『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻61号)』(転載)
二木立
発行日2009年09月01日
出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。
本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)。
目次
- 1.論文:民主党の医療政策とその実現可能性を読む (「二木教授の医療時評(その69)」『文化連情報』2009年月9月号(378号):14-18頁)
- 2.スピーチ:川上武先生の思い出-3つの名言
- 3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文 (通算47回.2009年分その4:11論文)…今回はすべて体系的文献レビュー
- 4.私の好きな名言・警句の紹介(その57-最近知った名言・警句)
お断りとお知らせ
論文「民主党の医療政策とその実現可能性を読む」は、総選挙告示前の7月31日に執筆し、その圧縮版を「日経メディカルオンライン」の「私の視点」欄に8月1日に掲載しました。8月30日の総選挙結果と民主党政権成立を踏まえた本論文の「補充版」(「民主党政権の医療政策とその実現可能性を読む」)を『現代思想』10月号(9月25日配本)に掲載します。。
1.論文:民主党の医療政策とその実現可能性を読む
(「二木教授の医療時評(その69)」『文化連情報』2009年月9月号(378号):14-18頁)
第45回衆議院選挙は、8月18日に公示され、8月30日に投開票が行われます。一般的には「政界は一寸先は闇」と言われますが、今回の総選挙に限っては、民主党が第一党になり、現在の自公連立政権に代わって、民主党を中心とする政権(以下、民主党政権)が誕生することはほぼ確実と言われています。民主党も、それを強く意識しており、7月27日には、他党に先駆けて早々と「マニフェスト(政権公約)」を発表しました。
そこで、本稿では、民主党の医療政策を、現政権の医療政策との異同に注目しながら、概括的かつ中立的に検討します。合わせて、それの民主党政権の下での実現可能性にも簡単に触れます。その際、「マニフェスト」中の医療政策および「医療政策<詳細版>」(以下、「詳細版」)だけでなく、本稿執筆(7月31日)までに入手できた、2003年以降の民主党の一連の医療政策(マニフェスト等)、および「詳細版」の原案、民主党幹部の発言も紹介します。それにより、民主党の医療政策の形成・変化のプロセスが分かるからです。
医療費と医師数の大幅増加の数値目標
民主党の医療政策で最も注目すべきことは、医療費と医師数の大幅増加の数値目標が示されたことです。具体的には、「OECD平均の人口当たり医師数を目指し、医師養成数を1.5倍にする」(「マニフェスト」)、「総医療費対GDP比をOECD加盟国平均まで今後引き上げていきます」(「詳細版」)と明記されました。もちろん、「自公政権が続けてきた社会保障費2200億円の削減方針は撤回する」(「マニフェスト」)とされています。
実は、民主党は、わずか2年前の「マニフェスト2007」までは、医療費総額の拡大は掲げていませんでした。それどころか、「崖っぷち日本を救う-民主党の考える医療改革案」(2006年4月)では、逆に、無駄の排除と予防医療の推進により「中長期的には医療費総額・医療給付費はいずれも政府の推計値を下回る可能性が高い」という、自民党や厚生労働省と類似した主張すら行っていました。「マニフェスト2007」では初めて医師不足対策に言及しましたが、それでも「10%削減された医学定員を元に戻」すレベルにとどまっていました。
このことを考慮すると、今回の民主党の医療政策の転換・発展は画期的と言えます。公平のために言えば、自公政権(福田・麻生首相)も、「骨太の方針2008」で医師数抑制政策を見直し、「骨太の方針2009」で小泉政権が定めた社会保障費抑制の数値目標を事実上見直しましたが、医師数・医療費の「大幅増加」には踏み込んでいませんし、小泉政権の数値目標も名目上は維持しています。
それだけに、もし民主党の医療政策が実現すれば、1980年代以降四半世紀続けられてきた医療費・医師数抑制政策の根本的転換となることが期待されます。国際的にみると、これは、イギリスのブレア労働党政権が2000年から開始した医療費・医師数増加政策のちょうど10年遅れの再現と言えますし、アメリカのオバマ民主党政権の医療保険制度改革の努力とも共鳴します。ただし、イギリスの経験からも明らかなように、政策転換の効果は短期的には現れないことにも留意する必要があります。私は、医療費・医師数増加は医療危機・医療荒廃克服の「必要条件」であり、「十分条件」ではないと判断しています。
個々の医療政策も現実化・具体化
次に、民主党の個々の医療政策を検討します。
医療保険制度では、「国民皆保険制度の維持発展」を大前提とした上で、「後期高齢者医療制度の廃止と医療保険の一元化」が掲げられおり、この点では現行制度の維持を主張する現政権とは大きく異なります。ただし、民主党も、「マニフェスト2005」では「新たな高齢者医療制度の創設」を掲げていました。そのためもあり、直嶋正行民主党政調会長は、すぐに元の老人保健制度に戻すのではなく、新制度を検討した上で廃止すべきとの私見を明らかにしており、激変は避けるようです(「中日新聞」7月28日朝刊)。また、「医療保険の一元化」は「将来」の目標とされ、「マニフェストの工程表(2010~2013年度)」にも含まれておらず、事実上棚上げされています。他面、「わが国の医療保険制度は国民健康保険、被用者保険(組合健保、協会けんぽ)など、それぞれの制度間ならびに制度内に負担の不公平があり、これを是正します」と明言していることは注目に値します。以上から、民主党政権の下でも、医療保険制度の「抜本改革」はなく、「部分改革」が積み重ねられると思います。
「医療提供体制の整備」については、「現役医師の有効活用策で医療従事者不足を軽減」、「臨床研修の充実」、「勤務医の就業環境の改善」等、現行の制度・政策との整合性を重視した「部分改革」がより鮮明です。この点では、舛添要一厚生労働大臣が、民主党マニフェストに対して、「医療政策は私がやったことをそのまま後追いしている。大連立を組んでも医療政策は十分一緒にやれる」(「日本経済新聞」7月29日朝刊)とエールを送っているほどです。
医療提供体制についての現政権の政策との大きな違いは、「当面、療養病床削減計画を凍結し、必要な病床数を確保する」(「マニフェスト」)、「総枠としての療養病床38万床を維持しなければならない」(「詳細版」)と明記していることです。実は、民主党は上述した2006年の「医療改革案」では、「病床数削減」を前面に掲げ、一般病床を26万床、精神病床を7万床、療養病床を11万床削減するとしていました。本年の「マニフェスト」は、療養病床に限らず、一般病床・精神病床についても病床削減は掲げておらず、大きな方向転換と言えます。
さらに、2008年診療報酬改定で導入された「外来加算の5分間要件」も「診療所負担の軽減を図るために撤廃」と明記しています。民主党がこの方針を明記したのはこれが初めてで、「詳細版」の原案にも含まれていませんでした。
公的病院偏重の疑念
このように、民主党の医療政策には、医師や病院に配慮したものが少なくありませんが、2つの疑念が残ります。
第1の疑念は、公的(大)病院偏重という疑念です。それが一番鮮明なのは「地域医療を守る医療機関を維持」の項で、「医師確保などを進め、地域医療を守る医療機関の入院については、その診療報酬を増額します」、「4疾病5事業を中核的に扱う公的な病院(国立・公立病院、日赤病院、厚生年金病院等)を政策的に削減しません」と書かれています。実は「詳細版」の原案では、前者は「…公益性のある病院の入院については、その診療報酬を1.2倍」とすると書かれ、公的病院偏重がより鮮明でした[注]。
逆に、「マニフェスト」・「詳細版」とも、日本の地域医療の大半を支えている民間中小病院や診療所の役割に対する言及はまったくありません。一般には、救急医療の主役は自治体病院や公的病院というイメージがありますが、それは誤りで、全国的にみても、救急搬送患者の57%は民間医療機関が受け入れており、しかもこの割合は大都市部で特に高くなっています(2007年度。消防庁『救急・救助の現況』と厚生労働省『医療施設調査』により、加納繁照医師が推計)。
また、「マニフェスト」と「詳細版」で最終的に削除されたとは言え、特定の(公益性のあるとみなされた)病院の入院のみを対象にして診療報酬を2割も引き上げる政策は、きわめて恣意的であるだけでなく、同じ医療サービスに複数の価格(一物二価)を持ち込む「禁じ手」と言えます。
中医協改革への疑念
もう1つの疑念は、上述した「地域医療を守る医療機関を維持」の項の最後に書かれている「中医協(中央社会保険医療協議会)の構成・運営等の改革」です。この短い一文だけでは真意は分かりませんが、「毎日新聞」7月23日朝刊の報道では、岡田克也幹事長は「診療側」代表の日本医師会について、「医師会は開業医中心だ。利害関係者が自分たちの取り分を決めた政府の制度は他にはない」と指摘し、診療報酬改定は「最終的には国会で議論して決める」と表明したそうです。
私自身も、診療報酬の改定率を最終的に国会で決めることに賛成ですし、中医協の委員に患者代表を増やしたり、医師・病院代表以外の医療職を新たに加えるという構成の改革を行うことにも賛成です(拙著『「世界一」の医療費抑制政策を見直す時期』(勁草書房,1994,64-67頁)で同様の改革を提起しました)。
しかし、岡田幹事長の発言は、次の2点を無視しています。(1)中医協の診療側委員にはすでに事実上の病院団体代表が2名加わっており、2008年の診療報酬改定のように、最近の診療報酬改定は決して開業医が「自分たちの取り分を決める」ものとはなっておらず、逆に病院に最大限配慮した改定が行われている。(2)中医協は公開の場で診療報酬の改定を審議するだけでなく、改定後の影響を詳しく調査し、その結果を(不十分ながらも)次回改定に生かすなど、他の政府委員会よりもはるかに透明で公正な運営が行われている。
私の知り得た範囲では、岡田幹事長に限らず、民主党幹部には、このような中医協の優れた構成と運営についての理解がない方が少なくありません。これは非公式情報ですが、昨年までは、中医協の廃止を主張している幹部もいたと聞いています。それだけに、民主党政権が成立した場合、中医協改革が「官僚政治打破」のシンボル化され、大きな混乱が生じる危険があります。
医療費財源拡大の長期見通しが示されていないが
民主党の他の政策と同じく、医療政策の最大の弱点も、医療費拡大のための財源の長期的見通しが明確に示されていないことと言えるかもしれません。民主党は「マニフェスト」で、「国の総予算207兆円を全面組み替え」、税金の無駄づかいの根絶と「埋蔵金」の活用等により16.8兆円(2013年度)を捻出できると主張していますが、この試算に対しては、現与党(自民党・公明党)だけでなく、すべての全国紙が疑念を呈しています。私自身も、日本がアメリカと並ぶ「小さな政府」であることを考慮すると、無駄の排除と埋蔵金の活用だけでは、公的医療費拡大の長期的な安定財源は確保できないと考えています。
ただし、この点をもって民主党のみを批判するのは公正ではないとも思います。その理由は2つあります。1つは、民主党も長期的には消費税を医療・社会保障拡大の主財源と考えており、自民党との違いは引き上げの実施時期だけと言えるからです。民主党の「マニフェスト」は、大企業の負担増(企業課税と企業負担の社会保険の引き上げ)や所得税の累進性の強化等、格差是正につながる税制改革を正面から掲げていない点でも、自民党と類似しています。もう1つは、民主党も一枚岩ではなく、医系議員を中心にして、社会保険料の引き上げを正面から主張する議員も少数存在し、この点でも自民党と類似しているからです。
民主党の医療政策はどこまで実現するか
以上、民主党の医療政策を概括的・中立的に検討するとともに、その実現可能性にも言及してきました。私は民主党の医療政策が総体的にどこまで実現するかは、総選挙の結果により相当変わると判断しています。もし民主党が、4年前の総選挙での小泉自民党のように大勝すれば、上述した疑念のある改革(中医協改革等)も相当実現する可能性があると思います。しかし、民主党がほどほどに勝利し、社民党や国民新党と連立政権を組み、しかも自民党も相当の議席を確保した場合には、与党内・与野党間の調整により、新政権の医療政策は「マニフェスト」よりもさらに現実化すると思います。と同時に、税金の無駄使いの根絶と埋蔵金の活用だけでは、医療費大幅増加の財源が捻出できないことは早晩明らかになると予測しています。
さらに、民主党政権が成立した場合には、日本医師会等の医療団体と政党の関係が劇的に変化するのは確実です。従来は、自民党政権が「永久政権」の様相を呈していたために、日本医師会等の自民党一党支持も合理化されてきました。しかし、自民党が野党に転落した場合には、その根拠が崩壊し、日本医師会等は政権党を中心とした各政党に、「民間学術専門団体」の立場から、積極的な政策提言を行うことになると思います。それにより、日本医師会等と政党との間に健全な緊張関係が生まれ、しかもそれが可視化されます。これは政権交代がもたらす大きな効果と言えます。
民主党の医療政策が、「マニフェスト」公表直前に、診療所・病院に配慮する形で急激に現実化・具体化したこと、および日本医師会が民主党の医療政策を切り捨てる従来の姿勢を転換し、「マニフェスト」に対しては是々非々の評価を行っていること(7月29日定例記者会見)を考慮すると、そのような動きはすでに水面下で始まっているのかも知れません。
[注]民主党が公的病院偏重である2つの理由
私は、民主党の医療政策に公的(大)病院偏重の傾向がある理由は2つあると推定しています。1つは、民主党の医療政策のブレーンの医師が大病院・大学病院所属であり、民間中小病院・診療所の実態をよく知らないことです。
もう1つは、民主党の最大の支持母体である連合(日本労働組合総連合会)の医療政策が自治労の強い影響下にあり、その自治労の医療政策は、傘下に多くの自治体病院組合員を抱えるため、伝統的に公立病院偏重・開業医軽視だからです。例えば、連合の「制度・政策 要求と提言」(2009年7月~2011年6月)には、「診療所については、定額方式を原則とするとともに将来的には家庭医登録制度の採用と登録患者の数に応じた医療費支払い方式である人頭払い制度の導入も検討する」という、かつてイギリスのNHSで採用されたが現在では修正されており、日本の医療の現実からはかけ離れた政策が堂々と掲げられています。歴史的には、これは、1970年代に旧社会党や自治労が掲げた「医療社会化」(公営化)路線の残滓と言えます(詳しくは、二木立「医療基本法」、川上武・中川米造編『医療保障(講座・現代の医療3)』日本評論社、1973)。
謝辞:民主党・連合の膨大な医療政策集を提供いただいた直江寿一郎医師(旭川圭泉会病院院長)に感謝します。
[本稿の圧縮版を「日経メディカルオンライン」の「私の視点」欄に8月1日に掲載しました。
2.スピーチ:川上武先生の思い出-3つの名言
[私の医療問題研究の恩師で、医師・医事評論家の川上武先生が、本年7月2日、多臓器不全のため柳原病院で死去されました(享年83)。以下は、8月1日に中野サンプラザで開かれた、先生の「献花式」での私のスピーチを、式後まとめたものです。これは12月19日に日本赤十字看護大学広尾ホールで開催予定の「川上武先生に学ぶ集い」(仮称)で配布する「小冊子」に掲載予定です。なお、同集いの事務局・問い合わせ先は以下の通りです:健和会・看護介護政策研究所(宮崎和加子) e-mail: wakako-miyazaki@totokyogikai.jp]
私が川上先生に最初にお世話になったのは、1967年9月22日に、東京医科歯科大学教養部で特別講演「日本医療の将来」をしていただいた時です。私は、当時、同大学2年生で学生自治会の役員をしていたのですが、夏休みに、先生の名著『日本の医者』(勁草書房,1961)と新著『日本医療の課題』(勁草書房,1967年)を読んで感激し、先生が院長をされていた杉並組合病院にお伺いして講演をお願いし、快くお引き受けいただきました。
その後1972年に臨床医になってからは、医学史研究会関東地方会や先生のご自宅での少人数勉強会等を通して、社会科学と医療問題の勉強・研究の基本を継続的・系統的に御指導いただきました。先生から学んだことは、2006年に出版した『医療経済・政策学の視点と研究方法』(勁草書房)の第4・5章に書かせていただきました。ここでは、私の心に今でも鮮明に残っており、しかも若い研究者にも参考になると思う、先生の3つの名言(私への御助言・叱責)を紹介したいと思います(カッコ内は上掲書の該当頁)。
第1は、「唯物論的に書け」です(80頁)。こう言われたのは、1972年8月26日に、川上先生のご自宅で、私の初めての論文「医療基本法」の草稿を読んでいただいたときでした。この論文は、学生運動の先輩である三浦聡雄医師の推薦で、先生と中川米造先生編集の『医療保障(講座・現代の医療3)』(日本評論社)の1論文として書かせていただくことになりました。当時私には学生運動の経験を通して身につけた「観念的に書く」(運動を盛り上げるために、意識的・無意識的に大げさに書く)癖がしみついいたのですが、先生はそのことを一読して見抜き、こう叱責されました。この名言は、日本福祉大学教員になり、大学院生の論文指導をするようになってからずっと愛用・常用しています。福祉系の院生には、当時の私以上に、理念偏重で「観念的に書く」傾向が強いからです。
第2は、「日常的に考えていると自然に分かる」です(161頁)。これは、1976年5月18日に、川上先生のご自宅で少人数の読書会をしていたときに、先生がさらりと言われた名言です。当時、私は、リハビリテーション医として脂がのっていた時期で、平日は診療や臨床研究に追われていたため、勉強会のテキストを読むのがやっとで、医療に対する問題意識がやや希薄になっていました。しかし、この名言を聞いて以降、「日曜研究者」を脱して、平日も継続的に勉強・研究する習慣をつけようと改めて決意しました。
第3は、「教職に就ける最初のチャンスを絶対に逃すな」です(92頁)。私は、1985年度に日本福祉大学教員(教授)に採用されたのですが、前年夏にその公募情報を得たときには、それに応じることに少し逡巡しました。当時は、日本福祉大学は東京ではほとんど無名の大学で、しかも東京から愛知に行くのは「都落ち」のイメージがあったからです。その時に、川上先生はこう叱責して、私の背中を強く押してくれました(私のリハビリテーション医学の恩師、上田敏先生からも同様の叱責を受けました)。日本福祉大学に赴任後数年してベストセラーになった鷲田小彌太『大学教授になる方法』(青弓社,1991)には、大学教員になるためには「勤務地にこだわるな」と書かれており、遅まきながら先生の判断の正しさを実感しました。以来、院生や若い研究者には必ず同じ助言をしています。)
3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文
(通算47回.2009年分その4:11論文)
…今回はすべて体系的文献レビュー(10番目の1論文のみ2008年発表)
※「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。
○医師密度と医療消費との関連:根拠についての体系的文献レビュー(Leonard C, et al: Association between physician density and health care consumption: A systematic review of the evidence. Health Policy 91(2):121-134,2009)[体系的文献レビュー]
医療における供給者誘発需要(SID)は医療費増加の重要な要因の可能性があるが、研究者間で合意は得られていない。そこで、医師密度(人口当たり医師数)と医療消費との関連についての体系的文献レビューを行った。Medline等4つの文献データベースを用いて25の実証研究論文抽出した(すべて英語論文。各論文のデータは、1975年~2005年)。各論文の研究の質は概して中等度であった。研究計画とデータ・モデリングは多様であったが、多くの論文(13論文)で医師密度と医療費との有意な関連が見いだされていた。ただし、その程度は、変数の選択法、地理的単位、専門診療科等により、相当幅があった。著者は、今回のレビューによっても、SIDの本当の重要性、およびその動機は十分に解明できなかったと結論付け、医師数抑制を医療費抑制の手段として用いることは慎重であらねばならないと述べている。
二木コメント-このテーマについての最新の文献レビューです。ただし、拙論「医師数と医療費の関係を歴史的・実証的に考える」(『医療改革と財源選択』勁草書房,2009,第5章第2節)で紹介した3つの論文は含まれていません。
○医師は医療費抑制に同意しているか?調査研究の体系的文献レビューで示された矛盾した結果
(Strech D, et al: Are physicians willing to ration health care? Conflicting findings in a systematic review of survey research. Health Policy 90(2-3):113-124,2009)[体系的文献レビュー]
各国で行われている医師の医療費抑制に対する一般的態度についての実証研究についての体系的文献レビューを行った。Medline等3つの文献データベースを用いて、医師の医療費抑制への意思、または医療費抑制方法について好みを定量的に検討している、英語論文、英語以外の論文16を抽出した。論文の調査対象国は、カナダ、ノルウェイ、イギリス、アメリカ、スイス、オランダ、イタリア、スウェーデンの8か国であった(6論文はアメリカ対象)。その結果、医療費抑制の受容率は最高94%から最低9%までまったくバラバラであった。著者は、このような矛盾した結果は医師の感情の葛藤(ambivalence)の大きさを示しており、医療政策を検討する際にそれを考慮すべきと主張している。
二木コメント-「主観的」調査は、質問の仕方やその文脈によって回答がまったく異なる好例と思います。
○監査・フィードバックが医療の質に与える効果:メタアナリシス
(Hysong SJ: Audit and feedback features impact effectiveness on care quality. Medical Care 47(3):356-363,2009)[メタアナリシス]
医療機関に対する監査とその結果のフィードバック(A&F)は長年医療の質を改善する目的で実施されてきたが、その効果についての研究結果は一定していない。そこで、Cochraneレビュー等を用いて、厳密な比較試験でこの点を検討した19論文を抽出し、得られた結果を統合した。その結果、A&Fは大きくはないが(modest)、統計的に有意な医療の質改善効果(d=0.40,95%信頼区間=±0.20)を有していた。フィードバック時に、質改善のための具体的助言を文書で行い、しかもそれを繰り返すことが効果を高めていた。
二木コメント-単なる(定性的)文献レビューよりも、各文献のデータを統合するメタアナリシスの方が、はるかに説得力があると思います。
○入院医療の改善のための質指標の利用:体系的文献レビュー
(De Vos M, et al: Using quality indicators to improve hospital care: A review of the literature. International Journal for Quality in Health Care 21(2):119-129,2009)[体系的文献レビュー]
入院医療に医療の質指標を導入する戦略およびそれの医療の質改善効果について、体系的文献レビューを行った。MedlineとCochrane Libraryを用いて、病院を対象にして、質指標を医療の質改善の手段として用いることの効果を実証的に検討した21論文を抽出した。もっとも多く用いられていた導入戦略は監査とフィードバックであった。20論文は主として医療プロセスに焦点を当てていたが、6論文は患者アウトカムに対する効果を(も)評価していた。これら6論文のうち、4論文では質指標の導入は医療の質(アウトカム)改善効果なし、1論文では部分的に効果あり、1論文では効果ありとされていた。医療プロセスに焦点を当てた20論文の大半では、測定された医療プロセス改善に効果ありとされていた。入院医療への質指標の導入がもっとも効果を発揮するのは、監査結果をフィードバックする報告書が教育的導入戦略や質改善計画と合わせて提供された場合であった。
二木コメント-上述した「監査・フィードバックが医療の質に与える効果:メタアナリシス」論文と相補的と思います。
○[アメリカにおける]医療[の質]の情報公開:消費者は医療の質情報をどのように利用しているか?
(Faber M, et al: Public reporting in health care: How do consumers use quality-of-care information? A systematic review. Medical Care 47(1):1-8,2009)[体系的文献レビュー]
アメリカでは、医療の質の情報公開の目的の1つは、消費者がそれにより、より質の良い医療を提供する医療機関または医療保険を選択することを奨励することとされている。これの妥当性について、体系的文献レビューを行った。PubMed等3つの文献データベースを用いて、1990~2008年1月に発表された英語文献で、ランダム化比較試験・前後比較試験・分割時系列分析を用いた実証研究14論文を抽出した。ただし、これらのうち、現実世界のデータを用いた論文は4つにすぎず、いずれもCHAPS(消費者医療満足度調査)のデータを用いていた。これら4論文に限定すると、3論文では情報公開は消費者の医療機関・医療保険選択に影響を与えていなかった。この結果に基づいて、著者は現在の情報公開の技術では、情報公開により消費者の選択的行動を生みだすのは困難であると結論づけている。
二木コメント-著者の当初の意図とは逆に、少なくとも現在の情報公開の技術では、医療の質の情報公開が消費者行動に与える影響はごく限定的であることが確認されています。ただし、この論文の「要旨」は大変分かりにくく、しかもなぜか調査結果と逆の「結果」が書かれています:「質の情報はより良い医療保険を選択する重要な決定要因」!?
○我々は[医療の]質改善研究から何を学べるか?研究方法について批判的文献レビュー
(Alexander JA, et al: What can we learn from quality improvement research? A critical review of research methods. Medical Care Research and Review 66(3):235-271,2009)[体系的文献レビュー]
医療組織における質改善(QI)の効果研究の研究方法の体系的文献レビューを行った。Mediline等3つの文献データベースを用いて、査読を受けた英語論文で医療組織のQIについて実証的に検討した原著論文185を抽出した。論文はQIプログラムが導入された組織のタイプ別に、病院、ナーシングホーム、医師グループ、その他の医療組織の4つに分けた。その結果、大半(61.6%)のQI効果研究は病院で行われていること、大半で複数のQI介入に焦点を当てていること、半数近く(44.9%)は効果判定尺度としてプロセス指標を用いていること(44.9%)等が、明らかになった。合わせて、QI効果の測定のための研究デザインには大きなバラツキがあることも明らかになった(ランダム化比較試験を行っていたのは38.4%、費用便益分析を行っていたのは12.4%等)。
二木コメント-医療の質改善の「結果」ではなく、「研究方法」に焦点を当てた、厳密なレビューです。
○[アメリカの]医療効率尺度の体系的文献レビュー
(Hussey PS, et al: A systematic review of health care efficiency measures. Health Services Research 44(3):784-805,2009)[体系的文献レビュー]
既存の医療効率尺度の適切性を評価するため、MedlineとEconlit(経済学の代表的文献データベース)に掲載されている1990~2008年に発表された学術論文、およびそれ以外の「灰色文献」を検索し、レフリー付きの論文から265尺度、「灰色文献」から8尺度を抽出した。検索の対象は、アメリカのデータを用いた論文に限定した。ほとんどすべての尺度は医療の質を明示的には検討しておらず、その結果医療効率ではなく医療費用を測定していた。尺度の科学性の根拠も多くの論文で欠如しており、信頼性と妥当性の根拠を示していたのは6尺度(2.3%)、感受性試験を行っていたのは67尺度(25.3%)にすぎなかった。この結果に基づいて著者は、これら尺度のこのような限界を理解しないで用いると、医療供給側が強く抵抗し、予期せぬ結果が生じると警告している。
二木コメント-経営学領域で用いられている、既存の医療効率尺度は医療の質を十分に考慮しておらず、しかも尺度自体の科学的根拠が弱いというきわめて厳しい結論です。私も以前から同じ印象・疑問を持っていました。ただし、この論文に対しては、医療効率尺度を擁護する2グループ(Binder等、Zinn等)が激しい反論を寄せています。
○病院への[医療の]質マネジメント・システム導入の決定要因
(Wardhani V, et al: Determinants of quality management systems implementation in hospitals. Health Policy 89(3):239-251,2009)[体系的文献レビュー]
病院への質マネジメント・システム(QMS)導入の問題点と促進要因を明らかにするために、体系的文献レビューを行った。Medlineを用いて、1992~2006年に発表された英語文献を検索して得た533論文から、組織全体でのQMS導入について実証的に検討した14論文を抽出した。QMS導入の成功要因は、標準化と価値を強調し、それらが連携、チームワークとイノベーション、改革の意思とリスクへの挑戦と結びついている組織文化であった。このような文化は、科学的問題解決手法を応用する十分な技術的能力で支えられる必要がある。マネジメント・リーダーシップに加えて、医師の関与も重要な役割を果たす。
二木コメント-要因の抽出方法が恣意的で、「結論先にありき」の印象を受けます。しかも、見いだされた要因も当たり前のことばかりで、So what? (Et alors?)です。
○[アメリカの]ナーシングホームにおける質に応じた支払い[の文献レビュー]
(Briesacher BA, et al: Pay-for-performance in nursing homes. Health Care Financing Review 30(3):1-13,2009)[文献レビュー]
ナーシングホームに対する質に応じた支払い(P4P)の情報は不足している。本研究では13のP4Pプログラムについて検討した13論文をレビューした。2007年現在、7プログラムは現在も継続され、6プログラムは終了していた。プログラムの存続期間は概して短く、質の評価尺度と支払いインセンティブはバラバラであった。P4Pの影響評価は4プログラムで行われていたが、科学的な手法で検討され、明確な結論が示されていたのは1プログラムだけだった。そのプログラムは、1980年代前半に、カリフォルニア州サンディエゴの32のナーシングホームを対象にして実施され、インセンティブ支払いがケアの質や重症患者の受け入れに与える影響をランダム化比較試験で検討した。その結果、期待された効果は生じていたが、インセンティブ支払いのために1日当たり費用は5%も増加していた。
二木コメント-P4P最先進国のアメリカでさえ、ナーシングホームのP4Pは、病院・外来医療を対象にしたP4Pに比べて、プログラム数も、影響評価もはるかに立ち後れていることが分かります。13プログラムの概要が紹介されているのは便利で、今後、日本でも療養病床等へのP4P導入の可否を検討する場合の参考になると思います。
○医療保険[の有無]が成人の[医療]利用と[健康]アウトカムに与える因果効果:アメリカの研究の体系的文献レビュー
(Freeman JD, et al: The causal effect of health insurance on utilization and outcomes in adults: A systematic revie of US studies. Medical Care 46(10):1023-1032,2008)[体系的文献レビュー]
アメリカでは無保険者が4700万人に達しているが、医療保険を得たり、失ったりすることが医療利用や健康アウトカムに与える因果効果(影響)についての合意は存在しない。
そこで、この因果関係について体系的文献レビューを行った。PubMed等3つの文献データベースを用いて、1991年以降発表された研究で、非老人を対象とし、無保険者群と対照群の差を、縦断的コホート研究・操作変数分析・擬似実験計画法のいずれかで検討している実証研究論文14を抽出した(ランダム化比較試験はなかった)。その結果、医療保険は医療利用を増し、健康を改善していた。医療保険の効果は特に、医師サービスの利用、予防サービスの利用、健康の自己評価、事故や疾病による死亡率で大きかった。これらの結果は、この領域の黄金律(gold standard)とされてきたRAND医療保険実験の結果の一部(医療保険は医療利用を増加させる)を再確認し、一部を否定している。後者については、RAND実験では、医療保険の健康への影響は一部の低所得者やすでに慢性疾患を有している人で、しかもごく限られた健康尺度でしか認められなかったが、今回の文献レビューでは成人一般で認められた。
二木コメント-従来は、RAND実験を根拠にして、医療保険の健康に与える影響は「平均的人間」では否定されてきただけに、アメリカでの国民皆保険導入を支持する貴重な文献レビューと思います。ただし、医療保険研究の領域では、1970年代に、さまざまな大規模ランダム化比較試験を全国規模で実施したRANDの医療保険実験研究が、今でも最高峰の研究であることに変わりはありません。これを集大成したのが、J.P.Newhouse and the Insurance Experiment Group: Free for all? Lessons from the RAND Health Insurance Experiment. Harvard University Press, 1993です。
○ソーシャルキャピタルと医療アクセス:体系的文献レビュー
(Derose KP, et al: Social capital and health care access: A systematic review. Medical Care Research and Review 66(3):272-306,2009)[体系的文献レビュー]
ソーシャルキャピタル等の地域レベルの特性、およびそれと医療アクセスとの関連についての関心が高まっている。この概念が実証研究でどのていど厳格に応用されているかについて、体系的文献レビューを行った。2396論文の要旨をレビューして、ソーシャルキャピタルを測定し、しかもそれの医療アクセスについて実証的に検討している21論文を抽出した。しかしこれら論文のソーシャルキャピタルの測定法と測定結果の解釈はバラバラであり、ソーシャルキャピタルが医療アクセスに与える影響について明確な結論を引き出すことは困難だった。
二木コメント-「ソーシャルキャピタル」は一見魅力的だが、概念・定義等が統一されておらず、少なくとも現段階では、実証研究には使えないことを再確認しました。また、私個人は、「社会資本」、「社会共通資本」(宇沢弘文氏)という用語がすでに確立している日本では、「ソーシャルキャピタル」は誤解・混乱を生みやすい用語だと思っています。
4.私の好きな名言・警句の紹介(その57)-最近知った名言・警句
<研究と研究者のあり方>
- 益川敏英(京都産業大学教授。2008年のノーベル物理学賞受賞)「科学とは肯定のための否定の連続という言い方を僕はしているんです。これ[他の可能性]を全部つぶしてはじめてこれはこうだと言えるよというのが科学なんですね」(2009年1月5日NHK総合テレビ「もっと知りたーい!ノーベル賞」。「会場から先生に質問」コーナーで出された「UFOを信じますか?」という質問に対して、「あなたはUFOとやらを説明できる他の可能性をすべて検討したのですか?」と切り出して、こう答えた。ブログ「風の日記」(2009年1月13日)他)。二木コメント-益川さんは、『エコノミスト』2009年8月18日号の特集「本読み名人が薦める珠玉の30冊」で、『資本論』を『源氏物語』、松本清張『昭和史発掘』と並んで推薦しています(81頁)。その中の「マルクスは哲学者であるヘーゲルの影響を大きく受けている」という一文から、益川さんの上記名言がヘーゲル(およびマルクスの)「否定の弁証法」を踏まえたものだと改めて納得しました。
- 佐和隆光(経済学者)「社会科学の使命は、社会の仕組みを論理的に解明することだ。歴史を抜きにして社会現象を語るのもまた言語道断。論理や歴史を捨象し、インターネットで労せずしてデータを読み取り、エクセルで演算してグラフを描くパソコン経済学者の浅薄な諸説は、もういい加減にしてもらいたい。[ウィリアム・]ペティの政治算術とは、論理的かつ歴史的な観察を数と量で裏付けることなのだから」(「日本経済新聞」2009年6月3日夕刊、「あすへの話題 政治算術」)。二木コメント-若かりし頃、計量経済学と統計学を専攻して国際的業績をあげられた佐和さんの言葉だけに、説得力・迫力があります。「パソコン経済学者」は、言い得て妙と思います。
- 石井淳蔵(流通科学大学学長、経営学者)「学者仲間では、『仮想敵』という言葉が重宝される。自分の所説が批判する相手のことである。よい論文かどうかの条件の一つは、仮想敵がはっきりしているかどうかにあるといってよいくらいだ」(『ビジネス・インサイト』岩波新書,2009,10頁。二木コメント-著者は、本書で、「いろいろなプロがいる中で、経営学者ほど頼りないプロはいない」(7頁)と率直に認め、これまでの経営学の「知の伝統(論理実証主義)」に代わる、「新しい知」=「ビジネス・インサイト」を提起しています。
- 外山滋比古(お茶の水大学名誉教授)「頭をよく働かせるには、この“忘れることが極めて大切である。(中略)忘れるのは価値判断に基づいて忘れる。面白いと思っていることは、些細なことでもめったに忘れない。価値観がしっかりしていないと、大切なものを忘れ、つまらないことを覚えていることになる」、「思考の整理には、忘却がもっとも有効である。(中略)思考の整理とは、いかにうまく忘れるか、である」(『思考の整理学』ちくま文庫,1986,115,127頁。「朝日新聞」2009年8月3日朝刊によると、本書は東京大学と京都大学で昨年一番読まれた本)。二木コメント-この名言は、「資料整理の極意は資料を捨てることだ」という上林茂暢医師(現・龍谷大学教授)の名言と共鳴すると思います(拙著『医療経済・政策学の視点と研究方法』勁草書房,2006,134頁)。選択的に忘れることの大切さを説いた外山氏の名言を読んで、次の有名な名言を思い出しました。
- イングリッド・バーグマン(スウェーデン出身の世界的女優)「幸せの秘訣は健康と健忘ね」(Ingrid Bergman: The key to happiness is good health and a bad memory.)(Google(日本語版と英語版)で検索。発言年月日や文脈は不明)
- エンゲルス(19世紀ドイツの革命家・思想家)「私は、一瞬のためらいもなくイギリス・ブルジョアジーにたいしてこう挑戦する。全体の立場にとって、なにか重要性をもつただ1つの事実についてでも、誤りがあるなら指摘せよ-私がしたのと同じように確実な典拠をあげて指摘せよ、と」(『イギリスにおける労働者階級の状態-著者自身の観察および確実な文献による』大月書店版マルクス・エンゲルス全集第2巻,228頁。松岡健一『医学とエンゲルス-社会医学の立場から』大月書店,2009,24で引用)。二木コメント-青年エンゲルス(24歳!)の自信と覚悟には圧倒されます。私は原著(もちろん日本語訳)を24歳時に読んだのですが、副題が「著者自身の観察および確実な文献による」であることは失念していました。当時、私は、本書「初版への序文」の「労働者階級の状態は、現代のあらゆる社会運動の実際の土台であり、出発点である」(上掲書227頁。松岡氏の著作の29頁で引用)に感銘を受け、それを「[国民・]労働者階級の[健康]状態は…」と言い換えて、「戦後疾病構造の推移」(『ジュリスト』1973年11月25日号(No.538):100-106頁)執筆の指針にしました。
- 国谷裕子(キャスター。NHKのニュース番組「クローズアップ現代」のキャスターを17年間も続けている)「テレビが想像力を奪ってはいけないと思うんです。想像できる余地が残れば、自分の問題として考えてもらえるのではと思います。賛否、いろいろな意見が返ってきます。賛否が両方あれば、私は『ああ、今日の放送はよかったな』と思えます」(『AERA』2009年8月10日号,65頁,「勝間和代のあの人をまねたい[第10回])。二木コメント-講演でも同じことが言えると思います。ただし、私の主張の根拠を一顧だにせず、自己の信念をとうとうとまくしたてるだけの「反論」に辟易とさせられることもあります。
<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>
- 金大中(韓国の元大統領。2009年8月18日死去、享年85)「リーダーは、フォロアーの半歩先を歩く」、「寛容さがある社会が発展する」、「リーダーは、歴史を知らなくてはいけない」(『AERA』2009年4月27日号,59頁,姜尚中「愛の作法第87回:金大中氏から学ぶリーダーの姿」。金大中氏から「衝撃を受けた言葉」として紹介)。
- 益子剛(舞台演出家)「活躍し続ける限り、バッシングはあり続ける。(バッシングが)なくなったらおしまい」(「日本経済新聞」2009年7月28日夕刊、「学びのふるさと」。書道家の武田双雲さんが、こう励ましてもらったと紹介)。
- 長谷川義幸(宇宙航空研究開発機構・国際宇宙ステーションプログラムマネージャー。宇宙飛行士を選抜)「『ストレス耐性』も重要です。これが一番、大変かもしれませんね」( 『エコノミスト』2009年5月19日号,46頁,「問答有用251」 。宇宙飛行士に必要な具体的能力・技術を聞かれて、「PDC(プラン、ドウー、チェック)」の基本的な能力、「指示力」、「決断力」、英語とロシア語に堪能なこと、「コミュニケーション能力」、「行動力」をあげた後に、これをあげた)。
- 小泉英明(日立製作所フェロー)「頭にふと浮かんだのは『和をもって貴しとなす』という言葉。静かで古い言葉に見えるが、その実、激しい言葉である。全身全霊でぶつかりあうからこそ、『和』が大切なのである。プロジェクトリーダーの本文は、和を紡ぐ地味な仕事の積み重ねだ」(「日本経済新聞」2009年8月14日夕刊「あすへの話題」)。。
<その他>
- いとうせいこう(クリエーター。1980年代後半のバブル経済期に日本のサブカルチャーの旗手として活躍し、現在も多彩な活動を続ける)「先が見えないことは喜ばしい。足元を見るしかないとわかったから足元しか見ていません」(『エコノミスト』2009年8月18日号55頁,「問答有用263」)。
- 齊藤環(精神科医)「現代においては予測不可能性こそが希望であるという、一つの逆説がかいま見える」(「朝日新聞」2009年7月26日朝刊、『ブラックスワン』書評)。
- 江川卓(野球解説者・元巨人軍エース)「[高校野球のすばらしさは]ひとつは夢を持てること、もうひとつはきちんと挫折を経験できること」(「朝日新聞」2009年8月8日朝刊「天声人語」で紹介。怪物と騒がれながら、1973年夏の甲子園・二回戦で、自らの押し出し四球で敗退。敗れたことで、大学野球で頂点に立つ意欲がわいてきた)。
- 古橋広之進(戦後まもなく「フジヤマのトビウオ」と賞賛された世界的な競泳選手。2009年8月2日、世界水泳選手権が行われているローマで死去。享年80)「私が水泳一途に戦後を泳ぎ続けて来たのは、自分との戦いであって日本の戦後を背負って泳ぎ続けてきたわけでは決してない。たまたま結果として、私の相次ぐ世界記録の更新が日本人の一人一人に夢と希望を与えたにすぎなかったのではないか。ところが、それが表面的にはナショナリズムと見事に一致して、私たちは国民的英雄に祭りあげられて多忙な毎日を過ごすことになってしまった」(『力泳三十年』日本図書センター,1997,114頁。定本は、1977年出版。「しんぶん赤旗」2009年8月4日「潮流」がゴチック部分を紹介)。
- 平山郁夫(日本画家。中学3年のとき、広島で被爆。)「原爆をただ告発しても救いがない。怒りではなく、平和を願い、経験を糧に前に進むことが重要だ。(中略)画家として、平和を訴える絵を描くのが使命なのです」(「朝日新聞」2009年8月3日朝刊「核なき世界へ」)。二木コメント-原爆への怒りを抑制・昇華したこの名言を読んで、本「ニューズレター」7号(2005年3月)で紹介した、次の名言を思い出しました。
- 中村哲也(ゲイサークル「YOUgikai」)「怒りだけでは思想が乾く-差別される側が差別する側に怒りをぶつけるだけでは、思想が乾いてしまう」(『AERA』1995年1月16日号39頁)。