総研いのちとくらし
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文献プロムナード(15)

「日本への目線」

 野村拓

発行日2006年08月31日


急速近代化・成功例

明治以来、脱亜入欧の姿勢で、ひたすら欧米諸国を見つめながら走ってきた日本は、いつの間にか世界から見つめられる国になった。日本への目線をプリズムで分解したら、どんな虹の七色が浮かび上ってくるだろうか。

「短期間で近代化に成功した国」

「よく戦争をした国」

「安上がり社会保障の国」

というあたりは、あまり異論がでないところだろうが、

「不平等度の低い(平等性の高い)国」といわれるとおどろく人が多いかもしれない。また、日本人の生活習慣、価値観に対するいろんな見方に対しては「そんな風に見えますか」といったところではないだろうか。

『産業革命-ドキュメント史』
☆Laura L. Frader: The Industrial Revolution-A History in Documents(. 2006)Oxford Univ. Press.

(第14回で紹介)はイラストの豊富な講義担当者必読本だが、和服に日本髪の女工が働く「富岡製糸」の絵が紹介されている。そして、日本の絹織物工業が1880年代において、すでに国際競争力を持っていたことを指摘している。またスーラの点描画の「ラ・グランドジャット島の日曜日の午後」(1884)の左下隅に1人だけ「労働者」が描かれていることを、産業革命史的視点で取り上げている。

日本を「急速近代化・成功例」として比較経済史的にとりあげたものとしては

『ヨーロッパ経済史、10002000年』
☆François Crouzet: A History of the European Economy, 1000-2000. (2001)Univ. Press of Virginia.

などがあるが、成功の要因として教育制度や日本型労資関係に関心を向けた本が多い。

『自動車産業における日本型労働安全衛生』
☆Richard E. Wokutch: Occupational Safety and Health in Auto Industry(. 1992)ILR Press.

は「日本型」の特徴のひとつに「企業病院」をとりあげている。

1990年代初頭の本だが

『変容するテイラー主義』
☆Stephen P. Waring: Taylorism Transformed.(1991)Univ. of North California Press

では「日本的管理はテイラー主義よりも倫理的で効率的」という指摘があるが、「倫理的」の意味がよくわからない。ライン生産で黙々と働く人た
ちに倫理性を感じたのだろうか。

日本的労使関係

いまや崩れつつあるが、年功序列型賃金体系と生涯雇用に日本型労務管理の特徴を見出そうとしたのが

『われわれは年寄りになれるか』
☆Richard Disney: Can We Afford to Grow Older ?(1996)The MIT Press.

であり、Japanization、「ガンバン」、「カイゼン」などの言葉が埋め込まれた労働衛生書が

『労働と健康-産業保健・序説』
☆Margarett Bamford 編: Work and Health-An Introduction to Occupational Health Care(. 1995)Chapman & Hall.

である。そして「カンバン」や「カイゼン」の本拠地、トヨタ自動車のアメリカ人技師の手記も出されている。

『トヨタ国からのノート-日本におけるアメリカ人技師』
☆Darius Mehri: Notes from Toyota-Land-An American Engineer in Japan(. 2005)ILR Press.

では、アメリカ人技師が日本的慣習に従ってつくったカタカナの三文判「メリ」が表紙を飾ってい
る。

日本企業の効率性や国際競争力の強さについて、欧米先進諸国にはない「なにか」を求める傾向も見られる。比較的まともに、年間労働時間の長さ
や「会社への忠誠心」などをとりあげたのが

『情報化時代の新経済学』
☆Martin Carnoy: Sustaining The New Economy-Work, Family and Community in the Information Age(. 2000)Harvard Univ. Press.

であるが、「忠誠心」はしばしば「神風特攻隊」や「赤穂浪士」「サムライ」にまで拡大解釈される。

『繁栄と暴力』
☆Robert H. Bates: Prosperity and Violence.(2001)W. W. Norton & Company.

には「浪人」や「四十七士」が出てくるし、

『バイオエシックスの基礎』
☆H. Tristrum Engelhardt Jr.: The Foundation of Bioethics. 2版.(1996)Oxford Univ. Press.

では「忠臣蔵」がとりあげられている。

藩主による「月給遅配」のことを「俸禄御借上げ」というそうだが、「借上げるぞ」「ハハ有難き仕合せ」というのが日本的労資関係と理解されて
いるのかもしれない。

安上がりシステム

主君のために身を粉にして働くサムライこそ日本企業の国際競争力の秘密だとは思わないが、日米自動車産業の国際競争の中から生まれた自動車
1台あたりの労働者医療費コストの比較はまともなアプローチといえる。

『労働者への医療給付』
☆Mark V. Pauly: Health Benefit at Work(. 1997)Univ. of Michigan Press

ではアメリカでは1台あたり1,100ドル、日本では550ドルとなっているが、日本の自動車産業が1台あたり550ドルの医療費負担(支出)をしているとは到底考えられない。他方、アメリカ企業の労働者医療費負担の多さについては数多くの資料があるが、不思議に日本のマスメディアには紹介されない。

日本企業の労働者医療費負担を安上がりにしているものは、日本の医療保障・社会保障システムが安上がりにできているからにほかならないが、この点については1990年代初頭から、しばしば指摘されてきた。

『福祉国家は競争できるか』
☆Alfred Pfallen 他編: Can the Welfare State Compete?(1991)Macmillan.(第4回で紹介)

にはタテ軸に社会保障費/GDP、ヨコ軸に労働者1人あたり付加価値生産額の成長率をとり、15カ国をプロットしたものが載せられているが、日
本は高い成長率と低い社会保障費で「番外地」にプロットされている。

『資本主義福祉制度-日・英・スウェーデンの比較』(第4回で紹介)
☆Arthur Gould: Capitalist Welfare System -A Comparison of Japan, Britain and Sweden. (1993)Longman.

は第1章日本、第2章英国、第3章スウェーデンという構成で、日本こそ模範とされている。また

『2010年の医療-医療制度、治療法、製薬産業』
☆C. Bezold 他編: Health Care 2010- HealthCare Delivery, Therapies and The Pharmaceutical Industry.(1994)Springer-Verlag.

は「日本型医療費総枠規制」を驚異のまなざしでとりあげている。この「安上がりシステム」は「政・官・財」一体となってつくり上げたものと考え
られるが、その構造を端的に物語るものとして

『日本のパワーエリート』
☆Albrecht Rothatcher: The Japanese Power Elite.(1993)St. Martin’s Press.

『アマクダリ-日本経済のかくされた構造』
☆Richard A. Colignon 他: Amakudari -The Hidden Fabric of Japan’s Economy. (2003)ILR Press.(第7回で紹介)

などがある。

少子化と「場当り」人口政策

しかし、国民生活の再生産を考えなかった「安上がりシステム」の国、日本はいま「少子化」という問題に直面している。日本の人口現象に対する世界の関心は深く、これをとりあげた本も多いが、その主なものは、これまでに紹介した。こと人口政策に関しては、国内文献によって歴史的に再構築しながら検討することの方が必要だろう。

かつては「口べらし」型ブラジル移民や「乗っ取り」型満州移民などによって国民を棄て、第2次大戦中は「産めよふやせよ」で厚生大臣が「子宝報国」と色紙に書き、戦後は厚生大臣が避妊薬を告示(1955)したり、という「場当り」政策をくり返してきた日本は、その続編として、怪しげな少子化対策担当大臣を置いたが、効果があがるとは考えられない。

国民生活の「ゆとり」「遊び」やクッション的部分まで、ことごとく商品化、市場化することによる経済的達成と「少子化の改善」とは鋭く矛盾するからである。これは言いかえれば秒キザミのマネーゲームと何十万秒、何百万秒を要する子産み、子育てとの矛盾であり、子産み、子育てに必要な「ゆるやかな時間」「ゆとりのある場」を奪いとった現行システムの根底が問われる問題なのである。

海外労働力への「前科」と警戒的な「目線」

おそらく多くの日本企業は、本気で「少子化の改善」にとりくむよりは、より安易な海外進出、海外労働力の利用を考えることだろう。

『多国籍企業』
☆Glenn Morgan 他編: The Multinational Firm.(2001)Oxford Univ. Press.(第8回に紹介)

などは、この傾向を物語るものであるが、日本は海外労働力利用の面で重大な前科がある。

『日本帝国占領下のアジア労働者-知られざる歴史』
☆Paul H. Kratoska 編: Asian Labor in Wartime Japanese Empire-Unknown History .( 2005 )M. E. Sharpe.

は日本の占領下で酷使されたアジア人労働者の記録である。なぜ、戦後60年を経て、このような本が出されるのか、といえば、それはアジア各地に
傷跡を残しているからである。

例えば

『バンコクの風俗経済』
☆Ara Wilson: The Intimate Economies of Bangkok(.2004)Univ. of California.

には日本による占領の後遺症的な記述が見られる。

これなど、日本に向けられる「警戒的な目線」というべきで、731部隊や南京虐殺という前科をとりあげた本、戦後における日本赤軍によるテルアビブ空港無差別乱射事件、地下鉄サリン事件、さらには、2001.9.11.の貿易センタービル爆破以後、再び三度とりあげられるようになったカミカゼ特攻隊をふくめて、次のように多彩である(カッコの中はキーワード)。

『暴力-テロ、大量虐殺、戦争』
☆Wolfgang Sofsky:Violence-Terrorism, Genocide,War. (2003)Granta Book.(南京虐殺、日本赤軍、カミカゼ)(第7回で紹介)

『医師のテロ対策ガイド』
☆Michael J. Roy 編: Physician’s Guide to Terrorists Attack. (2004)Humana Press.(731部隊、地下鉄サリン)(第6回に紹介)

『ペスト』
☆Wendy Orent: Plague.(2004)Free Press.(731部隊)(第7回で紹介)

『なぜテロリズムか』
☆Alan M. Dershowitz: Why Terrorism Works.(2002)Yale Univ. Press.(オウム、日本赤軍、日系米人の隔離)(第7回で紹介)

『反米テロと中近東』
☆Barry Rubin 他編: Anti-American Terrorism and the Middle East. (2002)Oxford Univ.Press.(第1回で紹介)(真珠湾、原爆、日本赤軍)

『民族と研究』
☆Bettina M. Beech 他編: Race and Research.(2004)APHA.(731部隊とナチとの比較)

少し視点はちがうが、子どもの自殺の問題に「自殺と日本文化」「カミカゼ」を登場させているのが

『子どもの自殺』
☆Robert A. King: Suicide in Children and Adolescents(.2003)Cambridge Univ. Press.(第7回、第10回で紹介)

である。このように見てくると、テロリズム、大量虐殺、生物・化学兵器という現代社会が抱えるネガティブな課題に、ことごとく日本がかかわっ
てきたことになる。

日本の平等性

日本の「前科」に対する警戒的な目線の他に、好意的な目線を探せば、日本の「平等性」に対する評価の問題がある。
少し古いところでは

『医療政策におけるバランス術』
☆John Creighton Campbell 他: The Art of Balance in Health Policy(. 1998)Cambridge Univ.Press (第3回で紹介)

の副題は「日本の低コスト・平等システムの維持」となっている。

『健康不平等への挑戦』
☆Timothy Evance 他編: Challenging Inequalities in Health. (2001)Oxford Univ. Press.(第13回で紹介)

は日本のチャレンジをとりあげており

『階層化-社会分配と不平等』
☆Wendy Bottero: Stratification-Social Division and Inequality.(2005)Routledge.

は「日本の平等主義」を評価している。また

『世界の分離-グローバル経済における社会的平等』
☆Scott Sernau: Worlds Apart -Social Inequalities in a Global Economy. (2006)Pine Forge Press.(第14回で紹介)

では「日本は一番不平等が低い」と評価されている。

たしかに、比較的低い医療費で、平均寿命(零歳平均余命)世界一を達成した日本の国民皆保険制度は、「日本の平等主義」を裏付けるものとい
える。また、国民皆保険制度と出来高払い制の診療報酬体系との折り合いをつけたのは

『社会的支援と身体的健康』
☆Bert N. Uchino: Social Support and Physical Health.(2004)Yale Univ. Press.(第9回で紹介)

が指摘するように「日本文化としての“遠慮”」であったかもしれない。

しかし、いまや「遠慮」を捨て、あさましく走りまわることを奨励する政治が行われるようになった。秒キザミのマネーゲームに参加し、それぞ
れに生き残りを考えなさいという政治である。

棄民と格差社会

日本は狭いから、どこかヨソの国に行って生き残りをはかりなさい、というのが、かつての「移民」政策という名の「棄民政策」であった。実は「日本への目線」の中で大きなウェートを占めているのが日系二世や日系アメリカ人の問題であり、これをとりあげた本は多い。

日系人、日系二世の異文化医療という視点でとりあげたのが

『玄関口で考える-高齢者のための異文化医療』
☆アメリカ老年医学会: Doorway Thoughts - Cross-Cultural Health Care for Older Adults. (2004)Jones & Bartlett.(第10回で紹介)

『臨床ソーシャルワーク』
☆Rachelle A. Dorfman 他: Paradigm of Clinical Social Work. Vol.3.(2004)Brunner-Routledge

『健康のための地域づくり』
☆Meredith Minkler 編: Community Organizing and Community Building for Health. (2005)Rutgers Univ. Press

『看護における異文化コミュニケーション』
☆Cora Muños: Transcultural Communication in Nursing. 2版.(2005)Thomson.(第10回で紹介)

などである。また、アメリカ国内で閉鎖的な日本人社会をつくり上げる傾向を指摘したものとしては次のようなものがある。

『難問-不法入国者と近代アメリカの形成』
☆Mae M. Ngai : Impossible Subjects-Illegal Aliens and the Making of Modern America(. 2005)Princeton Univ. Press.(第12回で紹介)

『北大西洋における移民制限』
☆Andress Fahrmeir 他編: Migration Control in the North Atlantic World(. 2005)Berghahn Books.

そして、太平洋戦争中の日系人の強制的隔離、キャンプ収容、資産没収などをとりあげたのが

『戦争と平和のシステム』
☆Theodore Caplow 他: Systems of War and Peace.2版(. 2002)Univ. Press of Ameria.(第6回で紹介)

である。

二階に上げてハシゴをはずす、という表現があるが、日本の「移民」(棄民)は地下室に誘導された上でハシゴをはずされたのではないか。

いま、マネーゲームの勝者的階層と、「海外棄民」ならぬ「国内棄民」とによって「格差社会」が生まれつつある。日本社会の平等性を保障して
きた国民皆保険制度はくずされ、「保険証」をとりあげられた「国内棄民」が増加しつつある。

敗戦直後に来日したアメリカの社会保障調査団は、日本国民の8割近くが、なんらかの公的健康保険に加入していることを知って驚いた(インフ
レと物的不足で機能はマヒしていたが)。その「驚きの目線」は、いまや保険資本の市場拡大の障害物としての皆保険、という目線に変わりつつある。
そして獲物をねらう動物的な目線が交差するなかに今日の国際社会があるといえる。また、国際研究的な目線のなかには、かなり乱暴なものもある。

例えば

『生物兵器』
☆Jeanne Guillemin: Biological Weapons (2005)Columbia Univ. Press.

には、石井部隊(731部隊)の生物兵器開発と昭和天皇の生物学研究とをストレートに結んだ記述がある。これなどは私たちが少ない海外情報から
判断を下すときに自戒すべき事柄ではないだろうか。

さしあたって、私たちの目線は「力ずく、金ずく」で国民をひきずり、世界をひきずっていこうとする勢力に対して正確に向けられるべきである。そして、日本に対して向けられるさまざまな目線のうち、いやしさ、狂暴さを持った目線に対して身構えていかなければならない。

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