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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻140号)』(転載)

二木立

発行日2016年03月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


お知らせ

○第1回日本福祉大学地域包括ケア研究会公開セミナーを3月14日(月)午後1時~4時半、日本福祉大学東海キャンパスで開催し、冒頭、私が基調報告「地域包括ケアから『全世代・全対象型地域包括支援』へ」を行います(入場無料。申込締切:3月10日。詳細・申し込み方法は添付ファイル (PDFファイルPDF)参照)。

○NPO日本医学ジャーナリスト協会3月例会(3月11日)で、講演「高齢社会における保健医療分野の3つのパラダイムシフト論の真贋の検討」を行います(会費・非会員2000円。申込締切:3月4日。詳細・申込み方法は添付ファイル (PDFファイルPDF)参照。非会員の方は、申込用紙の欄外に私の「ニューズレター」で紹介されたとお書き添え下さい)。


1. 論文:『医療イノベーションの本質』をどう読むか?-日本にはまったく適用できない
(「深層を読む・真相を解く」(51)『日本医事新報』2016年2月13日号(4790号):15-16頁)

今回は、「破壊的イノベーション」で一世を風靡したアメリカの著名な経営学者C・M・クリステンセン氏(ハーバード・ビジネススクール教授)等の包括的な医療改革論『医療イノベーションの本質-破壊的創造の処方箋』(山本雄士・的場匡亮訳。碩学舎,2015(原著2008)を検討します。

前回の連載(50)「厚労相の私的懇談会提言『保健医療2035』をどう読むか?」では、紙数の制約のため触れられませんでしたが、「保健医療2035」には医療イノベーションへの過剰な期待があります。例えば、「イノベーションサイクルが20年程度であるとされることも踏まえると、2035年の保健医療に関する技術は大きな進歩を遂げていることが予測される」(7頁)です。この一文の根拠に上掲書があげられ、しかも訳者の山本雄士氏は「保健医療2035」懇談会委員でもあり、上掲書が「保健医療2035」でも参考にされた可能性があると考えました。ただし、結論的に言えば、これは杞憂でした。

「破壊的イノベーション」とは?

「破壊的イノベーション」とはクリステンセン氏が約20年前に、ディスク・ドライブや掘削機業界等の詳細な事例分析に基づいて提唱した概念です。氏は、ビジネス・イノベーションは、高品質の製品やサービスを提供し既存市場を支配している大企業主導で行われるとのそれまでの通説を批判し、低コストかつ当初は低品質のビジネスモデルを持つ企業が市場の周辺から登場し、徐々に市場での地位を高め、実力ある競合相手を破壊すると主張しました(伊豆原弓『イノベーションのジレンマ-技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社,2001(原著1997))。

『医療イノベーションの本質』では、この破壊的イノベーションは①「牽引技術」(複雑な問題を単純化する技術)、②「低コストで革新的なビジネスモデル」、③「バリューネットワーク」(産業のインフラとなるネットワークであり、参加企業は、破壊的で相互補完的な経済モデルを持つ)の3つの要素からなるとされていますが、根幹を成すのは①牽引技術です(6-7,78頁)。

クリステンセン氏は、破壊的イノベーションをすべての産業に適用できる「一般モデル」・「理論」と主張し、この視点からさまざまな業界を検証しています。本書では、このモデルを適用して、医療が高価で手の届かなかいものになってきた根本原因を説明し、「コストを下げながら高い質を達成する」ための処方箋を提示しています。この前提として、クリステンセン氏等は「基本的問題は医療に特有のものではない」(208頁)と断言し、「医療問題の解決策を導き出すのに医療について学んでいない」とまで豪語しています(5頁)。

医療における破壊的イノベーション

破壊的イノベーション概念を医療に適用するに際して、クリステンセン氏らは医療を、感染症治療等の歴史を踏まえ、①直感的医療、②経験的医療、③精密医療(根本原因に対する効果的な治療)の3段階に分け、精密医療の段階の医療技術を「牽引技術」と定義し、それが「医療費全体を劇的に引き下げる」と主張しています(83-87頁)。

そして医療が「精密医療」の段階に達すれば、破壊的イノベーションにより、「疾患の治療は非常に高コストの専門職[専門医]からさほど高くない総合医や、最終的には看護師や患者自身へと移行し」、それに伴い「多くの感染症ですでに起きているように、国の医療費を抑制する」と主張しています(92頁)。この変化のキーワードは「専門職・医師のコモディティ[日用品化]化」です(104,333頁)。

これに伴い、現在の医療で支配的な「(総合)病院のビジネスモデル」は破壊され、病院の大幅減少、「ソリューションショップ型病院」と「価値付加プロセス型病院」への分化、および医療費の発生場所の入院から病院の外来施設→診療所→患者の自宅への移行という破壊的イノベーションが生じるとしています。これらの変化全体を統合する管理者としては、カイザー財団等のHMOに代表される「統合型定額医療提供者」を最善とし、次いで大企業による従業員の医療管理を推奨しています(第6章)。

さらに、医療提供側の破壊的イノベーションと平行して、医療費支払い側も、出来高払いの医療保険から高免責額保険と健康(医療)貯蓄口座を組み合わせたものへと移行する破壊的イノベーションが進むとしています。その際、支払い側・提供側「双方の側面の改革が協調してなされない限り、どちらの改革も失敗に終わる」と警告しています(21頁)。

アメリカ医療の現実と経営理論の両面から否定

以上、クリステンセン氏等の提唱する医療の破壊的イノベーション論を紹介してきましたが、読者はそれがきわめて思弁的・演繹的であることに驚かれたと思います。もちろん同書は単なる理論書ではなく、アメリカの医療界で生じている様々な革新的事例も多数紹介していますが、破壊的イノベーションという「レンズ」に合うものを恣意的に選んだという印象をぬぐえません。

しかも、本書で書かれた「予測」のほとんどは、本書の原著が出版された2009年以降、8年間のアメリカ医療の現実により否定されています。第6章の「サマリー」では様々な予測がされており、その中心は次の2つです(240-241頁)。

①「統合型定額医療提供者が(中略)繁栄」し、「統合ができない病院チェーンや健康保険はシェアを失」う。

②「非統合市場における包括的な保険商品は、健康貯蓄口座と組み合わされた高免責額の"真の"健康保険にとって代わられる。これらの商品は(中略)2016年には[民間医療保険市場の]90%となる」。

しかし、①について、現実にシェアを伸ばしたのは、病院チェーン、医療保険それぞれの枠内での統合です。②については、健康貯蓄口座と高免責額の組み合わせへの加入者は増加していますが、2015年でも、雇用者提供医療保険加入者の24%にとどまっています(Kaiser Family Foundation, et al: 2015 Employer Health Benefits Survey)。

さらに最近は、経営学研究者からも「破壊的イノベーション」を一般理論と主張するクリステン氏への批判が噴出しているそうです(Disrupting Mr Disrupter. The Economist November 28th 2015:63)。

具体的には、①真の破壊的イノベーターが常に市場の周辺に存在する新参企業であるわけではなく、市場を支配している大企業であることも少なくない。②破壊的イノベーションが常に低価格であるわけではなく、高額で高機能なイノベーションも少なくない等です。これらの批判は、そのまま医療イノベーションにも当てはまると思います。②に関し、大半の医療技術進歩が医療費増加を招くことは、医療経済学の膨大な実証研究で確認されています。

「保健医療2035」の見識

しかも、クリステンセン氏等の医療改革案を日本に適用できない根本原因があります。それは、医療でも市場競争の徹底を主張する氏らの改革案では、日本の国是ともいえる国民皆保険制度は破壊されるし、社会保障制度改革国民会議報告書(2013年)が提唱し、今や医療提供体制改革のキーワードになっている「当事者間の競争よりも強調」、「医療と介護の一体改革」も否定されるからです。

私は2000年に日本の保健・医療・福祉複合体とアメリカの「統合医療供給システム」(IDS)の比較を行い、「国際的にみてわが国と対極にあるアメリカの医療制度・政策を、その歴史的・社会的文脈を無視して、つまみ食い的にわが国へ移植することは不可能である」と結論づけました(『21世紀初頭の医療と介護』勁草書房,2001,288-289頁)。医療経営(改革)についても同じことが言えると思います。

最後に。「保健医療2035」の「2035年のビジョンを実現するためのアクション」は、クリステンセン氏等の改革案をほとんど採用していません。これは「保健医療2035」の見識を示すものと評価できます。

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2.論文:「保健医療2035」を複眼的に読む-「パラダイムシフト」の幻想
(「二木学長の医療時評」(135)『文化連情報』2016年3月号(456号):14-20頁)

はじめに

昔「抜本改革」、今「パラダイムシフト」。これが、医療改革の流行語・スローガン語の変遷について、最近私が感じていることです。

昨年6月に塩崎恭久厚生労働大臣の私的諮問会議が取りまとめた「保健医療2035」が「保健医療におけるパラダイムシフトが必要」と宣言して以来、医療界でこの用語の使用頻度が急に増えた気がします。塩崎大臣自身も、「保健医療2035」を根拠にして、「医療のパラダイムシフト」、「180度転換」の必要性を強調しています(『週刊社会保障』2016年1月4日号:6頁、『TKC医業経営情報』2015年12月号:4頁)【注】

実は私は「保健医療2035」を発表直後に読みましたが、視野は広いが具体性に欠けると判断し、本「医療時評」では取り上げませんでした。しかし、その後、大臣の強い肝いりで、昨年8月に「保健医療2035推進本部」が設置され、提言具体化のための省全体での検討が始められました。さらに、昨年12月7日の社会保障審議会医療保険部会・医療部会「平成28年度診療報酬改定の基本方針」には、「2035年に向けて保健医療の価値を高めるための目標を掲げた『保健医療2035』も踏まえ、『患者にとっての価値』を考慮した報酬体系を目指していくことが必要である」と明記されました。

そこで、「保健医療2035」を無視することはできないと考えを改め、それを再読・三読しました。以下、ほぼそれの記述に沿って、私が評価できる点と疑問に感じた点を、複眼的に書きます。

総論と「健康の社会的決定要因」強調は評価できる

「保健医療2035」は冒頭、「人々が世界最高水準の健康、医療を享受でき、安心、満足、納得を得ることができる持続可能な保健医療システムを構築し、我が国及び世界の繁栄に貢献する」という目標を掲げています。次にそれを実現するための「基本理念:新たなシステム構築・運営を進めていく上で基本とすべき価値観・判断基準」として、「公平・公正(フェアネス)」、「自律に基づく連帯」、「日本と世界の繁栄と共生」の3つを示しています。さらに、「2035年の保健医療が実現すべき展望」として、「保健医療の価値を高める」、「主体的選択を社会で支える」、「日本が世界の保健医療を牽引する」の3つを掲げています(4頁)。

このように崇高でしかも視野が広く、誰もが賛同できる「総論」を掲げた政府関係文書はきわめて珍しいと思います。このことは、委員の平均年齢が42.7歳と若々しく、しかも座長の渋谷健司氏(東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学教室教授)をはじめ「国際派」が多いためと思います。

私が「保健医療2035」の総論(「3.基本理念」)で特に注目したことは、「自律に基づく連帯」の具体的説明で、「個々人の自立のみに依存した健康長寿の実現はなく、必要十分な保健医療のセーフティネットの構築と、保健医療への参加を促す仕組みによって社会から取りこぼされる人々を生じさせないことも保健医療システムの重要な役割である」と強調していることです(11頁)。この部分に限らず、「保健医療2035」には「健康の社会的決定要因」を強調する指摘が随所にみられます。

「7.2035年のビジョンを達成するためのインフラ」の「(1)イノベーション環境」で、「イノベーションは、単に技術革新を指すのではなく、新たな価値や新たなアイデアを創造することで、社会に変革をもたらすことにその本質がある」と広くとらえた上で、「保健医療分野のイノベーションを促すためには、基礎・臨床医学だけではなく、公衆衛生や疫学等の社会医学、医療経済・政策学、経営学、経済学、行動科学、工学などにおける、あらゆる知見を分野横断的に結集し活用する必要がある」(31頁)としているのも、高く評価できます。

私はさらに、「保健医療2035」が医療分野への市場原理導入にまったく触れていないことに注目しました。

これらの点は、自助や自己責任、「公的サービスの産業化」等を強調する安倍政権の多くの公式文書とは対照的であり、見識があると思います。

5つのパラダイムシフトに新味はない

ただし、「保健医療2035」が「2.2035年の保健医療システムに向けて」の「(4)2035年までに必要な保健医療のパラダイムシフト」で示している5点(10頁)は新味がないか、時代錯誤と感じました。その理由は、以下の通りです。

第1の「量の拡大から質の改善へ」については、厚生省(当時)が1987年=28年も前に「国民医療総合対策本部中間報告」で、「わが国の医療は、従来の量的拡大から質的充実の時代を迎えた」とほとんど同じ提起をしています。

第2の「インプット中心から患者にとっての価値中心へ」の「価値」は、報告書全体の文脈から費用対効果の改善、「投入される資源を最大限効果的・効率的に活用」すること(13頁)と理解できますが、これは医療経済学が伝統的に強調していることで、新味はありません。「国民医療総合対策本部中間報告」も、「良質で効率的な国民医療」を提起していました。

第3の「行政による規制から当事者による規律へ」と第5の「発散から統合へ」は、「社会保障制度改革国民会議報告書(2013年)が「II.医療・介護分野の改革」で示した「データの可視化を通じた客観的データに基づく政策」、「医療専門職集団の自己規律」、「機能分化とネットワークの構築」等の言い換えにすぎないと思います。

最後に、第4の「キュア中心からケア中心へ」は、保健・福祉研究者により1980年代から主張されてきた古色蒼然たる「パラダイム転換論」です。ただし、キュアとケアは対立するものではなく、「社会保障制度改革国民会議報告書」は、「治す医療」から「治し・支える医療」(キュアとケアの両方を重視する医療)への転換を提唱し、現在では、それが政府・厚生労働省の公式見解になっています。例えば、「はじめに」で引用した「平成28年度診療報酬改定の基本方針」の「1.改定に当たっての基本認識」の冒頭の「超高齢社会における医療政策の基本方向」の2番目に「『治す医療』から『治し、支える医療』への転換」があげられています。

私が、古色蒼然どころか、時代錯誤と感じたのは、「パラメディカル」が2度も用いられていたことです(38頁)。この用語は1960~1980年代に使われましたが、「パラ(para)」には「副、準、助手」の意味があるため、医師(medical staff)に従属する語感があると批判され、1990年代以降は「コメディカル」(和製英語)に置き換えられています。

「リーン・ヘルスケア」等踊るカタカナ語

「保健医療2035」の特徴の一つは、カタカナ語が非常に多く、しかもそれらの定義がきちんと説明されておらず、言葉が踊っている個所が少なくないことです。

その典型は、「4.2035年に向けた3つのビジョン」の「リーンヘルスケア~保健医療の価値を高める」、「ライフ・デザイン~主体的選択を社会で支える」、「グローバル・ヘルス・リーダー~日本が世界の保健医療を牽引する」のカタカナ語3連発です。私には、副題の日本語表現で十分であり、カタカナ語を使うことにより、読者・国民の理解を妨げると思えます。

例えば、「リーン(引き締まった、贅肉の無い)・ヘルスケア」は2000年以降、アメリカやイギリス等で病院経営改革の流行語になっていますが、昨年発表された膨大な包括的文献レビューは、「『リーン』は見込みがあるが、現在までに得られた知見からは、それが医療に導入された場合の肯定的影響や課題について最終的結論を引き出せない」と結論づけています(1)

歴史的に言えば、「リーン」は、日本経済が世界最強と謳われていた1980年代にアメリカのMITの研究者が日本の自動車産業の「トヨタ生産方式」を研究し、その成果を体系化・一般化した生産管理手法の一種であり、それを国レベルの「保健医療システム」の改革ビジョンとするのは論理の飛躍です。

「具体的なアクションの例」は寄せ集め

「保健医療2035」の量的中心は「6.2035年のビジョンを実現するためのアクション」で、これが各論に当たります。ここでは上述した3つのビジョンに沿って、「2035年に目指すべき姿」と「具体的なアクションの例」が示されています。

しかし、大半はすでに「社会保障制度改革国民会議報告書」(2013年)で提起されたか、同報告書を踏まえて制定された医療介護総合確保推進法(2014年)や医療保険制度改革法(2015年)に基づいて、すでに実施しているか、検討を始めている施策です。それに財務省が経済財政制度等審議会「建議」等で求めている患者負担増や給付範囲の縮小が加えられており、国際貢献策(「(3)グローバル・ヘルス・リーダー~日本が世界の保健医療を牽引する~」。28頁)以外、目新しさはありません。「保健医療2035」は「はじめに」で、「これまでの発想や価値観を転換させ」る必要を強調していますが、各論レベルではそれが何を指すのか理解できませんでした。

これは私の「感度」が鈍っているかもしれないと思い、小黒一正委員(法政大学経済学部教授)のブログ(「『保健医療2035』政策提言の本質は医療版・前川レポートである」)中の「かなり踏み込んだ提言」の例示を読みましたが、やはり理解できませんでした(2)

既存の施策・提言を超えた数少ない提言は、「保険者が、個人ごとの健康管理を的確にサポートすること」・「保険者は(中略)個人ごとの保健医療関連情報の統合と活用を推進する」ことくらいです(19頁)。しかし、このような形での保険者機能の強化は、個人のプライバシーを侵害する危険が大きいと思います。なお、権丈善一氏(慶応義塾大学商学部教授)は、新著『医療介護の一体改革と財政』で、ご自身の十数年に及ぶ慶應義塾大学健康保険組合理事としての経験も踏まえて、保険者機能の強化そのものに疑問を呈しており、私も同感です(3)

財源論から逃げている

「7.2035年のビジョンを達成するためのインフラ」についても、第6章と同じ印象を持ちました。一番残念だったのは、「財源確保方策」で、「公費(税財源)の確保については、既存の税に加えて、社会環境における健康の決定因子に着眼し、たばこ、アルコール、砂糖など健康リスクに対する課税、また、環境負荷と社会保障の充実の必要性とを関連づけて環境税を社会保障財源とすることも含め、あらゆる財源確保策を検討していくべきである」と主張しながら、所得税の累進制、資産課税、企業課税の強化、及び消費税の再引き上げにまったく触れていないことです(35頁)。これは、それらに否定的な安倍首相・官邸の意向に配慮したものかも知れませんが、財源論から逃げていると言わざるを得ません。

おわりに-「保健医療2035」の隠れた使い道はG7サミット?

「はじめに」で述べたように、厚生労働省には「保健医療2035推進本部」が設置され、提言具体化のための省全体での検討が進められています。しかし、「保健医療2035」の基本理念は崇高な反面、5つの「パラダイムシフト」のすべてと、それを実現するための「具体的なアクションの例」の大半は新味に欠け、今後斬新な政策が提案・実施されるとは考えられません。厚生労働省の担当者は、表面的には「保健医療2035」を錦の御旗にしつつつ、実際にはそのうち既存の施策と合致する改革のみを、したたかに「良いとこ盗り」・「つまみ食い」し、そのための予算獲得・権限拡大を目指すと思います。

ただし、「保健医療2035」には1つ、隠れた役割または使い道があるかも知れません。それは、本年5月に日本がホストとなって開かれる「G7(主要国首脳会議)伊勢志摩サミット」で、安倍首相が「保健医療2035」を下敷きにして、「日本が世界の保健医療を牽引」し、「グローバルなルールメイキングを主導する」(28頁)ことを目指して、保健医療分野でのG7共同の国際貢献の提案を行うことです。「保健医療2035」がまとめられた直後の昨年9月および昨年12月に安倍首相がイギリスの『ランセット』誌に、「我が国の国際保健外交戦略」、「世界が平和でより健康であるために」の寄稿文を発表しているのは、その布石かも知れません(4,5)

【注】国会審議で保健医療政策の「パラダイムシフト」を用いたのは塩崎厚生労働大臣だけ

国会会議録検索システムを用いて、「パラダイム」という用語が、国会審議で、いつから、どのように用いられているかを調べてみました。

この用語は2016年1月27日までに443回用いられていました。初出は、1984年2月15日参議院国民生活・経済に関する調査特別委員会高齢化社会検討小委員会で、三浦文夫参考人(社会事業大学教授)が「福祉のパラダイムを変えるべき」と述べました。最新の発言は、2015年9月2日衆議院厚生労働委員会と同年7月9日参議院厚生労働委員会で、塩崎恭久厚生労働大臣が「保健医療2035」は「パラダイムシフト」であると述べました。

「パラダイム」は福祉・医療に限らず、きわめて雑多な領域で、枕詞的・ファッション的に、しかも超党派的に用いられていました(例:人間社会、歴史、20世紀、戦後枠組、国際政治、資源配分、地域開発、経済学、技術、家族)。

「パラダイム」と「医療」の両方を用いた発言は41回ありましたが、医学・医療に直接結びつけていたのは12回だけで、しかも保健医療政策と結びつけて用いたのは、上述した塩崎厚生労働大臣の発言だけでした。それ以外は、特定看護師、医学(3回)、感染症(2回)、生物学、医学教育、社会保障制度、医療や福祉への予算配分に結びつけられていました。これらのうち、厚労(労働)省官僚が用いたのは1回だけで、2002年7月5日衆議院法務委員会厚生労働委員会連合審査会で、高橋亮治健康局長が「メディカルパラダイム」を用いました。

以上から、国会審議で塩崎大臣が保健医療政策の「パラダイムシフト」を用いたのはきわめて異例・史上初と言えます。

【補足】私が「パラダイムシフト」という用語を使わない3つの理由

第1の理由は、トーマス・クーンが提起した「パラダイム」という概念がきわめて多義的であるからです。この概念はクーンが提唱した直後からさまざまな批判が加えられた結果、クーン自身が後年、「これほど曖昧で、しかも重要な問題点を残すものはない」と認め、それに代えて、「『disciplinary matrix専門母体』という言葉を提案」しています(6)

実は、私は同書を読む前、「パラダイムシフト(転換)」という用語の「格好良さ」に惹かれて、原著を読まないまま、「若気の至り」で、1985年(37歳時)に「ADLからQOLへ-リハビリテーション医学におけるパラダイムの転換」という論文を書いたことがあります(7)。しかし、1988年にクーンの上掲訳書を読んでから、この用語を使うことは避けるようにしています。

なお、権丈善一氏は、最近、クーンの著作の詳細な検討を行った上で、「物理学者でもあり科学哲学者でもあったクーンの眼から見れば、パラダイムが存在しうるのが『科学』なのであり、自然科学と違って専門家集団が揃って受容できるようなパラダイムの創造がこれまでなされてこなかった、そしてこれからもなされることがおそらくはなさそうな社会科学は『科学』ではない」と総括し、「社会科学の世界ではパラダイムシフトなど起こりようもない」と結論づけています(8)

第2の理由は、私が2001年に出版した『21世紀初頭の医療と介護』以降、医療の「抜本改革」論(これも一種のパラダイムシフト論です)を批判し、「部分改革」の積み重ねを主張しているからです。同書では、次のように書きました:「日本を含めた先進国では、医療・社会保障制度は、国民生活に深く根ざすとともに、立場によって利害が錯綜しているため、抜本改革(ハードランディング、ビッグバン)は不可能であり、部分改革(ソフトランディング)の積み重ねのみが可能なのである」((9):38頁)。これ以降、イギリス、アメリカ、韓国、そして日本で政権交代が行われましたが、いずれの国でも医療・社会保障制度の「抜本改革」は行われず、「部分改革」のみが行われました。この経験を踏まえて、私は「政権交代でも医療制度・政策の根幹が変わらないことは、(中略)主要先進国の1980年代以降の医療改革の『経験則』」と判断するようになりました((10),(11):95-96頁)。

なお、日本で最初に「抜本改革」論を批判し、「部分改革」の積み重ねを提唱したのは池上直己氏で、1996年に出版されたキャンベル氏との共著『日本の医療』で、次のように述べました:「医療分野においては理論よりも実践的な経験則が、また上からの抜本改革よりも当事者による地道な改善の積み重ねの方がそれぞれ効果的であるように思われる」(12)。この視点は、2015年から策定が始まった「地域医療構想」の精神-「地域の実情に応じた課題抽出や実現に向けた施策を住民を含めた幅広い関係者で検討し、合意をしていく」(「地域医療構想策定ガイドライン」)-にも通じ、きわめて先駆的と評価できます。

第3の理由(これが一番重要)は、わざわざ「パラダイムシフト」という用語を使うまでもなく、今後の日本医療(特に医療提供体制)の改革の大きな方向は、2013年にまとめられた「社会保障制度改革国民会議報告書」に包括的かつ明確に示されており、それ以降、それに基づいた改革が実施されつつあるからです。私は、特に以下の3つの視点・「転換」が重要と考えます。①「治す医療」から「治し・支える医療」への転換、②「病院完結型医療」から「地域完結型医療」への転換、③「医療と介護の一体的改革」。

①は、従来の「治す(のみの)医療」からの転換を求めているだけでなく、「治す医療から支える医療」(キュアからケア)への転換という「治す医療」の否定につながりかねない主張も否定しています。②で、注意すべきことは、「地域完結型医療」は決して病院医療の否定・代替ではなく、逆に、地域医療のなかでの病院の重要な役割とその強化を強調していることです。③は現在の医療と介護の「縦割り」的運用・改革からの転換と言えます。これは、国レベルでは2003年に初めて提起された「地域包括ケアシステム」が当初は介護保険制度改革の枠内で、しかも在宅介護偏重の改革だったものが、その後の10年間で徐々に、医療と介護の両方、施設ケアと入院・入所ケアの両方を包摂したものへと「進化」してきたこととも対応しています(11:第1章第2節)。私は、敢えて「パラダイムシフト」という用語を使うのなら、今後の医療改革で求められている「パラダイムシフト」はこれら3点に尽きると考えています。

[本稿の本文は、『日本医事新報』2016年1月16日号(4786号)掲載論文「厚労相の私的懇談会提言『保健医療2035』をどう読むか?」に、「補足」は日本医師会医療政策会議平成26・27年度報告書掲載予定論文「高齢社会における保健医療分野の3つのパラダイムシフト論の真贋の検討」の「はじめに」に、それぞれ加筆したものです。本文「おわりに」の後半は、千田敏之氏(日経BP社)の示唆を受けて書きました。]

文献

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文
(通算120回.2015年分その11:7論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○[アメリカの]65歳以上のメディケア加入者の1999-2013年の死亡、入院と費用
Krumholz HM, et al: Mortality, hospitalizations, and expenditures for the Medicare population aged 65 years or older, 1993-2013. JAMA 314(5):355-365,2015.[調査研究]

メディケアの入院医療(費)データを用いて、1999~2013年の65歳以上の出来高払いのメディケア加入者の死亡、入院と費用(1人当たり年間医療費、及び死亡者の死亡前1、3,6か月間の医療費)の全国的趨勢を包括的に調査した。総死亡率は1999年の5.30%から2013年の4.45%へと0.85ポイント低下した。10万人・1年当たりの年間総在院日数は35,274日から26,930日へと8344日(23.7%)減少した。減少率は2007年以降顕著であった(1999~2007年-6.3%、2007~2013年-18.5%)。自宅への退院割合は65.94%から60.50%へと5.44ポイント低下したが、ケアサービス付き自宅退院の割合は(退院全体の)10.65%から17.56%へと逆に6.91ポイントも増加した。インフレ調整済みの1人当たり平均医療費は3290ドルから2801ドルへと489ドル(14.9%)低下した。

死亡者100人当たりの死亡前6か月間の平均在院日数は131.1日から102.9日へと28.2日減少していた。死亡前に1回以上入院した死亡者の割合は70.5%から56.8%に低下していた。インフレ調整済みの死亡者の入院医療費は1999年の15,312ドルから2009年の17,423ドルへ上昇したが、その後減少に転じ2013年には13,388ドルにまで低下した。以上の知見に、地域差や人種差はみられなかった。

二木コメント-アメリカのメディケア加入の高齢者全体および死亡者全体の入院医療の直近14年間の全国的趨勢を1年ごとに詳細に明らかにしたきわめて貴重な調査研究です。

高齢者の入院医療の日米比較にも使えると思います。1人当たり入院医療費(インフレ調整済み)が、加入者全体でも、死亡者(2010年以降)でも近年は減少しているのは意外でした。なお、JAMA 314(24),2015のLetters欄(2690-2691頁)には、2007年以降の入院の減少は「経過観察(仮)入院」(observation stays.2日以内の入院で、医療費請求上は外来扱い。2002年に3疾患について入院医療から分離され、2008年から対象拡大)が増加したためだとのCerasale等のコメント、およびそれが増加したのは事実だが入院減少の主因ではないとのKrumholz等の反論が掲載されています。これら、および各論文の引用文献を読むと、アメリカのメディケアにおける最近の入院減少についての研究を鳥瞰できると思います。

○一般市民の終末期選好:日本の全国調査の結果
Kissane LA, et al: End-of-life preferences of the general public: Results from a Japanese national survey. Health Policy 119(11):1472-1481,2015.[量的研究]

本研究の目的は、複数の終末期シナリオにおける、終末期医療と生命維持治療(life-sustaining treatmentes:合計7種類)についての一般市民の選好を明らかにし、これらの選好を評価するための新しい分析枠組みを開発することである。2段階地理的クラスター・サンプリング法を用いて、日本で2000人の20歳以上の成人を対象にした郵送調査を行った。4つの終末期シナリオ(ガン、心不全、認知症、遷延性意識障害)を用いた。969人から有効回答を得た(回答率48.5%)。終末期医療の選好は疾患によって異なり、終末期を自宅で迎えることを希望している者はガンで39%、心不全で22%、認知症と遷延性意識障害では10-11%にすぎなかった。生命維持治療の選好はシナリオと治療法により異なっていた。ガン、心不全と認知症では、半数から三分の二が抗生物質と点滴を希望したが、経鼻栄養、経皮内視鏡的胃瘻造設術(PEG)、人工呼吸器、心肺蘇生を希望する者はほとんどいなかった。生命維持治療の選好はガンと心不全の終末期を病院で迎える選好と有意に関連していたが、本モデルでは変動の3-9%しか説明できなかった。認知症ではこのような関連はなかった。結論:自宅での死亡を希望している一般市民は少数であった。終末期を病院で迎える選好の大半は、生命維持治療についての選好以外の要因で説明された。

二木コメント-慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室グループの研究です。一般市民の終末期(ケア)の選好を、疾患・治療法別に分析的に検討し、自宅死亡の選好が少ないことを明らかにした貴重な研究と思います。なお、本研究の元になった日本語の調査研究は厚生労働科学研究費補助金・地域医療基盤開発推進研究事業「終末期医療のあり方に関する調査手法の開発に関する研究 平成23年度研究報告書」(研究代表者:池上直己。ウェブ上に全文公開)だそうです。

○[アメリカ・ニューヨーク州]ロチェスター・メディカルホームモデル事業がプライマリケアの診療、質、利用と費用に与える影響
Rosenthal MB, et al: Impact of the Rochester Medical Home Initiative on primary care practices, quality, utilization, and costs. Medical Care 53(11):967-973,2015.[混合研究]

患者中心のメディカルホーム(以下、PCMH)はプライマリケアの質を改善しつつ、費用と利用を抑制すると期待されているが、PCMHの効果についての初期の研究結果は一致していない。そこで、ニューヨーク州ロチェスターで行われたPCMHモデル事業が費用、利用、医療の質に与える影響を分析した。傾向スコアでマッチングした差の差法により、7つのPCMHモデル事業の、対照群(61のプライマリケアグループ)と比べての効果を分析した。併せて、7つのモデル事業すべてで、PCMH管理者へのインタビュー調査を行った。質の評価は、HEDISの予防医療、糖尿病診療、冠動脈疾患診療の質評価尺度を用いた。費用尺度は入院費用、薬剤処方、総費用とした。

3年後、PCMH事業では「外来でも代替可能な救急外来受診」(ambulatory care sensitive emergency room visits)と画像診断の利用が減少し、プライマリケア受診と臨床検査が増加した。医薬品の処方は増加したが、医薬品費は減少した。PCMH事業では乳ガン検診と糖尿病患者のLDLコレステロール検査の実施率が上昇した。患者1人当たり総費用は、対象群と比べ有意な差がなかった。

結論:PCMH事業は診療を有意に変え、一部のサービスは増やし、他のサービスは削減した。本研究は、最近の多くの研究から得られている、PCMHへの移行は総費用には影響しないとの結果と一致している。

二木コメント-3年間という長期間の調査でも、メディカルホームは総医療費を抑制できないとの結果は貴重と思います。

○34か国におけるプライマリケアの[専門職]構成
Groenewegen P, et al: Primary care practice composition in 34 countries. Health Policy 119(12):1576-1583, 2015.[国際比較研究・量的研究]

人口高齢化と複数の併発疾患(multimorbidity)を持つ患者の増加により、国民の医療ニーズは変化する。プライマリケアは、診療所(practices)に複数の専門職を配置することによりこの事態に対処できる可能性がある。本研究の目的は34か国(ヨーロッパ31か国+カナダ、オーストラリア、ニュージーランド)におけるプライマリケア診療の専門職構成を記述し、それと診療環境との関係、プライマリケアシステムの編成を分析することである。データは34か国の一般医7183人に対する調査から得た。一部の国では、プライマリケアは医師の単独診療により提供されていた。他の国では、診療所の規模は大きく複数の専門職が協働していた。全体としては、診療所の規模と所在地との間に関連はなかった。診療所間の距離が離れている場合には、より多くの専門職が協働している傾向があった。社会的に不利な人々や少数民族等の割合が多い診療所では専門職の数が多かった。プライマリケア志向の労働力開発が強い国や、包括的プライマリケアが提供されている国では、専門職の数が多かった。結論:プライマリケア診療所の専門職構成の違いは大きい。プライマリケアの編成は主に国により違うが、プライマリケアシステムの特性によって説明可能な部分は少ない。

二木コメント-大規模調査ですが、結論(国による違いが大きい)は陳腐です。

○[病院の]認証と医療のプロセス面での質の改善:[デンマークでの]全国調査
Bogh SB, et al: Accreditation and improvement in process quality of care: a nationwide study. International Journal for Quality in Health Care 27(5):336-343,2015.[量的研究]

本研究の目的は、医療のパフォーマンス指標は、医療の質の国際的認証組織(The Joint Commission International またはThe Health Quality Service)の認証を受けた病院では非認証病院に比べて改善するか否かを検証することである。そのために、デンマークの全公立病院のプロセス面での医療の質データ(急性期脳卒中、心不全、潰瘍)を用いて、歴史的追跡調査を行った。認証病院は6、非認証病院は27あり、合計27,273人の患者データから作成した2つの指標が、両群で2004~2006年にどの程度変化したかを比較した。「総合機会基準合成指数」(the overall opportunity-based composite score)は認証病院、非認証病院とも改善したが、改善率は非認証病院の方が高かった。疾患レベルでは有意差はなかった。「全か無か指数」(all-or-none scores)は非認証病院でのみ有意に上昇した。ただし、非認証病院と認証病院間の差は有意ではなかった。結論:病院認証は、急性脳卒中、心不全または潰瘍の診療のパフォーマンス指標の改善とは関連していなかった。

二木コメント-病院認証により医療のプロセス面での質は改善しないとの、ある意味で意外な結果です。ただし、病院認証による医療の質の改善を厳密に(ランダム化試験等で)証明した実証研究はまだないと思います。ご存じの方はお知らせ下さい。

○[アメリカの]メディケア・アドバンテッジ質に応じた支払いプロラムの割り増しインセンティブ支払いは質を改善しなかったが保険が提供するメニューを増やした
Layton TJ, et al: Higher incentive payments in Medicare Advantage's pay-for-performance program did not improve quality but did increase plan offering. Health Services Research 50(6):1810-1828,201.[量的研究]

本研究の目的は、「メディケア・アドバンテッジ医療の質ボーナス支払いモデル事業」における経済的ボーナス支払い額が保険(メディケア・アドバンテッジ。民間保険)が提供する医療の質と提供するメニューの数に与える影響を評価することである。CMS(メディケア・メディケイド・サービスセンター)が公表している、2009~2014年のメディケア・アドバンテッジの質ランキング、各保険のサービス提供地域(郡)、保険への支払いに用いられるベンチマークのデータを用いた。本事業は2012年に始まった。このモデル事業では、すべてのメディケア・アドバンテッジが、質指標(☆の数で表示)に基づくボーナス支払いを受けることができる。一部の郡では、保険は他の郡の最大2倍のボーナスを受けることができた。インセンティブのこのような群間のバラツキを用いて、ボーナスの規模が☆の数および保険が提供するメニュー数に与える影響を、差の差同定戦略により評価した。

差の差分析の結果、2倍のボーナス受給は保険の☆の数の増加と関連していなかった:マッチングした標本では、2倍のボーナス受給は星の数の+0.034増加と関連していたが、これは有意ではなかった。それと対照的に、2倍のボーナス受給は保険が提供するメニューの増加と有意に関連していた:マッチングした標本では、2倍のボーナス受給は+0.814(約5.8%)のメニュー増加と関連していた。2倍のボーナスにより、モデル事業の最初の3年間の支払い額は34.3億ドル増加した。結論:多額の費用増加にもかかわらず、本モデル事業は質の改善とは関連しなかったが、保険が提供するメニューの増加とは関連していた。

二木コメント-アメリカのメディケアにおける質に応じた支払い(P4P)が医療の質の改善を伴わない費用増をもたらすことを改めて実証した最新の研究です。私にはこのモデル事業は「ムダの制度化」(都留重人氏)に見えます。

○ヨーロッパ[7か国]、アメリカ、カナダ、ニュージーランドおよびオーストラリアにおける医師から看護師へのより進んだ役割の業務シフトの導入におけるガバナンスの役割
Maier CB: The role of governance in implementing task-shifting from physicians to nurses in advanced roles in Europe, U.S., Canada, New Zealand and Australia. Health Policy 119(12):1627-1635,2015.[国際比較研究]

医師から看護師への業務シフトは世界的に増加している。しかし、それのガバナンスについての研究はほとんどない。この国際比較研究は、文献スコーピング・レビューと39か国の93人の専門家への調査により、業務シフトのガバナンス・モデルと、それが診療に与える含意を評価する。この政策分析は、上級実践看護・開業看護師(Advanced Practice Nursing/Nurse Practitioner)レベルでの業務シフトを持つ11か国(EU加盟7か国と論文名に書いた4か国)に焦点を当てる。ガバナンスモデルのレベルは、国、分権化、規制なし(雇用者と事業所の裁量に任されている)まで幅がある。国の規制または分権化された規制を有する国では、診療法規で役割を制限していることが障壁となっている。分権化した規制のある国では、診療のバラツキが大きい。ガバナンスを個々の事業所に委ねた国でも、診療のバラツキが大きく、しかもデータは不足し、役割分担はアイマイである。今後の政策選択としては、定期的な法規の更新、分権化の文脈における最低限の調整、診療のバラツキを減らし質を担保するための教育および診療レベルでの要件設定の調整があげられる。EUの視点からは、最初のステップとしては、規制が規制なしよりも好まれる。業務シフトの初期段階にある国は、ガバナンスモデルの違いが診療に影響することを理解する必要がある。

二木コメント-医師から看護師への業務シフトにおけるガバナンスについての初めての国際比較研究です。日本の「特定看護師」等の研究者必読と思います。ただし、記述はかなり難解です。


4. 私の好きな名言・警句の紹介(その135)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<その他>

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