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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻67号)』(転載)

二木立

発行日2010年03月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)。


目次


お知らせ

1. 論文「日本の政権交代と民主党の医療政策-英米との異同にも触れながら」を『日本医事新報』に3月6日号に掲載します。これは、2月11日に開催された日本医療政策機構「医療政策サミット2010」の「特別ゲスト対談:政権交代と医療改革-英米の医療保険改革」での同名の報告に加筆したものです。『文化連情報』4月号と本「ニューズレター」68号(4月1日配信)にも転載予定ですが、早めに読みたい方は、『日本医事新報』誌掲載分をお読み下さい。

2. 3月6日に東京・全電通労働会館で開かれる、日本リハビリテーション病院・施設協会「平成21年度リハビリテーション研修会-診療報酬改定とこれからのリハ医療戦略」(午前10時~午後4時)で、講演「民主党政権の医療政策と今後のリハビリテーション医療」を行います(午前10時30分~11時45分)。参加ご希望の方は、同協会事務局に直接お申し込み下さい(北九州市・小倉リハビリテーション病院内。電話:093-581-0657, E-mail:info@rehakyoh.jp。参加費:会員7,000円、非会員10,000円。募集定員:350人、定員になり次第申し込み受付を終了)。


1.論文:2010年診療報酬改定報道の3つの盲点

(「日経メディカル・オンライン」「私の視点」1月27日(本文)・2月3日(補注)。『文化連情報』2010年月3月号(384号):16-19頁「二木立教授の医療時評(その74)」に転載)

本年の診療報酬改定をめぐって、昨年11~12月に民主党政権内、厚生労働省と財務省との間で激しい攻防が繰り広げられましたが、12月23日、厚労相、財務相などの閣僚決着により、「全体(ネット)改定率」はプラス0.19%(700億円増)、「診療報酬改定(本体)」はプラス1.55%(5700億円増)で決着しました。

閣僚折衝後の記者会見で、長妻昭厚生労働大臣は「10年ぶりのプラス改定」を強調し、翌日の全国紙はそれをそのまま報道しました。私も、2年前の2008年改定が、全体改定率マイナス0.82%、診療報酬本体の改定プラス0.38%だったことと比べれば、一歩前進だと思います。特に、入院医療費4000億円の引き上げは、前回改定(約1500億円、病院勤務医対策)の2.7倍であり、入院医療で顕著な「医療荒廃」の改善の一助になると期待しています。

他面、今回の診療報酬改定についての報道には、全国紙はもちろん、ほとんどの医療・社会保障専門誌でも、3つの盲点があると感じています。それらは、(1)薬価「隠れ引き下げ」を加えると全体改定率は実質0%であること、(2)プラス改定は政権交代の成果とは言えないこと、(3)医科・歯科の引き上げ率格差は露骨な利益誘導であることです。以下、順番に説明します。

薬価「隠れ引き下げ」を加えると「全体」引き上げは実質ゼロ%

厚生労働省の公式発表では、本年の改定は、診療報酬本体の改定プラス1.55%、薬価改定等マイナス1.36%で、両者を合算した全体改定率はプラス0.19%とされています。しかし、この計算からは、公式発表資料の最後に書かれている「なお、別途、後発品置き換え効果の精算を行う」ことによる、薬価の引き下げが除かれています。具体的には、これは「後発品のある先発品の追加引き下げ」によって捻出される約600億円を、薬価改定の財源から外し、一般財源に回すことを意味します。もしこの薬価「隠れ引き下げ」を加えると全体改定はわずかプラス100億円(700億円-600億円)となり、「10年ぶりの引き上げ」ではなく、実質ゼロ改定(厳密に言えば、0.03%引き上げ)になってしまうのです。厚生労働省発表では全体改定率0.19%引き上げに伴う国庫支出の増加は160億円とされていますが、実質的にはわずか23億円になるのです。

私が最初にこのことに気付いたのは『週刊社会保障』1月11日号のコラム(「記者の耳」)を読んだときでした。当初は半信半疑だったのですが、その後、『日本医事新報』1月9日号の「再診料統一に3パターン」という記事の本文に、「少々込み入った話」として、詳しい経過が書かれており、そのカラクリを理解することができました。ただし、両誌とも、診療報酬改定そのものを報じる記事の本体では、厚生労働省の公式発表数値(プラス0.19%)を用いています。なお、薬価改定に詳しい友人の研究者によると、この薬価「隠れ引き下げ」を最初に、しかももっとも詳しく報道したのは『医薬経済』1月1日号のレポート「雀の涙も出なかった改定率」だそうです。

これは改定率「偽装」とも言えますが、本年の参議院議員選挙を前にして医療界の支持を得るために「10年ぶりのプラス改定」という「名」を取りたい長妻大臣と、実質国庫支出を限りなくゼロにして「実」を取りたい財務省との妥協の産物であり、実質的には「財務省の完勝」(上記『医薬経済』)と言えます[補注]。

もし薬価「隠れ引き下げ」の600億円が診療報酬本体の改定に回されたなら、病院・診療所の再診料を診療所に合わせて統一するための財源(270億円)も容易に賄えただけに、残念です。

プラス改定は政権交代の成果とは言えない

民主党関係者だけでなく、医療関係者の中にも、「10年ぶりのプラス改定」が昨年の政権交代の成果だと「高く評価」する方が少なくありません。しかし、公平にみて、これは過大評価です。

なぜなら、自由民主党も、昨年の総選挙マニフェストで、「診療報酬は、救急や産科を始めとする地域医療確保のため、来年度プラス改定を行う」と明記しており、仮に政権交代がなかった場合でも、プラス改定になったと思われるからです。ただしこれだけでは、民主党「マニフェスト」の総医療費の大幅引き上げと同じく、空証文になった可能性もあります。

しかし、ここで見落としてならないことは、福田・麻生政権は「社会保障の機能強化」を掲げて、小泉政権のめざした「小さな政府」からの事実上の路線転換を行っていたことです。特に麻生政権は、2009年度予算で、社会保障費の(当然増の)2200億円削減を公式に見送りましたし、同年度の第一次補正予算(いわゆる15兆円補正)で、医療・介護に大幅に資金投入しました。具体的には、地域医療再生基金(3100億円)、医療機関機能・設備強化対策費(2500億円)等です。麻生政権のこのような実績を考慮すると、たとえ政権交代が無くても、本年の診療報酬改定がプラス改定になったことは確実であり、「10年ぶりのプラス改定」(上述したようにそれは「偽装」ですが)は政権交代の成果とは言えないと思います。

実は、私は『医療改革と財源選択』(勁草書房、2009年6月、133頁)で、昨年予定されていた総選挙の結果が医療費政策に与える影響を、次のように予測しました。民主党政権が誕生した場合には、「診療報酬は相当引き上げられる反面、中医協のあり方を含めて、大幅な制度改革が行われ、混乱も相当生じると思います。(中略)逆に、総選挙後も自民党・公明党の連立政権が継続する場合には、『制度改正リスク』は少ないものの、診療報酬の大幅引き上げは望み薄です。しかしその場合にも、…マイナス改定は政治的に不可能だと思います」。

この予測のうち、民主党政権が成立した場合の予測の後半は的中しましたが、予測の前半は外れたと言わざるをえません。これは、私が民主党のマニフェスト原案に示された、総医療費の大幅増加の数値目標を過大評価したためです。仮にプラス改定という公式発表を認めた場合でも、診療報酬改定は現民主党政権の任期中はあと1回(2012年)しか行われないことを考慮すると、民主党が昨年総選挙で掲げた「総医療費対GDP比をOECD加盟国平均まで今後引き上げていきます」という公約が、達成不能になったことは確実です。

民主党の公約が達成できなくなった理由として、税収の大幅落ち込みがあげられることもあります。しかし、2009年度予算総額が昨年度当初予算に比べて2.5兆円も増加していること、国債発行額に至っては11兆円も増加していることを考えると、それは言い逃れにすぎず、民主党政権内での医療政策の優先順位の低さの現れと言うべきです。

医科・歯科格差は露骨な利益誘導

今回の診療報酬本体の改定の最大の特徴は、従来同率とされてきた医科・歯科の改定率に、医科プラス1.74%対歯科プラス2.09%と格差が付けられたことです。歯科の大半が診療所であることを考慮すると、それに対応するのは医科外来の改定率プラス0.31%であり、医科・歯科診療所の改定率格差は実に6.7倍に達します。そのためもあり、大久保満男日本歯科医師会長は「100点満点で80点だ」という高い評価をしたのに対して、中川俊男日本医師会常任理事は「50点で不合格」と厳しい評価をしました。

私は歯科の診療報酬引き上げの必要性は理解していますが、公平にみて、医科(診療所)との間にこれほど大きな格差をつける医療上の理由は思いつきません。昨年末の、厚生労働省と財務省との診療報酬改定をめぐる攻防でも、歯科についてはまったく取り上げられませんでしたし、「適切な医療費を考える民主党議員連盟」が昨年12月4日に同党幹事長に提出した「医療崩壊の緊急提言」にもそれは含まれていませんでした。

歯科診療報酬の引き上げが初めて登場したのは、小沢一郎民主党幹事長(正確には与党三党幹事長)が昨年12月17日に鳩山首相に提出した「平成22年度国家予算与党三党重点要望」に「生活の医療である歯科医療についても、診療報酬の引き上げを行う」と明記されたときでした。

この背景には、昨年の総選挙後、日本歯科医師会が民主党に急速に接近したことがあると思います。日本歯科医師会(正確には日本歯科医師連盟)は、日本医師会(同、日本医師連盟)と共に、総選挙前は、自民党を支持していましたが、総選挙後すぐにそれを取り消しただけでなく、当初予定していた自民党からの組織内候補の擁立を見送りました。さらに、日本歯科医師連盟は1月22日理事会で、民主党からの参議院議員候補の擁立を提案しましたが、これは「民主党幹事長室の意を受けた民主党議員が候補者擁立を水面下で働き掛けてきた」ためと報道されています(「日本経済新聞」1月23日朝刊。ただし、反対意見が噴出して、この日は決定を見送り)。日本歯科医師連盟のこのような「すばやい対応」は、自民党支持は取り消したものの、自民党からの組織内候補の擁立に固執している日本医師連盟とは対照的です。

そして、両連盟のこのような民主党に対する姿勢の違いが、今回の医科・歯科(診療所)の改定率格差を生んだのは確実です。この点は、民主党のブレーンと言われている、上昌広医師も率直に認めています(「メディファックス」1月15日)。しかし、これは余りにも露骨な利益誘導です。私は、前稿「民主党政権の医療改革手法の危うさ」(本誌1月号)で、「民主党幹部や同党のブレーン医師の描く『政治主導』は、厚生労働省医系技官と日本医師会叩きを主目的とし、しかも『お友達グループ』主導の極めて党派的なもので、危うい」と指摘しましたが、このような利益誘導は、それ以上に危ない「政治主導」だと思います。

[補注]「実質ゼロ改定」報道に対する厚生労働省「見解」の検討

本稿を「日経メディカルオンライン」の「私の視点」欄に1月27日に発表した後、「毎日新聞」も1月31日朝刊トップで、第1の盲点について「診療報酬増を『偽装』 『長妻氏主導』空回り」と大きく報じました。それに対して、厚生労働省は2月1日「診療報酬の改定率に関する報道に対する見解」を発表しました。この「見解」では、(1)「厚生労働省としては、従来から後発医薬品の使用促進、すなわち『先発品から後発品への置き換え』による財源は、本来的に医療機関の収入とみなされるべきものの減少につながる訳ではないことから、一貫して、診療報酬改定の財源とはしてこなかった」、(2)「今般の後発医薬品の置き換え効果の精算分600億円についても、後発医薬品の使用促進が進んでいない現状を是正するために実施するものであり、後発品の使用促進と同様、診療報酬の改定財源とはしていない」と主張しています(番号は二木)。

この「見解」のうち、(1)は事実です。しかし、(2)のように「後発品のある先発品の追加引き下げ」600億円をすべて「後発医薬品の置き換え効果の精算分」とみなし、それを「後発医薬品の使用促進と同様」と扱うのは、論理の飛躍、控えめに言っても従来とは異なる新しい(屁)理屈です。『日本医事新報』1月9日号(12~13頁)は、「これまで後発品使用が進んでいない分を『精算』する」ことを財務省が主張し、「最終的に厚労省側が折れた」と報道しています。私は、これを読んで、「幸か不幸か官僚はどんなことにも理屈をつけるという『技術』をもっている」という名言(?)を思い出しました(八幡和郎『官の論理』講談社、1995、91頁)。

なお、官僚の数字操作の手法に熟知している複数の官僚OBの友人からは、改定率0.19%という小数点以下の数字は「誤差の範囲」、「数字の遊び」であまり意味がないとのコメントをいただいています。私も、経験的にこのことは理解していますが、長妻厚生労働大臣が「10年ぶりのプラス改定」を強調し、それがそのまま無批判に報道されているため、今回は「細部」にこだわりました。

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2.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文
(通算52回.2009年分その9:10論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○医療における「無駄」の除去
(Fuchs VR: Eliminating "waste" in health care. Journal of the American Medical Association 302(22):2481-2482)[評論]

オバマ大統領は、医療保険給付を拡大するために今後10年間に必要となる9000億ドルの三分の二を、医療の無駄の除去により捻出しようとしている。この目標を実現するためには、無駄を定義し、無駄が生じる文脈を同定し、無駄が生じる理由を明らかにし、無駄の再発を予防するための政策を実施する必要がある。

医療における無駄の定義には、医学的定義と経済学的定義の2つがある。医学的無駄は患者にまったく利益のない介入、または利益よりもリスクのほうが大きい介入と定義される。経済学的無駄は、期待利益が期待費用よりも少ない介入と定義される。医療のうち医学的定義により無駄と見なされるものは、経済学的定義により無駄と見なされるものよりはるかに少ない。しかも、確実性がほとんどないという医療の特性が無駄の同定を難しくしている。

無駄の除去は、無駄の同定よりもさらに難しい。なぜなら、無駄な医療の費用は、特定の個人や組織の所得になっているからである。患者にコスト意識を持たせるために患者負担を増やす方法は高所得患者以外では弊害が大きいし、患者がもっとも安価な医療を探すことにより無駄を除去するというアイデアはファンタジーに過ぎない。そのため、医療の無駄を除去するためには、医師が費用対効果に優れた医療を行う以外、適切な方法はない。

二木コメント-日本でも、医療費の増加よりも医療の無駄の除去を優先すべきとの主張は根強く聞かれますが、この評論はそれがいかに困難かを簡潔に示しています。

○[アメリカの]開業医の医療保険との交渉費用はどれほどか?
(Casalino LP, et al: What does it cost physician practices to interact with health insurance plans? Health Affairs 28(4):w533-w543,2009)[量的研究]

アメリカの医師は、診療時に、入院の事前許可や、処方可能な医薬品の確認等、医療保険とのさまざまな交渉を行う必要があり、それに対する不満が強いが、交渉時間についての情報はない。そこで、2006年のアメリカ医師会名簿とグループマネジメント協会名簿

からランダムに抽出したプライマリケア医730人と専門医580人(共に開業医)、および事務長629人の合計1939人を対象にして、医療保険との交渉時間についての郵送調査を行い、895人から回答を得た。その結果、医師の医療保険との週当たり平均交渉時間は3時間であった。他職種ではこの時間はさらに長く、看護職19.5時間、事務職34.4時間、事務長2.2時間であった。各職種の時給等を用いると、1診療所当たりの医療保険との年間平均交渉費用は68,274ドルと推計された。これを全国レベルに敷衍すると、医師・診療所の医療保険との交渉費用総額は年間230~310億ドル(2.3~3.1兆円。1ドル100円換算)に達することになる。

二木コメント-推計方法は粗いが、ユニークな調査研究と思います。この「医療保険との交渉費用」には、通常の保険請求事務費用は含まれていないことを考慮すると、いかに巨額かが分かります。私にはこれはアメリカ医療の「無駄の制度化」(都留重人氏)と思えますが、著者は「考察」の最後で、これがすべて無駄ではなく、入院の事前承認制が無駄な入院を抑制する等、便益もあると主張しています。

○アメリカにおける医療過誤訴訟と医師費用[の関係]
(Roberts B, et al: Malpractice litigation and medical costs in the United States. Health Economics 18(12):1394-1419,2009)[量的研究]

アメリカの190の都市圏・非都市圏における、1998~2002年の医師費用(65歳以上高齢者のメディケア医師診療費。以下、医師診療費)と医療過誤訴訟との関連を回帰分析で検討したところ、医療過誤訴訟は医師診療費と正で、有意の関連があった。パネルデータを用いて推計したところ、医療過誤訴訟は医師診療費(の変動)の約2~10%を説明できると推定され、これは医療過誤訴訟の和解金を大幅に上回っていた。

二木コメント-(医療)訴訟大国アメリカでのみ可能な研究と思います。従来の「防衛医療(defensive medicine)」の経済分析の多くは、総医療費を対象にしてきたのに対して、本研究は医師診療費に限定していることに新しさがあるようです。ただし、回帰分析は膨大で、細部は理解できませんでした。

○[アメリカにおける]メディケアの医療の質のプロセス指標と死亡率との関係
(Ryan AM, et al: The relationship between Medicare's process of care quality measures and mortality. Inquiry 46(3):274-290,2009)[量的研究]

全米の、2004~2006年のメディケア入院医療費請求データと「ホスピタル・コンペア」(米国政府機関が開設している消費者のための病院比較webサイト)医療の質のプロセス評価を用いて、心筋梗塞、心不全、肺炎の入院医療のプロセス指標とリスク調整済み(発症後)30日死亡率との間の相関関係と因果関係の有無を、回帰分析により検討した。病院数は各年とも約3300、用いたプロセス指標は、合成指標も含めて、心筋梗塞7、心不全4、肺炎5である。その結果、「ホスピタル・コンペア」のプロセス指標と3疾患の30日死亡率は有意に関連していたが、非観測異質性(unobserved heterogeneity)を調整すると、3疾患とも両者の間の関連は消失した。この結果は、入院医療のプロセス指標と死亡率との間に因果関係はないことを示唆している。

二木コメント-難解な論文ですが、医療の質のプロセスとアウトカムが単純な因果関係にはないことはよく理解できます。

○[カナダ・オンタリオ州における]心臓疾患医療の質改善を目的にした[病院のパフォーマンスの]成績表の公開の効果-EFFECT[効果的心臓治療のためのフィードバック強化]研究:ランダム化試験
(Tu JV, et al: Effectiveness of public report cards for improving the quality of cardiac care. Journal of the American Medical Association 302(21):2330-2337,2009)[量的研究]

北米では病院パフォーマンスの成績表の公開が広く普及しつつあるが、それが病院医療の質(プロセスとアウトカム)の改善のための有効な方法であるか否かは不明である。そこで、この点を、カナダ・オンタリオ州の86病院事業体に入院した急性心筋梗塞またはうっ血性心不全患者を対象にした人口ベース・クラスター・ランダム化試験により、検証した。病院パフォーマンスの成績表は12の心筋梗塞のプロセス指標と6つの心不全のプロセス指標に基づいて作成した。1999年4月~2001年3月の成績を基準として、病院を成績表の公開時期により、ランダムに、早期公開群(2004年1月に公表)、公開遅延群(同2005年9月)に分けて、プロセス指標の変化を比較検討したところ、両疾患とも、両群で有意な差はなかった。心筋梗塞の退院後30日死亡率は、早期公開群の方が公開遅延群より2.5%低かったが、院内死亡率は両群で有意差がなかった。この結果に基づいて著者は、病院医療の質の成績表の公開は、心筋梗塞・心不全患者のプロセス指標を有意に改善しないと結論づけている。

二木コメント-病院医療の成績表公開と質改善との関係をランダム化試験で検討した初めての研究だそうです。成績表を公開するだけで質が改善するとの先行研究もありますが、本研究ではそれは否定されています。

○高額抗がん剤:アメリカとイギリスの比較
(Faden RR, et al: Expensive cancer drugs: A comparison between the United States and the United Kingdom. The Milbank Quarterly 87(4):789-819,2009)[比較研究]

イギリスとアメリカの高額抗がん剤の扱いを検討し、それを通して新しい非常に高額な医療技術が持つ課題を検討する。そのために、まず高額抗がん剤の給付、アクセス、自己負担についての両国の政策を述べ、次に11種類の高額抗がん剤を対象にして、イギリスの患者、アメリカのメディケア加入者、および小売市場でそれを自費購入するアメリカの患者の自己負担額を比較する。その後、以下の3点について考察する。①どちらの国の制度が公正であるか?②どちらの国の制度ががん患者にとって良いか?③どちらの国の制度もすべての高額抗がん剤をすべての患者に持続的に提供できないと仮定すると、両国の制度はどのような選択に直面するか?
その結果、両国の医療制度でも、高額抗がん剤の効果があるか、それを用いたいと思っている患者のすべてがそれを利用できているわけではないことが分かった。一般には、アメリカではすべての患者が必要とされるすべての抗がん剤を使えるのに対して、イギリスではNHSが上から一方的に決める配給方式のため患者の抗がん剤へのアクセスは厳しく制限されていると思われているが、両国の現実はそれとはほど遠い。結論として、イギリスの医療制度は基本的にアメリカよりも公正であり、しかもイギリスの制度は終末期に用いられる高額抗がん剤についての困難な意志決定を行う上でも優れている。

二木コメント-高額抗がん剤の医療政策についての初めての包括的な英米比較研究であり、日本の高額抗がん剤政策を(両国と比較)検討するする上でも、参考になると思います。私が一番驚いたことは、イギリスのNHSではほとんど無料で提供されている11の高額抗がん剤のうち6つはアメリカのメディケイドの給付対象とはなっていないことです。日本でも、一部の医師や患者はアメリカの高額抗がん剤政策を理想化して日本が遅れていると批判していますが、「現実はそれとはほど遠い」ようです。なお、本論文の筆頭著者はアメリカ・ジョンホプキンス大学の医師です。

○[アメリカの]ナーシングホームにおける離職の費用
(Mukamel DB, et al: The costs of turnover in nursing homes. Medical Care 47(10):1039-1045,2009)[量的研究]

アメリカではナーシングホームの介護職員の離職率は約100%に達し、しかもこの状態が何十年も続いている。そこで、カリフォルニア州のナーシングホーム902施設の2005年の各種データを用いて総費用関数を作成し、離職に伴う純費用を推計した。その結果、予想とは逆に、離職率と費用との間には負の関係が認められ、平均的施設では、10%の離職率の増加による限界費用削減は167,063ドル(年間総費用の2.9%)に達していた。

二木コメント-離職率が高いほど費用が節減されるという意外な結果を示した初めての実証研究だそうです。それにしても、アメリカのナーシングホーム介護職員の離職率が100%とは、信じられない数字です。日本でも介護職員の離職率の高さが問題になっていますが、「2008年介護労働実態調査」によると訪問介護以外の介護職員の離職率は21.9%で、アメリカの五分の一です。

○[アメリカの]ナーシングホームの広告[費用]と[サービス]価格、およびケアの質との関係
(Kash BA, et al: The relationship between advertising, price and nursing home quality. Health Care Management Review 34(3):242-250,2009)[量的研究]

アメリカ・テキサス州の2003年のナーシングホーム医療費統計等を用いて、ナーシングホーム762施設の広告費用と3種類の指標で測定したケアの質との関連を、回帰分析により探索的に検討した。その結果、3種類のケアの質とも広告費用とはまったく関連していなかった。利用者1人1日当たりのサービス価格は、1つの指標と有意の関連があった。この結果に基づいて、著者はナーシングホーム利用者は広告によって、質の低いナーシングホームを選ぶよう誘導される危険があると警告している。

二木コメント-先述した医療過誤訴訟と医療費との関連の研究以上に、アメリカ的な(America-only)研究です。

○ヨーロッパの高齢者の診療・入院待ち期間と社会経済的状態[の関係]:「ヨーロッパ健康・加齢・退職調査(SHARE)」から得られた証拠

専門医の診療待ちと非緊急手術の入院待ちは、一般には公的医療制度における平等な資源配給(rationing)メカニズムと見なされている。なぜなら公的医療制度では、医療へのアクセスは社会経済的状態に基づいてはいないからである。本研究では、「ヨーロッパ健康・加齢・退職調査(SHARE)」を用いて、この主張の妥当性を実証的に検討した。SHAREはヨーロッパ10か国の22,000人を対象にした大規模調査であるが、今回用いたのは2004年調査のうち、9か国、2914人のデータである。その結果、高学歴者の専門医の診療待ち期間は低学歴者に比べて、スペインで68%、イタリアで67%、フランスで34%短かった。同様に、非緊急手術の入院待ち期間と学歴レベルの間の有意の相関が、デンマーク、オランダ、スウェーデンで見られた(高学歴者の入院待ち期間は、それぞれ66%、32%、48%短かった)。所得効果も見られたが、学歴効果に比べると弱かった。

二木コメント-国際的にも有名な大規模調査「SHARE」を用いて、公的医療制度における診察・入院待ちは平等な資源配給メカニズムであるとの通説を覆した貴重な実証研究です。

○ライフを質で調整するか、障害で調整するか?:[QALYとDALYは]文体上の違いか、それとも重大な論争か?
(Airoldi M, et al: Adjusting life for quality or disability: Stylistic difference or substantial dispute? Health Economics 18(11):1237-1247,2009)[理論研究]

保健医療介入の便益を、健康上の便益(QALY型の発想)または障害減少(DALY型[障害調整生命年。寿命・障害ロス]の発想)のどちらで叙述するかの違いを検討する。両者の研究は収斂しているように見えるが、方法論的にみると、健康の最大化を目指すことと障害の最少化を目指すことはまったく異なる。本論文では、DALYを計算する際、年齢による調整は行わず、全年令で共通の割引法とQOL重み付けセットを用いる。この基準を用いると、QALYを用いるか、DALYを用いるかで、介入の効果のランク付けはまったく異なる。しかもその違いは、健康を用いるか障害を用いるかではなく、DALYが生命表を用いて生命ロスを決定することにより生じている。この点でDALYには問題が多く、廃棄するのが好ましい。

二木コメント-私は、今までQALYとDALYとの現実的違いがよく分かりませんでしたが、方法論的にみると大きな違いがあることは分かりました。ただし、本論文の叙述は極めて難解(思弁的)で、要旨を読んだだけでは立論の細部は理解できませんでした。

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3.私の好きな名言・警句の紹介(その63)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<その他>

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