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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻45号)』(転載)

二木立

発行日2008年05月03日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)。


目次


「ニューズレター」44号の訂正


1.論文:医療改革-希望の芽の拡大と財源選択

(『日本医事新報』2008年5月3日号(No.4384):81-83頁)

はじめに

日本医療は2008年に入って、混迷の度を深めている。2006前後から顕在化した救急・産科・小児科領域の医療危機が一段と進行しただけでなく、4月から始まった後期高齢者医療制度では保険証が少なくとも6万3000人の加入者に届かない(4月9日現在)大失態が生じた。

と同時に、この1年間、特に昨年7月の参議院議員選挙での自由民主党の惨敗と安部内閣崩壊・福田内閣の誕生後、医療改革の希望の芽が拡大したことも見落とせない。私が医療改革の希望について最初に指摘したのは、昨年4月の日本医学会総会シンポジウム「世界の医療と日本の医療」の基調講演においてであった(「拙論「医療改革-敢て『希望を語る』」本誌4335号。以下前稿)。本稿では、まず前稿発表後1年間の医療改革の希望の芽の拡大を示す。次に、今後の医療改革の焦点となる2つの閣議決定の見直しの可能性を指摘する。最後に、公的医療費増加の財源選択について私見を述べる。ここでは、主たる財源は保険料引き上げであると私が考える理由を説明し、消費税の引き上げや歳出の無駄の削減は医療費増加の主財源とはなり得ないことを示す。

制度改革と自己改革の肯定面

前稿では、2006年以降生じた医療改革の希望を、以下の3つに分けて述べた。第1は医療制度改革の肯定面と医療者の自己改革の動き、第2は新聞の医療問題の報道姿勢の変化、第3は安倍政権が実施した小泉政権の医療・介護・福祉抑制策の部分的見直しである。以下、同じ枠組みを用いて最近1年間の希望の芽の拡大を示す。

第1の希望の芽の拡大のうち「制度改革」で特筆すべきものは、2008年度から社会医療法人の本来業務の法人税非課税化が実現したことである。これは長年、民間病院団体の「見果てぬ夢」であったが、昨年12月に与党の税調大綱で認められ実現した。

制度改革の「動き」で注目すべきものは2つある。1つは、分娩時の医療事故による脳性まひ児に対して、民間損害保険を活用した補償金支給を検討していた日本医療機能評価機構の産科医療の無過失補償制度運営組織準備委員会が、本年2月4日に最終報告書をまとめ、今年度中にも制度が発足する見通しが生まれたことである。もう1つは、厚生労働省が、本年4月3日に医療版事故調査委員会(「医療安全調査委員会」)についての「第三次試案」を発表したことである。これについては一部医師に強い反対意見も残っているが、「第二次試案」に比べれば権力の行使にきわめて「謙抑的」になっており、今後の国民的議論の叩き台に十分なりうる。

第1の希望の芽の拡大のうち、「医療者の自己改革」で注目すべきことは、日本医師会が2008年診療報酬改定に際して、勤務医対策のため、医療本体の引き上げ財源のすべて(1000億円強)に加えて、診療所分の診療報酬引き下げ(400億円強)に合意したことである。後者の手法の妥当性については今後検証が必要であるが、現在でもマスコミや一部の勤務医に流布している、日本医師会=開業医の利益擁護団体というステレオタイプなイメージを払拭する大英断と評価できる。

全国紙の報道姿勢の変化

第2の希望の芽の拡大として、新聞(全国紙)の医療問題の報道姿勢もさらに変化した。1年前には、社説で医療費抑制政策を批判していたのは「朝日」と「毎日」だけだったが、2007年後半には「読売」も、医療費増加容認に転じた。同紙は、昨年9月17日の社説「社会保障の安定が老後の安心に」で、「医療費抑制策はおのずから限界がある。超高齢社会に必要な医療の財源は、きちんと確保しなければならない」と主張し、さらに12月19日の社説「医療関連予算-機械的削減の限界が露呈した」では、全国紙の社説で初めて、「診療報酬の一定の引き上げもやむを得まい」と認めた。「朝日」、「毎日」は、今年に入って、医療・社会保障費引き上げの主張を鮮明にした社説を掲げるようになっている(「朝日」1月28日「医療の平等を守り抜く知恵を」「毎日」3月10日「社会保障予算-抑制のノルマを見直そう」)。それに対して、「日経」のみは相変わらず、医療効率化=医療費抑制一本槍の主張を繰り返している。
一般の医療記事では、「日経」を含めて、医療危機・医療荒廃の多面的な報道が増加した。特に、医師の激務や医療機関の抱える困難を直視した記事や特集が増えてきた。

医療問題の報道姿勢の変化で注目すべきことは、昨年11月7日に東京地裁が下した、混合診療禁止は違法(正確にはそれを禁止した法運用には「理由がない」)とする判決の報道である。「日経」は11月9日に社説「混合診療で患者の選択肢広げよ」を掲げた。しかし、2004年の混合診療解禁論争時にはそれに理解を示した「朝日」、「毎日」、「読売」の各紙は、社説でも、一般の医療記事でも、混合診療全面解禁は支持せず、冷静な報道を行った。

福田内閣も医療費抑制策を部分的に見直し

第3の希望の芽の拡大は、昨年9月に発足した福田内閣が、安部内閣に続いて、小泉政権が実施した医療・福祉費の過度な抑制政策の部分的見直しを行ったことである。福田康夫氏は、自民党総裁選挙公約に、高齢者医療費負担増の凍結、医師不足解消のための抜本的措置、障害者自立支援法の抜本的見直しを掲げ、首相就任後に編成した2007年度補正予算では高齢者医療費負担増凍結に1719億円を手当した。
さらに、福田内閣は、2008年診療報酬改定で本体のプラス改定を政治決断した(+0.38%。ただし診療報酬全体では-0.82)。この改定幅は「焼け石に水」との批判も強いし、土田武史中医協会長(当時)自身も、「最低でも本体で1%の引き上げ」が必要だと明言した。しかし、それでも、8年ぶりの本体プラス改定の「政治的意味」、「メッセージ」は小さくない。

2つの閣議決定の見直しの可能性

私は、このような医療改革の希望の芽をさらに拡大し、医師・医療費抑制政策を転換するためには、2つの閣議決定の見直しが不可欠だと考えている。1つは、1997年の「医学部定員の削減に取り組む」閣議決定の見直し、もう1つは2006年に閣議決定された「骨太の方針2006」中の、社会保障費の当然増を5年間で1兆1000億円抑制する方針の見直しである。

これらがタブーであった小泉内閣や安部内閣と異なり、福田内閣では、政権内部から、客観的にはこれらの見直しにつながる「発言」が連続的に発せられるようになっている。

福田首相自身の見解・発言として注目すべきものは2つある。1つは、本年2月12日の山井和則衆議院議員の質問に対する「答弁書」で、「医師数は総数としても充足している状況にはないものと認識している」と、政府として初めて医師不足を認めたこと。もう1つは、本年2月26日の衆議院予算委員会で、福田首相が、社会保障費について「今まで歳出改革の対象とせざるを得なかったが、ずっと続けるのは実際難しい。社会保障の質を下げることになるのでおのずと限界はある」と答弁したことである。

舛添厚生労働大相は、昨年8月の就任直後から、医師・医療費抑制策の見直しをストレートに主張している。例えば、本年3月26日衆議院予算委員会では、「医師不足の問題に全面的に取り組む」、「2200億円のマイナスシーリングはほぼ限界に達している」と答弁した。自民党の谷垣政調会長も、2月24日の講演で、社会保障費削減には限界があり、今夏の骨太方針は、従来方針を修正すべきとの立場を明確にした(「読売」3月9日)。

小泉政権時に厚生労働相を勤めた2人の自民党有力者も、社会保障費抑制政策に公然と反旗を翻した。まず、川崎二郎衆議院議員は、昨年3月に『このまま「アメリカ型」社会を目指して本当にしあわせになれるのか』(ダイヤモンド社、2007)を出版し、「"成長優先""小さな政府"では高齢社会を乗り切れない!」と主張した。次に、尾辻秀久自民党参議院議員会長は1月22日の福田首相の施政方針演説に対する代表質問で、「社会保障費を削るのはもう限界」、「2009年度予算の概算要求では、社会保障費2200億円の削減を行わないと約束していただきたい」と切々と訴えた。

厚生労働省幹部は、これら政治家よりも一足早く、昨年7月の参議院選挙前後から、医師・医療費抑制政策の軌道修正をにおわす発言を始めていた(拙著『医療改革』勁草書房、2007、第1章補論5)。それをもっとも明快かつ体系的に論じているのは、宮島俊彦大臣官房総括審議官である(「医療費の財政問題」『社会保険旬報]2347号)。

このような動きとは対照的に、小泉政権時代に「構造改革の司令塔」として、医療費・社会保障費の抑制を推進した経済財政諮問会議の力は福田内閣の下で失墜し、単に「選択肢を提示」するだけの組織となりつつある。現在、国政の一大焦点となっている社会保障改革の主戦場も、経済財政諮問会議から社会保障国民会議に移行した。

以上から、今や、2つの閣議決定の見直しが政治の射程に入ってきたと言える。

公的医療費増加の財源選択ー3つの立場

医療費抑制政策を転換する上で不可欠なことは、医療費増加の財源についての国民合意を得ることである。この点でも一歩前進はある。それは、小泉内閣時に猛威を振るった、経済財政諮問会議・規制改革会議等の患者負担拡大論が失速したことである。宮島俊彦総括審議官も、「患者負担の拡大であるが、これはもう限界である。(中略)混合診療や保険免責は医療の崩壊の加速につながり、取り得ない」と断言している(上掲論文)。

しかし、公的医療費増加の財源選択については論争が続いており、国民合意には程遠い。主な主張は次の3つにまとめられる。第1に、全国紙はすべて「社説」で消費税引き上げを主張しており、医療政策の専門家以外の研究者も同様である。社会保障国民会議でも消費税一本槍の議論が続けられている。第2は、歳出の無駄削減による医療費財源の捻出論であり、まじめな医療関係者の間で根強い支持がある。第3は、社会保険料の引き上げを主財源とする主張であり、医療政策の専門家の大半がこれを支持している。最近では、権丈善一氏(「社会保障関係者、2008年の選択」『週刊社会保障』2008年1月7日号)や、田中滋氏(「新自由主義への流れが止まったが」『月刊/保険診療』2008年2月号)が主張している。厚生労働省幹部も、最近ではこの立場(「保険料路線」)を鮮明にしている(上掲宮島論文)。

私自身も第3の立場であり、主財源は社会保険料の引き上げ、補助的にたばこ税、所得税・企業課税、消費税の引き上げも用いるべきだと考えている。ただし、社会保険料の引き上げと標準報酬月額の引き上げは組合健保、政管健保等の被用者保険に限定し、それが困難な国民健康保険と後期高齢者医療制度には国庫負担を増額すべきである。社会保険料引き上げに対しては必ず、「国民健康保険は、いまでも保険料を払えない人が多く、限界に近い」との反論が出されるが、この主張は被用者保険の存在を見落としている。田中滋氏が明快に指摘しているように、「低所得者への配慮は当然であり、かつ可能ですが、ゆえに全体の負担増はいけないとの論理はつながっていません」(前掲論文)。

私が第3の立場を支持する理由は2つある。1つは経済的理由で、日本の社会保険料水準(特に企業負担分)が他の社会保険方式の国よりも相当低いことである。アメリカ企業の社会保険料水準は日本より低いが、アメリカの(大)企業が負担している民間医療保険料は日本よりはるかに高額である。しかも、正規雇用の拡大の動きなど、最近の雇用問題の潮目の変化は社会保険料財源拡大の追い風になっている。

もう1つの理由は政治的理由で、現行の制度・政策の下では、消費税の引き上げの大半は、年金の国庫負担率引き上げや少子化対策に使われ、医療費増加の主財源にはならないからである。しかも、現在の「ねじれ国会」では消費税の引き上げを早期に行うのは困難である。それに比べ、社会保険料の引き上げは相対的に容易であり、現に2008年度予算では、保険料の引き上げにつながる健康保険組合等からの拠出金により、社会保障費の当然増分2200億円の抑制の半分が捻出された。

歳出の無駄の削減は主財源にはならない

ここで、第2の立場(歳出の無駄の削減)について簡単に述べておきたい。実はこれには2種類ある。1つは公共事業費の削減、もう1つは軍事費の削減である。私はこれら両方に賛成であるが、それを医療費増加の主財源とすることは不可能である。

まず、公共事業費についていえば、それの財政規模(対GDP比)が欧米諸国の2倍の6%前後だったのは1990年代までであり、小泉内閣時代に急激に削減された結果、現在は4%を切り、日本の突出は収束している(上掲権丈論文)。そのために、今後、公共事業費を連続的に大幅削減することは困難であり、ましてやそれを医療費増加の主財源にすることはできない。次に軍事費の対GDP比は1%にすぎず、それを大幅に削減しても医療費増加の主財源にはなりえないし、そのような主張をする政党(共産党と社民党)は国会内で圧倒的少数派であり、少なくとも短期的には実現可能性がない。歳出の無駄はこれ以外にもいろいろあるが、主要先進国中最悪である日本の財政赤字を考慮すると、無駄の削減により捻出された財源は財政健全化に優先して用いるべきである。

ここで見落としてならないことは、日本は、どの尺度(一般政府の支出規模の対GDP比、国民負担率、人口千人当たり公務員数)をとっても、アメリカと並ぶ「小さな政府」であるため、歳出の無駄による大幅な財源捻出は困難なことである。なお、国家財政に多額の「埋蔵金」があるとの俗説の誤りは、権丈論文が詳細に示しているので参照されたい。

おわりに-改めて「絶望しすぎず、希望を持ちすぎず」

以上、この1年間医療危機・医療荒廃が一方的に進行したのではなく、同時に医療改革の希望の芽も拡大したことを示した。今医療関係者に求められているのは、医療崩壊を声高に叫ぶことではなく、「絶望せず、希望を持ちすぎず」、制度の部分改革と自己改革を進めることにより、希望の芽をさらに拡大し、医師・医療費抑制政策の転換につなげていくことである。迂遠なようにみえても、これが医療崩壊・医療荒廃を防ぐ唯一の道であることを改めて強調したい。

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2.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算34回.2008年分その2:7論文)

訂正:目次に書きましたように、各号目次の本欄の通算回数表示が、34号(2007年6月)~43号(2008年4月)まで、1つずつ少なくなっていました(34号の通算23回は24回の誤り~44号の通算32回は33回の誤り。ただし、本文の通算回数の誤記は34~40号)。

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○西オーストラリア州における死亡前[3年間の]入院医療費[パターン]:ポピュレーション・ベースのデータ結合研究(Moorin RE, et al: The cost of in-patient care in Western Australia in the last years of life: A population-based data linkage study. Health Policy 85(3):380-390,2008)[量的研究]

死亡前3年間の入院医療費のパターンを検討し、年齢と死亡までの期間が医療費に与える影響を明らかにするために、西オーストラリア州の1997~2000年の全死亡者名簿と入院患者データベースから得られる記録を結合した。DRG費用情報を用いて、5大疾患による死亡者(13,783人。全死亡者43,812人の32%)の死亡前3年間の、インフレーション調整済み全入院医療費を調査した。5大疾患とは、結腸直腸癌、肺癌、乳癌、虚血性心疾患、脳血管疾患である。性・年齢・死亡原因・死亡までの期間による累積入院医療費の変動はローレンツ曲線とジニ係数を用いて検討した。その結果、死亡前5か月までは、入院医療費は年齢と正の関連があった。死亡直前の5カ月間に入院医療費は急増したが、それと年齢とは負の関連があり、死亡前1か月の入院費用は全年齢群で同水準であった。この結果は、将来医療費の予測モデルは、年齢と死亡までの期間と死亡原因の間には交互作用があることを考慮して作成すべきことを示唆している。 

二木コメント-結論そのものは先行研究の確認にとどまりますが、ローレンツ曲線とジニ係数を用いて累積医療費の変動を検討したことが目新しいと思います。

○[入院患者の]社会経済的状態が在院日数に与える影響を統合した入院医療費支払いのリスク調整式の作成 (Perelman J, et al: Deriving a risk-adjustment formula for hospital financing: Integrating the impact of socio-economic status on length of stay. Social Science & Medicine 66(1):88-98,2008)[量的研究]

1入院当たり包括払い方式では、リスク調整が不完全な場合、大きな不公平が生じる可能性がある。もし病院が同一額を支払われる患者群の中から医療費がかさむ患者を識別できるなら、そのような患者を排除することにより利益を増やせる反面、患者選別を拒否した病院は経営危機に陥るからである。この点をベルギーの61病院の1995年の全入院患者約66.7万人を対象にして検討した。ベルギーでは1995年に、医師技術料を除く入院医療費が従来の1日当たり定額払い方式から、「患者特性」(診断群・年齢・「老年指標」)別の1入院当たり包括払い方式に変更された。

患者の社会経済的状態を含めた諸特性を説明変数、在院日数を被説明変数とする重回帰分析を行った。その結果、同じ患者特性の患者でも、高所得の患者、自営業や被用者の患者の在院日数は基準在院日数よりも短く、病院に利益をもたらしていた。逆に、低所得の患者、非就労患者、福祉医療を受けている患者の在院日数は基準在院日数よりも長く、病院に損失を与えていた。この結果に基づいて、著者は、患者の社会経済的状態を考慮しないリスク調整で支払いに不公平が生じていると主張し、それを是正するための新しいリスク調整式を提案している。

二木コメント-日本の病院の平均在院日数はベルギーの病院よりはるかに長いことを考慮すると、日本では患者の社会経済的状態による在院日数の格差がはるかに大きいことは確実です。日本でも、医療関係者の「常識」を定量的に証明する実証研究が求められていると思います。

○特集・ヨーロッパ[9か国]の[疾患別]治療費用の変動の分析(Special issue: Analysing the variation of health care treatment costs in Europe. Health Economics 17(1 Supplement):S1-S103,2008)[量的研究]

Health Economics誌が、EU加盟9か国を対象にして行われた、疾患別治療費の変動(各国間および同一国内での)のミクロ経済分析を特集しています(編集者序文を含めて8論文掲載)。9か国は、デンマーク、イングランド、フランス、ドイツ、ハンガリー、イタリア、オランダ、ポーランド、スペインであり、本特集で報告されている疾患・治療は大腿骨骨折、脳卒中、急性心筋梗塞、正常分娩、虫垂炎、白内障、簡単な歯科充填処置(single dental filling)の7つで、それぞれについて厳密な定義に合致する患者のみが対象とされています。治療費としては公的医療制度からの償還価格と原価が調査され、国別の両者の乖離の有無と程度が検討されています。その結果、各疾患の治療費の変動は、各国間で大きいだけでなく、同一国内でも予想外に大きいこと、および正常分娩以外の6疾患では、変動の主因は、特定の治療技術の使用率とそれの国別の価格差であること等が明らかにされています。疾患ごとの在院日数は治療費に有意に関連していますが、全体としては、それの変動の主要因子ではないそうです(以上、BusseらのEditorialより:S1-S8)。私の知る限り、本特集は国別・疾患別医療費の世界初のミクロ経済分析であり、貴重です。

○ヨーロッパ7か国の脳卒中入院医療費(Epstein D, et al: The hospital costs of care for stroke in nine European countries. Health Economics 17(1 Supplement):S21-S31,2008)[量的研究]

EU加盟のヨーロッパ7か国の脳卒中患者の入院医療費の各国間と同一国内の変動を調査した。対象は脳卒中を急性発症して、7か国の50の公立病院に入院した65~70歳で合併症のない女性患者(総数は記載なし)。病院ごとの平均入院医療費(診療行為別)を被説明変数とする重回帰分析を行った。為替レート、購買力平価(PPP)および1人当たりGDPを用いて、感受性分析を行った。PPP表示の平均入院医療費は3813ユーロであり、在院日数が1日延長すると費用は6.9%増加し、抗凝固療法を用いると費用は41%高くなった。入院医療費の変動の約76%は国の違いで説明できた。各国間および同一国内で、脳卒中病棟やリハビリテーション・サービス等、治療法(care pathways)の変動は大きかったが、入院医療費の高さと有意に関連していたのは在院日数と抗凝固療法だけであった。

二木コメント-上記特集に含まれる論文です。脳卒中の入院医療費の各国間の変動に影響する医療的・経済的要因を実に詳細に検討しています。

○[デンマークの]脳卒中患者の医療の質と死亡率-全国規模での追跡調査(Ingeman A, et al: Quality of care and mortality among patients with stroke - A nationwide follow-up study. Medical Care 46(1):63-69,2008)[量的研究]

脳卒中医療のプロセスとアウトカムとの関連は従来不明確であったため、デンマーク全国診療指標プロジェクトのデータを用いて検討した。このプロジェクトには脳卒中患者を扱っているデンマークの全病院が参加しており、2003年1~10月に入院した29,573人の患者データが得られた。ただし対象は脳梗塞または脳出血患者に限定した。医療の質(プロセス)は次の7つの指標で測定した:脳卒中病棟への早期入院(入院後2日以内)、心房細動のない脳梗塞患者への抗血栓療法の早期開始(2日以内)、同抗凝固剤の早期経口投与(14日以内)、CT・MRIの早期検査(入院当日)、理学療法士のベッドサイドでの早期評価(2日以内)、作業療法士のベッドサイドでの早期評価(2日以内)、栄養リスクの早期評価(2日以内)。アウトカムは発症後30日および90日の死亡率で評価した。その際、粗死亡率とロジスティック回帰分析により算出した性・年齢・配偶者の有無・住居・脳卒中重症度・脳卒中既往歴・心筋梗塞既往歴等12項目で調整した相対死亡率を用いた。これら7指標のうち6指標については、基準を満たしている患者で死亡率(粗死亡率・相対死亡率とも。以下同じ)が低かった。基準を満たしている指標が多い患者ほど死亡率は低く、7指標すべてで基準を満たしていた患者の死亡率は1つも基準を満たしていない患者の死亡率より55%も低かった。以上より、脳卒中患者の早期の医療の質が高いほど死亡率が低いと結論づけられた。

二木コメント-全国規模の膨大なデータに基づいて、脳卒中医療のプロセス指標とアウトカム指標をリンクさせることが可能なことを示した貴重な研究です。本研究の限界は、アウトカム指標として死亡率のみを用い、障害(回復)の程度を用いていないことだと思います。

○年齢と手技が虚血性心疾患患者の資源使用に与える影響(Kuwabara K(桑原一彰), et al: Impact of age and procedure on resource use for patients with ischemic heart disease. Health Policy 85(2):196-206,2008)[量的研究]

年齢が医療費に与える影響を評価する際には、特定の疾患に対象を絞り、手技使用と疾患の重症度を調整する必要があると考え、虚血性心疾患(以下、IHD)で急性期治療を受けた患者の年齢と手技使用との関係を検討した。日本のDPC方式適用病院(大学病院82、他の一般病院92)に2003年1~10月に入院したIHD患者19,874人を対象として、在院日数、総費用(医療保険請求額)、および両者の外れ値の頻度を被説明変数、3つの年齢群(65歳未満:39.6%、65-76歳:36.1%、75歳以上:24.3%)、各種手技(冠動脈バイパス移植術と経皮的冠動脈形成術。日本の診療報酬点数表では「手術」に分類)使用等を説明変数とする線形回帰分析とロジスティック回帰分析を行った。その結果、狭心症と非内科的治療を受けた患者の割合は3群間で有意に異なっていた(前者ではそれぞれ72%、75%、71.4%。後者では、それぞれ37.3%、40.9%、38.9%)。冠動脈バイパス移植術と経皮的冠動脈形成術の両方を受けた患者の在院日数は有意に長く、総費用も有意に高かった。しかもこのような患者では、両者の外れ値となるオッズ比が非常に高かった。以上の結果に基づいて、著者は、年齢は手技使用と比べると、医療費に多少の(modest)影響を与えるにすぎず、政策担当者は手技使用の影響の大きさをよく理解する必要があると結論づけている。

二木コメント-日本のDPCデータを用いて、虚血性心疾患の入院医療費には患者の年齢よりも手技使用の方がはるかに大きな影響を与えることを定量的に示した貴重な研究と思います。

○外来医療は[糖尿病性]代謝代償不全の入院を予防できるか?(Helmer DA, et al: Can ambulatory care prevent hospitalization for metabolic decompensation? Medical Care 46(2):148-157,2008)[量的研究]

糖尿病性代謝代償不全(高血糖、糖尿病性ケトアシドーシス、糖尿病性昏睡等。以下MD)による入院は、理論的には適切な外来管理により予防可能と考えられているが、それを実証した研究はまだない。そこで、退役軍人庁の医療機関を受診している糖尿病患者を、MD発症群(MD群)2714人とMD非発症群(対照群)10,856人に分けて、ロジスティック回帰分析により、1年間の後方視的ケースコントロール・スタディを行った。両群は、HbA1c値によって、高リスク群(HbA1c9%以上)と低リスク群(同9%未満)に分けた。適切な外来管理は、アメリカ糖尿病協会の基準に基づいて、3か月に1回または6か月に1回の外来受診とHbA1c検査と定義し、それのアウトカムはMDによる入院率とした。その結果、事前の期待とは逆に、患者特性を調整した後でも、MD群は対照群よりも外来受診とHbA1c検査が多かった。ただし、ハイリスク群に対象を絞ると、外来未受診の患者がMDにより入院する確率は、3か月に1回受診した患者より有意に高かった(調整済みオッズ比3.05)。MDによる入院は糖尿病管理をきちんと受けている患者の方が多いという結果は、MDによる入院率の低下は糖尿病外来医療の質の尺度とはならないことを示しているかもしれない。

二木コメント-単純な医学的「理論」・「モデル」に基づく介入が期待された効果を生むとは限らない1例と思います。

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3.私の好きな名言・警句の紹介(その41)―最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<その他>

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