総研いのちとくらし
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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻69号)』(転載)

二木立

発行日2010年05月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)。


目次


お知らせ

1.朝日ニュースターの報道番組「別巻 朝日新聞」に4月30日(金)夜9時00分~9時55分に出演し、「政権交代で医療は再生するか-民主党政権下の医療政策の課題」について、板垣哲也氏(朝日新聞論説委員)と討論しました。5月1日(土)午後2時00分~2時55分と5月3日(月)午後3時00分~3時55分に再放送されるそうです。板垣氏が周到で詳細な質問を用意してくれたため、この問題についてかなり掘り下げて答えることが出来たと自負しています。御覧いただければ幸いです。

2.談話「日本医師会新執行部への期待と要望」を『日本医事新報』5月8日号に掲載します。これは「ニューズレター」70号に転載しますが、早く読みたい方は雑誌掲載分をお読み下さい。


1.論文:混合診療原則解禁論の新種「ビジネスクラス理論」を検討する

(「日経メディカルオンライン」(http://medical.nikkeibp.co.jp/)「私の視点」2010年4月9日、補注は4月12日。『文化連情報』2010年5月号(386号):6-9頁「二木教授の医療時評(その76)に転載)

2009年9月の民主党を中心とする連立政権(以下、民主党政権)の発足前後から、航空業界の「ビジネスクラス理論」を根拠とした新種の混合診療原則解禁論が主張され始めました。
  「ビジネスクラス理論」とは、かつて経営困難に直面していた航空業界が「ビジネスクラス」を発明することにより、経営が改善し、最新鋭機の購入が可能となった結果、航空機事故が激減し、その恩恵がエコノミークラスの乗客にも等しく行き渡るようになったとするものです。そして、この理論・経験を根拠にして、一部の指導的医師は、病院にもビジネスクラス=混合診療を導入すると、病院経営が改善するだけでなく、一般の患者も最新の医療サービスを受けられるようになると主張しています(1,2,3)。

この論理は直感的には魅力的にみえるためか、特に大病院勤務医の間ではかなりの支持を得ているようです。しかし、私がこの半年間、各種文献・資料を調べたところ、「ビジネスクラス理論」は学問的検証を受けていない俗説で、しかも歴史的事実に反することが明らかになりました。しかも、「ビジネスクラス理論」を根拠にして混合診療解禁を主張する人々は、航空業界のビジネスクラスに相当する混合診療がすでに解禁されている事実を見落としています。本稿では、これらについて簡単に説明します。併せて、規制改革会議が昨年12月に発表した「規制改革の課題」で、混合診療解禁の根拠と対象をガラリと変えたことを指摘します。

航空業界の「ビジネスクラス理論」は歴史的事実に反する

航空業界の「ビジネスクラス理論」の初出は、東京大学医科学研究所の上昌広氏等(3)によると、社会システム・デザイナーでオリックスの社会取締役などを務める横山禎徳氏が、2007年11月に現場からの医療改革推進協議会で行った講演「社会システム・デザイン・アプローチによる医療システム・デザイン2」(4)です。そこで横山氏は大筋で以下のように主張しました。

<航空業界は、1970年代初頭には利益が出るか出ないかで、機材更新が出来ない最悪の状況でした。しかし、70年代半ばから後半にかけて、料金を定額どおり払ってくれる顧客を対象とする「ビジネスクラス」を発明した後、航空業界は急速に潤い、そのおかげで最新鋭機(第4世代の飛行機)の開発が進みました。その結果、飛行機の安全性が保たれ、2000年から今日まで先進国の航空会社の第4世代の飛行機での死亡事故はテロ以外ゼロになっています。この恩恵はビジネスクラスの乗客だけでなく、エコノミークラスの乗客も受けています。>
ただし、「ビジネスクラス理論」の命名者は、横山氏ではなく、財務総合政策研究所客員研究員の松田学氏だと思います(5)。

この「理論」の信憑性を確かめるため、私は、次の5つの方法で調査・勉強しました。(1)航空会社の経営・マネジメントについての代表的な教科書と研究書の読解(6-9)、(2)直近20年間の『運輸白書』と『国土交通白書』(平成2年~20年度)の航空事業の項の調査、(3)「日本経済新聞」の記事データベースの検索、(4)ICAO(国際民間航空機関)やAviation Safety Network(航空安全ネットワーク)が発表している民間航空会社の経営・事故についての公式統計(インターネット上に公開)、(4)ある経済誌の航空業界担当記者への問い合わせ。

その結果、いずれの方法でも、航空業界の「ビジネスクラス理論」という用語も、横山氏が主張されるような事実の記載も見つけられませんでした。それどころか、航空マーケティングの世界的な定番教科書『航空の経営とマーケティング』(原書第6版の翻訳)では、航空会社は「ファーストクラスとビジネスクラスの市場に重点を置き過ぎて、景気の良いときには非常に需要が多いが、景気が悪くなると企業は経費節約のために役員をエコノミークラスで出張させるようになるため、特に厳しい状況に陥る」「深刻な戦略ミスを犯した」等と繰り返し批判されていました(7:60,92,110,148,214,279)。

さらに、航空会社の経営・事故についての公式統計からは、横山氏の主張とは逆の以下のような3つの歴史的事実を確認できました。

(1)世界の航空会社の平均「実質イールド」(物価変動分を除外した、1マイル当たりの平均収入額)は1960年代~1990年代末までほぼ一直線に低下し続けており、ビジネスクラス導入による「反転」はみられません(6:156)。

(2)世界の航空会社の収益性は伝統的に低く、しかも国際航空会社の利益率(当期利益率)は経済の影響を受け、好況期には高まるが、不況期には低下するサイクルが続いています(1950年代~2005年)(6:158。最新データはICAO公表分で補足)。

(3)世界の民間定期航空会社の事故率(100万回離陸当たり)は、死亡事故・機体全損事故とも、1950~60年代に急減した後、1970年~2008年まで漸減を続けており、ビジネスクラス導入による「急減」はありません(10)。

ここで特に強調したいことは、高コスト構造の既存航空会社は2001年9月の同時多発テロを契機とした乗客、特にビジネスクラスの客の急速な落ち込みにより、大幅な赤字に陥ったのと対照的に、低コスト構造でエコノミークラスのみを提供する「低費用航空会社(LCC)」は(相対的に)好業績を維持していることです(「日本経済新聞」2009年11月28日朝刊「世界の航空会社、新興・格安勢が回復先行」、「読売新聞」2010年1月10日朝刊「航空 欧米も『冬の時代』格安会社勢い増す」)。なお、LCCは最新の単一機種の大量購入を行っているため、低価格にもかかわらず事故率は既存航空会社と同じく極めて低いそうです。

以上から、横山氏の主張が歴史的事実に反することは明らかです。そこで、ある雑誌の座談会で、横山氏の主張をそのまま紹介している上昌広医師に、横山説の根拠をお聞きしたところ、横山氏はある航空会社1社のコンサルテーションを行ったときに、その会社の社長から聞いた同社の経験を紹介しているだけだと述べていると、教えていただきました[補注]。「ビジネスクラス理論」の根拠がこのような1社のみの「逸話」であるとは驚きで、これでは一種の「都市伝説」です。

「ビジネスクラス」はすでに医療でも解禁されている  

ここで指摘したいことは、航空会社のビジネスクラスに相当するサービスはすでに日本の医療保険制度でも解禁されていることです。

ビジネスクラスでは、安全性・定時性という航空会社固有の「中核的」サービスはエコノミークラスと同じですが、高額の料金の対価として、良質の居住性や食事という「付加的(アメニティ)」サービスが提供されます。そして、現行の医療保険制度でもこのような付加的サービスの提供は解禁されていのです。具体的には、良質の居住性は、現行の「保険外併用費」(混合診療)制度の「選定療養」中の「特別の療養環境の提供」(差額ベッド)で提供されています。良質の食事についても、医療機関は現行で定められた「食事療養費」の標準料金を超えた追加料金を徴収することで、提供可能です。

混合診療原則解禁論者は、このようなアメニティーサービスだけでなく、先進医療の混合診療の原則解禁も主張していますが、その場合には、それを受けるか否かで治療成績が代わる可能性が出てくるため、中核的サービスは同一とする「ビジネスクラス理論」と論理的に矛盾することになります。

なお、歴史的に言えば、「ビジネスクラス理論」は、1990年代前半に主張された「グリーン車理論」の焼き直しです。当時は、新幹線にもグリーン車と普通車があるのだから、医療給付にもグリーン車に相当する自己負担分を導入するのは当然だという主張でした(11)。比喩の対象が新幹線から航空機に代わったことに時代の変化を感じますが、両者とも底が浅い点では共通しています。

規制改革会議は混合診療解禁の根拠と対象を変えた

最後に、「ビジネスクラス理論」とは少し離れますが、本年3月に役割を終えた規制改革会議が2009年末に、突然混合診療解禁の根拠と対象をガラリと変えたことを指摘します。このことは、一般の報道ではまったく見落とされているからです。

よく知られているように、規制改革会議は、前身の規制改革・民間開放推進会議の時代から、一貫して混合診療の全面(原則)解禁を主張してきましたが、2009年12月に発表した「規制改革の課題-機会の均等化と成長による豊かさの実現のために」では、ややトーンダウンし、「保険診療と保険外診療の併用」の「原則禁止」の「見直し」だけを主張しました。

それに加えて、「規制改革の課題」では、混合診療の根拠・定義が大きく変えられました。従来の文書、例えば規制改革会議「第3次答申」(2008年12月)では、「混合診療禁止措置を撤廃する」根拠として、「消費者の自由を拡大し、『質の医療』を実現する」、「消費者の権利を守る」ことがあげられ、解禁の対象としては主として「高度医療」が示されていました。

それに対して、「規制改革の課題」では、混合診療解禁の根拠として「公的な保険がカバーできる範囲には限界があること」のみがあげられ、しかも「保険診療と保険外診療との併用」の例として、「医師の診断で症状が軽微とされ」る場合に「処方されるものと同等の効果を持つ医薬品が一般に市販されているのであれば、その処方された医薬品に係る費用は全額自己負担とすること」のみがあげられました。しかし、これは1980年代前半の「健康保険法抜本改正」論議の時代から30年間、なんども主張されてきた保険給付範囲の縮小論であり、混合診療解禁論とは本来別次元のものです。

しかも注目すべきことは、規制改革会議のこの主張が、2009年11月に行われた行政刷新会議の「事業仕分け」での、市販品類似薬を保険適用外とする「判定結果」とまったく同じであることです。私は、規制改革会議がこの「判定結果」に便乗(あるいは迎合)して、混合診療解禁について従来主張してきた根拠と対象をアッサリ変え、「規制改革の課題」に同じ主張を盛り込んだのだと推測しています。

この「判定結果」はその後、政治判断で否定されましたが、1月に行政刷新会議の下に設置された「規制・制度改革に関する分科会」の「ライフイノベーションWG(ワーキンググループ)では、検討テーマのトップに「保険外併用療養(いわゆる「混合診療」)の原則解禁」があげられ、その根拠の1つが「規制改革会議の提言」とされました。しかも、分科会の構成員には、規制改革会議の議長だった草刈隆郎氏をはじめ、同会議で混合診療原則解禁を主張した方が複数含まれています。

そのため、今後、財政難や財政に頼らない経済成長を理由にして、混合診療解禁に名を借りた保険給付範囲の縮小論と先進医療を含めた混合診療原則解禁論が再浮上する危険があります。6月に予定されている分科会の方針とりまとめまで、十分な監視が必要と思います。

[本稿は、「日経メディカルオンライン」の「私の視点」4月9日掲載分(URL http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/opinion/orgnl/201004/514780.html)から同誌の了解を得て転載しました]

文献

補注:

横山氏によると、上医師による横山説の根拠の説明は誤りだそうです(4月12日)

拙論では、上昌広医師から直接お聞きした話しとして、「横山氏はある航空会社1社のコンサルテーションを行ったときに、その会社の社長から聞いた同社の経験を紹介しているだけだと述べている」と書きました。それに対して、拙論発表直後に、横山禎徳氏から、上医師の説明は誤りであり、氏の主張は、1970年代から氏がマッキンゼー(有名な経営コンサルティング会社)で行った世界の大手航空会社へのコンサルティング業務経験と同社が1970年代初頭にまとめたレポート「世界の航空業における収益性の見通し」に基づいているとの御連絡を受けました。ただし、横山氏は拙論で引用した講演録(4)では、このことにはまったく触れられていません。>

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2.論文:政権交代と今後のリハビリテーション医療

(『地域リハビリテーション』2010年4月号(第5巻第4号):323-328頁

 1 はじめに

2009年9月に鳩山由紀夫首相率いる民主党と社民党・国民新党の連立政権(以下、民主党政権)が成立して早くも半年が経過し、4月には同政権成立後初の診療報酬改定も行われました。リハビリテーション医療関係者の中には、診療報酬改定についての情報公開が遅れたこともあり、今後のリハビリテーション医療の「具体的な展望が見えてこない」と不安を感じている方が少なくない、と聞いています。

しかし、私は、それは杞憂だと考えています。なぜなら、政権交代後も、医療政策、特にリハビリテーション医療の大枠・方向に大きな変化はなく、前政権の政策・方針の大半が踏襲されているからです。それどころか、私は、リハビリテーション医療の将来は、他の医療分野に比べると、はるかに(相対的には)「安心と希望」に満ちていると考えています。

本稿では、まず前政権と現政権の公式文書や現実の政策の分析を通して、今後のリハビリテーション医療の「客観的」将来予測を行い、このことを証明します。次に、リハビリテーション医療団体・関係者が今後直面する2つの選択について指摘します。最後に、今後のリハビリテーション医療の「安心と希望」をより確実にするために、リハビリテーション医療団体・関係者に求められる2つの責務について問題提起します。なお、昨年の総選挙時点での民主党と自民党の医療政策全体の差が小さかったこと、および民主党政権成立後半年間の医療政策の問題点については、すでに発表した拙論で詳細に論じたので、お読み下さい(1)。

2 前政権の医療・介護政策から今後のリハビリテーション医療を予測する

まず、前政権(麻生太郎首相の率いた自公連立政権)の3つの医療・介護政策(文書)を検証し、今後のリハビリテーション医療を予測します。政権交代が生じたのになぜ前政権の政策を問題にするのか?それは、これら3つの政策の大枠は、現民主党政権にも事実上引き継がれているからです。

1. 社会保障国民会議「医療・介護費用のシミュレーション」

最初は、麻生政権が福田政権から引き継いだ「社会保障国民会議」が2008年10月に発表した「医療・介護費用のシミュレーション」です。歴代自民党政権の従来の医療・介護費用の将来推計では、改革により医療・介護費用を抑制することが当然の前提になっていましたが、この推計では逆に改革により医療・介護費用が増加することが初めて示されました。この点は画期的と言えます。これは、同じ自公政権でも、福田・麻生政権が、小泉政権の「小さな政府」路線から、「中福祉・中負担」・「社会保障の機能の強化」路線に転換したことに対応していました(2:114-120)。

リハビリテーション医療関係で注目すべきことは、「2025年の医療・介護サービスの需要と供給(1日当たり利用者数等)」で、病院病床のうち、「亜急性期・回復期等」病床のみが急増すると推計されていたことです。具体的には、「現状投影シナリオ」31万人/日に対して、3種類の「改革シナリオ」では36~47万人とされていました。これは、急性期病床と長期療養病床が、「改革シナリオ」では「現状投影シナリオ」に比べてそれぞれ大幅削減、現状維持すると推計されていたことと対照的でした。

なお、民主党の有力議員(鈴木寛医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟幹事長・当時)は総選挙直後の昨年9月には、社会保障国民会議報告書は「一旦なくす」と述べましたが、民主党政権成立後もそれを廃止するとの意志決定は行われておらず、同政権が2009年末に閣議決定した「新成長戦略(基本方針)」にも引き継がれています(2010年2月22日の社会保障審議会総会での間杉純政務統括官の説明)。

2. 2009年介護報酬改定

次に、麻生政権が2009年4月に実施した介護報酬改定は、それまで2回のマイナス改定とは逆に、全体で3%の引き上げとなりました。しかも、2009年度予算の第一次補正予算に盛り込まれた「追加経済対策」で同年10月からさらに実質2%引き上げられ、合計5%もの引き上げとなりました。

しかもこの介護報酬改定は、介護事業に参入している医療機関・「保健・医療・福祉複合体」(以下、複合体)への強い追い風になるものでした。具体的には、介護報酬改定の「基本的な考え方」の3つの柱のうち、次の2・3番目の柱が追い風になりました:(2)医療との連携や認知症ケアの充実、(3)効率的なサービスの提供や新たなサービスの検証。

特に(2)「医療との連携」では、(医療機関が行う)維持的リハビリテーションが重視され、医療保険のリハビリテーションを行っている医療機関は通所リハビリテーションの「みなし指定」を受けられることになりました。これにより、医療保険=急性期・亜急性期リハビリテーション、介護保険=維持期リハビリテーションの棲み分けがより明確化されたと言えます。ただし、醒めた目で言えば、これは、2006年の診療報酬改定で唐突に導入され大混乱を招いたリハビリテーション料の算定日数制限の事後処理であり、石川誠氏(初台リハビリテーション病院理事長)が指摘されているように「順序が逆」と言えます(3:16)。

3.「地域包括ケア研究会報告書~今後の検討のための論点整理」

第三に、麻生政権時代の2009年5月に厚生労働省老健局が発表した「地域ケア包括研究会報告書~今後の検討のための論点整理」は、今後の「地域包括ケア」の展望をかなり踏み込んで示すと共に、1990年代に実施された「ゴールドプランに匹敵する新たなプランの策定」を提唱しました。民主党政権の長妻厚生労働大臣も、2010年2月17日の衆議院厚生労働委員会での「所信表明」で「介護サービス、医療的ケア、生活支援サービス、高齢者住まいの確保を含めた多様なサービスを包括して提供する地域ケアシステムの構築に努めてまいります」と述べ、本報告書で示された方針を踏襲しました。

本報告書で注目すべきことは、日本リハビリテーション病院・施設協会が最初に提唱した概念の多くが採用されたことです。特に「地域包括ケアシステム」の定義は同協会が長年提唱している「地域リハビリテーション」の定義とほとんど一致しますし、「リハビリ機能を重視した在宅療養支援診療所」は、同協会が提唱している「在宅リハビリテーションセンター」とソックリです。「多職種連携」も同協会が最初に提唱したものだと思います。ただし、本報告書は介護優先で、リハビリテーションそのものへの言及はごく少ないことも見落とせません。

私は本報告書は全体的には肯定的に評価すべきと思いますが、ケアのアウトカムを「在宅復帰実現」とし、それを介護報酬で評価しようとしているのは「危ない」と思います。言うまでもなく、これは2008年診療報酬改定で回復期リハビリテーション病棟に導入された「質に応じた評価」の介護保険版です(2:148-154)。しかし、患者の年齢・診断・医学的重症度や社会・経済的条件、さらには発症後の日数の違い等を調整しない「粗在宅復帰率」はアウトカム指標として不適切です。

例えば、脳卒中リハビリテーション患者を対象にした大規模調査ではMSW関与群の方が、非関与群よりも、在院日数が長く、在宅復帰率も低いという意外な結果が得られていますが、これはMSW関与群に高齢患者、重症患者、介護力の低い患者が多いためであり、これらの要因を調整すると差はほとんどなくなるのです(4)。全国回復期リハビリテーション病棟連絡協議会の調査でも、病棟スタッフ数(看護師+ケアワーカー)の多い病棟は標準的な病棟に比べて、退院患者の在院日数が長く、自宅復帰率も低いという予想外の結果が得られていますが、この結果から高配置の病棟のほうがアウトカムが低いと考えるリハビリテーション関係者はいないでしょう(報告書でも「高配置でより重症ADL障害を受け入れている可能性がある」と解釈しています)(5)。

2 民主党(政権)の医療政策から今後のリハビリテーション医療を予測する

次に民主党(政権)の2つの医療政策(文書)から、今後のリハビリテーション医療を予測します。

1.「民主党政策集INDEX医療政策<詳細版>」

1つは民主党が2009年の総選挙告示前の7月末に発表した「民主党政策集INDEX医療政策<詳細版>」です。この文書で、「総医療費対GDP比をOECD加盟国平均まで今後引き上げていきます」および「当面、OECD諸国の平均的な人口当たりの医師数(人口1000人当たり医師3人)を目指します」という2つの数値目標が掲げられたことは画期的と言えます。ただし、医療費拡大の具体的財源は示されず、他の政策と同じく、税金のムダの排除と埋蔵金頼みでした(1)。

この「医療政策」で、リハビリテーションに言及したのは1個所だけでした。具体的には、「包括払い制度の推進」の項で、「超急性期・回復期・維持期リハビリテーションについては、その重要性を考慮し、当面は出来高払い制度としますが、スタッフの充実度および成果を検証し、将来的には包括払い制度に組み込みます」と書かれました。

この1文を読んで、リハビリテーション医療は将来包括払いになると心配している方が少なくありませんが、それは杞憂です。私は、この1文で注目・安心すべきなのは「当面は出来高払い制度とします」だけであり、「将来的には包括払い制度に組み込みます」は、現時点では、深刻に考える必要はないと判断しています。なぜなら、民主党の(医療)政策は底が浅く、リハビリテーションについても「将来的」な確固としたビジョンはないため、今後、リハビリテーション医療関係者が根拠に基づいた説明・要望を行えば、いくらでも変わりうるからです。

私は、2003年3月の医療制度・診療報酬改革についての閣議決定やそれ以降の診療報酬改定の経緯を踏まえると、急性期・亜急性期のリハビリテーション料の出来高払いを継続するという方針は既定事実化しており、民主党政権といえどもそれを一気に覆すことは不可能と判断しています(2:156)。

2. 2010年診療報酬改定

2010年4月の診療報酬改定は、公式には「10年ぶりのプラス改定」、診療報酬と薬価の両方を合算した医療費「全体改定率」はプラス0.19%とされています。ただし、これは虚構の数字で「薬価の隠れ引き下げ」(後発品のある先発品の追加引き下げ)を加えると、実質ゼロ%改定(厳密には0.03%引き上げ)です(6)。とは言え、診療報酬本体に限れば1.74%の引き上げとなり、特に入院は3.03%という相当の引き上げとなりました。

今回の改定では、2つの「重点課題」(「救急、産科、小児科、外科等の医療の再建」と「病院勤務医の負担軽減」)にも「4つの視点」にも、リハビリテーション医療は明示的には含まれていません。しかし、実際の点数改定を見ると、やや意外なことに、リハビリテーション医療は、上記重点課題並みに重視されており、特に「医療と介護の機能分化と連携の推進等を通じて、質が高く効率的な医療を実現」している回復期リハビリテーション病棟は大幅な増収が期待できます(このカッコ内の表現は「4つの視点」の3番目です)。

特に大きいのは「休日リハビリテーション提供体制加算」(1日60点)と「リハビリテーション充実加算(同40点)で、これら両方を算定できる回復期リハビリテーション病棟では1月当たり6%前後の増収になると報じられています(7)。これは上述した、入院全体の平均引き上げ率3.03%のなんと2倍の高さです。

現時点では365日体制でリハビリテーションを提供している回復期リハビリテーション病棟はまだ全体の3割程度にすぎませんが、同病棟の大半が民間中小病院であり、しかもそれら病院が大きな活力を有し、厚生労働省のいままでの政策変更・誘導に機敏に対応してきた実績があることを考慮すると、この割合は今後急速に上昇すると思います。

他面、2006年改定で導入されたリハビリテーション料の算定日数の上限設定や2008年改定で導入された「アウトカム評価」のような乱暴な改革・「サプライズ」は今回は盛り込まれておらず、全体として「おとなしい」改定と言えます。

私はこの理由は2つあると推察しています(ただし、「物証」はありません)。1つは、2006・2008年改定では、診療報酬抑制の強い圧力がリハビリテーション医療にも加えられていたのと異なり、今回の改定では入院は相当のプラス改定のためそのような圧力がなかったことです。もう1つは、「政治主導」の改定を目指した民主党政権の医系議員やブレーン医師の関心が急性期医療の再建にあったため、リハビリテーション医療の改定については厚生労働省担当者に丸投げし、しかもその担当者はリハビリテーション関係者の根拠に基づいた要望をかなり尊重したためです。

今回の改定では、「早期リハビリテーション加算」の引き上げ(30点から45点へ)に加えて、亜急性期入院医療管理料に「リハビリテーション提供体制加算」50点が新設されるなど、急性期・亜急性期リハビリテーション重視の姿勢がさらに鮮明にされました。ただし、私は、リハビリテーション医療の中で特に立ち後れが目立つ急性期リハビリテーションを普及させるためには、これら加算の引き上げ・新設だけでは不十分であり、なんらかの新たな「施設基準」の導入も検討すべきと考えています。

4.今後のリハビリテーション医療についての2つの選択

以上、前政権と民主党政権の医療・介護政策(文書)を検討して、今後のリハビリテーション医療の「客観的」将来予測を行いました。次に、視点を変えて、リハビリテーション医療団体・関係者が今後直面する2つの選択について指摘します。私は、リハビリテーション医療関係者は、「今後のリハビリテーション医療はどうなるか?」と受動的に問うだけでなく、リハビリテーション医療の発展のため何をなすべきかを能動的に提起すべきであり、その際、次の2つの選択が避けて通れないと考えています。

1. 維持期リハビリテーションの給付方式の選択

1つは、維持期リハビリテーションの給付方式の選択というマクロレベルのものです。

2000年の介護保険制度創設以降、維持期リハビリテーションの介護保険制度へのシフトが着実に進んでおり、介護保険のリハビリテーションの「メニュー」は特に2009年介護報酬改定で大幅に充実しました。これと医療保険のリハビリテーションを合わせれば、2000年以降リハビリテーション医療の実質的「パイ」は相当増加しています。

しかし、介護保険へのシフトの目的の1つが医療費削減であったため、様々な問題・矛盾が生じていることも見落とせません。主要には以下の4つです。(1)医療保険と介護保険との点数格差、(2)介護保険では要介護度別に支給限度額があるためリハビリテーションの利用が抑制される、(3)介護保険は医療保険に比べてサービス利用が煩雑である(特に訪問リハビリテーション)、(4)リハビリテーションサービスの給付が2つの制度に分かれ、しかもサービスの種類が多様化したため、多くの医師、リハビリテーション関係者、患者・家族はそれを理解できず、結果的にサービスの利用が抑制されている。

私は、これらの矛盾を解決するためには、3つの選択肢があると思います。

短期的には、現在の方式を維持しつつ、医療保険と介護保険の点数を同一にし、運用を柔軟化することです。これはリハビリテーション医療関係者の一致した切実な願いであり、患者の支持も得られると思います。

なお、厚生労働省担当者の中には、2012年の診療報酬・介護報酬の同時改定で、維持期リハビリテーションを介護保険に純化すると公言している方もいると聞いていますが、私はそれは「主観的願望」にすぎず、不可能だと思います。なぜなら、介護保険の維持期リハビリテーションの普及が遅れているだけでなく、その質にもさまざまな問題点が指摘されているため、次回改定で維持期リハビリテーションの介護保険への純化=医療保険からの維持期リハビリテーション外しを強行すると、2006年診療報酬改定で社会問題になった「リハビリテーション難民」が再び発生する危険が強いからです。この問題は今でも厚生労働省担当者の「トラウマ」になっており、彼らがその「悪夢」が再現する危険を冒すとは考えられません。

中期的には、維持期を含め、リハビリテーション医療の給付をすべて医療保険に一本化することも選択肢に加えるべきと思います。急性期・回復期・維持期リハビリテーションを実施するのが理学療法士・作業療法士・言語聴覚士等の同一職種であることを考えれば、これは極めて合理的ですし、上述した4つの問題・矛盾を一挙に解決することもできます。

さらに長期的には、高齢者医療制度と介護保険制度を統合し、新たな高齢者医療・介護制度を創設するという選択肢が再浮上する可能性も否定できません。「再浮上」と述べたのは、2000年に介護保険制度が創設される以前には、この選択肢がむしろ有力だったからです(8:12-14)。例えば、1997年の当時の与党の医療保険制度抜本改革案では「(高齢者医療保険制度は)中長期的に介護保険制度との一元化をも視野に入れる」と明記されていました。介護保険制度開始後はこの統合案は後景に退き、厚生労働省は介護保険制度と障害者自立支援法の統合を構想するようになりましたが、民主党政権の成立により、障害者自立支援法の廃止が確定したため、それは頓挫しました。そのため、一度は否定されたこの統合案が今後再浮上する可能性も否定できないのです。

2. 医療・リハビリテーション・介護の地域連携方式の選択ーネットワークと複合体

第2の選択は、医療機関(ミクロ)・地域(メゾ)レベルの選択で、医療・リハビリテーション・介護の地域連携を進める2つの方式の選択です。言うまでもなく、地域連携を進めることは、厚生労働省の一連の政策文書で常に強調されており、2010年の診療報酬改定でも、それを促進するため「地域連携診療計画退院計画加算」「地域連携診療計画退院時指導料」「介護支援連携指導料」等が新設されました。これらは、リハビリテーション病院・診療所が率先して算定すべきものです。

一般には、地域連携というと、個々の独立した病院・施設間の連携(ネットワーク形成)が連想されますが、それ以外に医療機関の複合体化による地域連携というもう1つの選択肢もあります。理論的にはネットワーク形成と複合体化には一長一短がありますが、現実には、複合体化の方が圧倒的に有利ですし、厚生労働省担当者もそれを事実上奨励しています。例えば、鈴木康裕老人保健課長(当時)は2008年6月の日本老年学会学術集会で、次のように、介護保険における医療施設の役割増大(私流に言えば、複合体化)を強調していました。「医療法人による有料老人ホーム設置の解禁は大きなブレイクスルーになる」、「高齢者の在宅療養支援は、今後、医療のバックボーンのある介護サービス主体が支える必要がある」(2:130)。

ただし、ネットワークと複合体とは対立物ではなく連続体であり、私は、それぞれの地域の実態と特性に合わせて、両者の競争的共存の道を探るべきだと思っています(9:97-106)。この意味では、「真理は中間にある」と言えます。しかも見落としてならないことは、リハビリテーション病院は、他の病院に比べ、介護保険制度発足前から複合体化が進んでおり、制度開始後それが加速していることです(8:64)。公平に見て、医療保険と介護保険の両方に精通している職員がもっとも多いのはリハビリテーション病院(を中核とする複合体)です。

5 おわりに-リハビリテーション医療の「安心と希望」を確実にするための2つの責務

以上、政権交代後もリハビリテーション医療の方向に変化はほとんどなく、しかもそれの将来は他の医療分野に比べると(相対的には)「安心と希望」に満ちていることを示してきました。

私は、その理由は2つあると思っています。1つは、「医療と福祉の接点」というリハビリテーション医療の固有の特性・位置です。もう1つは、日本リハビリテーション病院・施設協会や全国回復期リハビリテーション病棟連絡協議会等の姉妹団体が、創立以来、継続的に多面的な調査研究を行い、そこから得られる「根拠に基づいた」政策提言を行ってきたことです(10)。私は、今後のリハビリテーション医療の「安心と希望」をより確実にするためには、リハビリテーション団体・関係者が次の2つの責務を果たす必要があると考えています(2:154-155)。

第1の責務は、リハビリテーション医療の適応と禁忌を明確化し、「根拠に基づく」リハビリテーション医療をさらに進めることです。この点で、緊急に求められているのは廃用症候群のリハビリテーションの適応を明確化し、一部の医療機関で見られるそれの乱用を自主規制することです。次に求められるのは、「集中的リハビリテーション」(1日7~9単位のリハビリテーション)の適応の明確化だと思います。

ただし、その際、大田仁史氏(茨城県立健康プラザ管理者)が警告されているように、「エビデンス中心主義」に振り回されないよう注意が必要です(11:148)。なぜなら、「エビデンス」というと、客観的指標のみが重視され、主観的指標(患者・家族の満足度)やQOLが軽視される傾向があるからです。

第2の責務は、リハビリテーション団体・関係者が医療サービスと介護(保険)サービスの橋渡し役を果たし、患者・利用者に切れ目のないサービスを提供すること、およびその実績に基づいて、積極的に政策・改革提言を行うことです。なぜなら、「日本の医療・福祉改革は、厚生[労働]省が法律を通し、医療・福祉施設がそれに従うという単純な上下の関係にはなく、一部の医療・福祉施設が先進的活動を展開し、それを厚生[労働]省が後追い的に政策化してきた側面も無視でき」ず、しかも、それはリハビリテーション医療で特に顕著だからです(12:144頁)。

そのために、私は、斉藤正身氏(霞ヶ関南病院理事長)の次の提言に全面的に賛同します。「[サービスの]提供手法の柔軟性は利用者や提供者のメリットを生むばかりでなく、制度(国)を成長させる。的確なニーズへの対応ができない理由を制度の問題と片付けてしまうのは早計である。どのように工夫すればニーズに応えられるか、視野の広いチームアプローチがリハビリテーションの真髄である」(11:iv)。

文献

[本稿は、本年3月6日に開かれた日本リハビリテーション病院・施設協会「平成21年度リハビリテーション研修会」での講演「民主党政権の医療政策と今後のリハビリテーション医療」の後半部分「今後のリハビリテーション医療」に加筆したものです。前半部分は文献(1)で述べました。]

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3.インタビュー:民主党は財源をハッキリと示すべき

(『医薬経済』2010年4月1日号(通巻1369号):3頁「OBSERVER」)

――民主党を中心とした政権が発足して半年が経ちました。この間の医療政策をどう見ていますか。

二木 日本の医療制度の根幹は、国民皆保険制度と民間非営利組織主体の医療提供制度の2つだ。自民、民主の二大政党だけでなく、すべての政党が国民皆保険制度の維持・堅持を主張しているので、これを前提に医療費政策を考える必要がある。民主党が、医療費と医師数を大幅に増加する数値目標をマニフェストに掲げたのは画期的だったが、実現するための財源が曖昧だった。負担増をしなくても無駄の削減と埋蔵金で賄うことができると主張していたからだ。しかし無駄の削減の面では、すでに小泉政権時代から公共事業費は大幅に減っており、それだけで財源を捻出するのは不可能だった。わずか半年前には一部で100兆円もあると言われていた埋蔵金も、麻生政権がどんどん使い、民主党政権も使って、今やほとんどない。事業仕分けをする枝野幸男行政刷新担当相も「期待しないでほしい」と予防線を張っている。診療報酬改定を含む今回の予算編成で、無駄の削減と埋蔵金で医療費増加の財源を捻出することは“幻説”だったことが明らかになり、政策論議は一歩進んだ。この意味で半年間は無駄ではなかった。私は、政権発足前から民主党が医療費抑制策に再転換する可能性があると指摘してきたが、わずか半年でその可能性が出てきたと思う。

――医療に投入する財源は何でしょう。

二木 国民皆保険を前提とするのであれば、社会保険料を主財源とし、公費を補助的財源とするしか選択肢はあり得ない。消費税を引き上げても、医療にはほとんど回ってこない。患者負担割合は米国よりも高いので、患者負担増で財源を増やすのは不可能だし、国会決議で患者負担は3割を上限としている。民主党は対GDP比でOECD並みに医療費を増やすと公約したのだから、原点に返って、国民負担(保険料と公費)増以外に財源がないことを正面から訴えるべきだ。

――10年度診療報酬改定論議を振り返えると。

二木 私は、政策そのものと政策決定プロセスを区別して評価している。決定プロセスでは、中央社会保険医療協議会の日本医師会推薦の委員3人を排除したのは乱暴だった。中医協は他の委員会とは格が違う。独立した法律(社会保険医療協議会法)を持ち、公益委員は国会での承認が必要な委員会はほとんどない。委員の任命も公益、診療、支払の「三者自治」で決める。民主党はそれを破壊してしまった。委員に名を連ねる連合の組織率は1割なのに、委員選任の「配慮」義務規定を無視し、医師の3分の2が加入する日医から1人も入れなかったのはおかしい。診療報酬改定チームも構成員の選定方法や、議論が公開されることがなく、不透明だった。ただ、民主党政権はまだ試運転の時期で、改定作業を通じて学習効果が出てきている面もある。病院の診療報酬も民主党ブレーンがいる国公立大病院偏重ではなく、民間病院でも熱心なところはかなり上がるし、リハビリもアップする。しかし先発品のある後発品の追加引き下げ分600億円を改定財源から外したのはまずかった。これを技術料に振り替えていれば、診療所の再診料を引き下げる必要はなかった。(森下)


4.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文
(通算54回.2010年分その2:6論文

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

お詫び

本「ニューズレター」67号(2010年3月1日配信)の本欄(9頁)で紹介した<ヨーロッパの高齢者の診療・入院待ち期間と社会経済的状態[の関係]:「ヨーロッパ健康・加齢・退職調査(SHARE)」から得られた証拠>の原著論文の記載が抜けていました:(Siciliani L, et al: Waiting times and socioeconomic status among elderly Europeans: Evidence from SHARE. Health Economics 18(11):1295-1306,2009)[量的研究]

○[日本における]男性の喫煙者と非喫煙者の生涯医療費格差
(Hayashida K(林田賢史), et al: Differences in lifetime medical expenditures between male smokers and non-smokers. Health Policy 94(1):84-89,2010)[量的研究(シミュレーション研究)]

喫煙者の生涯医療費が非喫煙者に比べて多いか否かについては論争がある。その理由は、喫煙者は非喫煙者に比べて、年間医療費は高い反面、余命が短いからである。この点を明らかにするため、宮城県の「大崎コホート調査」で得られた国保加入の40~79歳の国保加入者24,573人の11年間のデータを用いて、40歳を起点とする喫煙者、非喫煙者の生命表および年齢別年間推計医療費表を作成した。

その結果、喫煙者は非喫煙者に比べて、死亡率が高く、余命が短い反面、年間医療費は高かった。64~81歳の累積医療費は非喫煙者の方が低かったが、生涯医療費は非喫煙者の方が3.5%高かった(非喫煙者51,771ドル、喫煙者49,980ドル)。感受性分析(生涯医療費を年率1,3,5%で現在価値に割引)を行うと、非喫煙者と喫煙者の生涯医療費の差は縮まったが、前者の方が多いことに変わりはなかった。

二木コメント-これは京都大学の今中雄一教授グループのシミュレーション研究です。

非喫煙者の生涯医療費は非喫煙患者の生涯医療費よりも高いという結果は、欧米での先行研究の結果と一致しています。なお、国際医療福祉大学の池田俊也教授グループによるマルコフモデルを用いた各種禁煙治療の費用対効果研究でも、男では、4種類の「治療群」の生涯医療費+禁煙治療費は、いずれも「無治療群」の生涯医療費よりも高いという結果が得られています(安田浩美・池田俊也「禁煙治療の医療経済評価-生涯医療費を考慮した禁煙治療の費用対効果の検討」『日本医療・病院管理学会誌』47(1):9-15,2010)。これにより、生活習慣病対策で医療費を抑制できるという2005年医療制度改革関連法の大前提が崩れたと言えます。これは、医療効率(費用対効果比)の向上が必ずしも医療費抑制にはつながらない好例と言えます。

○[アメリカにおける]お金がないために処方された薬を過少服用した成人の心血管疾患患者の入院と死亡-縦断調査
(Heisler M, et al: Hospitalizations and deaths among adults with cardiovascular disease who underuse medications because of cost - A longitudinal analysis. Medical Care 48(2):87-94,2010)[量的研究]

慢性疾患患者の中には、医師から治療に不可欠な薬を処方されても、自己負担の済的重みのために、薬を過少服用する患者が存在することはよく知られているが、そのような行動が、その後の入院と死亡に与える影響についてはほとんど知られていない。この点を明らかにするために、50歳以上の成人を対象にした全米「健康・退職調査」に含まれていた、1つ以上の心血管疾患(糖尿病、冠動脈疾患、心不全、または脳卒中の既往歴)を有する患者6135人を対象にしたコホート調査(1998~2006年の8年間に、2年おきに4回横断調査)の個票データを用いて、多変量ロジスティック回帰分析を行った。

その結果、患者の諸特性を調整しても、最初の調査でお金がないために薬を処方通りに飲まなかった(過少服用した)と回答した患者のその後の入院率は、どの調査時点でも高かった。例えば、過少服用の患者の最初の2年間の入院率は47%で、処方通りに服用した患者の入院率は38%だった。しかし、薬の過少服用と死亡率との間には独立した関係は認められなかった。

二木コメント-日本人的な感覚から言えば「当たり前」の結果と思えますが、本論掲載号のMedicare誌の巻頭言(Young GJ:87-88)によれば、医療利用と健康結果との関係を検討した従来の研究の多くが、医療保険加入の有無を医療利用の代理変数と用いていたのと異なり、本研究では経済的理由による薬の過少服用を直接取り上げて、大規模縦断調査を行ったことに意義があるとのことです。

○[アメリカにおける]高齢者の外来自己負担の増加と入院[との関係]
(Trivedi AN, et al: Increased ambulatory care copayments and hospitalizations among the elderly. the New England Journal of Medicine 362(4):320-328,2010)[量的研究]

外来の自己負担が増えたときに、高齢者は必要な外来受診を控えて、その結果入院医療が増える可能性がある。この可能性を、全米の36のメディケア加入者899,060人の2001-2006年医療費データを用いて、調査期間中に自己負担を増やした16の保険加入者と増やさなかった同種の16の保険加入者との入院・外来受診率を比較した(日本と異なり、アメリカのメディケアの患者負担は全国一律ではない)。自己負担を増やした保険では、プライマリ受診、専門医受診とも、自己負担が倍増していた(それぞれ7.38ドルから14.38ドルへ、12.66ドルから22.05ドルへ)。対照群の保険では、自己負担額は一定だった(それぞれ8.33ドル、11.38ドル)。自己負担を増やした保険と増やさなかった保険とで1年間の変化を比較すると、自己負担を増やした保険では、加入者100人当たりの外来受診回数は19.8%減少した反面、入院回数は2.2回増え、年間入院日数も13.4日増加した。自己負担増加の影響は、低所得者、低学歴者および高血圧、糖尿病、または心筋梗塞の既往歴を有する加入者で特に大きかった。

二木コメント-公的医療保険制度(メディケア)ですら全国一律ではなく、患者自己負担は個々の保険で異なるアメリカでのみ可能な「社会実験」で、しかも実に「きれいな」結果が得られています。ただし、外来自己負担の増加により、外来・入院の両方を含めた医療費総額はどう変わったのかは調査されていません。

○アメリカにおける死亡率と健康の自己評価の州間格差に関連する[医師数等の]諸要因
(Chen Z, et a: Factors associated with differences in mortality and self-reported health across states in the United States. Health Policy 94(3):203-210,2010)[量的研究]

最近の研究では、アメリカで健康の地域間格差が継続していることが明らかにされている。本研究では、全米50州とワシントン特別区の最新の各種データを用いて、パネルデータ計量経済学の技法により、州単位での社会経済的要因と地域住民の健康状態との関連を推計した。従属変数は年齢調整済み総死亡率、健康の自己評価、健康日数(過去30日間のうち健康と自己評価した日数)の3つとした。その結果、人口千人当たり医師数の1ポイントの増加は人口10万人当たり30人の死亡率減少と関連していた。医師数が健康の自己評価と健康日数に与える影響は一定していなかった。社会経済的、人口学的要因、および喫煙率と肥満率が死亡率と健康の自己評価に与える影響はさまざまであった。著者は、この結果は医師不足地域に対する医師供給を促進する政策の必要性を示唆していると主張している。

二木コメント-論文名と論文の主眼(州レベルでの医師数と健康状態との関連の検討)がこれほど乖離している論文は珍しいですが、結果は興味深く、日本でも追試してみる価値があると思います。

○[医療における]チームの効果を改善するための諸介入:体系的文献レビュー
(Buljac-Samardzic M, et al: Interventions to improve team effectiveness: A systematic review. Health Policy 94(3):183-195,2010)[文献レビュー]

パブメド等主要な4つのデータベースを用いて、1990年1月~2008年4月に発表された査読付きの英語論文で、医療におけるチームの効果を改善するための介入に焦点を当てた実証研究を検索した。最終的に48論文を選択し、結果をレビューし、エビデンスのレベルを評価した。42論文は2000年以降に発表されていた。介入方法は、各種のトレーニング・プログラム(32)、特定のツール(8)、および組織介入(8)の3つに分類できた。介入の対象はほんど、急性期(入院)医療の多職種構成(multidisciplinary)チームであった。多くの研究が、介入と非技術的なチームスキル(コミュニケーション能力、協調性、リーダーシップ等。主観的評価)との間に正の関連を認めていた。しかし大半の研究(37)のエビデンスのレベルは低かった。エビデンスのレベルが中等度か高度であった研究(8)で、効果(チームの行動・態度、自己効力感等の向上)が認められた介入は、シミュレーション・トレーニング、人的資源マネジメント・トレーニング、チーム単位のトレーニング、および継続的質改善プロジェクトであった。ただし、これらの介入の客観的効果(副作用の減少、在院日数の短縮等)は認められなかった。著者は、以上の結果は、チーム・トレーニングが急性期医療の多職種構成チームの効果を高めることができることを示していると主張している。

二木コメント-医療におけるチームの効果を改善するためのさまざまな介入方法の効果を包括的に検証した初めての体系的文献レビューで、この分野の研究者の必読文献と思います。

○[医療における]経済評価の体系的文献レビュー:効用があるか馬鹿げているか?
(Anderson R: Systematic reviews of economic evaluations: Utility or futility? Health Economics 19(3):350-364,2010)[理論研究]

効果研究の体系的文献レビューは根拠に基づく医療と政策決定の中核である。経済効果(費用効果分析)の体系的文献レビューもまた根拠に基づく政策決定のインプットとして期待されつつあり、一部の医療経済学者は「体系的文献レビューの経済的アプローチ」を提唱している。本論文では、医療における意思決定における経済評価(費用効果分析)の体系的文献レビューの価値に疑問を呈し、その土台は通常、以下の3つの理由から崩れていることを示す。第1に、効果研究と比べると、経済評価の体系的文献レビューにははるかにたくさんの要因が関連しているため、費用効果分析の結果の一般化には限界がある。第2に、経済評価は効果研究に比べると明示的に意思決定に用いられようとするため、一般化可能性が第1の要件となり、結果の内的妥当性の考慮が疎かにされやすい。第3に、経済評価の2つの主要形態のうちの1つである意思決定モデリングでは、ほとんどの場合、特定の技術や政策について過去に行われた経済評価の包括的な体系的文献レビューはきちんと行われない。以上から、経済評価の体系的文献レビュー・メタアナリシスにより費用対効果についての明確で広く適用可能な結論が得られると期待するのは楽観的すぎ、馬鹿げていると結論づけられる。

二木コメント-医療の経済評価の体系的文献レビュー・メタアナリシスへの過度の期待を戒めた好論文と思います。ただし、著者も経済評価を全否定しているわけではなく、「経済評価は意思決定プロセスにおいてある程度の役割を果たす(play some part)ことは当然である」と認めています。なお、著者はイギリスの大学所属の研究者です。

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5.私の好きな名言・警句の紹介(その65)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<追悼・井上ひさしさん(作家・劇作家、「九条の会」呼びかけ人。2010年4月9日死去、75歳)>

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