文献プロムナード(2)
「地域への展開」
野村拓
発行日2003年05月25日
まず骨董品的資料から
日本の医療行政で「地域」という言葉が登場するのは戦時中、1937年の保健所法以後である。そして、上からも下からも「地域医療」という言葉がしきりに使われるようになったのは1970年代ではなかったか。また、地域医療調査といっても、地域社会、住民の立場で行われるものと、国政レベルでの政策決定のためのサンプル調査としての地域医療調査とがある。
アメリカでの最初の地域医療調査といわれるE.Sydenstricker のHagerstonwn Survey(1921_24)は原典を見る機会がないが、
『デトロイトにおける医師・歯科医師調査』
☆Nathan Sinai:A Study of Physicians and Dentistsin Detroit. (1929)Univ.of Chicago Press.
は対照地区にフィラデルフィアをとっているから、都市化と専門医化の相関についての連邦政府レベルでの関心を反映したサンプル調査といえる。題名を見ただけでサンプル調査であることがわかるが
『南部農村地帯3市町村の医療機関調査』
☆C.ST.C.Guid:Surveys of the Medical Facilitiesin Three Representative Southern Countries. (1932)Univ. of Chicago Press.
で、これは
- 第1グループ人口1万4000以下
- 第2グループ人口1万4000~2万5,500
- 第3グループ人口2万5,500以上
の3つのグループから1つずつサンプルを選んだものである。これは人口規模別という量的分類によってサンプルを選んでいるが、地域社会の性格を分類、特徴づけた上での調査が例えば次のような「企業城下町」の地域医療調査である。
『産業主導の地域医療サービス』
☆I.S.Falk 他: A Community Medical Service Organized under Industrial Auspices in Roanoke Rapids, North Carolina (1932) Univ. of Chicago Press.
『鉱山会社の医療サービス』
☆Louis S. Leed:The Medical Service of The Homestake Mining Company. (1932) Univ. of
Chicago Press.
ここでは地域の開業医の設備を企業が買いとって、企業がオープン病院をつくった例なども紹介されている。また、企業城下町ではなく、陸軍基地の町をとりあげたのが
『フォート・ベニングの組織的医療』
☆I.S.Falk:Organized Medical Service at Fort Berning, Georgia.(1932) Univ. of Chicago Press.
である。
地域の動き、 住民の意識をとらえる
同じ時期の調査でありながら、上からのサンプル調査ではなく、地域社会の動きをとらえたものが
『サン・ジョアキン地区の医療機関』
☆Nathan Sinai: A Survey of the Medical Facilities
of San Joaquin County, California, 1929.
(1931) Univ. of Chicago Press.
で、今日いうところのHMOの胎動がとらえられている。また
『サスカチュワンの自治体医師』
☆C. Rufus Rorem: The_Municipal Doctor” System in Rural Suskatchewan. (1931)Univ. of Chicago
Press.
はカナダのサスカチュワン州、32の自治体の医療を「自治体ドクター(公医)」という視点から調査したものである。
医師、医療機関の数や医療ニーズとのマッチングというレベルではなく、住民の「病感」「健康意識」というところまで踏み込んだ形で行われたのが、
『ペッカムの社会実験』
☆Innes H. Pearse 他: THe Peckham Expreviment _A Study of the Living Structure of
Society. 6版(1947) Georg Allen & Uniwin(初版は1943年)
で、これはイギリスで1926年に設立された先駆的保健センター(Peckham Pioneer Health Centre)が1938年から1941年にかけて住民の健康・疾病意識を調査したもの。なんらかの「病感」「不調感」を持った人たちを差引いていくと、1946人の男子のうち、「健康」な人はわずか273人(14%)、女子の方は1965人のうち85人(4%)に過ぎないことをこの調査は示している。「健康とは」について考えさせられる調査である。
日本では、高橋実、林俊一などによる先駆的地域医療調査があるが、行政サイドからのものとして・東京市滝野川区に於ける健康(病勢)調査報告抄録(「日本医学及健康保険」)No.3265.1942.1.3)がある。
地域医療分析の系譜
Community という言葉を意識した上での地域分析、地域医療分析は戦後のことに属するのではないだろうか。そして「地域診断」(Community Diagnosis)という言葉を最初に使ったのは
『地域医療の調査方法』
☆J.H.Abramston : Survey Methods in Community Medicine. 2版(1979)Churchill Livingstone.
の初版本ではないかと思われる。同じくイギリスで同時期に出された
『医療における疫学』
☆J.P.Barker 他:Epidemiology in Medical Practice.(1979)Churchill Livingstone.
は教科書風にコンパクトにまとめられているがイギリス特有の5階層分類によるSMR(標準化死亡比)の歴史的推移などが参考になる。
1980年代に入ると、アメリカにおけるマーケティンク理論の医療への適用や、コンピューターグラフィックを駆使した地域医療分析などが時代を特徴づけることになる。医療におけるマーケティング理論の展開については別のシリーズで取り上げることとし、コンピューターグラフィック応用例の方を取り上げれば
『地域医療分析』
☆G.E.Alan Dever: Community Health Analysis.
(1980)Aspen.
が代表的存在といえる。「オクラホマ州でCTによる検査を受けるために何マイル旅行しなければならないか」を示したマップやジョージア州で地区別に「メディケイドによる受給者1人あたり支出額」や「メディケアによる受給者1人あたり支出額」を示したマップは当時としては新鮮な感じを与えた。しかし、1991年に改訂版が出されたときには新鮮さを失っていたから、この間にコンピューターグラフィックは常識化したといえる。
出版物全体にあたったわけではないが、1980年代から1990年代にかけての時期は医療サイドよりも看護サイドから地域を取りあげた本が多く出されたのではないか、という気がする。
訪問看護、在宅ケアという「点」から地域看護という「面」へのひろがりが進行したのがこの時期ではなかったか。看護関係の本は別のストーリーの中で紹介するつもりだが、ここでは地域医療に密接にかかわるものだけを取り上げてみることにする。
地域に根ざす
訪問看護、公衆衛生看護の本家、イギリスでは、行政的色彩の強い
『地方看護』
☆Monica E. Baly 他:District Nursing 2版(1987)Heinemann.
のDistrict Nursing ではなくCommunity Nursingという言葉が使われたのが
☆G. Baker 他:Community Nursing(1987) Croom Helm.
という本である。アメリカでは「地域看護」という言葉が、言葉として熟する前は「地域における看護」であった。
『地域における看護』
☆Mary Jo Clark: Nursing in the Community.(1992)Appleton & Lang.
これは大きな本で、地震のときにどうするかまでイラスト入りで解説されている。
また、これはナーシングホームやホスピスのバージョンで取り上げるべき本だろうが、この時期に出された注目すべき本を1点だけ紹介しておく。それは
『引退の里・運動』
☆Leon A. Pastalan 編:The Retirement Community
Movement. (1989)Haworth.]
である。
「地域看護」という言葉が、言葉として成熟したのは1990年代半ばと思われるが、同じく地域看護をテーマとする場合でも社会政策的コンテクストで取り上げているのがイギリスの看護書である。
『地域看護』
☆David Sines 編:Community Health Care Nursing.(1995)Blackwell.
では社会政策史が概説され、「社会科学の貢献」という項もある。またアメリカ的横並びの良さを示したのが
『パートナーとしての地域_看護における理論と実際』
☆Elizabeth T. Anderson 他:Community As Partner_Theory and Practice in Nursing. 2版(1996)Lippincott.
である。そして、1990年代の後半に入るとCommunity Based(地域に根ざした)をキーワードとする地域看護書があいついで出されるようになる。
『地域に根ざす看護・序説』
☆Roberta Hunt 他:Introduction to Community Based Nursing. (1997) Lippincott.
では、在宅看護、病院看護それぞれのウエートの歴史的変化を示したシェーマが注目された。以下、「地域に根ざした」看護書を年代順に羅列すれば次のようになる。
『地域に根ざした看護』
☆Ginger Armentrout: Community Based Nursing.(1998)Appleton & Lange.
『地域に根ざした看護・序説』
☆ Melanie McEwen : Community - Based Nursing _A Introduction. (1998)W.B.Saunders.
『地域に根ざした看護の文献』
☆Roberta Hunt: Reading in Community-Based Nursing. (2000)Lippincott.
どうも「地域看護」のイメージが湧かないという人には、次のようなケース・スタディの本がいいだろう。
『地域看護・ケーススタディ』
☆Tamara Hertenstein Mckinnor: Community Health Nursing _A Case Study Approach. (1997) Lippincott.
『地域看護におけるケース・スタディ』
☆Juliann G. Sebastian 他: Case Studies in Community Health Nursing. (1999)Mosby.
ところで、医学教育ではどうかというと、どうも「地域への根ざし方」が足りないようで『地域に根ざした医学教育』
☆Noel Boaden 他:Community-Based Medical Education. (1999)Arnold.
が目につく程度である。
地域連携に向けて
海外でも、医学畑はハイテクを追いかけ生き残りを考えるのに忙しくて、なかなか地域に目が向かない傾向にあり、そのせいか地域連携に向けての提言的なものは看護サイドから出される場合が多い。「なぜ、急性期病院は優先的に評価されるのか?」と問題提供したのが
『地域保健の論理的問題』
☆Ruth Chadwick 他編:Ethical Issues in Community Health Care.(1998)Arnold.
であり、「病院の壁」を越えた地域活動を強調しているのが
『看護ケース・マネージメント』
☆Elaine L. Cohen 他:Nursing Case Management.2版(1997) Mosby.
である。なんとなく意気込みが伝わってくるのが
『地域へ・外来とホームケアの看護』
☆Joan C. Stackhouse: Into the Community Nursing Ambulatory and Home Care. (1998)Lippincott.
で、セカンダリー・ケアのあり方を取り上げたのが
『地域ケアとセカンダリー・ケア、そしてケア・マネージメント』
☆David Challis 他編集、Community Care, Secondary Health Care and Care Management.(1998)
Ashgate.
である。また
『地域看護のための連携』
☆Ann Long 編:Interaction for Practice in Community Nursing. (1999)Macmillan.
のように、真正面から「連携」を取り上げた本の他に、公衆衛生との連携、住民参加等々、地域看護は花盛りのようだが、21世紀を迎えて新しいトレンドが加わったように見える。それは電話回線を利用した地域保健、地域医療である。
新しいトレンド?
「テレ」という接頭語のついた本は次のように続々と出されている。まず
『テレ・ナーシンク』
☆Charles C. Sharpe:Telenursing.(2001)Auburn House.
ここでは、Telehealth, Telenursing, Telemedicineなどの新語が登場した。ついで
『テレ医療_医療とコミュニケーション』
☆Thorsten M.Buzug 他編、Telemedicine_Medicine and Communication. (2001)Kluwer.
『テレ医療・必携』
A.C.Norris: Essentials Telemedicine and Telecare.(2002)John Wiley & Sons.
『e - 療法』
☆Robert C.Hsing 編: e - Therapy.(2002)W.W.Norton.
『看護師のためのテレ・コミュニケーション』
☆Myrna L. Armstrong 他編: Telecommunications for Nurses.2版(2003)Springer.
などなどである。
地域医療が留守番電話とe-mail の上に成り立つとは思えないが、生ま身の人間同志の連携をとりあげた本にも動機不純なものがある。例えば
『医療と地域サービスとの連携』
☆Walter Leutz 他:Linking Medical Care and Community Services. (2003)Springer.
には「ギャップを埋める実際的モデル」という副題について、8編の論文が収められている。しかし、論文執筆者の肩書きを見ると、アメリカ最大のHMOであるカイザー・パーマネンテの関係者が多いことがわかる。だから孫子の兵法で「敵を知り、己を知れば」というつもりで読むことが必要である。なにしろ、麻酔医を相場の半値で雇用したことを得々と活字にするのがカイザー・パーマネンテだから。
そのつもりで読むと、カイザー・パーマネンテがいわゆる「介護」分野で事業展開を意図していることがわかる。老人も障害者もマーケットとしてとらえようというわけである。概して、英米の障害者統計は日本よりも障害の範囲を広くとるから、障害者の数は多い。
10ポンド(約4.5㎏)のものを持ち上げられない人、4分の1マイル(約400メートル)歩けない人などは「障害者」に分類されるから、合計4,900万人、まことに巨大な市場である。他方、介護者(Caregiver)の約4分の3は無給である。こんな前提に立って事業展開をしようというのだから、おそろしい話である。
なお、カイザー・パーマネンテ加入者中の「ぼけ老人」統計は興味深い。このガメツイ組織がどのように扱うのか、しばらくフォロー・アップしてみたいものである。
本の書名だけ見て丸善に注文すると、こんな本が飛びこんでくることもあるが、これはこれで使い途があるだろう。別にカイザー・パーマネンテの事業展開を真似する必要はないが、介護分野に踏みこんだ医療機関も多いことだろうから、その参考になりそうなものを1点。
『ナーシング・ホーム管理』
☆James E. Allen: Nursing Home Administration.4版. (2003)Springer. は次のような構成。
- 1.管理、統治、リーダーシップ
- 2.人的資源
- 3.財政と事業
- 4.環境_産業、その法規と規制
- 5.入所者/患者ケア
最後に地域保健教育関係の新刊を取り上げることにしよう。
『地域保健の教育方法』
☆Robert J. Bensley 他編:Community Health Education Methods. 2版(2003) Jones & Bartlett.
これは日本でいうと、教育学部の養護教諭養成コースあたりの教科書に相当するのだろうか。真面目な本で、全く平凡なことだが、政策理解(Understanding Policy)や草の根運動(Grassroots Activities)の必要性が述べられている。