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労働運動と非営利・協同

「理事長のページ」 研究所ニュース No.13 掲載分

 角瀬保雄

発行日2006年01月31日


「小泉劇場」といわれた昨年の衆院選挙は、誰の目にもこれまでと世の中が大きく変わったということを強く印象づけました。しかし、変化はすでにかなり以前から生まれてきていたのであり、それが決定的になったというのが正確なところといえるでしょう。アメリカに従属した、大企業本位の政治とはいいながらも、かつての自民党政治には中間層に対しても一定の利益配分を行うことによって、その支配の安定化を図るという側面がみられました。「1億総中流」の幻想を可能とする条件があったということです。しかし、いまやそうした政治は過去のものとなっています。規制緩和と民営化による市場原理主義、効率至上主義の支配の結果、社会のあらゆる場面において二極分化が拡がりつつあるといえます。株式市場がバブル時代を再現するとともに、『下流社会』という本がベストセラーになっています。

郵政改革の次には医療制度改革、税制改革が日程に上っていますが、そうした一連の小泉「構造改革」は、憲法9条の改正によって戦後の平和国家日本を「外国で戦争をする国」へと変え、国民皆保険制度によって曲がりなりにも支えられてきた戦後の社会保障、「福祉国家」体制を葬り去る地ならしとなろうとしています。いまや左右の違いを超え、心あるすべての人々にとっての正念場が迫ってきているといえます。アメリカ仕込みの新自由主義によるこの国の破壊に反対し、それといかに闘うかが求められているものといえます。

非営利・協同の旗印をかかげているわが研究所も、いまや重い責任を担っているものといえるでしょう。その研究創造と成果の普及を通じて、広範な国民の間での平和と民主主義のための統一した戦線の構築に貢献することができるかということが問われます。この間、注目すべき研究が世に出ました。京都のくらしと協同の研究所の活動の成果としてまとめられた戸木田嘉久・三好正巳編著『生協再生と職員の挑戦』です。私は同研究所の機関紙「協かなう」(05年12月号)紙上にその書評を書きましたが、同書をぜひ多くの人に読んでいただきたいと思っています。小泉「医療制度構造改革」は非営利・協同の組織にとってかつてない厳しいものとなろうとしていますが、同研究所は姫路医療生協に引き続いて、これから関西地方の医療生協の実態調査に取り組むといいます。経営分析が専門の会員の谷江武士教授(名城大)も医療生協の経営分析に取り組んでいるといいます。

わが研究所のワーキンググループによる総合的な経営比較分析もまもなくまとまります。そのほか研究助成でさまざまな実態調査が取り組まれていますが、介護・看護労働の現場の問題に実践的に応えうる調査研究が今年から始まろうとしています。これは民医連の事業所の期待に応えうるものとなることでしょう。また、東京を中心とした活動を全国的なものへと広げるために、昨年末には地方幹部の力を結集し地域運営委員会が設けられました。理事会との協力により地方での活動の具体化がまもなく始まります。

ところで非営利・協同に関する国際的な動きとしては、昨年の11月27日、フランスからティエリ・ジャンテ氏(欧州社会的経済団体連合理事)を招聘しての市民国際フォーラムが東京で開かれました。氏の記念講演は「勃興する社会的企業と社会的経済の発展」と題されたもので、21世紀の社会・経済システムを展望しつつ、いま注目の社会的企業(Social Enterprise)に焦点をあてたものです。これをバックアップしたのは働く女性たちのワーコレですが、呼びかけ人・賛同人にはさまざまな分野の非営利・協同の研究者・活動家が名を連ねました。労働組合では連合の名もみられます。わが研究所としてもその企画に協賛し、支援をしました。顧問の富沢賢治教授のほか石塚秀雄主任研究員、竹野幸子事務局員の各氏が参加、協力しました。いずれその成果は広く公にされることと思われますので、その節に改めて取り上げることにしたいと思います。いまのところ社会的企業という言葉は、それぞれの思いを込めて各人各様に使われているようにみえますが、概念の科学的な解明が求められるところです。私も昨年出した『企業とは何か―企業統治と企業の社会的責任を考える』(学習の友社、2005年)のなかで、私見を明らかにしていますので参照していただければと思っています。

なお年末の12月11日には、全労連との緊密な協力・共同の関係にある労働運動総合研究所が設立15周年シンポジウム「労働政策の新自由主義的展開へのわれわれの対抗軸を考える」を開きました。自由法曹団団長の坂本 修氏は「最大の対抗軸は憲法にある。」と、自民党の改憲への企てと新自由主義の労働政策への闘いを一体として取り上げることを強調していました。参加者からも、労働運動がそのウイングを広く未組織の労働者、市民層にまで広げ、護憲にとどまらない、いのちとくらしを護る、生活の中に憲法を生かした運動を展開する「活憲」の重要性が強調されました。しかし、具体的な非営利・協同との連携、共同に踏み込むまでにはまだ至っていません。これが現在の労働運動が抱える弱点の一つといえるでしょう。

先に紹介した戸木田・三好共編著のなかでは非営利・協同論が真正面から受け止められていましたが、それと同時に「非営利・協同」論の弱点として、労働運動など他の社会運動との連帯と共同について鮮明でないことが指摘されていました。すべてがそうといえないことは、民医連運動などをみれば明らかですが、非営利・協同の運動がかかえる弱点の一つではあるといえます。こうしたなか北海道の舛田和比古先生の新著『憲法を医療・福祉の現場から考える』(本の泉社)が出版されました。診療所での1年間にわたる憲法学習会のドキュメントをまとめたものですが、護憲・活憲の運動の力強い武器となるでしょう。

いまや非営利・協同組織では協同組合が「大競争時代」を迎えてその存在意義を問われていますが、一方NPO法人の数は2005年11月現在、約2万3千余になっています。これは全国の小学校や郵便局の数に匹敵するといわれます。ソーシャル・チェンジの大きな力になるものといえます。そこで財界や行政はこの力を取り込もうとしており、外郭団体化ということも見られます。同時にNPO制度の発足後、7年で466団体が解散しているともいわれます。経営能力に問題を抱えているものが少なくないことがわかります。こうしたなか医療法人制度の改正や、新な非営利法人制度の創設が問題になっています。非営利・協同組織の役割が新たに問い直されようとしています。3月上旬には全日本民医連の総会がひらかれ、綱領改定論議もようやく具体化しようとしています。わが研究所がそれにどのように貢献できるか新年度の大きな課題となります。

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