総研いのちとくらし
ニュース | 調査・研究情報 | 出版情報 | 会員募集・会員専用ページ | サイトについて

『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻168号)』(転載)

二木立

発行日2018年07月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次

添付ファイル: 論文図表

図表(別ファイル (PDFファイルPDF))


お知らせ

1.論文「『骨太方針2018』と『社会保障の将来見通し』をどう読むか?」『日本医事新報』7月7日号に掲載します。本論文は「ニューズレター」169号(2018年8月1日配信)に転載する予定ですが、早く読みたい方は掲載誌をお読み下さい。

2.東海病院管理学研究会が7月7日(土)午後2~4時半、ウィンクあいち1204会議室(JR名古屋駅前から徒歩5分)で「医療技術評価の理解と展望」をテーマにした第206回研究会を開催します。小林慎氏が「費用効果分析の基礎と費用対効果評価の試行的導入」について、五十嵐中氏が「諸外国の状況と日本への示唆」について講演し、私が「指定発言」します。会員外の参加費は2000円です。申込み先:tokaiha-office@umin.ac.jp

3.『日経ヘルスケア』7月号(7月10日発行)に私のインタビュー「医療政策の歴史を学べば将来の事業展開も見えてくる」が掲載されます。

訂正:「ニューズレター」前号の講演録「今後の超高齢・少子社会と医療・社会保障の財源選択」の15頁「民主党も埋蔵金を使えば18兆円財源が出てきて国民負担を増やさなくても医療・社会保障費が充実すると言っていました」中の数値は16.8兆円の誤記です。


1. 論文:本年度診療報酬改定でのロボット支援手術の保険適用拡大の政策的・歴史的評価-「採算割れ」点数は新技術の普及を阻害しない
(「二木教授の医療時評(161)」『文化連情報』2018年7月号(484号):18-25頁)

はじめに-ロボット支援手術の適用拡大の評価への2つの批判

本年度の診療報酬改定の「手術等医療技術の適切な評価」の目玉は、ロボット支援下内視鏡手術(以下、ロボット支援手術)の保険適用の対象が、胃、子宮、食道、直腸、肺の悪性腫瘍等、一気に12の術式に拡大されたことです。これらのうち、胃切除術と子宮全摘術の2手術は「先進医療」からの移行ですが、残りの10手術は、関連学会からの提案に基づいて、自由診療から先進医療を経ることなく保険適用となりました。

これにより、患者の自己負担は400~100万円から10万円前後に劇的に軽減します(高額療養費制度を用いて)。他面、ロボット支援手術が、2012年に前立腺悪性腫瘍手術に、2016年に腎悪性腫瘍手術に保険適用された時に認められた「内視鏡手術用支援機器加算」(それぞれ54.2万円、27.8万円)は見送られました。その理由は、ロボット支援手術は、現時点では既存の内視鏡手術に比べた優位性が示されていないためとされています。

この加算見送りについては、外科系学会の一部から、ロボット支援手術の経費の多さ(本体価格2~3億円+年間維持費2000~3000万円)を理由にして、「腹腔鏡下手術よりも約50万円は高い設定が必要」との意見や、「採算割れの点数設定はロボット支援手術の普及を妨げる」との批判が出されているとも報じられています。本稿では、この2つの意見・批判の妥当性を検討します。

まず私が加算見送りは医療政策的に妥当と判断する根拠を述べます。次に、1970年代後半~1990年代前半の約20年間に新たに保険収載された高額の先端的医療技術のうち、診断技術としてCTとMRI、治療技術としてESWLと白内障の眼内レンズ挿入術をあげ、保険収載時の新技術の「採算割れ」点数は、当該技術の普及を阻害しなかったことを示します。

1 ロボット支援手術の加算見送りは妥当

ロボット支援手術の加算見送りは、公式には、本年度から実施される医薬品・医療医術(以下、医薬品等)の「費用対効果評価の試行的導入」とは無関係とされています。しかし私は今回の加算見送りは、医薬品等の保険適用に当たっては、それが既存の医薬品等に比べて追加的効果や優位性があると証明された場合にのみより高い価格を付ける、しかもその価格は医薬品等の製造原価ではなく、ICER(増分費用効果比。1単位の追加的効果を獲得するのに必要な追加的費用)に基づいて決定するという「試行的導入」で確認されたのと同じロジックに基づいていると判断しています。

迫井医療課長と絹笠教授の率直な発言

この点について、今回改定の実質的責任者である迫井正深保険局医療課長は『週刊社会保障』インタビューで、次のように明快に述べています。少し長いですが、非常に重要な発言なので、ほぼ全文を引用します。「すでに保険収載されていたダ・ヴィンチの技術は、代替する既存技術よりも優位性があるため、高い報酬が設定されていました。しかし、今回の12技術は、既存技術よりも優位であるというエビデンスがありませんでした。/このまま保険収載をしないという対応もありえますが、既存技術と同程度の有効性・安全性は確認できていますから、既存技術と同じ報酬でよいから使いたいという要望を退けるべきなのか。また、優位性が出ないものに差額徴収を認めるような保険併用による対応を継続することも困難ではないか。そして、コストに見合わないと考える施設は、使わなければよいのではないか。様々な視点のご指摘を集約して今回の対応となりました。(中略)/これは、得られる医療上の効果に着目した報酬設定になります。医薬品の類似薬効比較方式、特定保険医療材料の機能別分類と基本的には同じ考え方ですが、医療技術で、こういった考え方で明示的に点数を設定したことはこれまでなかったように思います。新しい技術の普及という観点もありますし、効果に着目した報酬の設定は、今後増えていくでしょう(1。ゴチックは二木)。

迫井課長の発言に先立って、絹笠祐介東京医科歯科大学教授も『日本医事新報』インタビューで次のように率直に述べています。「既存手術に対するロボット手術の優位性は、エビデンスとして明確には示されていません。そうした段階で高い点数を付けるのはおかしな話です。ロボットが数億円もするから高い点数を付けるのではなく、確実に有効な治療だから加点していくというのがまっとうな道筋ではないかと思います」(2)

加算見送りの3つの意味・意義

私も、迫井医療課長と絹笠教授の判断に賛成です。私は、今後、既存の内視鏡手術に比べたロボット支援手術の優位性が証明される可能性は十分あるが、その場合も加算はロボット支援手術の経費の多さではなく、あくまでICERに基づいて決定されるし、それが妥当と思います。

これに加えて、今回のロボット支援手術の加算を伴わない保険適用拡大には、以下の3つの意味・意義があると判断しています。

第1:私が一番重要だと判断していることは、ロボット支援手術を「既存技術と同程度の有効性・安全性は確認できて」いることを根拠にして保険適用し、全額自由診療のままにするか先進医療に組み込む対応を取らなかったことにより、今後、ロボット支援手術や類似医療技術の「混合診療」が拡大することを予防できたことです。一部の医師や政治家は、高額な先端医療技術の医療保険財政への負荷を理由にして、混合診療の拡大を主張しています。しかし、混合診療の拡大は貧富の差による医療アクセスの格差を拡大し、国民皆保険制度の形骸化につながるだけでなく、先端技術の普及そのものを遅らせます。この点について、先端的な乳ガン診療技術の保険適用実現に奔走された中村清吾昭和大学病院ブレストセンター長は、2011年に先進的な医療技術は「自費診療で受けられても世の中には広まらないので、標準治療にはなり得ません」と証言していました(3)。絹笠教授も「自費診療や先進医療でエビデンスの蓄積は不可能」と指摘されています(2)

第2:すでにダビンチを導入し、多様な手術でそれを用いている病院の中から、保険適用の手術対象の拡大=手術数の増加により、ダビンチの稼働率が高まり、赤字から脱却できるか、赤字額を相当圧縮できる病院が相当数生まれる可能性があります。他方、手術数が少ない病院が病院の宣伝や医師獲得を目的とし、採算を度外視して無秩序にダビンチを購入する動きは抑制されると思います。絹笠教授も、ロボット手術が「ゆっくり普及していく」と予想し、「その間に、どんどん指導体制も確立していくと思われるので、長い目でみると今回の診療報酬改定を機に、ロボット手術に精通した外科医が増えてくると期待しています」と述べています(2)

第3:厚生労働省が既存手術に比べて優位性が示されない限りロボット支援手術には加算を付けないとの強い意志・「シグナル」を発したことが、今後、ダビンチ等、費用対効果の良さが証明されていない医療機器の価格引き下げを誘発する可能性があります。ダビンチの販売元は5月下旬に、ダビンチの廉価版(1億円安い)の販売を発表しました。これは今回の診療報酬改定によりダビンチの販売が鈍ることに危機感を持ったための「緊急対応」の可能性もあります。

2 「採算割れ」点数は新技術の普及を阻害しない

次に、「採算割れの点数設定はロボット支援手術の普及を妨げる」との言説の妥当性を検討します。私はこれを聞いたとき強い「既視感(deja vu)」を感じました。というのは、同様の批判は過去、高額の先端技術が保険導入されるたびに主張されたが、いずれもその後の事実で否定されているからです。以下、この点を診断機器についてはCTとMRI、治療技術についてはESWLと白内障の眼内レンズ挿入術の保険適用で検証します。

CTは低点数でも急速に普及

高額の先端医療技術の保険適用で「採算割れ」点数が最初に問題にされたのはCT(コンピュータ断層撮影)です。CTは1972年にイギリスのEMI社が開発し、日本では1975年に東京女子医大に第1号機が設置され、1978年に保険適用されました。その診療報酬は単純撮影で1万2000円(造影剤使用で6000円加算)とされました。これは保険前の「慣行料金」約3.5万円(全額自費またはシンチグラムによる「振替請求」)の約3分の1に過ぎませんでした。ちなみに、当時、日本医学放射線学会健保委員会が日本医師会の諮問で出した料金は頭部3万円、全身4万円でした(4)。このような「CT料金の設定の背景には、低めに抑えることによって『第二の人工腎臓』化を防ぎたい、という気持ちが厚生省や中医協に働いていたに違いない、と見る人が多い」と報じられました(4)

しかし、当時CTは1台1~3億円もしたため、医療界からはこのような低い診療報酬ではCTは「採算割れ」となって普及にブレーキがかかる、「医療の新しい芽をつみとってしまう」等の強い批判が出されました。

しかし、CTの設置台数は保険適用後、逆に加速しました。図1に示したように、1976年58台、1977年196台、1978年454台、1980年838台へと急増し、1982年(12月)には台数(2120台)でアメリカに比肩でき、人口100万対台数(18.5台)はアメリカの1.7倍に達しました(5)

この要因について、佐野圭司帝京大学医学部脳神経外科教授は、1986年に以下のように述懐しました。「皮肉なことに、これ[日本のCT普及率が世界一になったこと]は厚生省がX線CTの保険点数を不当と思われるくらい低くおさえて、大病院以外はこの装置を設置できないように意図したことと関係がある。わが国機器メーカーの血のにじむような努力によって、低廉でしかも性能の良い国産品がどんどん作られるようになり、その結果、小さな病院、診療所でもこの装置をそなえるようになったからである(6)。事実、1982年(1月)の設置台数1686のうち日本メーカー4社のシェアは70.3%に達していました(5)

MRIの普及と費用抑制との「共存」の秘密

CTと同様の推移は、ほぼ10年後にMRI(磁気共鳴装置)でも生じました。以下、私が1993年に発表した論文「MRI導入・利用の日米比較」をベースにして述べます(7)

日本ではMRIの保険適用は、アメリカのメディケアより少し早い1985年に始まり、診療報酬は2万円とされました。当時MRI(超伝導)は1台3億円でCT(1億円前後)よりはるかに高額で、しかも1回当たりの検査時間はCTよりもはるかに長かったため、この診療報酬では「採算割れ」と言われました。

しかし、表1に示したように、CTの場合と同じように、MRIの設置台数は保険適用後加速しました。具体的には、1984年10台、1985年40台、1986年65台、1987年124台、1988年236台等です。MRI設置台数はその後も急増し、1990年代前半には人口100万対台数はアメリカと同水準になりました。

実は、1980~90年代には(現在も)、アメリカやヨーロッパ諸国では、技術進歩、特にハイテク医療技術が医療費増加の主因であり、それを規制しなければ、医療費のコントロールはできないという見解が支配的でした。しかし、私は、上掲論文により、日本では医療費抑制とMRIの広範な普及とが「共存」している事実を明らかにし、「共存」を実現した要因として以下の4つをあげました。①日本のMRIメーカーが、低い診療報酬に対応して、小型(省スペース)で、安価、しかも臨床上は、高磁場機に遜色のない低・中磁場MRIの開発と販売を積極的に行った。②販売会社間の激しい競争により、MRIの実勢価格が、早くから低下した。③わが国ではMRIのメインテナンス・コストがアメリカに比べて、はるかに安価である。④日本のMRI1台当たりの労働費用が、アメリカに比べてはるかに低い。

①について付言すると、MRI保険導入1年後の1986年の設置台数は65台にすぎなかったにもかかわらず、納入実績のあるメーカーは14社に上っていました。私が上掲論文で分析した1993年にはメーカーは事実上6社に集約されており、しかも日本の3社(東芝、日立、島津)が台数シェアでは65.2%を占めていました。

その上で、このような「日本モデル」は、MRIに限らず、CT、ESWL(体外衝撃波結石破砕装置)、超音波診断装置等の「標準化され、しかも資本集約的なハイテク医療技術(器機)」に当てはまるが、臓器移植等の「標準化されているが、労働集約的技術」には適用できないと主張しました。

ただし私は「日本モデル」には、以下の4つの問題点があるとも指摘しました。①少ない人員によるMRIの導入・稼働が必然的に招く、MRI担当医師・医療従事者の超過労働。②MRI検査に関して質の管理がほとんどなされていない。③MRI導入をめぐる激しく不透明な競争の結果、さまざまな汚職・収賄事件が発生している。④MRIの正規のテクノロジーアセスメントはおろか、厳格な収支計算すら、まったく行われていない。その上で、1993年に開かれた「MRIが医療制度に与えたインパクトに関する国際会議」での私の発表に対する批判も踏まえて、「質の管理、テクノロジー・アセスメントなき『日本モデル』が『世界標準』になることは不可能」と結論付けました。

ESWLの普及率も保険適用後世界一に

次に、高額の先端的治療技術の保険適用例として、ESWLと白内障の眼内レンズ挿入術について、簡単に検討します。

ESWLはドイツで開発された結石に対する低侵襲の先端的治療機器で、1985年に厚生省の認可を受けました。当時は1台6億円もする超高額医療機器でした。ESWLは1987年に「高度先進医療」に承認され、翌1988年に腎・尿管結石治療に保険適用されました。1992年には胆石治療にも保険適用が拡大されました。自由診療・「高度先進医療」の時代には1回100~50万円が「慣行料金」とされていましたが、診療報酬は腎・尿管結石、胆石とも、それの5分の1~4割の2万点(電極代別)に設定されました。

しかし、図2に示したように、設置台数は1987年の32台から、1988年には91台に急増し、それ以降も急増し続けました。そして、1993年には450台(人口100万対3.64台)、1995年には532台に達しました。これは、人口が日本の約2倍のアメリカの480台(1992年。人口100万対1.9台)を実数で上回る世界一の普及率でした(8)

ESWLの実勢価格も1995年には約1億円を切るまでに低下し、ランニングコストも低下したため、患者数が1980年代の6分の1でも購入・維持できるようになったとされました(9)。ESWLのメーカー別設置台数で注目すべきことは、本機を世界で最初に開発・販売したドイツのドルニエ社の独占・寡占はごく早期に崩れ、1993年には450台中96台(21.3%)にまで低下していたことです(『医療機器システム白書2002』318頁)。同年には国内外15社の装置が設置され、それによる「過当競争」が実勢価格の急落を促進したと思います。

白内障の眼内レンズ挿入術も保険適用後急増

白内障の眼内レンズ挿入術は1970年代後半から実施され始め、1980年代後半には「標準治療」と見なされるようになりましたが、長く「自由診療」」(正確には、白内障手術は保険、眼内レンズと装着費用は保険外)とされ、保険適用されたのは1992年でした。自由診療時代は手術料(眼内レンズ代を含む)は1眼当たり25万円前後でしたが、診療報酬はそれより9万円近く安い16.1万円に設定されました。この点数では、手術数の非常に多い眼科専門診療所・病院以外では「採算割れ」となり、「薄利多売の時代のの到来」と言われました。

しかし、図3に示したように、全国の白内障手術件数は、保険適用された1992年以降、急増しました(10)。具体的には、対前年比の手術眼数増は保険適用前は1989~91年は毎年3~4万件でしたが、1992年には6万件、1993年には7万件に急増しました。ただし、眼内レンズ実施施設数はこの間微増にとどまっており、手術実施医療機関の寡占化が進んだことを示唆しています。また、保険適用時に手術料に眼内レンズ代が含まれたため、および保険適用後手術数が急増したため、眼内レンズの実勢価格は劇的に低下したと言われています。

おわりに-ロボット支援手術の普及は1社独占が続くか否かで変わる

以上、1970年代後半~1990年代前半に保険導入された4つの高額の先端的医療技術の「事例検討」により、当初は「採算割れ」と見なされた点数設定がその後の新技術の普及を妨げなかっただけでなく、逆に普及を促進したことが示せたと思います。

ただし、ロボット支援手術は、CTやMRI等の診断機器だけでなく、ESWLや白内障の眼内レンズ挿入術と比べても、医師の技能の役割が大きいという違いがあるとも指摘されています。しかし、松波英寿医師(松波総合病院)の詳細な費用計算によると、「ダビンチ手術に係る[1件当たり]費用」約236万円のうち、「手術人件費」は約19万円(8.5%)にすぎません(11)。そのため、ロボット支援手術も大枠では「標準化され、しかも資本集約的なハイテク医療技術」と言え、本来は、機器の普及に伴い価格低下が生じても不思議ではありません。

しかし、現時点ではその装置がインテュイティブサージカル社の「ダビンチサージカルシステム」(ダビンチ)のみに限定されています。そのため、ダビンチの稼働台数は2017年12月現在約280台に達し、5年前の5倍に増加しているにもかかわらず(12)、かつてCTやMRI、ESWL等の導入後に生じたメーカー間の開発・販売競争による価格低下は生じていません。

他面、日本の複数のメーカーが2020年の実用化を目指して、ダビンチの半額~10分の1の手術支援ロボットを開発中であると報じられています(「日本経済新聞」2018年6月4日朝刊)。しかもダビンチの特許技術は2015年以降順次特許切れを迎えます。そのため、日本のメーカーが「低価格とシンプルさの両立、日本が持つハイテク技術のブランド化が実現すれば、日本のみならず世界で低侵襲手術ができる可能性がある」とのやや楽観的見通しも語られています(13)。私自身も、日本メーカーが低価格で小型のロボットや周辺機器を開発・販売することを期待しています。

ただし、ロボット支援手術に限らず、ペースメーカー等、日本メーカーによる治療技術の開発・販売の遅れの背景には、リスク回避的な日本メーカーの根深い体質があるとも指摘されています。実は、日本でも東芝や日立製作所等が2000年代初頭に手術支援ロボットの開発に参入したものの、「命を扱うというリスクが大きく、しくじれば企業ブランドが危うい」という理由から撤退した歴史があるそうです(14)

そのため、日本メーカーの製品投入がこれ以上遅れた場合には、「ダビンチ仕様」が事実上の世界標準になり、「ネットワーク外部性」(利用している人数が多いほど、新しい利用者にとっても便利になる)がますます強まり、ダビンチの「独占価格」が長期間続き、その結果、今後ロボット支援手術の効果・優位性が証明された場合にも、広範な普及は抑制される危険もあると思います。

[本稿は『日本医事新報』2018年6月2日号掲載の「ロボット手術の保険適用拡大をどう評価するか?」(「深層を読む・真相を解く」(76))に大幅加筆したものです。]

文献

▲目次へもどる

2. 論文:韓国・文在寅政権の医療改革案と医師会の反対-混合診療をめぐる論争を中心に
( 『月刊/保険診療』2018年6月号(73巻6号):33-36頁)

韓国では昨年5月の大統領選挙でムン・ジェイン(文在寅)候補が当選し、9年ぶりに進歩(革新)政権が成立しました。ムン大統領は8月に包括的な医療制度改革案(「健康保険保障性強化政策」。通称「ムンケア」)を発表しました。それは日本政府の現在の医療政策とは逆に、医療保障の大幅拡充と患者負担の削減(「保障性の強化」。総医療費中の公的医療費割合の上昇)を目ざしていますが、韓国医師協会(以下韓国医師会)や医療界はそれに強く反対しています。私は、本年3月にNECA(韓国保健医療研究院)の年次総会に出席し、「日本における地域基盤の保健医療改革」の講演をしたのですが、その折りに、ムンケアの全体像とそれに対する医師会の反対理由を詳しく知ることができました。本稿では韓国における政府と医師会との混合診療の廃止・縮小をめぐる論争を中心に紹介し、日本への教訓を述べます。

韓国の医療保険は発足時から混合診療を組み込む

韓国と日本の医療制度は、全国民を対象とする医療保険制度と民間病院中心の医療提供体制を有する点で、世界で最も類似しています。しかし、医療保険制度については2つの大きな違いがあります。1つは日本では保険者が分立しているのと異なり、韓国では2000年から保険者が国(国民健康保険公団)に一本化されていること、もう1つは日本では混合診療が(保険給付と自由診療との併用)原則禁止されているのと異なり、韓国ではそれが幅広く認められていることです。

韓国では1977年にパク・チョンヒ(朴正煕)軍事政権の下で、大企業(従業員500人以上)を対象にした公的医療保険制度が施行されました。しかし、保険料を政策的に低く設定するために、保険給付範囲が限定されると共に、公定の診療報酬は当時の慣行料金の約55%という低い水準に設定されました(低保険料・低給付・低診療報酬の「3低政策」)。その代償として、医師・医療機関には混合診療が幅広く認められま した。韓国はその後、1989年に国民皆保険制度を実現し、2000年にはそれまで分立していた職域保険と地域保険を統合・一本化しましたが、混合診療の扱いは変えられませんでした(1)

保険外診療(「非給付サービス」)の種類は多様ですが、①「選択診療」(特定の資格を有する病院の医師が保険診療を行っった場合、その公定価格の15~50%相当額を患者から追加徴収できる)、②差額ベッド代、②付き添い看護料(日本では1994年に廃止)が「3大非給付」と言われています。これらのうち「選択診療」は1963年から制度化されていましたが(当時は「特別診療」)、パク・クネ(朴槿恵)前保守政権(2013~2017年)時代から4年計画で段階的に縮小され、本年1月に、制度発足から55年で全面廃止されました。

これらは法律により保険給付の対象外とされている「法定給付外」ですが、これら以外にも法定給付と法定給付外の間(グレーゾーン)にはかなり広範な「任意非給付」が存在します。総医療費レベルでは、両者を併せた保険外患者負担額は法定患者負担額を上回っています(2)

このことは大きな社会問題となり、ムン政権以前の歴代政権もそれなりに「保障性の強化」に取り組んできました。パク政権も、保険給付範囲の拡大・患者負担の引き下げと共に、上記「3大非給付」の削減に取り組みました。しかし、パク政権下でも総医療費中の公的医療費の割合は6割にとどまる状況が続きました(図1(3)。これはOECD加盟国中でも最低の水準です。

この理由は、混合診療が広く認められているため、政府が保険給付を拡大しても、医療機関側が、保険診療部分の赤字を補填するために、保険外診療を増やす「バルーン効果」が存在するためです(4)(図2)。実は韓国の総医療費・公的医療費の増加率は、日本はもちろん他のOECD加盟国と比べてもはるかに高いのですが、「健康保険給付の拡大による医療費の財源の増加が非給付医療費の縮小につながらず、むしろ拡大につながっていることが全体の医療費の増加を招いている」のです(2)

ムンケアの概要

ムン政権の医療改革案は、医療制度全体(保険制度と提供体制の両方)の包括的な改革を目ざしています。以下、NECA年次総会でのキム・ユン(金輪)ソウル大学教授の講演(3)をベースにし、本誌2月号の李榮成NECA院長論文(4)で補足して紹介します。

医療保険改革は以下の3本柱です。①医学的に必要なすべてのサービスの給付(「非給付サービス」の「給付サービス」への移行と医師の追加料金・差額ベッドの廃止)。②診療報酬の引き上げ(診察料、手術料、入院サービス)、③給付拡大のため、今後5年間で、30.6兆ウォン(約300億米ドル[約2.9兆円])を投入。その結果、医療保険の「保障性」は現在の60%から70%台に高まり、患者負担が減少する結果、患者の医療アクセスが改善するとされています。

上記①はNECAが実施する「新しい医療技術評価(費用対効果評価)」の結果に基づいて決定されます。具体的には、「非給付サービス」のうち、根拠(エビデンス)が十分にあるものは「給付サービス」に移行し、ないものは「非給付」のままとし、ある程度あるものは「予備給付(セミカバー)」として、根拠のレベルに応じて患者負担に差がつけられます。日本の現在の費用対効果評価の対象は医薬品と医療機器に限定されていますが、韓国では医師の医療技術(手術や検査技術)なども含まれています。李榮成NECA院長は、「医学的な根拠の少ないノンカバー(非給付)・サービスを病院が思い通りに行い、それを保険ではなく、患者の自己負担で賄うという現在のやり方に強く政策介入を行う予定」と明言しています。また、ムンケアでは出来高払い制度から包括払い制度への大幅移行も予定されています(4)

医療提供体制の改革の中心はプライマリケアの重視と医療機関の機能分化と連携の推進で、日本の政策と類似しています(4)。なお、韓国では最近、日本の地域包括ケアへの関心が高まっており、本年3月に保健福祉部(日本の厚生労働省に相当)は「コミュニティケア推進本部」を設置しています。

韓国医師会のムンケアへの反対理由

医療保険の「保障性の強化」はムン大統領の大統領選挙時からの重点公約であり、韓国民の期待も非常に大きいようですが、韓国医師会はムンケア発表直後からそれに強く反対し、様々な抗議運動を続けています。3月の韓国医師会会長選挙(会員の直接選挙)ではムンケア反対、給付外サービスの全面給付化阻止を掲げたチョイ・デジブ氏(崔大集。保守強行派)が当選しました。同氏は5月1日の会長就任演説で、「政府は医師の犠牲と献身と苦労を認めず、無謀な医療政策を強行しようとしている。ムンケアを阻止する強い戦いを展開するために、執行部を『非常態勢』で運営する」と宣言しました。医師会は今後ストライキも行う予定とのことです。

少し古いですが、『週刊朝鮮』(保守系新聞)の昨年9月14日号の記事が、医師会等がムンケアに反対する理由を包括的に紹介しています。そこであげられている反対理由を整理すると、以下の4つにまとめられます(5)

第1は、国民が支払う保険料の大幅引き上げをしないでも、医療保険の累積積立金を活用することで、医療保障拡充の財源を捻出できるとする政府の方針に対する懐疑・不信です。

第2は、「非給付」(自由診療)をなくしたり、大幅に制限すると、現在はそれにより支えられている新薬や新しい医療機器の開発、及びそれらの医療機関への導入が阻害されるとするものです。

第3は、現在、給付サービスの公定料金(診療報酬)は非常に低く設定され、医療機関はそれによる損失を、自由診療の利益で補填しているが、自由診療が禁止されると、医療機関は赤字を補填できなくなり、倒産が続出するというものです(図2参照)。

第2・第3の反対理由の背景には、歴代政府が給付サービスに対して、原価に満たない公定価格を設定してきたことに対する医師会の根強い不信があります。延世大学産学協力団の2015年調査によると、給付サービスの「原価補填率」は診察料で56.5%、入院料で46.4%、注射料等で69.6%、処置・手術で77.6%だったそうです(ただし、この数字に対しては医療界寄りの誇張された数字との批判もあります)。2000年に政府が強制医薬分業を導入した際、当初医師会に約束した医薬分業により医療機関が失う薬価差を補填するための診療報酬の大幅引き上げを行わなかったことに抗議して、医師会が全国でストライキを起こしたことも、多くの医師の記憶に残っているようです。

第4は、包括払いの大幅拡大(500を超える疾患対象)が過少診療を誘発し、医療の質の低下を招くとの懸念です。

日本への2つの教訓-混合診療原則禁止の意義

私は韓国医師会の反対理由のうち、第1と第3にはそれなりの根拠があると思います。上述したようにムンケアには診療報酬の引き上げが含まれていますが、具体案が示されない限り、それを信用できないのだと思います。

ただし、それを理由にして、「給付外サービス」の「給付サービス」への移行(日本流に言えば、混合診療の禁止・縮小)に反対することへの国民の支持は得られないと思います。というのは、韓国民の間では、「給付外サービス」はきわめて不透明で、それにより医師・医療機関は不当な利益(超過利潤)を得ているとの批判が根強いからです。

実は、日本と異なり、韓国の医療法では「持ち分のある医療法人」(解散時に残余資産は出資者に配分されうる)は禁止されており、法的には日本より「非営利性」が強いのです。しかし、多くの医療機関が「給付外サービス」に依存しているため、私の接した範囲では、韓国の研究者の多くも、民間医療機関(医療法人・個人)は実態的には「営利」と理解・批判しています。

日本でも1980年代以降、診療報酬は厳しく抑制され続けているとは言え、医薬品・医療技術に限れば、「(高度)先進医療」の保険収載を含めて、保険給付範囲は着実に拡大しており、ほとんどの医療機関は基本的に保険収入のみで(曲がりなりにも)経営を維持できています。混合診療は制度的には「保険外併用療養」として部分解禁されていますが、ごく一部の医療機関を除けば、差額ベッド収入(「特別の療養環境収益」)以外の混合診療はごくわずかです。2017年医療経済実態調査では、一般病院の差額ベッド収入割合(対医業収益)は1.1%にすぎず、しかも2年前に比べ実額で減少しています。

この歴史的背景としては、1961年の国民皆保険達成直後に「制限診療」が緩和→廃止され、1960~1970年代に保険給付範囲の大幅拡大と診療報酬の大幅引き上げが実施されると共に、混合診療が原則禁止され続けてきたことが大きいと思います。

もし日本でも、韓国のように「制限診療」が維持されるか混合診療が原則解禁されるとともに、過度の低診療報酬が続けられていた場合には、多くの医療機関は経営維持のために混合診療に依存せざるを得なくなり、保険診療の質が低レベルにとどまると共に、低所得患者の医療アクセスが大幅に制限され、国民皆保険制度が形骸化した可能性があります。同時に、韓国と同じように、混合診療に依存する医師・医療施設間への患者・国民の不信が強まり、医師・医療機関は「営利」・金儲けとの批判が生じ、診療報酬の適切な引き上げに反対する国民世論が生まれたと思います。韓国と異なり、日本が混合診療を解禁せず、原則禁止を続けていることが第1の教訓です。

この点とも関連して、私は最近、2004年に小泉首相が混合診療解禁の検討を指示した時に、植松治雄日本医師会長(当時。本年3月死去)が主導して混合診療解禁反対の国民運動を起こし、混合診療の全面解禁や大幅解禁を阻止した歴史的意義がきわめて大きいことに気づきました【注】

もう1つ韓国の経験が日本への教訓になることは、混合診療解禁が公的医療費・総医療費両方の不必要な増加を誘発する「バルーン効果」を持っていることです。日本では混合診療の原則(全面)解禁論者の一部は、それにより公的医療費が抑制できると主張していますが、韓国ではそれと逆の現実が生じています。つまり、混合診療原則禁止は公的医療費・総医療費の過度な増加を抑制するという意義も持っているのです。以上2つの意義は、別に詳しく論じたのでお読み下さい(6)

なお、韓国国会(一院制)ではムン大統領与党の「共に民主党」は4割の議席(定数300のうち121)しか持っていませんが、野党のうちムンケアに反対しているのは自由韓国党(旧・セヌリ党。朴前大統領支持の保守政党。116議席)のみであるし、世論調査でも多くの国民がムンケアを支持しているため、ムンケアの中核である国民健康保険法の全面改正は本年末までには成立する見通しだそうです。ただし、今後の国と医師会との交渉結果によっては一部の内容(特に包括払い制度への大幅移行)が見送られる可能性もあるそうです(金道勲韓国国民健康保険公団室長兼韓国保健社会研究院客員研究委員よりの私信(2018年5月4日)。引用許可済み)。

【注】日本でも産科医療等の現物給付化は困難

いったん混合診療を解禁した場合、保険外サービスを保険給付に戻すことが困難なことは、日本で現金給付となっている産科医療(正常な分娩)を現物給付に変えることが困難なことからも伺えます。具体的には、1992年に新設された医療保険審議会は翌年、今後の医療保険改革の「検討項目」に「育児手当金その他の現金給付の在り方」を盛り込み、日本医師会の委員もそれをいったんは理解したものの、「日本母性保護医会、産婦人科医の先生から強い反対があって、断念」しました。この改革を検討した和田勝保険局企画官(当時)【「ニューズレター転載時訂正:企画課長】は、「分娩費は地域間、医療機関間の格差が大きい実態があり、現物給付化によって減収となる恐れを強く持たれたことからだったようです」と述懐しています(7)

和田氏は、1984年の健康保険法改正についての証言の中で、歯科医療の自由診療についても、以下のように述べています。「歯科材料もそうですが、保険給付の中に取り入れていないから、実態上、自由診療或は差額徴収が拡がっていました。そうなった時点で、保険給付にするとしたら、統一した値段、診療報酬の点数を設定しなければなりませんが、医療機関間、地域間で相当大きな差異が出てきていますから、同じ基準、価格では律せられず、なかなか合意が成り立たない」(8)

このような事態は、韓国でムンケアが現在直面している事態と瓜二つです。

【補足】ムンケア全体の詳細な紹介は、株本千鶴子「韓国における『文在寅ケア』と医療費適正化対策」(『健保連海外情報』118号(2018年6月))で行われています。

文献

▲目次へもどる

3.研究会発言:本年度診療報酬改定の医療技術評価でもっとも注目すべきことは「費用対効果評価の試行的導入」ではない

(2018年5月31日 日本医療政策機構・HTA連続フォーラムのプレ会合「試行的事業から見えてきた費用対効果評価導入への課題」ラウンドテーブル)

私は、本年度の診療報酬改定の医療技術評価でもっとも注目すべきことは、「費用対効果評価の試行的導入」ではなく、従来2種類の手術(前立腺と腎の悪性腫瘍手術)にしか認められていなかった、ダビンチを用いたロボット支援内視鏡手術の保険適用が、新たに12種類の手術に認められた反面、2種類の手術には付けられていた「内視鏡手術支援機器加算」が見送られたことだと思います。以下、その意味を述べます。なお、私はこの決定に賛成です。

この決定は、一見「費用対効果評価の試行的導入」とは無関係に見えます。しかし、新しい医薬品・医療技術(以下、医薬品等)の保険適用に当たっては、それが既存の医薬品等に比べて追加的効果や優位性があると証明された場合にのみ、より高い価格を付ける、しかもその価格は医薬品等の製造原価ではなく、ICERに基づいて決定するという「費用対効果評価の試行的導入」で確認されたのと同じロジックに基づいています。

実は、今回の「加算」の見送りに対しては、外科系学会の一部から、ロボット支援手術の経費の多さ(本体価格2~3億円+年間維持費2000~3000万円)を理由にして、「腹腔鏡下手術よりも約50万円は高い設定が必要」との意見が出されています。

それに対して、今回改定の実質的責任者である迫井正深保険局医療課長は、『週刊社会保障』5月28日号のインタビューで、次のように明快に述べています。「すでに保険収載されていたダ・ヴィンチの技術は、代替する既存技術よりも優位性があるため、高い報酬が設定されていました。しかし、今回の12技術は、既存技術よりも優位であるというエビデンスがありませんでした。/このまま保険収載をしないという対応もありえますが、既存技術と同程度の有効性・安全性は確認できていますから、既存技術と同じ報酬でよいから使いたいという要望を退けるべきなのか。また、優位性が出ないものに差額徴取を認めるような保険併用による対応を継続することも困難ではないか。そして、コストに見合わないと考える施設は、使わなければよいのではないか。様々な視点のご指摘を集約して今回の対応となりました。(中略)/これは、得られる医療上の効果に着目した報酬設定ということになります。医薬品の類似薬効比較方式、特定保険医療材料の機能別分類と基本的には同じ考え方ですが、医療技術で、こういった考え方で明示的に点数を設定したことはこれまでなかったように思います。新しい技術の普及という観点もありますし、効果に着目した報酬の設定は、今後増えていくでしょう」(41-42頁)。

今回のロボット支援手術の「原価割れ」点数設定に対しては、「採算割れの点数設定はロボット手術の普及を妨げる」、「医療の技術進歩を阻害する」等の批判も出されています。実は、同様の批判は過去、CT、MRI、ESWL等の高額の先端技術の保険導入時にも主張されましたが、その後の事実で否定されています。この点については、『日本医事新報』6月2日号に掲載予定の拙論「ロボット手術の保険適用拡大をどう評価するか?-『採算割れ』点数は新技術の普及を阻害するか?」で説明しているのでお読み下さい。

▲目次へもどる

4.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(通算148回)(2018年分その4:7論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○終末期疾患に対する延命治療は特別なケースか?[イギリスでの]選択と社会的観点の探究
McHugh N, et al: Are life-extending treatments for terminal illness a special case? Exploring choices and societal viewpoints. Social Science & Medicine 198:61-69,2018.[量的研究]

イギリスの国立医療技術評価機構(NICE)が終末期の延命治療の評価に用いている基準は、そのような治療から得られる健康改善(health gains)はそれ以外の健康改善よりも価値があることを前提にしている。この政策は社会的価値観に裏付けられていると主張されているが、選好についての諸研究から得られたエビデンスはバラバラであり、綿密な研究は複数の異なった社会的観点が存在することを示している。しかし、政策そのものについての選好を調査したり、選好の理解を深めるために複数の手法を結合した研究はほとんどない。

本研究では、設問はNICEの終末期ガイダンスに対する国レベルおよび地方レベルでの支持がどのくらいあるかを調査できるようにデザインした。これらの「意思決定規則」や「治療選択」についての設問のオンライン調査を2014年5月に実施し、1496人から回答を得た。回答者は、終末期患者に対する終末期治療の提供に関連した3つの視点のどれに同意するかについて回答した。

意思決定規則についての設問は以下の3つの政策を含んでいる。①DA-標準的な「金額に見合う価値(value for money)」試験で、これはすべての医療技術に適用される。②DB-終末期疾患の全ての治療に特別の配慮をする。③DC-終末期疾患に対する特定のカテゴリーの治療に限って特別の配慮をする。具体的には延命(NICEの終末期ガイダンス)、またはQOLの改善。3つの治療選択は以下の通りである。①TA-終末期疾患でない患者のQOLを改善する。②TB-終末期患者の延命をする。③TC-終末期のQOLを改善する。

意思決定規則では、DCへの支持が最も多く(45%)、それの支持者の多くは治療がQOLを改善する時にのみ終末期に対する特別の配慮を支持した。最も支持の多かった治療選択はTA(51%)とTC(43%)であった。総合的に見ると、本研究は市民がNICEの終末期ガイダンスと終末期での延命への焦点化を持しているとの主張に疑問を投げかけ、社会的価値判断が多様であることを裏付けている。

二木コメント-上記「要旨」では省略されていますが、本文では、回答は性、年齢区分、エスニシティ、地方、社会経済的区分、教育レベル、所得別にも集計されています。これにより、イギリス国民の終末期の治療についての選好がいかに多様であるかがよく分かります。日本でも同種調査が行われることが期待されます。

○[アメリカの]高齢メディケア受給者におけるアルツハイマー病と関連疾患、及び自己負担医療費とその重さ
Dwibedi N, et al: Alzheimer disease and related disorders and out-of-pocket health care spending and burden among elderly Medicare beneficiaries. Medical Care 56(3):240-246,2018[量的研究]

本研究の目的は65歳以上の高齢者におけるアルツハイマー病と関連疾患(以下、アルツハイマー病)に伴う過剰な自己負担医療費を推計することである。2012年のメディケア給付実態調査のデータを用いて、後方視的横断面調査を行った。調査標本は地域居住の高齢者で、なんらかの医療費がかかっており、2012年を通してメディケアに加入していた者である(アルツハイマー病を有する者462人、有しない者7160人)。1人当たり自己負担医療費総額と以下の5種類のサービス種類別自己負担医療費を推計した:入院、外来、在宅、処方薬、その他サービス。自己負担額から所得に対する(自己負担)医療費割合を計算し、この割合が10%を超えた場合、高額自己負担と定義した。多変量解析として最小2乗回帰とロジスティック回帰を用い、その際、以下の要因を調整した:Andersenのサービス利用の行動モデルにおける素因(predisposing )、利用促進要因(enabling)、ニーズ要因、個人的健康習慣、外的環境要因。

1人当たり平均自己負担医療費はアルツハイマー病を有する者の方が有しない者より高かった(3285ドル対1895ドル)。在宅ケアと処方薬の自己負担が自己負担総額に対する割合は、アルツハイマー病を有する者で52%(両者のうち在宅ケアの自己負担は50.8%)、有しない者で34%(同8.1%)であった。高額自己負担の割合はアルツハイマー病を有する高齢者の方が有しない者より高かった(オッズ比1.49。95%信頼区間 1.13-1.97)。結論として、アルツハイマー病は過剰な自己負担と関連しており、その主因は処方薬と在宅ケアの自己負担だと言える。

二木コメントー全国代表標本を用いて、高齢者のアルツハイマー病の有無別の自己負担医療費を多面的に調査した貴重な研究で、日本でも同種調査が期待されます。ただし、検討されているのは金銭表示された医療費自己負担だけで、医療以外の自己負担や金銭表示されない費用(家族介護等)は調査されていません。個人的ことですが、私は1992-1993年のアメリカUCLA公衆衛生大学院留学時に、Andersen教授の講義を聞き、氏の「サービス利用の行動モデル」も学びました。そのモデルがその後も改定され、現在でも実証研究の分析枠組みとして用いられていることに驚きました。このモデルについての最新の日本語解説論文は、小林哲也「Andersenのサービス利用の行動モデルにおけるContextの概念」(『人間関係学研究(大妻女子大学人間関係学部紀要)』17:55-63,2015。ウェブ上に公開)だと思います。ただし、本研究ではこのモデルを用いることによって得られた追加的知見はほとんどない気がしました。

○所得の豊かさかと冨の貧しさ?[ヨーロッパにおける]高齢者の長期ケア利用の分布を分析する際に用いる社会経済的地位の[2つの]尺度の影響
Rodrigues R, et al: Income-rich and wealth-poor? The impact of measures of socio-economic status in the analysis of the distribution of long-term care use among older people. Health Economics 27(3):637-646,2018[量的研究]

本論文は、地域居住高齢者のインフォーマルケア、在宅ケアの利用の分布を分析する際に、社会経済地位の2つの尺度(所得と富)を用いることの影響を調査することである。「ヨーロッパ健康・加齢・退職調査」(14か国参加)のデータを用いた。等価家計純所得と等価純資産(実物資産+金融資産等。富の近似変数)を用いて、インフォーマルケアと在宅ケアの利用の訂正集中度指数の差を推計した。家計は所得、資産レベル別に5区分した。社会経済的地位尺度とニーズの違いを考慮して、水平的不平等指数も計算した。

その結果、富を順位変数として用いるとインフォーマルケアと在宅ケアの利用では、貧困者に有利な不平等の程度は弱かった(less pro-poor inequality。ニーズの違いを標準化しても(水平的不平等)、富はインフォーマルケアに関してはやはり貧困者に有利な分布が弱かった。しかし、所得レベルで比較すると、在宅ケアについては逆の結果が得られた(低所得者の方が在宅ケアを利用している)。本論文の「考察」では、このような違いが生じる理由及び研究的・政策的含意について論じる。

二木コメント-社会経済的地位(状態)がインフォーマルケアや在宅ケアの利用に与える影響についての研究は沢山ありますが、家計の所得と富(資産)のレベルがそれらに与える影響を推計し、しかも両者の影響の違いを検討した、世界初の実証研究だそうです。日本でも今後は、所得に応じた負担に加えて、富(資産)に応じた負担の導入が検討される方向であることを考えると、本研究は貴重と思います。

○高齢化と人口変化の時代の「フェア・イニング」
Hazra NC, et al: 'Fair innings' in the face of ageing and demographic change. Health Economics, Policy and Law 13(2):209-217,2018[評論]

現在80歳以上の高齢者は世界に1億2500万人おり、国連は2050年にはその数が3倍になると予測している。余命の延長と高齢人口の急増は肯定的な変化とみなされているが、その結果生じる医療費負担は医療サービスの主要な懸念事項となっている。我々はウィリアムズが1997年に提起した「フェアイニング」の主張を、技術的・人口的変化という視点から再検討し、長寿が若い世代に対する不公正な重荷を課す可能性があるとの主張に異議申し立てを行う。

我々は、公平・効率のトレードオフについて、それが増加しつつある80歳以上人口及び社会全体に対して持つ意味という視点から検討する。QALYと数世代にわたる余命の違いを用いて、若年世代対高齢世代間の治療の費用対効果の比較についても検討する。社会的価値判断についての明確な合意は決して得られないことを認めつつ、我々は超高齢者についての、最近の余命の延長下での反高齢者差別のスタンスを強く指示する実証的エビデンスを示す。 二木コメント-「フェアイニング」は、イギリスの指導的医療経済学者故ウィリアムズ氏が1997年に提起した主張で、各人は皆適切な医療を受けて健康な「正常」年限(a 'normal' span of years in good health)を生きる機会を与えられるべきであり、医療の公正で効率的な分配のためには、その「正常」年限を生き終わった高齢者は若年者に医療資源の利用を譲るべきであるとするものです。フェアイニングは日本では表だってはほとんど主張されませんが、イギリスではなかなか有力です。本論文は、フェアイニング論を批判的に再検討しており、医療倫理や医療の費用対効果評価の研究者必読と思います。

なお、フェアイニング論については、グレッグ・ボグナー等『誰の健康が優先されるのか-医療資源の倫理学』(岩波書店,2017)の第4章162-175頁が詳しく解説しています。

○高齢化と医療費:[スペイン・カタロニア州における]個人の健康状態の役割の探究
Carreras M, et al: Ageing and healthcare expenditures: Exploring the role of individual health status. Health Economics 27(5):865-876,2018.[量的研究]

1999年にZweifel等は高齢化と医療費の通念に疑問を投げかけた。彼らによると、年齢と医療費との正の相関は高齢になるほど死亡率が高まること、及び死亡費用が高いためである。激しい論争の後、医療費を分析する際には死亡までの近さ(proximity to death)が重要であるとの新しい合意が得られた。しかし、個人の健康状態の影響については不明なままである。本研究の目的は個人の健康状態が医療費に与える影響を分析し、それと死亡までの近さと人口的影響を比較し、医療サービスと費用について包括的に検討することである。

そのためにスペイン・カタロニア州の公的医療統合組織の有する30~95歳の61,473人の2012年の医療サービス区分別の医療費データを用い、2段階モデルにより、医療費利用確率を分析した。受けている医療サービスのどの区分でも、死亡前医療費は主として個人の健康状態に依存していた。死亡までの近さをモデルから除外すると、それは大まかには個人の罹病(morbidity)と近似していた。罹病を含むとモデルの当てはまりの良さは改善した。これらの結果は、人口高齢化の分析と人口高齢化が医療費に与える影響について示唆を与える。

二木コメント-本研究の新しさは個人の健康状態(罹病)を説明変数に加えたことですが、私には、医療費と死亡までの近さの関係についての論争に「屋上屋を重ねた」に過ぎないように思えます。スペインの研究者の論文のためか、英語表現も練れておらず、「要旨」に理解しがたい表現が少なくありませんでした。

○[ベルギー・フランドル地方での]病院の方針決定への患者・市民の関与(PPI):効果的な参加のための鍵概念の抽出
Malfait S, et al: Patient and public involvement in hospital policy-making: Identifying key elements for effective participation. Health Policy 122(4):380-388,2018[混合研究法]

患者と市民の医療政策の意思決定への関与はますます重要になっている。患者の関与についての研究は個々の患者・医療従事者関係レベルでは進んでいるが、もっと戦略的レベルでの患者と市民の関与プロセスの知見は限られている。本研究はベルギー・フランドル地方で実施された6病院の方針決定プロセスへの患者と市民の関与(以下、PPI)の「モデル事業」について検討する。この事業では、各病院に病院の戦略的方針策定に関する助言を行う利害関係者委員会が組織された。以下の3段階の混合研究法を用いて、その知見を分析・要約・統合した:個人に対する質問紙調査(n=69)、参与観察(n=10)、フォーカスグループインタビュー(n=4)。

本研究から得られた結果を踏まえた勧告は以下の通りである。(1)病院レベルのPPIは、運営問題(operational issues)等のテーマも選択できるようにすべきである。(2)PPI参加者が適切に準備できるようにすべきである。(3)PPI参加者は外部の患者組織による支援を受けられるようにすべきである。(4)委員会はもっと自律性を与えられるべきである。本研究は、先行研究が主張していたよりも、国法が患者・市民参加に与える影響は小さいことも示した。PPIの重要性が増していること、及び本勧告が網羅的とは言えないことを踏まえると、今後さらなる国際比較研究と概念研究が求められている。

二木コメント-病院の方針決定への患者・市民参加「モデル事業」の混合研究法による分析と勧告は貴重と思います。

○[医療における]負の投資の決定への市民の関与:医療専門職はどう考えているか?イングランドNHSでの混合研究法の結果
Daniels T, et al: Involving citizens in disinvestment decisions: what do health professionals think? Findings from a multi-method study in the English NHS. Health Economics, Policy and Law 13(2):162-188,2018.[混合研究法]

医療における負の投資(患者のアクセスに影響するような医療投資の削減)の意思決定への市民の関与は広く推奨され、一部の国では法的義務となっている。しかし、医療の他の領域への市民関与の試みは建前主義や小細工とも批判されている。本研究ではイングランドNHSの地域リーダー(臨床医と中級管理者。合計55人)の、負の投資の意思決定への市民や地域社会の関与についての見解を、Q研究法と追跡面接により調査した。最初の面接では市民の関与への高レベルの支持が得られたが、回答者の態度や経験について突っ込んで聞いたところ、より高レベルの感情の交錯(ambivalence)やリスク回避、全体的に慎重なスタンスが示された。この結果は、今後、医療における資源制約が強まる中での、負の投資活動とそれへの市民の関与について様々な示唆を与える。

二木コメント-医療の意思決定への市民の関与についての研究は少なくありませんが、「負の投資」の意思決定への市民の関与についての研究は稀で、貴重と思います。

▲目次へもどる

5.私の好きな名言・警句の紹介(その163)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割>

Home | 研究所の紹介 | サイトマップ | 連絡先 | 関連リンク | ©総研いのちとくらし