文献プロムナード(6)
「医療職種」
野村拓
発行日2004年05月25日
医療職種の英語は
医療職種という包括的な日本語に相当する英語はいろいろある。曰く、Health Professions,Health Care Practitionals, Health Workforce, Healthcare Practitioner,Health Professionals,等々である。
それぞれをキーワードとする書名の本を1点ずつ挙げると次のようになる(以下、海外文献には仮訳の和名をつけて紹介する)。
『医療職におけるキャリア』
☆Robert M.Donaldson 他編:The Yale Guide to Careers in Medicine and the Health Professions.(2003) Yale Univ.Press.
『医療職の管理』
☆Charles R.McConnell:Managing the Health Care Professional.(2004)Jones & Bartlett.
『医療労働力の未来』
☆Celia Davies 編:The Future Health Workforce.(2003)Palgrave.
『上位の医療者となるには』
☆Gillian Brown 他編:Becoming an Advanced Healthcare Practitioner.(2003)Butterworth Heinemann.(この場合、Advanced は修士課程、博士課程等の資格要件語として使われることがある)
『医療職の立証型プラクティス』
☆Alison Brettle 他:Finding the Evidence for
Practice ―― A Workbook for Health Professionals(2004)Churchill Livingstone.
むかし、(と言っても8年ほど前)国民医療研究所編・日野秀逸監修で『保健・医療の仕事がわかる本』(1996、本の泉社)を出したことがある。
高校の進路指導の先生には歓迎されたが、思ったほどには売れなかった。しかし、社会福祉系学部で回覧すると学生の関心は強かった。介護保険がらみで医療機関と関係を持つ新しい福祉系職種が生まれようとしていたからだろう。
医療職種は時代とともに分化したり、時には部分的に統合したりしながら動いているが、経済的評価の方はどうだろうか。
医療職と軍人の年収
「むかし人間」は人を評価する場合に「兵隊の位でいえばどれくらい」というモノサシを使ったが、平和憲法のおかげで「兵隊の位」のわからない人が増えたのは、むしろ喜ばしいことだろう。
しかし、将官、佐官、尉官、下士官、兵、というおおまかなランクづけぐらいは知っておいた方がいいだろう。
『戦争と平和のシステム』
☆Theodore Caplow 他:Systems of War and Peace.2版(2002)Univ.Press of America.
には、アメリカの四軍(陸軍・海軍・空軍・海兵隊)の階級別の月収(2001)が載っている。これを陸軍大佐が3,538人いて月収は4,211~7,310ドルなどと紹介していては大変なので、おおまかに年収換算しながら集約すると
- 将官級7万ドル~15万ドル
- 佐官級4万ドル~9万ドル
- 尉官級2.5万ドル~6万ドル
- 下士官1.8万ドル~5万ドル
- 兵1.5万ドル~1.8万ドル
ということになる。これを冒頭に掲げたHealth Professions(2003)の中で紹介されている医療職の職種別年収(2002年の見込み数字)と比較してみよう。
- 医師180,400~275,000(ドル)
- 歯科医師121,000~176,000
このあたりは将官級、あるいは将官級以上(元帥?)で、「佐官級」に相当するのが
- 薬剤師72,820(以下、無理に訳すと誤解を招きそうなものは原文のまま)
- Optometrist 75,350~123,070
- Physician assistant 51,799~78,595
- 理学療法士62,260
- 作業療法士53,053
などである。Physician assistant が佐官級というのは意外な感じを与えるかもしれないが、この職種については
『医師助手のプライマリケア』
☆Rodney L.Moser:Primary Care for Physician Assistants 2版(2001)McGrawHill.
という本も出されている。
正看(RN)もおおむね「佐官級」と「尉官級」の中間ぐらいで
- Staff RN 44,759
- Specialist RN 53,977
となっているが、このSpecialist RN が悩ましい言葉で、日本的感覚で言えば医師の領域に一歩踏みこんだ専門性を持ったRN ということになり、Nurse Practitioner (NP)とほぼ同義である。
また、「一歩踏みこんだ専門性」を持つことをadvanced level といい、州によって異なるいろいろな職名がつけられているので厄介である。とりあえず、NPとAdvanced Nursing をキーワードとする本を次に掲げることにする。
『婦人科領域におけるNPの管理ガイドライン』
☆Kathleen M.Pellitier Brown : Management Guidelines for Nurse Practitioners Working with Women.2版(2004)F.A.Davis.
『NPの産婦人科業務』
☆Joellen W.Hawkins 他:Guideline for Nurse Practitioner in Gynecologic Settings .8版.(2004)Springer.
『高度看護の理論的展望』
☆Janet W.Kenney:Philosophical and Theoretical Perspectives for Advanced Nursing Practice.3版(2002)Jones & Bartlett.
日本の准看に相当するPractical Nurse は、病院―27,830ドル、ナーシングホーム―28,820ドルと、おおむね「下士官級」である。
最近の新職種
戦前、戦中の日本では、看護婦は「兵」の扱いで、婦長クラスが「下士官」であったが、戦後、アメリカの占領下で警察予備隊(自衛隊の前身)が発足した時に、「佐官級の看護婦もあり」ということになった。当時の雑誌『看護』(1952.9.)には、このことを「看護婦少佐級となる」と報じている。ところが、戦後世代には「少佐」(三佐)がどれくらい偉いかがわからないので、赤十字共同研究プロジェクト『日本赤十字の素顔』(2003、あけび書房)には「旧陸軍の階級表」を加えた。因みにイラクへ派遣された看護部隊の責任者は「三佐」のひとつ下の「一尉」である。
平和な話題にもどそう。前掲の医療職種の年収一覧表の中には
- リクリエーション療法士30,536(ドル)
というのがある。遊んで「准看」より上ならいいではないか、と思うかもしれないが、契約社会、アメリカでリクリエーションで効果をあげるのは大変だろう。この他、音楽療法士、ダンス療法士、園芸療法士、芸術療法士などが載っているが、統計的にレンジを示せるほど従事者がいないことなどの理由で、数字は示されていない。園芸療法士はHorticulture therapist だが、Horticulture などという言葉は農学部以外では耳にしない言葉だろう。
音楽療法はかなり広く行われるようになり、ド演歌しか歌わないオジサンも「モーツァルト効果」を口にするようになったが、音楽療法は古代、中世からあったと主張する本が
『音楽療法 の歴史』
☆Peregrine Horden 編:Music As Medicine―The History of Music Therapy Since Antiquity.(2000)Ashgate.
であり、「古文書中国についてのノート」から始まり「音楽療法のユダヤ、イスラム的伝統」や「音楽療法:インド的伝統における若干の可能性」などの章があり、「モーツァルト効果」が出てくるのは巻末の方である。
対照的に、極めて現代的なのが
『離婚家庭児への癒しの音楽』
☆Janice L.DeLucia-Waack:Using Music in Children of Divorce Groups.(2001)AmericanCounseling Association.
で、この場合はメロディーよりも「詩」の良さの方を強調している。「癒し」ニーズが増大すれば音楽も産業化、というわけで
『音楽産業の経済学』
☆K.Brad Stamm:Music Industry Economics.(2000)Edwin Mellen Press.
という本も出されている。
音楽も芸術のはずだが「芸術療法」(Art Therapy)と言った場合、おおむね音楽は除外され「お絵かき療法」が中心となるが、「砂遊び療法」(Sandplay Therapy)も含まれ、総花的に芸術療法を取り上げた本が
『芸術療法ハンドブック』
☆Cathy A.Malchiodi 編:Handbook of Art Therapy.(2003)The Guilford Press.
である。ただしArt Therapist という職種について書かれてある部分はわずかである。
新しい職種が生まれるとき
音楽療法士も芸術療法士も、悩み多きストレス社会のニーズから生まれたものらしいが、最近、Airway Managementをキーワードとする本が出された。慌てものが見ると、民間航空路をテロから護る本のように見えるかもしれないが、これは「気道確保」の本である。
『救命救急士の気道確保』
☆Gregg S.Margolis:Airway Management Paramedic.(2004)Jones & Bartlett.
はマニュアル本であるだけに図解資料が多い。同じくマニュアル本として
『パラメディック・ケア』
☆Bryan E.Bledsoe 他:Paramedic Care.(2000)Prentice Hall.
がある。
この職種はベトナム戦争時に戦場での介抱経験を持った人たちを、その後の「交通戦争」に役立たせようという動機から生まれたものだが、新しい医療職種の誕生は戦争と深い関係を持っている。
ベトナム戦争がパラメディックスを生んだ形だが、さかのぼれば、第1次世界大戦(1914-18)による大量の戦傷者がOT、PTなどのリハビリ職種を生み、第2次世界大戦中の看護婦需要の増大に応えるための短期・大量養成およびその戦後処理として、アメリカ、日本などで看護の三層構造(正看、准看、助手)が定着した。
直接、戦争とは関係のない形で生まれたのは1930年代以降の医療技術革新が生んだ医療技術職であり、アメリカの場合、AMAが認定した医療職種を年代順に掲げると次のようになる。
- (1935)作業療法士(1936)診断技術士
- (1943)診療記録管理士(1944)放射線士
- (1953)診療記録技術士(1962)細胞技術士、
- 呼吸器療法士(1967)検査技師(1968)放
- 射線療法技師
(野村拓『20世紀の医療史』2002、本の泉社)
戦争と看護
大事なことは、医療職の中で圧倒的なウェートを占める看護職が戦争を節目として発展・変化してきたことである。その経過を視覚的に示したものとして
『アメリカ看護史』
☆Philip A.Kalisch 他:American Nursing,A History. 4版(2004)Lippincott Williams & Wilkins.
がある。アメリカの場合、米西戦争(1898)のときに初めて軍に看護部隊が編成されるが、大砲の上に腰かけた看護婦の写真やテントの野戦病院風景が紹介されている。また看護婦たちが、いかに短期間で、病気その他の理由で後送されたかの統計も面白い。わずか12日間の勤務で後送された看護婦の「後送理由」の欄には「ヒステリア」と書かれている。
もちろん、第1次、第2次世界大戦時の写真類も豊富である。特に第2次大戦時のものとしては、陸海軍看護婦の訓練風景から空軍看護婦の誕生、さらには北アフリカ戦線におけるテント生活の陸軍看護婦などいろいろある。戦時中の看護婦募集のポスターはどこの国も似たり寄ったりで、アメリカでは「看護婦になろう! あなたの国はあなたを必要とします」というのが大戦初期のもので、大戦末期(1944)になると、「急募! 米陸軍はもっと看護婦が必要です」と迫ってくる。
日本では「一億民が赤十字」(「日本医学及健康保険」1941.11.22.)というポスターに見られるように赤十字が前面に出てくるところに特徴がある。
なお、赤十字マークのついた保存血が山積みされたノルマンディー上陸作戦直前の写真が載っているのが
『外科の歴史』
☆Harold Ellis:A History of Surgery.(2001)Greenwich Medical Media.
で、この本は表紙と本文とがさかさまに製本された珍品で、人間の仕事に間違いはつきもの、という教訓を示している。
医療職における戦争と平和
いまやアメリカの医療書には戦時色が漂いはじめている。
『専門診療科の選び方』
☆Anita D.Taylor:How to Choose a Medical Speciality.(2003)Saunders.
では、専門診療科を選んだ後の研修医プログラムの中にMillitary Programes が紹介されており、「軍のレジデンシー」を選ぶ場合の判断基準などが示されている。また、
『医療におけるキャリア職』
☆Robert M.Donaldson 他編:The Yale Guide to Careers in Medicine and the Health Professions.(2003)Yale Univ.Press.
には、軍委託学生(給費生)のおすすめ記事が載っている。もっと生々しいところでは、
『戦闘医学』
☆George C.Tsokos 他編:Combat Medicine (2003)Humana Press.
が出されているが、これは戦闘行為がもたらす、あるいは戦闘行為に付随して起こる傷病に対する医学で、旧日本軍隊では「軍陣医学」と呼んでいたものである。
漂う戦時色と並んで気になる傾向はやたら「マネージャー職」が増えつつあることである。特に看護領域においては、本来的な仕事がマネージメントと下働き的な単純労働(黒人、ヒスパニック、アジア系)に分解される傾向が強い。この傾向は、日本でも、例えば医療事故が起きた場合に、リスク・マネージャーを新たに設けることによって、現場はさらに手薄になる、という悪循環となって現われている。
現場は単純労働で、その上に屋上屋を架する形で、各グレードのマネージャーがおかれた構造はトップ・マネージャーの俸給を押し上げる形となり、冒頭に掲げた医療職の年収でも
- Health services manager 53,757~97,603(ドル)
- MCO manager 66,000~136,950
- (MCO はManaged Care Organization)
と佐官、将官級である。
マネージャーの仕事は、決められたフレームのなかでの効率的なマネージメントの追求であり、単純に言えば、フレーム自体が「戦時化」する傾向をチェックできない。そして、いまや国家間の宣戦布告によって「戦時化」するのではなく、国家主体が非国家主体であるテロリズムに対して強行する戦争行為によって「戦時化」が進行しつつある。
国家間の戦争における医療のあり方についてではなく、非国家主体であるテロリズムに対するものとしては、「文献プロムナード・第1回―もう一度、社会医学」の『生物学的脅威とテロリズム』『反米テロと中近東』『生物・化学兵器対策マニュアル』や、「第4回―医療の国際比較」での『テロリズムと公衆衛生』などで紹介したが、その後、臨床医のテロ対策として
『テロ攻撃に対する医師ガイド』
☆Michael J.Roy:Physician’s Guide to Terrorist Attack(2004)Humana Press.
が出された。冒頭にテロ年表が掲げられ、2番目に松本サリン事件(1994)、4番目に地下鉄サリン事件(1995)が入れられている。
平和を脅かすものとして、核や劣化ウラン弾はもちろんのこと、生物・化学兵器、テロリズム、さらには「内なるミニ・テロリズム」としてのバイオレンス、児童虐待という心情的なものまでも含めて、戦争と平和の問題をとらえなおす必要がある。
『テロリズムと公衆衛生』が主張するように、テロリズムの温床としての途上国の貧困を考えるならば、テロリズムによる先進諸国の革新勢力の体制内的存在への転化、オール与党化、そのことによる公的医療・福祉の縮小、弱者の切捨てというグローバル・サーキュレーションを断ち切る方法と展望を考えなければならない。「医療職種」も戦争と平和のハザマで揺さぶられているわけだが、一応、平和を前提として医療職種(特に医師)の将来展望を示したものとして
は
『アメリカ・将来の医師供給』
☆Eli Ginzberg 他:U.S.Healthcare and the Future Supply of Physicians.(2004)Transaction.
がある。しかし、この著者は第2次世界大戦中、国防総省御用であり、自らも“ペンタゴンが私を医療経済学者に育ててくれた”と語る人である。
到底、途上国の問題まで視野に入れる人ではない。
医療職種が持つべき視野、展望を示した新刊書としては
『帝国主義衛生』
☆Alison Bashford:Imperial Hygiene.(2004)Palgrave.
をあげることができる。本の副題は「植民地主義、国家主義、公衆衛生の批判史」となっている。Hygiene(衛生)という、最近ほとんど使われなくなった言葉をあえて書名に使い、あるべきHygieneを追求したことは、安直で無責任な21世紀文明に対するアンチテーゼのつもりかもしれない。
(付記同一文献を複数回紹介しないように努めたつもりだが、編集部にチェックしてもらった結果、若干の重複が見つかった。重複文献はストーリー構成上、通過しなければならない交差点のようなものとご理解いただきたい。なお、不統一な点の補正は連載の最終回に行なう予定。)