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公共空間あるいは公共圏(1)

「理事長のページ」 研究所ニュース No.61掲載分

中川雄一郎

発行日2018年02月28日


 私は常々思っているのであるが、私には「生活習慣」というよりはむしろ――もしそういう言葉があるとすれば――ある種の「生活癖」があるのかもしれない。それは、5、6年ほど前からであるが、いくつかの新聞記事、特に約1~2カ月間ほどの日刊紙の記事を保存する癖である。なぜそのよう癖がついてしまったのかと言えば、新聞に記載された政治、経済、社会、文化、思想、歴史(それにたまにはスポーツ)の領域に関わる多少専門性のある記事にじっくり目を通し、それぞれの内容について私なりの評価をしようと考えるようになったからだと、私は記憶している。

朝日新聞朝刊を例にとれば、私が保存した記事の多くは、2ページに及ぶ「オピニオン&フォーラム」欄のそれであり、それには社説をはじめ、読者の声、インタビュー、紙面批評、記者の意見、それに「耕論」おおび「政治季評」と称するオピニオン欄、それに読者の「声voice」と「朝日川柳」欄などでびっしり組まれているので、それなりの厚さになる。

思えば、かつての「理事長のページ」(2012年2月)で私は「『無言国ニッポン』の深層心理」と題するエッセイを書いたが、それは、84歳の老人と13歳の少年が投稿した朝日新聞の「声」欄に掲載された投稿にヒントを得たものであった。このエッセイの一部を私は今でも協同組合の講演などで使っている。そこで今回の「理事長のページ」にもこの手法を真似て、本号と次号の「理事長のページ」を埋めていくことにする。ただし、本号は「公共空間あるいは公共圏」と題するエッセイの「その(1)」としてであることをお断りしておく。したがって、ユルゲン・ハーバマスが唱えて知られるようになった「公共空間あるいは公共圏」については次号で論じることになるので、ご承知おきいただきたい。

そこで、ここでは2018年1月16日に刊行された朝日新聞朝刊「耕論」欄の「英国流 どこへ」について、次の3名「(1)林 春樹・欧州三菱商事社長(2)ロビン・ニブレット・英王立国際問題研究所所長(3)新井潤美(めぐみ)・上智大学教授」の方々がインタビューに答えているので、ここで簡潔にそれぞれのインタビュー内容を記すことにする。なお、インタビューの「英国流 どこへ」の聴きどころは「EUからの離脱交渉が進む英国。2016年6月の国民投票で離脱が決まってからは、先行きを悲観する論調も目立つ。栄華を誇ったかつての大英帝国の、足元と未来とは」である。

(1)英国社会の特質は、すぐに結論を出さず、十分議論すること。話は相手の興味をそそる形でなるべく長く続けていくことが大事。第2次大戦以前に英政府が出した宣伝ポスターにある「キープ・カーム(keep calm, carry on, 平静を保ち、普段の生活を続けよ)」です。慌てず、状況を把握した上で対応していく大局観が海洋国家としての成功につながった。(中略)日系企業が……ロンドンの金融街シティを移転することは不可能でしょう。最大の懸念は(EU)離脱によって優秀な人材が流出すること。農業分野では、(農業に)従事するEU移民が入れないと、(農業を)維持するのが難しくなる。(中略)

製造業とサービス産業での連携やイノベーション(新機軸)でどこまで協力できるか。英国は毎年、再生エネルギーの比率を高め、ガソリン及びディーゼル車禁止に向けたルール作りでも先行している。持続可能な開発目標(SDGs)を積極推進し、国際規範を作るパートナーとして、英企業や政府を巻き込んでいけないか。英国は決めたことは守ってくれる。多極化し、不確実性が高まるいま、日英両国がお互いに寄り添っていくことが、今後のリスクへの担保になる。(後略)

(2)(前略)英国にはEUから離脱しても国際社会の主要プレーヤーとしての能力がある。英語、標準時、ロンドン、世界との歴史的つながり、世界屈指の情報機関。国際安全保障理事会の常任理事国、G7(主要7カ国首脳会議)、G20などの地位は変わりません。皮肉なことに、EUを離脱するが故に、英国は自国の外交、防衛、開発の各面で拡充を目指すことにもなるのです。それが世界にとって健全かどうか。(メイ首相が掲げる)「グローバルな英国」はより競い合う、ある種危険な英国かもしれない。例えば、対ロシア対策でEUと意見が対立するかもしれない。ロシアが独仏の分断を図ったとき、ドイツを支持すべき英国はEU首脳会議にはいません。多国間外交の代わりに英独二国間で調整しようとする。それは20世紀的な世界になることです。

英国の将来を考えるとき、不安定要素は、ブレグジット(EU離脱)交渉の行方、米トランプ政権、欧州全域で高まるテロの3点でしょう。トランプ政権の登場で、英国は日本と同様に地政学上、かつてないほど不安定な状況に置かれている。……安全保障や経済面で米国の揺るぎない支持を求めることはもはやできない。経済面で米国がEUの代わりになると考える人は英国の中では多数派ではない。米英二国間の貿易協定は英国にとって必ずしも最善の利益にならないでしょう。

「グローバルな英国」がより安全な世界をもたらすかは、英国が軍事面で強い欧州をつくることに協力するかにかかっています。……欧州の安保に英国が無条件に貢献することは、英国、欧州互いの利益になります。

日本にとって、欧州市場への玄関口としての英国は失われるでしょう。半面、「EUではない国」は、世界中の多くの国々にとって潜在的に興味深いパートナーになり得る。英国は日本と豪州、インドなどと特定の外交政策でEUを気にせずに連携できるようになる。英中関係もそうです。……「グローバルな英国」は、現在ではスローガンでしかありません。でも、将来的には実現することは可能です。

(3)一昨年に英国の国民投票でEU離脱派が勝利した時、日本では「大英帝国の栄光をいまだに忘れられない」といった解説がされましたが、私は帝国意識というよりも「島国根性」(insularity・insularism)の方が大きな要因ではないかと思っています。
英国の島国根性というのは、他の国に対して関心がない、外国のことをあまり勉強せず、知識もないことです。英国人が欧州という時、多くの場合、そこには英国は含まれません。この気質が定着したのは、ヴィクトリア女王が在位したヴィクトリア朝(1837~1901年)の時代でした。国が繁栄して中産階級の力がさらに大きくなり、自分の国に最も興味を抱く人たちが増えました。

週刊誌記事によると、国民投票で離脱派が勝った日の翌朝、ある地方の肉屋がすぐに、店頭の重量表示を法律で義務づけられているキログラムから違法なポンドに変えたことが地方紙で報じられると、全国の食料品店主から「勇気ある行動」と賛同のメールが殺到した、ということもあったそうです。一般レベルでは、何でもEUによって決められている現状への不満から、以前の英国流に戻れるという程度の理解しかない人が多かったようです。

若者の間では島国根性的傾向が徐々に薄れているようです。子どものころからメートル法に慣れていて、伝統的な単位への執着も強くない。……ただ、社会全体が「脱島国根性」に向かっているかといえば、そこまでは行っていないと思います。(反対に)最近、1930年代から50年代にかけて書かれた古き良き英国の姿を描いた娯楽小説が復刻されて人気を集めるといった英国的な価値への回帰の動きもあります。また英国の市民権を得ようとする者に課せられる「英国での生活試験」では、生活に必要な教育、医療、各種手続きの知識に加え、英国の歴史、文化に関する知識も試されます。英国的アイデンティティを大事にしたいという気分はまだ強いようです。

この3名の意見が「公共空間あるいは公共圏」にどうつながるのか、ご想像ください。((2)に続く)

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