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西岡幸泰先生を偲んで

「理事長のページ」 研究所ニュース No.8 掲載分

 角瀬保雄

発行日2004年10月31日


今年も残り少なくなってきました。 過ぎ去った日々を省みると、いろいろなことが起こった年でした。身近なところでは当研究所の設立発起人の一人であった西岡幸泰先生(専修大学名誉教授・国民医療研究所副理事長)がこの9月16 日に食道がんで亡くなりました。親族だけで密葬をすまされたということです。73 歳でした。御冥福をお祈りいたします。

西岡先生は医療政策が御専門で、医療経済学会会長も勤められていました。一昨年の医療経済学会の大会の折ですが、学会執行部が額を寄せ合い深刻な顔をしてなにやら話し合っていたことが思い起こされます。会長の病状がかなり厳しい状況にあって、その対応策を話し合っていたものと思われます。しかし、先生は昨年の医療経済学会の大会に病気を押して出席さ れ、名誉会員となった挨拶をなされました。一見深刻な病状にあるとはみえない様子でしたが、覚悟の別れの言葉だったのかも知れません。

私と西岡先生とは信州で民医連の学習会があったとき共に講師として御一緒したのが最初で、その後、社保協の集会などでも御一緒したことが思い出されます。私が編集した『大競争時代と規制緩和』(新日本出版社、1998 年)では「医療・福祉分野における規制緩和と国民生活」という章の執筆をお願いしたことがありました。また、私が参議院の委員会に構造改革特区問題の参考人として出席した折、事務当局が私の編著から西岡先生の論文をコピーして出席者に配ったことがありました。他に参考人としては政府御用達の八代尚宏氏と有名な河北総合病院の河北博文理事長がいましたが、河北氏はそれを私の執筆と勘違いし、「専門的なことを大変よく調べてありますね」と感心していたことが思い起こされます。

ところで最近目につくのは病院経営について議論が盛んになってきたことです。一口でいうと医療サービス供給の市場化論、病院経営論といってよいと思いますが、これまで公共性の空間とみなされてきていたところに、企業の論理を導入しようとするものといえます。私は非営利・協同組織論については専門家と自認しておりますが、病院経営についてはまだ駆け出しです。しかし、最近私の仲間内の研究者の間からも病院経営の分野に参入するものが目につくようになってきました。専門ではないと気楽にしていることもできなくなってきているように感じています。

そこで最近の論壇を見回してみると、いろいろな労作が生まれてきています。体制批判側では二宮厚美『日本経済の危機と新福祉国家への道』(2002年)、横山寿一『社会保障の市場化・営利化』(2003年)、二木立 『医療改革と病院』(2004 年)、近藤克則『「医療費抑制の時代」を超えて』 (2004年)などはその代表的なものといえるでしょう。それらの労作からは私も多くのことを勉強させてもらいました。なかでも最新の『医療改革と病院』は多くの注目を集めているようです。総研の機関誌『いのちとくらし』(第8 号、2004年8月)でも会員の川口啓子氏が書評を書かれています。また雑誌『経済』(2004年11月号)では全日本民医連副会長の鈴木篤氏が書評を書かれています。それぞれから学ばせてもらいましたが、しかし、私には若干の物足りなさが残るのも否めませんでした。

二宮、横山、二木の三氏の間には小さくない意見の相違点があるように も思われるのですがどうでしょうか。それが正面から受け止められ、論点が発展させられていないのが、私の欲求不満として残っているのかも知れません。『いのちとくらし』の次号には近藤氏の著書の書評が予定されています。論争よ、起れ!と期待したいところです。総研の機関誌がその場となることができればと願っています。

こうけしかけるばかりで、自分では何も言わないのは無責任ということになりますから、一言だけ発言をしたいと思います。二木氏の本の目玉は、医療制度改革の「三つのシナリオ」と医療者の自己改革論にあるといってよいでしょう。このうちの前者の「三つのシナリオ」とは、(1)財界の主張する新自由主義的改革、(2)厚労省の主張する公私二階建ての改革、そして(3)公的医療・社会保障費用の総枠拡大を目指す改革です。著者は小泉政権成立後、新自由主義的改革は挫折し、公私二階建て化が主流となっており、自分の予測と判断が正しかったとしております。先の参議院での参考人についていうと、八代氏が①の立場、河北氏が(2)の立場、私が(3)の立場に分かれていたように思います。

ところで、私が不満に思うのは(1)と(2)との関係で、財界と厚労省官僚との立場の違いはどうとらえたらいいのかということです。もちろん両者の間には矛盾も存在していますが、基本的には前者の役割は市場化を促進するためのイデオロギー、旗印となっていることであって、その旗印によって促迫され二階建て改革が済し崩し的に進められているのだと思うのです。対抗関係にあるというよりは、役割分業の関係にあるのではないかと思います。二木氏の本についての2 人の書評と私の感想とのズレは、こうした点が必ずしも明確にされていないところにあるように思われるのですが、どうでしょうか。

私がこう思うのは、実は二木氏が以前に出した『医療経済学』(1985年)において「医療の質を低下させないで医療費を節減する方法」として費用便益分析の方法を提起していたことが強い印象として残っていたからかもしれません。近藤氏の本ではもっと具体的な問題が提起されていたように読みました。たとえば、第5部では「評価と説明責任の時代に向けて」という興味あるテーマが手法の問題を含めて取り上げられています。こう書いていくうちに以前読んだ川上武『技術進歩と医療費』(1986年)での「病院経営の特殊性」論を思い出しました。また公的病院と民間病院の比較などは今も問題となっており、改めて勉強せねばと思います。よく「危機の時代には理論が鍛えられる」といわれますが、私の舌足らずの発言が契機になって議論が深まっていけばと思っています。

今年も総研の研究費助成の公募には多くの申し込みが集まってきています。総研が期待されている証しといえようかと思います。高度に専門的なテーマのものが多くなってきるのが今年の特徴といえます。こうなるともう私などはお手上げです。幸い理事会には医療の専門家が何人もおりますので、その助けを借りて審査をすることになるでしょう。私としては同世代の西岡先生の御逝去によって、いつまでも「いのちの持ち時間」があるわけではないと強く思うこの頃です。

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