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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻174号)』(転載)

二木立

発行日2019年01月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


お知らせ

○新著『地域包括ケアと医療・ソーシャルワーク』(勁草書房)を本年1月15日に出版します(A5判280頁。2500円+税)。以下の全10章です。「はしがき」、「あとがき」と詳しい章立ては本「ニューズレター」175号(2019年2月)に掲載します。


序章 国民皆保険制度の意義と財源選択を再考する
第1章 地域包括ケアと地域医療構想
第2章 ソーシャルワークと介護人材確保
第3章 2018年度診療報酬改定と医療技術評価
第4章 2017年介護保険法改正と「骨太方針」
第5章 『厚生(労働)白書』の「生活習慣病」と「社会保障と経済」の記述の変遷
第6章 日本と韓国の混合診療論争
第7章 医療経済学の論点とフュックス教授からの学び
補章
終章 私の医療経済・政策学研究の軌跡-日本福祉大学大学院最終講義より


○韓国語訳『日本のコミュニティケア:地域包括ケアと地域共生社会』(二木立著、丁炯先編訳、金道勲・金秀洪訳。Book-Mark、2018年11月)を差し上げます。ご希望の方は、1月末までに、私にメールで申し込むと共に、500円切手(送料)を同封した封書を下記宛お送り下さい。
〒460-0012 名古屋市中区千代田5-22-32 日本福祉大学名古屋キャンパス 二木 立


1. 論文:経済産業省主導の「全世代型社会保障改革」の予防医療への焦点化-背景・狙いと危険性

(「二木教授の医療時評」(166)『文化連情報』2019年1月号(490号):22-31頁)

はじめに-安倍首相は「予防医療」にのめり込み

安倍晋三首相は、昨年9月以降、「全世代型社会保障改革」を予防医療、健康寿命延伸に焦点化する姿勢を鮮明にしています。首相は、自民党総裁選挙中のテレビインタビューで、財政のために「負担を増やしていくという考え方」を批判し、「医療保険においても、しっかりと予防にインセンティブを置いていく、健康にインセンティブを置いていくことによって、結局、医療費が削減されていくという方向もあります」と強調しました(「NHKニュースウオッチ9」9月20日)。10月5日の経済財政諮問会議でも「今後、3年間で社会保障改革を成し遂げる考え。まずは、健康寿命。高齢者等が安心して生活できる環境を整備していく」と発言しました。

安倍首相のこの指示を受けて、厚生労働省は10月22日午前、大臣を本部長とする「2040年を展望した社会保障・働き方改革本部」を設置し、部局横断的な政策課題に取り組むため、「健康寿命延伸タスクフォース」等、4つのプロジェクトチームを設けました【注1】。同日午後に開かれた未来投資会議では、「全世代型社会保障へ向けた改革」での「疾病・介護予防の進め方」について議論が行われ、首相はこの2つの課題で「インセンティブ措置の強化」を進めていくと表明しました。さらに、11月20日の経済財政諮問会議に民間議員が提出した「全世代が安心できる社会保障制度の構築に向けて」は、「2019年度予算編成に向けて」推進すべき事項として、「特定健診・特定保健指導事業の医師会モデル」の全国展開や「社会保障サービスにおける産業化」をあげました。

私も予防医療(健康管理や介護予防を含む。以下同じ)を重視し、健康寿命延伸を目指すことには、それが国民への強制・ペナルティを伴わない限り、賛成です。しかし、それを「全世代型社会保障改革」の中心に据えること、ましてや予防医療で医療・介護費を抑制できるとの主張には強い疑問を持っています。

本稿では、まず「全世代型社会保障(改革)」の本来の意味を述べます。次に、安倍首相によるそれの予防医療への焦点化は、経済産業省が主導していることを示します。さらに、経済産業省が予防医療等で生涯医療・介護費が減少する根拠としている3人の研究者の報告について検討します。併せて予防医療推進のために強調されている「インセンティブ強化」に対する2つの疑問を述べます。最後に、「全世代型社会保障改革」の予防医療への焦点化は、今後不可欠な医療・介護費の財源確保から目をそらす「ポピュリズム医療政策」(権丈善一氏)であると主張します。

本来の「全世代型社会保障」とは?

全世代型社会保障という用語を政府関連文書で最初に用いたのは、民主党菅直人内閣時代の「社会保障改革に関する有識者検討会報告」(2010年12月)で、「主に高齢世代を給付対象とする社会保障から、切れ目なく、全世代を対象とする社会保障への転換」を主張しました(6頁)【注2】。これを受け野田佳彦内閣の2012年2月の閣議決定「社会保障・税一体改革について」は、改革により「全世代を通じた国民生活の安心を確保する『全世代対応型』社会保障制度の構築を目指す」としました(2頁)。

この方針は第二次安倍内閣でも踏襲され、2013年8月にとりまとめられた「社会保障制度改革国民会議報告書」は「全世代型(の)社会保障」に10回も言及しました。そのなかで私は次の一文が一番重要と判断しています。「全世代型の社会保障への転換は、世代間の財源の取り合いをするのではなく、それぞれに必要な財源を確保することによって達成を図っていく必要がある」(9頁)。なお、同報告書は「健康の維持増進等」も強調しましたが、それの医療費への影響には触れませんでした(26頁)。

安倍内閣はこの報告書に沿って、医療・社会保障改革を進めていますが、2013~2016年の「経済財政運営と改革の基本方針」(以下、「骨太方針」)は「全世代型社会保障」という用語は用いず、「骨太方針2017」は「少子化対策、子ども・子育て支援」の項(11頁)」で1回だけ用いました。 それに対して、「骨太方針2018」(昨年6月閣議決定)は「全世代型社会保障」という用語を8回も用いました。しかし、「全世代型社会保障の構築に向け、少子化対策や社会保障に対する安定財源を確保する」(4頁)等、いずれも「社会保障制度改革国民会議報告書」と同様の意味で用いており、予防医療との関わりには触れていませんでした。

予防医療への焦点化は経済産業省主導

以上から、安倍首相の昨年9月以降の「全世代型社会保障」の予防医療への焦点化は唐突に思えます。しかし、内閣官房や経済産業省等の公開資料を調べたところ、このような事実上の方針転換は、経済産業省主導で昨年4月以降進められてきたことが分かりました。

同省のスタンスは、昨年4月18日の第7回次世代ヘルスケア産業協議会の資料2「次世代ヘルスケア産業協議会の今後の方向性について」(事務局)に示されています。この協議会は、内閣官房健康医療戦略推進本部の下に設置されていますが、経済産業省が事務局を務め、同省が資料の大半を作成しています。この資料2で一番ストレートなのは、「次世代ヘルスケア産業の創出に向けたコンセプト」(4頁)で、「予防・健康管理への重点化」により、現役世代の公的医療費等は現在より少し増えるが、高齢者のそれは半分以下に劇的に減少し、総費用も減少するとの図(図1(PDF))、及び「地域に根ざしたヘルスケア産業の創出」も実現するとの図が示されています。さらに資料2には「予防の投資効果(医療費・介護費、労働力、消費)について(試算結果概要)」(8頁)も示されています(図2(PDF))。ただし、予防による医療費抑制効果は全体で最大710億円で、これは2034年の医療費約21.5兆円のわずか0.33%に過ぎず、「米粒より小さい話」と評されています(1)(図2の4種類の予防の試算結果の単純加減算。もしこれらに重複がある場合はこれよりも少なくなります)。それに対して、フレイル・認知症の一次予防による介護費抑制効果は3.2兆円で、2034年の介護費約14.5兆円の22.1%に達するとされています(この点は後で検討)。

予防医療の医療費抑制効果については財務省が疑問視し、10月9日の財政制度等審議会財政制度分科会の資料「社会保障について」で、「予防医療等による医療費や介護費の節減効果は定量的に明らかではなく、一部にはむしろ増大させるとの指摘もある」と述べ、その根拠として、注で康永秀生東大医学部教授とアメリカのラッセル氏(予防の経済評価の第一人者)の文献を引用しました(17頁)。そのうち、康永氏の引用は以下の通りです。「これまでの医療経済学の多くの研究によって、予防医療による医療費削減効果には限界があることが明らかにされています。/それどころか大半の予防医療は、長期的にはむしろ医療費や介護費を増大させる可能性があります。そのことは医療経済学の専門家の間では共通の認識です」(2)
私も「医療経済学の専門家」の一人として、康永氏の事実認識に同意します。実は私も2014年に予防医療の経済効果についての文献レビューを行い、康永氏と同じ結論を得ています(3)。私はその上で、今後の医療・介護費の増加に対応した財源確保の方策を検討すべきと考えています。それに対して、財務省はこの検討を回避し、「社会保障費の伸びの抑制と給付と負担のバランスの適正化[という名の給付範囲の縮小-二木]」を主張しています。
財務省のこの疑問・挑戦に反論するためか、昨年10月15日の経済産業省第2回産業構造審議会2050経済社会構造部会に、事務局は「血圧・血糖・脂質が正常な者は、高血圧・高血糖・脂質異常の者に比べ、平均余命が長く、生涯医療費も少ないという[辻一郎教授の]データ」を提出しました(資料3「健康寿命の延伸に向けた予防・健康インセンティブの強化について」4頁)。

その後、11月20日にとりまとめられた財政制度等審議会「平成31年度予算の編成等に関する建議」では、上述の表現と康永氏等の文献は削除され、「しっかりとした検証に基づき、効果のある[予防医療等の-二木]事業を横展開等により推進することを通じて、実績として社会保障費の自然増が減少すれば、社会保障費の伸びの抑制にもつながり得る」との経済産業省寄りの表現に変わりました(11頁)。しかも、この表現の変更は、11月20日の「建議」決定直前に行われたそうです。このことは、現在の安倍内閣が経済産業省主導であり、財務省の影響力は同省の一連の自爆的スキャンダルのためもあり、大幅に低下していることを示しています。

なお、厚生労働省は、「健康寿命延伸プランの方向性」については経済産業省と歩調を合わせていますが、経済産業省と異なり、それによる全国レベルでの医療・介護費の削減効果は示していません。同省は医療・介護の実態をよく知っているため、経済産業省のような「イケイケドンドン」の試算は自制しているのだと思います。あるいは、2006年の「医療構造改革」時に「生活習慣病予防により2兆円」もの医療費を抑制できる(2025年度)と「空約束」したことに対する負い目を引きずっているのかも知れません。

予防医療で生涯医療・介護費が減少するとの報告の検討

次に、経済産業省が予防医療の推進で生涯医療・介護費が減少するとの試算の根拠として引用している著名な研究者(橋本英樹、近藤克則、辻一郎の3氏)の報告・試算について検討します。それらはすべてウェブ上に公開されています。

まず、上述した第7回次世代ヘルスケア産業協議会の資料2(8頁)の予防の投資効果の試算で、「活用」したとされている、橋本英樹東大教授の「新たな分析」を検討します(4)。橋本氏の推計は、アメリカの経済学者が開発したFuture Elderly Modelに基づき、膨大な先行研究のデータを用いたシミュレーション研究で、主として患者数の予測を行っており、医療費の推計は副次的です。いずれも、打ち手(対策)を実行し、「想定したシナリオ」(例:「糖尿病の発症率が5年で30%減少する」)が完全に実現した場合の患者数への影響と「医療費の適正化金額」を推計しています。ただし、いずれの推計でも、「打ち手を実行した場合」の「介入費用」は計算されていません。しかも、上述したように、医療費の抑制効果はごくわずかにとどまっています。

それに対して、橋本氏は「介護費の適正化金額」は2034年推計で3.3兆円に達すると推計しています。ただし、これは近藤克則千葉大学教授等の愛知県武豊町での「コミュニティサロンの設置による介護予防モデル」の実績(サロン参加群では非参加群に比べ、要介護認定率が5年間で6.3%、認知症発症率が3割減少)から推計した介護費用削減額をそのまま全国規模に「外挿」したものです。近藤氏自身は、別の報告で、愛知県常滑市の11年間の追跡データに基づいて、「(寿命が延伸したとしても)重症化予防により、介護費用削減効果は認められ得る」「日本の総介護費全体で約1.3~3.6兆円の削減効果」があると試算しています(5)

愛知県武豊町の事業は、従来の「介護予防」が「筋力トレーニング」等、対象を個人に限定していたのとまったく異なり、地域住民全体を対象とした「ポピュレーション・アプローチ」を用い、しかも現在も追跡調査を継続している点で、画期的です。それだけに多くの研究者・自治体の注目を集め、当該自治体職員、複数の大学の研究者に加えて、多数の住民・学生ボランティアが参加しています。

しかし、このような「介入費用」(金銭表示された「マネーコスト」とボランティア等の金銭表示されない費用を加えた「リアルコスト」)は考慮されていません。医療の経済評価では、費用に「介入効果」を含まないと、対照群に比べて一見費用抑制的に見えた事業がそれを含むと逆に費用が高くなったり、費用抑制額が大幅に減ることは広くみられます【注4】

また、一般に医療技術・サービスの評価では、理想的条件で得られる「効能(efficacy)」とリアルワールドで得られる「効果(effectiveness)」を峻別します。言うまでもなく、「効果」は「効能」に比べて、はるかに小さいのが一般的です。武豊町の事業は非常に先進的であるため、そこで得られた知見はこの「効能」に近く、今後、この事業を全国展開した場合、「効果」は相当程度低下する可能性が大きいと思います。また武豊町は人口4.2万人の小規模自治体で大都市部に比べて人口移動も少ないため、そこで得られたデータを単純に外挿して全国レベルのデータを推計すると、「効果」そのものの過大推計になる危険があります【注5】

次に、辻一郎東北大学教授グループの宮城県大崎国保コホート研究は、約5万人の国保加入者の生存状況を13年間も追跡している世界に冠たる貴重な調査研究です(6)。しかも、上述した経産省の明るい(?)引用とは異なり、結果について、「平均余命の延長は必ずしも生涯医療費の増加を伴うわけではなかった」、「平均余命と生涯医療費とが正の相関を示したのは、喫煙習慣と飲酒量だけであった」という抑制的な記述がなされています。逆に言えば、非喫煙者と飲酒量が少ない者は、それぞれ喫煙者と飲酒量が多い者に比べて、平均余命が長く生涯医療費も高くなっています。しかし、この重要な結果は上述した経済産業省資料では(おそらく意図的に)削除されています。しかもこの研究は自然経過の観察研究であり、介入の効果研究ではないため、この結果からは、禁煙や飲酒量の抑制等の介入を行えば、生涯医療費が少なくなるとは言えません。つまり、この研究だけでは介入の効果がどの程度あるかは不明ですし、介入した場合は介入費用が発生します。

以上から、予防医療は国民の健康状態の改善・余命の延長と生涯医療費の増加の両方をもたらすとの先行研究の結論は維持されているし、地方の小規模自治体の先進的介護予防の知見がそのまま全国で実現すると仮定するのは無理があると言えます。

インセンティブ強化への2つの疑問

ここで視点を変えて、予防・健康づくりのための「インセンティブ強化」への私の2つの疑問を述べます。

一つは、インセンティブ、特に経済的インセンティブの効果への疑問です。「はじめに」で述べたように、安倍首相は予防医療を推進する上で、インセンティブを強調しており、これを受けて厚生労働省の「2040年を展望した社会保障・働き方改革本部資料」(昨年10月22日)には保険者、個人・住民に対する予防・健康づくりのためのさまざまなインセンティブの推進が掲げられています。

しかし、それらのうち少なくとも経済的インセンティブの効果はないことが、最近のいくつかの大規模実証研究で明らかにされています。代表的研究はイギリスのNHSにおけるプライマリケア医に対する経済的インセンティブ(成果に応じた支払い(P4P))停止後の研究です。これは患者2000万人もの「ビッグデータ」を用いた研究で、プライマリケア医に対する経済的インセンティブによる医療の質指標の改善は一時的にすぎないことを疑問の余地なく明らかにしています(7)。2018年10月15日の経済産業省・第2回産業構造審議会2050経済社会構造部会の資料3「健康寿命の延伸に向けた予防・健康インセンティブの強化について」の「医師に対する予防・健康インセンティブ」(18頁)には、「英国では、かかりつけ医(GP)に対して生活習慣病の予防についてアウトカム評価を行い、評価に応じた報酬を支払うことで、医師に対する予防・健康インセンティブを強化」と書かれていますが、これはこの決定的論文が発表される前の古いデータに基づいた甘い評価です。

なお、橋本英樹東京大学教授によると、外的報酬を用いたインセンティブはそれが停止された後は行動変容効果が失われるという事実は、すでに1980年代の経済心理学(行動経済学)の実験的研究で明らかにされていたそうです。同氏に教えて頂いたこの分野の代表的な「メタアナリシス的文献レビュー」(対象は128研究)は、結論の最後で「[本メタアナリシスで得られた]エビデンスは、主として外的報酬の利用に焦点化する戦略は、内的動機を促進するよりも抑制するという重大なリスクをもたらすことを明確に示している」と述べています(8)。学術論文でこのような断定的表現が使われるのはきわめて珍しく、それだけにこの結論の信頼性は高いと思います。

もう一つの疑問は、インセンティブが強化された場合、それが事実上の強制やペナルティに転化し、結果的に「生活習慣病」等の患者の差別・排除につながる危険があることです。私がこのことを危惧するのは、経済産業省、厚生労働省の文書とも、「生活習慣病」=個人の不健康な生活に責任・問題があるとの暗黙の了解(私からみると誤解)に基づいて、「個人にインセンティブを提供」することを列挙しているからです。これを読んで、私は、かつてナチス・ドイツが「義務としての健康」を国家の公式スローガンにしたことを思い出しました(9)

それと対照的に、公衆衛生審議会「意見具申」は、1996年に「成人病」に代え、「『生活習慣病』という概念の導入」を初めて提唱した時、「疾病の発症には、『生活習慣要因』のみならず『遺伝要因』、『外部環境要因』など個人の責任に帰することのできない複数の要因が関与していることから、『病気になったのは個人の責任』といった疾患や患者に対する差別や偏見が生まれるおそれがあるという点に配慮する必要がある」と注意喚起しました(10)。この点に対する配慮が、現在の「インセンティブ改革」には欠けています。そのために、私は、疾病が自己責任と誤認させる「生活習慣病」という用語の見直しを検討すべきと、改めて感じました(11)

おわりに-予防医療偏重は「ポピュリズム医療政策」

以上、安倍内閣の「全世代型社会保障改革」の予防医療への焦点化は経済産業省主導であること、予防医療で医療・介護費を抑制できるとの主張には無理があること、および「インセンティブ強化」には2つの疑問があることを述べました。

「はじめに」でも述べたように、「私も予防医療を重視し、健康寿命延伸を目指すことには(中略)賛成です」が、それはあくまで国民の健康増進のために行われるべきであり、医療費抑制の手段とすべきではないと思います。私は、本「医療時評(164)医療費増加の『最大の要因』は医師数増加か?」で、「医師数や医学部定員の問題」に「根拠も明確でない医療費の観点を絡ませるべきではない」と述べましたが、それと同じです(12)

最後に視点を変えて、経済産業省やその影響力が強いとされる官邸・内閣府が、「全世代型社会保障改革」で予防医療に焦点化する理由を考えます。私は2つの理由があると思います。1つは、予防医療の推進により医療・介護費を削減できると主張することにより、内閣や政治家、さらには国民に、本来の「全世代型社会保障改革」で不可欠な、今後の超高齢社会を支えるための財源確保から目をそらさせることです。もう一つは、いうまでもなく、予防医療を通した「社会保障の産業化」により、経済産業省の省益の拡大と公的保険外の保健サービスへの企業参入を促進することです。安倍首相の目指す「全世代型社会保障改革」の担当が厚生労働大臣ではなく、内閣府特命担当大臣(経済財政政策)とされたことはその現れと言えます。

それに対して、「社会保障制度改革国民会議報告書」を中心的にとりまとめた権丈善一慶應義塾大学教授は、「医療介護の一体改革という、日本の医療の歴史的にも起因する長年抱えてきた問題を根気強く変えていく改革」から「逃れる方法をささやく者たちが出てくる」として、それを「ポピュリズム医療政策」と厳しく批判しています。権丈氏はその特徴を4つ示し、2番目に「医療費は予防できる(中略)とデマを飛ばす」ことをあげています(13)

私も、「全世代型社会保障改革」の予防医療への焦点化は、権丈氏の定義するポピュリズム医療政策であると考えます。権丈論文は、最近の経済産業省主導の医療政策の危うさを明らかにしているので、ご一読をお勧めします。

【注1】「社会保障・働き方改革本部」諸資料のポイント

「第1回2040年を展望した社会保障・働き方改革本部資料」(2018年10月22日)によると、「横断的課題に関するプロジェクトチーム」は以下の4つです。①健康寿命延伸TF(疾病予防・介護予防に関する施策等)、②医療・福祉サービス改革TF(ロボット、AI、ICTの実用化等)、③高齢者雇用TF(高齢者の雇用就業機会の確保等)、④地域共生TF(縦割りを超えた地域における包括的な支援体制の整備等)です(資料1)。資料3「2040年を展望し、誰もがより長く元気に活躍できる社会の実現」には①~③の「主な取組」が列挙されていますが、なぜか④に対応するものはありません。

私は、③に対応した「医療・福祉サービス改革プランの方向性」の4つの改革の中に「経営の大規模化・協業化」が掲げられ、「医療法人、社会福祉法人それぞれの経営統合、運営共同化、多角化方策の検討」、「医療法人と社会福祉法人の連携方策の検討」等があげられていることに注目しました。今後、2018年度診療報酬・介護報酬同時改定で鮮明になった医療機関の「複合体」化の奨励策がさらに強化されると思います(14)

「参考資料」は全22頁ですが、その半分が「予防・健康づくり」に関するもので、しかも保険者、医療機関、個人・住民等に対するさまざまな「インセンティブの強化・拡大(または見直し)」が列挙されています。

「資料3」を圧縮した資料は、11月22日午後に開催された第20回未来投資会議で厚生労働大臣が提出しました。それの「健康寿命の更なる延伸に向けて(健康寿命延伸プラン)」は経済産業大臣提出資料の「疾病・介護予防の促進に関する提言」、及び内閣官房日本経済再生総合事務局の「論点メモ」中の「疾病・介護予防の進め方」とほぼ同じです。このことは、疾病・介護予防と健康寿命延伸の進め方については、内閣官房・経済産業省・厚生労働省の間ですでに相当のすりあわせが行われていることを示しています。

【注2】「全世代型社会保障改革」の先駆は2009年「安心社会実現会議報告」

麻生太郎内閣時代の2009年6月にとりまとめられた「安心と活力の日本へ(安心社会実現会議報告)」には、「全世代型社会保障」と同義と言える「全生涯、全世代を通じての『切れ目のない安心保障』」という表現が2回使われていました(6,13頁)。この点を踏まえると、「全世代型社会保障」は「2度の政権交代を越えて継承されてきた考え方」とも言えます(15)

【注3】私は1979年に経済学的には「予防は治療に勝る」とは言えないと問題提起

私は代々木病院勤務医だった1979年=40年前に、患者の「掘り起こし効果」に注目して、「成人病・慢性疾患については、経済学的にみて『予防は治療に勝る』とは必ずしもいえない」(予防・早期発見・早期治療で医療費が増える可能性がある)と次のように述べました(16)。これは日本で初めての問題提起だと思うので、少し長いですが、全文を引用します。

<ともあれ、いまや、医療費の増加に見合って公衆衛生学的指標が改善しなくなったということは、成人病・慢性疾患については、経済学的にみて「予防は治療に勝る」とは必ずしもいえないのではないかという問題にも発展する。

つまり、伝染病・感染症については、予防・早期発見・早期治療が、死亡率の減少だけでなく、罹患率の減少をもたらし、それがひいては医療費の減少(節約)をもたらしたといえたが、成人病・慢性疾患については、このような関係は必ずしも明らかではない。

伝染病・感染症についてこのような因果関係が認められたのは、①抗生物質、予防接種などの根本的予防、治療法が確立しただけでなく、②その予防・治療が短期間、予防接種の場合は多くの場合一回限りですみ、③その予防・治療を集団的に行なえ、④しかも、その予防・治療効果が、一個人にとどまらず、伝染病の消滅ということで多数に波及する(「外部性」がある)という、理由からであった。そして、国家も、伝染病・感染症にたいしては社会防衛的な観点から直接的な介入を行なった。

しかし、成人病・慢性疾患については、①根本的予防・治療法が確立していないだけでなく、②それに代わる対症療法(生活管理を含む)には長期間、多くの場合は一生を要し、③その対症療法もきわめて個別的であり、④治療効果が、一個人に限られ、他へ波及しない(「外部性」がない)というまったく逆の事情がある。そのために、成人病・慢性疾患については、集団検診・早期発見・早期治療を徹底して行なっても、感染症・伝染病のときのような劇的な死亡率、罹患率の減少は見込めない。逆に、患者が累積し、しかも成人病・慢性疾患患者の一人当りの診療費は感染症・伝染病患者に比べてはるかに高額なため、全体としての医療費も急上昇する可能性がある。

疾病構造が激変したにもかかわらず、それに見合った新しい公衆衛生施策の推進、国家介入が行なわれず、逆に「疾病の自己責任原理」が喧伝される背景にはこのような事情があるといえよう。

しかし、これはあくまで、現在の体制、国家財政の枠内の論理である。逆に国民・患者の立場からは、成人病・慢性疾患の根本的予防・治療法が確立していないからこそ、生活管理を含めた徹底した対症療法を行ない、その悪化・進展を防ぐ必要があるのは当然である。事実、例えば高血圧症についてみると、対症療法のレベルでも、厳密に行なえば、脳卒中・心筋梗塞などの重篤疾患の発症はかなり予防できることは疫学的に証明されている。今後、各疾患について、このような効果を個別に、実証的に検討していくことは重要である。

また、将来、もし成人病・慢性疾患にたいする根本的予防・治療法が発見・確立されれば、かつて伝染病・感染症でみられたのと同じように、医療費の投入に見合った公衆衛生学的指標の改善が再びもたらされる可能性がないわけではない。>

ただし、これは私の独創ではなく、故川上武先生の医療技術論に基づく示唆を踏まえた「思考実験」・「作業仮説」です。しかし、その後、1986年に出版されたラッセル氏の『予防は治療に勝るか?』を読み、それがアメリカやヨーロッパ諸国での膨大な実証研究により確認されていることを知りました(17)。同時に、本書の結論「医療における投資の選択は、予防か治療かの二者択一ではなく、予防と治療の最適ミックスを探すことである」に大いに共感しました。

【注4】介入費用を加えると医療費節減効果が消失した特定健診・保健指導

介入費用を加えると医療費節減効果が消失した典型が、厚生労働省「特定健診・保健指導の医療費適正化効果等の検証のためのワーキンググループ」の「第三次中間とりまとめ」(2015年6月)です。それは、特定保健指導の積極的支援の参加群の1人当たり外来医療費は非参加群に比べて有意に低いとしました(3年間で年間約5000~7000円程度低い)。しかし、これは介入費用を除いた計算であり、積極的支援群の介入費用(国庫補助の基準単価。1人当たり年約18,000円)は上記医療費「節減」額を大幅に上回っていました。これ以外にも、「第三次中間とりまとめ」には、2つのデータセットの突合率が2割にすぎない、介入開始時点で参加群と不参加群の1人当たり医療費に相当の差があった(参加群の方が低く、介入開始時の両群の同質性がない)、との重大な欠陥があります(18)

【注5】「脳卒中施設間連携モデル」で経済効果実現を阻む要因にも言及

私は、1983年に、当時勤務していた東京・代々木病院での脳卒中早期リハビリテーションの実績に基づいて、「脳卒中医療・リハビリテーションの施設間連携モデル」を作成し、その経済的効果を試算しました(19)。このモデルでは、脳卒中患者が発症直後に一般病院(急性期病院)に入院して急性期治療と並行してリハビリテーションを受け、平均1.5~2か月間の入院後8割が自宅に退院し、残りの1割がリハビリテーション専門病院に、同じく1割が長期療養施設に入院すると仮定しました。その結果、脳卒中患者が120日間一般病院に入院し続ける場合に比べて、19~48%の費用削減が可能なことを<理論的に>明らかにしました。と同時に、<現実には>このような理想的施設間連携の経済的効果実現を阻む5つの要因(病院の機能分化がほとんど行われていない等)が存在することも指摘し、この試算で「明らかにした施設間連携による経済的効果も全国的に実現することは、現状では困難である」と結論づけました(19)

先進事例の研究者や実践者は、その知見をすぐに「普遍化」するのではなく、現実に存在するそれの阻害要因にも目配りする必要があると思います。なお、印南一路慶應義塾大学教授は、「成功事例調査がはびこる」現状を批判し、「成功事例のみの調査からは成功の要因は分からない」と結論づけており、私も同感です(20)

[本稿は『日本医事新報』2018年12月1日号(4936号)に掲載した「安倍内閣の『全世代型社会保障改革』の予防医療への焦点化をどう読むか?」(「真相を読む・真相を解く」(82)に大幅に加筆したものです。]

文献

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2.論文:医療経済・政策学の視点から平成30年度同時改定を読む

(『病院』2018年12月号(77巻12号):928-933頁)

●2018年度診療報酬・介護報酬同時改定で注目すべきは以下の4点である。①7対1病棟と10対1病棟の「再編・統合」、②200床未満の中小病院の地域包括ケアへの参入の促進、③医療機関の「複合体」化の奨励、④療養病床の介護医療院への転換の強力な誘導。
●介護医療院の創設は医療者と厚生労働省との信頼関係の回復に大きく寄与する。

本年度の診療報酬・介護報酬同時改定についてはすでに多くの解説が行われ、それらは一様にきわめて論理的でしかもきめ細かい改定と高い評価をしています。診療報酬改定の事実上の責任者である迫井正深医療課長(当時)も、今回の改定では「医療界が軌を一にして取り組むための原理・原則を重視して取り組んだ」と自認しています(1)。私も、安倍晋三内閣により診療報酬本体と介護報酬の引き上げ幅が微増にとどまった(それぞれ0.55%、0.54%)という制約の枠内では、このような評価に大枠で同意します。

私は、迫井医療課長が今回の改定についてのインタビュー記事で「社会保障制度改革国民会議報告書」(2013年)に言及する反面、「保健医療2035」(2015年)には触れていないことにも注目しました(2,3)。このことは、「国民会議報告書」が現在でも厚生労働省の社会保障改革の指針になっている反面、塩崎泰久厚生労働大臣(当時)の下で「2035年の保健医療のあるべき姿」を示すと喧伝された「保健医療2035」が厚生労働省内では「死文書」化していることを示唆しています。

本稿では、紙数の制約のため、診療報酬・介護報酬同時改定の網羅的な検討は避け、医療経済・政策学の視点から、今回の診療報酬改定の4つの「基本的視点」の第1に掲げられている「地域包括ケアシステムの構築と医療機能の分化・強化、連携の推進」に関わる以下の4点に絞って検討します(介護報酬改定でも「地域包括ケアシステムの推進」が第1に掲げられています)。①7対1病棟と10対1病棟の「再編・統合」、②200床未満の中小病院の地域包括ケアへの参入の促進、③医療機関の「複合体」化の奨励、④療養病床の介護医療院への転換の強力な誘導。

なお、私は、今回の診療報酬改定で、ロボット支援手術の保険適用を大幅に拡大しつつ、既存手術に対する追加的効果のエビデンスが示されていないため加算点数を見送ったことは、今後の医薬品・医療技術の費用対効果評価のあり方を考える上で非常に重要であるし、突き詰めると費用対効果評価は「医療政策的」にはもう終わったと判断しています。この点については別稿で詳しく論じたのでお読み下さい(4,5)

「一般病棟入院基本料」は「社会保障・税一体改革」の放棄

言うまでもなく、今回の診療報酬改定全体の最大の目玉は、従来の7対1病棟と10対1病棟の入院基本料を「再編・統合」した7段階の「急性期一般入院基本料」の創設です(図1(PDF))。

従来は7対1病棟と加算最高ランクの10対1病棟の入院料の差は204点もありましたが、改定後は、入院料1(旧7対1病棟。1591点で変更なし)と入院料2(旧10対1病棟の最高ランク。1561点)の差はわずか30点に縮小しました。しかも入院料2で看護職員夜間配置加算を取れば、入院料1と同じ点数になります。ただし、入院料2・3は旧7対1病棟の届け出実績が必要で、旧10対1病棟からの届け出変更はできません。

入院料2の看護配置は10対1でよいため、旧7対1病棟より看護職員費用が大幅に低下する結果、相当の増収になります。そのために、病院団体や病院経営者のほとんどはこの改革を好意的に受け止めています。私自身も、この改革は従来の7対1入院基本料と10対1入院基本料との大きな格差を縮小する上では、それなりに合理的だと判断しています。

ただし、この「再編・統合」は、制度上は急性期病床は旧10対1看護が基本だとするものであり、医療政策の視点からみると、重要な問題点を含んでいるとも思っています。それは、民主党政権時代に決定され、安倍内閣もそれを踏襲している(ハズの)「社会保障・税一体改革」に示されていた「医療・介護に係る長期推計」(2011年6月)中の2025年度までに目ざすべき「急性期医療の改革(医療資源の集中投入等)」(図2(PDF))が、今回改定で最終的に不可能になったからです。具体的には、「長期推計」では、「高度急性期の職員等 2倍程度増(単価約1.9倍)」、「一般急性期の職員等 6割程度増(単価約1.5倍)」と明記され、高度急性期はもちろん、一般急性期でも、7対1病棟を超える看護配置の創設を見込んでいたからです。なお、「最終的に不可能となった」と書いたのは、2014年度の診療報酬改定で「長期推計」はすでに棚上げされていたからです(6)

2014年度と2016年度の診療報酬改定でも7対1病棟の削減は目ざされましたが、微減にとどまりました。それに対して、今回の「再編・統合」による入院料2の創設には病院の収益増という誘因があるため、旧7対1病棟からの移行はある程度進むと思います。ただし、既存の7対1病棟の看護職員を機械的に減らすことは看護業務の過密化を招くため不可能です。すでに移行した病院では看護補助者の採用を増やしたり、看護業務の他職種へのシフトを行っていると報じられています。

そのために、私は、今回の「再編・統合」でも、2014年度の診療報酬改定時に財務省が期待した旧7対1病棟の大幅削減(9~18万床)は不可能だと判断しています。しかも、入院料1と2の点数が30点しか違わないため、財務省がかつて期待した旧7対1病棟(入院料1)の大幅削減による入院医療費の大幅削減も望めません。

ただし、迫井医療課長は、今回の急性期病床の「再編・統合」は「過渡期、暫定的な取り扱い」であり、次回以降の改定では、さらなる改革が必要とも述べています(2)。私もその必要は理解していますが、今後の医療技術の高度化や入院患者の高齢化・重度化、及び看護職員の「働き方改革」を踏まえると、急性期医療の看護配置の中心を10対1に引き下げることは不可能であると判断しています。実は、迫井医療課長自身も、2016年度診療報酬改定についての解説論文で、今後の急性期と高度急性期の看護配置がそれぞれ「7対1病棟等」、「集中治療室等」レベルであることを示唆する「入院医療の機能分化・強化」図を示しています(7)。これは2014年度診療報酬改定時に厚生労働省が多用した「現在の一般病棟入院基本料の病床数」図(初出は2011年11月25日中医協総会)中の「2025年のイメージ」が高度急性期は7対1病床、一般急性期(現在の急性期)は10対1病床に対応するような誤解を与えたのと異なり、大変見識があります(6)

中小病院の地域包括ケア参入の促進

私は今回の診療報酬改定で2番目に注目すべきことは、200床未満の中小病院を地域包括ケアと在宅ケアに本格的に参入させるための誘因がさまざまに組み込まれたことだと判断しています。なお、診療報酬改定の多くの解説では「中小病院の在宅医療への参入促進」と表現されていますが、今回の診療報酬・介護報酬の同時改定では、中小病院が「在宅医療」だけでなく「在宅介護」にも参入することが奨励されているので、両者を含んだ「在宅ケア」と表記するのが適切です。

それらの中でもっとも重要なものは、200床未満の病院しか算定できない地域包括ケア病棟入院料1・3(新設)の要件にさまざまな「地域包括ケアに関する実績」が含まれたことです:①自宅等からの入棟患者が10%以上。②自宅等からの緊急入院が直近3カ月で3人以上。③在宅医療等の提供に関しア~エのうち少なくとも二つを満たす(後述。④は略)。これ以外にも、新設された初診料の機能強化加算(80点)は、診療所だけでなく、地域包括診療料や在宅時医学総合管理料(在宅支援病院)などを届け出る200床未満の中小病院も算定できることになりました。

地域包括ケアシステムを公式に最初に提唱したのは、厚生労働省老健局長の私的検討会が2003年にとりまとめた報告書「2015年の高齢者介護」ですが、その際「医療」は診療所医療・訪問診療に限定されていました。その後医療の範囲は徐々に拡大され、2012年には厚生労働省の有力高官が地域包括ケアシステムに中小病院を含むことを一斉に述べました(8)。特に香取照幸政策統括官(当時)は、2012年6月の日本慢性期医療協会総会の講演で、地域包括ケアシステムの概念に「入院機能を持った病院を組み込むことが必要」、「これまでは有床診のような20床くらいの小規模なサービスを考えていたが、もう少し規模の大きいものを考えないといけない」と明言しました(『日本医事新報』2012年7月7日号:22頁)。今回の診療報酬改定は2012年以降の軌道修正の「完成型」と言えます。

今回の改定により、在宅医療・かかりつけ医は診療所・開業医(のみ)が担うとの狭い理解(誤解)が払拭されると思います。開業医による在宅医療の旗手である長尾和宏医師も、著書で次のように率直に述べています。「町の平均的な開業医が提供する在宅医療には、ある一定の限界があると考える。在宅医数も訪問看護師数も伸び悩んでいてマンパワーに限界があるからだ。長期的には地域密着型の中小病院が提供する在宅医療(在宅療養支援病院)であろう。私はこれに大いに期待している。マンパワーが圧倒的に違う、若いスタッフが多い、当直制があるので夜間対応に慣れている、などがその理由だ」(9)
今後、軽度急性期や急性期後の患者を主に扱う中小病院が生き残るためには、地域包括ケア病棟入院料(特に入院料1と3)を算定し、しかもそれを基盤にして積極的に在宅ケアに取り組むことが不可欠になると思います。

「複合体」化の奨励

中小病院の地域包括ケア参入の促進については、すでに多くの方が指摘・強調しています。私は、それに加えて、今回の改定で、厚生労働省は病院・医療施設の「保健・医療・福祉複合体」化(医療機関が同一法人で、または関連法人と共に、何らかの関連施設を開設。以下、「複合体」)の奨励に踏み切ったと判断しています。これが私が第3に注目したことです。

私がこう判断する理由は3つあります。第1は、上記地域包括ケア病棟入院基本料1・3の要件の「地域包括ケアに関する実績」の③のエに「介護保険における訪問介護、訪問看護、訪問リハビリなどの介護サービスを提供する施設が同一敷地内にある」ことが含まれたこと。第2は、診療報酬上の「自宅等」に「自宅」(マイホーム)だけでなく、「介護医療院、特別養護老人ホーム、軽費老人ホーム、認知症高齢者グループホーム、有料老人ホーム等」を含んだこと。第3は、同一法人や開設者が同じなど「特別の関係」にある場合は算定できなかった入退院時の連携を評価した項目(退院時共同指導料1・2等8項目)の算定を認めたことです(図3(PDF))。第2は「自宅等」に介護医療院を加えたことを除けば従来通りですが、第3は明らかな方針転換です。

「特別の関係にある保険医療機関等」は、1998年の診療報酬改定で新たに示された規定で、当該保険医療機関の開設者・代表者が、当該他の医療機関等の開設者・代表者と同一の場合や親族等の場合等を意味し、「特別の関係にある保険医療機関等」の間で患者を紹介した場合には、従来は図3に示した指導料等は算定できませんでした。これは2年後の2000年に発足する介護保険制度の下で、一部の医療機関や介護事業者(特に「複合体」)が患者・利用者の「囲い込み」を行うのを予防するための措置と考えられます。厚生省(当時)は、医療と介護の連携として、独立した事業者間の連携のみを想定していました。

私自身も、『保健・医療・福祉複合体』(1998)で、「『複合体』の4つのマイナス面」の第1に、「地域独占」(「『複合体』が患者・利用者を自己の経営する各施設に『囲い込み』、結果的に利用者の選択の自由を制限すること」)をあげました。と同時に、私は「『囲い込み』は、『複合体』の各施設のサービスの質が一定水準を保っている場合には、必ずしも利用者の不利にはならず、逆に利用者の安心感を高める側面もある」とも指摘しました(10)

日本の地域包括ケアシステムの概念の発展と政策形成に大きな貢献をしてきた「地域包括ケア研究会」は2016年度報告書で、従来「バラバラに提供されてきた在宅サービス」の問題点を指摘した上で、「各サービスの強みを生かした一体的提供の実現が必要」と強調し、それを実現するための「サービス事業者の法人」の選択肢の一つに、社会福祉法人や医療法人の「経営統合」(私流に言えば「複合体」)をあげました(11)

今回の診療報酬改定で、「特別の関係にある保険医療機関等」に係る規制がほぼ撤廃されたことは、厚生労働省が、今後地域包括ケアを推進するためには、「複合体」を育成する必要があると判断したことを示唆しています。医療機関の「複合体」化は、2000年の介護保険制度発足前後から進んでいますが、今回の改定によりそれが加速すると思います。

療養病床の介護医療院への転換の強力な誘導

私が4番目に注目したのは、2017年の改正介護保険法で「介護医療院」が制度化され、今回の介護報酬改定で既存の介護療養病床と25対1医療療養病床の介護医療院への転換が強力に誘導されていることです。具体的には、療養病床からの移行が想定されている「Ⅰ型療養床」の基本報酬は、介護療養病床と同額に設定されただけでなく、手厚い「移行定着支援加算」(1日93単位。移行から1年間。2021年3月までの期間限定)が付けられました。

この点は、2006年に介護療養病床廃止が突然決定された時には、それの移行先として老人保健施設等が想定され、介護報酬の大幅減額が当然視されていたのとは大違いです。今では信じがたいことですが、当時厚生労働省は、「療養病床の再編成の効果」として、医療保険で4000億円減、介護保険で1000億円増、差し引き3000億円の給付費削減との「粗い試算」を発表していました(12)

介護医療院に対する「大盤振る舞い」とも言える報酬設定に加えて、上述したように診療報酬上の「自宅等」に介護医療院が含まれたこと(他面、老人保健施設と療養病床はそれから除外)は、介護医療院の育成に向けた厚生労働省の「本気度」の現れと言えます。しかも、介護療養病床から介護医療院への転換には病床転換助成事業も適用されます。

この移行が厚生労働省の思惑通り順調に進めば、最大で10万床の療養病床が介護医療院に移行し、その結果、制度上「病院病床」は同数減ることになります。言うまでもなく、これは厚生労働省が描いている「2025年の医療機能別必要病床数」(削減)に組み込まれます。

ただし、この転換が順調に進むか否かは不透明です。なぜなら、療養病床から介護医療院への転換は高齢者保健福祉計画・介護保険事業計画の「総量規制」の枠外であるにもかかわらず、介護医療院による介護費用急増を懸念する一部の(財政力の弱い)市町村は、2018~2020年度の第7期上記計画に介護医療院の整備を含んでいないことを理由にして、介護医療院への転換申請の受理を保留しているからです。

[本稿は『日本医事新報』2018年10月16日号に掲載した「2018年度同時改定を医療政策の視点からどう読むか」に大幅に加筆したものです。]

文献

【補足】介護医療院は医療者と厚生労働省との信頼関係の回復に寄与

小泉純一郎内閣が実施した2006年の医療制度改革では、介護療養病床の突然の廃止決定と医療療養病床の診療報酬の大幅削減が断行され、それにより、医師会・病院団体の厚生労働省に対する信頼は一気に消失しました。池端幸彦氏(日本慢性期医療協会副会長)は、それを「大きなトラウマとなっている『事件』」だったと回顧しています(「介護医療院の創設と慢性期病院の経営課題」『日本福祉大学社会福祉論集』第138号,2018年3月。ウェブ上に公開)。

しかし、その後、介護療養病床の廃止・老人保健施設等への転換がほとんど進まなかったため、厚生労働省は徐々に軌道修正を行い、民主党政権下の2011年に介護療養病床の廃止・転換期限を2017年度末まで延長しました。さらに第二期安倍内閣の下での「療養病床の在り方に関する検討会」(2015年7月~2016年1月)での真摯な議論と合意形成を経て、厚生労働省は2017年の改正介護保険法で、日本医師会や病院団体の要望の多くを受け入れる形で、「介護医療院」を創設するとともに、介護療養病床廃止・転換期限を2023年度末まで再び延長しました。本文で述べた本年の介護報酬改定での介護医療院への比較的高い介護報酬設定と手厚い転換促進加算は、この間の軌道修正の「最終仕上げ」と言えます。

このようなプロセスと決定を通して、医療者側の厚生労働省に対する不信感も相当払拭されたと思います。そのために私は、介護医療院の創設は、個別の医療政策の枠を超えて、今後の医療改革を医療者と厚生労働省の合意形成に基づいて進める上で不可欠な、両者の信頼関係の回復に大きく寄与したと考えています。

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(通算
154回)(2018年分その10:8論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○ケアマネージャーはハイリスクでハイコストな患者に対する代理人でありストリートレベルの官僚でもある
Swanson J, Weissert WG: Case managers for high-risk, high-cost patients as agents and street-level bureaucrats. Medical Care Research and Review 75(5):527-561,2018[文献レビュー]

ケースマネジメントプログラムは、患者の医療費が高額か状態が悪化すると予想される場合、しばしば看護師またはソーシャルワーカーに、ケアのガイドをする権限を与える。我々はケースマネジメントプラグラムが成功するためには、注意深いプログラムの作成と誠実な実施が極めて重要であるとの仮説を立てた。これは直感的に魅力的なアイデアである。我々は、2つの理論仮説(依頼人・代理人の枠組みとストリートレベル(最末端)の官僚理論)を用いて、プログラム作成者(依頼人)とケースマネージャー(代理人/ストリートレベルの官僚)の関係を記述し、過去17年間に発表された65のケースマネジメント研究の文献レビューを行った。大半のプログラムは、限定されたプログラムごとのプロセスとアウトカムの視点からは成功と見なせた。しかし、費用節減あるいは費用効果的という、ケースマネジメントの元々の最重要ゴール面では余り成功したとは言えなかった(費用についての報告がある12論文のうち9論文ではケースマネジメント群と対象群とに有意差はなく、1論文ではケースマネジメント群の方が高く、2論文ではケースマネジメント群の方が低かった。本文の表3)。

二木コメント-地域ケア研究の第一人者であるワイサート氏グループによる最新の長大文献レビューです(35頁)。上記要旨は簡単ですが、本文では65論文が多面的に検討されており、ケースマネジメントや地域包括ケアの評価研究の必読文献と思います。

○[オランダの]地域居住高齢者に対する統合された個人中心のケア:費用効果分析
Uittenbroek RJ, et al: Integrated and person-centered care for community-living older adults: A cost-effectiveness study. Health Services Research 53(5):3471-3494,2018[量的研究]

本研究の目的は高齢者の統合的プライマリケアサービス・"Embrace(抱擁)"の費用対効果を評価することである。Embraceはよく知られた「慢性期ケアモデル(CCM)」と他の2つのモデルを統合している。保険会社や自治体等の2011-2013年の各種データを用いた。オランダの15の一般医診療所に登録された1456人の高齢者をリスクレベル(頑健、虚弱、複雑なケアニーズ)に基づいて層別化し、Embrace群と通常ケア群にランダムに分け、質調整生存年(QALY)当たりの増分費用等を計算した。

Embrace群の総平均費用は通常ケア群より約3割高かった(それぞれ13,073ユーロ対10,677ユーロ)。健康関連アウトカムはEmbrace群の方が少し良かったが、統計的に有意ではなかった。Embraceが費用効果的である確率は、「複雑なケアニーズ」群の「リスク改善度」を除いて、80%以下だった。詳細な事例分析により、2群の総平均費用の差は縮小したが、健康関連アウトカムの差は小さいままであった。現在の基準では、Embraceは、サービス開始後12か月では費用効果的とは見なせない。しかし、仮に社会がもっと投資する意思があるのなら、それは「複雑なケアニーズ」がある高齢者の「リスク改善」という点で価値があると見なせる。

二木コメント-濃厚な統合在宅ケアは、重症者のアウトカムを少し改善するが、費用は相当増えるという結果は、先行研究の確認と言えます。

○[カナダにおける]病院退院後の再入院を減らすための医師往診の最適なタイミング
Riverin BD, et al: Optimal timing of physician visits after hospital discharge to reduce readmission. Health Services Research 53(6):4682-4703,2018[量的研究]

本研究の目的は、高齢患者や慢性疾患患者の自宅退院後の再入院を最大限減らすための医師往診の最適なタイミングを同定することである。そのために、カナダ・ケベック州の公的医療保険の請求データを用いて、2002~2009年の入院患者のうち、退院時の「罹患率(morbidity)レベル」が中等度~最重度で自宅退院した620,656人を抽出した。フレキシブル生存モデルを用いて、退院後医師が往診するまでの期間別に、再入院確率を推計した。
対象全体では、退院後30日以内に往診を受けていた患者は63.6%であった。医師が往診した場合、それがない場合に比べて、再入院確率は低下した。特に、退院後7日以内に往診した場合、再入院は退院患者1000人対で67.8減少した(95%信頼区間:66.7-69.0)。退院後14日以内、21日以内の往診による再入院減少(累積)はそれぞれ102.5、110.0であった。医師往診の再入院減少の寄与は退院後10日以内でもっとも大きく、21日以降の往診ではほとんどなかった。再入院リスクの低下は重度患者ほど大きく、また専門医よりも一般医が往診した方が大きかった。以上から、退院直後の速やかな医師往診は多くの再入院を予防できると結論づけられる。

二木コメント-日本的感覚では、退院後30日以内に往診を受けていない患者が4割もいるのは驚きです。本論文では、医師往診のみが検討され、訪問看護や訪問介護等の再入院減少効果は検討されていません。

○[アメリカの]在宅医療:看護師と医師とのコミュニケーション[不全]、患者の重症度と再入院
Pesko MF, et al: Home health care: Nurse-physician communication, patient severity, and hospital readmission. Health Services Research 53(2):1008-1024,2018[量的研究]

本研究の目的は、患者が病院を退院し在宅医療を受けている時の訪問看護師と医師とのコミュニケーション不全が病院への再入院と関連するかを、患者の再入院リスクの高低で層別化して、評価することである。ニューヨーク訪問看護協会の2008-2009年の心不全患者の電子的医療(看護)記録と出来高払いのメディケア患者の入院医療費請求書データをリンクした。線形回帰モデルと傾向スコアマッチング法を用いて、コミュニティ不全と退院後30日以内の再入院との関係を、再入院確率の高い患者と低い患者別に、評価した。電子的医療記録中の看護師と医師、診療所職員のコミュニケーション記録等を自然言語処理して、訪問看護師と医師とのコミュニケーションレベルを4段階(A~D)に分類し、D(看護師が医師にも診療所職員にも連絡が取れず、彼らへの伝言も残せなかった)をコミュニケーション不全と見なした。対象は病院退院後、訪問看護サービスを提供し、しかも看護師が1回だけ医師とのコミュニケーションを取ろうとした2680件である。

その結果、コミュニテーション不全は11.2%にみられ、それは高リスク患者の再入院率を9.7%ポイント高めていた(平均再入院率は32.6%)。コミュニケーション不全は再入院リスクの低い患者の再入院率も1.3%高めていたが、これは有意ではなかった。

二木コメント-著者が「結論」で自賛しているように、全米で最古・最大の訪問看護協会の電子医療記録を用いた「新規性」に富む研究です。このような、日本の医療関係者からみると直感的・経験的にごくごく当たり前のことを、膨大な時間と費用をかけて定量的示すことが、アメリカの研究の特徴であり、それがアメリカの「医療サービス研究」の厚みにもなっていると思います。ただし、著者も認めているように、本研究には、病院とは独立した訪問看護組織の、しかも訪問看護側の記録のみに基づいているという限界があり、病院に統合されている訪問看護ではコミュニケーション不全はもっと少ない可能性があります。

○[アメリカの]医療サービスと医療費が少ない[高パフォーマンス]地域での医療サービス提供者と社会サービス提供者の協力パターン
Brewster AL, et al: Patterns of collaboration among health care and social services providers in communities with lower health care utilization and costs. Health Services Research 53(4):2892-2909,2018[質的研究]

本研究の目的は、医療サービス利用と医療費が相対的に少ない地域で、医療サービス提供者と社会サービス提供者がどのように協力しているかを理解することである。研究の場(setting)はアメリカの16の病院医療圏(以下、医療圏または地域)である。3つの主要アウトカム(外来医療が充実していれば防げたであろう入院(ambulatory care sensitive hospitalization)、全疾患のリスク調整済み再入院、メディケア加入者1人当たり平均医療費)が全米上位四分の一に入る10の医療圏(高パフォーマンス地域)と下位四分の一に入る6医療圏を選び質的調査を行った。これら地域の協力パターンを理解するために、現地調査及び医療組織・社会サービス組織・地方政府の代表者合計245人への深層面接を行った。

その結果、高パフォーマンス地域の組織は定期的に一緒に働き、当該地域の高齢者が直面している課題を見つけると共に、協力して行動していた。協力の仕方は、ある地域ではあまり組織だっておらず(unstructured)、他の地域では階層的であった。さらに、高パフォーマンス地域の病院は患者と必要な社会サービスとのマッチングをルーチンに行っていた。これらの高パフォーマンス地域の協力アプローチが全国に広まったら、他の地域のアウトカムも改善される可能性がある。ただし、一律の(one-size-fits-all)介入は協力を阻害する危険があるので、思慮深く、地域特性に合わせた介入が必要である。

二木コメント-アメリカでの医療サービス組織(病院)と社会サービス組織との協力についての調査です。結論は「予定調和」的ですが、質的調査(インタビュー調査)なので、本文では「生の声」もかなり記載されています。ただし、医療サービスと医療費が少ない地域を即「高パフォーマンス地域」と見なすのはアブナイと思います。

○イングランドにおける病院と社会的ケアとのコーディネーションと統合:手術後在院日数への効果
Fernandez J-L, et al: Hospital coordination and integration with social care in England: The effect on post-operative length of stay. Journal of Health Economics 61:233-243,2018[量的研究]

医療サービスと社会サービスとの統合を改善する政策的努力にもかかわらず、2部門のコーディネーションの経済についてはほとんど知られていない。マルコフ待ち行列(queuing)モデルを用い、行政記録から得られたデータを収集し、2つの代理指標として、大腿骨置換術を受けた高齢者の2部門間の退院調整の複雑さと在院日数の関係を推計した。その結果、病院からの退院に際してのケアプラン作成と社会的ケアの調整に関わる自治体数は手術後の在院日数とプラスの相関があった(自治体数が多いほど在院日数が長い傾向があった)。この結果は、社会的ケアニーズのある患者の退院に際しての情報システムの改善と合同評価プロセスが医療制度全体の効率性の改善を達成する可能性があることを示している。

二木コメント-なんとも難解な要約で、本文もそれに劣らずこみ入っていますが、結論はごく常識的と思います。

○[フランスにおける終身・短期の]施設利用がアルツハイマー病患者とその家族に与える影響
Rapp T, et al: The impact of institutional use on the wellbeing of Alzheimer's disease patients and their caregivers. Social Science & Medicine 207:1-10,2018[量的研究]

フランスでは、認知症患者の一時的施設利用の施策が介護者負担軽減のために2000年代初頭から推奨されている。それは自宅で生活しているが、介護者のストレスの調整が必要な患者を対象にしており、インフォーマルな介護者(家族介護者)が休みを取ることを目的にしている。しかしこの施策の患者と介護者の安寧(wellbeing)に与える影響についてまだ調査されたことがない。フランスの時系列データ(REAL.ER:686組の軽度・中等度のアルツハイマー病患者と主たる介護者を2000~2006年に追跡調査。医療専門職が6か月ごとに面接調査)を用いて、施設利用がアルツハイマー病患者とその主たる介護者に与える影響を探索した。この調査では、施設の終身(permanent)利用と短期利用を区別した。固定効果モデルの回帰分析により、施設入所後の患者のQOL(イライラ、興奮、抑鬱および不安の4症状の有無)と介護者の介護負担(「Zarit介護負担尺度」)の変化を定量的に評価した。その結果、施設の終身利用、短期利用ともインフォーマルな介護者の介護負担の減少と関連していた。しかし、終身利用のみが患者のQOL改善をもたらしていた。この結果は、施設の長期利用はすべての家族成員(患者と家族)の安寧を最大化する可能性があるが、短期利用ではこれは必ずしも達成できないことを示唆している。

二木コメント-長期間の追跡調査により、一時的な施設利用で介護者の介護負担は軽減するが、患者のQOLは改善されないことを示した貴重な研究と思います。終身利用で患者のQOLが改善されるとの結果は、日本的感覚とは異なる気がします。

○リハビリテーションは脳卒中または一過性能虚血発作患者の再入院と死亡リスクを減らしたー[台湾の]全人口ベースの研究
Chang K-C, et al: Rehabilitation reduced readmission and mortality risks in patients with stroke or transient ischemic attack - a population-based study. Medical Care 56(4):290-298,2018.[量的研究]

リハビリテーション(以下、リハ)が脳卒中または一過性能虚血発作(TIA)後の死亡や再入院を長期的に減らしているのかについてはまだ明らかでない。本研究では、リハの量と期間と脳卒中またはTIAの3種類のアウトカムとの関連を、台湾の国民健康保険のデータベースを用いた後方視的コホート研究により検討した。2004~2005年に初発脳卒中またはTIAで入院した患者4594人を32か月間追跡調査した。3種類のアウトカム指標は以下の通り:(1)脳卒中または心血管系疾患での再入院(VE)、(2)全疾患の再入院または死亡(QE1)、(3)全疾患の死亡(QE2)。モデル1では、リハなし(2491人)、低密度リハ(1398人)と高密度リハ(705人)の3群で比較した。高密度リハと低密度リハの分岐点は合計10セッションのリハであった。モデル2では、リハなし、外来リハのみ、入院リハのみ、両方の4群で比較した。なお、台湾の国民健康保険には在宅リハ給付はない。

結果は以下の通り。リハなしの患者と比べると、モデル1では、低密度リハを受けた患者のVEとQE1のリスクは低かったが[hazard Ratio(ハザード比。以下HR)はそれぞれ共に0.77]、QE2のリスクは変わらなかった[HR:0.91]。高密度リハを受けた患者では、VE、QE1、QE2のリスクとも低かった[HR:それぞれ0.68,0.79,0.56]。モデル2では、入院リハと外来リハの両方を受けている患者はVE、QE、QE2のすべてのリスクが低かった[HR:それぞれ0.55,0.65,0.45]。TIAを除いて感受性テストを行っても、結果は同様であった。病型別に細分して検討したところ、脳出血患者では上記の効果は認められなかった。以上より、リハは脳卒中またはTIA後の再入院・死亡リスクを減らすと結論づけられる。

二木コメント-脳卒中リハが、患者の生命予後(QE2)を大きく改善すると結果は、元リハビリテーション医(私)にとっては喜ばしい限りです(笑)。ただし、たとえ結果は変わらないにせよ、対象にTIAを含んでいることには疑問を持ちます。また、台湾の国民医療保険のリハビリテーションの1セッションの時間が書かれていないので、日本との比較はできません。

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