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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター』2005年2号(転載)

2004年発表の興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(その2)

二木立

発行日2005年01月07日

( 出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、無断引用は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見等をいただければ幸いです)


2004年発表の興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(その2)

前号に続いて、昨年1年間に発行された医療経済・政策学関連の英語雑誌(22誌)に掲載され、私が興味を持ってコピーした実証研究論文のうち、日本医療の実証研究を行ったり、今後の医療政策・改革を考える上で、役立ちそうな以下の16論文のサワリ(要旨の抄訳+α)をまとめて紹介します。

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ):要旨の抄訳+αの順で、発行年はすべて2004年です。論文名の邦訳の[ ]は私の補足です。

文献選択は私個人の興味と関心に基づいており、包括的でも「客観的」でもありません。各論文に興味を持たれた方は原著論文をお読み下さい。私のまとめに誤りを発見された場合は、お知らせ下さい。

<今回紹介する16論文>

<各論文のサワリ>

「私的負担(private finance)はどのように公的医療制度に影響を与えるか?-OECD加盟国の経験から引き出される根拠の整理」(Tuohy CH, et al: Journal of Helth Politics, Policy and Law 29(3):359-396):

公的医療保障制度の下での私的負担(患者の自己負担と民間医療保険による負担の両方を含む)の影響は、公私負担の関係(公私の境界の引き方)により異なる。本研究では、まず、公私負担を次の4つのモデルに分類している:(1)公私医療制度の併存、(2)患者自己負担と民間医療保険による負担、(3)人口集団別に公私負担を変える、(4)医療分野別に公私負担を変える。その上で、5カ国(イギリス、ニュージーランド、オランダ、カナダ、オーストラリア)の事例研究とOECD加盟国の集合的データを用いたさまざまな回帰分析をおこなうことにより、公私負担の動的関係を検討している。その結果、医療費中の私的負担割合の増加は部分的には公的負担を代替するが、それらにはさまざまな要因が関与することが明らかにされている。最後に著者は、公的医療保障制度が私的負担に依存することは、全体としては利点よりも欠点が多いと主張している。二木コメント-本論文の著者3人はすべて、高水準の医療保障制度(ただし無料なのは医師・病院サービスだけ)を有するカナダのトロント大学所属。そのためもあり、前号で紹介した、ヨーロッパの経験をまとめた『医療財源論』(光生館,2004)と、事実認識と価値判断が共通しています。「問題設定というものは、ほとんど結論部分まで直線的につながる論理を含みもっている」ためです(権丈善一『再分配政策の政治経済学』契合義塾大学出版会,2001,p.7)。

「メディケアのアップコーディングと病院の所有形態」(Silverman E, et al: Journal of Health Economics 23:369-389):

アメリカでは、1990年代に多くの病院がメディケア償還額を増やすために、DRGの「アップコーディング」(より高い点数のコードへの置き換え)を行ったと告訴された。1989-1996年のデータを用いて調査したところ、この7年間の、肺炎・呼吸器疾患のもっとも償還額の多いDRGへのアップコーディング率は非営利病院で10%ポイント、営利病院で23%ポイント、非営利から営利に転換した病院で37%ポイントも増加していた。非営利病院のアップコーディング率は、営利病院のシェアが高い地域にある病院で高かった。

「ホスピスの所有形態とケアのパターン-全国ホスピス調査の結果」(Carlson MDA, et al: Medical Care 42(5):432-438):

営利ホスピスは過去10年間に4倍も増えており、この増加率は非営利ホスピスの6倍に達しているが、ホスピスの所有形態がホスピスケアに与える影響は知られていない。1998年の全国ホスピス調査の個票(患者数2080)を用いてロジスティック回帰分析を行ったところ、営利ホスピスの患者は、非営利ホスピスの患者に比べて、有意に少ない種類のサービスしか受けていなかった(調整済みオッズ比0.45)。この理由は、営利ホスピスの患者は、メディケア規則が「非中核的」・裁量的サービスと規定しているサービスを、非営利ホスピスの患者に比べて少ししか受けていないために生じていた。

「費用と地域貢献(commitment and locality)-非営利・営利医療保険の比較」(Solutions T: Inquiry 41:116-129):

ニューヨーク州の医療保険調査により、非営利・営利の医療保険の間には、保険料、管理費用およびセイフティネット医療への関与面で、大きな差があること-非営利保険の方が良好なこと-が改めて明らかになった。ただし、営利保険が主流の市場で営業している非営利保険は、営利保険と同様の行動をとっていることも示唆された。

「台湾での包括払い方式導入後の、病院の所有形態と[自院]外来への誘導(transfer)との関連」(Lin H-C, et al: Health Policy 69(1):11-19):

DRG類似の包括払い方式が導入されている台湾の全国データを用いて、3つの診断群(帝王切開、ヘルニア手術、痔核手術)について、病院の所有形態と患者の退院後の外来への誘導との関連を調査した。その結果、営利病院は公立病院に比べて、3診断群とも、平均在院日数が短いだけでなく、退院後自院外来へ誘導する確率が非常に高いことが明らかになった(制度諸変数で調整済み)。この結果は、台湾では包括払い方式の下では、患者の医療ニーズではなく、病院の利潤動機が外来への誘導を促進していることを示している。

「医薬品の価格と入手可能性(availability)-9カ国調査からの証拠」( Danzon PM, et al: Health Affairs Web Exclusives W3:521-W3:536):

カナダ、チリ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、メキシコ、イギリスの8カ国の医薬品価格(米国価格に対する相対価格)を調査したところ、日本の医薬品価格は米国よりも高く、それ以外の7カ国の価格は米国より6~33%低かった。二木コメント-わが国では、1994~1995年にわが国の薬価(特に新薬)が先進国中もっとも高いとする浜六郎氏・大阪保険医協会の調査結果の信頼性をめぐって大論争がありました。本論文の著者であるダンゾン氏は、当時、日本の薬価はアメリカやドイツに比べて低いとの別の調査結果を発表しましたが、今回の調査によって、氏自身がかつての浜六郎氏らの調査結果を追認したと言えます(当時の論争の詳細は、浜六郎『薬害はなぜなくならないか』日本評論社,1996,第8章参照)。

「ナーシングホームの規模の経済」(Chen L-W, et al: Medical Care Research and Review 6(1):38-63):

1994年の全米ナーシングホーム調査の個票を用いて、ナーシングホームの費用関数を推計したところ、メディケアの急性期後ケア(postacute care)については規模の経済が存在し、弾力性は-0.15、最適規模は約4000人年(patient days annually)であった。チェーン所属のナーシングホームは、独立型ホームに比べて短期営業費用が低いわけではなかった。このことは、ナーシングホームの水平統合(チェーン化)が費用対効果の向上以外の目的で行われていることを示している。

「[アメリカにおける]医療分野の組織改革(organizational change)の20年-我々は何を学んだのか?」(Bazzoli GI, et al: Medical Care Research and Review 61(3):247-331):

1980~1990年代に病院・医師組織の再構築の大波が起こり、買収、合併、組織内再構築、新しい組織間関係等が記録的ペースで出現した。それに対応して組織改革の原因や結果を究明する研究も進んだが、改革努力により何が達成されたかについての一致した結論はまだ得られていない。本研究では、過去20年間に発表された、3種類の組織改革-(1)病院の水平統合(horizontal consolidation and integration)、(2)医師組織の水平統合、(3)医師組織と病院との垂直統合-についての約100の実証研究(量的研究と質的研究の両方)をレビューし、多様な研究結果の合成を試みている。二木コメント-85頁の長大総説。3種類の組織改革別に、各研究のポイントが大きな一覧表にまとめられているのは便利で、アメリカにおけるこの分野の実証研究の進展ぶりがよく分かる。それにもかかわらず、明らかになっていることはごく少ないことも分かる。

「事前指示(advance directives)と終末期の治療」(Kessler DP, et al: Journal of Health Economics 23:111-127):

事前指示(終末期に判断能力を失ったときの治療方針を患者が事前に書面で指示しておくこと)の影響を評価するために、1985-1993年に死亡したメディケア加入老人患者を対象として、次の3種類の患者の治療を比較した。第1は患者の事前指示の遵守を法制化している州の患者、第2は事前指示を行っていない患者の終末期に医療代理人(health care surrogate)の指名を法制化している州の患者、第3は両法制ともない州の患者である。主な結果は以下の3つである。(1)事前指示の遵守を法制化している州では、急性期病院での死亡確率が有意に低かった。(2)医療代理人の指名を法制化している州では、終末期に急性期医療を受ける確率が有意に高かったが、非急性期ケアを受ける確率は低かった。(3)どちらの法制も医療費の節減はもたらしていなかった。

高齢者のための統合的保健医療(integrated health care)の増大する痛み-PACE拡大[の制約]の教訓」(Gross DL, et al: The Milbank Quarterly 82(2):257-282):

障害高齢者が地域生活を継続できるように医療と長期ケアを統合的に提供しつつ総費用の節減をめざす「高齢者のための包括的保健医療プログラム」(PACE)は、アメリカ・サンフランシスコのOn Lok(世界最大の中国人街)で始まった。1997年にはメディケアのモデル事業から正式事業に昇格したが、その後の普及は遅れている。本研究は、全米27プログラムの関係者へのインタビュー調査に基づいて、それの普及を妨げる16の障壁を見いだしている。主な障壁は、競争(多くの組織がこの事業への参加を検討しているが、将来競争が激化することを恐れて、実際の参加を躊躇している)、PACEモデルそのもののの特性、利用者を紹介する側のプログラムへの理解不足、事業拡大資金の欠如である。この経験は、高齢者のための統合的保健医療を提供するための重要な教訓を提供している。二木コメント-PACEについて詳しくは、近藤克則「オンロック/PACEモデルにおける医療福祉統合」(『病院』60(2,3),2001)を参照してください。

「患者の自己負担が[医療の]適切な利用と健康状態に与える影響-高齢者についての研究のレビュー」(Rice T, et al: Medical Care Research and Review 61(4):415-452):

高齢者に対する自己負担増加が医療サービス利用と健康状態に与える影響を検討した実証研究のレビュー論文。対象は1990年以降発表された22論文であり、16論文は薬剤費自己負担増加の影響を、6論文は医療サービス自己負担増加の影響を検討している。ほぼすべての研究は、自己負担増加が医療利用と健康状態の両方または片方の低下をもたらしたと結論づけている。ただし、大半の研究は横断データと回答者の自己評価に依存しているという限界がある。二木コメント-本論文には、22論文のポイントを簡潔にまとめた一覧表が付けられており、しかもそれぞれの「研究の限界」も明示されているため、この分野の英語論文の総説の、現時点での決定版と言えます。

「精神医療のマネジドケア(manged mental health care)転換後の刑務所へのコストシフティング」(Domino ME, et al: Health Services Research 39(5):1319-1401):

アメリカ・ワシントン州キング郡で、メディケイド(医療扶助)受給者の精神医療をマネジドケアに転換した前後のメディケイド医療費、刑務所利用率、郡負担の精神医療施設外来費用等を比較した。その結果、マネジドケアへの転換後、郡の精神医療施設の外来医療費は大幅に減少した反面、メディケイド受給患者の刑務所利用確率が著名に増加し、前者から後者へのコストシフティングが生じたことが確認された。

「[急性期]病院病床の削減が残された病床の利用に与える影響-欧州10カ国の比較調査」(Kroneman M, et al: Social Science & Medicine 59:1731-1740):

ヨーロッパでは急性期病院の病床削減が病院費用抑制の手段の1つとされている。病床削減が残された病院の病床利用に与える影響を明らかにするために、北・西ヨーロッパ10カ国のOECD医療データセットを用いて、マルチレベル分析(多水準のカテゴリーごとで推定値が異なるモデルの分析)を行った。病院利用の指標としては、病床利用率、平均在院日数、入院率の3つを用いた。その結果、病院への財政インセンティブの違いは病床削減後の病床利用に多少影響していたが、有意な変化は病床利用率と入院率でのみ生じていた。医師への支払方式の違いは有意な影響を与えていなかった。

「普遍的[医療保障]制度下の医療貯蓄口座(medical savings accounts)-夢想(wishful thinking)と証拠との交差」(Deber RB, et al: Health Policy 70:49-66):

カナダ・マニトバ州の医療費データを用いてシミュレーション分析をしたところ、医師・病院サービス費用はすべての年齢層でバラツキが非常に大きいため、医療費抑制を目的として医療貯蓄口座を導入しても、逆に公的費用と患者自己負担の両方が相当増加するという結果が得られた。医療費の現実の分布を考慮すると、医療貯蓄口座のような「需要ベースの」医療費抑制手法の効果はごく限られている。しかも、国民の大半は比較的健康であり医療サービスをまれにしか利用しないため、全国民にミクロレベルでの医療費節約を求めても、マクロレベルでの大幅な医療費削減は生じない。

『入院・外来医療費と死亡までの期間-[スウェーデンにおける]死亡率低下が将来の医療需要に与える影響」(Batljan I, et al: Social Science & Medicine 59:2459-2466):

従来の将来医療費推計は、現在の年齢階層別医療消費が将来もそのまま続くと仮定している。しかし、医療消費は死亡前に集中していることが過去30年間の膨大な研究でに明らかにされており、しかも各国の死亡率は着実に低下している。本研究では、この点を考慮した入院・外来医療費(急性期医療費)の予測モデルを開発し、それを用いてスウェーデンの2000-2030年の医療需要を予測した。その結果、今後の死亡率の低下を無視した単純な推計に比べて、医療需要の増加は約37%少ないことが明らかになった。二木コメント-本研究でも引用されていますが、「年齢と医療費との関係が将来とも一定であるという仮定」に基づいた将来医療費推計の誤りを最初に指摘し、死亡率の低下を組み込んだ将来医療費を推計したのはアメリカの医療経済学者フュックス教授です(江見康一・田中滋・二木立共訳『保健医療の経済学』勁草書房,1990,pp.134-139)。

特集「技術評価を医療における優先順位決定と結合する」(International Journal of Technology Assessment in Health Care 20(1):1-101):

全14論文。最初の総説に続く4論文がイギリス、フランス、オランダ、スウェーデンの4カ国レポート。9論文がそれらに対する政治学者、社会学者、経済学者、倫理学者、公衆衛生学者、イギリスの一般医、臨床医、患者、製薬企業からのコメント。総説の結論は医療技術評価を政策に応用するのは非常に複雑な作業であること、および過去20年間の医療技術評価の進歩にもかかわらず、上述した多様な領域の人々は、それの政策形成への影響は限定的であり、また適切に行われているとは判断していないこと。

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