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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻198号)』(転載)

二木立

発行日2021年01月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


お知らせ

1.論文「全世代型社会保障検討会議『最終報告』をどう読むか?」を『日本医事新報』2020年12月26日号に掲載しました(「WEB医事新報」には12月16日に拙稿アップ)。
2.インタビュー「新型コロナウイルがもたらす日本の医療への影響」を『くらしと協同』34号(2020年12月25日号)に掲載しました。
3.インタビュー「複眼的視点で考える医療・社会保障改革」を『JAHMC』(日本医業経営コンサルタント協会機関誌)2021年1月号(1月1日発行)に掲載します。
いずれも、本「ニューズレター」199号に転載する予定ですが、早く読みたい方は掲載誌をお読みください


1. 第二次安倍内閣の医療・社会保障改革の総括

(「二木教授の医療時評(186)『文化連情報』2021年1月号(514号):12-22頁)

別ファイル: 2101「医療時評」186図表 (PDFファイルPDF)

はじめに-5つの柱で総括

安倍晋三首相は、連続在任日数で歴代最長記録を更新した直後の昨年8月28日、突然、持病の再発を理由に辞任する意向を表明して、9月16日正式に退陣し、菅義偉内閣が発足しました。私は、安倍首相が退陣直後から健康をすっかり回復したことを踏まえると、持病の再発は辞任の一つの要因・誘因にすぎず、新型コロナ感染症対策の行き詰まりと、「桜を見る会前夜祭」をめぐる国会での虚偽答弁の証拠が表面化しつつあったことも見落とせないと思っています。

私は、第二次安倍内閣の発足直後から同内閣の医療・社会保障改革(方針)をリアルタイムで検討し続け、2014~2020年に5冊の著書を出版しました(1-5)(以下、「第二次」は原則として省略)。本稿では、それらを踏まえて、安倍内閣の医療・社会保障改革(方針)を、その前の民主党政権のそれと比較しながら、以下の5つの柱立てで総括します。

①ステルス作戦で小泉純一郎内閣時代に近い厳しい医療費抑制政策を復活、②消費税の引き上げを2回延期し、社会保障の新たな財源の検討を放棄、③「アベノミクス」「全世代型社会保障」の中身の書き換え、④医療提供体制改革は前政権から連続、⑤医療分野への市場原理導入は限定的。

結論的に言えば、安倍内閣は超長期かつ安定政権だったにもかかわらず、医療制度改革については目立った実績はないと言えます。各論点について詳しくは、上述した5冊の著書等の該当頁を示すので、お読みください。

1 ステルス作戦で厳しい医療費抑制政策を復活

安倍内閣の医療政策の、民主党政権との最大の違いは厳しい医療費抑制政策を復活させたことです。民主党政権は2010年度と2012年度の診療報酬改定で、診療報酬「全体」(診療報酬本体と薬価の合計)をそれぞれ0.19%、0.004%引き上げました。安倍内閣も2014年度改定では名目で0.10%引き上げましたが、これは消費税引き上げ対応分を含み、実質は引き下げでした。それに続いて、2016、2018、2020年度と連続して、診療報酬「全体」を引き下げました。4回の改定では医療機関に支払われる診療報酬「本体」はわずかに引き上げましたが、民主党政権時代に比べるとごく小幅でした【注1】

その結果、に示したように、第二次安倍内閣時代の2013~2018年度の6年間の国民医療費の年平均伸び率は1.7%に過ぎず、民主党政権時代(2010~2012年度)の3年間の平均2.9%はもちろん、その前の第一次安倍・福田・麻生内閣時代(2007~2009年度)の3年間の平均2.8%よりはるかに低く、小泉内閣時代(2002~2006年度)の5年間の平均1.3%に近くなっています【注2】

表では略しましたが、安倍内閣が診療報酬全体のマイナス改定を断行した2014,2016,2018年度の国民医療費伸び率は、その前後より明らかに低下しています。このことは、安倍内閣では診療報酬改定(引き下げ)がストレートに国民医療費に影響していることを示しています。

民主党政権時代は「リーマンショック(世界金融危機)」後の不況が続いたためもあり、3年間のGDPの年平均伸び率が0.2%にすぎなかったのに対して、第二次安倍内閣の2013~2018年度の6年間の年平均伸び率は1.7%とはるかに高くなっています。それにもかかわらず、医療費の伸び率が低いことには驚かされます。国民医療費のGDPに対する割合は、民主党政権時代は上昇し続け、小泉内閣時代にすらわずかに上昇しましたが、安倍内閣時代は7.9%前後に固定されました。年度別の数値を見ても、6年間のうち5年間は民主党政権の最終年度の数値(7.93%)を下回りました。

私は、「骨太方針2015」を分析した際、安倍内閣の社会保障関係費(国費)削減目標は、小泉内閣の「『骨太方針2006』を上回る」と書きましたが、今回、これが大げさでなかったことを確認しました(2:132-133頁)。

福田・麻生内閣時代は公式に「社会保障の機能強化」がめざされましたが、実は第1次安倍内閣時代の2007年度(同内閣が当初予算を組んだ)にも国民医療費は3.0%上がっています。このことは、すでに第1次安倍内閣の時代から、小泉内閣の厳しい医療・社会保障費抑制政策の見直しが事実上始まっていたことを示しています。同じ安倍首相の内閣でも、第1次内閣と比べ第2次内閣の医療費抑制政策の厳しさは際立っています。

小泉内閣はいわば劇場的な手法で、日本医師会や自民党の厚労族などを「抵抗勢力」に見立てて敵をつくり、医療費抑制や患者負担の大幅増加を断行すると共に、医療分野への市場原理の導入を推し進めようとしました。それに対して、安倍内閣の医療費抑制政策には小泉内閣のような派手さは全くありませんが、ステルス(秘密)作戦のように、4回の診療報酬「全体」をすべて引き下げて医療費抑制の実を取ったと言えます。

医療機関の経営悪化

その結果、医療機関の経営は小泉内閣時代と同様に悪化しました。に示したように、福祉医療機構から融資を受けた病院(大半が民間病院)のうち急性期病院の経常利益率は、小泉内閣終了直後の2007年度にはなんと0.0%になりましたが、その後民主党政権時代の2度の診療報酬「本体」の引上げにより、3%台にまで回復しました。しかし、安倍内閣が診療報酬を連続的に引き下げた結果、再び減少に転じ、2016年度には0.6%にまで落ち込みました。その後はやや回復しましたが、2018年度でも2.4%に止まっていました。

後述する「地域医療構想」は効率一辺倒(優先)で、今回のコロナ危機のような危機が生じることを全く想定しておらず、しかも現在の診療報酬の下では、一般病院は90-95%の病床利用率を確保しないと黒字化が困難で、内部留保を蓄積する「余裕」のない厳しい経営を強いられています。その結果、コロナ危機による入院・外来患者の大幅減少とコロナ対策の出費増により、大半の病院が赤字経営に転落したと思われます。

2 消費税引き上げを延期し社会保障の財源確保を放棄

安倍首相の退陣表明直後の報道の多くは、安倍首相が消費税を2回引き上げたことを「業績」としてあげました。しかし、私はこれは業績とは言えず、逆に、安倍首相が消費税の8%から10%への引上げを2回延期し(2015年10月から2017年4月に延期、2017年4月から2019年10月に再延期)、その結果、4年間に約20兆円もの財源が失われたことが重大だと判断しています。もちろんこの全額が「社会保障の充実」に回るわけではありませんが、これにより「社会保障制度改革国民会議報告書」(2013年)が提起した「社会保障の機能強化」の予定期間内での全面実施は、財源確保面で頓挫しました。

私は、消費増税の延期以上に重大なことは、今後人口高齢化により、社会保障給付費が増加するのが確実であるにもかかわらず、安倍首相が2019年7月の参議院選挙で、消費税を10%に上げた後の引き上げは「10年間必要ない」と繰り返し発言し、さらには同年10月8日の衆議院本会議でもその発言を次のように再確認したことだと思っています。「安定的な経済再生と財政健全化に一体的に取り組むことにより、例えば、今後10年程度は消費税率を引き上げる必要はないのではないかというのが私の考えであります」。そして、この方針は菅義偉内閣でも(現時点では)継承されています(6)

社会保障の財源確保に背を向けた理由

私は安倍内閣が7年8か月もの長期安定政権だったにもかかわらず、「社会保障の機能強化」とそのための財源確保から背を向けたことの罪は重いと考えています。その理由としては、次の2つが考えられます。

中心的な理由は、安倍内閣が財界寄りで、社会保障の拡大に消極的だったことです。その動かぬ証拠は、「骨太方針2015」(23頁)に、次のように、経済界の主張がストレートに書き込まれたことです(4:142-143頁)。「社会保障給付費の増加を抑制することは個人や企業の保険料等の負担の増加を抑制することにほかならず、国民負担の増加の抑制は消費や投資の活発化を通じて経済成長にも寄与する」。

もう一つの理由は、安倍首相は小泉純一郎内閣時代からの筋金入りの「上げ潮派」(高い経済成長を実現すれば税収が増えるので、財政再建も自ずと実現でき、消費税引き上げ等の国民負担増は必要ないとの考え)で、しかもほぼ毎年行われた毎回の国政選挙で勝利するために、「国民負担」の拡大にきわめて消極的だったことです。

2012年の民主党政権時代の「社会保障・税一体改革」についての民主党・自民党・公明党の三党合意では、2015年10月に消費税が10%に引き上げられることになっていました。その場合は、それに続いて、今後のさらなる少子高齢化に対応した「社会保障の機能強化」のための新しい改革の青写真が検討・実施されるはずでしたが、その検討はその後5年間、完全にストップしています。

梶本章氏(元朝日新聞論説委員)も、「第2次安倍政権の社会保障政策」を以下のように「総括」しています。「長期政権だったからこそ2回の消費税引き上げの財源も使って、利用者負担にほとんど手を染めることなく、『一体改革』を実現できたという評価と同時に、『すでに与野党で合意した改革を遅らせ、使途変更してつまみ食いし、2025年以降のポスト一体改革の策定もサボった』との厳しい評価も聞こえてくる」(7)

医療・社会保障財源についての私の考え

ここで、私自身の医療・社会保障財源についての考えを簡単に述べます。私は、現在国会に議席を有する全政党が国民皆保険制度の維持・堅持を主張し、それが完全な国民合意になっていること、および国民皆保険制度が社会保険方式であることを踏まえると、医療費総枠拡大の「主財源」は社会保険料の引き上げ(ただし、低所得者には十分な配慮を行う)で、消費税を含む税財源は「補助的財源」とするしかあり得ないと考えます。

以前は税財源=消費税との主張が多かったのですが、国民の消費税への忌避感が強いことを考えると、「消費税一本足打法」(横倉義武前日本医師会会長の秀逸なネーミング。m3.com 2019年10月4日レポート)ではなく、税財源の多様化が必要とも判断しています。具体的には、「所得税の累進制の強化、固定資産税や相続税の強化、法人税率の引き下げの停止や過度の内部留保への課税等」です(4:1-9頁)。これらは所得再分配の改善や格差社会の是正にも有効です。昨年、コロナ危機が生じてからは、東日本大震災復興特別税にならって「コロナ復興特別税(仮称)」も提案しています(5:7-8頁))。

ただし、私は消費税も重要な財源だと考えています。理由は、財源調達力が桁違いに大きいからです。野党の多くや医療運動団体は消費税増税や消費税そのものに慎重・否定的ですが、もし「社会保障の縮小」・「小さな政府」ではなく、「社会保障の機能強化」をめざすなら、消費税に代わる空想的ではない現実的財源を示すべきです。なお、歳出の無駄の削減や「霞ヶ関埋蔵金」だけで必要な財源を確保できないことについて、私は2009年の民主党政権成立前から指摘していたし(8:32-40頁)、このことは民主党政権時代に実証されました。

3 「アベノミクス」「全世代型社会保障」の中身を書き換え

安倍内閣は政権を維持するために、看板政策を次々に変えただけでなく、その中身も変えたことはよく知られています。以下、「アベノミクス」と「全世代型社会保障(改革)」の中身の変化を簡単に跡づけます。

「アベノミクス」の中身の書き換え

まず、「アベノミクス」は当初(2013年)、次の3本柱でした。①大胆な金融緩和、②機動的な財政政策、③投資を提起する成長戦略。ところが、安倍首相は2015年9月24日の記者会見で「アベノミクスは第2ステージに移る」と宣言し、次の「新たな3本の矢」を示しました。①希望を生み出す強い経済、②夢を紡ぐ子育て支援、③安心につながる社会保障。そして、2016年6月の閣議決定「ニッポン一億総活躍プラン」でそれの肉付けをしました。

「新3本の矢」は関係省庁の意見を聞くことなく、経済産業省系の官邸官僚がとりまとめたと言われています。軽部謙介氏(帝京大学教授)は、多数の関係者へのインタビューに基づいて、次のように指摘しています。「マクロ経済政策に責任を持つはずの内閣府が何も知らされず、各省合議もなく、突然現れた『新三本の矢』。やはりここでも、少数の『官邸スタッフ』と『首相の頭』が政策を決めていた」(9:170頁)。厚生労働省幹部も、新三本の矢の③の柱に「介護離職ゼロ」が含まれることを事前に知らされていなかったそうです。

ただし、軽部氏が指摘するように、「『新3本の矢』は明らかに再分配に軸足をおいた政策」であり、「最初の『3本の矢』とは明らかに異なる」ことも見落とせません。安倍首相にこの政策を献策した菅原郁郎氏(経済産業省)は周囲に「リベラル度は高い。明らかに方向転換だ」と告げたそうです(9:172頁)。私も、2015年に閣議決定「ニッポン一億総活躍プラン」を分析した際、それに「性的指向、性自認に関する正しい理解を促進する」という「リベラル」な表現が盛り込まれたことに注目し、「安倍首相には『現実主義』の側面」もあり、「安倍首相は『手強い』」と述べました(3:71-74頁)【注3】

「全世代型社会保障」の中身の書き換え

「全世代型社会保障」を最初に公式に提起したのは「社会保障制度改革国民会議報告書」(2013年)で、そこでは以下のように書かれていました。「全世代型の社会保障への転換は、世代間の財源の取り合いをするのではなく、それぞれに必要な財源を確保することによって達成を図っていく必要がある」。この記述は大変見識がありますが、この「報告書」は安倍内閣からは独立してとりまとめられました。

それに対して、安倍首相の強い指示・要請でとりまとめられた「全世代型社会保障検討会議中間報告」(2019年12月)には「必要な財源を確保する」という視点はなく、「現役世代の負担上昇を抑え」るために、高齢者等の負担増を行うという「コスト・シフティング」に終始していました(5:142-144頁)

実は、2014~2016年の「骨太方針」は全世代型社会保障にはほとんど言及していませんでした。「骨太方針2018」では、それは子育て・少子化対策との関連で述べられました。これは、安倍首相が前年(2017年)9月25日の記者会見で、「子育て世代への投資を拡充するため」「再来年[2019年]10月に予定される消費税率10%への引き上げによる財源を活用しなければならないと判断した」と述べたことに対応していました(5:152頁)

ところが、「骨太方針2019」では一変して、「全世代型社会保障」は次の3本柱に変わりました。①70歳までの就業機会確保、②中途採用・経験者採用の促進、③疾病・介護の予防。②は就職氷河期世代の支援策で、安倍首相が2019年7月に予定されていた参議院議員選挙を意識して、急遽打ち出したものです。①と②には積極的な施策も含まれていますが、これは「社会保障」ではなく、「雇用・労働政策」です。さらに「骨太方針2020」では、なぜか、全世代型社会保障という表現がほぼ消失ました(5:157頁)

4 医療提供体制改革は進んだが前政権から連続

安倍内閣時代の(広義の)医療提供体制改革の二本柱は、地域包括ケア(システム)と地域医療構想の推進です。両改革は共に、2014年の医療介護総合確保推進法で法的に位置づけられました。地域包括ケアシステムの法的定義はこれより1年早く、2013年の社会保障改革プログラム法で初めてなされましたが、これも安倍内閣が成立させました。

ただし、両改革は安倍内閣の「専売特許」ではなく、民主党政権、さらにはそれより前の自民党(正確には自公連立)政権時代から準備されていました。

地域包括ケア(システム)の進化

地域包括ケア(システム)は、2003年の小泉純一郎内閣時代にとりまとめられた「2015年の高齢者介護」で初めて提起され、それの理念的規定は民主党政権時代の2011年に成立した介護保険法第三次改正に盛り込まれました(2:27-28頁)。地域包括ケア(システム)の理念や政策を方向付けた「地域包括ケア研究会」の2008年度、2009年度の報告書は、それぞれ麻生内閣、民主党政権時に発表されました。

私は地域包括ケアの理念は概ね妥当で、しかも「進化」しつつあると評価しています。例えば、2015~2016年以降、地域包括ケアには「地域づくり」が含まれるようになりました。これは、閣議決定「ニッポン一億総活躍プラン」(2016年6月)で、新たに「地域共生社会の実現」が掲げられたこととも連動していると思います。ただし、地域包括ケアと地域共生社会との異同・関係は明確ではありません(5:118-134頁)

地域医療構想の進化

地域医療構想についても、それの前称である「地域医療ビジョン」の検討は民主党政権時代から始まり、安倍内閣に引き継がれました。地域医療構想で重要なことは、それが厚生労働省主導ではなく、日本医師会の意見を大幅に採り入れて、作られたことです。

これらの医療提供体制改革の青写真は、直接には2013年8月に発表された「社会保障制度改革国民会議報告書」で示されましたが、この会議は、民主党野田内閣時代の2012年6月の民主党・自民党・公明党の「社会保障・税一体改革」合意に基づいて設置され、しかも報告書には、「社会保障の機能強化」という安倍内閣とは明らかに異なる視点が含まれていました。

実は「地域医療ビジョン」の当初の厚生労働省案には規制色が強かったのですが、日本医師会の奮闘でそれがほぼ払拭されました。例えば、厚生労働省は2012年2月、急性期病床群(仮称)の認定制度を医療法に位置づけることを提案しましたが、日本医師会が強く反対し、最終的に同年6月に医療機関が「医療機能を自主的に選択」して都道府県に報告する「病床機能報告制度」が創設されることになりました。この「進化」は民主党政権時代に起きました。

地域医療構想については、その目的があくまで関係者の「自主的な取り組み」によって「必要な医療」(病床だけでなく、「在宅医療等」も含む)を確保することであり、医療費抑制を目的とするものでないことも確認されました。私はこのことを高く評価しています。

医療関係者は意外に思うかもしれませんが、厚生労働省の高官や公式文書が、地域医療構想の目的(の一つ)は医療費抑制だと述べたことは一度もありません。逆に、既存の高度急性期・急性期病院の統合により病床数が削減する場合には、医療機能の向により統合病院の医療費は増加する可能性が強いのです(5:90-94頁)

しかし、官邸や経済財政諮問会議は地域医療構想を医療費抑制の手段と考え、厚生労働省に圧力を加え続けています。2020年9月に再編・統合の検討が必要とする424公立・公的病院の実名が公表された背景にはこの圧力があると私は推測しています(5:83-94頁)

ただしここで見落としてならないことは、「地域医療構想」(旧称「地域医療ビジョン」)の中の「2025年モデル」は民主党政権と安倍内閣では大きく変わったことです。民主党政権時代の2011年6月に厚生労働省が発表した「2025年モデル」オリジナル版は、急性期医療を中心に「医療資源の集中投入」を行い、平均在院日数を短縮し、病床を削減することをめざしていましたが、同省は同じく民主党政権時代の2011年11月に、医療資源の集中投入を削除した「2025年モデル」修正版も示しました。厚生労働省は民主党政権時代には両モデルを併用していましたが、安倍内閣が成立して以降は修正版のみを示すようになりました(2:65-70頁)。さらに、2015年6月に発表された「2025年の医療機能別必要病床数」には医療資源総量の増加も、平均在院日数の短縮も組み込まれなかったため、私は「『医療資源の集中投入』なしの病床削減」と批判しました(2:53-54頁)

もう一つ、私は2019年度から本格実施された医薬品等の費用対効果評価(経済評価)制度を高く評価していますが、それを検討する「専門部会」も民主党政権時代の2012年5月に始まっています。

厚労省が日医の合意を得ながら実施

以上の結果は、医療提供体制の改革は、政権交代はもちろん、時の内閣の強い影響を受けず、厚生労働省が日本医師会等の合意を得ながら、粛々と進めていることを示しています。

官邸が圧倒的に優位な安倍内閣にあっても、医療提供体制改革については、曲がりなりにも厚生労働省が主導権を維持できた理由としては、医療政策のうち医療提供体制改革は専門性が強く、しかも「予算非関連」のため、官邸や経済産業省はもちろん、財務省も容易には口を挟めないことがあげられます。その上、日本の医療提供体制は民間医療機関主体であるため、厚生労働省は、日本医師会・病院団体の理解と合意を得られなければ改革を進められないのです。この点は、国営・公営医療の国とは全く違います。

医療保険制度改革では、国民健康保険制度改革(2018年度。保険者に都道府県を加えた)は大きな改革と言えますが、それ以外の見るべき改革はありません。

5 医療分野への市場原理導入は限定的

安倍内閣の医療政策の、医療費抑制政策の強化以外の特徴は、医療分野への市場原理導入(の試み)です。この7年余、安倍内閣の規制改革に関わる諸会議や安倍首相は様々な施策を提案しましたが、そのほとんどがアドバルーン、かけ声倒れに終わっています。

患者申出療養は普及せず

例えば、規制改革会議は2014年3月に、混合診療の全面解禁につながる「選択療養制度(仮称)の創設」を提案しました。しかし、厚生労働省や日本医師会等がそれの創設に強く反対したため、最終的に、同年6月、実態は現行の保険外併用療養とほとんど変わらない「患者申出療養」の創設に落ち着きました(2:165-172頁)

なお、小泉内閣時代の混合診療解禁論争では、一部の患者(団体)と一部の病院・医師が解禁に賛成しましたが、規制改革会議が当初提案した「患者選択療養」にはすべての患者団体が反対の声を上げ、それを支持する病院・医師も表向きはいませんでした。

2014年6月10日に安倍首相が「患者申出療養」制度の創設を表明した当時、おそらく規制改革会議の宣伝を真に向けて、一部で、リスクの低い未承認薬や適応外薬の使用では「1000超の医療機関への拡大が見込まれる」と報道され、厚生労働省は「実施医療機関の数の見通しは持っていない」と述べました(『社会保険旬報』2014年6月21日号:40頁)。患者申出療養は2016年度からスタートしましたが、その後4年経つのにほとんど普及せず、それを実施している医療機関は、2020年10月1日現在、わずか8種類30件にとどまっています(厚生労働省HP)。

メガ医療事業体も挫折

安倍首相は、患者申出療養の創設表明に先立つ2014年1月に、ダボス会議で、「日本にも、メイヨー・クリニックのような、ホールディング・カンパニー型の大規模医療法人ができてしかるべき」と発言し、それを受けて、一時、アメリカのIHN(Integrated Healthcare Network)のような「メガ医療事業体」がもてはやされました。しかし、やはり厚生労働省や日本医師会等が抵抗し、最終的には、二次医療圏を基本とする非営利の「地域医療連携推進法人」の創設に落ちつきました(2017年4月創設)(2:78-88頁)

安倍内閣の医療制度改革では、2018年頃から、経済産業省および同省系の官邸官僚の影響が強まり、「予防医療・重症化予防」を推進すれば、医療・介護費の抑制とヘルスケア産業の育成の2つが同時に達成できるとの主張が経済産業省系の諸文書でなされました(5:37-61頁)。しかし、その後、政権内でも、それはファンタジーに過ぎないことが認識され、「骨太方針2020」では「予防・健康づくり」の扱いはごく小さくなりました(5:159頁)

おわりに-2014年の私の判断の検証

以上、安倍内閣の医療・社会保障改革を鳥瞰してきました。第二次安倍内閣の在任期間(7年8か月)は、3代の民主党政権はもちろん、それに第一次安倍・福田・麻生内閣を合わせた期間(6年3か月)より長いにもかかわらず、改革の実績という点では、目立ったものはあまりありません。地域医療構想はかなり進みましたが、これは民主党政権時代から準備されていました。

私は2014年に出版した『安倍政権の医療・社会保障改革』で、安倍内閣の医療政策を以下のように位置づけました。「安倍内閣の医療政策の中心は、伝統的な(公的)医療費抑制政策の徹底であり、部分的に医療の(営利)産業化政策も含んでいます」(1:3頁)。また、安倍首相が2013年7月の参議院議員選挙で大勝し、衆参両院で安定多数を確保した時も、「医療政策については大きな改革はなされない」と判断しました。現時点でも、この位置づけ・判断は妥当だったと思っています。

安倍内閣が任期の大半、衆参両院で圧倒的多数を維持し続けたにもかかわらず医療制度の「抜本改革」が行われなかったことは、高所得国では医療制度の「抜本改革」は不可能で「部分改革」の積み重ねしかあり得ない、「政権交代でも医療制度・政策の根幹は変わらない」(10:14-15頁)との私の持論の証明にもなっています。この流れが、菅義偉内閣でも続くことは確実です。

【注1】薬価の引き下げをどう評価するか?

実は、安倍内閣の4回の診療報酬改定では、引き下げの大半は薬価引き下げで賄われ、医療機関に支払われる診療報酬「本体」はわずかながらもプラスが維持されました。

私は、日本の新薬の薬価がアメリカ以外の先進国に比べて高いことはさまざまな国際比較調査で確認されているため、それの引き下げ自体は当然で、それにより患者負担も減少すると考えます。そのために私は、2019年度に制度化された医薬品等の費用対効果評価を含め、政府の「薬価制度の抜本改革に向けた基本方針」(2016年12月)を大枠では支持します。この方針が実行されたために、2015~2016年に國頭英夫医師(日本赤十字医療センター)が唱えた「オプジーボ亡国論」の実現が予防されたとも言えます(3:148-162頁)

従来の(正確には1972年の中医協「建議」以降の)診療報酬改定では、薬価引き下げ分の医療費を全額診療報酬「本体」(医療機関への支払い分)引き上げに「振り替える」「慣行」が続いていましたが、財政制度等審議会の2013年11月「建議」はこの振り替えを「フィクション」と否定しました(1:58-64頁)。その結果、2014年度以降の診療報酬改定では、「振り替え」幅が大幅に圧縮されており、その結果、医療機関の経営困難が加速しました。

なお、上記財務省「建議」以降、診療報酬「全体」(診療報酬本体の増減+薬価引き下げ)という表記は(ほとんど)使われなくなっています。例えば、『保険と年金の動向』に毎年掲載される表「診療報酬と薬価基準の改定状況等」には、2017/2018年版までは、「全体」と同じ意味の「ネット」改定率(「診療報酬本体と薬価等の改定率を合計した全体の改定率」)の数値が示されていましたが、2018/2019年版からは示されなくなりました。ただし、「ネット」と同じ意味の「本体+薬価等」の数値は示されています(2020/2021年版は85頁)。

【注2】私の民主党政権の医療政策の評価は厳しすぎた

私は、今回、安倍内閣の医療政策の総括をする過程で、民主党政権の医療政策についての私の過去の評価が厳しすぎたと気づきました。私は2011年に出版した『民主党政権の医療政策』(勁草書房)の「はしがき」で、以下のように書きました。

「私は政権交代そのものの歴史的意義は高く評価しているし、他分野の政策には評価すべき点も少しはありますが、民主党政権が実施した医療政策で評価すべき点はまったく思いつきません。一般には、10年ぶりの診療報酬プラス改定(2010年4月)が政権交代の成果と喧伝されていますが、次の2つの理由から疑問があります。第1は、自由民主党も2009年総選挙マニフェストで2010年診療報酬のプラス改定を約束していたからです。第2は、診療報酬の『全体改定率』はわずか0.19%にとどまり、しかも薬価の『隠れ引き下げ』を加えると、実質ゼロ改定と言えるからです」(8:i頁)

しかし、民主党政権に代わって登場した第二次安倍内閣が小泉内閣時代に近い厳しい医療費抑制政策を復活・継続したことを踏まえると、この評価は厳しすぎたと反省しています。本文の4で書いたように、医療提供体制の改革も民主党政権が準備しました。

【注3】安倍首相の見識ある3つの発言

本稿では第二次安倍内閣の医療・社会保障を批判的に分析しています。私は安倍晋三前首相個人はきわめて強権的である半面、育ちの良さが醸し出す「優しさ」・「ウェット」な側面もあることを見落とすべきではないと考えています。この点は、安倍内閣の方針を継承すると称している菅義偉首相が、日本学術会議の次期会員の任命拒否に象徴されるように、強権的かつ「ドライ」で「小さな政府」志向が強く、むしろ小泉純一郎元首相に近いのとは大きく異なります。私が見識があると評価する安倍前首相の在任中の3つの発言を紹介します(詳しくは、「二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター」195号(2020年9月):46-47頁)。

○「尊厳死は、きわめて重い問題であると、このように思いますが、大切なことは、これは言わば医療費との関連で考えないことだろうと思います」(2013年2月20日参議院予算委員会。梅村聡議員の尊厳死法案法制化が必要との発言を受けての答弁)(3:78頁、5:35頁)

○「当然、これは、田村[智子]委員がおっしゃるように、これ文化的な生活を送るという権利があるわけでございますから、是非ためらわずに[生活保護を-二木]申請していただきたいと思いますし、我々も様々な手段を活用して国民の皆様に働きかけを行っていきたいと、こう思っています」(2020年6月15日参議院決算委員会。田村智子議員が、「生活保護はあなたの権利です」と政府が国民に向けて広報するべきだと質問したことに対する答弁。この答弁を踏まえ、厚生労働省は「生活を支えるための支援のご案内」リーフレットの生活保護制度の頁のトップに「生活保護の申請は国民の権利です。生活保護を必要とする可能性はどなたにもあるものですので、ためらわずに自治体までご相談ください」という一文を加えた。これは厚生労働省のHPにも掲載されている(「しんぶん赤旗」2020年9月4日))。

○「みんなは、俺が岸信介の孫だから、強烈な保守主義者だと思っているが、安倍寛の孫でもある。タカとハト、両方の立場で物事を考えているんだ」(「読売新聞」2020年9月2日朝刊。尾山宏「総括 安倍政権 ウィング広げ安定図る」で安倍首相が「かつてこう語った」と紹介し、「首相の『ハト』の側面を、野党が十分に認識していなかったことが、『安倍一強』の背景にある」と指摘)。

文献

[本稿は『日本医事新報』2020年9月12日号に緊急掲載した「安倍内閣の医療改革(方針)をどう総括するか?」とBuzzFeed Japanインタビュー「小泉政権を上回る医療費抑制がコロナ危機にも影を落とした 医療経済学者が検証する医療政策」・「医療への市場原理導入は失敗 次期首相は安倍首相よりも『ドライ』か」(2020年9月9-10日公開。聞き手:岩永直子氏)の事前質問への回答を統合し、加筆したものです。]

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2.論文:日医総研『第7回日本の医療に関する意識調査』から何が読みとれるか?

(「深層を読む・深層を解く(105)」『日本医事新報』2020年12月5日号(5041)号:52-53頁)

日本医師会総合政策研究機構(以下、日医総研)は10月、「第7回日本の医療に関する意識調査」を発表しました(日医総研ワーキングペーパーNo.448。ウェブ上に公開)。本調査は2012年9月の第1回調査以来2~4年おきに実施されており、今回は2017年の第6回以来3年ぶりの調査です。今回は新型コロナウィルス感染症(正式名称はcovid-19。以下、コロナ)が蔓延していた7月に、安全に万全の配慮をした上で、対面調査を実施したそうです(回答者数1212人)。これにより、第1回以来の調査方法の連続性が保たれた意義は大きいと思います。

本稿では、過去(特に第6回)の調査結果とも比較しながら、第7回調査から読みとれることを検討します。私はコロナ蔓延という非常時にもかかわらず、国民の医療に関する意識が安定していること、特に高い医療満足度と平等な医療への高い支持に注目しました。

コロナによる受診控えは14.6%

今回は、調査項目に「新型コロナウィルス感染症の蔓延下での不安と生活の変化」が加えられました(8頁)。「感染拡大による生活の不安」については、「大いに不安を感じている」が32.9%、「ある程度不安を感じている」が49.2%、小計82.1%に対して、「あまり不安を感じていない」は14.9%、「全く不安を感じていない」は3.1%にすぎません。この数値はNHKの毎月の意識調査の結果と同じです。

それに対し、「医療機関の受診に対する意識」についての質問は本調査のみが行っています(14頁)。まず、「医療機関の待合室などで感染症に感染する不安」については、不安33.2%、やや不安36.1%、小計69.3%であり、国民の医療機関受診に対する不安の強さに驚かされました。

次に「4月から5月の受診の形」(回答は受診の必要があった人562人。複数回答)をみると、「以前と同様に対面で受診した」が79.4%と8割を占める半面、「対面での受診を控えた」が14.6%もあります。それに対して、「オンライン診療もしくは電話診療を受けた」は2.5%にとどまっています。

「今後オンライン診療を受けたいか」について、「受けたい」は38.1%、「受けたくない」は43.0%です。「受けたい」回答には年齢別に大きな差があり、20-44歳では55.2%、45-64歳では47.6%に達しているのに対し、65歳以上では13.1%にとどまっています。ただし、これはコロナが蔓延し、回答者の7割が「医療機関の待合室などで感染症に感染する不安」を持っていた時点の回答であり、この結果をコロナ収束後に一般化することはできません。

コロナに関する設問ではありませんが、私は「日常の健康管理で気を付けていること(複数回答-第5回、第7回調査の比較)」で、多くの活動の実施割合が増加していることに注目しました(39頁)。これはコロナの拡大により、国民の健康管理に対する意識が高まっていることの表れかもしれません。

2種類の医療満足度の高さ

日医総研調査の最大の特徴・長所は、第1回調査(2002年)から、医療満足度を「受けた医療の総合満足度」と「日本の医療全般の満足度」に二分して、ほぼ同じ設問で毎回調査していることです。医療に関する満足度調査は、国内外で広く行われていますが、両者を区別して継続的に調査しているのは世界中で日医総研調査だけです。受けた医療の満足度が医療全般の満足度よりかなり高いことは、本調査でも、他国の調査でも確認されています。

今回は「受けた医療の総合満足度」は92.4%(満足36.7%+まあ満足55.7%)に達しており、前回(2017年)の92.3%と同水準ですが、「満足」の割合が28.8%から36.7%へと増加しています(17頁)。「日本の医療全般の満足度」は76.1%(満足17.5%+まあ満足58.6%)で、前回の74.2%とほぼ同水準です。

日医総研調査は、他の調査と異なり中間回答(どちらとも言えない)を設けていないため、満足度が高くなる可能性があります。しかし、第1回から同じ設問をしているため、コロナ蔓延という非常時にもかかわらず、2つの満足度が高い水準を維持していることは注目に値すると思います。

平等な医療への高い支持

もう1つ私が毎回の日医総研調査で注目しているのは、「平等な医療」への支持の高さです。この調査は第3回(2008年)から行われており、今回も「所得の高い低いにかかわらず、受けられる医療の中身(治療薬や治療法)は同じであるほうがよい」との考え(A)に近いが74.3%を占め、「所得の高い低いによって、受けられる医療の中身(治療薬や治療法)が異なることはやむを得ない」という考え(B)に近いは15.3%にすぎません(残りは、どちらともいえない8.3%、わからない2.2%)(35頁)。この傾向は、5回の調査すべてで一貫しており、日本国民の平等な医療への支持の強さの表れと言えます。

ただし、回答者の「等価所得」(世帯所得/世帯員数の平方根)別にみると、500万円以上の高所得層(回答者の9.9%)では、Aの考えに近いは55.3%にとどまり、Bの考えに近いが34.2%もいます。この割合は、前回調査(2017年)での20.0%に比べると相当高いのですが、これが有意の差か否かは、現時点では判断できません。

平等な医療との関連で注目すべきことは、「過去1年間に費用負担を理由とした受診控えがある」との回答が4.5%あり、しかもこの割合が等価所得が200万円未満の低所得層で7.8%と飛び抜けて高いことです(37頁)。逆に、この割合は200万円以上の所得区分3階層では2.6~3.4%にとどまっています。このことは、低所得者に対する医療アクセスの保障という点で、国民皆保険制度にほころびが生じていることを示唆しています。ただし、前回調査でもこの割合は5.0%であり、コロナ禍によりこの割合が急増したわけではありません。

それ以外の設問への回答も安定

これら以外の設問に対する回答も安定しています。具体的には、「医療機関の受診のあり方」について、「最初にかかりつけ医など決まった医師や医療機関を受診し、その医師の判断で必要に応じ専門医療機関を紹介してもらい受診する」意見への賛成は65.7%で前回調査の67.3%と同水準です(34頁)。

「最期までの療養の場」についても、「[病院や施設に入院・入所せず-二木]自宅で最期まで療養したい」は18.6%にとどまっており、前回調査の19.6%と同水準です(45頁)。このことは、現在もなお一部で主張されている「在宅(自宅)ケア絶対主義」が現実離れしていることを示しています。

70歳以上は8割がかかりつけ医あり

「かかりつけ医の有無」についても、「いる」が55.2%で、前回調査の55.9%と同水準です(24頁)。70歳以上ではこの割合は83.4%に達しており、これも前回調査の81.6%と同水準です。日本ではかかりつけ医は制度化されていませんが、70歳以上の大半がかかりつけ医を持っていることは注目すべきです。

というのは、医療の実態を知らない経済学者等には、「かかりつけ医制度が定着していないこと」を日本医療の弱点と批判する方が少なくないからです。例えば、土居丈朗氏(慶應義塾大学教授)は、今回のコロナ危機で、日本医療では「かかりつけ医制度と病床機能の連携が未整備であった」ことが露呈したと主張しています(「コロナ危機で露呈した医療の弱点とその克服」。小林慶一郎・他編『コロナ危機の経済学』日経BP社,2020,155-165頁)。

しかし、かかりつけ医制度とコロナ感染とを結びつけるのは論理の飛躍です。論より証拠。土居氏が「かかりつけ医制度が整備されている国が多い」と認める西欧諸国では、コロナの患者数・死亡者数は日本より2桁多く、「医療崩壊」が生じています。

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(通算178回)(2020年分その10:8論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○身体活動と健康な食生活への公衆衛生的介入の経済評価:体系的文献レビュー
Gebreslassie M, et al: Economic evaluations of public health interventions for physical activity and healthy diet: A systematic review. Preventive Medicine 136(2020)106100(ウェブ上に公開)[文献レビュー]

身体的不活動と不健康な食事習慣は疾病増加と経済的負荷と関連している。本体系的文献レビューの目的は身体活動と健康な食事をターゲットにした公衆衛生的介入の経済評価を同定し、その知見の質と移植可能性をスウェーデンの文脈で評価することである。公開された経済評価の探索はPubMed等の電子的データベースを用いて行った。それに加え、適切な体系的文献レビューや適切な組織のウェブサイトに含まれていた文献もチェックし、灰色文献も集めた。経済評価の質と移植可能性はスウェーデン医療技術評価庁が開発した質評価ツールを用いて評価した。経済評価の質が中等度から高度と判定された論文で、アウトカムをICER(Cost/QALYまたはcost/DALY)で評価していた32論文を選んだ。32論文は78の介入を評価していた[論文要旨には178と書かれていますが、本文の表2から、78の誤記と判断-二木]。

32論文のうち13論文は身体活動を、13論文は健康な食事を、6論文は両方をターゲットにしていた。介入は、文脈、場、研究方法(mode of delivery)および対象人口の面で多様だった:32論文のうち実際に介入実験を行ったのは2論文だけで、残りの30論文はモデルを用いていた。介入の大多数(78のうち65)は、(論文執筆者が)費用効果的(cost-effective)だったと報告していた。しかし、方法論と報告の質についてはかなりのばらつきが認められ、32論文のうち良質と判定されたのは4論文だけだった。経済評価のたった半分しか、スウェーデンの文脈への高い移植可能確率をもっていないと判定した。身体活動と健康な食事をターゲットにした公衆衛生的介入は潜在的には費用効果性が高い。ただし、政策決定者は得られるエビデンスの質と移植可能性にはばらつきがあることを考慮すべきである。

二木コメント-本「ニューズレター」197号(29-30頁)で紹介した、スウェーデンの「飲酒、喫煙、違法薬物…の経済評価」論文の姉妹論文です(4人の執筆者は同じですが、順番は違います)。17頁のうち9頁がレビューした78論文の詳細な一覧表であり、この分野の研究者には有用と思います。英語論文の要旨は抽象的なので、上記抄訳では本文に書かれている数値等を大分補足しました。論文要旨には、「大多数は、介入は費用効果的だったと報告していた」と書いてありますが、論文の結果一覧表を見たところ、前論文と同じく、ICERはほとんどプラス(QALY上昇に伴い費用も増加)で、費用が減少した介入はないようです。私の経験では、論文要旨に「費用効果的だった」と書かれている場合、その意味は「効果があったが費用も増加した」で、「費用が減少した」ではありません。

○健康の道徳的要因
Berwick DM:The moral determinants of health. JAMA 324(3):225-226,2020[評論](ウェブ上にも公開)

哲学者イマニュエル・カントが命名した「心の内なる道徳律(the moral law within)」は神秘的に聞こえるかもしれないが、社会秩序を維持する上での役割は明確である。独裁制以外のどんな社会でも道徳的契約が公正な社会の基礎になるべきである。医療以外の環境が健康を促進したり、害することは科学的に疑いない。それは「健康の社会的要因」(SDHs))と命名され、Marmotは6つに分類している。社会的要因(factors)のパワーは、医療のパワーと比べ巨大である。

しかし、健康の社会的要因の研究が数十年行われてきたにもかかわらず、それを改善するための投資が過少であることは変わっていない。現実の改革が生じるためには「健康の道徳的要因」-それには強い社会的連帯意識が含まれる-が社会に受け入れられる必要がある。それは「道徳的要請」(the moral imperative)とも言い換えられる。もし健康が存立する地域社会が壊れた時には、癒やす者(healers)はそれを修復することが求められる。心の内なる道徳律はそれを強調する。健康の道徳的要因の熱によってのみ、健康の社会的要因の改善は遂に沸点に達するであろう。

二木コメント:「健康の社会的(決定)要因」の研究者必読の好評論と思います。Berwick氏は医療の質改善の研究・実践のパイオニアで、名著"Curing Health Care"は日本でも翻訳されています(『キュアリング・ヘルスケア-新しい医療システムへの挑戦』中山書店,2002)。Berwick氏が「健康の道徳的要因」を強調する<熱い>評論を書いていることに驚きましたが、氏はオバマ政権時代に政府高官に任命されるなど、アメリカの医療制度改革に長年関わってきたそうです。

"Social determinants of health"の定訳は「健康の社会的決定要因」とされており、私も今まではそれに従ってきましたが、本「ニューズレター」197号(33頁)の「二木コメント」で詳しく書いたように、医療経済・政策学関連のほとんどの英語論文では、それらは「影響する」(affect, influence)、「影響する要因」といういわば弱い意味で使われていることが分かったので、訳語を「健康の社会的要因」に変えました。本論文のタイトルも、「健康の道徳的決定要因」と訳すより、「健康の道徳的要因」とする方がすっきりします。

○ネオリベラルな主体としての医師-[イスラエルの]公私ミックス[医療]制度下の質的研究
Rasooly A, et al: The physician as a neoliberal subject - A qualitative study within a private-public mix setting. Social Science & Medicine 259:113152 ,2020[質的研究]

医療におけるネオリベラリスム(新自由主義)の研究は、ネオリベラルな主体化における医師の中間的(intermediary)役割を十分に探究してこなかった。本論文は、21人の専門医に対する深層面接から得られたデータを用いて、イスラエルの医療制度における医師をネオリベラルな主体として構築する。イスラエルでは1980年代中葉以降、医療分野を含めたネオリベラルな改革が進んでいる。得られたデータはグラウンデッド・セオリーと主題分析に基づいて分析した。私費診療が一般的ではない分野(感染症と集中治療)と私費診療が一般的である分野(整形外科、循環器科、心臓胸部外科)の両方の医師にインタビューした。分析では、医師の社会における役割と医療の価値という2つの鍵概念に焦点を当てた。その結果、見解のスペクトラム(連続体)を見いだした。一方の極には、自らを企業家であり、企業と生産物のマネジメントを行い、医療を商品と見なす医師がいた。反対の極には、医師をパブリック・サーバントであり、医療は人間の権利であると見なす専門職のエートスがあった。両方の見解はネオリベラルな主体と不断の緊張関係にあった。今後の研究では、公私の組織への所属と、ネオリベラルな世界観の主要な特性の内在化との関連について調査すべきである。

二木コメント-今までほとんど論じられなかった重要な視点を提起していると思います。社会構築主義に基づく分析枠組みと記述はかなり思弁的ですが、医師に対するインタビューの結果は丁寧に記載されています。日本でも、2000年代初頭の小泉純一郎内閣時代に医療分野への市場原理導入が目指されて以降、新自由主義的・企業家的志向をもった医師が生まれているため、日本への示唆に富む論文です。

○ここはアメリカだ:医療経済学のトップジャーナルにみるエビデンスの地理学
Hirvonen K: This is US: Geography of evidence in top health economics journals. Health Economics 29(10):1316-1323,2020[量的研究]

The Journal of Health EconomicsとHealth Economicsはおそらく医療経済学領域の2大トップジャーナルである。両誌には、過去10年間(2010-2019)に実証研究論文が1679本掲載された。その前の期間の分析と同じく、この時期に両誌に掲載された実証的エビデンスはアメリカのものが支配的であり続けており(全論文の37%)、低所得国についての論文は稀である(2%)。疾病負荷が重い国は、トップジャーナルに論文を掲載する医療経済学者の関心を引いていない。その結果、北欧諸国(人口2700万人)のデータを用いた論文は、サハラ以南のアフリカ諸国と南アジア地域(人口29億人)のデータを用いた論文よりも多い。

最後に、実証研究論文の3分の1は、論文名または要旨で、エビデンスが得られた国を明示していなかった:掲載論文の70%は論文名でそれを示さず、33%は要旨でも示していなかった。この傾向は北アメリカのデータを用いた研究で顕著で、55%は論文名でも要旨でもそれを略していた。対照的に、低所得国についての研究は90%がそのことを、論文名または要旨で示していた。この理由としては、執筆者が自己が示したエビデンスには「外的妥当性」がある(結果は他国にも妥当する)と見なしていることが考えられるが、それは高所得国間でも保証されていない。

二木コメント-著者はエチオピアの研究者です。論文の前半はよく知られた事実の再確認です。後半は私の英語論文抄訳の経験とも一致します。そのために、私は英語論文の論文名を翻訳する時、原文に国名が書かれていない場合、[ ]でそれを補足しています。

<長期ケア・ホスピス関連(4論文)>

○ケアホーム[高齢者入所施設]は一般的な死に場所でホスピス[の役割を果たしている]:イングランドにおける終末期に向けての長期ケア提供の分析
Teggi D: Care homes as hospices for the prevalent form of dying: An analysis of long-term care provision towards the end of life in England. Social Science & Medicine 260(2020)113150[量的研究]

連合王国と西欧化した社会では、ほとんどの人々は80歳以上で、障害を伴う疾患、慢性疾患または変性疾患で死亡し、死亡前数年間は不健康である。このように高齢期の長期ケアと終末期ケアとの間には連続性があるが、この連続性は政策では十分に理解されておらず、終末期に向かう長期ケアの提供の形態(modality)と強度に何が影響する(determine)かについてはほとんど知られていない。「イングランド高齢化縦断調査」を用いた多項ロジスティック回帰分析により、本研究は、50歳以上でのニード発生から死亡時までの間に、健康要因と社会人口学的要因が次の5種類の長期ケア形態(arrangements)によるケアを受ける相対的確率にいかに影響する(affect)かを評価する:①自宅でのインフォーマルケア(43.8%)、②自宅でのフォーマルケア(5.2%)、③自宅での両者の混合ケア(30.6%)、ケアホーム(高齢者入所施設。看護サービスの有無を問わない)(15.5%)、ホスピス(4.9%)(カッコ内は本研究で明らかになった50歳以上のニーズ発生から死亡までの利用確率)。併せて、このことがイングランドの長期ケアと終末期ケアの政策・計画にどのように影響するかを評価する。

本研究により、以下のことが明らかになった。まず、ホスピスは終末期ケアをがん患者および50-64歳の患者に提供し、ケアホームは非がん、認知症、重度障害、及び80歳以上の患者で期間が決まっていない終末期の長期ケアを提供している。さらに、インフォーマル、フォーマル、両者混合型、及びケアホームの長期ケア形態は、障害と不健康のレベルの増大と家族ケアのレベルの低下を反映している。家族ケアは教育とジェンダーにより異なる。最後に、認知症とパーキンソン病は高度の長期ケア提供の単独のもっとも重要な要因(determinants)であり、全体としての高度ケアはニーズが高度の長期ケア提供に影響する。イングランドの文脈では、この結果は以下のようにまとめられる。①インフォーマルな家族ケアに継続的に依存することは持続可能ではない。②高度ケアのニーズがある高齢者にフォーマルな長期ケアを提供することは適切である。③ホスピスは高齢期での死亡の一般的な(prevalent)場所ではなく、ケアホームが重度障害者、80歳以上の認知症を持つ高齢者の事実上のホスピスとなっている。しかしこれらのことは、イングランドの終末期ケアの政策と研究にはまだ反映されていない。

二木コメント-イングランドにおける高齢者の長期ケアと終末期ケアの実態についての包括的かつ詳細な分析で、この分野の研究者必読と思います。

○[アメリカにおける]ホスピス利用の増加と病院死亡の減少との関連:「全国入院標本」の分析
Schorr CA, et al: The association of increasing hospice use with decreasing hospital mortality: An analysis of the National Inpatient Sample. Journal of Healthcare Management 65(2):107-121,2020[量的研究]

余命が限られている疾患に罹患している患者のホスピス・サービス利用が着実に増えている。このサービスでは、病院は退院患者をさまざまなタイプのホスピスに送っており、それには患者が同じ病院にどまってホスピス・サービスを受ける施設モデルも含まれる。時には、「散在病床ホスピス」(scattered-bed hospice)と言って、患者が同じベッドに入院し続けても、ホスピス利用と見なされることさえある。この退院区分では、患者は病院を生存して退院し、その後ホスピスで死亡したと見なされる。本研究の目的は、患者数の多い6つの疾患での院内死亡率減少の一部がホスピスでの終末期ケアの増加によるものか否かを明らかにすることである。

本研究は後方視的研究で、「全国入院患者標本」の2007-2011年のデータベースを用いて、患者数の多い以下の6つの主要急性及び慢性疾患の18歳以上の患者を同定した:心不全、慢性閉塞性肺疾患、急性心筋梗塞、心原性ショックを伴う急性心筋梗塞、敗血症性ショック、及び肺がん。患者は退院形態により、ホスピスへの退院と死亡退院に分けた。ただし、本「標本」では、病院外ホスピスへの退院と同一病院内ホスピスへの移行は区別されていない。これらの区分に合致した患者は合計10,457,728人で、そのうち2.72%がホスピスに移り、6.38%が死亡退院であった。死亡退院した患者に比べ、ホスピス患者はより高齢で、入院期間は短く、より多くの合併症を有していた。ホスピス利用はメディケア患者、非教育病院及び南部でより多かった。白人患者は非白人に比べて、ホスピス利用が多かった。6疾患合計の2007-2011年の5年間の推移を見ると、ホスピス利用率は漸増し、退院死亡割合は漸減していた(それぞれ、2.25%から3.14%へ、6.61%から6.16%へ増加)。本研究で得られた知見は、病院間でホスピス利用は異なっていることがベンチマークされた病院の死亡率比較に影響を与え、その結果病院の死亡率データ(リスク調整済みの入院後30日以内死亡退院割合等)公開が、一部の病院を不適切に褒賞したりペナルティーを与えている可能性があることを示唆している。

二木コメント-日本のホスピス(緩和ケア)は、医療法上「病床」に分類されるのと異なり、アメリカのホスピスは病院病床には含まれないがメディケアの給付対象にはなるという制度的違いがあります。同一病院内での病床からホスピスへの移行(物理的またはメディケアの区分上の)が病院の死亡退院割合に影響するとの着眼点は面白いのですが、用いたデータでは病院外ホスピスと病院内ホスピスは区別されておらず、やや羊頭狗肉です。

○[アメリカにおける]死亡場所とホスピス利用のベンチマーキング-「退役軍人庁在宅基盤プライマリケア」のケアを受け[て死亡した]た退役軍人の事例調査
Intrator O, et al: Benchmarking site of death and hospice use - A case study of Veterans cared by Department Veterans Affairs Home-based Primary Care. Medical Care 58(9):805-814,2020[量的研究]

本研究の目的は死亡場所とホスピス利用を調査し、「退役軍人庁在宅基盤プライマリケア」(VA-HBPC)のケアを受けて死亡した退役軍人の特性を同定することである。退役軍人の医療サービス利用の場所を毎日追跡している「退役軍人庁居住史ファイル」(Residential-History-File)から行政的データ(2008,2012,2016年)を編集した。アウトカムは死亡場所(自宅、ナーシングホーム、病院、施設型ホスピス)、及び死亡日のホスピス利用とした(ホスピス利用には在宅ホスピスも含む)。VA-HBPCの死亡場所別割合を次の2種類の死亡者のベンチマークと比較した:VA-HBPCは利用しなかったが退役軍人庁のサービスは利用して死亡した患者(145,443人)と5%抽出の伝統的(出来高払いの)Medicareを利用して死亡した退役軍人以外の患者(25,895人)。死亡者の年齢、人種、都市部/農村部の居住、一人暮らしか否かが、VA-HBPC利用の乖離を生んでいないかを多項ロジスティック回帰分析で検証した。

2016年に7796人の退役軍人がVA-HBPCを利用して死亡し、そのうち62.1%が自宅で、11.8%がナーシングホームで、14.7%が病院で、11.4%が施設型ホスピスで死亡した。ホスピスサービスは自宅死亡者の60.9%、ナーシングホーム死亡者の63.9%に提供された。2008-2012-2016年の期間に、VA-HBPC利用退役軍人の自宅死亡割合と在宅ホスピス利用割合は上昇し、しかも常に2つのベンチマークより高かった。VA-HBPC利用の死亡者のうち、若年者(65歳未満)は高齢者より自宅で死亡する割合が髙く、施設型ホスピス利用の割合は低かった。人種・エスニシティと居住場所は自宅死亡割合と関連していなかったが、一人暮らしの退役軍人は自宅死亡の割合が低かった。以上の結果は、退役軍人を終末期を含めて自宅で支援するとのVA-HBPCの当初目的が達成されたことを示している。

二木コメント-本論文は濃厚な在宅ケアが自宅死亡割合を増やすことをキレイに示していますが、そのための費用には触れていません。この論文を読んで私が一番驚いたことは、本研究で「対照群」とされている一般のメディケア患者の、①自宅死亡割合も2015年の約45%から2016年の約50%へと上昇していること、及び②自宅死亡者の約40%が在宅ホスピスサービスを受けていることです(図でのみ表示)。なお、「自宅死亡」には日本流に言えば「居住系施設」での死亡も含まれていると思います。

○家にいる方が良いと言えるか?[オランダにおける]ナーシングホーム入所適格性[判定]が費用、入院と生存に与える影響
Bakx P, et al: Better off at home? Effects of nursing home eligibility on costs, hospitalizations and survival. Journal of Health Economics 73(2020)102354[量的研究]

高齢者に対してナーシングホーム入所を遅らせるよう奨励し支援することは、長期ケア費用を抑制し、対象人口の好みにも合いウィンウィンと見えるが、この効果についてのエビデンスはほとんどない。ナーシングホーム入所適格性判定の因果的影響を、オランダの行政データ(ナーシングホーム入居を申し込んだ65歳以上の高齢者49,187人、申込件数51,047件)を用いて、擬似実験的方法で検討した。その際、ランダムに分けられた評価者のナーシングホーム入所適格性判定のばらつきを利用した。入所適格性認証はナーシングホーム入所確率を上昇させ、医療利用、特に入院が減少した。しかし、総保健医療費は変わらなかった。この主な理由は、ナーシングホーム入所適格性があると判定された高齢者で自宅生活を続けた者は、ナーシングホーム費用と同水準の在宅ケアを受けるからである。

以上の結果は、ナーシングホームへの入所を遅らせることは必ずしも上述したウィンウィンを生まないことを示唆している。

二木コメント-ビッグデータを用いた緻密な計量経済学的分析で、結果も妥当と思います。ただし、本文は難解で、拾い読みしただけでは、細かい内容は理解できませんでした。

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4.私の好きな名言・警句の紹介(その193)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割>

<その他>

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