『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻70号)』(転載)
二木立
発行日2010年05月11日
出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。
本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)。
目次
- 1論文:行政刷新会議WGが投じた混合診療解禁論の変化球(「二木教授の医療時評(その78)」『文化連情報』2010年6月号(387号):印刷中))
- 2.談話:(日医新執行部に望む)公的医療費総枠拡大の運動強化に期待(『日本医事新報』2010年5月8日(No.4489):12頁)
「臨時配信」と講演のお知らせ
1.論文「行政刷新会議WGが投じた混合診療解禁論の変化球」は、『文化連情報』6月号(6月1日発行)に掲載予定ですが、今回は「ニューズレター版」を3週間早くお送りします。その理由は、以下の通りです。行政刷新会議の規制・制度改革に関する分科会は混合診療解禁の「結論」を5月中にとりまとめる予定ですが、全国紙はそれについてまったく報道していません。本「ニューズレター」は、5号(2005年2月1日配信)以降、原則として毎月1日に配信し、同日発行の『文化連情報』に掲載される「医療時評」等を転載してきましたが、この問題の重大性・緊急性を皆様にお知らせするため、同誌編集部の御了解を得て、この論文を掲載した「ニューズレター」を先に「臨時配信」することにしました。あわせて、『日本医事新報』5月8日号に掲載した「談話」も転載します。なお、次号(71号)は6月1日にお送りする予定です。
2.6月11日(金)の「日本の医療を守る市民の会」第25回勉強会で、「民主党政権と混合診療解禁論-底の浅さと危うさ、しかし希望も」を講演します。夜6時半~8時半、東京・中野サンプラザ8階研修室。参加費は一般1,500円・学生800円。申し込みはホームページの参加申し込みフォームから、もしくはファックスで(http://iryo-mamorukai.com/ FAX 03-3383-6030)。
1.論文:行政刷新会議WGが投じた混合診療解禁論の変化球
(「二木立教授の医療時評(その78)」『文化連情報』2010年月6月号(387号):印刷中)
今回は、5月号の「医療時評(その76)」に続いて、民主党を中心とする連立政権(以下、民主党政権)内で検討されている混合診療解禁論について批判的に検討し、それが昨年の総選挙での民主党の公約から逸脱していることを指摘します。
行政刷新会議の規制・制度改革に関する分科会(分科会長:大塚耕平内閣府副大臣)は4月30日に開催した第2回会合で、「ライフイノベーションWG」(主査:田村謙治内閣府大臣政務官)の検討状況の資料を発表し、それは翌日行政刷新会議のホームページに掲載されました。この資料(以下、WG資料)は、「検討の状況」、「検討項目一覧」、「対処方針シート」の3つからなり、19項目の検討項目のトップに「保険外併用療養の範囲拡大」をあげています。
「混合診療の原則解禁」は消失したが…
昨年度で終了した規制改革会議の一連の文書(「第一次答申」~「規制改革の課題」)では、医療や医療政策の実態を知らない経済学者や経営者が先導して書いたと思われる、原理主義的な混合診療原則解禁論が前面に出ていました。それに対して、WG資料ではそのようなイデオロギー的表現は影を潜め、それに代わって「患者・利用者の選択確保」を前面に出す一方、特定の医療機関(大病院)に特権を与えるようチャッカリ主張しており、しかも規制改革会議文書がもっとも強調していた保険給付範囲の縮小や給付費の抑制には一言も触れておらず、混合診療解禁論の「変化球」と言えます。
WG資料で一番目をひくのは「検討項目」のトップが、規制・制度改革に関する分科会の第1回会合(3月29日)の「保険外併用療養(いわゆる「混合診療」)の原則解禁」から「保険外併用療養の範囲拡大」に変わり、資料全体からも「混合診療の原則解禁」という象徴的表現が完全に消えていることです。私は、これの最大の狙いは、混合診療原則解禁に対する医師会・医療団体の強い反対をかわすことだと思います。それに加えて、健康保険法等の改正が必要な「原則解禁」と異なり、「範囲拡大」なら省令・通知等だけで行えるという実利も考慮された可能性があります。
しかし、「検討の視点」では、規制改革会議の文書との連続性が明確になります。具体的には、第1の「視点」・「方向性」とされている「大胆なパラダイムシフトを促すべき」の3番目に、「事前規制から事後チェック行政へ」があげられていることです。これは、規制改革会議に限らず、それの前身である規制改革・民間開放推進会議、総合規制改革会議も、異口同音に「規制改革」の最重要理念として求めていた「パラダイム」です。
具体的には、「一定の要件を満たす医療機関」を対象にした「事後チェック」と「患者・利用者の選択確保」(「患者が受けたい医療を受けられる」ようにする)とを結合して、現在の「保険外併用療養(評価療養)」の大前提である行政による「安全性、有効性等の確認」の必要性を否定するのです。しかしこれは、生命を扱う医療では、事後チェックだけでは取り返しのつかない事故が生じる危険があり、それを可能な限り予防するためには行政による厳格な事前規制が不可欠という、日本における悲惨な薬害の歴史から得られた大原則を忘れた乱暴な主張です。
さらにWG文書は、「保険外併用療養の一部は届け出制に変更すべき」と一見抑制的に書いていますが、「届出によっても保険外併用療養を認められない事例を定め」る(つまりネガティブリスト化する)ともしているため、混合診療「原則解禁」に限りなく近づいてしまうのです。
他面、従来の規制改革会議の文書と異なり、「患者に対して保険外の負担を求めることが一般化しないよう[な]措置」や、「従来どおり安全性、有効性のエビデンスが得られた段階で速やかに保険収載する仕組みを維持」することも強調しています。これは、患者(団体)の切実な声に応えるものとも言えますが、直接のねらいは、厚生労働省があげる混合診療原則解禁の不適切な理由①「患者に対して保険外の負担を求めることが一般化し、患者の負担が不当に拡大するおそれがあること」をかわすことだと思います。
ここで見落としてならないことは、これらの条件を順守して保険外併用療養の範囲拡大を行った場合には、規制改革会議が執拗に求めた保険給付範囲の縮小と給付費の抑制が不可能になることです。そのため、私は、この当然の措置は、財政難を理由にする財務省等の巻き返しにより、今後削除・骨抜きにされる危険があると思います。
民主党政権は総選挙時の公約に立ち戻れ
以上から、WG文書の「保険外併用療養の範囲拡大」論は、規制改革会議が主張してきた混合診療原則解禁論に限りなく近く、それの「変化球」と言えると思います。
さらに、分科会とWGでの議論は、政策形成プロセス面でも重大な問題を抱えています。それは、分科会とWGが発足した本年1月以来、そこでの議論の中身がほとんど公開されていないこと、および「時間が限られている」という理由にならない理由で、「患者や医療団体からヒアリングを行うかどうかは未定」とされていることです(4月30日の大塚耕平分科会長の記者会見)。
この点では、小泉政権時代の混合診療解禁論争が省庁間・国会内外で、医療団体や患者団体も参加して公開の場で活発に行われ、しかも膨大な議事録が比較的速やかに公開されたのと比べて、はるかに不透明です。そのため、「多くの経済学者やエコノミスト、市場関係者は鳩山政権の経済政策そのものもさることながら、決定プロセスの透明度の低下にも不信感を募らせている」との「日本経済新聞」(4月27日夕刊)の批判は的を射ていると思います。
以上、本稿では、民主党政権の行政刷新会議内の動きに限定して批判的に検討してきました。しかし、民主党は他の政策と同様に、混合診療問題についても、閣僚レベルでも、議員レベルでも、決して「一枚岩」ではありません。例えば、長妻昭厚生労働大臣は「混合診療を直ちに全面解禁することについては、慎重な議論が必要」と答弁しています(3月30日参院厚生労働委員会)。WG文書も、本稿執筆時点(5月1日)では、政府内はもちろん、行政刷新会議内でもまだ正式に確認されていません。
しかも、民主党が昨年の総選挙時に発表した「医療政策<詳細版>」では、「新しい医療技術、医薬品の保険適用の迅速化-製造・輸入の承認や保険適用の判断基準を明確にして、審議や結果をオープンにし、その効果や安全性が確立されたものについて、速やかに保険適用します」と公約していました。これは、現行の保険外併用療養制度(事前規制)を前提にして、「保険に導入されるまで」の混合診療の期間を短縮することを意味し、特定の医療機関の「事後チェック」への転換を求めるWG文書とは方向が逆です。さらに、民主党は昨年の総選挙時の保団連の政策アンケートへの回答で、「混合診療の解禁を行わない。保険医療を原則とする」ことを明記していました(「全国保険医新聞」4月15日)。
それだけに、民主党政権には、このような総選挙時の公約に立ち返ることを強く求めたいし、日本医師会を中心とする医療団体はそのための働きかけを強めるべきと思います。
2.談話:(日医新執行部に望む)公的医療費総枠拡大の運動強化に期待
(『日本医事新報』2010年5月8日号(No.4489):12頁)
私が原中勝征会長率いる日本医師会新執行部に期待することは3つある。
何よりも期待することは、現在の医療危機・荒廃を克服する上で不可欠な「公的医療費の総枠拡大」の理論武装と運動を強めることだ。この点で、私は2つのことに注目・期待している。1つは、原中会長が、4月2日の代議員会で、公的医療費増加の財源として、社会保険料(特に事業主負担)の引き上げを提案したこと。もう1つは、4月14日の記者会見で発表した「現政権の最近の医療政策について」で、政権の行政刷新会議が検討している「混合診療の全面解禁に断固反対」の明確な意思表示をしたことである。
第2に期待することは、新執行部が日本医師会を開業医・勤務医の別なく全医師が団結でき、しかも国民にも開かれた組織に再生させることだ。この点で、私は2つのことに注目・期待している。1つは、代議員会で、原中会長が「直接選挙を含め、全会員が何らかの形で会長選挙に関与することが必要」と答弁したこと。もう1つは、原中会長が会長選挙の「マニフェスト」で、日医の従来の委員会を「医師会単独ではなく行政やNPO団体などとの協力体制を築き、幅広い視点から活動できる組織」に組み替えることを約束したことである。
第3に期待することは、民主党政権とのパイプを生かしつつ、それにすり寄るのではなく、「政権与党との距離」を保って、「是々非々の直言」を行うだ(カッコ内は上記「マニフェスト」の表現)。この点で真っ先に期待したいことは、政権・与党に働きかけ、混合診療全面解禁へ向けた行政刷新会議の「暴走」に歯止めをかけることである。政権与党、広くは全政党との距離を保つ試金石は、日本医師連盟が与党・野党を問わず、特定政党の候補者を「組織内候補」とする伝統的方針を廃棄することができるかだと思う。