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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻137号)』(転載)

二木立

発行日2015年12月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


訂正

「ニューズレター」133号(2015.8.1)~136号(2015.11.1)の「名言・警句の紹介」欄の通し番号が、すべて2つずつ少なくなっていました。133号(誤:その126→正:その128)~136号(誤:その129→正:その131)。「年間総目次」は誤記訂正済みです。


1. 論文第二期安倍政権の医療制度改革-「骨太方針2015」と医療提供体制改革を中心に
(『月刊/保険診療』2015年11月号(70巻12号、通巻1512号):54-59頁)。

はじめに-第二期安倍政権の医療制度改革の全体像と私の基本的認識

自由民主党は2012年12月の総選挙で大勝して、3年ぶりに政権に復帰し、第二期安倍政権(自民党と公明党との連立政権)が成立しました。自民党はその後2回の全国選挙(2013年7月参議院議員選挙、2014年12月総選挙)でも大勝し、議席数の上では「安定政権」となっています。ただし、安倍政権は、2015年9月に国民の強い反対を押し切って安全保障関連法の成立を強行した結果、支持率は大幅に低下し、今後の政局はやや不透明になっています。

安倍政権の医療政策は大枠では、歴代政権が進めてきた公的医療費抑制政策・患者負担拡大と医療への部分的市場原理導入(営利産業化)を踏襲していますが、最近それを加速させています。同政権は、成立当初は、民主党前政権の「社会保障・税一体改革」(消費税引き上げを財源として、「社会保障の機能強化」を図る)を継承していましたが、最近は公式文書から「社会保障の機能強化」が消え、逆に個人と家族による「自助を基本」とし、それを促進するための「インセンティブ改革」を強調するようになっています。

ただし、私は医療については今後も「抜本改革」(病院病床の大幅削減や医療の全面的営利産業化等)はなく、あくまで「部分改革」にとどまると判断しています。そして「部分改革」の中核が、地域包括ケアシステムと地域医療構想です。

私は、昨年韓国で開かれた「第9回日韓定期シンポジウム」で、「日本における混合診療解禁論争-全面解禁論の退場と『患者申出療養』」、つまり医療保険面での改革について報告しました(本誌2014年11月号:43-47頁)。本稿では、医療制度改革のもう1つの柱である医療提供体制改革について報告します。まず、安倍政権が2015年6月に閣議決定した「経済財政政策運営と改革の基本方針2015」(以下、「骨太方針2015」)の社会保障費大幅抑制方針とそれの医療提供体制への影響について述べます。次に、医療提供体制改革の中核である「地域医療構想」について検討し、官邸や財務省が目指している病院病床の大幅削減は実現しないと私が判断する根拠を述べます。最後に、当初、官邸や経済産業省等が医療提供体制への市場原理導入の突破口と期待していた「非営利ホールディングカンパニー型法人」制度が、厚生労働省や日本医師会等の反対により「地域医療連携推進法人」制度に軟着陸したことを指摘します。

本報告は、私が10月に出版した『地域包括ケアと地域医療連携』(勁草書房)の第3章第5節と第2章第1~3・5節をベースにしています。同書の第1章では、本稿では紙数の制約で触れられない「地域包括ケアシステムの展開と論点」についても詳しく論じているので、お読みいただければ幸いです。

1 「骨太方針2015」の社会保障費大幅抑制方針と医療提供体制への影響

(1) 9年ぶりに社会保障費抑制の数値目標

「骨太方針2015」でもっとも注目すべきことは、社会保障の「基本的な考え方」の最後で、今後5年間の社会保障関係費(一般会計の国庫負担)の抑制の数値目標・「目安」が明記されたことです。具体的には、今後5年間の社会保障費の伸びは「高齢化による増加分に相当する伸び」(年間5000億円。2016~2020年度の5年間で合計2.5兆円)におさめることを目指すとされました。それと対照的に、作年の「骨太方針2014」ではまだ用いられていた「社会保障の機能強化」という表現が削除されました。

政府の閣議決定で、今後5年間の社会保障費抑制の数値目標が明記されたのは、小泉内閣時代の「骨太の方針2006」で、5年間で1.1兆円の国庫負担の削減が明記されて以来、9年ぶりです。この方針に基づき、社会保障関係費の自然増を毎年2200億円(1.1兆円の5分の1)抑制する「社会保障構造改革」が強行され、それにより「セーフティネット機能の低下や医療・介護の現場の疲弊などの問題が顕著にみられるように」なったことは、『平成24年版厚生労働白書』(15頁)も認めました。

(2)「骨太の方針2006」を上回る削減目標

「骨太の方針2006」と異なり、「骨太方針2015」は社会保障関係費の今後5年間の削減額は明示していません。しかし、厚生労働大臣の国会答弁等に基づいて、私が試算したところ、それは5年間で1.9兆円となり、「骨太の方針2006」の5年間で1.1兆円削減を7割も上回ることがわかりました(計算方法:過去3年間の「自然増」(2.66兆円)を5年分に換算すると4.43兆円。それから、今後5年間の「高齢化による増加分」2.5兆円を除すると、削減額は1.9兆円)。

ここで注意しなければならないことは、「社会保障関係費」(国庫負担)は「社会保障給付費」(国・自治体負担と保険料負担の合計。一般的には、これが「社会保障費」と呼ばれる)の約3割(2015年度当初予算で29.1%)にすぎないことです。この割合が一定のまま、社会保障関係費(国費)が5年間で1.9兆円抑制された場合、「レバレッジ」(テコの原理)が効いて、社会保障給付費はその約3.4倍(1/0.291)=6.5兆円も抑制されることになります。

2015年9月に発表された厚生労働省の2016年度予算概算要求では、社会保障関係費(国庫負担)は28兆7126億円であり、前年から6748億円の増加となっています。来年度の社会保障関係費の伸びを「骨太方針2015」の「目安」通り5000億円に抑えるためには、約1700億円の削減が必要になり、仮にそれを診療報酬のマイナス改定で全額捻出するとした場合、医療費ベースでは約6800億円もの削減になります(『週刊社会保障』2015年9月14日号「時鐘」)。ただし、「はじめに」で述べたように、安倍政権の支持率は低下しており、しかも来年夏には参議院議員選挙が控えているため、安倍首相が、与党の支持基盤である日本医師会等の反対を押し切って、大幅な医療費マイナス改定を断行するか否かは不透明です。

(3)医療技術進歩による医療費増を否定

「骨太の方針2006」が社会保障費の増加要因について触れず、一律に抑制しようとしていたのと異なり、「骨太方針2015」では、それを「高齢化による増加分」とそれ以外に区別して、前者を許容しているため、一見ソフトに見えます。しかし、医療費増加の主因は人口高齢化ではなく医療技術の進歩であるという医療経済学の常識に基づくと、技術進歩による医療費増加を認めない「骨太方針2015」は、史上最も厳しい医療費抑制方針と言えます。ちなみに、厚生労働省が民主党政権時代の2011年6月に作成した「医療・介護に係る長期推計」中の「国民医療費の伸びの要因別内訳」(2011~2025年度の年平均伸び率)」(18頁)では、「高齢化の影響」が1.1%、「医療の高度化等」と「診療報酬改定等」の合計が2.3~2.4%とされていました。

しかし、現実には、診療報酬改定で技術進歩(高額医薬品を含む)による医療費増をある程度は許容せざるを得ないため、「高齢化による増加分」が抑制されることになるのです。この点は、6月10日の経済財政諮問会議に塩崎厚生労働相が提出した文書「社会保障に関する主な論点について」も、以下のように指摘していました:「今後5年間の社会保障関係費の伸びについて、『高齢化による伸び相当の範囲内』という水準ありきの基準を定める場合、これらの不可欠な伸びは一切考慮されず、その確保のために、高齢化による増加分を機械的に削減しなければならなくなる」。しかし、この真っ当な指摘(反論?)は「骨太方針2015」では一顧だにされませんでした。

(4)「医療・介護提供体制の適正化」による費用抑制

「骨太方針2015」では社会保障改革の各論のトップに「医療・介護提供体制の適正化」が掲げられており、この順番は「骨太方針2014」と同じです。そこに書かれている方針は、地域医療構想や医療費適正化計画、地域包括ケアシステムの構築等、すでに法的裏付けをもって実施されつつあるものが大半です。しかし、上述した厳しい社会保障関係費の抑制政策の中心が医療・介護費の抑制であることを考えると、2016年の診療報酬のマイナス改定を皮切りに、医療機関と患者にとって厳しい政策が連続して打ち出される可能性が大きいと思います。

「骨太方針2015」では新たに「公的サービスの産業化」が提起され、「民間企業等が公的主体と協力して[公共サービスを]担うことにより、選択肢を多様化するとともに、サービスを効率化する」とされました。この考え方に基づく「社会保障に関連する多様な公的保険外サービスの産業化を促進する」施策は新味に欠けますが、今後、医療・社会保障の営利産業化が進む危険は大きいと思います。

2 地域医療構想をめぐる諸文書-それでも病院病床の大幅削減は困難

日本では2014年に成立した医療介護総合確保推進法により、全47都道府県が2015年度から「地域医療構想区域」(旧・第二次医療圏とほぼ同じ)ごとに、2025年を最終年度とする「地域医療構想」を策定することになりました。そして、2015年3~6月に、厚生労働省、経済産業省、総務省、官邸等から、それに関するさまざまな文書が発表されました。一部の全国紙や医療雑誌は、これにより2025年までに病院病床が大幅に削減されると報道し、医療関係者の混乱を招いています。以下、主な公式文書等について簡単に説明したうえで、私が病院病床の大幅削減は困難と判断している理由を述べます。

(1)「地域医療構想策定ガイドライン」を字義通りに読む

厚生労働省の「地域医療構想策定ガイドライン等に関する検討会」(遠藤久夫座長。以下、検討会)は、2015年3月31日、地域医療構想を策定するための手順や考え方、実現のための方策を示した「地域医療構想策定ガイドライン」(以下、「ガイドライン」)をまとめ、同省は即日それを全国の都道府県に通知しました。

「ガイドライン」を読んでまず気づくのは、「I 地域医療構想の策定」、「II 地域医療構想策定後の取組」、「III 病床機能報告制度の公表の仕方」を通して、医師会・病院団体の主張に配慮した、柔軟な記述が非常に多いことです。キーワードは、「(医療機関の)自主的な取組」と「地域の実情(に応じて、に応じた)」です。しかも「ガイドライン」は都道府県が地域医療構想を策定する際の「参考」と位置づけられています。

「構想区域ごとの医療需要の推計」における、高度急性期・急性期・回復期病床(以下、「一般病床」と総称)の機能別分類と医療需要の推計方法は、DPCおよびNDB[National Database]のデータを用いたきわめて精密かつ透明なもので、これに基づく限り恣意的な運用はできません。最も重要なことは、2025年の一般病床の医療需要の推計が2013年の数値を2025年に単純に投影したものであり、これに基づけば、日本全体およびほとんどの構想区域で、一般病床の必要病床数(総数)が増加することは確実です。

「ガイドライン」では、「構想区域全体における医療需要の推計のための方法」として、「病床の機能別分類の境界点」が示され、高度急性期と急性期の境界点(C1)は3000点、急性期と回復期の境界点(C2)は600点とされています。ただし、これは「直ちに、個別の医療機関における病床の機能区分ごとの病床数の推計方法となったり、各病棟の病床機能を選択する基準になるものではない」とされています。

それに対し、「慢性期機能と在宅医療等の需要推計」は恣意的かつ不透明です。まず、療養病床については、何の根拠も示さずに、「医療区分1の患者の70%を在宅医療等で対応する患者数として見込む」前提が置かれ、その上で、療養病床の入院受療率の地域差を解消するための目標が設定されています。そのため、これが、そのまま実施されたら、療養病床は大幅削減されることになります。ただし、療養病床削減については「入院受療率の目標に関する特例」が示され、しかも「慢性期機能と在宅医療等」とを「一体的」に捉えることとされているため、削減幅は相当圧縮される可能性もあります。

地域医療構想策定後の取組についても、地域医療構想調整会議と各医療機関の自主的取組により、病床機能に応じて患者を収斂させていくことが強調されています。地域医療構想を規定した医療介護総合確保推進法では、都道府県知事の病床規制に対する権限が強化され、国会審議時に原徳壽医政局長(当時)は「[都道府県知事は]懐に武器を忍ばせている」と、いささか不穏当な表現さえしました。しかし、「ガイドライン」に従えば、武器が使われるのはごくごく例外的となります。

「ガイドライン」の字義通りの解釈のまとめは、以下の通りです。①高度急性期・急性期・回復期の病床総数は全国的にも、大半の構想区域でも増加する。②療養病床は削減される可能性があるが、さまざまな「激変緩和措置」がある。③都道府県が強権発動することはほとんどない。そのために、「ガイドライン」に沿い、各都道府県で、「医療機関の自主的な取組」をベースにした現実的な地域医療構想が策定され、それが柔軟に運用された場合には、社会保障制度改革国民会議報告書(2013年8月)が提起した、「データによる制御機構をもって医療ニーズと提供体制のマッチングを図るシステム」、「競争よりも協調」を重視した医療提供体制が実現すると期待できます。

(2)医療保険制度改革法と他省文書による病床削減圧力

ただし、これは「バラ色シナリオ」であり、これの実現には大きな壁があります。

医療保険制度改革法による病床削減圧力

第1の壁は、2015年5月に成立した医療保険制度改革法で行われた、「都道府県医療費適正化計画」の見直しです。この計画は、小泉政権時代の2006年に成立した医療制度改革関連法で制度化されましたが、今回、以下の見直しが行われました。①医療費適正化の数値目標を、従来の「見通し」から、国が示す算定式に沿った「目標」に変える。②都道府県はこの計画と地域医療構想を整合的に作成する。③都道府県は、目標と実績が乖離した場合は、要因分析を行うとともに、必要な対策を検討し、講じるように努める。

この見直しにより、都道府県には、医療費適正化計画の目標を達成するために、「地域医療構想」で定める必要病床数を抑制する強い「インセンティブ」が働くようになるのは確実です。厚生労働省(保険局)も、病院医療費を抑制し、「都道府県医療費適正化計画」の達成を側面支援するために、今後の診療報酬改定で、急性期病床と療養病床の両方を削減する方向に半強制的な誘導をする可能性が大きいと思います。

財務省・経済産業省・総務省からの病床削減圧力

さらに、「ガイドライン」がまとまる前後から、財務省、経済財政諮問会議、経済産業省、および総務省から病床削減圧力が急に強まっていることも見落とせません。

一番「過激」なのは財務省です。財務省主計局は4月27日財政制度等審議会財政制度分科会への提出資料「社会保障」の「医療提供体制改革(総括):インセンティブの枠組みの強化に向けた今後の課題」で、「地域医療構想と整合的な診療報酬体系の構築」(県の勧告等に従わない病院の報酬単価の減額)と「都道府県の権限強化・民間医療機関に対する他施設への転換命令等」を提起しました。これらは医療介護総合確保推進法の規定と「ガイドライン」を全否定する「地獄のシナリオ」と言えます。財務省財政制度等審議会が6月1日に取りまとめた「建議」には、これら2点の改革も盛り込まれました。

経済産業省も3月18日に「将来の地域医療における保険者と企業のあり方に関する研究会報告書」で、保険者と企業の立場から「病床機能の再編や低減を進めていく」ためのさまざまな提案を行いました。ただし、実効性はほとんどありません。

総務省は3月31日に「新公立病院改革ガイドライン」を発表しました。このガイドラインは、地方公共団体に「地域医療構想と整合的」な公立病院改革を策定することを求めました。これは、厚生労働省の「ガイドライン」に比べて、はるかに規制・指示が強いのが特徴です。病床削減に繋がる主な方策は2つあり、1つは、公立病院の再編・ネットワーク化[それによる病床削減-二木]を促進するための国の財政支援を強化すること。もう1つは、地方交付税算定方式(1床当たり約70万円)の見直しで、従来の「許可病床数」1床当りから今後は「稼働病床数」1床当りに変更されます。この見直しには3年間の激変緩和措置がありますが、今後公立病院には「休眠病床」を保有する経済的インセンティブが消滅し、病床を都道府県に返上する動きが出てくる可能性があります。

社会保障制度改革推進本部専門調査会「第1次報告」

最後に、6月15日、政府の社会保障制度改革推進本部「医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査会」(会長:永井良三自治医科大学学長)は、「第1次報告-医療機能別病床数の推計及び地域医療構想の策定に当たって」(以下、「第1次報告」)をまとめました。「第1次報告」の一番の特色(目玉)は、「2025年の医療機能別必要病床数」を「目指すべき姿」として示したことです。今後「在宅医療等」での対応が必要になる患者数(29.7~33.7万人)も示しました。

「第1次報告」は、2025年の必要病床数を、高度急性期13.0万床、急性期40.1万床、回復期37.5万床、慢性期24.2~28.5万床、合計115~119万床としました。これらは、2014年7月時点での「病床機能報告」による高度急性期19.1万床、急性期58.1万床、慢性期35.2万床より約30%も少ない反面、回復期のみは3.41倍も多くなっています。「病床機能報告」には未報告・未集計病床が11.3万床あるため、回復期病床以外の実際の削減幅はさらに大きくなります。

しかもこの推計では、民主党政権時代の「社会保障・税一体改革」時には、病院病床削減の当然の前提とされていた「医療資源の集中投入」とそれによる在院日数の短縮が消失しています。

(3)私が病床の大幅削減は困難であると判断する理由

厚生労働省の「ガイドライン」に比べ、官邸直轄の「第1次報告」が格上であることを考えると、厚生労働省は今後、診療報酬改定や地域医療介護総合確保基金を用いた誘導で、高度急性期・急性期・慢性期病床を大幅に削減しようとすると思います。しかし、私は、それはきわめて困難だと考えます。

高度急性期・急性期病床の大幅削減が困難な理由は以下の3つです。①医療資源の集中投入なしに平均在院日数短縮と病床削減を行うと、医療者の疲弊・医療荒廃が生じるからです。②現在は急性期病床の「境界点」とされている「医療資源投入量:C2:(1日当たりの出来高点数600点)」を下回る急性期病院の多くが、診療密度を高めて、境界点を上回るための経営努力を強めるからです。③最近、厚生労働省の武田俊彦大臣官房審議官が強調しているように、「高齢者の受け入れについては、主に二次救急医療機関が多くを担っているので、二次救急の対応能力の底上げが必要」(『社会保険旬報』6月1日号:13頁)ですが、急性期病床の大幅削減はそれに逆行するからです。

慢性期病床を大幅に削減し、現在そこに入院している患者を「在宅医療等」で対応するためには、「第1次報告」が強調しているように、「医療・介護のネットワークの構築」が不可欠ですが、今後の(低所得)単身者の急増や家族の介護能力の低下、地域社会の「互助」機能の低下を考えると、今後10年間で30万人もの患者を「在宅医療等」に移行させるのはほとんど不可能です。しかも、重度患者の在宅ケアの費用は、施設ケアに比べて相当高額です。

以上は、「論理的」理由ですが、それ以外にも「歴史的」理由があります。それは、過去4回の病院病床削減策(願望)がすべて失敗していることです。具体的には、①1986年の老人保健施設創設時の病院病床削減策、②2000年の第4次医療法改正後の一般病床半減説、③2006年の療養病床の再編・削減方針、④2014年診療報酬改定時の7対1病床の大幅削減策は、すべて失敗しました。

結論:2025年の病床数は、「第1次報告」の「機能分化等をしないまま高齢化を織り込んだ」152万床(上限)と「目指すべき姿」115~119万床(下限)の中間、現状の135万床前後になると思います。ただし今後の人口減少が大きい構想区域では、病床機能の転換を迫られることになると思います。

(4)「第1次報告」は社会保障改革の2つの潮目の変化の象徴

私は、官邸直轄の「第1次報告」は、最近の社会保障改革の2つの潮目の変化を象徴していると判断しています。1つは近年の傾向として、政府における医療政策立案の主導権が厚生労働省から官邸、財務省に移行していることです。従来は、官邸が例えば社会保障制度改革国民会議で社会保障全般について方針を立てるが、医療制度改革等の各論に移れば厚労省の専管事項でした。「ガイドライン」はそのラインで作られましたが、「第1次報告」は各論であるにもかかわらず、官邸の医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査会が出しました。

もう1つは、福田・麻生政権時代からの社会保障政策の転換です。福田・麻生政権から続いた社会保障の機能強化路線は国民の負担増(消費税の引き上げ)を前提とした「社会保障・税一体改革」として民主党政権にも引き継がれ、第2期安倍政権も暫くは踏襲する建前でした。「第1次報告」も「社会保障制度改革国民会議報告書」(2013年8月)を具体化する位置付けですから、同報告書の言葉を多数引用する形をとっています。けれど、「社会保障・税一体改革」で最も強調されていた医療資源投入量総量の増加は消え、現在の医療資源投入量の枠内での、療養型から高度急性期、急性期へのシフトへと変貌しています。第2期安倍政権の成立以降、社会保障政策は自助を強調するなど徐々に変わりつつありましたが、「第1次報告」および先述した「骨太方針2015」で、このような流れの変化が明確になったと言えます。

3 「非営利ホールディングカンパニー型法人」から「地域医療連携推進法人制度」へ

(1)同床異夢のホールディングカンパニー制度

安倍首相は、2014年1月のダボス会議で「日本にもメイヨー・クリニックのようなホールディングカンパニー型の大規模医療法人ができてしかるべき」と発言しました。これを受けて、2014年6月の閣議決定「日本再興戦略(改訂2014)」には、「医療・介護等を一体的に提供する非営利ホールディングカンパニー型法人制度(仮称。以下、ホールディングカンパニーと略)の創設」が盛り込まれました。それを産業界の側から推進した産業競争力会議は「アメリカにおけるIHN(Integrated Healthcare Network)のような規模を持ち、医療イノベーションや医療の国際展開を担う施設や研究機関」という巨大事業体を構想していました(「医療・介護分科会中間整理」2013年12月26日)。アメリカ型のIHNの日本への移植を早くから提唱していた松山幸弘氏(キャノングローバル戦略研究所研究主幹)は、日本でもアメリカの巨大IHNに比肩できる「メガ医療事業体」(年収1兆円規模)の創設を主張しました。

一方、2013年8月にまとめられた「社会保障制度改革国民会議報告書」は、「地域における医療・介護サービスのネットワーク化を図るためには、当事者間の競争よりも協調が必要であり、その際、医療法人等が容易に再編・統合できるよう制度の見直しを行うことが重要である」とし、そのために「非営利性や公共性の堅持を前提としつつ、機能の分化・連携の促進に資する」制度改革の一例(あくまで選択肢の一つとして)として、ホールディングカンパニーを示しました。

(2)「メガ医療事業体」は否定され、「地域医療連携推進法人制度」へ

その後、この2つの構想をめぐって、厚生労働省の内外で激しい論争が行われましたが、2015年2月に厚生労働省「医療法人の事業展開等に関する検討会」は、「地域医療連携推進法人制度(仮称)の創設及び医療法人制度の見直しについて」の取りまとめを行いました。同法人制度の創設を含んだ医療法改正は2015年9月に成立しました。

これにより、産業競争力会議等が目指していた、医療の営利産業化につながる巨大「非営利ホールディングカンパニー」は否定され、非営利新型法人の事業範囲が「地域医療構想区域」を基本とすることとされ、しかも参加法人が非営利法人に限定される等、何重もの「非営利性の確保」のための方策がとられました。

もう1つ注目・評価すべきことは、非営利新型法人の「参加法人の統括方法」として、「予算等の重要事項についての関与の仕方としては、意見聴取・指導を行うという一定の関与の場合と、協議・承認を行うという強い関与の場合のどちらかにするかを事項ごとに選択できる」とされたことです。これは、産業競争力会議が、非営利ホールディングカンパニー型法人についても、一般企業のホールディングカンパニーと同じ「一体的な経営」=「強い関与」を想定していたことからの大きな転換です。加納繁照氏(日本医療法人協会会長)等は、早くから「非営利ホールディングカンパニー」を批判し、それに対置して参加法人が経営的自律性を保ちつつ連携・提携する「地域包括ケア・アライアンス」を提唱していました。「取りまとめ」の上記規定は新型法人が「アライアンス」に近づいたことを示しています。

地域医療連携推進法人制度には、同法人傘下の株式会社を通して医業収益の一部が医療の外に流出する可能性がある、医療法人と異なり、理事長が医師であるとする縛りや議決権について1社員1票以外の定めを定款ですることができる等、将来的に医療の営利産業化に繋がる火種が残っています。しかし、2015年9月15日に参議院厚生労働委員会で全会一致で可決された医療法改正案に対する「附帯決議」により、法人の「代表理事については、医師又は歯科医師を選任することを原則とすること。また、医師又は歯科医師以外の者を代表理事とする場合でも、営利法人等との利害関係、利益相版を厳重にチェックし、医療の非営利性を損なわないようにする」等、一定の歯止めがかけられました。

(3)病院統合により医療費は増加

松山幸弘氏は、「メガ医療事業体」を「医療の質向上とコスト節約を同時達成するための必須条件」と主張していますが、アメリカの有名なシンクタンク(Robert Wood Johnson Foundation)が2006年と2012年に発表した2つの体系的文献レビューによると、病院統合が医療費を増加させることは疑問の余地無く確認され、しかも医療の質の向上も実証されていません(Williams CH, et al: How has hospital Consolidation affected the price and quality of hospital care?,2006. Gaynor M, et al: The impact of hospital consolidation - Update,2012. 共にWeb上に全文公開)。アメリカと異なり、日本では診療報酬は全国一律であるため、アメリカの結論がそのまま当てはまるとは言えません。しかし、私は、日本でも医療統合・ホールディングカンパニーにより、傘下の病院で提供される医療がより高額なものへシフトし、費用が増加する可能性が大きいと判断しています。

(4)今後の病院再編の見通し

私は、地域医療が崩壊の危機に瀕している過疎地域や、高度急性期医療の「過当競争」が生じて公的病院が共倒れの危険がある地域という、いわば両極端の地域では、今後、公私の枠を超えた、アライアンス型の地域医療連携推進法人が形成される可能性は否定できないと思います。

しかし、医療法人の開設者の強いオーナー意識・「一国一城の主」的感覚を考えると、これら以外の大部分の地域では、まだ民間病院に経営余力があるため、地域医療連携推進法人はほとんど設立されないと判断しています。

他面、今後、医療介護総合確保推進法に基づく地域医療構想づくりの過程で、病床機能区分の明確化・棲み分けが10年単位で徐々に進み、それに対応して、病院の再編も進む可能性はかなりあります。しかし、その場合も、主役は地域医療連携推進法人ではなく、大規模病院グループ主導の病院M&Aになると思います。

[本稿は、2015年10月17日に日本福祉大学で開催された「第10回日韓定期シンポジウム」(日本福祉大学・延世大学共催)での報告に、一部加筆したものです]

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2.談話:(TPP[大筋合意直後の]識者評論)将来の危険は否定できず-医薬品高騰、営利産業化

(「共同通信」2015年10月9日配信。「山陰中央日報」・「東奥日報」10月11日、「秋田さきがけ」2015年10月14日、「西日本新聞」・「高知新聞」」10月15日、「徳島新聞」10月17日に掲載)。

環太平洋連携協定(TPP)は「大筋合意」しただけで、その詳細は発表されておらず、しかも今後、協定発効までには紆余曲折があるので、現時点で確定的なことは言えない。

政府の発表資料に基づけば、短期的にはTPPが日本の医療に及ぼす影響はほとんどないと思う。しかし、将来的には協定をてこに米国からの圧力が強まり、医薬品費の上昇や医療の営利産業化が進む危険は否定できない。

2011年11月に当時の野田佳彦首相が日本のTPP交渉への参加方針を表明した時、日本医師会などの医療団体は、日本がTPPに加盟した場合、米国から混合診療全面解禁や株式会社の病院経営解禁を求められ、国民皆保険制度が形骸化すると批判した。これは絵空事ではなく、米国は長年、「外国貿易障壁報告書」で混合診療全面解禁などを公式に求めてきたし、日本の経済官庁にもそれに呼応する動きがあった。

安倍晋三首相は、就任直後の13年3月に、前年の総選挙の公約に反して、TPP交渉への参加を表明したが、国民皆保険制度を堅持することも約束した。

交渉の過程で、米政府も要求を取り下げ、米大手製薬企業団体も、日本医師会との共同シンポジウムで、日本の薬価制度の見直しを求めないと明言した。

今回の政府発表資料にも、混合診療全面解禁や株式会社の病院経営解禁につながる規定は含まれていない。医療関係者の間では、TPPにISDS(投資家と国との紛争解決)条項が盛り込まれれば、米企業は日本の国民皆保険制度が米企業に対して差別的であると損害賠償請求訴訟を起こし、裁判で企業が勝った場合には、国民皆保険制度が崩壊するとの懸念も出されていた。

最終的にISDS条項は含まれたが、それには「様々な濫訴抑制につながる規定」が置かれ、「投資受入国が正当な公共目的等に基づく規制措置を採用することが確認」されたとのことなので、とりあえずこの懸念はなくなった。

他面、米国の政府と製薬企業の強い要求により、「医薬品の知的財産保護の規定」には、医薬品の知的財産保護を強化する制度が包括的に盛り込まれた。その詳細はまだ公表されていないが、将来的に米国側がこの規定をてこにして、医薬品特許期間の延長や医薬品公定価格制度の見直しを求め、医薬品費が高騰する危険がある。

また、「国家戦略特区」などに限定して、混合診療の大幅拡大や株式会社の医療機関開設が認められ、それにより医療の営利産業化が進む危険もある。ただし、これは米企業単独ではなく、日本の企業や企業家的医師との共同事業として進められると思う。

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3.報告:厚労省PT「福祉の提供ビジョン」をどう読むか

(2015年11月1日第45回全国社会福祉教育セミナー【京都2015】ソ教連主催緊急企画「新たな時代に対応した福祉の提供ビジョン」の公表と求められる社会福祉士養成教育~社会福祉士養成カリキュラムの見直しに向けて~ 発題1。日本福祉大学ホームページ「学長メッセージ」欄、日本社会福祉教育学校連盟ホームページ等に掲載)。

「パワーポイントなどは使わない。証拠隠滅型電気紙芝居は嫌いだ。大量のプリント を配布する」(村上宣寛『「心理テスト」はウソでした。』日経BP社,2005,158頁)

日本社会福祉教育学校連盟会長・日本福祉大学学長 二木 立

はじめに-自己紹介と報告のスタンス

こんにちは、日本社会福祉教育学校連盟会長・日本福祉大学学長の二木です。私はパワーポイントは使わず、お手元の報告レジュメに沿って、25分お話しします。本題に入る前に、簡単に自己紹介し、本日の報告のスタンスを述べます。

私は、臨床医(リハビリテーション医)出身の医療経済・政策学研究者で、次の3つの心構えを持って研究しています。①医療改革の志を保ちつつ、リアリズムとヒューマニズムとの複眼的視点から研究を行う、②事実認識と「客観的」将来予測と自己の価値判断の峻別と根拠の明示、③フェアプレイ精神(1)

私は、長年、ドイツの大哲学者ヘーゲルの教え「何か偉大なことをしようとする者は、…自己を限定することを知らなければならない」を守って、医療経済・政策に限定した研究を行ってきましたが、政策研究の範囲・ウィングは少しずつ拡大し、介護(保険)や地域包括ケアシステムの研究も行うようになりました。本年10月に『地域包括ケアと地域医療連携』を出版しました(2)

1985年に日本福祉大学教授になってからは、社会福祉の「勉強」も少しずつ始め、2013年に日本福祉大学学長、本年、日本社会福祉教育学校連盟会長に就任してからは、それに力を入れるようになりました。

厚生労働省の新たな福祉サービスのシステム等のあり方検討プロジェクトチームが9月17日に発表した報告「誰もが支え合う地域の構築に向けた福祉サービスの実現-新たな時代に対応した福祉の提供ビジョン-」(以下、「ビジョン」)は発表直後に読んで、これは今後の福祉改革だけでなく、福祉系大学の教育改革を考える上での「必読文献」であり、学校連盟としてもシッカリ議論した方が良いと感じました。そこでその手始めとして、10月6日に、本学の「大学改革委員会」(学部長や大学役職者で構成)で、「『ビジョン』の概要・分析と本学の対応課題」について報告し、率直な討論を行いました。これは、「ビジョン」について福祉系大学や福祉系団体が行った最初の本格的検討だと思います。さらに「ビジョン」の重要性は福祉関係者だけでなく、医療関係者にも知らせる必要性があると感じ、『日本医事新報』10月14日号に論評を発表しました。これのコピーは報告レジュメの後に付けました(3)

本日の報告は、これら本学の大学改革委員会での報告・討論と『日本医事新報』論文をベースにして行います。「ビジョン」全体の検討は研究者の視点から行いますが、「ビジョン」が提起している改革の第3の柱(「総合的な福祉人材の確保・育成」)については、学校連盟会長・日本福祉大学学長の視点も加味して検討します。後述するように、私は第3の柱については強い危機意識を持っています。

1.プロジェクトチームと「ビジョン」全体の構成・特徴

(1)プロジェクトチームの構成

まず、プロジェクトチームと「ビジョン」全体の構成・特徴について述べます。

プロジェクトチームは3層構造、構成員は合計37人の大所帯です。第1階層(トップ)である「プロジェクトチーム」は、3局長(雇用均等・児童家庭局長、社会・援護局長、老健局長)と障害保健福祉部長、政策統括官(社会保障担当)の5人で構成されています。第2階層である「幹事会」は上記3局と健康局の課長と政策統括官社会保障担当参事官の17人で構成されており、第3階層である「ワーキングチーム」は4局の室長・課長補佐等と政策担当統括官社会保障担当参事官室室長補佐の15人で構成されています。以上のように構成員は全員、厚生労働省の職員で、大学研究者等は含まれていません。

「プロジェクトチーム」の主査、「幹事会」の主幹事、「ワーキングチーム」のリーダー(各1人)の所属はすべて社会・援護局(それぞれ局長、課長、室長)です。そのため、「ビジョン」は社会・援護局主導でまとめられたと思われます。それに対して、障害福祉部所属は、「プロジェクトチーム」に障害保健福祉部長が入っているだけです。

(2)「ビジョン」の構成と全体的特徴

次に、「ビジョン」の構成と全体的特徴を述べます。「ビジョン」は次の5部構成です。1.総論、2.様々なニーズに対応する新しい地域包括支援体制の構築、3.サービスを効果的・効率的に提供するための生産性向上、4.新しい地域包括支援体制を担う人材の育成・確保、5.今後の進め方。

「ビジョン」の中心は、2~4の3つであり、「ビジョン」の「概略図」では、新たな福祉サービスを構築するための「改革の方向性」として、2~4に対応する以下の3つが示されています:「ニーズに即応できる地域の福祉サービスの包括的な提供の仕組み」、「生産性の向上」、「総合的な福祉人材の育成」。

言うまでもなく、福祉系大学の教育改革・経営を考える上で特に重要なのは3番目の柱です。ただし、この部分の記述はやや抽象的であり、他文書や非公開情報で補う必要があります(この点については後述します)。

「ビジョン」は、厚生労働省の公式報告ではなく、「叩き台」です。今後、これをベースにして、省内と社会保障審議会社会福祉部会等での検討→法制化が進められると思われます。「ビジョン」の最後には、「本ビジョンをもとに、工程表を作成し、省内外において横断的な推進体制を構築する」と書かれています。

私は福祉の研究者ではありませんが、何人かの同僚等に聞いた範囲では、福祉分野で、社会保障審議会社会福祉部会や特定のテーマについての外部有識者による検討会等を経ないで、改革案が示されるのは珍しいようです。それだけに、厚生労働省の今後の改革(短期と中期)の方向・願望が比較的ストレートに示されていると思います。

しかも、改革には、長年福祉の関係者や研究者が求めてきたものも相当含まれ、妥当なものが多いと思います。例えば、縦割行政の改善、「地域(づくり)」・「まちづくり」重視です。

私が特に評価できるのは、安倍政権の公式方針と異なり、①福祉分野への市場原理導入がないこと、および②家族を含む「自助を基本」とする表現・社会保障観がないことです。①は、安倍政権が6月に閣議決定した「骨太方針2015」には「公共サービスの産業化」、「社会保障関連分野の産業化」が打ち出されていたのと対照的です。これは、社会保障政策を長年担ってきた厚生労働省の矜持の現れかもしれません。

他面、今後、改革を実現するための財源については全く触れておらず、「ビジョン」で示された改革が今後どこまで実現するかは不透明です。また、近年の厚生労働省の文書の常として、「ビジョン」も国の公的責任についての記述が弱いこと、および「ビジョン」自身も「互助機能の低下」と認めている「地域」をいわば打ち出の小槌のように安易に用いていることも気になります。なお、「ビジョン」には、厚生労働省の2016年度予算概算要求における福祉分野の新規事業(各種「モデル事業」等)の「理論武装」という面もあると思います。

以下、改革の3つの柱に沿って紹介・検討します。

2.第1の柱「様々なニーズに対応する新しい地域包括支援体制の構築」

まず、改革の第1の柱「様々なニーズに対応する新しい地域包括支援体制の構築」について述べます。第1の柱では様々な提言がなされていますが、最も注目すべきことは、地域包括ケアシステムの対象拡大だと思います。

「新しい地域包括支援体制」は「全世代・全対象型地域包括支援」を意味し、以下のように説明されています。「高齢者に対応する地域包括ケアシステムや生活困窮者に対する自立支援制度といった包括的な支援システムを、制度ごとではなく地域というフィールド上に、高齢者や生活困窮者以外に拡げるもの」。「高齢者に対する地域包括ケアを現役世代に拡げる」。「高齢者、障害者、児童、生活困窮者といった別なく、地域に暮らす住民誰もがその人の状況に合った支援が受けられるという新しい地域包括支援体制を構築していく」。「包括的な相談システムは、(中略)将来的には、法的な位置づけについても、適切に検討すべきである」。

以上から分かるように、「新しい地域包括支援体制」は、実質的には、現在法制度上は高齢者に限定されている「地域包括ケアシステム」の対象の全年令への拡大と言えます。ただし、「ビジョン」では、「高齢者に対する地域包括ケアシステム」と「生活困窮者に対する自立支援制度」が同レベルで扱われており、新しい体制も「地域包括ケアシステム」ではなく、「地域包括支援体制」という、現行の2つの制度を折衷した表現が用いられています。他面、障害者福祉についての記述はきわめて弱いと感じました。

なお、私は地域包括ケアの推進・拡大には賛成ですが、現在の安倍政権の下では、それには2つのブレーキ-1つは家族介護の強化による「介護離職」の増加、もう1つは医療・介護費の過度の抑制-が罹るかかると判断しています。この点は、拙新著『地域包括ケアと地域医療連携』第1章で詳しく述べました。

第1の柱で、もう1つ注目すべきことは、「福祉」領域の拡大です。「新しい連携のかたちは、福祉分野に止まるのではなく、福祉以外の分野に拡大していかなければならない」とされ、具体的には、雇用分野、農業分野、保健医療分野、介護分野、教育、司法、地域振興その他の分野への拡大が提唱されています。他面、「ビジョン」全体で、「社会福祉」という用語は、なぜか、一度も用いられていません。

手前味噌ですが、「福祉」の拡大は、日本福祉大学が掲げる平仮名の「ふくし」とも合致しています。本学は2004年以降、「福祉」=「すべての人々の幸せ」と再定義し、それを平仮名で「ふくし」と表現しています。2013年の創立60周年を機に、学内討議を経て「地域に根ざし、世界を目ざす『ふくしの総合大学』」という大学コンセプトを決定し、翌2014年には「ふくしの総合大学」の商標登録を取得しました(4)

3.第2の柱「サービスを効果的・効率的に提供するための生産性向上」

次に改革の第2の柱「サービスを効果的・効率的に提供するための生産性」について述べます。この部分の記述は、「骨太方針2015」に含まれた「サービス業の生産性向上」、「介護の生産性向上」の具体化とも言えますが、厚生労働省の福祉分野の文書が、「生産性の向上」に本格的に言及したのは初めてと思います。私は、ここで、経済学的に正確な「生産性」(効率化)の定義とそれを向上する方法が明示されたことに注目しました。

まず、「生産性とは、生産資源の投入量と生産活動により生み出される産出量の比率として定義され、投入量に対して産出量の割合が大きいほど効率性が高いことを意味する」と述べています。次に、「生産性向上に向けた具体的な取組」として、「①先進的な技術等を用いた効率化」、「②業務の流れの見直し等を通じた効率化」、「③サービスの質(効果)の向上」の3つをあげています。

①「先進的な技術等を用いた効率化」については、「介護者・介助者の負担を軽減するためのロボットや、被介護者たる高齢者や障害者の自立支援を行うためのロボット機器等、労働集約性の高い福祉サービスにおいても便利と考えられる機器が開発されるようになってきている」、「ロボットだけでなく、ICTの導入・活用も重要」と指摘しています。厚生労働省の福祉改革についての文書で、ロボットやICTがこれほど強調されたのは初めてと思います。

②「業務の流れの見直し等を通じた効率化」は、従来から言われていることだと思います。なお、①・②は、イノベーションの経済学における「プロダクト・イノベーション」(製品革新)と「プロセス・イノベーション」(工程革新)の2区分に対応しています。

③「サービスの質(効果)の向上」では、「生産性の向上の議論においては、『生産性の向上を目指すとサービスの質の低下を招くのではないか』と懸念されることがあるが、生産性の向上とサービスの質の向上は決して相反するものではない」として、「これからの人口減社会の中で労働力の確保に一定の制約がある状況においては、サービスの質(効果)の向上を目指す前提としても生産性の向上が必要であるとの共通認識が必要である」と強調しています。これは重要な指摘であり、今後、福祉分野でも、この視点からの生産性の向上(効率化)は不可欠と思います。

なお、医療分野では、1987年(=28年前!)の厚生省「国民医療総合対策本部中間報告」が、初めて「医療の効率化」(「良質的で効率的な国民医療」)を提起しました。ただし、それには「効率性」の具体的説明はなかく、しかも、当時、効率化はほとんど医療費抑制と同義として用いられたため、医療関係者の反発を招きました。しかし、その後、30年で、病院経営においては「医療の効率化」は定着したと言えます。

ただし、個々の記述には「甘い」ものも少なくありません。例えば、「生産性向上は従業員の賃金上昇につながることが期待できる」との記述です。しかし、本年9月に発表された『平成27年版労働経済白書』によると、日本では、アメリカ・ユーロ圏と異なり、1990年代以降、労働生産性(1人当たり実質労働生産性)の上昇が賃金(実質雇用者報酬)上昇につながっていません(65頁)

4.第3の柱「新しい地域包括支援体制を担う人材の育成・確保」

改革の第3の柱「新しい地域包括支援体制を担う人材の育成・確保」は、「はじめに」で述べたように、今後の福祉系大学の教育改革を考える上で極めて重要なので、少し詳しく述べます。以下、引用文中のゴチックは私がつけました。

(1)「基本的な考え方」

まず、(1)「基本的な考え方」の「新しい地域包括支援体制において求められる人材像」では次のように述べています。「新しい地域包括支援体制においては、限られた人的資源によって、複合化・困難化したニーズに対して効果的・効率的に支援を提供するため、①要援護者やその世帯が抱える複合的な課題に対して、切れ目ない包括的な支援が一貫して行われるよう、支援内容のマネジメントを行うこと、②複合化・困難化した課題に対し、個別分野ごとに異なる者がサービスを提供することが困難な場合もあるため、地域の実情に応じて、分野横断的に福祉サービスを提供できること、が求められる」。

さらに、「このような新しい地域包括支援体制を担う者としては、①複合的な課題に対する適切なアセスメントと、様々な社会資源を活用して総合的な支援プランを策定することができる人材、②福祉サービスの提供の担い手として、特定の分野に関する専門性のみならず福祉サービス全般についての一定の基本的な知見・技能を有する人材が求められる」とされています。

次の「求められる人材の育成・確保の方向性」は略して、その次の「中長期的な検討課題」では以下のように述べています。「新たな地域包括支援体制の基盤となる人材には、分野横断的な知識、専門性を有することが求められるのであり、こうした人材を育成・確保するためには、分野横断的な資格のあり方も含めた検討が必要となる」。そのための検討事項(①~③)は略します。

(2)「新しい地域包括ケア支援体制を担う人材の育成・確保のための具体的方策」

(2)「新しい地域包括ケア支援体制を担う人材の育成・確保のための具体的方策」の冒頭の「人材の育成・確保に向けた具体的方策」では6つの方策を示しています。福祉系大学が一番注目すべきは①です。

①「包括的な相談支援システム構築のモデル的な実施等」では、「専門的な知識及び技術をもって、福祉に関する相談に応じ、助言、指導、関係者との連絡・調整その他の援助を行う者として位置づけられている社会福祉士については、複合的な課題を抱える者の支援においてその知識・技能を発揮することが期待されることから、新しい地域包括支援体制におけるコーディネート人材としての活用を含め、そのあり方や機能を明確化する」と述べています。

②「福祉分野横断的な基礎的知識の研修」では、「保育・障害・介護など、様々な福祉分野の共通的な基礎的知識を習得するための研修等の創設などの方策を講じる」としています。③「福祉人材の多様なキャリア形成支援・福祉労働市場内での人材の移動促進」では、「福祉資格保有者が他資格を取得する際の試験科目の免除や、複数資格の取得を容易にするための環境整備」、「中核的な役割を果たすべき人材である介護福祉士の養成促進」をあげています。④「潜在有資格者の円滑な再就業の促進」では、「離職した介護福祉士」、「潜在保育士」について触れ、⑤「介護人材の機能分化の推進」では「介護福祉士のマネジメント能力や他職種との連携能力の向上」を強調しています。⑥では「多様な人材層からの参入促進」をあげています。

(3)私の危機意識と福祉系大学の対応

私は、「ビジョン」の以上の記述および独自に入手した非公式情報から、厚生労働省の、現在の福祉人材、特に社会福祉士と精神保健福祉士、およびその養成施設での(縦割り)教育への強い不満を読みとりました。社会福祉士についての記述は1か所しかなく、しかも、「福祉に関する相談に応じ、助言、指導、関係者との連絡・調整その他の援助を行」っている者ではなく、これらの業務を(法的に)「行う者として位置づけられている社会福祉士」=実際にこれらの業務を行っているとは明示しない、突き放した表現がされています。学校連盟と社養協が長年求めている「社会福祉士の任用拡大」についてはまったく触れていません。さらに、3の柱では「精神疾患」を持つ人々への支援について書かれているにもかかわらず、精神保健福祉士についての記述はありません!?「ソーシャルワーカー(ソーシャルワーク)」という用語もまったく使われていません。

それに対して、介護福祉士には3回言及しています。昨年10月にまとめられた「福祉人材確保対策検討会における議論の取りまとめ」もほとんど「介護人材」の確保について検討・提言しています。

学校連盟元会長・現顧問の大橋謙策氏は、近著で、「ビジョン」について、「残念なことに、これらニーズ対応型のサービスのあり方が問われ、かつそれらを担う人材のことにも触れられているにも関わらず、社会福祉士、精神保健福祉士というソーシャルワーカーについてはあまり言及されていないのはそれらの職種が期待されていないからであろうか」と述べています。私も「ビジョン」を一読して、まったく同じ印象を持ちました(5)

視点を変えて、私が読み解いた今後「求められる人材像」は、(i)支援のマネジメント、アセスメント能力を持ち、(ii)分野横断的な福祉サービスの知識・技術を有し、しかも(iii)第2の柱で強調されているICTを駆使できる人材です。ちなみに、第3の改革の項では、「分野横断的」という表現が5回も使われています。

私は、これら3つは適切と思います。私は、福祉系大学の学生が(i)と(ii)の能力を身につけるためには、社会福祉職と他職種との連携を体感できる「多職種連携教育」の導入・拡充が不可欠だと考えています。さらに、福祉系大学の教員自身が、自己の狭い専門の殻を破って、大学の内外で「多職種連携」の教育・研究・実践に積極的に参加する必要があると思います。

福祉系大学がこのような改革を速やかに行い、上記3要件を満たす実力のある社会福祉士を多数養成すれば、社会福祉士の職域は大きく拡大し、高校生・受験生の福祉離れも克服できる可能性があります。言うまでもありませんが、以上の大前提は、社会福祉系大学の卒業生が、社会福祉士資格を取得することです。

さらに、今後は、福祉系大学では、社会福祉士だけでなく、他の関連資格の取得を促進するための教育改革も必要になるかもしれません。また、大規模校では、複数資格を取得するための「研修等の創設」への対応も必要になると思います。なお、本年4月頃話題になった、介護福祉士と保育士の資格一元化・一本化は、ごく一部の官僚が省内での根回しもせずにぶち上げた「アドバルーン」で、現時点では立ち消えになっているそうです。

逆に、福祉系大学がこれに対応できないと、福祉と福祉系大学の地盤沈下はさらに進みます。しかも、他の専門職(看護師・保健師、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士、さらには9月に制度化が決まった公認心理士等)が拡大した「福祉」領域にどんどん参入し、福祉系大学卒業生の就職難が生じる危険があります。

ただし、このような高度の能力を持つ人材を福祉系大学の学部教育のみで大量に養成するのは困難であり、大学院教育や認定社会福祉士養成との「棲み分け」も必要になると思います。また、財源の裏付けがなされない中では、このような高度な福祉人材の需要・任用ははどれくらい増えるのか?という疑問もあります。これは本学の大学改革委員会で「ビジョン」について検討したときに、出された率直な疑問です。

おわりに-急がれるソ教連としての検討と対応

以上、「ビジョン」についての私の分析と第3の柱についての私の危機意識を述べてきました。私は、福祉教育関係の3団体は1年半後の組織統合を待たずに、ソ教連として、速やかに、「ビジョン」も含んだ、社会福祉・社会福祉士制度の改革の検討と意見集約・提案に取り組む必要があると思います。そのための「特別委員会」もできるだけ早く設置したいと考えています。以上で、私の報告を終わります。

引用文献


4.追悼文:故三浦文夫先生を偲び、思い出を語る集い「思い出及び感謝の言葉」

(2015年11月3日、東京・アルカディア市ヶ谷で開催。日本福祉大学ホームページ「学長メッセージ欄」に掲載)。

日本福祉大学学長・日本社会福祉教育学校連盟会長 二木 立

こんにちは、日本福祉大学学長・日本社会福祉教育学校連盟会長の二木立です。

故三浦文夫先生は、日本福祉大学の教員(1954~65年)としても、学校連盟の会長(1991~1993年)としても、私の大先輩です。ただし、私は三浦先生とは、一度しかお話ししたことがありません。そこで、私が医療経済・政策学の研究者として、三浦先生に以前から共感していることを述べ、「感謝の言葉」に代えたいと思います。

私は臨床医(リハビリテーション専門医)出身で、しかも大学卒業後13年間東京の民間病院に勤務していたため、医療政策の研究をする時に、医療費面での公的責任だけでなく、①医療サービスの質・医療技術の向上と②民間病院の役割の重要性を常に強調してきました[補注]。そのために、三浦先生が福祉政策を論じられる際に、①福祉サービスの質の向上と②民間事業者の役割の重要性を、先駆的に強調されていたことに、以前から共感しています。

実は私は今までは、ドイツの大哲学者ヘーゲルの教え「何か偉大なことをしようとする者は、(中略)自己を限定することを知らなければならない」を守り、研究の対象を「医療(政策)」に限定していました。しかし、本年5月に日本社会福祉教育学校連盟会長になってからは、「福祉(政策)」についてもきちんと勉強し、発言しなければならないと感じています。そのために、今後は、三浦先生のご業績をシッカリ勉強させていただこうと思っています。よろしくお願いします。

最後に、最近、『AERA』10月26日号(38-39頁)を読んでいて知った、作家・故伊藤計劃(けいかく)さんの名言を紹介させていただきます。伊藤さんは、8年間にわたるがんとの闘病の末、2009年3月に34歳の若さで亡くなったのですが、死の1年前に次の言葉を残したそうです。「人間は物語として他者に宿ることができる。人は物語として誰かの身体の中で生き続けることができる」(「人という物語」)。伊藤さんの作品の評価は死後一層高まり、時が経つにつれてカリスマ性を強めているそうです。同じように、三浦先生のご業績も、私たちの身体・心のなかで、いつまでも生き続けると思います。以上です。

[補注]

この点は、1989年11月の社会医学研究会30周年記念研究会での報告「医療政策を分析する視点・方法論のパラダイム転換」(『90年代の医療-「医療冬の時代」論を越えて』勁草書房,1990,72-89頁)で、初めて包括的に述べました。


5.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文
(通算117回.2015年分その8:6論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○[アメリカにおける]病院統合の潜在的危険 [医療の]質、アクセス、価格への含意
Xu T, et al: The potential hazards of hospital consolidation Implication for quality, access and price. JAMA 314(13):1337-1338,2015.[評論]

アメリカでは最近5年間に病院統合が増加し、2014年には95病院が合併した。最近実施された306の医療圏調査は、「高度に競争的」市場はもはや存在せず、半分近い医療圏が「高度に集中的」であることを明らかにした。このような新しい病院コングロマリットの意味は何であろうか?病院統合にはメリットもあり、それにより加盟病院の医療の質のコントロールが改善するとの主張もある。これは潜在的便益かもしれないが、医療の質と安全の代表的成功事例のほとんどは、競合する病院が結成した連携組織により生じている。もう一つの潜在的便益は、巨大病院システム(病院チェーン)が患者を症例数の多い基幹病院に集約することによるアウトカムの改善であるが、この便益も病院統合なしで実現しうる。競争の重要な側面は、病院が市民の支持を得るために、医療の新しいモデルを開発することである。競争の弱い市場での巨大病院チェーンの増加はアウトカムの改善に失敗するだけでなく、医療利用を過度に誘発する可能性もある。病院統合は医療価格の上昇をもたらす可能性もある。病院統合と医療価格の関連を調べた最近の4つの調査によれば、統合後、価格は20~45%増加していた。これは保険料の上昇と患者負担の増加をもたらす。逆に、病院統合により費用が低下したことを示した研究は現在まで皆無である。

二木コメント-アメリカで急速に進んでいる病院統合の影響についての最新の主な実証研究を紹介した便利な評論です。「病院統合により費用が低下したことを示した研究は現在まで皆無」と言い切っているのが印象的です(私自身も、それを実証した厳密な研究を読んだことがありません)。

○[アメリカにおける]大腿骨骨折で急性期後医療施設から地域に退院した患者の最初の30日間の調査
Leland NE, et al: An examination of the first 30 days after patients are discharged to the community from hip fracture post acute care. Medical Care 53(10):879-887,2015.[量的研究]

急性期後医療施設(スキルドナーシングホームとリハビリテーション専門病院。以下、PAC)でのリハビリテーションは患者の自立の最大化と安全な地域移行(自宅退院)を目ざしている。しかし、「地域への退院の成功」(successful community discharge自宅退院後30日以上地域での生活を続けることと定義)やPAC間でのこのアウトカムの違いについてはほどんど知られていない。そのためにメディケアの全国・全数データを用いて、後方視的観察調査を行った。対象は、地域で生活しており、出来高払いのメディケア給付を受けている75歳以上の高齢者で、初発大腿骨骨折のため急性期病院に1999~2007年に入院した患者1,062,880人のうち、PACに転院した患者880,339人(83%)である。平均在院日数は急性期病院6.3日、PAC26日である。

これら患者のうち581,024人(66%)が地域に退院したが、そのうち14%は退院後30日未満で病院・施設に再入院した(急性期病院に67.5%、PACに16.8%)。その結果、「地域生活継続成功」患者割合の平均値は57%であった(66%×86%)。それの中央値は49%であった。PACのうち、地域生活成功の割合が低い下位4分の1は、上位4分の1に比べて、患者の年齢が高く、合併症も多く、年間入院患者数は少なかった。

二木コメント-アメリカの大腿骨骨折患者の「流れ」と「地域生活継続率」についての、貴重な全数調査です。日本と比べ、急性期病院とPACでの在院日数が桁違いに短いこと、急性期病院からPACへの転院率の高さ、および「地域への退院の成功」率(PAC退院患者のうち、地域に退院し、そこで30日以上とどまった患者の割合)の低さが印象的です。なお、本論文では、「地域」と「自宅」は同じ意味で使われています。

○日本の公的普遍的[介護保険]制度の下での、介護者・世帯の特性に関連したフォーマルな長期ケア利用の格差:2001-2010年
Tokunaga M(徳永睦), et al: A gap in formal long-term care use related to characteristics of care givers and households, under the public universal system in Japan: 2001-2010. Health Policy 119(6):840-849,2015.[量的研究]

日本での公的介護保険制度導入後、社会経済的特性が異なる世帯間で、長期ケアの普遍的提供が平等化したか否かを調査した。その際、主介護者のジェンダーと婚姻状態、及び所得に焦点を当てた。4回の全国世帯動態調査(2001,2004,2007,2010年)の横断面データを用い、多重ロジスティック回帰分析を行い、被介護者の属性を標準化した上で、介護者と家計の特性別のサービス利用のオッズ比を算出した。その結果、サービス利用のパターンは、調査期間に介護者の構成が変化したにもかかわらず、一貫して、介護者のジェンダーと婚姻状態に規定されていた。世帯の所得レベルの違いによるサービス利用の格差は、介護保険開始直後にいったん縮小したが、世界経済危機による不況後に拡大した。介護保険が導入された後も、伝統的なジェンダーと結びついた規範と能力が、世帯のインフォーマルケアの供給とフォーマルなサービス利用の選択に影響を与えていた。サービス利用の平等を改善するためには、介護保険制度は、ジェンダー規範と経済的格差に関連したバリアーを克服して、介護者と被介護者及び世帯の多様化するニーズに応える必要がある。

二木コメント-東京大学大学院医学系研究科の橋本英樹教授グループの緻密な(その分、難解な)研究で、従来経験的に主張されてきたことを定量的に示しています。ただし、記述は難解です。

○[デンマークにおける]世界初の脂肪税の成功と失敗
Bodker M, et al: The rise and fall of the world's first fat tax. Health Policy 119(6):737-742,2015.[政策研究]

デンマークは2011年に世界初の飽和脂肪酸課税(2.3%以上の飽和脂肪酸を含む食品(バター、チーズ、肉類等)を対象とする課税。以下、脂肪税)を導入したが、わずか15か月後に廃止された。本論文の目的は脂肪税の導入と短期間での廃止をめぐる政治的プロセスを調査することである。我々の検討は、産業界・業界団体がこれに深く関わったことを示唆している。産業界の代表は、脂肪税導入反対のため以下の戦術をとった:提訴の脅し、厚生損失の予測、エビデンスに対する疑問の投げかけ、焦点ずらしと施行延期の要請。法施行後も、食品業界は、ロビー活動やEUレベルでの提訴等の、反対運動を続けた。しかし、それ以外の要因も脂肪税の失敗に寄与していると思われる。脂肪税は設計がズサンであると批判され、保健医療専門職、政治家、市民の支持を徐々に失っていった。最終的には、脂肪税は財政的理由から廃止された。本研究は、政治家は脂肪税を、公衆衛生の推進という視点よりは、財源確保の手段と見なしており、それが大きな弱点になったことを示す。さらに、産業界の利害関係者の強大な影響力は公衆衛生専門職のそれより比較にならないほど大きかったこと、彼らは政策形成においてもっと積極的役割を担うべきことを示す。

二木コメント-日本でも、「保健医療2035」で唐突に「砂糖など健康リスクに対する課税」が提唱されたので、参考までに紹介します。「テキスト分析」の手法で書かれており、臨場感があります。

○[アメリカにおける]患者中心の医療とは何か?諸モデルの類型と使命
Tanenbaum SJ: What is patient-centered care? A typology of models and missions. Health Care Analysis 23(3):272-287,2015.[理論研究]

アメリカで最近導入された医療実践や政策は「患者中心の医療」と自称している。しかしこの用語の意味については論争が続いており、曖昧である。本論文は、「患者中心の医療」の諸モデルの類型を提起する。アメリカの医療の患者中心の医療についての広汎な文献分析により、患者中心の医療モデルは、強調点の違いにより、以下の4類型に分けられる:①患者全体対特定の患者、②患者対医療提供者、③患者・医療提供者・国家対「制度」、④患者と医療提供者を「人」として扱う。これらの類型は、以下の3側面から区別される:①認識論、②実践、②政策手段。この分析に基づいて、本論文は、患者中心の医療と称するすべての提案に対して、以下の4つの問いを発することを推奨する:①その医療は目的のための手段か、それとも目的そのものか?②患者は主体か客体か?③個々の患者か集合的患者か?④患者が何を欲し何を必要としているかをどのようにして知るのか?本論文で提起した類型は、諸モデルが全面的に両立するわけでも、全面的に対立するわけでもなく、特定の実践や政策において有用に結合されうることを示す。他面、諸類型間の内的な矛盾は一貫した患者中心の医療の実現の妨げになる可能性もある。

二木コメント-きわめて思弁的な論文ですが、アメリカだけでなく日本でも、明確な定義がなされずに情緒的に使われている「患者中心の医療」について掘り下げて考える上では参考になると思います。

○能動的連帯とそれへの不満
Trappenburg MJ: Active solidarity and its discontents. Health Care Analysis 23(3):207-220,2015.[理論研究]

伝統的福祉国家は受動的連帯に基礎づけられていた。心身共に健康な市民が、通常は支払い能力原則に基づいた累進課税により、税や社会保険料を支払っていた。高齢者、虚弱者、不健康者、障害者は、通常は閑静な場所(丘の上、森の中、海辺)にある入所施設でケアを受けていた。1980~90年代に、理念は変わった。専門職、患者および政策形成者は虚弱者等が、社会の外の入所施設でケアを受けるのではなく、社会の中心(メインストリーム)で生活するのが望ましいと感じるようになった。しかもこの方が安いと考えられた。そのために脱施設化を実現する施策が実施された。本論文は分配的正義の視点から、脱施設化の意味を考え、虚弱者の中でもっとも弱い人びとが脱施設化により不利な立場に置かれていると主張する。健康な市民にとっては、脱施設化は受動的連帯から能動的連帯への移行を意味し、市民は単に税金を支払うのではなく、支援を必要とする人びとを積極的にケアしなければならないとされる。受動的連帯から能動的連帯への移行は善意の市民には利点をもたらすが、社会経済的に弱い立場の人びとには重荷を課すことになる。ここに、脱施設化の政策動向を再検討すべき理由がある。

二木コメント-難解な論文ですが、理念としては一見魅力的な「能動的連帯」・「脱施設化」により、社会経済的にもっとも弱い人びとが不利な扱いを受けるという視点は重要と思います。


6.私の好きな名言・警句の紹介(その132)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<その他>

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