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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻150号)』(転載)

二木立

発行日2017年01月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


お知らせ:

新著『地域包括ケアと福祉改革』(勁草書房)を2017年3月下旬に出版します


1. 論文:地域医療構想をめぐる論点または留意点-日本医療経済学会研究大会シンポジウム報告
(「二木学長の医療時評(144)」『文化連情報』2017年1月号(466号):22-26頁)

私は、医療経済・政策学の視点から、地域医療構想をめぐる論点または留意点と私が考えている以下の3点について述べます。1.地域医療構想は地域包括ケアシステムと一体的に検討する必要がある。2.地域医療構想を推進しても必要病床数の大幅削減は困難。3.地域医療構想を推進しても医療費削減は困難。最後に「補足」として、地域医療連携推進法人はほとんど普及しないことを指摘します。これを第4の論点にしなかった理由は、地域医療連携推進法人は全国的に見れば地域医療構想の脇役にすぎないからです。本報告は、2015年に出版した拙著『地域包括ケアと地域医療連携』の主に第1・2章『公衆衛生』2016年8月号に掲載した拙論「地域包括ケアシステムと地域医療構想」をベースにしています(1,2)

1 地域医療構想は地域包括ケアシステムと一体的に検討する必要がある

最初の論点、地域医療構想は地域包括ケアシステムと一体的に検討する必要があると私が考えている理由は3つあります。

第1の理由は、地域医療構想と地域包括ケアシステムは法・行政的に同格・一体だからです。両者が同格・一体、ワンセットで用いられた最初の政府文書は、民主党野田内閣の閣議決定「社会保障・税一体改革大綱について」(2012年2月)です。それの「医療・介護等①」の項で、「医療サービス提供体制の制度改革[現在の地域医療構想]」と「地域包括ケアシステムの構築」が同格・同列に位置づけられました。

医療提供体制改革と地域包括ケアシステムの同格・同列視は、2012年末に成立した第2次安倍内閣でも踏襲されています。2013年8月の「社会保障制度改革国民会議報告書」は、「地域包括ケアシステムの構築」と「医療機能の分化・連携」を併記し、「医療の見直しと介護の見直しは、文字どおり一体となって行わなければならない」と強調し、「医療と介護の一体的な改革」を提起しました。

2013年12月に成立した社会保障改革プログラム法は、地域包括ケアシステムの法的定義を初めて規定したのですが、第4条第4項で「政府は、医療従事者、医療施設等の確保及び有効活用等を図り、効率的かつ質の高い医療提供体制を構築するとともに、今後の高齢化の進展に対応して地域包括ケアシステム(中略)を構築することを通じ、地域で必要な医療を確保するため(以下略)」とされ、「効率的かつ質の高い医療提供体制」と「地域包括ケアシステム」の構築は同格・一体とされました。この扱いは、2014年の医療介護総合確保推進法でも踏襲されました。

第2の理由は、地域医療構想での「必要病床数」の推計(削減)は地域包括ケアシステムの構築が前提とされているからです。2015年6月に発表された政府の社会保障制度改革推進本部「医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査会」の「第1次報告」中の「2025年の医療機能別必要病床数の推計結果」では2025年の全国の必要病床数が2013年の病床数より15.7万床~19.7万床程度減るとされましたが、その大前提は現在は病院に入院しているが、「医療資源投入量が少ないなど、一般病床・療養病床以外でも対応可能な患者」29.7~33.7万人を在宅・施設に移行させることです。つまり、病床削減は地域包括ケアシステムを推進し在宅・施設で対応する患者を大幅に増加させることが大前提とされているのです。

第3の理由は、大学病院や巨大病院等を除く大半の病院は、地域のニーズに応えるためにも、経営を維持・発展させるためにも、地域医療構想だけでなく、地域包括ケアにも積極的に関与する必要があるからです。地域包括ケアシステムに参加する病院についての明示的な規定はありませんが、一般的には、地域密着型の中小病院(概ね200床未満)が想定されているようです。ただし、大学病院・巨大病院が地域包括ケアに積極的に参加している地域もあります。私の地元の愛知県もその1つです(2:563-564頁)

2 地域医療構想を推進しても必要病床数の大幅削減は困難

次に第2の論点、地域医療構想を推進しても必要病床数の大幅削減は困難と私が考えている理由を述べます(1:42-63頁)。先に述べた「専門調査会第1次報告」は「2025年の医療機能別必要病床数」を115~119万床程度と推計しました。これは現状投影シナリオ(「機能分化等をしないまま高齢化を織り込んだ場合」)の152万床に比べると33~37万床も少なく、2013年の病床数134.7万床と比べても15.7~19.7万床少なくなっています。新聞各紙は後者のみに注目し、「病床、最大20万床削減」等と報じました。
それに対して、私は、2025年の全国の病床数は、「現状投影シナリオ」と「目指すべき姿」の中間、現状の135万床程度になるが、人口減少が大きい「地域医療構想区域」では相当減少すると予測しています。ここで注意していただきたいことは、2025年にも「現状の135万床程度」という予測が決して「現状維持」を意味せず、「現状投影シナリオ」(2025年に152万床)に比べると、実質17万床もの削減になることです。

私がこう予測する理由を説明する前に、拙著『地域包括ケアと地域医療連携』出版後に明らかになった2つのことを追加します。1つは、病床削減の相当部分は、公立病院を中心とした「休眠病床」の返上で達成可能であることです。もう1つは、2017年度末で廃止されることになっている介護療養病床の相当部分は法的には(生活)施設化する可能性が高く、これにより医療法上の病床数も相当減ると思います。ただし、その場合にも、介護療養病床は機能的には存続するため、2006年に介護病床の廃止・削減が突然決まった時に懸念された「介護難民」はほとんど生じないと思います。

病床の大幅削減が困難と考える3つの論理的理由は、以下の通りです(1:55頁)。第1の理由は、医療資源の集中投入なしに平均在院日数短縮と病床削減を行うと、医療者の疲弊・医療荒廃が生じることです。私は、「2025年の医療機能別必要病床数の推計」方法の最大の問題点は、病床の機能分化等を促進するために不可欠な職員増を想定していないことだと考えています。それに対して、民主党野田内閣時代の2011年6月に厚生労働省が発表した「医療・介護サービスの需要と供給の見込み」中の「改革シナリオ」(「2025年モデル・オリジナル版」)は、急性期医療の改革のために、高度急性期病床の職員の2倍化、一般急性期病床の職員の6割増、亜急性期・回復期リハ病床の職員の3割増を想定していました(1:65-70頁)。

第2の理由は、現在は急性期病床の「境界点」とされている「医療資源投入量」を下回る急性期病院の多くが、診療密度を高めて、境界点を上回るための経営努力を強めるからです。第3の理由は、「高齢者の受け入れについては、主に二次救急医療機関が多くを担っているので、二次救急の対応能力の底上げが必要」(武田俊彦厚生労働省大臣官房審議官・当時)ですが、急性期病床の大幅削減はそれに逆行するからです。

以上の論理的理由に加えて、病床削減策失敗の歴史から学ぶ必要もあります(1:59-63頁)。日本では病院病床の大幅削減策・願望は過去4回ありましたがすべて失敗しています。それらは以下の通りです。①1980年代の老人保健施設制度化時の病床半減策。②2000年の第4次医療法改正後の一般病床半減説。③2006年の療養病床の再編・削減策。④2014年診療報酬改定時の7対1病床の大幅削減策。

「社会保障制度改革国民会議報告書」が指摘したように、日本の病院制度は「私的病院主体の『規制緩和された市場依存型』」(民間病院主導)であるため、政府が病院の改廃に絶対的権限を有する国営・公営医療のヨーロッパ諸国と異なり、政府の権限で病院病床を大幅に削減することは不可能です。「上に政策あれば、下に対策あり」。これが過去4回の病院病床大幅削減策の教訓であり、今回の5回目の病院病床大幅削減策にも当てはまると思います。

地域医療構想策定をめぐる都道府県・地域医療構想調整会議での攻防

ここで視点を変えて、地域医療構想策定をめぐる都道府県・地域医療構想調整会議での攻防について3点述べます。

第1は、拙著『地域包括ケアと地域医療連携』でも指摘したように、地域医療構想は「都道府県医療費適正化計画」と一体であり、この計画の側から病床削減圧力が強まっていることです。もっとも痛みの少ない病床削減の方法は「休眠病床」の返上であり、今後、公立病院中心にそれの削減・返上は相当進むと思います。

第2は、2014年の医療介護総合確保推進法により、都道府県には病床削減の強い権限が与えられました-原徳壽医政局長(当時)はそれを「懐に武器を忍ばせている」と表現しました-が、法的に見ても、都道府県が民間病院の病床を削減することはきわめて困難です。しかも、厚生労働省が2015年3月に発表した「地域医療構想策定ガイドライン」は「(医療機関の)自主的な取組」を何度も強調しており、この「武器」が行使されることはまずないと言えます。

第3は、地域医療構想の「必要病床数」は都道府県の行政と医師会・病院団体との力関係等で大きく変わることです。私が、担当者等から直接または講演会等でお聞きした3県の実情は以下の通りです。青森県は公立病院優位であり、県主導で公立病院を中心とした病床削減計画を早々と策定しており、県の担当者も「病床削減が我々のタスク」と発言しています。それに対して、高知県は民間病院が圧倒的に優位であり、県の担当者も「急激な転換で患者の行き場が無くならないよう、経過措置等が必要」と強調しています(以上、9月16日の医療科学研究所シンポジウム「地域医療構想をめぐって-地域医療・その実情と課題」)。三重県も民間病院優位であり、県医師会幹部は「県の医療構想の9割は医師会の線で決まった。この点は日本一」と豪語しています。

3 地域医療構想を推進しても医療費削減は困難

第3の論点、地域医療構想を推進しても医療費削減は困難と私が判断している理由を述べます。

まず、安倍政権・官邸が地域医療構想と地域包括ケアシステムの構築により医療・介護費を削減できると期待しているのは間違いないと思います。ただし、それについて言及した厚生労働省の公式文書はなく、厚生労働省高官や歴代大臣でそれを主張した方もいません。

私自身は、病床のゆるやかな機能分化と「在宅ケア」の推進は必要だし、「高度急性期病床」の集約化・削減も必要だと考えています。ただし、それによる医療費・介護費抑制は困難だとも判断しています。

その最大の理由は、今後、後期高齢者が急増しても、急性期医療ニーズは減らないからです。これについては、『公衆衛生』論文の「後期高齢者急増でも急性期医療ニーズは減らない」で詳しく述べました(2:564-565頁)

この点に関して、私は、「社会保障制度改革国民会議報告書」が、「治す医療」から「治し・支える医療」への転換を提唱したことを高く評価しています。各種の国際調査で明らかにされているように、日本の高齢者の健康水準は世界トップクラスです。そのような健康高齢者が、心筋梗塞や脳卒中等の急性疾患になった場合に、「治す医療」=急性期医療をせずに、最初から「支える医療」=慢性期医療のみをすることは、本人・家族の希望に反するし、現在の国民意識と乖離しています。

現在の日本の診療報酬・介護報酬でも、慢性期病床の医療費と施設ケア・在宅ケアの費用の差は小さく、在宅ケアを推進することによる公的費用の削減はごく限定的です。しかも、医療経済学の膨大な実証研究により、費用を公的費用から社会的費用(公的費用に加えて、私費負担の費用やイ、ンフォーマル・ケアの費用を含む)にまで拡大すると、地域・在宅ケア費用は施設ケア費用よりも高いことが疑問の余地なく明らかにされています(1:184-188頁)

この事実は、厚生労働省の担当者(特に医系技官)も熟知しています。例えば、鈴木康裕保険局長は『病院』2016年12月号のインタビューで次のように述べています。「それから大事なのは、在宅が安いと思われがちですが、サービスを"移動"して提供しなければいけないので、明らかに機会費用が生じます。特に医師は人権費が高く、移動が高額になります。その意味では、本当に孤立した自宅が効率的なのか、それともサ高住のように集まって居住し、下の階や近隣に診療所や訪問看護ステーションがある方がよいのか、在宅のサービス提供のあり方を考えなくてはいけません」(930頁)。

補足:地域医療連携推進法人はほとんど普及しない

最後に「補足」として、地域医療連携推進法人は全国的に見ればほとんど普及しないことについて触れます(1:78-88頁)

その前に強調したいことは、当初(2013年に)提唱された「非営利ホールディングカンパニー」構想には、松山幸彦氏らが提唱したメガ事業体(IHN)構想と権丈善一氏が地域における医療・介護サービスのネットワーク化を図る制度改革の一例として示したものの2つがあったことです。そして、メガ事業体構想には医療の営利産業化の危険がありましたが、厚生労働省の医療法人の事業展開等に関する検討会で早々と否定されました。その結果、最終的には、地域包括ケア・地域医療構想を進めることを目的として、事業範囲を「地域医療構想区域」(二次医療圏)を基本とする「地域医療連携推進法人」に落ち着きました。

私は、地域医療連携推進法人を含む今後の病院再編について、以下のような複眼的予測をしています。地域医療が崩壊の危機に瀕している過疎地域や、高度急性期医療の「過当競争」が生じて公的病院が共倒れの危険がある地域という、いわば両極端の地域を除いた大部分の地域では、地域医療連携推進法人はほとんど設立されない。他面、今後、医療介護総合確保推進法に基づく地域医療構想づくりの過程で、病床機能区分の明確化・棲み分けが10年単位で徐々に進み、それに対応して、病院の再編も進む可能性はかなりある。しかし、その場合も、その主役は地域医療連携推進法人ではなく、大規模病院グループ主導の病院M&Aが優勢になる。

なお、厳密に言えば、地域医療連携推進法人制度には、将来的な医療の営利産業化の火種が残っており、拙著『地域包括ケアと地域医療連携』でも3点指摘しました(1:84-85頁)。ただし、同法人の設立がごく限定的にとどまると予測されるため、これにより日本の医療提供体制全体の営利産業化、ましてや巨大企業の医療支配が生じることはありえません。

[本稿は、2016年12月3日に京都橘大学で開催された日本医療経済学会第40回研究大会シンポジウム「地域医療構想を考える」での報告に一部加筆したものです]

文献

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2. 最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文
(通算130回.2016年分その10:7論文)

○終末期における病院での効果のない治療:問題の広がりについての体系的文献レビュー
Carodona-Morrell M, et al: Non-beneficial treatments in hospital at the end of life: a systematic review on extent of the problem. International Journal for Quality in Health Care 28(4):456-469,2016.[文献レビュー]

本研究の目的は、通常の病院医療において、死亡前6か月のいずれかの時期に提供された客観的に効果がないと判定される治療(過剰治療)の広がりを調査することである。Medline等4つの電子的データベースに1995年1月~2015年4月に掲載された英語文献に加えて、灰色文献(grey literature)も用いて、終末期の高齢者に提供されたが、客観的に効果がないと判定された内科的または外科的な診断・治療、非緩和的処置についての文献を探索した。2人の評価者が、13項目の質評価指標を用いて別々に各文献の質を評価した。

最終的に選択した38文献から得られたエビデンスに基づくと、終末期患者の平均33-38%が客観的に効果がないと判定される治療を受けていた。末期患者に対する蘇生術実施率は平均28%(レインジ:11-90%)であった。ICUでの死亡率は平均42%(同11-90%)、病棟での死亡率は平均44.5%(同29-60%)。透析、放射線治療、輸血または蘇生術等の積極的治療を受けた患者の割合は7-77%(平均30%)、効果のない抗生物質投与や、心血管系、消化器系、内分泌系治療を受けた患者の割合は11-75%(平均38%)であった。蘇生術不要と事前指示が出ていた患者の33-50%に効果のない診断手技が行われていた。メタアナリシスを行ったところ、効果のないICU利用のプールされた実施率は10%(95%信頼区間:0-33%)、死亡前6週間の化学療法実施率は33%(同24-41%)であった。

以上から、急性期病院では終末期において効果のない治療が広く行われていることが確認できた。死亡までの期間の不確実性、社会的倫理的圧力、家族が患者の死を受容できないときの試験的ICUの利用の奨め等のために、不必要な治療はある程度は避けられないが、その広がり、変動、およびどの程度正当化できるかについてはさらなる検討が必要である。

二木コメント-客観的に効果がないと判定される治療の広がりについての貴重な文献レビューです。最後の1文が重要と思います。

○高齢者に対する潜在的に不適切な薬物療法が医療利用と医療費に与える影響の体系的文献レビュー
Hyttinen V, et al: A systematic review of the impact of potentially inappropriate medication on health care utilization and costs among older adults. Medical Care 54(10):950-964,2016.[文献レビュー]

潜在的に不適切な薬物療法(PIM)は効果よりもリスクが大きい薬物療法と定義される。今回の体系的文献レビューでは、高齢者におけるPIMに伴う医療サービス利用と医療費についてのエビデンスを評価する。PubMedとScopusを用いて、2015年8月に、発表時期を限定しない文献探索を行った。文献の選択基準は以下の3つである:①観察的コホート研究またはケースコントロール研究または介入研究、②65歳以上の高齢者に対するPIMが医療利用(入院等)または医療費に与える影響を調査、③PIMを評価する際何らかの公開された基準を使用。

要旨を検討したのは825文献、うち本文をチェックしたのは51文献で、最終的に39文献を選択した。大半の文献は高齢者に対するPIMが統計的に有意な医療サービス利用増、特に入院増をもたらしていることを確認していた。PIMの在院日数または再入院率に与える影響については明確な結論は得られなかった。5文献では、PIMを受けた患者の医療費は、それを受けなかった患者に比べて統計的に有意に高かった。以上から、PIMは健康やQOLにとって有害なだけでなく、医療利用と医療費増をもたらしうると結論できる。ただし、研究の条件設定はきわめて不均一であるため、結果の一義的解釈は困難である。

二木コメント-これも膨大な文献レビューですが、結論は陳腐または不明確です。

○救急外来利用を減らすための介入:文献レビューのレビュー
Van den Heede K, et al: Interventions to reduce emergency utilization: A review of reviews. Health Policy 120(12):1337-1349,2016.[文献レビュー]

本研究の目的は、救急外来利用を減らすことを目的とした政策介入について記述し、その効果を推定することである。3つの電子的データベースを用いて、2010年~2015年10月に発表された科学的文献レビューを探索し、「記述レビュー」(narrative review。著者の考察によって構成されるレビュー)を行った。対象とした文献レビューの質はAMSTARで評価した。

選択した23文献は、以下の6種類の介入について記述していた:①自己負担、②プライマリケアの強化、③入院前医療の多様化(電話によるトリアージを含む)、④コーディネーション、⑤教育と自己マネジメントの支援、⑥救急外来受診に対するバリア。介入の方法が多数あること、アウトカム測定の方法が多様であること、および対象人口が異なっていることが評価を複雑にしていた。元になった研究の約三分の二が、ほとんどの介入で救急外来利用の減少したと主張していたが、得られたエビデンスには矛盾もあった。
膨大な文献があるにもかかわらず、救急外来利用を減らすことを目的とした介入の効果についてのエビデンスはまだ不十分である。救急外来サービスの効果的利用は概して複雑かつ多面的であるため、統合的な介入が必要である。GPの診療所と救急外来を同じ敷地内に設置し、それに電話によるトリアージを組み合わせることは救急外来利用を減らす有望な介入と思われる。また、ケースマネジメントは救急外来の頻回利用者の救急外来利用回数を減らせるようにように思われる。

二木コメント-これもなんともinconclusiveな「記述レビュー」です。

○終末期の軌道:[イスラエルの]経年的医療サービス消費データの対照調査
Cohen -Mansfield J, et al: Trajectories at the end of life: controlled investigation of longitudinal health services consumption data. Health Policy 120(12):1395-1403,2016.[量的調査]

終末期の個人レベルの医療サービス消費(以下、医療費)の軌道についての知識はほとんどない。そのような研究は医療費の理解と計画にとって必要である。そこで、この点をイスラエルの人口を対象にして調査する。この方法は、過去の研究が人口全体または疾患群の集合データを用いていたのとは異なる。イスラエル最大のHMO加盟の65-90歳の高齢者のうち、2010-2011年に死亡した者(35,887人)とそれと性・年齢をマッチさせた2012年時の生存者(48,560人)の経年的医療費データを用いた。個人レベルの4年間の四半期(3か月間)ごとの平均医療費データを用いて、k平均法[非階層型]クラスター分析により、医療費の軌道を抽出した。

クラスターは50あったが、死亡者の34%が最大のクラスターに含まれ、上位5クラスターに70%が含まれていた。死亡群、生存群とも、医療費が低いままの軌道がもっとも多かった。ただし、4年間の全期間で、死亡群の軌道は生存群より2倍以上高かった。このことは、死亡群と生存群とは死亡4年前から医療費に差があることを示している。死亡群ではすべてのクラススターで医療費がピークになる時期があり、最大のクラスターでは、死亡前3か月間のみ医療費が急増していた。それに対して生存群でもっとも多いクラスターでは医療費は低いままだった。クラスターは、性、疾患、年齢により大きく異なっていた。この方法は、死亡前の個人レベルの医療費を分析できる点で有効である。

二木コメント-死亡者・生存者併せて約8.4万人の個人レベルの(死亡前)4年間の医療費データを分析した貴重な研究で、日本での「追試」が期待されます。

○韓国における人口高齢化と医療費
Hyun K-R, et al: Population aging and healthcare expenditure in Korea. Health Economics 25(10):1239-1251,2016.[量的研究]

韓国における急速な人口高齢化は医療費増加の主因と見なされている。しかし、韓国で人口高齢化が医療費に重要な影響を与えるとの明確な実証的エビデンスはない。「薫製ニシン」仮説を検証するために、韓国国民医療保険の2010年1~12月の20歳以上の死亡者と生存者の医療費請求データを用いて、Heckman two-part集合モデルを用いる。
その結果、死亡までの期間を説明変数としてコントロールした場合、医療費は年齢の関数として減少し、死亡年の医療費は死亡までの期間の関数として増加、死亡前3か月間の医療費は年齢と共に減少する。これにより、アジア諸国で最も急速に人口高齢化が進んでいる韓国では年齢効果[人口高齢化による医療費増加]が存在しないことが確証された。今後のベビーブーム世代の高齢化による韓国のGDP中の医療費の割合を増やさない可能性がある。

二木コメント-「薫製ニシン(red herring.「人の注意をそらすもの」との意味もある)仮説」とは、スイスの医療経済学者Zweifelが1999年に提唱した、年齢は医療費の本当の増加要因ではなく、死亡までの期間が医療費増加の真の要因だとする仮説です。本研究でも、数値的には、この仮説が支持されているようです。しかし、年齢と異なり、死亡までの期間は結果的に分かるものであり、しかも高齢になるほど死亡までの期間は短くなるので、私は、この仮説は「頭の体操」の意味しかないと思います。ただし、人口高齢化が医療費増加の主因との俗説の「解毒剤」としては意味があると思います。なお、「薫製ニシン仮説」とそれをめぐる論争・実証研究については河口洋行『医療の経済学』(日本評論社)がわかりやすく説明しています(第2版,2009,195-205頁。第3版,2015,228-237頁)

○何が公的医療費増加をもたらすのか?スイスの1970~2012年の県(間医療費格差)から得られたエビデンス
Braendle T, et al: What drives public health care expenditure growth? Evidence from Swiss cantons, 1970-2012. Health Policy 120(9):1051-1060,2016.[量的研究]

公的医療費の決定要因をより良く理解することは効果的な医療政策をデザインするための鍵になる。需要サイドと供給サイドの決定要因、および政治経済に関わる要因を統合し、高度に分権的なスイスの医療制度の実証分析を行うとともに、主な医療財政改革の影響を検討した。スイスの県医療費(総医療費の約1/5)の斬新なデータセットを作成した。スイスでは1人当たり公的医療費格差は非常に大きい(最大6倍)。調査期間は1970~2012年で、ダイナミック・パネル推計法を用いた。その結果、1人当たり所得、失業率、外国人の割合が公的医療費増加に正の関連がある。政治経済的側面との関連については、公的医療費は女性議員の割合増加に伴って増加している。それに対して、政治家を拘束する制度的規制(財政規則)は公的医療費増加を制約していない。

二木コメント-公的医療費の増加要因について広い視野から検討した斬新な(novel)実証研究と思います。なお、人口高齢化率は有意な要因ではありませんでした。ただし、多数の要因を投入したにもかかわらず決定係数は20%強にとどまっています。

○[スイスにおける4種類の医療]技術の内生的導入と医療費
Lamiraud K, et al: Endogenous technology adoption and medical costs. Health Economics 25(9):1123-1147,2016.[量的研究]

技術は過去数十年間、医療費増加の最も重要な要因の1つであると主張されているが、技術変数が費用方程式に明示的に組み入れられることはほとんどない。さらに技術は多くの場合、外生的と見なされている。スイスの1996~2007年の県レベルのパネルデータを用いた回帰分析により、基礎的医療保険でカバーされる1人当たり医療費(被説明変数)に、4種類の医療技術の利用可能性(availability)が与える影響を、医療技術の利用可能性の内生性をコントロールした上で(説明変数として組み込んで)、評価した。それらの技術は、CT、PET、PTCA(経皮経管冠動脈形成術)、ペースメーカーであり、いずれも県別の人口100万人当たり台数・施設数を用いた。医療技術以外の説明変数としては、需要サイドの変数として所得、教育、高齢者、失業率の4つ、供給サイドの変数として専門医、保険に関する変数としてHMO、高額免責制、DRGを用いた。追加的変数として医学研究に関連する6変数、県のハイテク産業、および患者の県間移動も用いた。

その結果、医学研究、患者密度、および医療機器産業に従事している従業員の密度が技術導入に影響する要因であり、これらが費用方程式における技術導入変数として用いることができることを示唆している。この結果はこれまでの知見とも類似している:CTとPETの導 b入は1人当たり医療費増加と関連している反面、経皮経管冠動脈形成術を有する施設数は1人当たり医療費減少と関連している。分析結果は、技術の利用可能性の内生性をコントロールしていないこれまでの研究が示唆しているより、これらの関連の絶対的強さはずっと強いことも示唆している。

二木コメント-24頁もの膨大かつ緻密な実証研究であり、著者によると技術の利用可能性の内生性を組み込んだ最初の研究であり、しかもアメリカ以外で技術進歩と医療費との関係を本格的に検討した最初の研究の一つだそうです。医療技術の医療費与える先行研究の検討もていねいに行われており、これについての研究者必読と思います。

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3. 私の好きな名言・警句の紹介(その145)-最近知った名言・警句

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