『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター』2005年1号(転載)
二木立
発行日2005年01月04日
( 出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、無断引用は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見等をいただければ幸いです)
あけましておめでとうございます。
昨年はBCCで、主として最新の拙論をお送りしていましたが、本年からは、それに加えて、私が定期的に購読またはチェックしている医療経済・政策学関連(長期ケアも含む)の英語雑誌(22誌)の最新号に掲載された論文のうち私が興味を持ったもののサワリ(要旨の抄訳+α)や、皆様に紹介・推薦するに値すると判断した国内外 の医療経済・政策学関連(介護保険を含む)の新刊書情報も、適宜お送りします。
Health Affairs誌23巻6号(2004年11・12月号。特集「[私的]医療保険の将来」)より
…同誌は医療経済・政策学関連の専門誌のうち、アメリカでもっともよく読まれています。なお、同誌2004年増刊号「[医療費]地域差の再検討(variations revisited)には最新論文20が掲載されており、この分野の研究者必読です。しかも、これらはすべて同誌のホームページから無料で閲覧できます。
- 「プロフェッショナリズムの再検討-小規模診療の医師に対する支払い」(Cunningham C.pp36-47.評論):管理競争は企業化医療に基づいた新しいモデルを提起したが実現しなかったし、医師の意思決定に代わる消費者の能力もまだ証明されていない。診療規模についての諸調査は、医師も患者も、医師が患者の代理人であることが明白な、小規模診療を好んでいることを示しているし、小規模診療が存続し続けていることは、医療分野のプロフェッショナリズムが今後も医療システムの中核であり続けることを示唆している。その場合には、伝統的な支払い方式[出来高払い方式]を医療の質を高めるように改善する方が、抜本的改革より適切であろう。二木コメント-世界最高の医療経済学者のフュックス教授も、「競争と規制のどちらも、あるいは両者の混合も、医療の社会的規制のための適切な基礎とはなりえ」ず、「専門職規範が決定的に重要な第3の要素だ」と主張しています(拙訳「医療経済学の将来」『医療経済研究』8:91-105,2000)。
- 「疾病管理(disease management)は医療の質を高めて医療費を削減できるか?」(Fireman B,et al.pp63-75.定量的実証研究):ノースカロライナ州にあるグループ診療組織は過去10年間包括的な疾病管理を導入している。代表的4疾患の1996-2002年の質指標、医療利用、費用のデータを解析したところ、医療の質は相当向上していたが、費用は削減されていなかった。これは、医療の質が向上し死亡率が低下することによる費用削減が、医療の質向上に伴う費用増を上回っていなかったからである。
- 「医療の所有形態(営利・非営利)に対するアメリカ国民の期待・判断(public expectations)」(Schlesinger M, et al. pp181-191.定量的実証研究):アメリカ国民が医療の所有形態(営利・非営利)をどのように考えているかについて、1985~2000年に行われた先行調査と2002年に報告者が行った独自調査に基づいて、包括的に検討している。それによると、大半のアメリカ人は、医療のさまざまな側面から所有形態は重要な問題だと信じている。具体的には、彼らは非営利の病院や医療保険は、営利の病院や医療保険と比べて、より信頼でき、より公正で、より人間的だが、質は落ちると考えている。また所有形態についての情報をより多く持っている国民ほど、非営利組織のパフォーマンスを高く評価している。
- 中華人民共和国における私的医療に対する国民の判断」(Lim M-K, etal.pp222-234.調査報告):国連とWHOは、中国保健省の協力を得て、2000年に中国の3つの州で、公私の外来サービスについての世論調査を行った。それによると満たされないニーズ(unmet needs)は16%存在し、その主因は国民が医療費が高すぎると感じているからである。71%の国民が無保険者であった(農村部では91%、都市部でも51%)。国民の33%は直近の診療を私的医療機関で受けていた。公的医療機関に対する広範な不満(主因は自己負担の高さと職員の態度の悪さ)が、国民が安価ではあるが劣悪で、ほとんど公的規制を受けていない私的医療機関に走らせている。
最近出版された医療経済・政策学関連の図書(広義)のうち、次の2冊は一読に値ると思います。
- 一圓光弥監訳『医療財源論』光生館,2004.10.20,\3400.
2002年に出版された、名著"Funding health care: options for Europe" (European Observatory on Health Care Systems Seriesの1冊)の待望の翻訳です。共訳書であるにもかかわらず、訳語・訳文は統一がとれ、全体としては大変正確かつ読みやすい本で、EU内での共同研究の進展ぶりがよく分かります。特に、すべての市民に公平で効果的な医療を効率的に提供するという社会的合意の上に建設的な議論がなされていることは、混合診療全面解禁「狂想曲」が吹き荒れるなど、医療制度改革の基本的枠組みについての合意が形成されておらず、いまだに不毛な「イデオロギー論争」が続いている日本からみると、うらやましい限りです。
特に、第1章は大変バランスがとれており、白眉です。また、民間・任意医療保険や患者負担を批判的に検討している第4~6章は、日本の医療保険制度改革を考える上でも参考になります。例えば、以下のような記述です。「民間医療保険は、医療の財源を調達するうえで、効率的なやり方でも公平なやり方でもない」(117頁)、「医療費に占める公的支出の割合が一般に低下した…にもかかわらずそれが任意健康保険の需要の着実な増加を導くことはなかった」(147頁)、「概して、EU加盟国の中では、任意健康保険の拡大が支持されるような条件を見いだせなかった」(179頁)、「多くの医療政策分析者はん、医療の資源配分における効率性と公平性という目標を達成するうえで、患者負担は効果の乏しい手段であると考えている」(211頁)。 - 伊藤周平『改革提言 介護保険-高齢者・障害者の権利保障に向けて』青木書店,2004.12.10,\2200.
著者の伊藤周平氏(現・鹿児島大学法科大学院教授)は、最新の情報・文献を用いて、継続的に介護保険の批判と提言の「現代のテキスト」を出版され続けており、本書はそれの最新版です。要介護者(高齢者・障害者)の権利保障という法学的観点から、昨年夏時点でのデータと情報に基づいて、介護保険制度の(1)法的性格・仕組みと特徴、(2)問題点、(3)法的課題と改革案を、詳細に論じています。引用文献も豊富です。終章では、医療制度改革を含めた、社会保障制度改革全体についても包括的に検討しています。