女性による女性のための社会的企業―アカウント3訪問記―
「副理事長のページ」 研究所ニュース No.16掲載分
中川雄一郎
発行日2006年10月31日
イギリスの社会的企業が今速いスピードで成長していることは多くの人びとの知るところとである。またその成長要因の一つが労働党政府の積極的な支援策にあることも人びとの知るところとなっている。1997年に政権を取り戻した労働党政府は、トニー(Tony)・ブレア首相の主張する「第三の道」に従って非営利・協同組織の拡大・強化を図ってきた。すなわち、労働党政府は、2001年に通商産業省の内部に社会的企業局(social enterprise unit)を設置して「社会的企業のために適切な事業支援体制の構築」を進め、02年7月に社会的企業の特徴的性格と機能を明確にする「社会的企業:成功のための戦略」を、03年3月に金融を含めた市場への対応能力の向上を求めた「コミュニティのための企業:コミュニティ利益会社(CIC)の提案」を、03年10日には地方・地域での福祉サービスやコミュニティ・サービスの専門的能力と資金調達能力を社会的企業に求めた「社会的企業に関する中間報告」などを公表し、そして04年に成立し翌05年7月に発効した「コミュニティ利益会社法」(CIC法)の制定で締め括っている。その意味で、CIC法は、協同組合法、チャリティ法、会社法それに開発トラスト法などさまざまな準拠法で登録されている非営利・協同組織を改めて「社会的企業」として登録させて、それらの社会的企業が福祉サービスや雇用サービスなどに関わる部門を担当するよう促進しようとするものである。
社会的企業は現在、政府の積極的な支援策やコミュニティのニーズと相俟って、加速度的に拡大し、成長しているのであるが、社会的企業を名乗る非営利・協同組織はCIC法で登録されている組織だけではない、ということに注意しなければならない。政府の積極的な支援策にもかかわらず、CIC法に準拠した組織は依然として少数なのである(06年10月16日現在525)。これから紹介するロンドンのイースト・エンド地区の(アジア・アフリカ・カリブ海諸国からの移民が多い)タワー・ハムレッツ自治区で「女性の経済的、社会的自立」を目指して事業展開しているアカウント3(Account3 Women's Consultancy Service ltd.)も、ある時には「コミュニティ・ビジネス」を、またある時には「社会的企業」を名乗っている。
さて、アカウント3であるが、正確に言えば、アカウント3は協同組合法(「産業・節約組合法」)に準拠して1991年5月に登録・設立されたのであるから、「女性によって構成されている協同組合」である、ということになろう。しかし、アカウント3は「協同組合」としてよりもしばしば「コミュニティ・ビジネス」あるいは「社会的企業」として自らを公表している。ワーカーズ・コープ(労働者協同組合)の企業形態を取るアカウント3にはその方が現在の状況にマッチしているのであろう。
そのアカウント3には他の社会的企業と異なる大きな特徴がある。その最大の特徴は「スタッフ(メンバー)もクライアント(利用者)も女性のみ」、ということである。何故、「女性のみなのか」、と問われれば、アカウント3がそこで活動している地域コミュニティの経済的、社会的、政治的、人種・民族・宗教的環境がそうさせている、と言う以外にない。タワー・ハムレッツ自治区はイングランドで5番目の貧困地域で、イギリスの旧植民地のバングラデシュ、パキスタンなどのアジア諸国、カリブ海諸国それにソマリアなどアフリカ東部諸国からの移民が比較的多く住んでいるコミュニティをいくつか抱えている。失業率が高く、「貧困ライン」以下の生活を余儀なくされ、犯罪も多発するこの地域では、英語以外になんと87もの言語が飛び交っており、文字通りの「人種・民族、文化や宗教が異なり、生活意識も異なる人たちが混住」しているのである。
このような困難を抱えているコミュニティで生活している人びと、とりわけエスニックの移民女性の多くがそのクライアントであるアカウント3にとって、「女性の経済的自立」こそ何よりも優先されるべき目標である。何故なら、彼女たちは家庭においてもコミュニティにおいても「生活に関わる行動や意思決定過程に完全に参加して」リーダーシップを発揮しているからであり、また成年男子の失業率が高いこのエリアでは彼女たちの「働き」なしでは子どもたちの育児・保育や教育は勿論、家族生活全般が成り立たないからである。
アカウント3はこのエリアのすべての女性たちを事業活動のターゲットにしているとはいえ、クライアントの多くはやはり貧しい移民女性である。彼女たちはアカウント3での職業訓練によってスキルを、したがってまた「雇用受容能力」(employability)を身につけ、就労の機会へのアクセス(「自己雇用」を含む雇用の創出)を確かなものにしようと努力している。そこでその一例を紹介して「アカウント3訪問記」とすることにしよう。
昨年の12月にアカウント3の理事長(サービス・マネジャー)であるトニー・メレデュー(Toni Meredew)さんから「アカウント3で職業訓練を終了した女性(Mary Edwards)がアットホームなゲストハウスを紹介するニュービジネスを始めます。あなたも是非一度ご利用ください。」とのメールが届いた。私は、アカウント3で職業訓練を終了した女性たちが経済的自立を目指して、高齢者・障害者送迎のタクシー会社、移民女性の故国の文化・工芸を活かした創作工芸産業、ビジネスの資金を提供するマイクロ・クレジットなどの事業体を立ち上げたことを知っていたので、ツーリズムに関わるニュービジネスも早晩出てくるだろうと思っていた。メレデューさんのメールからはそのビジネスが間もなく開始されると読み取れたので、一度利用してみようと考えた。しかし、後で聞いたことだが、この時点ではまだ乗り越えなければならないハードルが三つ残っていたとのことである。三つのハードルのうち「確かな資金計画とマーケティング」の二つのハードルはアカウント3の支援と元々タワー・ハムレッツ自治区の行政官であった彼女の努力とによって乗り越えたが、あと一つのハードルは今年の3月になって漸く越えることができたそうである。それは―アカウント3の協力を得て考えだした―事業体を登録するための社名UKguestsである。しかし、世の中には同じようなことを考える人たちがいるもので、同じ(あるいは同じような)社名をノミネートした人たちの審査が行なわれることになり、結局、エドワーズさんが「イノヴェーション・カテゴリー」(進取の気象に富む部門)の「勝利者」になったのである(正式社名はUKguests.com Ltd)。
UKguestsの主目的は、旅行あるいは研究や語学研修などの目的でロンドンにやって来るさまざまな国の女子学生に清潔・快適でアットホームな宿泊施設(一般住宅の部屋)を安い価格で提供することである(決められた条件に適えば学生以外の女性および男性も可能である)。メレデューさんの誘いを受けて私もUKguests に申し込み、娘と大高研道先生(聖学院大学)の3人でヒースロー空港からさほど遠くないイーリングにあるシールさん宅の清潔で快適な3 階の部屋を提供してもらった。私たちの場合は1人一泊朝食付き(いわゆるB&B)40ポンドであったが、女子学生の場合は、1~6 の地域ゾーンによって異なるが、B&Bタイプは1 週間1人100~180ポンド、B&Bプラス夕食付きタイプは同じく130~200 ポンドである。その他にキッチンを使って自分で夕食を用意することができるタイプ、それにB&Bプラス弁当ブラス夕食付きのタイプがあり、ロンドンにやって来た目的や期間に応じて選択できるようになっている。
エドワーズさんの呼びかけに応じて「ホスト・ファミリー」になってくれた人たちのなかには私たちのホスト・ファミリーのヘレン・シールさん(Mrs. Helen Sheill)のように「子どもが3歳なのでまだ勤めに出たくない」と考えている若い母親に一定の所得をもたらしてくれることを理由としている人もいる。ヘレンさんは、夫君がマレーシア出身のこともあってか、「アジアの女子学生」を歓迎したいと言っていたが、私には「土足で家や部屋に入る習慣がない」ことも理由としてあげていた。最近、イギリスでも家に入る際に靴を脱ぐ家族が増えてきたと聞いているが、それは大変良いことで「部屋を清潔に保つ秘訣の一つだ」、と私はしばしばイギリス人に言ってきたほどである。
UKguestsはまたヒースロー空港やガトウィック空港などから片道の、あるいは往復の移送(これももちろん距離によって運賃に幅がある)を行なっている。この移送はライセンスを得ている事業であり、運転者に一定の所得をもたらしてくれる。大きくはないかもしれないが、いわゆる「波及効果」が見られるのである。
UKguestsを開始したエドワーズさんは、娘さんのシャネルさん(Miss. Shanel)と共同でこの事業を発展させていくために、次のような「ミッション・ステートメント」を送り続けている。
さまざまな国の人びとがお互いに知り合いになるよう奨励し、促進します。このことは私たちイギリス人家族の寛容と温かいもてなしによって可能となります。それ故、「私たちのゲストとしてやって来て、私たちの友人として去っていく」という私たちのスローガンを共にすれば、私たちには素晴らしい未来があるのです。
私が帰国すると間もなくエドワーズさんから土産が届いた。それは私の60 歳の誕生を祝う小さな鏡の盾で、次のように記されていた。"Happy 60th Birthday Don't count all those candles ! Just enjoy the warmth of their glow."実感するところである。
Thank you very much, Mary, Shanel, Toni and Josephine, for your warmer kindness.
Toni, I would like to congratulate you on winning the prize of MBE.
(メレデューさんはアカウント3よる「雇用の創出」と「コミュニティの再生」に長い間貢献してきたことから、今年の春にMBE(Member of British Empire)をエリザベス女王から贈られた。この11 月にその授与式が行なわれる。)