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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター』2005年6号(転載)

二木立

発行日2005年02月12日

( 出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、無断引用は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見等をいただければ幸いです)


1.拙論「混合診療問題の政治決着の評価と医療機関への影響」

(『月刊/保険診療』2005年2月号(60巻2号):87~92頁)

はじめに

昨年9月10日に小泉純一郎首相が、混合診療について「年内に解禁の方向で結論を出」すよう指示してから3カ月間、混合診療全面解禁を求める規制改革・民間開放推進会議や経済財政諮問会議と、それに反対する厚生労働省や日本医師会をはじめとする医療団体との激しい攻防が続きました。その結果最終的には、昨年12月15日、尾辻秀久厚生労働大臣と村上誠一郎規制改革担当大臣が、現行の特定療養費制度を「保険導入検討医療(仮称)」と「患者選択同意医療(仮称)」という「新たな枠組みとして再構成する」ことに合意し、それを小泉首相が了承することで、政治決着が行われました。

私は、小泉首相の指示の直後から、首相が「全面解禁」とは指示していないことに注目しつつ【注1】、次のように予測しました。「今後も混合診療の全面解禁はあり得ず、最終的には、昨年[2003年]の一連の閣議決定通り、『特定療養費制度の見直し』=拡大で、両者の(再)妥協が成立すると予測している。拡大の程度・範囲は、今後の日本医師会を中心とした医療団体の運動が国民の支持をどのくらい得られるかにかかっている」[1]。

今回の政治決着は大枠でこの予測通りと言えますが、私も特定療養費制度が廃止され、新制度に再構成されるとまでは考えていませんでした。そのためもあり、医療団体の政治決着に対する評価は一様ではなく、混合診療全面解禁を阻止したと「一定評価」するものから、混合診療の「実質解禁」と厳しく抗議するものまでさまざまです。それだけに、今回の政治決着は複眼的・多面的に評価する必要があると、私は考えています。

本稿では、それに先だってまず混合診療全面解禁をめぐる論争の本質について述べます。次に、今回の政治決着を複眼的に評価します。さらに、特定療養費制度の拡大・再構成=混合診療の部分解禁をしても、医療費・病院収益の大幅増加はない理由(傍証)を述べます。病院経営者の中には、それが病院の新たな収益源=経営改善の切り札になると期待している方が少なくないからです。最後に、混合診療解禁論争の2つの盲点を簡単に指摘して、本稿を終わります。

1.混合診療全面解禁をめぐる論争の本質

公的医療保険の給付水準理念の対立-「最適水準」説対「最低水準」説

私がもっとも強調したいことは、混合診療の全面解禁をめぐる論争の本質は、公的医療保険の給付水準についての理念の対立にあることです。具体的には、「最適水準」説と「最低水準」説との対立です[2:16]。厳密には、一部の社会保障研究者や運動団体は「最高水準」説を主張していますが、現実的影響力はないので省略します。

まず「最適水準」説とは、公的医療保険給付が「必要な最適量の医療を保障する」とするものであり、国内外の社会保障研究者の通説です。拙著『医療改革と病院』[2]では、地主重美氏・福武直氏(1983年)等の諸説を紹介しました。その後、日本で初めてこれを主張したのは藤澤益夫氏(1968年)なことを、権丈善一氏から教えていただきました[3]。ここで見落としてならないことは、昨年3月の閣議決定「医療保険制度体系及び診療報酬体系に関する基本方針」が、次のように政府の公式文書として初めて、「最適水準」説を確認したことです[2:15]:「社会保障として必要かつ十分な医療を確保しつつ、患者の視点から質が高く最適の医療が効率的に提供される」。

次に「最低水準」説は、規制改革推進派=医療分野への市場原理導入を目指す新自由主義派が主張しています。規制改革・民間開放推進会議の公式文書には、この表現は登場しませんが、八代尚宏同会議総括主査は、次のように明快に「最低水準」説を主張しています。保険診療で「生命にかかわる基礎的な医療は平等に保障されたうえで、特定の人々だけが自費負担を加えることで良い医療サービスを受けられる」ようにする[4:145])。八代氏の共同研究者の鈴木玲子氏も、「基礎的な医療サービスは公的保険で確保するとともに」「高所得者がアメリカ並みに自由に医療サービスを購入するようになる」と述べています[5:279,285]。

さらに、図(略)に示しましたように、規制改革・民間開放推進会議が2003年7月11日に公表した「規制改革推進のためのアクションプラン」の参考資料「『混合診療』の解禁の意義」では、混合診療解禁後保険診療(費用)が削減されることが明示されていました。なお、この図は少なくとも昨年12月上旬まで1年半、同会議のホームページに掲載されていましたが、12月10日前後に突如削除されました。私の勤務先(日本福祉大学)の大学院生が同会議事務局にその理由を尋ねたところ、「記載に誤りがあったため」とのことです。実は、この削除直前に発行された『週刊社会保障』12月6日号で、植松治雄日本医師会長が、混合診療解禁で公的医療保険が縮小する「動かぬ証拠」として、この図を引用しました[6]。私は、同会議事務局はこの批判に反論不能なため、この図を削除したのだと推定しています【注2】

規制改革・民間開放推進会議は、混合診療の解禁により患者本位の医療が実現する、患者負担が軽減される、患者の多様なニーズに応えることができる、と主張しています。

しかし、彼らの「患者の視点」とは、患者一般の視点ではなく、「特定の人々」=「高所得者」である患者の視点と言えます。これは、支払い能力(貧富の差)にかかわらず平等な医療を受けられるとする国民皆保険の根本理念を否定する視点です。

特定療養費制度と混合診療との異同

次に指摘したいことは、特定療養費制度と混合診療との異同です。この点は、多くの医療関係者だけでなく、小泉首相や就任直後の尾辻厚生労働大臣も誤解していたようです。

特定療養費制度は、現物給付原則の枠内で例外的に混合診療を認めたものであり、管理された限定的混合診療と言えますが、混合診療「全面解禁」とはまったく異なります。

例えば、高度先進医療は新規技術の保険適用までの過渡的制度です。それに対して、八代尚宏氏が明快に説明しているように、混合診療では、「公的保険の対象となる医療サービスの範囲を明確化し、それを超える医療部分には保険を適用しないという単純なルール」が適用され、それと「現行[特定療養費]制度との大きな違いは、将来、保険給付に含まれるまでの時限措置ではなく、永続的なものとすること」です[4:146-147]。しかも、「混合診療が制度的に認知されるためには、…特定の診療のみに事実上の混合診療を認めている特定療養費制度を廃止することが基本となる」のです[4:146]。

そのために、混合診療の全面解禁は新規医療技術の保険導入を阻害します。しかも、自由診療のみでは新規医療技術は普及しないため、「医療技術の進歩が遅れがちになる」のです。東大・京大・阪大の3病院長が昨年11月22日に規制改革・民間開放推進会議に提出した要望書は、「特定療養費制度の適用認定には長期間を要し、医療技術の進歩が遅れがちになる」ことを理由にして、混合診療の導入を求めていますが、それは逆の結果を招きます。

混合診療解禁論の2つの不公正

この項の最後に、混合診療解禁論の2つの不公正について述べます。第1の不公正は倫理的不公正です。それの最たるものは、宮内義彦規制改革・民間開放推進会議議長の次のストレートな発言です。「[混合診療は]国民がもっとさまざまな医療を受けたければ、『健康保険はここまでですよ』、後は『自分でお支払いください』という形です。金持ち優遇だと批判されますが、金持ちでなくとも、高度医療を受けたければ、家を売ってでも受けるという選択をする人もいるでしょう」[7]。

この発言は、第二次大戦前には農村部の小作農や都市部の貧困層で常態化していた、重病人が出れば家どころか子女を売らなければ医療を受けられないという悲劇を予防するために公的保険制度が順次導入された歴史的経緯を無視した放言・暴言です。この発言は、現在(本稿執筆は1月17日)もオリックス証券のホームページに堂々と掲載されていますが、なぜかわが国のマスコミはまったく報じません。それに対して、私が大学院の講義(医療経済学特講)でこの発言を紹介したところ、韓国の留学生は異口同音に、「韓国だったらボコボコにされるか土下座なのに」と怒りを述べました。

鈴木玲子氏も、「混合診療の解禁によって、生命を救われる患者…は少なくない」と主張していますが[5:280]、これも混合診療を受けられない低所得患者の生命が救われないことを無視した非倫理的発言と言えます。

第2の不公正は経済的不公正で、高・中所得者が受ける混合診療の保険診療分の費用を低所得者も負担することです。この点については、李啓充氏が次のように、明快に批判しています。混合診療で「保険診療として給付される部分は、本来、自由診療分のコストを負担できない人々からも徴収した保険料が財源となっているのだから、『富める者には、皆から集めた保険料で援助する』一方で、『お金のない人からは保険料の取りっぱなし』になるのだから、これほど不公正な制度もない」[8:152]。

2.混合診療問題の政治決着の複眼的評価

 次に、昨年12月15日の、尾辻厚生労働大臣と村上規制改革担当大臣との間で結ばれた「いわゆる『混合診療』問題に係る基本的合意」を複眼的に評価します。

評価すべき2点と功罪相半ばする1点

今回の政治決着でもっとも評価すべき点は、いうまでもなく、混合診療の「全面解禁」が、一昨年の一連の閣議決定に続いて、改めて否定されたことです。規制改革・民間開放推進会議は、昨年8月3日の「中間とりまとめ」で、「一定水準以上の医療機関において、新しい検査法、薬、利用法等を、十分な情報開示の原則の下で、利用者との契約に基づき、当該医療機関の判断により、『混合診療』として行うことを包括的に認める」ことを要求していました。しかし、これは、一般のものやサービスと異なり、医療では医師と患者の間に「情報の非対称性」があることを無視した空論です。

そのためもあり、最終的に全面解禁は否定され、現在の特定療養費制度を拡大・再構成して、新しい医療技術ごとに、個別に評価・承認した上で、個別の医療機関ごとの届け出制とすることとされました。上述したように、特定療養費制度(管理された限定的混合診療)と異なり、混合診療全面解禁が公的保険給付の引き下げ(究極的には「最低水準」化)を目的としていることを考えると、「全面解禁」が否定された意義はいくら強調しても強調しすぎることはないと思います【注3】

もう一つ評価すべきことは、現行特定療養費制度の問題点とされていた、新薬(国内未承認薬)や先進技術の保険適用または特定療養費化の遅さが改善され、特定療養費化と「将来的な保険導入のための評価」が迅速に行われることになったことです。これにより、現行制度の不備を指摘し、「部分的な混合医療[診療]を認めてほしい」としていたがん患者団体の切実な願いが実現しました。なお、規制改革・民間開放推進会議は、患者団体の要求を混合診療全面解禁の大義名分にしていましたが、政治決着の直前に、患者団体の代表者は相次いで「完全解禁は望みません。医療に貧富の差がついたり、安全でない薬が使われるのは違うと思うからです」(「癌と共に生きる会」事務局長加藤久美子氏)等と表明し、全面解禁に固執する規制改革・民間開放推進会議とは一線を画しました[9]。

他面、高度先進医療以外の「必ずしも高度ではない先進技術を含めて」、「医療技術ごとに医療機関に求められる一定水準の要件を設定し、該当する医療機関は、届出により実施可能な仕組みを新たに設ける」とした点は、功罪相半ばすると思います。プラス面は、従来よりも多数の先進技術が多数の医療機関(厚生労働省の説明では、約100技術、約2000医療機関)で提供される結果、現行の高度先進医療に比べ、「保険導入の適否」の検討が迅速化される可能性があることです。マイナス面は、従来直接保険診療に組み込まれていたような「必ずしも高度ではない先進技術」までもが、いったん必ず「保険導入検討医療(仮称)」の対象にされるようになり、従来より保険導入が遅くなる危険があることです。どちらの側面が主となるかは、新しい制度の運用次第であり、日本医師会を中心とした医療団体と各医学会による監視と保険導入すべき根拠の迅速な提示が不可欠です。

もっとも危険な点と今後の火種になる点

 逆に、今回の政治決着でもっとも危険なことは、「制限回数を超える医療行為については、適切なルールの下に、保険診療[と保険外負担]との併用を認める」とされたことです。政治決着の関連文書(厚生労働省「いわゆる『混合診療』問題について」)では、それの具体例として「腫瘍マーカー検査や追加的リハビリテーション」があげられています。

私は、20002年診療報酬改定でリハビリテーションの回数に1月当たりの上限が導入されたときに、次のように判断したことがあります。「今回のリハビリテーション回数の上限設定は、保険給付はこの上限以下に厳しく抑制する反面、上限を超えるリハビリテーションは全額自費で認めるという、リハビリテーション医療の公私二階建て医療(公私混合診療)化の布石と言える。もしそうなった場合には、リハビリテーション(医療)が目指している『全人間的復権』が、患者の支払い能力により制約を受けることになる」[2:201]。 不幸にして、この予言が部分的にせよ現実化してしまいました。ただし、大勢のしかも平等意識の強い患者が訓練に励んでいるリハビリテーション室で、患者の貧富の差により訓練回数を変えるのはきわめて困難であり、しかも医療従事者に強い倫理的苦痛を与ます。そのため、少なくとも当面は、高所得層対象の一部のリハビリテーション施設でしか実施されないと思います。

他面、保険給付の制限とそれを超える部分の自由診療化の対象は、将来大幅に拡大され、かつての「制限診療」(財政的理由による保険給付範囲の制限。武見太郎会長に指導された日本医師会の強力な運動により1962年に撤廃[10:217])が復活することも否定できません。この点では、今回の政治決着は混合診療「実質解禁」につながる危険を有しているとも言えます。ただし、今回の政治決着では、「適切なルールの下に」、および「医学的な根拠が明確なものについては、保険導入を検討する」という歯止めも加えられていますので、これにより一気に混合診療が拡大し、国民皆保険制度が空洞化することはないとも判断しています。

最後に、今後の火種となりうるのは、規制改革・民間開放推進会議が要求していた「国の基準を超える医師、看護師等の手厚い配置(基準を超える部分の人員サービス分)」の混合診療が「今後検討」とされたことです。この点について、厚生労働省が、上記文書で、「患者が保険外負担として多額の差額を求められていた付添看護の廃止前の状態に戻ることが危惧されることから、慎重な対応が必要」との正論を述べているのは評価できます。他面、規制改革・民間開放推進会議側からの圧力に加えて、私立医科大学協会が2003年2月に、中医協に対して、DPC方式の導入に対応して、「入院時特定療養費(仮称)を新設し、入院患者から毎日定額の料金を徴収できるようにする」要望書を提出したことを考慮すると、「今後高機能の急性期病院の経営困難の救済策として、承認される可能性は十分にある」と危惧しています[2:33])。

それだけに、日本医師会をはじめとした医療団体は、来年予定されている「医療保険制度全般にわたる改革法案」に、混合診療の実質解禁につながる条文が密輸入されないよう厳重に監視する必要があると思います。 

3.特定療養費の再構成=混合診療の部分解禁でも、医療費・病院収益の大幅増加はない8つの理由

ここで視点を変えて、特定療養費制度を拡大・再構成し、混合診療を部分解禁しても、医療費・病院収益の大幅増加はない理由(正確に言えば傍証)を述べます。はじめにでも述べましたように、病院経営者の中には、それが病院の新たな収益源=経営改善の切り札になると期待している方が少なくありません。規制改革・民間開放推進会議も、先に示した図から明らかなように、混合診療解禁により保険診療を厳しく抑制する一方、保険外(自由)診療を大幅に増やすことにより、総医療費も増やし、それを企業の新しい市場にしようと考えています。しかし、これらはすべて幻想です。

4つの理由

私は、拙論「混合診療と特定療養費制度」(『医療改革と病院』所収)で、次の4つの理由をあげました[2:212-217]。第1は、わが国の現実の患者負担割合(GDP対比)は世界一高いことです。医療経済研究機構の推計によると、それはすでに1998年に21.7%であり、米国の16.8%を4.9%ポイントも上回っていました。その後2002~2003年にわが国の法定患者負担は引き上げられましたので、日米の格差がさらに拡大していることは確実です。ただし、韓国の患者負担割合はわが国より高いため、「世界一高い」という表現は、先進国に限定しても不正確であり、訂正します。

第2は、国民の7割が平等な給付に賛成し、混合診療に賛成の国民は2割弱にすぎないことです(日本医師会総合研究機構「第1回医療に関する国民意識調査」等)。ただし、病院勤務医では混合診療支持が5割近いことも見落とせません。

第3は、介護保険法は公私混合介護を制度化しましたが、現実にはそれがほとんど進んでいないことです。具体的には、居宅サービス支給限度額を超える利用はわずか2%にすぎません。

第4は、1990年代に差額ベッドの規制緩和が進んだにもかかわらず、室料差額収入の医業収入に対する割合は漸減し続けていることです。医療法人病院では、1991年の2.0%から2001年には1.2%に低下しています。

4つの追加的理由

その後、特定療養費制度を拡大・再構成しても、医療費・病院収益の大幅増加はない理由(傍証)がさらに4つ付け加わりました。

第1の追加的理由は、川崎市の市民団体等の調査により、首都圏の老人病院療養病床)の保険外負担が現在でも月平均10万円前後に達することが明らかになりましたが、意外なことにこの額は私が1992年に行った「老人病院等の保険外負担の全国調査」で得た数字と同水準なことです[11]。他面、同じ期間に1月当たりの法定負担は1.2万円から約7万円へと6倍も増加しているため、保険外負担と法定負担を合わせた患者負担総額は5割も増えています。このことは、所得水準が高い首都圏でさえ、患者負担が限界に達していることを示唆しています。

第2の追加的理由は、セコム損害保険が2001年に鳴り物入りで売り出した自由診療保険メディコム(主としてガンの先端医療対象の掛け捨て保険)の不振が続いていることです。この保険は明らかに混合診療解禁を見越して開発され、当初は販売から半年で30万件の契約を目標としていましたが、3年経った本年でも目標の1割の3万件の契約にとどまっています。

第3の追加的理由は、混合診療解禁派の鈴木玲子氏が行った「混合診療[全面]解禁による市場拡大効果」の試算です[5:285-289]。この試算では、「日本の医療支出[患者負担]の所得弾力性がアメリカ並みに上昇すると仮定した場合」、患者負担は85%も増加する反面、国民医療費総額の増加は12.6%にとどまるとされています。しかも、鈴木氏も、混合診療解禁の「弊害を防ぐために、解禁する医療分野を限定すること」等を提唱しています。このような混合診療の部分解禁では医療費増加は数%にとどまると思います。

第4の追加的理由は、混合診療の年金版と言える確定拠出年金(日本版401K年金)がわが国ではほとんど普及していないことです[12]。日本で3年前にこの年金が鳴り物入りで登場した背景には世界的な「自助努力=私的年金」重視の流れがあったとされますが、確定拠出年金の加入者は昨年9月末時点でまだ106万人と、厚生年金加入者のわずか3%にすぎないのです。年金ですら公私混合方式が普及しないのに、それに比べてはるかに生活に密着している医療で混合診療が普及するわけがない、と私は考えます。

例外は首都圏の民間ブランド病院

ただし、例外があります。それは首都圏にある高所得層対象の一部の民間ブランド病院で、これらの病院は特定療養費制度の拡大・再構成により収益増が期待できます。

他面、公費投入を受けている公的大病院が多額の差額を徴収しようとすると、議会・住民側から強い批判・圧力を受けることは確実です。また、都市部・農村部を問わず、大半の民間中小病院は、特定療養費制度が拡大・再構成しても収益増は期待できず、逆にそれに伴う保険給付費の抑制と患者減により、経営困難が加速する危険が大きいと言えます[13:76-78]。

おわりに-混合診療解禁論争の2つの盲点

 最後に、本稿では紙数の制約のため触れられなかった混合診療解禁論争の2つの盲点に触れます。1つは、特に首都圏の老人病院(療養病床)で常態化している保険外負担が、実質的な混合診療なことです。私は、医師会・病院団体がこれの解決策を示さない限り、国民の支持は得られないと考えます。

もう1つは、社会保険診療報酬支払基金による医療費削減のための恣意的な「経済審査」です[14]。これへの反発から混合診療(患者からの安易な差額徴収)を感覚的に支持している医師(特に病院勤務医)が多いことを考慮すると、医師会・病院団体は、混合診療解禁反対時に、これの改革も掲げる必要があると思います。


【注1】読売新聞の誤報の罪は重い

 読売新聞は、「小泉首相が、混合診療について『全面解禁する方向で年内に結論を出してほしい』と指示した」と2回も誤報しました(9月11日朝刊=無署名、10月25日朝刊=本田麻由美記者)。それだけでなく、私が担当者・関係者にその誤りを指摘したにもかかわらず、それを無視して誤報を繰り返しました。私はこの罪は重いと思います。なぜなら、一般読者だけでなく、医療関係者の中にも、この記事を真に受けて、「総理裁定で混合診療が全面解禁されるのではないか」と不安を抱いた方が少なくないからです。

【注2】混合診療解禁により保険診療費が増加する可能性

図に示したように、規制改革・民間開放推進会議は混合診療解禁により、保険診療を厳しく抑制できると期待していますが、私は医療経済学的に考えると、逆に保険診療費(公的医療費)が増加すると考えています。その論拠は以下の通りです。

「仮に[混合診療解禁の]国民合意が得られたすると、まず高度の医療を求める高・中所得層の患者ニーズに応えるために、自由診療(実際には私的保険が給付)の医療価格が高騰し、それに引きずられる形で、低所得者用の公的保険診療の医療価格の引き上げも必要となり、結果的に総医療費も公的医療費も増加することになる。なぜなら、医師・医療機関は、機械的に自由診療の患者のみに高レベルの医療を提供し、公的保険の患者には低レベルの医療のみを提供することは不可能だからである。実はこれは、私が1991年に『アメリカでは、全国民を対象にした公的医療保障制度が存在しないにもかかわらず、公費負担医療費が巨額な理由』について立てた『作業仮説』の一つであるが、翌年のアメリカ留学で、それが現実であることを確認した」[15:68,16:53]。なお、日本医師会医療政策会議も、「混合診療は確かに短期的には公的保険の財政状況を緩和する可能性もあるが、長期的には、国民は質の高い医療を求める以上、より高い水準に合わせて医療費全体の水準を押し上げる可能性が高い」として、アメリカの例をあげています[17]。

【注3】混合診療全面解禁は今後もあり得ない

規制改革・民間開放推進会議は今回の政治決着に不満を持ち、今後も混合診療全面解禁の「実現に向けて引き続き、積極的にとり組んでいく」としています(「第1次答申」昨年12月24日)。しかし、これは「負け犬の遠吠え」であり、今後も全面解禁はありえない、と私は判断しています。

その根本的理由は、全面解禁のためには現物給付原則を廃止する健康保険法の抜本改革が必要ですが、それは政治的に不可能だからです。第2の理由は、今回の政治決着で、規制改革・民間開放推進会議が「中間とりまとめ」で示していた「混合診療が容認されるべき具体例」の大半に対応可能になったからです。第3の理由は、混合診療解禁の指示を出した小泉首相自身が、政治決着後の記者会見で、混合診療を「無条件で解禁したら、混乱が生じます」と全面解禁を明確に否定したからです(「毎日新聞」昨年12月16日)。この背景には、昨年12月3日の衆参本会議で日本医師会等の提出した混合診療解禁反対の請願が全会一致で採択されたことがあることは確実です。

[本稿は、2004年12月3日の第3回日本医療経営学会学術集会・シンポジウムI「患者の視点に立った医療と経営」での私の報告の一部に、その後の混合診療問題での政治決着を踏まえて、加筆補正を加えたものです]


引用文献

  1. 二木立「後期小泉政権の医療改革の展望」『社会保険旬報』No.2223,2004年10月21日号.
  2. 二木立『医療改革と病院』勁草書房,2004.
  3. 藤沢益夫「医療保障における現金と現物」『週刊社会保障』No.451,1968.
  4. 八代尚宏『規制改革』有斐閣,2003.
  5. 鈴木玲子「医療分野の規制改革-混合診療解禁による市場拡大効果」.八代尚宏・日本経済研究センター編『新市場創造への総合戦略』日本経済新聞社,2004.
  6. 植松治雄(インタビュー)「社会保障の理念を確立し皆保険を堅持」『週刊社会保障』No.2311,2004年12月6日号.
  7. 宮内義彦(インタビュー)「規制改革で日本を世界の負け組から勝ち組にしよう」『週刊東洋経済』2002年1月26日号(「オリックス証券・宮内義彦ジャーナル」に再掲。http//www.orix-sec.co.jp/brk_jour/mj_11.html).
  8. 李啓充『市場原理が医療を亡ぼす』医学書院,2004.
  9. 樫田秀樹「混合診療にだまされるな」『サンデー毎日』2004年12月19日号。
  10. 有岡二郎『戦後医療の50年』日本醫事新報社,1997.
  11. 二木立「首都圏の長期入院患者の平均保険外負担は1月当たり10万円前後」『文化連情報』No.321,2004年12月号.
  12. 山口聡「『401K』世界の憂うつ-伸びぬ加入”自助努力”は幻想?」『日本経済新聞』2004年12月27日号(朝刊).
  13. 二木立『90年代の医療と診療報酬』勁草書房,1992.
  14. 橋本巌『医療費の審査』清風堂書店,2004.
  15. 二木立『21世紀初頭の医療と介護』勁草書房,2001.
  16. 二木立『複眼でみる90年代の医療』勁草書房,1991.17)日本医師会医療政策会議「平成9年度報告-高齢社会における社会保障のあり方」1998.

2.ニューズレター5号(5.私の好きな名言・警句の紹介)の記載の訂正・補足

3.私の好きな名言・警句の紹介(その2)-統計・数字編

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