総研いのちとくらし
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文献プロムナード(19)

「出版トレンド」

 野村拓

発行日2007年08月31日


モノグラフの意味

おそらく、これまで「文献プロムナード」で紹介した海外文献の大部分は、医学部図書館には入っていないことだろう。医学部は雑誌中心であり、図書館で新着雑誌を数頁コピーしてきて、つつきまわすのが教室抄読会である。業績評価も雑誌論文、英文論文(掲載雑誌の格づけも含めて)などが中心で、モノグラフ(単行本)は評価の対象とならない。そういう世界だから、「文献プロムナード」で紹介したモノグラフも、雑誌論文と勘ちがいして「巻・号・頁が入っていませんが」と問い合わせてくる「重症」者もいる。

もちろん、雑誌論文の方が情報が新しいだろう。しかし、ものごとを全体のなかで位置づける思考回路は失われている場合が多い。雑誌論文を読んで雑誌論文を書く、これは視野狭窄の再生産であり、これをくり返しているうちに、「画像のねつ造」や「データの改ざん」などの誘惑に駆られるのではないか。

ジェームス・リンドの壊血病対策に関する画期的な論文は、An Essay on~であり、マルサスの『人口の原理』もAn Essay on~である。Essayとは、みずからの仕事をみずからの世界観のなかに位置づけたものと考えるべきで、それを表現する形がモノグラフである。マルサスの古書の表紙には、肩書きの代わりに『人口の原理』の著者、と入れられている。医学部「ねつ造学教室」という肩書きよりも信用できるからだろう。

20年前の文献プロムナード

衛生学教室から「医学概論」に横すべりして講義を担当しはじめたころには、学生にモノグラフを紹介し、モノグラフを読むことをすすめた。丁度、20年前のことであり、定年後を意識して、洋書の私費購入を増やした時期でもあった。

「こんな本があるよ。どうだ、面白そうだろう」といった調子で。

『病院の解剖学』
☆Julian Ashley : Anatomy of A Hospital.(1987)Oxford Univ. Press.

この本は病院の各診療科の特徴を紹介しているが、「ハイテク」の対語である「ローテク」という言葉を精神科にあてはめている。

同じく解剖学バージョンで

『都市GPの解剖学』
☆David Wilkin 他: Anatomy of Urban General Practice.(1987)Tavistock.

はイギリスGP(General Practitioner)の、丸腰に近い「軽装備」がよくわかる。

「先生、その本は図書館にありますか」

という質問が出る。

「多分、ないだろう。購入するように要求しなさい」

と答えていたのが20年前だが、20年前、つまり1987年に出された本だけで「文献プロムナード」を編成すれば、出版トレンドがある程度わかるのではなかろうか。そのころは「医の倫理」に関する本がいろいろ出されていたような気がする。

医の倫理

『現代的ヒポクラテスの探究』(第5回で紹介)
☆Roger J. Bulgar 編: In Search of the Modern Hippocrates.(1987)Univ. of Iowa Press.

この本は、最終章で、編者とヒポクラテスとの架空対談が行われる構成になっているが、ここで医師・患者関係をこわすものとして「医・産複合体」(medical-industrial complex)が挙げられているところが鋭い。医師・患者関係をとりあげたものとしては

『医師・患者関係の研究』
☆Andrew Elder 他編: A Study of the Doctor Patient Relationship.(1987)Tavistock

『パートナーとしての患者』
☆Robert M. Veatch : The Patient as Partner.(1987)Indiana Univ. Press.

などがあるが、この時期には臓器移植がらみでの死の判定にかかわるもの、およびそれらの具体例から医の倫理を問うもの、法律との関係を問題視
するものが多かった。

『死の選択』
☆Ruth Macklin : Mortal Choices.(1987)Pantheon Books.

は、ドナーの死を前提とする臓器移植を行なう医師は、みずからもドナーとなる承諾を「リビング・ウィル」の形で表示すべし、と主張し、その書式を掲げている。また臓器移植とともに臓器の商品化の傾向も見られ

『生の贈与-個人、家族、社会的ダイナミックスにおける臓器移植の効果』
☆Roberta G. Simmons 他: The Effect of Organ Transplantation on Individual, Family, and Social Dynamics.(1987)Transaction Book.

には、1971年にニューズウィーク誌に掲載された「腎臓求む3,000ドル」の広告が紹介されている。

臓器移植の問題、死の判定の問題など医療技術の進歩がもらたした問題を法的整備や倫理的規範の確立が追いかけるというのが、この時期の特徴であり、これに関連する本も、次のように数多く出された。

『死と進行形の死をめぐる法的最前線』
☆Norman L. Cantor : Legal Frontiers of Death and Dying,(1987)Indiana Univ. Press.

『法律と医の倫理』
☆J. K. Mason 他: Law and Medical Ethics. 2版.(1987)Butterworths.

『医療管理における倫理』
☆Kurt Darr : Ethics in Health Service Management.(1987)Praeger.

『医療の法的展望』
☆Bernard Knight : Legal Aspects of Medical Practice.4版(1987)Churchill Livingstone.

『医の倫理と高齢者』
☆John Elford 編: Medical Ethics and Elderly People.(1987)Churchill Livingstone.

『ヘルスプロモーションにおける倫理的ディレンマ』
☆Spyros Doxiadis編: Ethical Pilemmas in Health Promotion.(1987)John Wiley & Sons.

『産前スクリーニング、政策と価値』
☆Elena O. Nightingale 他編: Prenatal Screening,Policies, and Values. (1987) Harvard Univ. Press.

このように、医療技術の進歩がもたらす倫理的、法律的な問題の他に、医療技術の高コスト化と国民に対して保障されるべき医療水準とのバランスの問題があった。

医療費抑制と民営化

1980年代はレーガン、サッチャー、中曽根という公的医療費抑制、医療(保障)民営化の三羽烏が活躍した時代である。サッチャーはNHS(ナショナル・ヘルス・サービス)の民営化をはかるが

『NHS ハンドブック』
☆Barbara Cornah 他編: NHS Handbook(1987) Macmillan.

では、無料ベッドと金持ち用有料ベッド(pay bed)の他に、日本の差額ベッドに相当するAmenity Bed が登場する。そして次のような国営企業の民営化をテーマにした本も出される。

『民営化の政策学-公的サービスの免責』
☆Kate Asher : The Politics of Privatisation-Contracting Out Public Services(. 1987)Macmillan.

アメリカでは1983年にメディケアにDRG(Diagnosis Related Groups-診断名グループ別の診療費規制)が導入され、全面的な公的医療費抑制が進められ、民間活力を代表するものとしてHMO(Health Maintenance Organization-健康管理つきの任意加入健康保険)が政策的推奨される。これら一連の動きを示す書籍を紹介すれば次のようになる。

『メディケイドのコスト抑制-長期ケアの報酬』
☆Robert J. Buchanan : Medicaid Cost Containment-Long-Term Care Reimbursement.(1987)Fairleigh Dickinson Univ. Press.

『ギャップを埋める-ならなくて済む病気の負担』
☆Robert W. Amler : Closing the Gap-The Burdent of Unnecessary Illness.(1987)Oxford Univ. Press.

『アメリカ医療のバランス、チョイスかチャンスか?』
☆Howard H. Hiatt : America’s Health in the Balance, Choice or Chance?(1987)Harper & Row.

また、医療費抑制のもうひとつの契機となったいわゆる「高齢化」をめぐる問題をとりあげた本も数多く出されるようになった。

『近代社会における高齢者』(第17回で紹介)
☆Christina R. Victor : Old Age in Modern Society.(1987)Croom Helm.

は1900年生まれのコホート解析や1920~21年生まれが受けた大恐慌の影響など、歴史的深度を持った高齢者問題研究。他に

『カナダの高齢者入所施設』
☆William F. Forbes 他: Institutionalization of the Elderly in Canada.(1987)Butterworths.

は「施設入所主義」と訳すべきなのかもしれない。

『愛は不十分-ぼけ老人の家族ケア』
☆Emily K. Abel : Love Is Not Enough-Family Care of the Frail Elderly.(1987)APHA.

などが出された。

健康・地域・参加

医療費抑制問題と高齢者問題とがドッキングした地点で、長期ケア、在宅ケア、地域ケアが浮かび上がってくるが、これらはこの時期の看護書でもよく取り上げられている。

『長期保健ケア』
☆Philip W. Brickner 他: Long Term Health Care.(1987)Basic Books.

『長期ケア』
☆Rosalie A. Kane 他: Long-Term Care. (1987)Springer.

『地域看護』(第2回で紹介)
☆G. Baker他: Community Nursing.(1987)Croom Helm.

『地方自治体看護』(第2回で紹介)
☆Monica E. Baly他: District Nursing. 2版.(1987)Heinemann Nursing.

『ホームケアの管理』
☆Stephen Crystal 他: The Management of Home Care(. 1987)Springer.

などであるが、末期患者へのハイコスト医療への疑問から、ホスピスも関心の対象となりつつあった。

『ホスピス制度』
☆Vincent Mor : Hospice Care Systems. (1987)Springer.

によれば、ホスピスがひろがり始めた時期はイギリスで1960年代、アメリカで1970年代とのことで
ある。

ホスピスに入るかどうかは、患者自身の選択、意志表示の問題であり、末期医療に限らず、ひろく健康問題、医療問題に患者・住民が参加するべきであることを表明したのが1978年の「アルマ・アタ宣言」だが、この流れに沿ったものとして次の文献がある。

『2000年戦略の評価』
☆WHO : Evaluation of the Strategy for Health for All by the Year 2000.(1987)WHO.(「2000年戦略」とは「アルマ・アタ宣言」でWHO・UNICEF が掲げた2000年の到達目標)

『参加による健康増進』
☆Ann Richardson 他: Promoting Health through Participation.(1987)PSI.

『健康と病気-素人の視点』
☆Michael Calan : Health and Illness-The Lay Perspective.(1987)Tavistock.

EC、母子、途上国、エイズ

1987年段階では、以上の問題の他に、欧州統合問題、途上国問題、エイズ、母子問題などに関心が寄せられた。一括して、以下に文献を紹介する。

『EC における医療職種養成』
☆EC 医学教育諮問委員会: Medical Training in the European Community.(1987)Springer-Verlag.

『母性と医療-哺乳の社会史』
☆Pima D. Apple : Mothers and Medicine-A Social History of Infant Feeding, 1890-1950.(1987) Univ. of Wisconsin Press.

『国際母子保健の進歩』
☆D. B. Jellifle 他: Advances in International Maternal and Child Health. 7巻(. 1987)Clarendon Press.

『途上国の人口と経済変化』
☆Richard A. Easterlin編: Population and Economic Change in Developing Countries.(1987)Univ. of Chicago Press.

『女性とエイズ危機』
☆Diane Richardson : Women and the AIDS Crisis.(1987)Pandora.

また、どの時代にも見られる傾向ではあるが、「そもそも医療とは、そもそも健康とは」式の論稿をピックアップすれば次のようになる。

『医療と社会』
☆Eli Ginzberg 編: Medicine and Society.(1987)Westview Press.

『医療社会学研究』
☆Julius A. Roth : Research in the Sociology of Health Care. 5巻.(1987)Jai Press.

『健康度の測定スケールの設定と質問項目ガイド』
☆Ian McDowell他: Mesuring Health-A Guide to Rating Scales and Questionnaires(. 1987)Oxford Univ. Press.

『第1線での社会ケア』
☆Ruben Schindler 他: Social Care at the Front Line(. 1987)Tavistock. (ここでsocial work の弱いのが西独と日本、という指摘がある)

『低所得住居の環境保健改善』
☆WHO : Improving Environmental Health Conditions in Lowincome Settlement.(1987) WHO.

この本での風刺イラスト「官製・住民説明会」が面白い。役人曰く。

「A案は金がかかりすぎる。C案は不備である。とすれば皆さん、答はおのずから出てきますよね。」

『医療マンパワー計画、養成、管理』
☆Andrew F. Long 他: Health Manpower-Planning, Production and Management. (1987)Croom Helm.

『医療マンパワーの発展』
☆Milton I. Roemer 他: Reviewing Health Manpower Development(. 1987)WHO.

『健康と医療の指標と動向』
☆Detlef Schwefel 編: Indicators and Trends in Health and Health Care(. 1987) Springer-Verlag.(OECD 資料を使った国際比較)

『公衆衛生学と人類生態学』
☆John M. Last : Public Health and Human Ecology(.1987)Appleton & Lange.

このように並べてみると、1987年という年は、国際比較も含めて多彩な材料が提供され始めた年と見ることができる。

追い出すための「治癒」

1987年6月には厚生省国民医療総合対策本部が「中間報告」を発表して、日本は国際比較の上で入院日数が長過ぎ、「社会的入院」が多いから、これをなくそうと主張した。

また、保険診療に枠をはめ、枠を超えた部分は「快適サービス」として自己負担をしてもらおう、とも主張した。これはサッチャーが導入したAmenity Bed のAmenity を拝借した言葉である。

また、原則として病院給食の保険適用は廃止して、患者には病院の食堂で自由に(有料で)食事を選択してもらおう、とも主張した。しかし、歩いて食堂に行けるような患者が入院していることを「社会的入院」として排除しようとしたのもこの「報告」である。

この年の9月には、第1回の日本高齢者大会が開催され、病院から追い出されたり、無視されたりする人たちの怒りを結集した。入院日数が長びけば長びくほど、診療報酬を引き下げるという「心いやしき」誘導政策の犠牲に高齢者たちが供されつつあったからである。

「心いやしき」誘導政策にとって、都合のいい部分を海外資料からとってきたのが前記「中間報告」だったので、当時、私はこれを「つまみ食いインターナショナル」と批判した。つまみ食いするのであれば、もっと他のものをつまみ食いしてもらいたい。それは、

『病院・健康・人びと』
☆Albert W. Snoke : Hospitals, Health, and People(.1987)Yale Univ. Press.

である。これは医学教育に深くかかわった著者の医学生たちへのメッセージであり、その要点は、医師が「治りました」と宣告することは、行き場のない患者にとっては「追い出し」宣告になる、ということである。

著者がしばしば医学教育の材料に使ったとされる「退院患者像」は、わずかの手廻り荷物を持って、前かがみに蹌踉と歩む老人像であり、その台座には「治癒」は「追い出され」と刻まれている。医師が「治癒」という判定を下すときには、これらのことを考えるべきだ、というメッセージである。

しかし、前記「つまみ食いインターナショナル」には、このような配慮のカケラもない。そして、このあたりから、「治癒」判定は「追い出し」方法論に転化したまま、今日に至っている。

今回は1987年出版のものだけをとりあげたが、その後をトレンドとして辿るならば、まず、退院促進用の「受け皿」づくりのために介護保険がつくられたことを挙げなければなけらない。そして、この「受け皿」の方にも期間的枠がはめられて「受け皿」から追い出されたり、あるいは入ることを拒否されたりで「在宅」に移行し、「在宅」で人知れず餓死したり、あるいは「在宅」の場さえないホームレスを生んだりしているわけである。

医療・福祉関係者は前記「退院患者像」を見つめなおして、ふんばりどころを再確認するべき時代、これが2007年である。

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