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まちづくり、コミュニティビジネスと非営利・協同

「理事長のページ」 研究所ニュース No.19 掲載分

 角瀬保雄

発行日2007年07月31日


「いのちとくらし」と称している本研究所は医療・福祉とまちづくりをメインフィールドにしています。NPO の活動分野としては一般にも医療・福祉がトップにあがっており、その一端に位置している本研究所は、数あるNPOのなかでもメインストリームに属しているものといえるでしょう。機関誌『いのちとくらし』は医療・福祉の研究や情報に満ちています。しかし、まちづくりとなると、今後の課題といわなくてはなりません。地域に根ざした医療と福祉の重要性が叫ばれているとき、また現実にも地域の空洞化、崩壊が進行しているとき、まちづくりの運動や事業の研究と情報を強化する必要があるのではないでしょうか。全日本民医連、日本生協連医療部会のHPをみてもこれはと思うものはみられません。『いつでも元気』誌上で共同組織の活動が紹介されている程度です。

ここで問題になるのは、何をもって「まちづくり」と呼ぶのかということです。日本建築学会はこの言葉を以下のように定義しています。

「まちづくりとは、地域社会に存在する資源を基礎として、多様な主体が連携・協力して、身近な居住環境を漸進的に改善し、まちの活力と魅力を高め、『生活の質の向上』を実現するための一連の持続的な活動である。」(日本建築学会『まちづくりの方法』2004、P.3)

建築家の立場からの視点にたったもので、視点を異にするとまた別の定義も可能かと思いますが、当研究所の「いのちとくらし」という視点からも居住環境は重要で、さらに生活インフラとしての公園や商店街、医療・介護施設の存在は欠かせません。また最近ではまちおこしのための「地域のブランド化」ということも問題になっています。長野県の小布施町は葛飾北斎をアピールし、「栗と北斎と花のまち」で成功しているようです(堀内圭子「浮世絵を生かしたまちづくり」(成城大学『経済研究所年報』第20号)。それに対して夕張の場合は、石炭産業の撤退と行政の無駄使いによる観光化が地域の崩壊に拍車をかけたマイナスの事例といえるでしょう。

ここで少し別の視点へと飛んでみようと思います。コミュニティビジネスという言葉があります。ビジネスの視点からコミュニティ問題をとりあげたもので、伝統的な中小企業論やマイクロビジネス論と交叉するところのあるのは当然ですが、その独自性を橋本 理氏の研究「コミュニティビジネス論の展開とその問題」(関西大学『社会学部紀要』第38 巻第2号)から探ってみたいと思います。

氏はコミュニティビジネスのキーワードとして、社会的企業、非営利組織(NPO)、地域再生、雇用創出、地域福祉をあげていますが、その端緒は1980年代からのイギリスのスコットランドにおける地域再生の取り組みにあったとされています。しかし、コミュニティビジネスの議論は次第に社会的企業論に移ってきており、ソーシャル・エンタープライズ論の一部となってきているようです。

日本における展開は多様です。関東経済産業局が熱心で、私も時々そのメルマガをのぞいていますが、橋本氏はその事業の主要領域を以下の4 点に整理しています。

第1は、中心市街地の活性化、商店街活性化に関わるものです。

第2 は、環境コミュニティビジネスです。

第3 は、農村地域におけるコミュニティビジネスがあげられています。

第4 は、地域福祉の領域で、社会参加や就労支援があげられています。

しかし、日本におけるコミュニティビジネス論では欧米のものと比べて、雇用問題や社会的排除の克服という観点が明確に打ち出されてなく、「薄く・浅い」支援であるともいわれています。コミュニティビジネス論の多くは、あえてコミュニティという概念を用いる必要のないものが多く、日本におけるコミュニティビジネスの流れは、イギリスのコミュニティビジネスの流れとは関係なく、「生活ビジネス」を指すほどのものであるともいわれます。

こうした時、会員の山田定市先生がはるばる北海道から研究所にお見えになりました。北海学園大学開発研究所の総合研究・「NPM(New Public Management)と地域づくりにおける非営利組織・協同組合の位置と役割」のための調査と資料収集への協力依頼のためでした。難しいテーマですが、その研究の完成をお祈りしたいと思います。公立病院の民営化などはNPMそのもので、社会医療法人制度との関係もあり、遅ればせながら当研究所としても取り組んでいくべきテーマだと思います。最近、目に留まった論文に大松美樹雄「市場化のなかでゆれうごく自治体病院の社会的使命と経営」(『賃金と社会保障』no.1417)があります。NPM 思想などの拡大のなかで従来型批判の「呪縛」を乗り越えることを目指しているようです。

この間、コムスンの介護事業における不正が社会の注目を浴びました。介護事業が発足した当時、民間営利企業の参入をめぐって、協同組合学会でも議論が交わされたのを記憶しています。当時、措置制度を上からのお仕着せとして、利用者の自立、自己決定という視点から介護保険への民間企業の参入を正当化する流れがありました。「社会福祉」から「福祉社会」へというスローガンも飛び交いました。それに対して私は、民間営利企業の介護事業への参入自由化は、介護の「市場化」「営利化」をもたらすものと賛成論者を批判した記憶があります。事態の推移はコムスン商法が物語っているとおりとなりました。

その後、公共業務の民間へのアウトソーシングが大きな流れとなってきましたが、私は形式的に「民」はダメで、「官」であればすべて良しとする立場をとるもので
はありません。それは年金問題での社会保険庁の無責任行政をみても明らかです。一方、「官から民へ」というスローガンの狙いがどこにあるか、多くの事例が示しているところです。ここでは民間の非営利・協同を媒介とした新しい公私の関係の再構築が必要となるのではないでしょうか。こうした時期、「おわりよければすべてよし」というシェクスピアをもじった羽田澄子監督の映画を岩波ホールでみました。内外のターミナルケアの実態をドキュメントしたもので、2 時間半の長編で疲れましたが、おおいに勉強になりました。いまこそまちづくりにおける民間の非営利・協同の位置と役割が問われるところだと思いました。

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