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社会と企業をめぐって

「理事長のページ」 研究所ニュース No.11 掲載分

 角瀬保雄

発行日2005年07月25日


去る5 月12 日から14 日にかけて、京都の龍谷大学において比較経営学会第30 回全国大会が開かれました。そこでは「企業と社会」という統一論題のもとに比較経営学の課題と方法が論じられました。なかでも注目されるのは「非営利・協同組織研究の現状と課題-企業研究との比較」という分科会でした。そこで私は司会と討論者の一人二役を演じましたが、その報告集が活字になって出るのは1 年後の次の大会の時になります。そこで以下、私が注目したいくつかの論点を紹介してみたいと思います。第1 報告は、新進気鋭の若手研究者・京都経済短期大学の藤原隆信氏による「企業と NPOにおける経営概念の比較研究」で、利潤追求とミッション追求の関係が論じられました。討論者は龍谷大学の細川孝氏で、氏は製薬産業の研究者でもあります。第2 報告は、鹿児島国際大学の馬頭忠治氏による「市民事業の可能性」という報告で、氏は協同組合学会の会員でもあります。討論者は創価大学の国島弘行氏でした。 第3 報告は、龍谷大学の重本直利氏による「社会合理性と経営学」というもので、経営概念の拡張と豊富化が問題とされました。氏はすでに『社会経営学序説―企業経営学から市民経営学へー』(晃洋書房、2002)という単著を著わし、『関係性と経営』(晃洋書房、2005)という共著を編集されており、すでに一家をなしております。私が討論者となりました。

さて論点の1は、「営利企業は利潤追求」、「NPOはミッション追求」という二分法が広くみられます。この常識に疑問が投げかけられ、営利企業にもミッションがあり、NPOも事業型NPOは事業活動を通じて利潤を確保しなくてはならないということが強調されました。こうして営利企業も社会的存在であり、NPOも企業である限り、両者の間には共通性があるといえます。「社会的使命をかかげ、社会貢献活動を重視する営利企業が増えているとともに、収益事業によって財政基盤を整えようとする非営利組織が増加しています。また、収益事業によって社会的な問題を解決していこうとする「社会 的企業」も次々と誕生しています。かのフォードも創業の当初からミッションをかかげて追求をしていました。原発もクリーンエネルギーというミッションをかかげているともいえます。

営利企業は市場という競争空間で活動していますが、協同組合のような協同組織は市場の外の存在であるという観念論があります。協同組合は組合員という内部市場で活動するだけというのです。NPOも事業型のものは、変わりはありません。私はこうした二分法による対立したとらえかたは、現実からではなく、理念から出発するもので、社会科学とはいえないと考えています。医療経営学の高橋淑郎氏は「営利企業と非営利組織は連続性の中に存在する」ととらえています。また、藤井淳史氏も「企業とNPOの間に質的に明瞭で断絶的な境界線を想定することは現実的でない」と論じています。こうして最近の経営学では営利企業と非営利組織の「利潤追求」と「ミッション追求」の統合という新しい関係性が問題になっているのです。私も市場関係を重視していますが、現に存在している市場をそのまま是認しようとするものではありません。民主的に規制された市場の構築が重要と考えています。新自由主義との違いです。

論点の2 は、営利企業とその官僚的な管理システムに対する批判から脱マネジメントが主張されます。市民事業の可能性やレッツなどのエコマネーの主張がみられます。しかし、脱マネジメントではどう事業を行うことができるのでしょうか。またエコマネーで事業が円滑に進められるのでしょうか。これらの可能性がまったくないというのではありませんが、それはきわめて限定された、ローカルな空間においてでしかありえないでしょう。したがって、その意義を認めないわけではありませんが、今日の社会化した生産、流通、消費の世界における人間の営みを前提にすると、その役割は小さなものにしかすぎないといえます。

さらに新しい市民事業では、その主体としての市民概念が問題になります。本来、市民社会とはブルジョワ社会(bǚrgerlich Gesellshaft)を意味していました。しかし、資本主義の発展の結果、アソシエイションやコミュニティによる規制や誘導の可能性が問題になっているといえるでしょう。そして問題解決に共同する市民を意味するようになっています。しかし、その市民概念は労働者概念と対立するものではないでしょう。労働の社会化論から出発する、現実感覚をもち、社会変革の立場にたった、経営学が求められるものといえます。

論点の3 は、本来、「経済合理性」は「社会合理性」の部分でしかないのに、JR西日本の列車事故のような企業不祥事に示された「経済合理性」の追求が、「社会合理性」を支配するようになっています。こうした今日の社会のあり方を転換させる必要があるということです。「経済合理性」は「社会合理性」の一部として位置づけ直される必要があるということです。そこから「企業経営学から市民経営学へ」という「社会経営学」の主張がでてきます。それとともに経営概念を現実に存在する病院経営、学校経営、家庭経営などさまざまな経営を包含したものとしてとらえ、「関係性」という新しい枠組みによって分析しようとするものといえます。こうして今日では、経営学に市民が主体として登場するようになっているのです。

今日、日本学術会議の経営学研究連絡委員会に参加している経営学関係の学会が40ほどにも達しています。そこで改めて学術会議が主催して「経営、管理、マネジメントとは何か?-概念共有をめざして」というシンポジウムがもたれることになりました。これも経営概念の多様性を反映するものといえるでしょう。なお、経営学研究連絡委員会からは昨年開かれたシンポジウムの成果が『NPOと経営学』(中央経済社)という書物にまとめられていますが、これは伝統的な経営学の世界で、利潤だけでなく、非営利が研究対象になるという積極的な動きですが、しかし、それとともに、NPOしか視野に入っていないという限界をもっています。協同組合やその他のさまざまな非営利組織が欠落しています。それと「労働の世界」が見えてこないという問題があります。労働者の存在感が薄いのはなぜでしょうか。労働を包摂した非営利・協同組織の一般理論を展開する必要があります。わが研究所に課せられた課題はますます重要になっているといえます。

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