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「イギリス社会的企業」考

「副理事長のページ」 研究所ニュース No.18掲載分

中川雄一郎

発行日2007年04月30日


(私的なことを申して大変恐縮ですが)5月の「連休」直後の頃に拙著『社会的企業とコミュニティの再生』(大月書店)の第2版が出版される予定である。この第2版はまた「増補版」でもあって、初版よりも70ページほどページが増えている。ページ増の最大の要因は新しい章(第8章)を設けたことである。この章のタイトルは「イギリスのソーシャル・ファーム―社会的企業としての課題と展望―」である。詳しい内容は第2版に譲るが、今後そう遠くない時期に社会的企業としてのソーシャル・ファーム(social firm)は人びとの注意をひき付けるだろう、と私は考えている。現在のところ、「本格的なソーシャル・ファーム」49企業、また「本格的なソーシャル・ファームへの萌芽的段階にある」という意味で「新生ソーシャル・ファーム」(emerging social firm)70企業とその数は多くはないが、最近における数の増加と企業の成長度合には大きなものがある(前者は1997年にはわずか6企業にすぎなかった)。

ソーシャル・ファームは、社会的企業なのであるから、「社会的企業の定義」を受けるとはいえ―実は現在のところ、社会的企業の定義にしても「これこそが統一的な定義である」というものは存在しないのであるが―ソーシャル・ファームは障害者、とりわけ精神障害者あるいは精神的問題を抱える人たちの―「雇用の創出」を通じた―経済的、社会的自立の実現を大きな目標の一つとしていることから、一部独自なコンセプトが付け加えられることになる。現在、もっともよく用いられている「ソーシャル・ファームの定義」は次のようなものである。

ソーシャル・ファームは障害者や労働市場で不利な条件の下に置かれている他の人たちの雇用を創出する事業体である。ソーシャル・ファームは、模範的な事業の遂行と社会的支援とを一つに和合させる環境の下で雇用の機会を提供するために展開され、促進されてきた。ソーシャル・ファームの労働者スタッフのうち(すべてではないにしても)かなりの数の人たちが障害者や労働市場で不利な条件の下に置かれている人たちである。すべての労働者(ワーカー)は、彼らの生産能力が何であれ、市場賃金率であるいは労働に応じて報酬(サラリー)を支払われる。労働の機会は社会的に不利な条件の下に置かれている労働者スタッフもそうでないスタッフも均等である。すべての労働者スタッフは同じ雇用上の権利と義務を有する。

見られるように、この定義の独自なところは「事業の遂行と社会的支援とを一つに和合させる環境の下で雇用の機会を提供するために展開され、促進されてきた」という点と、「(障害者も)市場賃金率であるいは労働に応じて報酬を支払われる」という点である。上で触れたように、ソーシャル・ファームは主に精神障害者や精神的問題を抱える人たちと社会的に不利な立場に置かれている他の人たち(刑余者、薬物依存症、アルコール依存症、長期失業者など)の「雇用の創出」を通じて彼や彼女の経済的、社会的な自立を実現するための企業であることから、政府・自治体などの公的機関の支援を含む他の多くの人たちの支援・援助とソーシャル・ファームの労働者スタッフ(メンバー)による事業とを結び合わせる、との点が強調されることになる。それでも、ソーシャル・ファームとしては自らの事業体(企業)を「市場志向」であると位置づけ、企業による財とサービスの生産をソーシャル・ファームの「価値」だとしている。それは、「ソーシャル・ファームの価値」が「3E(スリーE)」、すなわち、企業(Enterprise)・雇用(Employment)・権利付与(Empowerment)を中心的価値としているところに十分表現されている。

ところで、イギリスのソーシャル・ファームのモデルがイタリアの「B型社会的協同組合」であることはある程度知られているが、しかし、B型社会的協同組合も、したがってまたソーシャル・ファームも、実は、その起源が1960年代からイタリアで、とりわけトリエステにおいて展開された「精神医療民主化運動」にあることはあまり知られていない。この運動は精神医療サービスの「脱施設化」を推し進め、精神医療サービスの分野に「新しいシステム」を導き入れることに成功したのである。それは、およそ500人の精神医療患者が協働してケータリング、農業生産、ファッション、出版、ツーリズムなどさまざまな事業に従事する、というものである。精神医療を必要としている人たちが「医療施設」から外に出て、自ら雇用を創りだし、事業に従事し、就労する、という「精神障害者」の経済的、社会的な自立を目指すタイプのB型社会的協同組合の原型がここに見て取れるのである。

イギリスでは1980年代後半にこの「精神医療民主化運動」が一般に知れわたるようになり、医療患者に発症が見られる間患者は「ショート・ステイが可能な小規模な施設」や、医療ワーカーと一緒に食事をしたり、懇談したりすることのできる「居心地の良い小規模な施設」で医療サービスを受けるが、発症が見られず病状が安定している間は就労できる制度の確立を目指す運動が追求されたのである。それがソーシャル・ファームの運動である。この運動はまた、精神医療を必要とする患者の生活環境全体が彼らの精神状態に大きな影響を及ぼすことを人びとに知らしめることに貢献した。そしてこのことがまた、患者の精神的健康状態を安定させるために、彼や彼女の経済的、社会的な環境を改善することの必要性を国民的な規模で認識させていく契機を作りだしたのである。この時期に、その数はほんの一握りではあったけれど、初期の「ソーシャル・ファーム」が設立されたのである。

それからおよそ20年後の現在、ソーシャル・ファームはそのメンバーに精神障害者を含む社会的企業としてその経済-社会的な機能をより広い範囲にわたって認識されるようになってきた。1999年には連合組織である「ソーシャル・ファームズUK」が創設され、「イギリスにおけるソーシャル・ファームの設立、振興それに支援を通して(精神)障害者のための雇用の機会を創出する」ことを目指して奮闘している。とりわけ2002年に確認された前述の「スリーE」の中心的価値に基づいた「ソーシャル・ファームのチェックリスト」はソーシャル・ファームの組織・事業・経営の特徴的性格と価値を明らかにしている点で、ソーシャル・ファームについての理解を容易にしてくれる。このチェックリストには、「その事業高の少なくとも50%が財とサービスの販売による」(必須項目)、「その労働者スタッフの25%以上が(精神)障害者である」(必須項目)、「すべての労働者スタッフは雇用契約およびナショナル・ミニマムあるいはそれ以上の市場賃金の契約を結ぶ」(必須項目)など、大変興味深い項目が示されている。詳しくは最初に記した拙著第2版(増補版)を参照して下さい。

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