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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター』2005年7号(転載)

二木立

発行日2005年03月01日

( 出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、無断引用は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見等をいただければ幸いです)


1.拙小論「混合診療問題の政治決着の勝者と敗者」

(「二木教授の医療時評(その8)」『文化連情報』2005年3月号(324号):28-29頁)

前稿「混合診療問題の政治決着を複眼的に評価する」を書いた直後に、ある医療雑誌の記者から、「今回の変更は、規制改革・民間開放推進会議側、各医療団体側のどちらに有利な結果になったと言えるのか?」との質問を受け、私は、即座に、勝者は厚生労働省、敗者は規制改革・民間開放推進会議だと答えました(『日経メディカル』2月号参照)。

厚生労働省は権限強化で一人勝ち

混合診療の全面解禁を阻止できたという点では、勝者は厚生労働省と医師会・医療団体の両方と言いたいところですが、私は敢えて「厚生労働省の一人勝ち」と判断しています。 その最大の理由は、今回の政治決着=特定療養費制度の拡大・再構成により、保険診療と自由診療の併用に対する中医協の権限が縮小され、厚生労働省の権限が大幅に強化されるからです。具体的には、現在は、高度先進医療の最終的な承認は中医協が行っているのに対して、新たなカテゴリーとして設けられる「高度ではない先進技術」と保険診療との併用には、中医協は関与せず、厚生労働省(保険局)が行うことが予定されています。さらに、同省は「高度先進医療についても[平成]18年の制度改正後は、高度でない先進技術の手続きと一元化させ、中医協の承認手続きをなくす考え」と報じられています(『日本醫事新報』4210号、本年1月1日)。

混合診療の全面解禁阻止という点では、厚生労働省と医師会・医療団体は同一歩調をとりました。しかし、私が5年前から「21世紀初頭の医療・社会保障改革の3つのシナリオ」説で強調しているように、公的医療費の総枠拡大を求めている医師会・医療団体と異なり、厚生労働省は、国民皆保険制度の大枠は維持しつつ、公的医療費を抑制するために、保険給付範囲と給付水準を制限・抑制して、それを超える全額自費の二階部分を奨励・育成する、医療・社会保障制度の公私二階建て化(厳密に言えば、「限定的」二階建て化)を目指しています(拙著『21世紀初頭の医療と介護』勁草書房、2001、序章)。厚生労働省が、今後、今回の政治決着をテコにして、この政策を推し進めるのは確実です。

規制改革・民間開放推進会議は3連敗

逆に、規制改革・民間開放推進会議が敗者というのは、混合診療の全面解禁が否定されたという意味にとどまらず、もっと深い意味があります。

2001年6月に閣議決定された経済財政諮問会議「骨太の方針」には、次の3つの新自由主義的医療改革改革が含まれていました。(1)株式会社の医療機関経営の解禁、(2)混合診療の解禁、(3)保険者と医療機関との直接契約(個別契約)の解禁。このうち、(3)は2003年5月に解禁されましたが、現在に至るまで個別契約は1つもありません。(1)についても、「医療特区」での株式会社の医療機関経営を解禁する特区法改正が昨年5月に通常国会で成立し、昨年10月に申請受付が行われましたが、申請は1つもありませんでした。

規制改革・民間開放推進会議は、この2連敗を挽回する起死回生策として、昨年8月の「中間とりまとめ」で、混合診療の全面解禁を主張したのですが、それも否定され、3連敗を喫したのです。なお、規制改革・民間開放推進会議が特定療養費制度の大幅拡大という現実的な方針を捨て、敢えて混合診療の全面解禁を掲げたのは確かな勝算があったからではなく、逆に「玉砕戦法」に近かったことは、次の宮内義彦議長の正直な発言からも明かです。「できもしない目標を掲げるということになるかも分かりませんけれども、私どもとしては、今はそういう周囲の状況を考えると、相当、例年にない高いところで頑張ると。今のところは、それしかいいようがないわけですけれども、頑張りたいと思います」(昨年10月12日の記者会見)。

このように、新自由主義的改革の全面実施が否定された最大の理由は、これらの改革を行うと、企業の新しい市場が拡大する反面、医療費(総医療費と公的医療費の両方)が急増し、医療費抑制という「国是」に反するからです。私はこれを「新自由主義的医療改革の本質的ジレンマ」と呼んでいます(拙著『医療改革と病院』勁草書房、2004、21頁)。

混合診療の全面解禁は不可能、混合診療特区も困難

規制改革・民間開放推進会議が昨年12月24日に提出した「第1次答申」では、今後も混合診療全面解禁の「実現に向けて引き続き、積極的にとり組んでいく」と書かれています。しかし、これは「負け犬の遠吠え」であり、今後も全面解禁はありえない、と私は判断しています。

その根本的理由は、全面解禁のためには現物給付原則を廃止する健康保険法の抜本改革が必要ですが、それは政治的に不可能だからです。第2の理由は、今回の政治決着で、規制改革・民間開放推進会議が「中間とりまとめ」で示していた「混合診療が容認されるべき具体例」の大半に対応可能になったからです。第3の理由は、混合診療解禁の指示を出した小泉首相自身が、政治決着後の記者会見で、混合診療を「無条件で解禁したら、混乱が生じます」と全面解禁を明確に否定したからです(「毎日新聞」昨年12月16日)。この背景には、昨年12月3日の衆参本会議で日本医師会等の提出した混合診療解禁反対の請願が全会一致で採択されたことがあることは確実です。

同じく、「第1次答申」に書かれている「構造改革特区制度の活用」=混合診療特区も実現性はほとんどありません。なぜなら、これを導入すると、上述した特区法改正で認められた、特区で高度の医療を自由診療で提供する株式会社立医療機関の存立条件が消滅するからです(自由診療は混合診療に、価格=患者負担面で太刀打ちできないため)。それを避けるためには、株式会社立医療機関にも混合診療を認める特区法の再改正が必要ですが、そのような「朝令暮改」には医師会・医療団体が猛反対するだけでなく、小泉政権の政策的一貫性への信頼が失墜するため、政治的にほとんど不可能です。

2.2004年発表の興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(その3)

※「論文名の邦訳」(筆頭著者名:雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳+α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○「画期的医薬品(novel drugs)はそうでない医薬品よりも患者へのリスクが大きいか?(Olson MK: Journal of Health Economics 23(6):1135-1158,2004)[実証研究・量的調査]

アメリカではFDAが画期的医薬品の承認手続きを加速し、患者がより早くそれにアクセスできるようにしているが、画期的医薬品とそうでない医薬品とのリスクの差についての検討はほとんど行われていない。本研究では、FDAの医薬品市販後後安全性調査(post-marketing drug safety surveillance)のデータを用いて、負の2項分布回帰分析(negative binomial regressions)により、FDAによる画期性判定(novelty rating)と有害作用(adverse durg reactions)との関係を検討した。その結果、FDAが画期的と認定した医薬品の方が、入院と死亡に至る重大な有害作用の発現率が高かった。

○「[成人した子どもが行う高齢者の]インフォーマルケアと高齢者の医療利用[との関係]」(Van Houtven, et al: Journal of Health Economics 23(6):1159-1180,2004)[実証研究・量的調査]

成人した子どものインフォーマルケアは、もしそれがフォーマルケアを代替するなら、高齢者の長期ケア費用(医療費)を抑制しうる。この点を、アメリカの後期高齢者資産・健康動態パネル調査と健康・退職調査の個票データを用いて、2段階利用モデル(two-part utilization models)により検討したところ、インフォーマルケアは在宅ケア利用を抑制し、ナーシングホーム利用日数を減らしうることが示された。具体的には、インフォーマルケが2年間で10%増加すると、在宅ケアの利用確率は0.87%ポイント減少し、ナーシングホームの利用日数は2日減少すると推計された。

「OECD加盟国におけるインフォーマルケアの提供者[家族介護者]の得られやすさが長期ケア[の公的]費用に与える影響」(Yoo BK, et al: Health Services Research 39(6,Part 2):1971-1992,2004)[実証研究・量的調査]

OECD加盟15カ国[日本を含む]の1970~2000年の集合的データを用いて、母数モデルとランダムモデル(fixed- and random-effect models)に基づき、インフォーマルケアの提供者[家族介護者]の得られやすさと公的長期ケア費用との関係を定量的に検討した。全体としては、配偶者の介護者の得られやすさ(高齢者の男女比率で測定)、および成人した子どもの介護者の得られやすさ(女子の労働参加率と常勤・非常勤比率で測定)が高まると公的長期ケア費用は減少し、減少額は前者の方がはるかに大きかった。ただし、その影響は国により、および同じ国でも時期により異なっていた。この結果に基づいて、著者は長期ケア政策の立案時には、公的費用を抑制すると、女子がインフォーマルケアを行うために労働市場から退出する可能性があることを考慮すべきと警告している。

「[医療]サービス[供給]組織のイノベーションの普及-体系的な文献レビューに基づく勧告」(Greenhalgh T, et al: The Milbank Quarterly 82(4):581-629,2004)[文献レビュー(メタアナリシス)]

本研究は、イギリス保健省のNHS(国営医療サービス)現代化のためのプロジェクト研究である。医療提供サービス組織のイノベーションの採用・普及について検討するために、体系的な文献検索を行い、方法論が明確な実証研究(empirical sutudies)218本と非実証研究282本を選び出した。それらを13の研究領域(research tradition)に分類し、「メタ・ナラティブ・レビュー」(meta-narrative review)技法により検討した。二木コメント-この分野のメタアナリシスは従ほとんどアメリカで行われていただけに、貴重な研究と言えますが、拾い読みした限りでは、何が新しく明らかにされたのかはよく分かりませんでした。The Milbank Quarterlyの本号は医療組織研究の特集で、Gray BHはその巻頭言を次の1文で始めています。「視点が違うと(Depending on one's perspective)、医療は劇的に変化しているようにも、改革に頑強に抵抗しているようにも見える」。この点では、日米共通しています。

「健康と社会経済的要因との相関についての考察」(Fuchs VR: Journal of Health Economics 23:653-661,2004)[総説]

所得、教育、職業、年齢、性、婚姻状態、人種はすべて健康と何らかの相関がある。本論文では、これらの相関関係から頑健な科学的結論や政策提言を導こうとする際に生じる困難を考察する。特に、各要因の相互作用、非線形性、因果関係の推論(causal inference.[原著要旨はcasualだが、本文からこれは誤植と判断])、考えられる作用機序(mechanisms of action)について検討する。最後に、将来の研究の戦略について示唆し、健康と遺伝子と社会経済的変数との相互作用について特別に注意を払うことを強調する。二木コメント-Journal of Health Economics誌の本号には、Grossmanの有名な研究「医療需要-理論的・実証的研究」(1972)-消費者の効用は健康とその他の財の消費量に依存するとする「グロスマン・モデル」を提起-発表30周年記念シンポジウムでの報告論文が5本掲載されており、Fuchs教授の論文もその1つです。ただし、同教授はGrossmanグループによる健康と社会経済的要因との関係についての計量経済学的研究およびその結果を特定の政策に直結させることには批判的で、まだ多くの「不確実性」が残っていることを強調しています。

4.2005年発表の興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(その1)

「医師所有の専門病院の出現」(Iglehart JK: New England Jorunal of Medicine 352(1):78-84,2005 )[評論(医療政策レポート)]

アメリカでは、連邦政府は医師の営利的行動を禁止する政策の一環として、医師がメディケア・メディケイド患者をその医師または親族が投資している各種施設(検査センターや画像センター等10種類)に紹介することを禁止しているが、専門病院と手術センターはそれから除外されている。そのために、医師所有病院[正確には、医師グループが他の出資者と共同所有している病院]は1990年代に急増し、2003年には113病院となっており、しかもそれらの9割以上が営利病院である。そのために、アメリカ下院は2003年12月に医師所有専門病院の新規開設を18カ月間一時停止(moratorium)することを宣言し、連邦政府機関にこれらの病院が医療制度全体に与える影響を調査するよう命じた。アメリカ病院協会はこの措置の永続化を求めているが、アメリカ医師会はそれに反対している。本レポートでは、会計検査院(GAO)等の公式調査や事例調査を用いて、医師所有病院の出現・急増の背景、それの定義と実態、それの一時停止をめぐる政治的闘争と妥協、今後の政策的方向について、多面的に検討している。

「アメリカとカナダの[1人当たり実質]医療費のマクロ決定要因-所得、年齢構成、時間の影響の評価」(Matteo LD: Health Policy 71:23-42,2005)[実証研究・量的研究]

1人当たり実質医療費[増加]に年齢構成[65歳以上比率の変化]、[1人あたり実質]所得[の変化]、時間[の変化]が与える影響を、アメリカ(1980-1998年)とカナダ(1975-2000年)の州別データを用いて、回帰分析により検討した。年齢構成と所得の医療費[増加]寄与率は、時間効果(time effect)-技術進歩の代理変数-に比べると、かなり低かった。所得、年齢構成、時間の寄与率はアメリカではそれぞれ19.6%、8.9%、62.3%、カナダではそれぞれ8.8%、10.3%、64.2%であった。ただし、著者は、医療費は死亡直前の数年間に急増すること、およびベビーブーム世代の高齢化によるコホート効果がありうることを考慮すると、年齢[人口構成の高齢化]の影響にはもっと注意を払うべきである、と主張している。

「新自由主義医療改革はなぜラテンアメリカで失敗したのか?」(Homedes N, et al: Health Policy 71:83-96,2005)[評論と事例研究]

本研究の前半では、ラテンアメリカ諸国におけるIMFと世界銀行主導の新自由主義的医療改革を概観し、改革の2つの基礎概念である分権化(decentralization)と民営化のインパクトを分析している。後半では、新自由主義的改革の諸原則にもっとも忠実であったチリとコロンビアの改革を詳細に検討している。この2つの事例研究により、新自由主義的改革は、医療の質、公平、効率のいずれも改善しなかったことを確認している。さらに著者は、これらの改革の受益者が多国籍企業、コンサルタント会社、世界銀行スタッフであることを指摘し、このような受益者の存在が、新自由主義的医療改革の失敗の証拠があるにもかかわらず、世界銀行が各国にこの改革を実施するよう圧力をかけ続けている理由の1つであると主張している。

4.私の好きな名言・警句の紹介(その3)

(1)最近知った名言・警句

(2)将来予測のスタンス

(3)将来展望の視点

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