総研いのちとくらし
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文献プロムナード(7)

「平和の脅威」

 野村拓

発行日2004年08月25日


アグロ・テロリズム

第1次世界大戦と第2次世界大戦の間の時期を「戦間期」(inter-war)としてとらえた本がイギリスなどに多い。第2次大戦を経験した後から整理すれば、このような時期区分が可能なのだろう。同様の視点に立てば、自衛隊のイラク派兵によって、日本の「戦後」は終り、「第2戦間期」としてとらえなおさなければならないかもしれない。それはともかく、「平和への願い」が圧しつぶされ、核兵器以外に生物・化学兵器、テロリズムなどの脅威が増大しつつあることは確かである。

2004年の2月から3月にかけての浅田農産の鶏インフルエンザ事件は、つい最近使われるようになった「アグロ・テロリズム」(農業・畜産テロリズム)という言葉を想起させてくれた。政府要人など特定個人を対象としたテロリズムが、誰が巻き添えになろうとも、という無差別テロになり、さらに人間対象から「人間の生活資料」対象に拡大しようとしているわけである。

新語「アグロ・テロリズム」という言葉が登場する本としては(以下、仮訳の和名をつける)

『テロリズムの地理的次元』
☆Susan L. Cutter 他編: The Geographical Dimensions of Terrorism (2003) Routledge.

がある。ここには「生物兵器づくりとアグロ・テロリズム」という節があり、その標的となりうるアメリカの農業生産・畜産のプロット・マップが掲げられている。また

『世界生活資料保健政策』
☆Robert F. Kahrs : Global Livestock Health Policy(2004) Iowa State Press.
では

「農園テロ」「生物テロ」「農業テロ」などの新語が登場している。

同じ系統のものとしては

『食品で殺されるとき』
☆Hugh Pennington: When Food Kills. (2003) Oxford Univ. Press.

があり、ここでは当然のことながら、O‐157やBSEがとりあげられている。

核兵器以外に、生物・化学兵器やアグロ・テロリズム、生活資料テロリズムの脅威にされされつつあるのが今日的状況ということになるが、これにいたる過程を歴史的に整理してみると、やはり戦争が節目になっている。そして、多くの問題が出そろったのが第1次大戦であった。

石油戦略とイスラム世界

「総力戦」の名の下に農業用トラクターの会社は戦車(当時は「タンク」と言った)を開発し、ロールス・ルイス社はマッチ・ポンプ式に、一方で「装甲自動車」を開発し、他方で「救急自動車」(それ以前は「救急馬車」)を開発した。化学メーカーは毒ガスを製造し、細菌学で一歩先を歩いていたドイツでは細菌兵器の研究をはじめた。

この他に、今日的関心から注目すべき点は、大海軍国イギリスにおける石炭から重油へのエネルギー革命に沿った形での、イギリスの中東産油国への進出である。簡単に言えば、トルコから産油国イラクを切り離して成立させたのもイギリスなら、アメリカ以外で、もっともイラク戦争に熱心だったのもイギリスである。しかも、私など「脱亜入欧」型の教育を受けた人間は、イスラム世界について知らな過ぎるのではないか。そんな反省をこめて、貧しい書棚から何冊か選んでみよう。

『歴史図説・イスラム世界』
☆David Nicolle : Historical Atlas of the Islamic World (2003) Checkmarck Books.

は、学校で習った地理・歴史との接合点を考えながら読むべき本。

『蜃気楼の内側―サウジ・アラビア』
☆Thomas W. Lippman : Inside the Mirage (2004) Westview.

では、サウジ・アラビアに進出した石油資本の他にアメリカ病院資本もあることがわかる。

『新しいイラク』
☆Joseph Braude : The New Iraq (2003) Basic Book.

は読んでいるうちに古くなりそうな本ではある。

そして、日本の海外派兵の一里塚となったのが

『地平の嵐―湾岸戦争』
☆David J. Morris : Storm on the Horizon (2004) Free Press.

である。このとき、小牧基地の輸送機C‐130の存在がクローズ・アップされた。

書名はただの「同盟」であるが、イラク戦争における米英同盟をとりあげたのが

『イラク戦争と米英同盟』
☆William Shawcross : Allies (2004) Public Affairs.

だが、ここでは「貧しき独裁者の原爆としての生物兵器」という指摘がある。「貧しき独裁者」とはサダム・フセインを指しているのだが、「生物兵器」を開発したのはどこの国であったか。そして、いまや「貧しき独裁者」よりも「心貧しき大統領」の方が平和にとって危険な存在となりつつある。「力に頼る思い上がりの政治」は、日夜、貧困や暴力の下地を生みつつあるからである。

また、アメリカのやり方、イラク占領政策などに対して反対の意志表示をするレジスタンスを、すべてテロリズムの方に一括してしまうのも「心貧しき大統領」の特徴といえるのではないか。

アメリカ・お膝元の貧困

ここで、世界の富を集め、ケタはずれの軍事力を持つアメリカのお膝元の貧困をとりあげたものをいくつかあげてみよう。

『低所得家族・親子の挑戦』
☆Ann C. Crouter: Low-Income Parents and Their Children (2004) Lawrence Erlbaum Associates.

『難民の健康』
☆Pascale Allotey 編: The Health of Refuges (2003) Oxford Univ. Press.

『底辺の生活』
☆Theodore Darymple : Life at the Bottom (2003) Ivan R. Dee.

これはゲットーの生活をテーマとしたもので、最終章は「そして、私たちの周辺で、毎日、このように死んでいく」(and dying thus around us every day)と結ばれている。ここで使われているdying という言葉の意味と、生命維持装置の開発によって機械的に生かされている状態を表現する言葉としてのdying とのちがいは、アメリカ文明の二重性を示すものと言えよう。この二重性は、ある意味では「人を追いつめる文明」と「追いつめられた人の文明」ということになるのではないだろうか。

『拘禁の原理と方法』
☆Lorna A. Rhodes : Total Confinement (2004) Univ. of California Press.

では、アメリカでは200万人以上の囚人が常在し、その費用は年間400億ドル以上(4~5兆円)という驚くべき数字が挙げられている。これは、人を追いつめ、暴力的気分にかり立てるシステムの決算書でもある。

暴力、そしてテロ

医療職種が受ける暴力については、前回とりあげたが、暴力や虐待をキーワードとする本はますます増えつつある。

『欧州における子どもの性虐待』
☆Corinne May-Chanal 他: Child Sexual Abuse in Europe (2003) 欧州会議

『家庭内暴力』
☆Karel Kunst-Swanger 他: Violence in the Home (2003) Oxford Univ. Press.

『子どもの自殺』
☆Robert A. King : Suicide in Children and Adolescents (2003) Cambridge Univ. Press.

『性暴力』
☆Anglo P. Giardino 他:Sexual Assault (2003) G.W. Medical Pub.

『家族暴力と看護』
☆Janice Humphreys 他: Family Violence and Nursing Practice (2004) Lippincott.

『看護における暴力』
☆Monika Habermann 他編:Violence in Nursing (2003) Peter Lang.

これは看護職が受ける暴力だけではなく、看護職が患者に対して発揮する暴力(アフリカ諸国など)についての統計もある。

追いつめられて獣性を発揮する人たちが増えれば、やけくそ気分でなにかが起これば面白い、テロリズム歓迎ということにもなりかねない。これらの関連を示したものが

『暴力―テロ・大量虐殺・戦争』
☆Wolfgang Sofsky : Violence-Terrorism ,Genocides, War (2003) Granta Book.

である。もちろん、テロリズムは気分的なものではなく、途上国の貧困と深くかかわるものであり、この点に関して、第4回で紹介した『テロリズムと公衆衛生』の結論的部分では、次のように述べられている。「世界人口の5分の1の金持ち人口が世界の富の85%を所有しており、5分1の貧困層の所有はわずか1%である。1兆ドルの富を所有する400人のアメリカ人金持ちの資産は(人口13億の)中国のGDPを上廻っている。……毎日10億人以上の人が不潔な水を飲み、感染症は依然として死因順位の首位で、毎日5万人近くが死んでおり、その多くは子どもである。毎年、300万人が下痢腸炎で死んでおり、100万人がマラリアで死んでいる。30億人が不衛生な状態で暮らしている。……2億人の子どもを含む8.4億人が飢えに苦しんでいるのに、アメリカでは食品の27%が浪費されており、これは1人1日1ポンド(450グラム)に相当する。アメリカで浪費されている食品の5%を、それを必要とする地域に輸送することができれば、400万人を養うことができる。」

もちろん、途上国の貧困がストレートにテロリズムに結びつくわけではなく、このような状態を正当化しようとする力に対する反発と考えるべきなのだろう。

日本への視線

平和、日常性に対する脅威が古典的な戦争だけではなく、複雑化、増大しつつあるなかで、いま、海外文献に取り上げられつつある日本(人)を整理すれば、次のようなことになるのではないか。

第6回で紹介した『戦闘医学』では、これらのうち、(2)と(5)が紹介されており、前掲の『暴力―テロリズム、大虐殺、戦争』では(1)、(3)、(4)が取り上げられており、ここでは南京大虐殺の数字は「10万以上」となっている。

『なぜテロリズムか』
☆Man M. Dershowitz : Why Terrorism Works (2002) Yale Univ. Press.

は(4)と(5)および、第2次大戦中における日本軍の自殺的戦闘行為(玉砕)を取り上げている。ある意味では、「平和の脅威」となる道具立て一式を歴史的に備えた国が日本だ、といえるかもしれない。

この他、今回はふれないが、日本は「安上がり社会保障」や「安上がり医療」の面で、しばしば国際的注目を浴びてきたし、生産の「効率化」の面では世界に冠たるものがあるらしい。

『カンバン―単純化』
☆John M. Gross 他: Kanban Made Simple (2003) AMACOM(これはアメリカマネージメント協会の略名)

『ザ・トヨタ―14の管理原則』
☆Jeffrey K. Liker : The TOYOTA - 14 Management Principle (2004) McGraw-Hill.

などは、その意味で象徴的な本である。

『カンバン』の方には、Kanban boards,Kanban Cards などの合成語が14語、索引に収められているし、『ザ・トヨタ』の方には国際語化した日本語のローマ字表現がにぎやかに並んでいる。

「安全」「現場」「現地・現物」「平準化」「改善」「カンバン」「検討」「村」「森」「大部屋」「宣誓」

等々である。そして、このような「企業的効率化」システムと国家権力との結びつきを示したものが、書名のローマ字の

『アマクダリ』
☆Richard A. Colignon 他:Amakudari (2003) ILR Press

である。

ここに出てくるローマ字の日本語は政・官・財の癒着を物語る生臭い言葉ばかりであり、例えば「横すべり」「族」「独立行政法人」「肩叩き」「系列」「政界転身」「特殊法人」「特殊会社」「渡り鳥」「財団法人」「社団法人「財投資金」「財投機関債」などなどである。

なにか無気味な一体感を持った国が、戦争を知らない世代によってリードされているような日本像が浮かび上がってくる。

最近の「戦争史」

拙著、『20世紀の医療史』(2002、本の泉社)では、アメリカの白人貧困層であるトレーラー住民が、1,500万人以上いることを紹介したが、イラク人相手の虐待行為に登場した女性兵士はウェストバージニアのトレーラー住民であった。

国内貧困層を対外的虐待の手先に使う国とそのような国の意に従う「無気味な一体感」の国、これらこそ平和の脅威ではなかろうか。そんな視点で、最後に戦争の歴史に関する近刊を拾ってみよう。

『スペイン・アメリカ戦争』
☆Kenneth E. Hendrickson Jr. : The Spanish-American War(2003)Greenwood Press.

『1898年の戦争』
☆Thomas Schoonover : Uncle Sam’s War of 1898. (2003) Univ. Press of Kentuckey.

もし、これらの本を「米西戦争」と訳したら、なんのことかわからない若者がでてくることだろう。看護史では、この戦争で、はじめて米軍に看護部隊が編成されたことになっている。

『第1次世界大戦』
☆Michael Howard : The First World War. (2002) Oxford Univ. Press.

はくり返し語られるところに意味があるというところか。

少し変ったところでは

『第1次大戦時の英・独漫画戦争』
☆Wolfgang K. Hünig : British and German Cartoons as Weapons in World War I. (2002) Peter Lang.

がある。EUに統合された今日から見れば、あれは内輪喧嘩だったのか、と思われるような本である。それはとにかく、第1次大戦は手ごろな本にまとめられる規模の戦争であり、第2次大戦は「全集」にしないと収まらない戦争といえる。

平凡な農村社会で育つ第2次大戦の戦死(?)した人のヒストリーを取り上げたのが『トシエ―日本の20世紀の農村生活から』
☆Simon Partner : Toshié-A Story of Village Life in Twentieth-Century Japan (2004) Univ. of California Press.

である。「死亡通知書」に「マラリア兼戦争栄養失調症ニ由リ死亡」と書かれているのが痛ましい。

戦時中、発禁になった石川達三の『生きている兵隊』も、次のような形で英訳されている。

『生きている兵隊』
Ishikawa Tatsuzo¯ : Soldiers Alive. Zeliko Cipris (訳)(2003) Univ. of Hawaii

『朝鮮戦争・再考』
☆William Stueck : Rethinking The Korean War(2002) Princeton Univ. Press.

は、この戦争がなければトヨタ自動車は倒産していたのではないか、という視点で再考すべきだし、

『戦争犯罪』
☆Omer Bartov 他: Crimes of War. (2002) The New Press.

は現在進行中の問題ともいえる。

戦争・感染症・生物兵器

戦争と感染症とは縁が深い。第1次世界大戦当時のアメリカでは、戦死よりもインフルエンザ死の方が多かった。寿司づめの輪送船で大西洋を渡る間に感染したものが多かったのは浅田農産の鶏と同様である。そして西部戦線での戦死者は無造作に荷車に積まれた。このような状態に対して、"戦争は国家間のものだけではなく階級闘争であり、戦争で死ぬのは労働者階級である"ことを主張したのがアメリカの看護婦、マーガッレット・サンガー(産児制限運動の方で有名だが)であったことも忘れてはならない。

SARSを例として感染症のグローバル化を取り上げたものが『SARS―グローバル病対策』
☆David P. Fidler : SARS, Governance and the Globalization of Disease (2004) Palgrave.

である。また、感染症対策自体が戦争のようなものであることを示したのが

『SARS戦争』
☆Leung Ping Chung 他編: SARS War (2003) World Scientific

だが、感染症の原因物質は生物兵器に転用できるのだ、という意味にもとれる。

『ペスト』
☆Wendy Orent: Plague (2004) Free Press.

は中世末期にヨーロッパで大流行し、人口の40%、4千万人を死亡させた「黒死病」のことではなく、生物兵器としての「ペスト菌」開発の歴史である。

天然痘と炭疽菌に重点をおいたアメリカの生物兵器開発に対してペスト菌に重点をおいた旧ソビエトの研究開発史である。一時期、ソビエトの科学アカデミーで金科玉条とされたルイセンコ学説の非科学性がソビエトにおける生物兵器の開発を遅らせた、という記述は歴史の皮肉としては面白いが、歴史の皮肉を面白がっている場合ではない。

大国が開発した生物兵器が「貧しき独裁者の原爆」としてイラクにあるはず、ということで始めたイラク戦争だが、その証拠は見つかっていない。つまり、火をつけたマッチは見つかっていないのだが、マッチは「マッチ・ポンプ大国」の手にあるのだから、当然の結果だろう。

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