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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻170号)』(転載)

二木立

発行日2018年09月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


お知らせ

1.論文「地域包括ケアに向けて医師を志す者は何を学ぶべきか?」『日本医事新報』9月1日号に掲載します。

2.論文「医薬品等の費用対効果評価は『医療政策的』にはもう終わった」『月刊/保険診療』9月号(9月10日号)に掲載します。

両論文は「ニューズレター」171号(2018年10月1日配信)に転載する予定ですが、早く読みたい方は掲載誌をお読み下さい。


1. 論文:地域包括ケアと地域医療構想についての事実と論点-韓国保健医療研究院での報告から
(「二木教授の医療時評(163)」『文化連情報』2018年9月号(486号):14-21頁)

はじめに

日本における現在の保健医療提供体制改革の柱は地域包括ケアシステムと地域医療構想です。従来、これらの改革の公式の目標年は、団塊の世代(1947~49年生まれ)全員が後期高齢者になる2025年とされていましたが、厚生労働省は目標年を死亡者数が最大になる2040年に徐々に変えつつあります。この2つの改革については厚生労働省と日本医師会を中心とする医療界との間で大枠の合意がありますが、細かな点では論争が続いています。

ここで注意していただきたいのは、日本では過去10年間に2回政権交代があったが、医療提供体制改革の大枠は変わらず、それの継続性が保たれていることです。他面、2012年以降6年間続いている安倍晋三内閣は、それ以前の内閣に比べて遙かに厳しい医療費・社会保障費抑制政策を行っています。

本稿では、医療経済・政策学の視点から、地域包括ケアシステムと地域医療構想についての事実と論点を述べます。その後、地域包括ケアシステムによる医療費削減の可能性についての論争を紹介します。

1 「地域包括ケアシステム」についての事実と論点

まず、地域包括ケアシステムについての3つの事実と4つの論点を述べます。

(1) 3つの事実

第1:地域包括ケアシステムの法的定義は、2013年の社会保障改革プログラム法と2014年の医療介護総合確保推進法で、以下のようになされました。「地域の実情に応じて、高齢者が、可能な限り、住み慣れた地域でその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、医療、介護、介護予防、住まい及び自立した日常生活の支援が包括的に確保される体制」。

このように地域包括ケアシステムは法的には5つの構成要素-①医療、②介護、③介護予防、④住まい、⑤自立した日常生活の支援-からなるとされています。

この法的定義には書かれていませんが、地域包括ケアシステムで想定されている「地域」は、後述する地域医療構想の「地域」よりはるかに狭いことも見落とせません。具体的にはそれは「日常生活圏域」で、これは全国に約1万ある中学校区とほぼ同じで、人口約1万人とされています。

第2:地域包括ケアシステムは2003年に初めて公式に提起された時は介護中心で、病院は含まれていませんでした。当時は、地域包括ケアシステムに含まれる医療は診療所医療・在宅医療に限定されていました。しかし、地域包括ケアシステムの定義と範囲はその後少しずつ拡大され、2013年以降は医療に病院も含むようになっています。地域包括ケアシステムに参加する病院の範囲は法的には定められていませんが、通常は200床未満の中小病院が想定されています。ただし、一部の地域では、巨大病院や大学病院も積極的に参加しており、大学病院のトップランナーは愛知県にある藤田保健衛生大学です。

第3:安倍内閣は2017年以降、従来の高齢者中心の社会保障制度を「全世代型」に改革すると表明しています。しかし介護保険法の場合と同じく、地域包括ケアシステムの法律上の対象は原則として65歳以上の高齢者に限定されています。

(2) 4つの論点

第1:地域包括ケアシステムの実態は全国一律に実施される「システム」ではなく、それぞれの地域で自主的に推進される「ネットワーク」です。そのために、各地域の実情と歴史的経緯により、地域包括ケアシステムの具体的姿は異なります。厚生労働省も最近はこのことを公式に認めるようになっています。例えば『平成28年版厚生労働白書』は、そのものズバリ「地域包括ケアシステムとは『地域で暮らすための支援の包括化、地域連携、ネットワークづくり』に他ならない」(201頁)と書いています。そのため本稿では、以下、「地域包括ケアシステム」ではなく、「地域包括ケア」と呼称します。

地域包括ケアがネットワークであるということで重要なことが2つあります。1つは、地域包括ケアの全国共通・一律の中心はないことです。この点をもっとも明快に述べたのは原勝則老健局長(当時)です。「『地域包括ケアはこうすればよい』というものがあるわけではなく、地域のことを最もよく知る市区町村が地域の自主性や主体性、特性に基づき、作り上げていくことが必要である。医療・介護・生活支援といったそれぞれの要素が必要なことは、どの地域でも変わらないことだと思うが、誰が中心を担うのか、どのような連携体制を図るのか、これは地域によって違ってくる」(『週刊社会保障』2717号:22頁,2013)。

もう1つ重要なことは、地域包括ケアを推進する上では、医療・福祉の垣根を越えて様々な職種が連携する「多職種連携」が不可欠であることです。この点で注目すべきことは、本年6月の閣議決定「未来投資戦略2018」の「次世代ヘルスケア・システムの構築」の項のキーワードが「保険外サービス」の拡大と「多職種(の)連携」であることです。このことは、産業振興という視点からヘルスケア・システムを考える上でも、多職種連携が必要になっていることを示唆しており、多職種連携の新しい視角と注目すべきと思います。

第2:地域包括ケアは、建前としては全国のすべての地域を対象としていますが、主たる対象地域は今後高齢人口が急増する都市部、特に東京都を中心とする首都圏です。ただし、これは決して「地方切り捨て」ではありません。都市部は現在でも人口当たりの病院数や高齢者の入所施設数が不足していますが、今後の高齢人口の急増に対応して病院・施設を大幅に増やすことは困難であるため、在宅中心の地域包括ケアで対応する必要があるのです。それに対して、地方の多くは、今後の人口高齢化は緩やかであり(一部では高齢人口が減少します)、しかも人口当たりの病院数や高齢者の入所施設数は都市部に比べて多いのです。

第3:上述したように、地域包括ケアは法的には、65歳以上の高齢者を対象にしていますが、厚生労働省の社会・援護局(福祉部局)や老健局関係の検討会(「地域包括ケア研究会」[田中滋座長]等)は、対象を「全世代・全対象型」に拡大することを提唱しています。最近では6月27日に開催された社会保障審議会障害者部会も「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築」について議論しました。実は、これは2018年度から始まる第5期障害者福祉計画・第1期障害児福祉計画の「基本方針」及び「第7次医療計画」の「精神疾患の医療体制」にも盛り込まれています。

つまり、地域包括ケアの対象・範囲については、厚生労働省内にも微妙な意見の違いがあります。私は地域包括ケアの対象拡大は妥当であると判断しています。現実にも、一部の先進的な自治体や地域では、対象を高齢者に限定しない独自の取り組みが行われています。例えば、日本福祉大学が存在する愛知県知多半島では有力なNPO法人が「0歳から100歳までの地域包括ケアシステム」を実践しています。

第4:厚生労働省は地域包括ケアの拡大で、患者の病院から「在宅医療等」への移行を目指していますが、狭い意味での「自宅」(my home)での死亡割合が増えるとか、それにより費用が抑制できるとは見込んでいません。厚生労働省は2012年以降、公式に、従来の「自宅死亡割合の引き上げ」に代えて、「居宅生活の臨界点を高める」ことを目指すようになっています(これの初出は、民主党政権時代の2012年2月の閣議決定「社会保障・税一体改革大綱」)。

ここで注意すべきことは、厚生労働省が用いている「在宅医療等」には、①狭い意味での自宅(my home)だけでなく、②公式の高齢者施設(介護保険法に規定された特別養護老人ホーム、老人保健施設、介護療養病床の3施設)、さらには③非公式の高齢者施設(法的には「住宅」とされているが、実態的には施設と言える有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅等)も含んでいることです。それに対して、日本語の日常用語では、「在宅」と「自宅」とは同じ意味で用いられているので、厚生労働省のこの独特な用語法は、さまざまな混乱を招いています。そのために、厚生労働省は、昨年4月に当時の塩崎泰久大臣の指示で、「在宅医療等」を「介護施設・在宅医療等」という用語に変更しました。ただし、厚生労働省はこの変更をきちんと広報しておらず、一般にはほとんど知られていません。しかも、残念なことに、塩崎大臣退任後はこの新しい用語はほとんど用いられなくなったようです。

2 「地域医療構想」をめぐる事実と論点

次に地域医療構想の5つの事実と6つの論点を述べます。

(1) 5つの事実

第1:地域医療構想の法的定義は、2014年の医療介護総合確保推進法と改正医療法により、以下のようになされています。「都道府県は、基本方針に即して、かつ、地域の実情に応じて、当該都道府県における医療提供体制の確保を図るための計画(以下「医療計画」という。)を定めるものとする。2 医療計画においては、次に掲げる事項を定めるものとする(以下、略)」。そして、「地域医療構想」はこの「医療計画」の一部です。

第2:地域医療構想の公式目標は、第二次医療圏(「地域医療構想区域」)ごとに4種類の病床(高度急性期、急性期、回復期、慢性期)別の2025年の「必要病床数」と「介護施設や在宅を含めた在宅医療等」を決定し確保することです。第二次医療圏は全国に約300存在し、平均人口は約40万人です。つまり、地域医療構想の「地域」は、先述した地域包括ケアの「地域」よりはるかに広くなっています。

ここで注意すべきことは、地域医療構想は、全国の47都道府県が、客観的データと行政・医師会・病院団体等の合意により作成し、実現を目指すことになっており、厚生労働省や都道府県が一方的に作成・実施するわけではないことです。各都道府県の地域医療構想は昨年3月にすべて作成されましたが、その中には医師会・病院団体主導で作成されたものも少なくありません。他面、ごく一部の県では県主導で作成されたようです。

第3:地域医療構想は「病院完結型の医療から地域完結型の医療への転換」と「競争から協調への転換」という2種類の転換を目指しています。これは2013年にとりまとめられた「社会保障制度改革国民会議報告書」で初めて提起されました。日本は韓国と同じく私的病院中心なので、病院間で激しい競争が行われています。そのため、この2つの転換が行われれば、画期的と言えます。

第4:厚生労働省は、全国では、2025年の「必要病床数」は115~119万床となり、2013年の病床数135万床に比べ、16~20万床減少すると見込んでいます。先述したように全都道府県の「地域医療構想」は2017年3月までに作成されましたが、「必要病床数」減少には大きな幅があり、今後高齢者が急増する首都圏では逆に増加すると見込まれています。例えば、東京都では2025年には、今の病床数のままでは8000床不足する、つまり8000床の病床数の増加が必要とされています。

第5:地域医療構想推進の1つの手段として、2017年4月に「地域医療連携推進法人」制度が発足しました。この制度の検討は、安倍首相の2014年1月のダボス会議での、「日本にも、[アメリカの]メイヨー・クリニックのような、ホールディング・カンパニー型の大規模医療法人ができてしかるべき」との発言がきっかけになって始められたとされています。

しかし正確に言えば、「ホールディングカンパニー型法人」の出発点は、2013年8月にとりまとめられた「社会保障制度改革国民会議報告書」が、「地域における医療・介護サービスのネットワーク化を図る」一つの手段として非営利「ホールディングカンパニー」を提起したことです。この場合は、当然、大規模なものは想定されていませんでした。しかし、それとは別に、官邸直轄の産業競争力会議は、2013年12月に、「アメリカにおけるIHN(integrated healthcare network)のような規模を持ち、医療イノベーションや国際展開を担う施設や研究機関」を含む「大規模ホールディングカンパニー」(メガ事業体)の創設を提案しました。安倍首相の発言は、この提案に沿ったものです。

しかし、厚生労働省や日本医師会はそのような「メガ医療事業体」の制度化に強く抵抗し、最終的には、地域包括ケアと地域医療構想を進めることを目的とし、事業範囲を原則として「地域医療構想区域」に限定した地域医療連携推進法人が制度化されました。

(2) 6つの論点

第1:私は、地域医療構想は地域包括ケアと一体的に検討する必要があると考えています。その理由は以下の3つです。①地域医療構想と地域包括ケアは、社会保障改革プログラム法等の法律で、同格・一体と位置付けられています。②地域医療構想での「必要病床数」の減少は、今後、地域包括ケアを構築し、現在の入院患者のうち約30万人を「在宅医療等」(正確には、「介護施設・在宅医療等」)に移行させることが大前提になっています。③大学病院や巨大病院等を除く大半の病院は、地域のニーズに応えるためにも、経営を維持・発展させるためにも、地域医療構想だけでなく、地域包括ケアにも積極的に関与する必要があります。

第2:地域医療構想の実施をめぐっては、都道府県レベルで、自治体と医療界の間で激しい駆け引きが生じています。しかし、私は、全国的にみれば都道府県知事による強制的病床削減は、以下の2つの理由から困難と判断しています。①都道府県は歴史的に、都道府県立病院以外の医療施設の運営能力を十分に有していない。②多くの都道府県では、医療提供体制の改革に関しては、医師会の政治力のほうが強い。ただし、ごく一部の県では、県主導によりかなり強引な病床削減計画が立てられています。

第3:私は、地域医療構想を推進しても必要病床数の大幅削減は困難であり、2025年の病床数は現状程度になると予測しています。ただし、この予測は「現状追認」ではありません。実は、2025年の病床数が現状程度ということは、実質17万床の削減を意味するのです。なぜか?日本では、今後、高齢人口が急増し、それに伴い、入院ニーズも急増します。厚生労働省も、「機能分化をしないまま高齢化を織り込んだ」場合、つまり「現状投影シナリオ」では、2025年の必要病床数は152万床となり、現在の135万床より17万床多くなると公式に推計しています。つまり、2025年にも現状程度の病床数ということは、実質17万床の削減になるのです。

第4:私はこのような17万床の実質削減は十分に可能だと判断しています。それには以下の4つの理由があります。

①全国的にも、全都道府県でも、2025年までに高齢人口は増えますが、すでに人口減少が始まっている一部の地域では2025年までに高齢人口も減少し、それに伴い高齢者の入院ニーズも減少するため、必要病床数も減少します。

②昨年の介護保険法改正により、本年度から「介護療養病床」と看護・介護体制が手薄な「医療療養病床」(法的には両者とも病院。合計約13万床)の多くが「介護医療院」(法律上は病院ではなく、「医療提供施設」)に移行します。介護医療院で提供されるサービスの中身は、現在の介護療養病床とほぼ同じですが、この移行(実態的には病院の定義の変更)により、最大10万床の病床が減ると見込まれています。

③2014年の医療介護総合確保推進法で、公立病院を中心とした「休眠病床」(病床許可は受けているが長期間稼働していない病床)の返上が義務づけられました。休眠病床は現在約9万床もあると推計されています。

④日本では1990年代以降入院率の減少と在院日数の減少が続いており、この趨勢は今後も、減少スピードが多少低下する可能性はあるが、継続すると予想されます。

そのために、私は、厚生労働省は病床を無理に削減する施策を実施すべきではないと主張しています。

第5:私は、「高度急性期病床」の減少は不可避かつ必要と判断しますが、「急性期」の必要病床数は、今後の高齢人口増加に伴い急性期医療ニーズが増加するため減少しないし、地域医療構想を推進しても医療費削減は困難であると判断しています。

私は決して「守旧派」・現状追認派ではなく、病床の緩やかな機能分化と「在宅ケア」の推進は必要だし、「高度急性期病床」の集約化・削減も必要だと判断しています。特に、大学病院の全病床を一律「高度急性期病床」と見なすのは非現実的です。しかし、地域医療構想を推進することによる医療費・介護費の抑制は困難であるとも考えています。その最大の理由は、日本の高齢者の健康水準は世界でもトップクラスであるため、今後の高齢者の急増に伴い、急性期医療ニーズも増えるからです。

一部の医療・福祉関係者は、今後の高齢者医療、特に75歳以上の後期高齢者を対象にした医療では、「キュアからケアへの転換」が必要だと主張しています。しかし、もともと健康だった高齢者が脳卒中や心筋梗塞等の急性疾患を発症して病院に入院した場合、まず必要なのは「キュア」・急性期治療であり、それを行わずに最初から「ケア」のみを提供することは高齢者や家族の希望に反するだけでなく、社会的にもとうてい許されません。先述した2013年の「社会保障制度改革国民会議報告書」も「治す医療」から「治し・支える医療」(not 「支える(だけの)医療」)への転換を提唱しています。この新しい概念は、厚生労働省の医療提供体制改革文書で公式に採用されています。

第6:私は、地域医療連携推進法人は一部の地域を除いてほとんど普及しないと予測しています。地域医療連携推進法人は、一部では、今後の地域医療再編の「切り札」・「主役」と喧伝されましたが、昨年4月に発足したのは4法人のみでした。その時点では、これは都道府県レベルの事務処理が滞ったためと言われましたが、本年4月でも6法人にとどまっています。

地域医療連携推進法人で特に強調したいことは、厚生労働省がそれの普及に対して極めて慎重であることです。従来は、医療法や介護保険法等の改正で、新しい施設が創設された場合、厚生労働省は、少なくとも当初は、それの普及を奨励し、診療報酬・介護報酬でも優遇してきました。例えば、老人保健施設、療養病床、地域医療支援病院等です。それに対して、地域医療連携推進法人については、厚生労働省は、一貫して、「地域医療連携推進法人は地域医療構想推進の選択肢の1つ」と説明しています。昨年11月に開かれた第16回日本医療経営学会学術集会のシンポジウムでも、厚生労働省の担当者は、「行政が地域医療連携推進法人を強力に進めることはない」、「行政は中立的」、「(診療報酬で誘導するなどの)あめ玉は一切ない」と明言しました。その結果、本年度の診療報酬改定でも、地域医療連携推進法人を優遇する点数はまったく設定されませんでした。私は、厚生労働省のこの判断は妥当だと判断しています。

私は、日本でも、地域医療構想の実施過程で、病床区分の明確化・棲み分けが10年単位で徐々に進み、それに対応して病院の再編が進むと予測しています。ただし、その主役は地域医療連携推進法人ではなく、大規模病院グループ・複合体主導の病院M&Aであるとも判断しています。

ここで誤解のないように。これは私の「客観的」将来予測であり、私の価値判断ではありません。私自身は、厚生労働省や医師会が強調しているように、今後の病院の機能分化と連携は、各都道府県の「地域医療構想調整会議」で自主的に議論・調整されるべきと考えています。この点とも関連し、私は、先述した2013年の「社会保障制度改革国民会議報告書」が、「医療問題の日本的特徴」として、欧州に比べた日本の病院制度の特徴(私的病院主体の「規制緩和された市場依存型」)を指摘し、今後の改革は「市場の力」でもなく、「政府の力」でもない「データによる制御機構をもって医療ニーズと提供体制のマッチングを図るシステムの確立」を提唱すると共に、「医療専門職集団の自己規律」を強調していることを強く支持します。これは、アメリカの高名な医療経済学者フュックス教授が提唱している、医療制度改革の「第三の道」です。

3 地域包括ケアによる医療費削減の可能性についての論争

最後に、地域・在宅ケア(現在の地域包括ケアの先駆)による医療費削減の可能性についての論争について簡単に述べます。

まず指摘したいことは、厚生労働省は公式文書でも、高官の発言でも、常に、地域包括ケアの目的は効果的・効率的な医療・ケアの提供により医療・ケアの質を高めることだと述べ、それにより費用が削減されると主張したことはないことです。医療経済・政策学の立場からは厚生労働省は正しいと言えます。しかし、経済産業省や内閣府の高官、一部の新古典派経済学者やジャーナリストは、地域包括ケアにより医療・介護費が削減できるとの期待を持っています。彼らは社会的影響力が強いが、医療の実態を知りません。そこで、この点についての「論争史」を簡単に振り返るとともに、3人の厚生(労働)省高官の見識ある発言を紹介します。

(1) 1970年代以降の論争の回顧と私の研究

1970年代から1980年代前半までは、日本だけでなく、アメリカ、ヨーロッパ諸国でも、地域・在宅ケアによりケアの質の向上と費用の削減の両方が達成できると広く信じられていました。当時は、それを実証したと称する粗雑な実証研究も発表されました。しかし、1980年代後半以降、ランダム化比較試験に基づく多くの厳密な実証研究により、地域・在宅ケアは施設ケアに比べて安価ではないこと、特に重度の障害高齢者では在宅ケアの費用のほうが高いことが示されるようになりました。

その理由は2つあります。1つは、過去の研究は費用に公的費用のみを含み、家族や企業等が提供する私的費用を除外していたこと。もう1つの理由は、過去の研究が地域・在宅ケアを受けている高齢者と施設入居高齢者の障害の重症度や社会経済的条件の違いを調整していなかったことです。一般的に言えば、地域・在宅ケアを受けている高齢者は、施設入居高齢者に比べて、障害の程度が軽く、社会経済的条件も恵まれています。そのためにある著名なアメリカの研究者は、過去の粗雑な研究の比較を「リンゴとオレンジの比較」と呼びました。

その結果、現在では、在宅ケアが安上がりではないことは、国際的にも「確固たる事実」と認められるようになっています。例えば、昨年発表されたOECD報告書「医療の無駄と闘う」はOECD加盟15か国のデータに基づいて、重度の障害高齢者の在宅フォーマルケアの1週当たり費用は12,000米ドルであり、施設ケアの費用9,000ドルを大幅に上回っていると報告しています("Tackling Wasteful Spending on Health" 2017,pp.208-209)。しかも、この在宅ケアの費用には、施設ケアの費用には含まれる食費や居住費(ホテルコスト)を含んでいないのです。

手前味噌ですが、私は今から35年前の『病院』1983年1月号に掲載した論文「施設間連携の経済的効果-脳卒中医療・リハビリテーションを例として」で、当時勤務していた代々木病院リハビリテーション科の実績に基づいたシミュレーションにより、「在宅療養の"寝たきり患者"の生活費・家族介護費相当分をも含んだ広義の医療・福祉費用(real cost)は、施設収容患者の費用とほとんど差がないこと」を日本で最初に示しました。この論文は『医療経済学』(医学書院,1985)に収録し、本年2月に出版した『医療経済・政策学の探究』(勁草書房,2018)にも再録しました。この本には、このテーマについての決定的論文と自負している「医療効率と費用効果分析-地域在宅ケアを中心として」(1995)も再録したので、お読みください。

(2) 厚生(労働)省高官の見識ある発言

厚生(労働)省高官で、「在宅ケアは施設ケアに比べて…費用がかかる」と最初に発言したのは伊藤老健局医療課長です(1989年)。ただし、これは国保医学会シンポジウムの討論時の「チラリ発言」で、特に根拠は示しませんでした。しかもこの発言は『週刊社会保障』1553号(45頁)が報じただけで、学会誌にも掲載されていません。

その後、2008年に佐藤敏信保険局医療課長が以下の発言をするまで、19年間、同様の発言をする厚生労働省高官はいませんでした。「在宅と入院を比較した場合、在宅のほうが安いと言い続けてきたが、経済学的には正しくない。例えば女性が仕事を辞めて親の介護をしたり、在宅をバリアフリーにしたりする場合のコストなども含めて、本当の意味での議論をしていく時代になった」(2008年11月14日全国公私病院連盟「国民の健康会議」)。

直近では、鈴木康裕保険局長(当時。現・医務技監)が次のように述べました。「大事なのは、在宅が安いと思われがちですが、サービスを"移動"して提供しなければいけないので、明らかに機会費用が生じます。特に医師は人件費が高く、移動が高額になります。その意味では、本当に孤立した自宅が効率的なのか、それともサ高住のように集まって居住し、下の階や近隣に診療所や訪問看護ステーションがある方がよいのか、在宅のサービス提供のあり方を考えなくてはいけません」(『病院』2016年12月号:930頁)。

以上3人はいずれも医系技官です。このような見識ある発言の積み重ねがあるため、厚生労働省は地域包括ケアにより費用が削減されるとは主張しないのだと思います。

[本稿は、2018年3月23日に韓国保健医療研究院(NECA)の年次総会で行った以下の講演をベースにしてまとめました:"Healthcare System Reform with Community Health in Japan - Facts and Debate Topics on "Community-based Integrated Care System" and "Regional Healthcare Planning"。

参考文献

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2.論文:介護人材の長期的確保策をどう考えるか?
(「深層を読む・真相を解く(78)」『日本医事新報』2018年8月4日号(4919号):20-21頁)

6月15日の閣議決定「骨太方針2018」は、「力強い経済成長の実現に向けた重点的な取組」の1つに「新たな外国人材の受入れ」を掲げ、「従来の専門的・技術的分野における外国人材に限定せず、一定の専門性・技能を有し即戦力となる外国人材を幅広く受け入れていく仕組みを構築する」ことを決定しました。

特に介護分野では、次のように踏み込んで述べました。「介護の質にも配慮しつつ、相手国からの送出し状況も踏まえ、介護の技能実習生について入国1年後の日本語要件を満たさなかった場合にも引き続き在留を可能とする仕組みや、日本語研修を要しない一定の日本語能力を有するEPA介護福祉士候補者の円滑かつ適正な受入れを行える受入人数枠を設けることについて検討を進める」。厚生労働省は、この閣議決定を受けて7月2日、社会福祉法人が行う海外事業と介護職種の外国人技能実習生受け入れに関する課長通知を出しました。

本稿では、介護分野への海外人材確保策の有効性について考えます。私はこれには短期的効果しかなく、長期的には、日本国内で介護人材を確保することを目指すべきであり、それは看護職の過去の「成功体験」に学べば不可能ではないと考えています。

海外人材受入は長期的には期待できない

私は上述した介護分野への海外人材確保策は、人材不足に悩む介護業界の政府・厚生労働省へのねばり強い働きかけの成果であり、今後、外国人介護労働者の人権や給与・労働条件が日本人と同等に確保される形での具体化が図られれば、短期的には、ある程度の効果が期待できると思っています。

しかし、長期的には、それは、2025年には38万人に達すると推計されている介護人材不足解消の「切り札」にはならないとも考えています。以下、この点についての、私の「客観的」将来予測と価値判断を述べます。

まず、私の「客観的」将来予測を述べます。私は、以下の3つの理由から、今後、相当の「規制緩和」をしても、アジア諸国から大量の介護人材を受け入れ、それにより日本の介護人材不足を補うことは不可能と考えます。第1かつ最大の理由は、フィリピン以外のアジア諸国では、今後急速に高齢化が進むため、他国に介護人材を輸出する余力がなくなるからです。第2の理由は、アジア諸国の介護人材はヨーロッパや北米などの先進国では引く手あまたであり、日本はあまり人気がないからです。第3の理由は、アジア諸国の介護福祉士候補者が国家試験に合格するためには、受け入れ法人・施設は、人的にも、金銭的にも相当の「持ち出し」をする必要があり、それをできるのは大規模でしかも志の高い法人に限定されるからです。

第1点目に関連して、金子隆一氏(明治大学特任教授)も以下のように述べています。「日本への移民送り出し国として想定されるアジア諸国では、今後それらの国々自身が急速に高齢化することが見込まれており、日本がよほどの経済的優位性を持続していかない限り、希少な若者たちだけが必要なだけ来てくれるということはないでしょう」(『新時代からの挑戦状』厚生労働統計協会,2018,77頁)。

次に私の価値判断を述べます。私は、日本に来る介護福祉士候補者はそれぞれの国のエリート(大卒や看護師資格保持者等)であり、彼らを日本に永住または長期間滞在させることは、それぞれの国の医療・福祉の発展を阻害することになるので、避けるべきと考えます。

介護人材確保のための3つの改革

そのために、私は、今後の介護人材は基本的には日本国内で充足するしかなく、そのためには、以下の3つの改革が必要と考えています。

第1は介護職の給与引き上げを可能とする介護報酬の引き上げと教育レベルの向上、第2は女性と前期高齢者の就労率の引き上げ、第3は厚生労働省プロジェクトチーム「誰もが支え合う地域の構築に向けた福祉サービスの実現」(2015年9月。通称「新福祉ビジョン」)等が提起している、ICTやロボット(当面は介護ロボットではなく、HAL等の介護支援のロボットスーツ)の活用による介護分野の生産性の向上です。

第1点は、現時点では夢物語と思われるかもしれませんが、1990年代以降の看護職の労働条件と社会的地位の向上を考えると、決して不可能ではありません。この点について、私は3年前の「朝日新聞」の介護職員不足対策についてのインタビューで次のように述べました(「報われぬ国 負担増の先に 総集編:上 介護職員の待遇改善を」2015年3月23日朝刊。聞き手:生田大介記者)。少し長いですが、ほぼ全文を引用します。

<医療福祉政策を考えるときは、歴史に学ぶことが大事だ。介護職員は2025年度に全国で約30万人が不足するともいわれ、絶望的にもみえる。ただ、今の状況は1990年前後の看護師不足とよく似ている。当時、看護師は「3K」(きつい、きたない、きけん)などと言われ、病院内での地位や給料も低かった。

それが1992年以降の診療報酬改定で、看護の報酬が大幅に引き上げられた。より高い配置基準(患者数対比の看護師数が多い病院ほど報酬も多くなるしくみ)も導入され、看護師が増えて労働環境がよくなった。

あわせて、4年制大学の看護学部が増え、高学歴化が進んだ。卒業後も、専門性を高める「卒後教育」を看護協会などが推し進めた。それで給与が改善され、看護師の社会的な地位も高まる好循環になった。近年は離職率も下がり、今や花形職業だ。

介護職の場合も解決策は同じだ。介護報酬を引き上げ、介護職員の配置基準を高めるべきだ。事業者は報酬が高くなれば、正職員を増やせる。今は非正規職員も多いが、長く勤める正職員になら、技術を高めてキャリアアップさせる研修にお金を出しやすくなる。

その意味で、今年[2015年]の介護報酬の大幅引き下げは、時代の流れに反する。財源がないというが、そんなことはない。日本の中間層の税や保険料の負担は欧州より少ない。介護も医療も保険料の引き上げは避けられない。低所得者には配慮しつつ、所得税の累進制強化など、高所得者により負担してもらうことが必要だ。(以下略)>

1991年に提唱した看護婦不足解決策

私は、看護婦(当時の呼称)の仕事が、現在の介護職の仕事と同じく、3K~6Kと言われ、看護婦不足は宿命的とみなされていた1991年に、「病院管理者の意識改革・職場の民主化と合わせて、看護婦の給与・労働条件改善が実施されれば、看護婦不足は十分に解決可能だ」と主張・予測しました(『複眼でみる90年代の医療』勁草書房,1991,160-172頁)。

手前ミソですが、私のこの主張・予測は、27年後の現在、ほぼ現実化したと判断しています。なお、「6K」とは、上記3Kに、「給料が低い、休暇が少ない、格好が悪い」を加えたものです(行天良雄『看護婦が足りない』岩波ブックレット,1990,20-29頁。6番目のKは「結婚できない」との異説もあります)。

介護保険制度が始まった直後の2001年のインタビュー「訪問介護の主役は長期的には介護福祉士」で、日本の介護福祉士の教育レベルは「世界最高水準」であり、「専門職は給与が保証されれば在宅に向かう」と指摘すると共に、「今のままでは、10年前に生じた『看護婦不足』と同じような『介護職不足』が起きる危険がある」と警告しました(『21世紀初頭の医療と介護』勁草書房,2001,第2章4,172-178頁)。

介護人材の確保策を検討する上では、短期的対策に加えて、このような長期的視点が不可欠と私は考えています。

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(通算150回)(2018年分その6:7論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○[アメリカにおける]主要疾患の2000~2014年の高い医療費増加率は技術[進歩]と人口的変化が駆動していた
Dunn A, et al: High spending growth rates for key disease in 2000-14 were driven by technology and demographic factors. Health Affairs 37(6):915-924,2018[量的研究]

疾患別の詳細な医療費の新しいデータベースを作成して、2000~14年のアメリカの医療費増加を分析した。それにより、今回検討した全疾患群(conditions)の11.5%にすぎない30疾患群により、この期間の1人当たり実質医療費増加の42%が説明可能であった。2000年にはこれらの疾患群は医療費のわずか13%しか占めていなかった。医療費増加の主因は新医療技術(特に高額の新薬)の利用、予防型サービス提供への転換、人口高齢化及び肥満者の増加であった。多くの新医療技術の健康改善便益はそれらに伴う費用を上回っており、このことは新医療技術が費用対効果に優れ、社会に純価値(a net value)を生むことを示している。これらの技術は価値があるかもしれないが、新医療技術は旧来のものよりもしばしば高額である。

二木コメント-論文名と要旨は魅力的で、主要「疾患群」(conditions)別の1人当たり医療費等を詳細に推計しているのは貴重です。ただし、「考察」は粗く、かつ超楽観的です。conditionsの分類も恣意的で、上位5位は以下の通りです:①健康診断、②合併症のない糖尿病、③リハビリテーション、④予防接種・集団検診、⑤敗血症。医療費の増加要因も新医療技術の費用対効果も、他文献に基づいて事例的に述べているだけで、独自の定量的検討はしていません。

○[アメリカにおける]ハイテク医療サービスと病院の財務実績との時系列分析
Zengul FD, et al: Longitudinal analysis of high-technology medical services and hospital financial performance. Health Care Management Review 43(1):2-11,2018[量的研究]

アメリカの病院は財務実績を改善する戦略として、ハイテク医療サービスに投資している。ハイテク医療サービスへの関心にもかかわらず、ハイテクサービスが財務実績に与える影響についての情報は十分でない。本研究はそれを明らかにするために、「資源ベースの企業観」(Barney)を分析枠組みとして用いる。全米の3268病院(内科系・外科系の総合的病院。専門病院は除く)の2005~2010年の時系列パネル標本を用いて、ハイテク技術導入を独立変数とする固定効果モデルの回帰分析を行った。一部の病院でしか導入されていない稀な(rare)またはたくさんの(幅のある)ハイテク医療サービスを持つ病院は財務実績が良いと仮定した。

回帰分析の結果は病院が所有するハイテク医療サービスの幅の広さと売上高利益率(total margin)との間の関連を支持したが、その関係があるのは非営利病院だけであった。ハイテク医療サービスの幅と稀さとも、非営利病院では高い売上高利益率と関連していた。ハイテク医療サービスの幅も稀さも営業利益率とは関連していなかった。ハイテク医療サービスの幅と稀さは非営利病院では入院患者1人当たりの費用減と関連していたが、これらの費用の少なさは入院患者1人当たり収益の少なさで相殺されていた。

この結果から、ハイテクサービスの幅を広げることは、特に非営利病院では、財務実績を改善する正統的組織戦略である可能性がある。病院は新技術導入により生産性と効率を改善し、入院患者の営業費用を減らすかもしれない。ただし、営業収益への負のインパクトは病院経営者に対してこれら技術が収益減をもたらしうるとの警告を与えているとも考えられる。そのために経営者はハイテク医療技術の導入に際して、費用と収益の両方を考慮すべきである。

二木コメント-アメリカの病院でのハイテク医療サービスと財務実績との関連を時系列データで検証した初めての報告だそうです。日本とアメリカでは、病院への支払い方法が相当異なるので、この結果をそのまま日本に当てはめることはできませんが、「頭の体操」にはなると思います。著者は、非営利病院ではハイテク技術の導入により、営業利益率は変わらない反面、売上高利益率が高くなる理由として、これらの技術の導入により寄附(非営業収益)が増えるためではないかと示唆していますが、このような関係は日本ではあり得ないと思います。

○[アメリカにおける]医療情報技術のインパクト-メディケア加入者での患者中心の医療近隣プログラムに焦点化して.患者アウトカムと費用への影響
Orzol S, et al: The impact of a health information technology - Focused patient-centered medical neighborhood program among Medicare beneficiaries in primary care practices.The effect on patient outcomes and spending. Medical Care 56(6):299-307,2018[量的研究]

メディケア・メディケイド・イノベーションセンター(CMMI)は医療費の支払い・提供の新しいモデルの検証をしており、その対象を費用を引き下げつつ健康アウトカムを向上するモデルに拡大している。CMMIはTransforMed(全国的な学習・普及契約者)が健康・医療情報技術システムを医師診療に統合しようとしていることに対して、3年間の医療イノベーション賞(HCIA)を授与した。本研究はTransforMEDのHCIA助成プログラムの患者アウトカムとメディケアのパートA・B費用に対する影響を検討する。

87の診療所等で出来高払いの診療を受けているメディケア加入者(介入群)と、マッチングをした286の診療所等で出来高払いの診療を受けている加入者(対照群)のアウトカムを比較した。その際、実験開始1年時の両群の差を調整した。以下の3つの領域の6つのアウトカムを用いた:医療の質のプロセス、サービス利用、費用。その結果、上記プログラムは入院を7.1%、救急外来受診を5.7%減らしたと推定された。しかし、医療の質のプロセスと費用面でのアウトカムについては、統計学的に有意な効果があるとのエビデンスは得られなかった。

二木コメント-本研究の費用は入院・外来医療費のみで、プログラムの「介入費用」は含まれていません。それにもかかわらず、最新の医療情報技術と医師診療を統合しても費用抑制はできないとの結果が得られたことは貴重と思います。

○健康の決定要因についてのデータを電子医療記録に統合する
Cantor MN, et al: Integrating data on social determinants of health into electronic health records. Health Affairs 37(4):585-590,2018[評論]

住民全体の健康(population health)に医療の焦点が当てられるようになるにつれ、医療提供者は伝統的な臨床所見の枠外のデータが、患者の健康状態の潜在的決定要因に関する見通しを与え、医療の効果を改善する方法を明らかにしうることを認識しつつある。しかし、健康の社会的決定要因(環境条件や教育レベル等)に関連したデータが、医療データと同じようにすぐに利用できるようにするためには、多くの課題が残っている。中心的課題は電子的医療記録に含むべき標準的な健康の社会的決定要因についての合意がないこと、及びそれらの情報が収集された場合、社会的決定要因が効果的に利用され、具体的行動につながりうるとのエビデンスがまだ不十分なことである。このような課題に取り組み、健康の社会的決定要因を医療の場で効果的に利用するために以下のことを提唱する。それらは、電子的医療記録での健康の社会的決定要因に関連したデータの全国標準を創り出すこと、そのようなデータ収集に経済的・質的インセンティブを与えること、及び収集された情報のインパクトを測定するための研究を大幅に増やすことである。

二木コメント-医療の社会的決定要因のデータを全国的に標準化して、電子医療記録に統合するとの提案は新鮮です。

○[アメリカにおける自宅への]食事配達プログラムはメディケアとメディケイドを重複受給する高齢者の費用がかかる医療利用を減らす
Berkowitz SA, et al: Meal delivery programs reduce the use of costly health care in dually eligible Medicare and Medicaid beneficiaries. Health Affairs 37(4):535-542,2018[量的研究]

栄養面に問題を抱える(nutritionally vulnerable)患者に食事を配達することはこれらの患者の健康の社会的決定要因に取り組む上で重要である。しかし、食事配達プログラムがこれらの患者の医療サービス利用を減らし、医療費を減らせるかについては分かっていない。メディケアとメディケイドを重複受給する高齢患者の自宅に、医学的必要に合わせた食事(medically tailored meals)または普通の食事を配達することが医療利用・医療費を削減するか否かを検討した。

医学的必要に合わせた食事を配達された患者群(133人)も、普通の食事を配達された患者群(624人)も、マッチングをしたそれぞれの対照群(各1002人、1318人)と比べ、救急外来の受診率が有意に少なかった。医学的必要に合わせた食事を配達された患者群では、入院率も医療費も有意に少なかった。普通の食事を配達された患者群では、入院率は減らなかったが、医療費は有意に少なかった。以上の所見は、食事の自宅への配達が、栄養面に問題を抱える患者の医療利用や医療費を減らすことを示唆している。

二木コメント-自宅への食事配達プログラムの医療利用と医療費を減らすことを示唆する珍しい報告です(本文には数値も示されています)。ただし、ランダム化試験ではなく、医学的必要に合わせた食事を配達された患者群の標本数は少なく、しかも医療費と食事配達プログラム費用(「介入費用」)」の両方を含んだ「公的総費用」の比較はなされていません。
なお、Health Affairs 2018年4月号の特集(の1つ)は"culture of health"で8論文が掲載されていますが、本論文を含め大半の論文は「医療の社会的決定要因」の研究です。先に紹介した「健康の決定要因についてのデータを電子医療記録に統合する」も含んでします。

○歴史は重要である:現在の医療政策と医療に対する歴史分析の決定的寄与
Sheard S: History matters: The critical contribution of historical analysis to contemporary health policy and health care. Health Care Analysis 26(2):140-154,2018[論説]

歴史は医療政策担当者の間で人気がある、彼らが政策変化を正当化するために歴史的逸話から引き出す規則性が指標として用いられる場合には。しかし彼らが「用いる」歴史は実に多様であり、それの影響も同様である。本論文はイギリスのプロの歴史家の視点から、医療政策における「応用」歴史学の発展を探求する。筆者の政策担当者との関わりの様々なタイプやレベルについての個人的経験について述べ、歴史家と政策担当者との対話とパートナーシップがもっと効率的、効果的でしかも関わる者すべてにとって知的に実り多いものになるためのメカニズムを論じる。

二木コメント-医療政策で「歴史が重要である」ことを、イギリスの医療政策形成に関わった個人的体験も踏まえて論じた興味深い論説です。本論文を読むと、イギリスでは、歴史が政策形成において日本とは桁違いに重視されていることがよく分かります。

○シンガポールと香港における医療保険改革:高齢化しつつあるアジアの2つの虎はいかに医療財政の課題に対応しているか
Yin JD-C, et al: Health insurance reforms in Singapore and Hong Kong: How the two ageing Asian tigers respond to health financing challenges? Health Policy 122(7):693-697,2018[政策研究・比較研究]

シンガポールと香港は、アジアにおける2つの高所得「虎経済」(急激に経済成長を遂げつつある新興国・地域)であり、世界でもっとも効率的な医療制度とランク付けされている。両国・地域は歴史と社会経済的発展については非常に類似しているが、医療改革では過去数十年間異なった道を歩んできた。急速な人口高齢化と将来の医療財源に対する不安にかられ、両国・地域は過去30年間、大きな医療財政改革を実施してきた。シンガポールは2015年のMediShield Life(MSL)により国民皆保険(universal health coverage)に移行した。

MSLは1990年に導入されたMediShield(高額医療費保障保険。任意加入だが国民の93%が加入)を拡張した強制加入保険であり、入院医療費と高額な外来医療費を給付する。自己負担率は3-10%だがdeductible(保険免責制)がある。それに対して、香港は任意医療保険制度(VHS)を導入しつつある。政府文書、新聞報道および学術論文等の二次資料を用いて、本論文はこれら2つの改革を、政治的文脈、改革の主導者、及び政策的文脈の視点から比較し、併せて今後の保険によるカバー、経済的保護、改革実施面での主要課題を評価する。予備的分析では、両改革にはそれぞれ弱点があるが、香港のVHSの弱点の方が深刻であり、注意深い観察が必要であることが示唆される。最後に結論として、医療改革の遂行では国の役割が決定的に重要であることを強調する。

二木コメント-シンガポールの過去30年間の医療保険制度の発展過程を簡潔に述べています。日本では、医療分野への市場原理導入を主張する人びとの間で、シンガポールの医療保険=個人単位の医療貯蓄口座(Medical Savings Account. MSA)との誤解がいまだに残っているので、本論文はその「解毒剤」になります。なお、MSAは現在も残っていますが、国民皆保険に移行する前の1995年でも、総医療費のうちMSAによるカバーはわずか8.5%にすぎませんでした(Hsiao WC: Behind the ideology and theory: What is the empirical evidence for Medical Savings Account? Journal of Health Policy, Politics and Law 26(5):739,2001)。

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4.私の好きな名言・警句の紹介(その165)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割>

<その他>

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