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グローバル社会的経済フォーラム2014(GSEF2014)

「理事長のページ」 研究所ニュース No.48掲載分

中川雄一郎

発行日2014年12月15日


私は11月17日から19日にわたってソウル市で開催された「グローバル社会的経済フォーラム2014」(「GSEF 2014」)に参加した。このフォーラムは、昨年ソウル市で開催されたGSEF 2013において採択された「ソウル宣言」を受けて挙行されたものである。この「ソウル宣言」はまた本年(6月4日)の韓国統一地方選挙でソウル市長に再選された朴元淳氏のイニシアティヴの下で発せられたものであって、事実、朴氏はGSEF 2014の開催を選挙公約の1つとして掲げ、市民にアピールしていたのである。その意味で、朴氏の60%にも及ぶ高い得票率は、「GSEF 2014の開催」をソウル市民が支持し承認したのだと解釈してもよい、との表現でもあろう。

ところで、ここで3つのタイトル(用語・言葉)について説明しておかなければならない。1つは「GSEF 2014」において採択された「GSEF憲章」(The Charter of Global Social Economy Forum)、次は「GSEF 2013」 において採択された「ソウル宣言」(the Seoul Declaration)、そしてもう1つが「社会的経済」(Social EconomyあるいはEconomie Sociale)である。これら3つのタイトル(用語・言葉)の意味および内容を知り、理解することによって、このフォーラムの真髄なり本意なりを認識することができるだろう。

1. GSEFについて

GSEFはGlobal Social Economy Forum の略記である。本稿の標記にあるように、日本語訳は「グローバル(世界的規模の)社会的経済フォーラム」である。GSEFの真髄あるいは本意は「GSEF憲章」(The Charter of the GSEF)の「序文」と「第1章 総則」第1条および第2条とに明確に見てとることができる。簡潔に示しておこう。

序 文

今日、わが世界は経済的危機と環境的(エコロジカル)危機から未だ立ち直ってはいない。このような地球的規模の課題を克服するためには、社会的経済を通じて「より良い世界」と「より良い生活」を創り出すことが不可欠である、とわれわれは確信する。社会的経済は信頼(trust)と協同(cooperation)によって現存する諸課題を解決するために、共同の自治的・自律的連帯(communal solidarity)を着実に進めていこうと努力する経済の一形態である。

2013年11月5日に採択された「ソウル宣言」は上記の精神を要約したものである。われわれは、本年、社会的経済の組織的、体系的な発展とグローバルな連帯とに向けたGSEF憲章を採択するためにさらなる歩みを進めるだろう。

第1条 われわれのアイデンティティ

第2条 われわれの未来像(vision)、任務(mission)そして達成目標(objectives)

 われわれは、以下に見るように、この「GSEF憲章」の「序文」と「第1章 総則」の第1条および第2条から、「社会的経済のコンセプト」を理解することができるだろう。すなわち、社会的経済は、

「アイデンティティ」としては

「未来像、任務および達成目標」としては

というものである。

ここでは、これら11項に及ぶ社会的経済のコンセプトをさらに具体的にまとめて「社会的経済の定義」を提起することはしないが、それでもここで、社会的経済を簡潔に定義するのに必要と思われる構成要素を示唆することも意味のあることと思えるので、いくつか記しておこう。

こうして、GSEFの参加者は、「社会的経済」のコンセプトを認識し合い、北東アジアに位置する韓国・ソウルで挙行されたGSEFによって提起され、議論・検討された経済的、社会的、環境的、文化的、そして何よりも人類的な課題や問題に対し、協同組合や社会的企業、またチャリティや社会的投資など非営利の事業体、それに地域コミュニティに基礎を置く地場産業などの対象主体が、共同の自治的・自律的連帯を通じてどう対応・対処するのか、またそのための哲学、すなわち、理念、アイデンティティ、イデオロギー、それに経済理論はいかなるものであるのかについて学ぶことができたのである。

2.ソウル宣言について

次に「ソウル宣言」に言及しよう。昨年(2013年11月5~7日)ソウルで開催された「GSEF 2013」において採択された「ソウル宣言」(丸山茂樹訳)が私の手許にあるので、その大要を紹介することで「ソウル宣言」(以下、「宣言」)で追究されている「社会的経済」について見ていこう。

「宣言」は、3つの論点から構成されている。すなわち、第1は「世界の危機と社会的経済」、第2は「社会的経済がなぜ重要であるか」、そして第3のそれは「グローバルな社会的経済ネットワークを目指す」、である。

第1の論点は、2008年のリーマンショックに端を発したアメリカの金融危機が2011年のヨーロッパ財政危機と最近のアジア諸国および他の新興国経済の金融不安をもたらしたが、その要因は、労働と生活における市場原理主義への過度の傾斜やほとんど規制のない金融の世界化によるものである。その結果、世界の多くの国々では「所得の両極化」(富者と貧者の格差拡大)と(失業等による)人びとの「社会的排除」といった経済的危機と社会的危機を生み出し、ついには政治的危機をも惹き起こした。われわれは、これら一連の危機が「化石燃料への過度な依存、気候温暖化、生物多様性の破壊、エネルギー危機や食糧危機など人類の生存自体を危険に陥れる生態系問題」とも関連していることを理解しなければならない。

このような危機に直面しているわれわれは、「多元的経済」を模索するさまざまな運動や活動に注目する。現に、世界で生起しつつある「社会的経済の運動」が両極化や社会的不平等・社会的排除、それに生態系の破壊といった諸問題を解決することができる「新しい希望」として浮上しているのである。

第2の論点は、「信頼と協同を基礎にして効率性と平衡性、そして持続可能性を同時に達成する」ことが可能な社会的経済についてである。この社会的経済の事業体は協同組合、地域コミュニティで事業に従事している地場産業、社会的企業、信用組合(信用金庫)、マイクロ・クレジット(クレジット・ユニオン)、それにチャリティや社会的投資を含む他の非営利組織などである。このような事業体に基づく社会的経済によって公共部門と市場経済との調和が創り出され、上記のようなグローバルな危機の克服が可能となる。その点で、「社会的経済は地域、国家そしてグローバルの次元において、経済、社会、文化そしてエコロジーに対して全体論的に接近する特徴を備えているのである」。

社会的経済はまた、社会的に排除されている人たちが「仕事の場」を、すなわち、雇用を創出し、人間の尊厳を回復するのに与って力がある。したがって、教育・職業訓練、保健・医療、それに介護サービスなど福祉部門において大きな成果をあげている。さらに社会的経済は持続可能なコミュニティの形成や食料の安全保障において非常に重要な機能を発揮している。このように、社会的経済は「従来であれば充足することが不可能であったニーズを市民の協力・協同によって解決する点で社会的革新の最も重要な土台」となり得るのである。

社会的経済は、地域コミュニティの持続可能なエネルギー生産、ローカル・フード運動、フェアトレードなど多様な事業を展開し、当面するエコロジーの危機を克服するのに効果的であることを立証してきた。「エコロジーの問題を解決するためには、地域コミュニティの社会的経済が国際的協約へ加入すること、国家次元のエネルギー体制の転換を促すことなどを通じて、世界および自国の諸制度との結びつきを強めなければならない」。

社会的経済はさらに、草の根の参加型民主主義と地域コミュニティの社会的および経済的な再生とを実現するための土台でもある。したがって、社会的経済にとって、民主的な意思決定と参加こそ、現在の経済的、社会的な危機とエコロジーの危機を克服しようとするためには不可欠な要素である。

見られるように、第2の論点は、社会的経済によって展開可能な事業の経済的、社会的それにエコロジー的な意味づけと、エコロジーに関わる国際機関や国の諸制度との関係、それに社会的経済の発展の諸条件を再生産するのに最も基本的なエートスを表象する、社会的経済のアイデンティティやイデオロギーを追究しているし、さらには社会的経済の事業と運動に不可欠な「自治・権利・責任」を基底で支える「参加の倫理」を基軸とするシチズンシップや民主主義までをも幅広く追究している。

第3の論点は、人類が現に直面している問題は、じつは、「一国が単独で解決することのできない問題」であって、それ故に、われわれは「グローバルな連帯を追求しなければならないのだ」という、極めて実践論的な主張でもある。「グローバルな社会的経済ネットワークを目指す」というタイトルがその意味をわれわれに伝えてくれている。「われわれは地域コミュニティと国家を包括するグローバルな社会的経済の連帯関係を構築しなければならない」と、それはアピールしている。その努力目標のいくつかを記しておこう。

さて、これまで私は、「GSEF 2013」と「GSEF 2014」および「ソウル宣言」に言及することで、「社会的経済」のコンセプトや定義、また「社会的経済」の理念、アイデンティティ、イデオロギーなどを理解し、認識する作業を行なってきたつもり(・・・)であるが、果たして、その作業は正しく遂行されたのか否か、加えて私が参加した「GSEF 2014」 の意義や意味、すなわち、冒頭で述べた「フォーラムの真髄なり本意なりを認識すること」が正確にできたか否か、私にはまったく判断する自信がない。

とはいえ、「社会的経済」はフランスにおいて19世紀の30年代に起こった経済学の「由緒ある対象」であったし、また同じ世紀の70年代以後にあってはフランス消費者協同組合運動の重要な対象課題となったし、さらには20世紀の80年代以降の社会主義の退潮と崩壊に伴って再びその姿を西ヨーロッパの地に現れ出してから現在まで、それなりの影響力を維持してきたのであるが、それが今や北東アジアの地で「花を咲かそう」としているのだから、「現代社会的経済」に「挑戦する」ことは「由緒ある挑戦」だと思ってもよい、と私は考えている。

その意味で、私としては、このGSEFに参加することによって韓国と日本の協同組合運動や非営利・協同運動の距離が大いに縮まり、したがって、「両者の親密さは一層増すだろう」とのことを直接肌で感じることができたのは「何よりの成果」であったように思えるのである。

社会的経済を再び「わが同時代の世界」に呼び起こし、協同組合をはじめとする非営利・協同のコンセプトや理念、アイデンティティやイデオロギーに、すなわち、「非営利・協同の哲学」に採り入れることによって社会的経済を支える「任務」を自覚した「共同の自治的・自律的連帯」は、韓国と日本の協同組合などの距離をさらに縮め、両者の親密さをより一層増すのに与って力があると、そう感じることができた私の「非営利・協同に基づく事業と運動」の想像力をもまた豊かにしてくれるだろう、と私は秘かに考えているのである。しかし、それでも私には依然として「はじめに行為ありき」と囃し立てている、あの「ゲーテ節」が聞こえてくるような気がして、どうも落ち着かないのである。もしかすると、あの「GSEFの真髄なり本意なりを認識した」と私が思えるようになるためには、繰り返し「社会的経済」について真摯に勉強しなければならない、とファウストは言っているのかもしれない。

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