ニュー・ラナークの散歩
「副理事長のページ」 研究所ニュース No.24掲載分
中川雄一郎
発行日2008年10月31日
本年9月11~13日に社会主義者ロバート・オウエンの思想的原点であるニュー・ラナークで開催された「イギリス協同組合学会」に参加した。私は、イギリス協同組合学会の会員であり、機関紙Journalof Co-operative Studies の編集顧問にも名を連ねているので、ジョンストン・バーチャル教授やリタ・ロウズ教授それにジリアン・ロナーガンさんなど何人かの方々に久し振りにお会いできることを楽しみにしていた。残念ながらバーチャル教授にはお会いできなかったが、ロウズ教授とホリヨークハウスのロナーガンさん、それにカナダのヴィクトリア大学のイアン・マクファーソン教授にお会いすることができた。
現在スターリング大学で教鞭を執っているバーチャル教授は、貧困削減・根絶のための「国連ミレニアム宣言」に関わっており、協同組合が貧困削減・根絶のために果たすべき役について―それこそ世界を股に掛けて飛び回って―研究し論じている。バーチャル教授は1998年に明治大学国際交流センターの招きで1ヵ月の間明治大学で講演と講義を行ない、Open University のロウズ教授は私の拙い英語論文を書評してくださった。またライブラリアンのロナーガンさんとは1985年以来の―私の方が一方的にお世話になっているが―お付き合いで、今でもイギリス協同組合運動に関わる歴史的な資料についての情報を知らせてくれるし、時には必要な資料のコピーも送ってくれる。マクファーソン教授には2003年にヴィクトリア大学で開催された国際協同組合研究大会―私は「協同組合研究の3つのアプローチ」と題する基調報告を行なった―で大変お世話になった。
新しい出会いもあった。2000年に名著Robert Owen:Social Visionary を著したOpen University のイアン・ドナフィー教授とは偶然夕食会で席を同じくし、話が弾んだ。「話が弾んだ」というのは、実は、土方直史先生(中央大学名誉教授)が著した『ロバート・オウエン』(研究社、2003年)のなかにドナフィー教授の文章が何ヵ所か引用されていることを私が彼に話したことから、彼が乗ってきたのである。もうお一人の出会いも印象的である。私は、13日の朝食でデイヴィッド・スミス氏―彼はウェールズの協同組合運動の指導者である―と席を同じくしたのであるが、そのスミス氏が、この学会に参加していたロバアト・オウエン協会の森田邦彦氏との懇談のなかで出てきた日本の「高齢者協同組合」について詳しく知りたい、と私に話しかけてきたのである。スミス氏は、「イギリスも高齢化率が高くなってはいるが、多くの元気な高齢者が社会活動を望んでいることから、イギリスでも高齢者協同組合が創設されるべきだと考えている。そこで日本の高齢者協同組合についての資料など情報を送ってくれないか」、と依頼してきたのである。簡単にではあるが、私は日本の高齢者協同組合の運動についてお伝えし、情報の送付を約束した。
ところで、大方の日本人はおそらく知っていないかもしれないが、オウエンの原点であるニュー・ラナークは「世界遺産」に登録されている歴史的な地所なのである。オウエンが経営者として活躍していた―産業革命時代の―1810~20年代初期のニュー・ラナーク工場はイギリスでも有数の綿紡績工場であった。この工場に隣接して労働者の住居(アパートメント)があり、さらにオウエンの環境論的思想に基づいた「性格形成学院」、それに「生活必需品の店舗」が建てられた。それらは現在、大規模に改修・リフォームされ、一部は広い売店と清潔で比較的広い部屋のあるホテルとなっている。私が宿泊した部屋は車椅子の障害者も宿泊できる大変居心地のよい広い部屋であった。私がここを訪れたのはこれで4度目であるが、世界遺産に登録されてからは初めての訪問であったので、それ以前の訪問の印象を比べると、このニュー・ラナーク工場に来るまでの周囲の道路や家々も含めて、美化に努めていることが窺えた。「世界遺産」の力は雇用にも及び、ホテル(Mill Hotel)や売店を含めた「観光」によって直接間接の雇用が大きく増えた、とホテルの関係者が教えてくれた。
さて、どうしてこの地で協同組合学会が開催されたのかと言えば、今年2008年は「オウエン没後150周年」なのである。私の知るかぎり、イギリスでオウエン没後150周年を記念して開催されたカンファレンスは、このイギリス協同組合学会(Robert Owen and his legacy)とウェールズのスウォンジー大学の歴史学部と人文学部を中心に組織された 「ロバート・オウエン・ネットワーク2008」によってオウエンの故郷ニュータウンで8月14-17日に開催された「ロバート・オウエン(1771-1858)没後150周年記念カンファレンス」(New Views of Society: Robert Owen for the 21st century)である。ちなみに、日本では―私が会長を仰せつかっている―「ロバアト・オウエン協会」が本年11月22日(土)に明治大学中央図書館(駿河台)の多目的ホールで講演会を、また11月2 日~12月12日の間同図書館展示場でオウエンの著書、オウエン主義者の著書、肖像画、ニュー・ラナーク関係の写真等々を展示する。私は、学会初日の夕食会が始まる直前のおよそ10分間をいただいて、このロバアト・オウエン協会のイベントについて宣伝し、参加者の関心を引くことができた。
日本では通常考えられないことであるが、イギリスで学会が開催されると大抵のところ参加者が国際的となり、したがって、この協同組合学会も事実上「国際学会」となった。日本からも私を含めて9名が参加し、カナダ、チェコ、ロシアなどからも参加者がおり、夕食会は大変賑やかであった。イギリスに行く機会があれば、公正と平等、相互協同と調和を求めたオウエンの原点であるニュー・ラナークを訪ねてみることも一興である、と私はお勧めしますが、いかがでしょうか。