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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻147号)』(転載)

二木立

発行日2016年10月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


1. 論文:「ニッポン一億総活躍プラン」と「地域共生社会実現本部」資料を複眼的に読む
(「二木教授の医療時評(142)」『文化連情報』2016年10月号(463号):18-23頁)

安倍晋三首相は、消費増税再引き上げの2度目の延期方針を表明した翌6月2日、「骨太方針2016」、「日本再興戦略」、「規制改革実施計画」と「ニッポン一億総活躍プラン」(以下、「プラン」)の4つを閣議決定しました。例年は、「骨太方針」が最重要とみなされてきましたが、安倍首相は「プラン」を強調しました。この文書には7月にせまった参議院議員選挙対策という面もありましたが、安倍首相は同選挙で大勝した後の8月3日に行った内閣改造後の記者会見で、改めて「一億総活躍の旗を一層高く掲げる」と宣言しました。同日のごく短い閣議決定「基本方針」でも、「『一億総活躍』社会の実現」の記述が過半を占めました(全71行中38行)。

そこで、今回は「プラン」について検討します。その際、7月15日に厚生労働省が発足させた「『我が事・丸ごと』地域共生社会実現本部」の資料2「地域包括ケアの深化・地域共生社会の実現」も併せて検討します。この本部は、「プラン」に含まれる諸施策のうち厚生行政に関わるものを中心に、今後の厚生行政全般の「グランドデザイン」を検討すると考えられるからです。

1 「プラン」の概要-「新しい三本の矢」と「働き方改革」の2本柱

まず、「プラン」の概要を述べます。「1.成長と分配の好循環メカニズム」は、「今後の取組の基本的考え方」として「一億総活躍社会」を示し、それを創るための大きな目標として、「戦後最大の名目GDP600兆円」、「希望出生率1.8」、「介護離職ゼロ」の3つを掲げ、「この的に向かって新しい三本の矢を放つ」と宣言しています。それらは、①希望を生み出す強い経済、②夢をつむぐ子育て支援、③安心につながる社会保障、です。

「2.一億総活躍社会の実現に向けた横断的課題である働き方改革の方向」は、以下の3つの目標をあげています:①同一労働同一賃金の実現など非正規雇用の待遇改善、②長時間労働の是正、③高齢者の就労促進。以上から、「プラン」は「3つの矢・的」と「働き方改革」を2本柱としていると言えます。

3~5は、前述の3つの的に向けた取り組みの方向を示しています。そのうち、「4.『介護離職ゼロ』に向けた取組の方向」は4つで、2番目が「健康寿命の延伸と介護負担の軽減」です。5の「戦後最大の名目GDP600兆円に向けた取組の方向」は16で、2番目が「世界最先端の健康立国へ」です。最後の「6.10年先の未来を見据えたロードマップ」は各矢ごとに具体的「対応策」とそのための「具体的な施策」を細かく示しています。

例えば、「介護離職ゼロの実現」(「的」)・「安心につながる社会保障」(「矢」)の対応策は9つあり、「①高齢者の利用ニーズに対応した介護サービス基盤の確保」や「⑥元気で豊かな老後を送れる寿命の延伸に向けた取組」等を含みます。なお、6では「働き方改革」の対応策は各「的」の対応策に分散して含まれています。

なお、「プラン」には医療改革についての記述は断片的にしかありません。これについては、「プラン」と同じ日に閣議決定された「骨太方針2016」の34-36頁に書かれていますが、特に新味はありません。

2 分配重視でリベラルな社会政策に見えるが…

「プラン」の一番の特徴は「成長と分配の好循環」の強調で、この表現を8回も用いています。この点は、安倍氏が幹事長(当時)を務めた小泉政権が「改革なくして成長なし」を掲げ、最初の「骨太の方針」(2001年6月閣議決定)が「経済成長」に15回も言及した反面、分配にまったく触れなかったのと対照的です。他国への言及もほとんど「欧州」に限られており(6回)、「米国」への言及は1回しかありません。

「1.成長と分配の好循環のメカニズム」で「評価の対象」とした以下の5項目も、理念・言葉としては妥当と思います:①子育て支援の充実、②介護支援の充実、③高齢者雇用の促進、④非正規雇用者の待遇改善の促進、⑤最低賃金の引上げ。特に、④と⑤の「働き方改革」は、長年、労働組合や民主党(現・民進党)や共産党が求めてきたものと重なります。

「性的指向、性自認に関する正しい理解を促進」

私自身が「プラン」を読んで一番驚いたことは、「3.『希望出生率1.8』に向けた取組の方向」の最後に「性的指向、性自認に関する正しい理解を促進するとともに、社会全体が多様性を受け入れる環境づくりを進める」というリベラルな一文が含まれたことです(15頁)。これとまったく同じ表現は「骨太方針2016」にも盛り込まれました(10頁)。

しかも、この一文は5月18日に公表された「ニッポン一億総活躍プラン(案)」にも、「骨太方針(素案)」にもなく、その後=つまり閣議決定直前に急遽挿入されていました。「性的指向、性自認」の正しい理解の促進が、閣議決定=政府の最上級の公式文書に明記されるのは初めてです。

この背景を調べたところ、稲田朋美自民党政務調査会長(当時。現・防衛大臣)が主導して、本年2月に同党内に「性的指向・性自認に関する特命委員会」が設置され、それがとりまとめた「性的指向・性自認のあり方を受容する社会を目指すためのわが党の基本的な考え方」が5月25日の総務会で了承され、それが同日付けで自民党の公式方針になったことが分かりました(同党HP)。この党決定に基づいて、2つの閣議決定に上記の一文が急遽挿入されたのだと思います。

日本でも、アメリカでも、伝統遵守の保守派は、性的指向の「多様性」を排撃していることを考えると、これは180度の転換とも言え、筋金入りの保守派である安倍首相や稲田政務調査会長がこのような「リベラル」な表現・方針を許容・推進するのに驚かされました。ただし、自民党特命委員会がまとめたLGBTへの理解促進を促すための法案概要に対しては、党内から異論が続出し、秋の臨時国会への提出を目ざしている法案の作成作業は遅れているそうです(「東京新聞」8月23日朝刊)。

安倍首相には「現実主義」の側面も

森健氏(ジャーナリスト)は、「プラン」等の原案が公表された直後に、「安倍政権はここ20年で一番リベラルかもしれませんよ」との知人からの指摘を紹介したうえで、「[ヘイトスピーチ対策法等の]人権法案群を見ると、左派が攻撃しにくい並びだと気付く。/そう考えると、今の人権法案群も素直に歓迎していいのか悩ましい」と結んでいました(1)。原昌平氏(読売新聞大阪本社編集委員)はすでに昨年12月の段階で「安倍政権が始めた『社会政策』」に注意を喚起し、以下の警告を発していました。「右派政権が社会政策を進めるのは、必ずしも意外なことではない。ナチスドイツは保健医療や雇用政策に力を入れた。なめてはいけない」(2)

安倍首相の経済政策「アベノミクス」のブレーンである浜田宏一氏(エール大学名誉教授。内閣官房参与)は安倍首相が「憲法や安全保障といったテーマと経済政策を分けているように思える。経済政策は結果が出なければ意味がない、という現実主義かもしれない」と評しています(3)。南島信也氏(朝日新聞編集担当補佐)も、以下のように注意を喚起しています。「安倍氏自らが『闘う保守』と称し、ともすれば、メディア側も保守的な側面ばかりを強調して伝えがちである。それは安倍氏の一面でしかない。政治家は複雑な生き物である。単純化した構図は分かりやすい一方で、安倍氏を理解しにくくしているのではないか」、「理念優先と評価されることの多い安倍氏だが、私にはリアリストと感じられた。(中略)安倍氏が見据えているもの、それは悲願とする憲法改正を成し遂げることである。そして、すべてはそのための布石でしかない」(3)

私自身は、「プラン」を読んで、中曽根康弘首相(当時)が、1986年7月の衆参同時選挙で大勝し「1986年体制」を確立した後、自民党が「ウィングを左にのばして、社会党の生存基盤を奪った」と豪語したことを思い出し、安倍政権は手強いと感じました(4)。ちなみに、安倍政権支持の姿勢を鮮明にしている「読売新聞」の橋本五郎氏(特別編集委員)も、7月の参議院議員選挙後、安倍首相に、中曽根首相に倣って「左ウイングを広げよ」と提言しています(5)

「プラン」と現実の施策との矛盾

ただし、「プラン」の目標と安倍政権が進めている現実の施策との間に大きな矛盾・ズレがあることも見落とせません。言うまでもなく最大の矛盾は、安倍首相が消費税率再引き上げを再び延期したために、各施策を実現するための安定財源がないことです。「安心につながる社会保障」のためには社会保障費の増額が不可欠ですが、昨年の「骨太方針2015」で決められた今後3~5年間の毎年の社会保障関係費の伸びを5000億円以内に抑えるとの方針は本年も踏襲されています。

「介護離職ゼロ」は野心的な目標ですが、村上正泰氏(山形大学教授)が鋭く指摘されているように、「[2015年に]9年ぶりとなる介護報酬の引き下げを行っていながら、介護基盤の整備を加速させるというのは、政策としての整合性が著しく欠けていると言わざるを得ない」と思います(6)。さらに現在、厚生労働省社会保障審議会介護保険部会で審議されており、来年の通常国会での法案提出が予定されている、要介護1・2の通所介護や訪問介護の生活援助、福祉用具レンタルの保険給付外し(原則自己負担化)等も、「介護離職ゼロ」に逆行すると言えます。

「働き方改革」についても、長時間労働を加速する「残業代ゼロ制度」を含む労働基準法改正案は「長時間労働の是正」に逆行します。また、「働き方改革」は本来なら、厚生労働省所管の「労働政策審議会」(公益・労働・経営の代表各10人で構成)で議論すべきですが、それとは別に「働き方改革担当省」の下に新しく設置される「働き方改革実現改革会議」で議論するとされ、この会議には労働代表が1人しか含まれないことになりました(9月16日)。

「性的指向、性自認に関する正しい理解を促進」するとの一見リベラルな方針にも、民主党(現・民進党)が用意していたLGBT差別禁止法案や同性婚、パートナーシップ制度つぶしの狙いがあるとの指摘もあります(7)

しかも、自由民主党の特命委員会がまとめたLGBTへの理解促進を促すための法案概要に対しては、党内から異論が続出し、秋の臨時国会への提出を目ざしている法案の作成作業は遅れているそうです(「東京新聞」8月23日朝刊)。

それだけに、今後安倍政権が「プラン」に基づいて出してくる一連の「社会政策」に対しては複眼的な評価と柔軟な対応が求められると思います。

3 「地域共生社会実現本部」資料の概要とポイント

次に、「『我が事・丸ごと』地域共生社会実現本部」について述べます。これは、厚生労働大臣を本部長、11局長等を本部員とする「オール厚労省」組織で、「地域力強化」、「公的サービス改革」、「専門人材」の3つのワーキンググループを含みます。以下、本部発足時に公表された資料2「地域包括ケアの深化・地域共生社会の実現」(以下、「資料」)を検討します。

「資料」は冒頭の「2035年の保健医療システムの構築に向けて」で、以下の4つの改革を推進するとしています。①地域包括ケアシステムの構築:医療介護サービス体制の改革、②データヘルス時代の保険者機能強化、③ヘルスケア産業等の推進、④グローバル視点の保健医療政策の推進。

施策の目標年が2035年に延長

ここで注目すべきことは、施策の目標年が、「社会保障・税一体改革」時の2025年から2035年へと10年延長されていることです。塩崎厚生労働大臣の私的懇談会が昨年6月にとりまとめた「保健医療2035」は、保健医療施策の目標年を2035年とすることを提案しましたが、今回、それが厚生労働省の公式方針になったと言えます。

言うまでもなく、2025年は「団塊の世代」全員が後期高齢者になる年です。しかし、日本の人口高齢化・少子化はこの後も続き、2035年には団塊ジュニアが65歳に到達し始め、2040年には彼ら全員が65歳以上になり、しかも死亡者数がピークに達すると推計されています。そのため、私は目標年の延長は妥当だと思います。

地域包括ケアシステムの構築の4つの柱

①「地域包括ケアシステムの構築」の柱は以下の4つです:「質が高く、効率的な医療提供体制」、「地域包括ケアシステムの構築」、「地域包括ケアシステムの深化、『地域共生社会』の実現」、「医療介護人材の確保・養成、人材のキャリアパスの複線化」。

これらのうち、最初の2つは従来から示されている施策です。残りの2つは、昨年9月に厚生労働省のワーキンググループが発表した「新福祉ビジョン」(通称。正式名称は「誰もが支え合う地域の構築に向けた福祉サービスの実現-新たな時代に対応した福祉の提供ビジョン」で提起されたものですが、最後の柱では「新福祉ビジョン」よりも踏み込んだ提起がされています(「新福祉ビジョン」の包括的な分析は文献8,9参照)。これは、「プラン」中の「地域共生社会の実現」に含まれていた「医療、介護、福祉の専門資格について、複数資格に共通の基礎課程を設け、一人の人材が複数の資格を取得しやすいようにすることを検討する」(60頁)に対応したものと言えます。

医療・福祉職の複数資格に共通の基礎課程

この第4の柱について、「資料」の「医療・福祉人材の最大活用のための養成課程の見直し」(14頁)は、「具体的な取組」として、「医療・福祉の複数資格に共通の基礎課程を創設し、資格ごとの専門課程との2階建ての養成課程へ再編することを検討」と「資格所持による履修期間の短縮、単位認定の拡大を検討」の2つをあげています。「参考」では、検討対象となる「医療・福祉関係資格の例」として、看護師、准看護師等8つの医療職(医師、歯科医師、薬剤師は含まない)、社会福祉士、介護福祉士、精神保健福祉士、保育士の4つの福祉職を示しています。

私も、今後の少子化と人口減少を考えると、医療・福祉分野でも「医療・福祉人材の最大活用のための養成課程の見直し」は不可避と考えます。もし、これが計画通りに行われれば、医療・福祉人材の養成課程の史上最大の改革になります。

しかし、それぞれの職種には歴史的蓄積があるため、私が得た情報によれば、現実に「共通の基礎課程」の創設の導入が検討されているのは、人材不足が社会問題化している保育士と介護福祉士、および介護福祉士と准看護師だけのようです。「プラン」の「3.『希望出生率1.8』に向けた取組の方向」で「子育て・介護」、「保育・介護サービス」との一体的表現が多用されているのはその先触れと言えます。ちなみに、「社会保障・税一体改革」や「社会保障制度改革国民会議報告書」でも、「保育」と「介護」の改革は強調されていましたが、両者は別個に論じられていました。

また、介護福祉士・保育士または介護福祉士・准看護師のダブル資格を取得しやすくなったとしても、両資格で規定された職務を同時に行える職場は、専門職の不足が特に深刻な中山間僻地の施設や地域包括ケアに限定されると私は予測します。

【注】「骨太方針2016」で注目すべきこと

「骨太方針2016」で一番印象的なことは、冒頭の第1章「1.日本経済の現状と課題」のどこにも、安倍首相が、2016年4月から消費税を10%に必ず引き上げるとの2014年総選挙時の公約を破って、消費税率引き上げを2年半も再延期する理由が書かれていないことです。これと関連して、第5章「5.(1)社会保障」から「社会保障・税一体改革」が消えていることにも注目すべきです。「骨太方針2015」では同じ個所で、2回、「社会保障・税一体改革を確実に進める」と書かれていたのと対照的です。以上から、「骨太方針2016」は「社会保障・税一体改革」の事実上の死亡宣告と言えます。

「骨太方針2016」全体で目立つのは「見える化」と「先進・優良事例」・「好事例」という用語で、「見える化」は目次(見出し)だけで、3回も出てきます(すべて第3章)。「先進・優良事例の展開促進」のトップには「健康増進・予防サービス」が位置づけられています(31頁)。他面、「骨太方針2015」のキーワードの一つになっていた「サービスの産業化」(22,26,32頁)や「社会保障分野の産業化」(30頁)という表現は消えています。

「医療(改革)」では、「人生の最終段階における医療の在り方」が独立項目になっていることに注目しました(36頁)。「骨太方針2015」では「医療・介護提供体制の適正化」(31頁)の中に1文書かれていたのと比べ、ずいぶん格が上がったと言えます。ただし、それによる医療費抑制には触れていません。これは、安倍首相の「尊厳死は、きわめて重い問題」だが、「大切なことは、これは言わば医療費との関連で考えないことだろう」との2013年2月20日の参議院予算委員会での真っ当な発言を踏まえたものかもしれません。

[本稿は、『日本医事新報』2016年9月3日号(4819号)に掲載した「『ニッポン一億総活躍プラン』と『地域共生社会実現本部』資料をどう読むか?」(「深層を読む・真相を解く(56)」)に大幅に加筆したものです。]

文献

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2.講演録:「新福祉ビジョン」と「一億総活躍プラン」・「『我が事・丸ごと』地域共生社会実現本部」資料を複眼的に読む-福祉拡大の好機だがソーシャルワーカーには危機になりうる、それを克服する道は?

(9月17日に東洋大学で開催された、ソーシャルケアサービス従事者研究協議会(SCS)主催「我が事丸ごと地域共生社会」をめぐる9・17緊急討論集会での「問題提起」。日本社会福祉士教育学校連盟のウェブサイトに9月20日全文公開:http://www.jassw.jp


「私は何事も厳しく評価する人間だが、基本的には評価は相対的に行っている」
(J・E・スティグリッツ(2001年ノーベル経済学賞受賞。鈴木主税訳『人間が
幸福になる経済とは何か』徳間書店,2003,19頁
)

0.はじめに

こんにちは、日本福祉大学学長、日本社会福祉教育学校連盟会長、ソ教連「新福祉ビジョン」に係る特別委員会委員長の二木です。私は、リハビリテーション専門医出身の医療経済・政策学研究者ですが、2013年に日本福祉大学学長、昨年5月に日本社会福祉教育学校連盟会長になって以来、研究領域を福祉政策にも拡大しています。よろしくお願いします。

私はパワーポイントは用いず、資料集に含まれる講演レジュメに沿って、40分弱、「問題提起」を行います。「基調報告」としなかったのは、私が、一部私見も交えて率直に「問題提起」し、その後、シンポジスト・コメンテーターや参加者の皆さんと率直な意見交換をし、それを通してSCS加盟団体や参加者の皆さんと、最近の福祉政策とそれへの対応についての共通理解と危機意識を持ちたいと思ったからです。

この点については、本日の集会の呼びかけ文にも、以下のように書かれています。

<いま、ソーシャルワーカーの職能団体と養成団体、関連学会は、安倍政権・厚生労働省がこの間矢継ぎ早に決定・公表している一連の改革案の全体像を正確に理解し、それらに適切かつ速やかに対応することが求められています。

改革案として特に重要なのは、「新福祉ビジョン」(昨年9月)、「一億総活躍プラン」(本年6月閣議決定)、および本年7月15日に公表された「『我が事・丸ごと』地域共生社会実現本部」の各種資料の3つです。これらの文書は、今後の超高齢化・超少子化社会を展望して、福祉の範囲や対象を拡大することを提起している点では、ソーシャルワークの職能団体や養成団体にとっては絶好の「チャンス」と言えます。しかし他面、いずれの文書も、それを担うソーシャルワーカー(社会福祉士や精神保健福祉士等)の役割にほとんど触れておらず、このままでは他職種の参入によりソーシャルワーカーの位置づけや就労の場が現在よりも狭まる「危険」も併せて持っています。そのために、ソーシャルワークの職能団体と養成団体、関連学会は一致団結して、社会のニーズに応えられるソーシャルワーカーを養成し、活躍していける状況をつくることが求められています。>以下、省略します。

このような課題意識に基づいて、以下、レジュメに沿って次の3本柱でお話しします。第1に、厚生労働省プロジェクトチーム「新福祉ビジョン」を複眼的に検討します。第2に、閣議決定「ニッポン一億総活躍プラン」と厚生労働省「『我が事・丸ごと』地域共生社会実現本部」の資料2をやはり複眼的に検討します。第3に、それらを踏まえたソ教連(ソーシャルワーク教育団体連絡協議会)の取り組みとソ教連特別委員会の「最終報告(案)」について紹介します。第1と第3の柱はソ教連特別委員会委員長としての公式報告ですが、第2の柱は私個人の意見です。

1.「新福祉ビジョン」を複眼的に読む-ソ教連特別委員会「中間報告」(後述)より

まず、「新福祉ビジョン」を複眼的に検討します。これについては、ソ教連特別委員会「中間報告」の「2.『新福祉ビジョン』の3つの柱の総合的評価」に簡潔に書かれているので、それを全文紹介します。「中間報告」のこの部分は、後に述べる「最終報告(案)」と同じです。なお、私は「新福祉ビジョン」について、より詳しい検討を、昨年11月1日の第45回全国社会福祉教育セミナーのソ教連「緊急企画」で行っています(文献1)。それは本日の資料集にも含まれているので、お読み下さい。

2.「ニッポン一億総活躍プラン」と「『我が事・丸ごと』地域共生社会実現本部」資料を複眼的に読む

次に閣議決定「ニッポン一億総活躍プラン」と厚生労働省「『我が事・丸ごと』地域共生社会実現本部」の資料2「地域包括ケアの深化・地域共生社会の実現」を複眼的に検討します。「はじめに」で述べたように、ここで述べることはソ教連やソ教連特別委員会の公式見解ではなく、私の個人的評価です。両文書については、文献(2,3)でより詳しく検討したので、お読み下さい。

(1)「ニッポン一億総活躍プラン」の複眼的評価

まず、「ニッポン一億総活躍プラン」(以下、「プラン」と略します)を複眼的に評価します。ここで一番強調したいことは、この「プラン」が現在の安倍政権の最重要政策であることです。安倍政権は6月2日、「骨太方針2016」、「日本再興戦略」、「規制改革実施計画」および「プラン」の4つを閣議決定しました。例年は「骨太方針」が一番重視されるのですが、安倍首相はそれよりも「プラン」を強調し、参議院議員選挙後の8月3日に行った内閣改造直後の閣議決定「基本方針」でも「プラン」が最重視されました。

ただし、「骨太方針2016」を無視することはできません。今年の「骨太方針」には、2014年総選挙時の公約を破り、消費税率引き上げを2年半も再延期する理由が書かれていないだけでなく、「社会保障・税一体改革を確実に進める」との定番的表現が消えました。このことは、社会保障・税一体改革への事実上の死亡宣告とも言え、今後、医療・福祉・社会保障改革は重大な税源不足に陥るし、財政再建もほとんど不可能になったと私は危惧しています。

「プラン」は「新しい三本の矢」と「働き方改革」の2本柱で構成されています。前者については、「戦後最大の名目GDP600兆円」、「希望出生率1.8」、「介護離職ゼロ」の3つの「的」に向かって、次の「新しい三本の矢を放つ」としています。①希望を生み出す強い経済、②夢をつむぐ子育て支援、③安心につながる社会保障。「働き方改革」は、①同一労働同一賃金の実現など非正規雇用の待遇改善、②長時間労働の是正、③高齢者の就労促進の3つの目標を掲げています。

「プラン」に初めて盛り込まれた施策で、医療・福祉関係者がもっとも注目すべき施策は、「介護離職ゼロの実現」に向けた対応策⑨「地域共生社会の実現」(60頁)に、「医療、介護、福祉の専門資格について、複数資格に共通の基礎課程を設け、一人の人材が複数の資格を取得しやすいようにすることを検討する」、「医療、福祉の業務独占資格の業務範囲について、現場で効率的、効果的なサービス提供が進むよう、見直しを行う」と書き込まれたことです。「新福祉ビジョン」では、「分野横断的な資格のあり方について、中長期的に検討を進めていくことが必要と考えられる」(20頁)と抽象的に書かれていたことと比べると、ずいぶん踏み込んだ記述です。この点は、後で、「『我が事・丸ごと』地域共生社会実現本部」資料を検討するときに、詳しく述べます。

「プラン」中の福祉専門職についての記載をみると、「社会福祉士」とソーシャルワーカー一般の記載はない反面、「スクールソーシャルワーカー」の記載は4か所もあります。特に「プラン」の本文12頁の(課題を抱えた子供たちへの学びの機会の提供)の冒頭では、「特別な配慮を必要とする児童生徒のための学校指導体制の確保、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーの配置など教育相談機能の強化に取り組む」と書かれました。政府文書の最上位にある「閣議決定」のしかも本文にスクールソーシャルワーカーの役割が明記されたのはこれが初めてであり、画期的と言えます。さらに43頁の「付表」には、スクールソーシャルワーカー(SSW)を2015年度の2,247人から2019年度の10,000人へと5年で4倍化する数値目標も示されています。

さらに精神保健福祉士については、57頁の付表、「介護離職ゼロの実現」のための「対応策」の「⑧障害者、難病患者、がん患者等の活躍支援(その1)」の「具体的な対応策」の最後(4番目)に「精神障害者等の職業訓練を支援するため、職業訓練校に精神保健福祉士を配置してそのサポートを受けながら職業訓練を受講できるようにするなど受入体制を強化する」と書かれました。これは精神障害者等の職業訓練校に限定した記述ですが、「新福祉ビジョン」が精神保健福祉士にまったく言及していなかったことと比べると、「閣議決定」に書き込まれたこと、しかも精神保健福祉士の職域拡大が示されたことは大きな前進と言えます。

レジュメには書きませんでしたが、福祉関係者が「プラン」でもう1つ注目すべきことは、本文16頁(4.「介護離職ゼロ」に向けた取組の方向)の最後に「(4)地域共生社会の実現」が掲げられ、次のように書かれていることです。

<子供・高齢者・障害者など全ての人々が地域、暮らし、生きがいを共に創り、高め合うことができる「地域共生社会」を実現する。このため、支え手側と受け手側に分かれるのではなく、地域のあらゆる住民が役割を持ち、支え合いながら、自分らしく活躍できる地域コミュニティを育成し、福祉などの地域の公的サービスと協働して助け合いながら暮らすことのできる仕組みを構築する。また、寄附文化を醸成し、NPO との連携や民間資金の活用を図る>。

この「地域共生社会」の説明・定義は、内容的には、「新福祉ビジョン」が提起した「新しい地域包括支援体制」、「全世代・全対象型地域包括支援」に近いと思いますが、この2つの用語は使われていません。「地域共生社会」という用語は、福祉、特に地域福祉の研究者や実践家にとってはなじみのある言葉だと思いますが、「新福祉ビジョン」では、やや意外なことに使われていませんでした。これは私のややうがった見方ですが、厚生労働省は、「新福祉ビジョン」の名を捨てて実を取った-「新福祉ビジョン」で提起した「新しい地域包括支援体制」、「全世代・全対象型地域包括支援」という福祉関係者以外にはやや分かりにくい用語・新語を、「地域共生社会」という一般の国民にもイメージしやすい用語に置き換えた-のかもしれません。

分配重視でリベラルな社会政策に見えるが…

以上紹介してきたように、「プラン」で示されている施策の多く、特に福祉に関わる部分は、言葉としては誰もが賛同できるものです。さらに、分配重視でリベラルな社会政策も含まれていることも見落とせません。私が一番驚いたことは、「3.『希望出生率1.8』に向けた取組の方向」の最後(15頁)に「性的指向、性自認に関する正しい理解を促進するとともに、社会全体が多様性を受け入れる環境づくりを進める」と書かれたことです。

これとまったく同じ表現は「骨太方針2016」の10頁にも盛り込まれました。「性的指向、性自認」の正しい理解の促進が、閣議決定という政府の最上級の公式文書に明記されるのは初めてです。安倍首相は、憲法・安全保障政策ではきわめて復古的・タカ派的ですが、社会政策については「現実主義」の側面もあると言われており、これはその象徴と言えます。

ただし、「プラン」と現実の施策との間には矛盾が少なくありません。最大の矛盾は、安倍首相が消費税率引き上げを再び延期したために、各施策を実現するための安定財源がないことです。「安心につながる社会保障」のためには社会保障費の増額が不可欠ですが、昨年の「骨太方針2015」で決められた今後3~5年間の毎年の社会保障関係費の伸びを5000億円以内に抑えるとの方針は本年も踏襲されています。この点については、文献(2,3)で詳しく述べたのでお読み下さい。

それだけに、今後安倍政権が「プラン」に基づいて出してくる一連の「社会政策」、福祉改革に対しては複眼的な評価と柔軟な対応が求められると思います。

(2)「『我が事・丸ごと』共生社会実現本部」資料の概要とポイント

次に、厚生労働省「『我が事・丸ごと』共生社会実現本部」資料の概要とポイントを説明します。

「我が事・丸ごと」共生社会実現本部は「プラン」で示された「地域共生社会」の具体化を図る組織と言えます。7月15日に発足し、大臣を本部長、11局長等を本部員とする「オール厚生労働省」組織で、「地域力強化」、「公的サービス改革」、「専門人材」の3つのワーキンググループから構成されています。なお、「我が事・丸ごと」という枕詞は「プラン」にはなく、塩崎大臣の命名またはお気に入りのようです。

資料2は冒頭の「2035年の保健医療システムの構築に向けて」で、以下の4つの改革を推進するとしています。①地域包括ケアシステムの構築:医療介護サービス体制の改革、②データヘルス時代の保険者機能強化、③ヘルスケア産業等の推進、④グローバル視点の保健医療政策の推進。ここで注目すべきことは、施策の目標年が「社会保障・税一体改革」の2025年から2035年へと10年延長していることです。

①「地域包括ケアシステムの構築」の柱は以下の4つです。「質が高く、効率的な医療提供体制」、「地域包括ケアシステムの構築」、「地域包括ケアシステムの深化、『地域共生社会』の実現」、「医療介護人材の確保・養成、人材のキャリアパスの複線化」。

これらのうち、1番目と2番目の厚生労働省の定番の施策で、特に新味はありませんが、3番目と4番目は「新福祉ビジョン」で初めて提起されたものです。3番目の「地域包括ケアシステムの深化、『地域共生社会』の実現」は、以下のように説明されています。「高齢者・障害者・子どもなど全ての人々が、1人ひとりの暮らしといきがいを、ともに創り、高め合う社会(『地域共生社会』)の実現)」、「対象者ごとの福祉サービスを『タテワリ』から『まるごと』へと転換」。この説明は、「新福祉ビジョン」が提起した「新しい地域包括支援体制」、「全世代・全対象型地域包括支援」とほぼ同じと言えます。これにより、現行法(「社会保障改革プログラム法」と「医療介護総合確保推進法」)では高齢者に限定されている地域包括ケアシステムの対象者の「全世代・全対象」への拡大・深化が、厚生労働省全体の認知を得たと言えます。医療・福祉関係者は、今後この視点から地域包括ケアを推進する必要があると思います。

3番目が「新福祉ビジョン」の提起の追認であったのに対して、4番目の「医療介護人材の確保・養成、人材のキャリアパスの複線化」は「新福祉ビジョン」よりも踏み込んで、以下のように述べています。「医療・福祉職の複数資格に共通の基礎課程を創設し、資格ごとの専門課程との2階建ての養成課程へ再編することを検討等」。これは先に述べた「プラン」60頁の記述に対応しています。

「医療・福祉人材の最大活用のための養成課程の見直し」のための「具体的な取組」は14頁に書かれており、「医療・福祉の複数資格に共通の基礎課程を創設し、資格ごとの専門課程との2階建ての養成課程へ再編することを検討」と「資格所持による履修期間の短縮、単位認定の拡大を検討」の2つです。この検討対象となる「医療・福祉関係資格の例」としては、看護師、准看護師等8つの医療職(医師、歯科医師、薬剤師は含まない)と社会福祉士、介護福祉士、精神保健福祉士、保育士の4つの福祉職が示されています。

私も、今後の少子化と人口減少を考えると、医療・福祉分野でも「医療・福祉人材の最大活用のための養成課程の見直し」は不可避だし、もしこれが計画通りに行われれば、医療・福祉人材の養成課程の史上最大の改革になると思います。

ただし、現時点で私が得た情報では、現実に「共通の基礎課程」の創設の導入が検討されている、または検討が予定されているのは、人材不足が社会問題化している保育士と介護福祉士、および介護福祉士と准看護師だけです。さらに私は、今後、介護福祉士・保育士または介護福祉士・准看護師のダブル資格を取得しやすくなったとしても、両資格が規定している職務を同時に行える職場は、専門職の不足が特に深刻な中山間僻地の施設や地域包括ケアに限定されると予測しています。そしてこれらの地域・職場では、ダブル資格を持っている職員は大きな戦力になると思います。

それに対して、ソーシャルワーカー資格の改革については、厚生労働省もまだ明確な方針を持っていないようです。それだけに、ソーシャルワーカーの養成団体や職能団体が積極的でしかも現実的な改革案を示すことが求められているし、そうすれば、それら(の一部)が実現する可能性は十分にあると思います。

3.ソ教連の取り組みとソ教連特別委員会「最終報告(案)」

そこで最後に、「新福祉ビジョン」等に対応するソ教連の取り組みとソ教連特別委員会「最終報告(案)」について説明します。

(1)「最終報告(案)」に至る経緯

まず、「最終報告(案)」に至る経緯を説明します。昨年11月1日に同志社大学で開かれた第45回全国社会福祉教育セミナーのソ教連「緊急企画」で、「新福祉ビジョン」についての検討を行いました。それを受けて、昨年12月に「新福祉ビジョン」に係る特別委員会を設置し、本年4月に「中間報告(案)」をまとめ、それが5・6月に開かれたソ教連を構成する3団体(学校連盟、社養協、精養協)の総会で承認され、「中間報告」となりました。その後、特別委員会は本年8月30日に「最終報告(案)」をまとめ、現在、9月末を締め切りとしてソ教連構成3団体の加盟校からの意見を募集しています。それを踏まえて、「最終報告(第二次案。仮)」を作成し、10月30日に淑徳大学で開かれる第46回全国社会福祉教育セミナーのソ教連「緊急企画」で発表する予定です。当初は「最終報告」のとりまとめは、今年度末を予定していましたが、厚生労働省の社会福祉士養成カリキュラムの見直しの検討が本年12月~来年1月に予定されているとの情報を得て、急遽スピードアップしました。9月26日の社会保障審議会第19回福祉部会で配布予定の「資料4 今後の福祉人材確保専門委員会について」の「今後のスケジュール」では、「平成29年[2017年]1月」までに、「社会福祉士のあり方について議論等、2回程度を想定」と書かれているそうです。

(2)「最終報告(案)」のポイント

次に、「最終報告(案)」のポイントを紹介します。「最終報告(案)」は報告書本体と2つの「別紙」の二本立です。

報告書本体は「中間報告」の微修正であり、ソーシャルワーカー養成教育の改革については、「ソーシャルワーカー養成教育の改革のための中長期的な視点と論点」と「社会福祉士・精神保健福祉士養成教育改善のための短期的課題」の2つを峻別しています。

前者(「中長期的な視点と論点」)では、以下の改革を提起しています。ソーシャルワーカーの共通資格制度の創設を展望する必要。ソーシャルワーカーの「資格」と「機能」は区別して検討する必要:ソーシャルワーカーの資質向上だけでなく、福祉分野以外の専門職のコーディネーションやネットワーキング機能の向上も必要。福祉人材が不足している状況を踏まえると、社会福祉士等が介護福祉士あるいは保育士などの複数の資格を取得する道も検討すべき。ソーシャルワーカー養成教育に従事する教員の総合的な能力向上を図るべき等です。

後者(「短期的課題」)では、以下の改革を提起しています。現行の社会福祉士・精神保健福祉士資格の科目の共通化・読み替えを進め、より多くの学生やソーシャルワーカーが両資格を取得できるようにすべき。実習時間増(例:90時間増)と複数の施設・事業所での実習の義務化。講義科目の精選・統合による時間枠減等です。これらの「短期的課題」については、今後厚生労働省の社会保障審議会福祉部会・今後の福祉人材確保専門委員会で検討される社会福祉士養成カリキュラムの改革にもできるだけ反映させたいと思っています。

別紙1と2は、それぞれ「社会福祉士養成カリキュラムの見直しに向けて」、「社会福祉士養成教育における実習教育の運用等について」、より踏み込んだ説明・提起をしていますが、実務的事項が多いので省略します。

「最終報告(案)」をソ教連構成3団体の加盟校以外に公表するのは本日が初めてです。皆様の率直なご意見をいただければ幸いです。私の「問題提起」は以上です。ご静聴ありがとうございます。

参考文献

【参考】

日本社会福祉教育学校連盟のHPに9月20日に掲載された本集会の「報告」は以下の通りです。

「我が事・丸ごと地域共生社会」をめぐる9・17緊急討論集会で二木立本学校連盟会長が「問題提起」を行いました!

9月17日に東洋大学でソーシャルケアサービス従事者研究協議会(SCS)主催の「緊急討論集会」が開催され、160人が参加しました。

SCS代表の白澤政和氏の開会挨拶に続いて、二木立本学校連盟会長が問題提起<「新福祉ビジョン」と「一億総活躍プラン」・「『我が事・丸ごと』地域共生社会実現本部」資料を複眼的に読む-福祉拡大の好機だがソーシャルワーカーには危機になりうる、それを克服する道は?>を、40分弱行いました。

それを受けて、白澤政和氏がコーディネーターとなってシンポジウムが行われ、以下の3人のシンポジストと5人のコメンテーターが報告・発言しました(発言順)。

その後、参加者と二木会長・3人のシンポジストとの間で1時間余活発な討論が行われ、最後に鎌倉克英日本社会福祉士会会長が閉会の挨拶を述べました。
本集会の全記録は後日SCSがまとめることになっていますが、本緊急討論集会が目指した、関係者間での「最近の福祉政策とそれへの対応についての共通理解と危機意識を持つこと」を、本学校連盟会員校の皆様にも共有して頂きたく、二木立本学校連盟会長の「問題提起」の全文(当日読み上げ原稿)を先行公開します。

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算127回.2016年分その7:7論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

<包括的(プライマリ)ケア・サービス統合(3論文)>

○複数の慢性疾患またはフレイルを有する患者への包括的ケアプログラムの効果:体系的文献レビュー
Hopman P, et al: Effectiveness of comprehensive care programs for patients with multiple chronic conditions or frailty: A systematic literature review. Health Policy 120(7):818-832,2016.[文献レビュー]

本研究の目的は、複数の慢性疾患またはフレイルを有する患者への包括的ケアプログラムについて記述し、患者とケア提供者に関連したアウトカム、ヘルスケアの利用及び費用の改善に関する効果を推計することである。そのために6つの電子データベースを用いて、2011年1月~2014年3月に学術雑誌に発表され論文を検索し、それらの論文に引用されていた論文もチェックした。Wagnerの慢性期ケアモデル(CCM)を用いて、包括的ケアを操作的に定義した。各論文の質を評価し、「最良のエビデンスの統合法」(best-evidence synthesis)を適用した。

複数の慢性疾患またはフレイルを有する患者に対する18の包括的ケアプログラムの効果を記述している19の報告を選んだ。そのうちヨーロッパからの報告は1つだけだった。プログラムの介入対象、状況(setting)、介入方法や慢性期ケアモデルの構成要素の数は様々であった。包括ケアを提供すると、患者の満足度が向上し、抑うつ症状が減り、健康関連のQOLやADLが改善する可能性があるが、そのエビデンスはまだ不十分である。包括的ケアがプライマリケア医やGPの受診を減らすとか、医療費を減らすとのエビデンスはなかった。入院医療の利用についてのエビデンスは不十分であった。包括的ケアが介助者関連のアウトカムを改善するとのエビデンスはなかった。現在までいくつかの(良質の)研究が行われてきたという事実があるにもかかわらず、包括的ケアプログラムの効果のエビデンスはまだ不十分である。

二木コメント-本文献レビューのポイントは、①包括的ケアプログラムは医療の質を向上させる可能性はあるがエビデンスはまだ不十分、②それによる費用抑制はないの2つだと思います。

○[アメリカにおける]包括的プライマリケアモデル事業開始後2年間の費用と質
Two-year cost and quality in the comprehensive primary care initiative. NEJM 374(24):2345-2355,2016.[量的研究]

4年間の複数支払者包括的プライマリケアイモデル事業が2012 年 10 月に開始された。本事業の目的は、さまざまな形態の支援により,ケアの質の改善および費用の削減につながるケア提供の変化が生じるか否かを明らかにすることであり、アメリカの 7 地域のプライマリケア診療所 497か所で実施されている。支援内容は,ケアマネジメント料の支払い、節減を共有する機会、データフィードバックと学習支援の提供などである。モデル事業参加診療所におけるケア提供の変化を追跡し,差の差法による回帰分析により、モデル事業参加診療所で診療を受けている出来高払い方式のメディケア受給者と、マッチさせた対照診療所群について、モデル事業の最初の2年間でのメディケア費用、医療利用、医療費請求書に基づく質の測定、および患者の体験の変化を比較した。

最初の 2 年間で、モデル事業参加診療所の医師は、1人当たりケアマネジメント料を115,000ドル(中央値)受け取った。診療所は,高リスク患者のケアマネジメントやケアへのアクセス拡大などの領域でアプローチが改善したと報告した。受給者 1 人当たりの 1 ヵ月のメディケア平均費用の変化は,モデル事業参加診療所と対照診療所とで、ケアマネジメント料を考慮しなかった場合にも(-11 ドル,95%信頼区間 [CI] -23 ドル~1 ドル;P=0.07;マイナスはモデル事業参加診療所のほうが支出の増加が少なかったことを示す)、考慮した場合にも(7 ドル,95% CI -5 ドル~19 ドル;P=0.27)有意差はなかった。その他の評価指標で有意差が認められたのは,対照診療所と比較した場合のモデル事業参加診療所におけるプライマリケア受診の 3%減少(P<0.001)と、患者の体験の 6 領域のうちの 2 領域(投薬治療に対する意思決定についての患者との話し合い、自身の健康を管理する患者に対する支援提供)おける変化だけであり,これら 2 領域については,モデル事業参加診療所では,対照診療所と比較して小さな改善が認められた(それぞれ P=0.006 と P<0.001)。4年計画の本モデル事業の中間点で、モデル事業参加診療所は,プライマリケア提供が改善したと報告した。しかし、この時点で、これら診療所において、ケアマネジメント料を考慮に入れた場合、メディケアパート A・B 費用節減は認められず、ケアの質や患者の体験での明らかな改善も認められていない。

二木コメント-日本では「ケアマネジメント」は主に介護保険領域で行われていますが、アメリカの「ケアマネジメント」は1970年代に導入された当初からメディケア、メディケイドが給付するサービス全体(医療が中心)を対象にしていました。包括的プライマリケアモデル事業参加診療所に対して、医師1人当たり2年間で115,000ドル(約1000万円!)ものケアマネジメント料が支払われていることは驚きです。もう1つの驚きは、この費用(これがモデル事業の介入費用の中心)を除いても、モデル事業参加診療所でのメディケア費用の抑制が生じていないことです。日本では包括的プライマリケアにより総医療費が節減されると主張される方が少なくありませんが、今回紹介した2論文はそれが幻想であることを示しています。

○[保健医療]サービスの統合はユニバーサル・ヘルス・カバリッジ[普遍主義的医療制度]の役に立つか?国際的エビデンス
Le G, et al: Can service integration work for universal health coverage? Evidence from around the globe. Health Policy 120(4):406-419,2016.[文献レビュー]

ユニバーサル・ヘルス・カバリッジ(UHC)は新しい「持続的開発のための2030アジェンダ」の中核になっている。WHO(国際保健機構)は保健医療サービスの統合をUHCの必須条件と見なしている。しかし、現在まで、サービス統合についての論争では、実証的影響よりも主観的利益に焦点が当てられてきた。そこで、体系的文献レビューにより、UHCをすでに実施したか実施しつつある国でのサービス統合実験の実証的アウトカムを国際的に探索し、67の論文と報告を同定した。そのうち44は高所得国、23は低・中所得国での実験について報告していた(実験が行われた国 は合計40)。文献レビューの結果に基づいて、統合を以下の6つに分類した。①複数の専門家からなる医療スタッフ、②患者と医療スタッフ、③1つの疾患に対するケア・パッケージ、④2つ以上の疾患に対するケア・パッケージ、⑤複数のプライマリケア提供者と1人のスペシャリスト、⑥地域ケア(非施設ケア)。文献レビューにより、さまざまな人間開発の文脈内でのサービス統合により、追加的な費用なしに、患者と臨床家にとってプラスのアウトカムを生むことは可能であることを示せた。ただし、文献で示されたアウトカムの改善は抜本的(radical)というより漸進的(incremental)であり、このことは統合は医療のアウトカムを根本的に変えると言うよりは、すでに適切に確立されている制度を強化するものであることを示唆している。

二木コメント-サービス統合についての従来の文献レビューのほとんどが対象を高所得国に限定していたのに対して、国際的視点からそれを行っているのが特徴です。ただし、本論文の「サービス統合」はきわめて多様です。「追加的費用なしに」とは、私には各実験で当初期待された費用削減はなかったことの言い換えに思え、これは従来の文献レビューの結果と同じです(本論文の考察の「費用対効果」(416頁)は「甘い」、「浅い」と思います)。サービス統合は抜本的改革ではなく、漸進的改革とのまとめは妥当と思います。なお、"medical staff"は英米では「医師」を意味しますが、本論文での用いられ方を踏まえて、敢えて「医療スタッフ」と訳しました。

<ドイツの医療経済研究(4論文)>

○ドイツにおける病院医療の質の公開の影響-二次的データに基づく前後比較研究
Kraska RJ, et al: Impact of public reporting on the quality of hospital care in Germany: A controlled before-after analysis based on secondary data. Health Policy 120(7):770-779,2016.[量的研究]

2005年以降、すべてのドイツの病院は構造化された(様式が統一された)質報告書の公開を義務づけられている。国際的経験は、公開の義務化は病院が医療の質を改善する動機付けになることを示唆している。本研究では、そのような効果がドイツの病院でも示せるか、および営利病院と非営利病院とで差があるかを、(介入)前後比較研究により検証した。介入は臨床的質指標(QI)の公開義務化の最初の告示とした。2006~2016年の各病院のQI報告から得たデータを用いて、多変量解析を行った。公開がまだ義務化されていなかった2006年のデータを対照群とした。

介入群に含まれていた6つのQIは有意に改善した。主な改善は介入直後に生じていた。対照群に含まれていた31のQIのうち60%は、介入後、改善傾向が続いていた。介入後もっとも改善したのは、公開が義務化されたQIであった。営利病院と非営利病院とで差はなかった。以上の結果は、医療の質の公開がプラスの効果を持っていることを示している。すべてのQIで医療の質が改善し続けていたが、公開義務化はそれを促進したと言える。

二木コメント-英米以外の国で病院医療の質公開義務化の効果を定量的に検証した貴重な研究です。医療の質研究者必読と思います。

○ドイツにおける慢性疾患患者の医療差し控え-15,565人の横断面調査の結果
Roettger J, et al: Forgone care among chronically ill patients in Germany - Results from a cross-sectional survey with 15,565 individuals. Health Policy 120(2):170-178,2016.[量的研究]

医療が必要だと感じながら医療を受けない意思決定をすること(医療差し控え)は様々な要因の影響を受ける。対象は2013年の「外来医療における反応(responsiveness)調査」(郵送調査)に回答した15,565人のドイツの慢性疾患患者(冠動脈疾患または2型糖尿病)である。調査項目には、医療を受けたときに差別されたとの思い(perceived discrimination)、純所得、主観的健康状態、主観的社会経済的レベル(subSES)を含んでいた。調査データはドイツの疾病金庫が有する患者単位の医療費請求データとリンクした。多変量二項ロジスティック回帰分析により、年齢、生、併発疾患、居住地、主観的健康状態、subSES、差別されたとの思い、純等価所得と医療差し控えとの関連を検討した。

回答者の71.4%は男、平均年齢は69.4歳(標準偏差:10.2)で、14.1%が医療差し控えをしたことがあると回答した。多変量解析により、若年者、女、差別されたとの思い、抑うつ、および低い主観的健康状態は医療差し控えのオッズ比を高めていた。所得水準は医療差し控えにほとんど影響していなかった。概括的に言えば、本研究は医療制度についての否定的経験(差別や不公正な扱いを受けたとの思い)が慢性疾患患者の医療差し控えの強い予測因子であることを示唆している。

二木コメント-ドイツにおける「医療差し控え」の要因についての緻密な量的研究です。所得水準は影響しないとの結果は意外です。それに対して、日本医療政策機構「日本の医療に関する2007年世論調査報告」(Web上に公開)では、「過去1年間具合が悪いところがあるのに費用がかかるという理由で医療機関に行かなかったことがある」との回答が26%にも達しており、しかもこの割合には経済力による大きな格差がありました(低所得・低資産層で40%、高所得・高資産層では16%)。国立社会保障人口問題研究所「2012年社会保障・人口問題基本調査:生活と支え合いに関する調査結果」によると、「過去1年間に置いて、必要だと思うのに医療機関に行けなかった経験のある」個人は調査回答者全体の14.2%でしたが、所得階層別の違いは調査されていません。

なお、Health Policy誌 2016年 2月号は「ドイツ医療経済学研究センター[全国4か所]の政策的寄与」(The policy contribution of the German Health Economic Centres)を特集し、9論文を掲載しています。それの巻頭論文(特集号のゲスト編集者序文:Sundmacher L, et al)によると、これらは、連邦教育・研究省の資金助成を受けている4つ(ベルリン、エッセン、ハンブルク、ハノーバー)の医療経済研究センターの研究成果だそうです。また、ドイツでは2008年にドイツ医療経済学会が設立され、会員は800人超だそうです。ドイツの医療制度は比較的日本と似ているため、ドイツの医療や医療経済(研究)に興味のある研究者の参考になると思います。次の論文も、この特集に含まれています。

○[医師の開業]地域[選択]要因がドイツにおける診療所医師[密度]の地域的バラツキに与える要因の寄与
Vogt V: The contribution of locational factors to regional variations in office-based physicians in Germany. Health Policy 120(2):198-204,2016.[量的研究]

診療所医師数の地域的バラツキは、地域住民の医療ニーズよりも、地域の経済的魅力や医師の配偶者の雇用されやすさ等の要因によって説明できるとの文献が相当ある。しかし、バラツキのうちどれほどがこれらの要因によって説明できるかは不明である。本研究の目的はドイツにおける医師数の地域的バラツキの諸要因の寄与率を推計することである。医師密度(地区別人口10万対医師数)に影響することが確認されている、明確に定義された6つの説明変数を用いて、GP医と8つの診療科別専門医別に回帰分析を行った。その結果、地域の医療ニーズのバラツキは医師密度の5.2%以下しか説明できななかった。民間保険の加入者割合のバラツキはGP医密度のバラツキの14%を、専門医密度のバラツキの2-6%を説明していた。専門医については、GP医に比べて、地域の社会文化的アメニティにかかる変数が医師密度のバラツキに影響していた。以上の結果は、経済的インセンティブのみでは医師密度の地域的バラツキを改善できないことを示唆している。

二木コメント-6つの要因の医師密度の地域的バラツキに対する寄与率を定量的に検証した貴重な研究です。民間保険加入者(当然高所得者が多い)割合は、専門医よりも、GP医の医師密度の地域的バラツキに対する寄与率が高いのは意外です。ただし、GP医では「その他の要因(残余)」の寄与率が7割近くを占めています。

○ドイツにおける医療費の地域的バラツキの決定要因
Goepffarth D, et al: Determinants of regional variation in health expenditures in Germany. Health Economics 25(7):801-815,2016.[量的研究]

ドイツの医療費には明らかな地域差がある。そのような地域的バラツキは、しばしば非効率の指標と見なされる。医療制度は同質で、患者の自己負担は少なく、診療報酬は(地域で)一律であるドイツは、医療費の地域的バラツキの分析に特に適している。ドイツの法定医療保険の2011年の医療費、医療サービス利用及び健康状態についてのデータを用いた。これらのデータの出所は様々な組織が管理している統計であり、全国民の90%をカバーしており、社会経済的変数、汚染物質データ、医療価格および個人の選好を含んでいる。これらを説明変数とし、郡レベルでの1人当たり医療費を被説明変数とする回帰分析等を行ったところ、健康状態と人口的要因が医療費の地域差の標準偏差の55%を説明した。すべての制御変数により地域差の72%が説明できた。本研究では、通常想定されている以上に、地域的バラツキを説明できた。本研究では非効率は定量化できていないが、結果は医療費の地域的バラツキは非効率の反映であるとの通説を否定している。

二木コメント-医療費の地域差についての緻密な定量的研究であり、地域差=医療の非効率とする通説を否定しています。日本での追試が期待されます。

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4. 私の好きな名言・警句の紹介(その142)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<その他>

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