り返し明らかにされていますが、日本の新聞ではこの事実はごく稀にしか報じられません。日本の状況はアメリカと類似しているようです。

○年齢と死亡までの期間がプライマリケア費に与える影響:イタリアの経験
Atella V, et al: The effect of age and time to death on primary care costs: The Italian experience. Social Science & Medicine 114:10-17,2014.[量的研究]

多くの文献が死亡までの期間の方が年齢よりも、医療費の予測要因として優れていることを明らかにしている。本研究ではこの知見がイタリアのプライマリケア費にも当てはまるかを確認する。イタリアではそれは医療費の約30%を占めるからである。そのために、イタリアの大規模医療データベース(約75万人)に含まれる19歳以上の成人の20006~2009年の個人レベルの医療費データを用い、2分割モデル(two-part model)により計算したところ、年齢はイタリアのプライマリケア費の最も重要な予測要因であったが、死亡までの期間も重要な予測要因であった。この結果は、年齢と死亡までの期間が医療費増加に異なった役割を持っていることを示唆している。

二木コメント-「総医療費」や「長期ケア費用」ではなく、死亡確率がきわめて低い「プライマリケア費」に限定して、死亡までの期間の影響を分析した理由が不明です。また、死亡までの期間が医療費増加の重要要因であることは理解できますが、それはあくまで結果として分かることであり、医療費の予測要因とは言えないと思います。

○デンマークでは高い病床利用率は院内死亡率と入院後30日以内死亡率の上昇と関連している
Madsen F, et al: High mortality of bed occupancy associated with increased inpatient and thirty-day hospital mortality in Denmark. Health Affairs 33(7):1236-1244,2014[量的研究]

高い病床利用率は患者満足度やプライバシーの低下をもたらす反面、病院の高生産性の指標とも見なされている。病院の病床利用率が85%を超える場合、病床不足と見なされている。しかしこのような病床不足が患者のアウトカムに与える影響についてはほとんど注意が向けられてこなかった。この点を、デンマークの病院の内科病棟に1995~2012年に入院した全患者265万人(延べ数)を対象にして検討した。その結果、高病床利用率の病院は、低病床利用率の病院に比べて、院内死亡率、入院後30日以内死亡率とも9%高く、この差は有意であった。平日の通常勤務時間外または休日に入院した患者でも両死亡率は高かった。死亡率を含む病床不足による健康リスクは優先的に解決すべき医療問題と見なされうる。

二木コメント-病床不足の結果生じる高病床利用率が入院患者の死亡率を高めるとは意外です。ただし、本研究ではこれのメカニズムは明らかにされておらず、今後の課題とされています。

○オーストラリアの公立病院[で非緊急手術を受けた]私費負担患者と公的医療利用患者
Shmueli A, et al: Private and public patients in public hospitals in Australia. Health Policy 115(2-3):189-195,2014.[量的研究]

医療保険と医療における公私ミックスの性格は大半の国の医療制度で大きな問題となっている。そこで、オーストラリアの公立(州立)病院入院患者のうち、私費負担患者と公的医療利用患者の入院医療の特性の違いを比較した。オーストラリアでは全国民を対象にした普遍的医療保障制度があるが、公立病院で計画的な非緊急手術を受ける患者は、私費負担(医師を指名できる代わりに、診察料の一定割合と室料の全額を負担。大半は私保険が償還)と無料の公的医療利用のいずれかを選択できる。オーストラリア政府は1997年以降、私保険(補足給付型)加入を推奨しており、2010年には国民の45%が加入し、それによる支払いは国民医療費の8%を占めている。2004~2005年に、ニューサウスウェールズ州の公立病院に、非緊急手術のため入院した患者に焦点化した。私費患者の平均入院待ち日数は公的医療利用患者の三分の一にすぎず(それぞれ34.6日、94.1日)、彼らは入院緊急度が高い患者に分類されていた。在院日数と入院期間中の医師の診察回数は両者で差がなかったが、私費患者は公的医療利用患者に比べて、ICU滞在時間が長く、入院中に多くの処置を受けている傾向があった。院内死亡率と他病棟への転棟率に差はなかった。公立病院でも私費患者は公的医療利用患者とは異なった扱いを受けており、このことは公立病院でも私保険関連の不平等が存在するとの、従来からある主張を裏付けている。

二木コメント-オーストラリアでは公立病院でもこれほどの医療の不平等があること、および公的医療利用患者の非緊急手術の入院待ちが3カ月を超えることは、日本的感覚では驚きです。ただし、私立病院で全額私費負担の手術を受ける場合は入院待ちは事実上ゼロだそうです。

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4.私の好きな名言・警句の紹介(その120)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<その他>

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