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ドイツと日本の社会保障、医療

「理事長のページ」 研究所ニュース No.14 掲載分

 角瀬保雄

発行日2006年04月30日


今日、わが国の医療・福祉は小泉内閣の「医療制度構造改革」によって市場化、営利化の方向を強めつつあります。そして憲法第二十五条が国民のすべてに約束した社会保障は形骸化されつつあります。公的な国民皆保険制度の空洞化によって医療にかかることができない人々が増大しており、この4月からの医療改悪では高齢者に攻撃が集中し、窓口負担、保険料負担が高められようとしております。金のあるものとないものとでは、医療の機会均等も損なわれるという基本的人権の侵害が問題になっております。

こうしたなかで国民の医療への不安に付け込んで、テレビ、商業新聞などのマスメディアでは内外の営利保険会社が毎日のように医療保険、ガン保険の宣伝をしています。最近の調査によると3750万人もの多くの人々が、3人に1人が民間医療保険の購入者になるというところまで事態は進んでいます。聞くところによれば、民医連院所にも保険金のために医師の証明を求める患者が少なくないという。こうして公私混合の二階建ての医療保険によって国民皆保険制度は形骸化されつつあるといえます。さらには3・16%という大幅な診療報酬の引下げは医療機関の機能分化と整理淘汰を促進するものといえます。

3月の2日から4日にかけて全日本民医連総会が仙台で開かれましたが、その機会に松島医療生協と坂総合病院の視察をしてきました。継ぎ足し、継ぎ足しで施設の拡充をしながら、地域の需要に応えてきた診療所と10階建ての最新設備の新病院という対照的な二つの医療機関を見ることが出来、興味深いものがありました。医療生協は住民の過半数を組合員に組織しているという話しで、日頃地域の医療生協の活動で苦労している身にとってはその教訓を大いに学びたいと思った次第です。また坂総合病院は財団法人ですが、新病院の建設資金のほとんどは借入金ということで、資金の調達・運用能力の高さに強い印象を受けた次第です。こうした両施設が連携機能を果たすとともに、救急医療などの地域の需要に応えているところは、大変感銘を受けたところです。

ところで3月13日には日本におけるドイツ年の記念行事の一つとして、ドイツ大使館の後援をえた「社会経済の変化と日独の社会保障」というパネルディスカッションが都内で開かれ、私もこれに参加しました。両国の研究者と行政官を中心にしたものですが、驚いたことに社会保障の民営化が不可避という報告者が日本側にいたことでした。アメリカ帰りのPh.Dにとってはそれが新自由主義の経済理論の帰結であるというのでしょうか。しかし、よく考えてみると介護保険ではすでに株式会社が参入する市場が生まれており、医療保険でもアメリカのように民間の営利保険会社の市場が生まれています。これに追い討ちをかけるのが混合診療に道を大きく開いた今回の医療制度改悪といえます。ヨーロッパ型の社会保険思想に基づいたものといえる日本の社会保障制度も、内容的にはアメリカ型の市場原理主義の影響の下、次第に変質しつつあるものといえます。

また3月16日には、第26回日本医学会総会のポストコングレス公開シンポが、「どうする日本の医療」として都内で開かれました。私はこれにも参加しましたが、李 啓充医師の基調講演のほかパネリストには日本福祉大学の近藤克則教授、埼玉県済生会栗橋病院の本田 宏副院長などがシンポジストとして登場しました。日本医学会の主催するこのシンポの基調が政府の進める医療制度改悪に対する強烈な批判を示すものであったことには、率直にいって大変驚かされました。今の医療制度改正が世界に誇るべき日本の医療をめちゃめちゃにしつつあることへの医療関係者の危機感がみちあふれたものでした。今更ながら私の認識不足を思い知らされた次第です。

ところで総研いのちとくらしにとって、昨年来の活動の中で特筆すべきは、ワーキンググループの研究成果の第一弾がようやくまとまったことであります。民医連関係をはじめ、医労連などの労働組合からも注文が殺到しています。それは今日厳しい状況に立たされている民医連院所を含む公私病院経営の分析に取り組んだものでありますが、続いて第二弾、第三弾のワーキンググループの研究成果がまとめられる予定であります。富沢賢治、宮本太郎氏などによる「非営利・協同セクターと社会保障制度」に関する研究、鈴木勉、岡崎祐司氏などによる「非営利・協同組織と地域協同」に関する研究が組織されております。

さらに昨年は、初めて全日本民医連との共同企画として、海外視察旅行を実施し、北欧の福祉国家スウェーデンの社会保障制度を学んでまいりました。また研究所単独の企画としては、世界の協同組合から注目されている南欧のスペイン・モンドラゴンとポルトガルの非営利・協同の実践を学んでまいりました。これらの視察の成果は機関誌『いのちとくらし』の別冊となって印刷されております。会員外にも有料で頒布しておりますので、皆さんの手によって広く普及していただきたいと思っているところであります。

またこれまで東京を中心に積み重ねてきました公開研究会の地方での展開の第一弾が四月上旬に福岡において持たれます。スペインのモンドラゴン協同組合企業体の視察報告を中心とした地域ミニシンポです。今後全国各地で、こうした地方公開研究会を実施していきたいと考えております。

研究所内外の研究者、実践家の共同研究、個人研究に対する研究資金の助成も、三年度目を迎え、非営利・協同の医療・福祉に関する自主的な研究の促進に役立ち、期待されているところです。そしてその研究成果もようやく実り始めてきております。この四月にはその第一弾として高山一夫氏を中心とした共同研究によって、アメリカの非営利病院に関する本格的な実態調査の報告書が印刷され、会員の皆様のお目に触れることとなりました。今後こうした共同研究、個人研究が次々と発表されるものと期待しているところであります。

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